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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:21

白浜親子がミッドチルダに流れ着いて早一ヶ月半。
色々あれやこれやと問題が起きはしたが、それらもなんとか無事終息した。
その代償に当事者三人の人生が大きく変わったが、それが良かったのか悪かったのかはまだ誰にもわからない。
それは、各々が長い時間をかけて答えを出していくことなのだから。

しかし、一つだけ確定している事がある。
ギンガと翔、この二人がこの日より後悔のどん底に叩き落とされるという現実だけは間違いない。

そして、早朝。
前日の事もあって、とりあえずは暇を与えられたギンガと兼一の特訓が開始されようとしている。
当然、二人が暇なら翔も家にいるわけで、ギンガと翔はこれより行われる訓練に心を躍らせていた。
知らない事は果たして幸せなのか、それとも不幸なのか……。
とりあえず二人が庭先に出ると、そこには何かの準備をする兼一の姿があった。

「あ、おはよう二人とも。今日は良く眠れたかい?」
「ぅ、うん……」
「あの、兼一さん…………………大丈夫、なんですか?」
「父様、ちゃんと寝れた?」

そう、兼一の眼の下にはこれでもかとばかりに隈が浮かんでいる。
翔は「眠れたのか」と問うたが、どこからどう見てもちゃんと寝れたようには見えない。
もしや……ではなく、間違いなく徹夜したに違いない。
そんな二人に向けて、兼一はどこかテンションのおかしな笑顔を浮かべている。

「いやぁ、自分で修業するならともかく人に修業をつけるなんてほとんど初めてだからさ!!
 あれもこれもと考えてたら夜が明けちゃったんだよね!!
 でも安心して! 日の出辺りで『降りてきた』から!!」
「は、はぁ……」

まるで遠足や運動会を楽しみにする子どもの様である。俗に言うナチュラルハイという奴なのだろう。
本の虫であり、梁山泊に入門するまでは読書をしているうちに徹夜するどころか昼夜逆転することなどざらだった兼一だが、二人の修業メニューを考えているうちに変なテンションで夜を明かしてしまったらしい。
身近な人に初めて指導をする、その嬉しさを知るギンガには兼一に対する共感がないわけではないが、あまりにも様子がアレなので、内心では割と引いていたりする。
というか、『降りてきた』というメニューは本当に安心していいのだろうか。

「えっと、それで練習メニューの方は?」
「もちろんバッチリさ!! 今日は初日だし、昨日あんなことがあったばっかりだからね。軽く流す程度にしたよ! ちゃんと…………殺さないようにして組んであるからね!!」
「そうですか……………って、今ものすごく物騒な事を言いませんでした!?」

極自然にこぼれた兼一の言葉にうなずきかけるギンガだったが、寸での所で待ったをかける。
無理もない。『軽く』という部分には正直落胆しないでもなかったのだが、そこに『殺さないように』などと付け加えられては無視できない。
明らかに前後で矛盾しているというのもあるが、何をどうしたら特訓で死の危険が伴うのか。
だが、それこそが兼一にとっての日常であったりするわけで……。

「え? どの辺が?」
「ですから、『殺さないように』ってあたりです!!」
「あ、そこ? いやぁ、誰かを鍛えるのなんてほとんど初めての経験だし、加減もよく分からないからさ。
今僕がやってる修業のノリでやったら殺しちゃうかもしれないし、その辺はちゃんと加減を……」
(じょ、冗談よね、冗談)

ギンガは努めて兼一の言葉を好意的に解釈しようと努め、その単語を心の内で繰り返す。
しかし生憎と、兼一の言っていることは冗談でもなければ嘘でもない。
ギンガが考える『軽く流す』と、兼一の考える『軽く流す』では、天地ほどの差がある。
そのことを、まだギンガも翔も知らない。

「父様、僕はどうすればいいの?」
「ああ、今日は基礎体力づくりがてら、今の二人の身体能力を見ようと思ってるんだ。
だから、基本的な内容自体は同じだよ。程度が違うだけで」
「ふ~ん……」
「まあ、なんだ。とりあえず二人は…………………覚悟だけはしとこうか♪」

翔の質問に答えながら、兼一は実に“いい笑顔”を浮かべている。
それはこの後、二人にとって不吉の象徴となる、本当に“良い笑顔”だった。



BATTLE 9「地獄巡り 入門編」



「じゃあ、まずはギンガちゃんはこれをつけて」
「これって、確か魔力封じの手錠……ですよね?」

ギンガに手渡されたのは、前日にギンガに付けられた物と違って最新型の魔力封じ。
おそらく、ゲンヤあたりに頼んで貸してもらったのだろう。
まあ、大体この使い道は想像がつく。

「うん。僕は魔力の鍛え方も魔法の事もさっぱりわからないから、鍛えるのは身体の方だけになるでしょ。
 それなら、魔法で身体能力を強化した状態で鍛えるよりも、純粋に素の状態で鍛えた方がいいかなって。
 魔法を使いながら鍛えても良いんだろうけど、素人が下手な事をしない方がいいしね」
「まぁ、そうですね」

強化系の魔法を使いながら鍛えれば、魔力量の増強や魔法の練度を挙げることに繋がるかもしれない。
しかし、実際問題としてその方面に関してはずぶの素人が思いつきでそんな事をすべきではないのだ。
余計な事をすると、本当に身体を壊す恐れがある。
少なくとも、兼一が魔法や魔導師についてもう少し詳しくなってからでないと、その訓練法はすべきではあるまい。

「さて、手始めに軽く走ろうか……」
「ねぇ、父様。走るのは好きだけど…………………………何それ?」

そう言って翔が指し示したのは、兼一の背後にある岩の塊。
しかも唯の岩ではない。酷く大雑把に人間の形を象った石像。
四肢があり頭もある、だが顔や細部の造形は全くなされていない。
芸術的な価値は皆無、素人から見てもそれは明らかな代物である。

「ああ、これね。これは僕が良く使っている修業道具をマネて作った物でね、その名も『投げられ地蔵』!」
「な、投げられ……?」
「これ、父様が作ったの?」
「ははは、やっぱり岬越寺師匠みたいに上手くはいかないねぇ。
 人型にするだけでも山ほど失敗しちゃったよ!」

その奇妙奇天烈摩訶不思議な名前に呻くギンガだが、白浜親子は特に気にした素振りも見せない。
だが、兼一の背後にある劣化版投げられ地蔵のさらに後ろには、いくつもの失敗作の残骸が詰まれている。
仮にも人型の物体が山積みにされている光景は、正直中々に気味の悪い物があった。
ギンガとしては頭の痛くなるものがあるが、とりあえず今は無理にでも視界から外す。
重要なのは、それをいったい何にどう使うのかという事なのだから。

「それで、それをどうするんですか?」
「担ぐんだよ」
「…………えっと、誰が?」
「ギンガちゃんが」
「いつ?」
「今から」
「担いで走れと?」
「うん」

ギンガの問いに、兼一は迷いなく頷く。
再度ギンガは兼一の背後に立つ、彼とほぼ同じ背丈の投げられ地蔵を見て顔を青くする。

今のギンガは一切の魔法による強化ができない少女。
格闘家らしく体は鍛えているし、元の体質的にも筋力は優れている。
だが、正直数十キロはあるであろうこんな物を担いで走るとなるとただ事ではない。
出来ないとは言わないが、一キロ休まずに走り続けるだけでも大変だ。

「翔はこっちの小さい方ね」
「って、翔にもやらせるんですか!?」
「え?」

『何当たり前のこと言ってるの?』と言わんばかりの顔でギンガを見る兼一。
そんな反応を見て、非常識なのは自分の様な錯覚を覚えるギンガ。
しかし、必死に頭を振ってその錯覚を振り捨て、ギンガは兼一に詰め寄る。

「何考えてるんですか!! 翔はまだ子どもなんですよ!
 まだ身体もできてない時期に無理な事をしたら身体を壊すじゃないですか!!!」
「大丈夫、だから壊れそうで壊れないラインを見極めてやって行くから」
「いったい何がどう大丈夫だっていうんですか、それのどこが!!」

まさか、こんな常識の通じない相手だとは思っていなかったのだろう。
ギンガは珍しく声を張り上げ、頭が痛そうに兼一に文句を言う。
だが、そんなギンガの剣幕などどこ吹く風と言った様子で、兼一はまるで取り合わない。
いや、取り合わないというのは正しくないか。一応は『ああ、そう言えばそういう反応が普通なんだよね』的な顔をしているので、全く思うところがないわけではないようだ。

「まあまあ、落ち着いてギンガちゃん。とりあえずだまされたと思って、ね?」
「~~~~~~~…わかりました。訓練をつけてくださいと言ったのは私ですし、訓練が終わってから考えることにします。翔も、無理し過ぎない様にね」
(……………それって、少しくらいなら無理しても良いってことなのかな?)

カエルの子はカエル、ではないが、ギンガの配慮も空しく割と命知らずな事を考える翔。
しかし、ギンガはすぐに思い知ることになる。訓練が終わってから考えるなどという自身の判断は悠長にも程があった事を。訓練が終わるまでなど待つ事はない、始まってすぐにだまされていたことに気付くのだから。

「じゃ、早速行こうか…………………………隊舎まで」
「待って待って待って待って待って、ちょっと待って――――――――――――!!
 隊舎までって、ここから何キロあると思ってるんですか!?」
「父様、ここから歩いて行くの?」

はっきり言って、隊舎までこんな荷物を担いで歩いて行くなどある種の拷問だ。
決して遠いわけではないが、それでもそこそこの距離はある。
断言しよう、行くだけでも体力を使い果たしかねないと。
とはいえ、ギンガも翔も勘違いをしている。兼一は一言も、『歩いて』などとは言っていない。それどころか……

「何を言ってるんだい、さっき言っただろ? 『走る』んだよ」
「「……………………マジ?」」
「マジ」
「でも、これは幾らなんでも……」
「いいかい、ギンガちゃん。
武術家の真価はどれだけ打ち、打たれか。そして、どれだけ走ったかだよ」
「ま、まぁ、言わんとする事はわかるつもりですが」
「そう、よかった。それじゃ、行ってみようか。
あ、ちなみにペースが落ちてきたら……電気ショックだからね」
(そう言えば、翔にも何か付けてると思ったら、そんな物を……)

ギンガと翔では重りに差があっても同じペースになる筈がない。
だが、そんなもの兼一には関係ない。
目と耳と気配できっちりしっかり二人を監視し、僅かなペースの遅れも許さないだろう。
その上、ギンガの手錠や翔に付けさせた腕環にはそんな底意地の悪い機能が付いている。
これでは、ペースを落とすことなど出来る筈もなし。

「さあ、逝くよ。修行の開始だ!!!!」
「「字がちが…はぅあっ!?」」

叫ぶと同時に、二人へ電気ショックを送るボタンを押す兼一。
二人は堪らず全力で走りだし、住宅街の中へと消えて行った。



  *  *  *  *  *



その後も、兼一の特訓という名の拷問は続く。
ようやく隊舎についたかと思えば、『じゃあそろそろ帰ろう』と碌に休む間もなくまた走らされ、当然ながらペースが落ちれば『遅い!! そんな調子じゃ日が暮れても今日の分の修行が終わらないよ!!』と叱られながらの電気ショック。挙句の果てに、それをギンガは十往復、翔は二往復ときた。
はっきり言って、これのどこが練習なのかと早速疑いたくなる。
だが、実はまだまだこれは序章に過ぎなかった。

「何と言っても、武術の基本は足と腰。というわけで、そのままの姿勢でとりあえず……二時間いってみようか」
「に、二時間ですか!?」
「翔はホントに素人だし…………良いって言ったら終わりにしていいよ」
(それはつまり、様子を見ながらって事よね……そっちの方がよっぽどきついと思うんだけど……)

手の甲を上に向けた状態で失敗した投げられ地蔵の頭部と思しき石の塊を握り、膝を九十度に曲げた状態で「馬歩」をするギンガ。翔の場合は握っている石の大きさが違うが、それ以外ではやっていることには大差がない。
しかしそれでも、まだ幼い翔には十分すぎるほどにきつい。
何しろ、その口から洩れる声はすでに言葉になっていないのだから。

「ムキィ――――――――――――――!!!」
「ははは、そうそうその調子」
「むきゅ~~~……」
「はい、腕を下げない!!」
「あいた!?」

徐々に腕が下がってくる翔の先ほどと同様に電撃による「喝」が入る。
一応出力を加減しているようだが、やはり中々にショックは強いらしく、翔はすでに涙目だ。
で、ギンガもまあ状態としては大差ないわけで……。

「ふぐぐっぐぐ……お、おもぃ」
「そりゃ重くなきゃ筋トレにならないからねぇ……」
「さ、さっきから思ってたんですけど、これのどこが軽いんですか!?」
「え? 軽いよ、重りが」
(…………この先どれだけ重くするつもりなの、この人は!?)

今頃になって、ようやくギンガは気付いた。
兼一が最初に言っていた『軽く流す』というのは、特訓の量や質ではなく、単純に使用する重りの重さに過ぎなかったということに。
まあ、実際には練習の質量ともに兼一からすれば充分『軽い』のだが。

「う~ん、でもやっぱり道具がないのが問題だなぁ……ゲンヤさんに頼んで『発電鼠』とか作ってもらえないかな? あ、それならいっそ、『おぶり仁王』とか『しめあげ地蔵』も欲しいかも」
(何を言っているのかよく分からないけど…………絶対碌なことじゃないわ!!)

悲しいかな、兼一に師程の道具作成能力はない。
もし彼にその十分の一の能力でもあれば、ギンガの修業内容はさらに過酷になっていただろう。
…………そういう意味では、まだギンガは幸運だったのかもしれない。

「良し、とりあえず丸太を組んでスルメ踊りの土台を作ろう。
それに制空圏の特訓用に杭も使いたいし、一石二鳥だよね」
「あの、現在進行形で筋肉が悲鳴をあげている私達の前で、不吉な計画を立てるのはやめてくれませんか?」
「ゆ、指がちぎれるぅ~!」
「大丈夫、そう言ってちぎれた人はいないよ、翔。だって、僕もちぎれなかった」
((そういう問題!?))
「そういう問題だよ。とりあえず、限界だと思ってから五分はいけるね、経験的に」

イヤな方面に経験豊富な兼一である、人体の限界など体で理解している。
その兼一の経験が、二人を限界ギリギリまで追い込んで行く。
ちなみに、さりげなく心を読まれているのだが、今の二人にそれに突っ込む余裕はない。
何しろ、馬歩に続いてこれまたハードそうなメニューが待っているのだから。

「じゃあ次。脚を使わないで登ろうか……ロープを」
「例によって、またこの石像も一緒ですか?」
「あ、やっぱりもっと重い方が良かった?
 それとも、滑りやすい物の方が良かったかな? ロープってざらついてるから結構登りやすいんだよね」
「父様、たぶんギン姉さまが言いたいのはそんな事じゃないと思う……」

ベランダから垂らされた二本のロープを前で、二人は自分の足に括りつけられた地蔵に辟易する。
何しろ、この調子だと夢にもこの顔なしの地蔵が出てきそうで怖い。
だがそんな怖い想像も、続く兼一の言葉で頭の中から消滅した。

「ちなみに、ノルマのクリアが遅れた方にはペナルティを課すから、あしからず」
「……………翔、無理しないでゆっくりやっていいのよ」
「ギン姉さまこそ、怪我してるんだから無理しちゃダメだよ」

既に一杯一杯だというのに、これに加えてペナルティなど課されてはたまらない。
その点で想いを同じくする二人は、なんとか相手を出し抜こうと“一見”するといい笑顔で説得し合う。
はっきりいって、少し前までの中の良さなど軽く消し飛んでいる。
生存本能のなせる技とは言え、実に悲しい現実がそこにはあった。

「ほらほら、よ~い…ドン!」
「「くかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「うんうん、やっぱり競わせると違うなぁ」

とまあ、一から十までこんな調子である。
そうして数時間後、体力づくりという名目の地獄が終わった時、一つの命も燃え尽きようとしていた。

「さて、技の稽古はこのメニューが終わって立っていられるようになってからかな、じゃないと死んじゃうし。
まあ、今夜は良く寝て疲れを残さない様にね」
「翔――――――――――――!! 傷は深いわよ、ガッカリしなさい!!」
「も…ダメ……」

汗まみれの泥まみれになり、真っ白になって横たわる翔。
文字通り、その命は風前の灯だ。まあ、ギンガもいい感じで錯乱しているらしいが。
ギンガとて決して余裕があるわけではないのだが、そこはそれ先達としてのプライドだろう。
本当は立っているのもきつい状態でも、震える膝を奮い立たせている。

「それじゃ、ギンガちゃんは少し休んだら技の稽古に入ろう。
 思っていたより基礎体力があって驚いたけど、嬉しい誤算って奴だね」
「は、はぁ……(まだやらせる気なの?)」

はっきり言って、今ギンガが立っていられるのは体力的な余裕によるものではない。
というか、体力などとうの昔に使い果たし、今は意地とプライドで立っているような状態だ。
正直、次の修業などやらされても最後まで立っていられる自信がまるでない。
まあそれでも、少しでも休むことができれば幾分かましだろうと思う。
しかし、その予想すら早々に裏切られるのだが……。

「はい、休憩終わり」
「早っ!? 十秒経ってないですよ!?」
「少しって言ったでしょ?」
(少し過ぎる……)

小首を傾げる兼一に、ギンガは内心の戦慄を隠せない。
ここまで一切休みなしでトレーニングをこなし、ようやくめぐって来た休みも早々に終了。
今日中に自分の体が壊れる予感を、ギンガは今まさにひしひしと感じていた。
特訓の内容と量もそうだが、何よりその詰め込み具合が常軌を逸しているのだから。

ギンガとて基礎を疎かにしていたわけではないし、実際彼女の基礎体力は同年代の中でも非常に高い。
ただ、この場合は相手が悪い。例えるなら、ギンガの基礎はビルをはじめとする高層建築の基礎工事なのに対し、兼一が求めるのは『城』だ。戦を前提にし、高く広い範囲に渡って作り上げるその建造物の基礎ともなれば、高層建築の比ではない。

「だけど、ここまで身体が出来てるなら一安心だ。手始めに、受け身の練習から行こう………千本ほど」
「う、受け身って!? ミッドではほとんど投げ技なんてないんですよ!」
「でも、覚えておいて損はないと思うよ。ついでに投げ技の基礎も教えるつもりだしね」
「な、投げもですか?」
「うん。ダメージを与えるのは難しいかもしれないけど、体勢を崩す技術だけでも有用だからね。
というわけで、早速行くよ」
「せ、せめて心の準備だけでもさせてくださ――――――――――――い!!!」
「ハッハッハ、何を言ってるんだい。実戦でそんな物をしてる暇なんてある訳ないじゃないか」

問答無用、そんな四字熟語が頭をよぎる余地もなく、ギンガの体が宙を舞う。
本来兼一は女性は殴らない主義だが、これは投げているだけなので問題ない…………らしい。
そうして、永遠とも思える千本受け身を終えた時のギンガはというと。

「お~い、生きてる、ギンガちゃん?」
「……………………」

返事がない、まるで屍の様だ。いや、実際問題としてその生気の無さは屍に等しい。
生きてる証拠として身体が痙攣しているが、本来悠長に「生きてるか」などと聞く場面ではない。
だが、兼一の感覚は徹底的にずれていた。それはもう、絶望的なまでに。

「ダメだよ、こんなところで寝たら風邪ひくじゃないか」
「             」

本当は「そういう問題じゃないでしょ」と突っ込みたいギンガ。しかし残念ながら今の彼女にそんな余力はない。
慣れない受け身をいきなりこれだけやらされたのだ、まあ無理もないというか当然の結末だろう。

「師父秘伝の漢方があれば一発なんだけどなあぁ」
(一発って、一発であの世逝きとかじゃないですよね?)
「こんな時に実感する、師匠の偉大さ」

さすがに、師程の技能はない上に、そもそもミッドでは材料がそろわない。
兼一は改めて、自分がどれほど恵まれた環境にいたのかを実感していた。
まあ、それはともかくとして。さしあたって問題なのはギンガをどうするかだが……。

「しょうがない…………ほっ!」
「ぶはっ!」

手っ取り早く、バケツに汲んだ水をぶっかける兼一。
朦朧とした意識も覚醒したらしく、若干むせながら起き上るギンガ。

「ま、まだやるんですか?」
「むしろ、これからが本番だよ。投げの練習をするなら、やっぱり疲れてる時が一番だからね」
「あの、それはどういう……」
「一部の例外をのぞいて投げは技3の力7でやる物なんだけど、はじめのうちはやっぱり腕力でやりがちなんだ。
 なら、もうほとんど力が出せない状態にしてからの方が、変な癖をつけずに済むでしょ?」

確かに、ギンガの腕力なら多少無理をすれば相手を投げる事は出来る。
だがそれは、決して理にかなったやり方ではない。
そもそも力を抜こうとしても、人間無意識のうちに力が入ってしまう物。
ならば、その力が上手く出せない状態にしてしまった方がいい練習になるのだ。

(つまり、この状態も全部計算づくって事なのね……)

ただキツイ特訓をさせて疲弊させたわけではなく、その後に繋がるメニューの組み方。
指導者としては初心者というが、ギンガの目から見ても兼一の組み方は非常に繊細かつ先を見通している。
徹夜して考えたというのは、伊達ではないらしい。
まあ、その内容がとんでもなくぶっとんでいるのは、この際なので目をつぶる事にしよう。
そうして、ギンガの前に道着によく似た服を着せられた劣化版投げられ地蔵が置かれる。

「まずは注意事項。投げはマットなどの柔らかい床以外で使うのは非常に危険なんだ。上手く受け身を取らないと頭を打って死んじゃうかもしれないからね。魔導師ならバリアジャケットがあるから、よほどのことがない限り大丈夫だと思うけど、使う際には気をつける様に。それはわかるね?」
「まぁ……身体で理解させられましたから」

つい先ほど、散々投げられて幾度となく危うく頭を打ちかけただけに、その声に滲んだ影は濃い。
断言しよう、視界が回る度に命の危険を感じたし、受け身を取った直後は生きた心地がしなかった。

「いいかい、投げ技でまず意識しなければならないのは、重心だ」
「人間の重心って言うと……おへその下あたりですよね」
「そう。身体の中心であり、質量の中心の事だね。極端な話、頭と足を押さえて……」

解説しながら、兼一は投げられ地蔵の頭に手を、足に右の足の裏を添える。
そして、そのまま勢いよく…………払った。

「崩してやれば人間は倒れるんだよ」

へその下あたりを中心に、投げられ地蔵が扇風機の如く回転する。
特に力を入れた素振りもなく為された光景に、ギンガは思わず息をのむ。
確かに魔導師相手に投げでダメージは狙いにくい。兼一ほどの実力があれば話は別だが、ギンガが一朝一夕で身に付けた投げが決定打になるとは思えない。
だが、バリアジャケットなどの恩恵により投げへの警戒が薄い分、技をかける事自体は可能だろう。
そして、ダメージを与えられなくてもこうして体勢を崩すだけで決定打を狙いやすくなるのは明白。
兼一の言う通り、覚えておいて損はない。その事を、ギンガは思い知る。

「とはいえ、人間は丸太や地蔵じゃないからこんな簡単にはいかない。大なり小なり体勢は動くし、重心の位置もずれる。他にも、一方に引けばそれに抵抗しようとしてねばるだろうね、当然。この辺りは生き物としての反射の問題で、訓練してなくてもする事だから」
「となると、簡単には投げられませんよね」
「そうだね。だから、投げには必ずフェイントが入るんだ。というよりも、フェイントを入れずに投げるのは至難の業だよ、出来ない事もないけど」

例えば相当に腕力や体格に差のある場合だが、ギンガは体格的にも筋力的にもそこまで図抜けているわけではない。平均的な女性の身長よりはかなり高いし、生来の体質や魔導士としてのスタイル的に筋力には優れている。
しかし、だからと言って他の追随を許さない程でもない。
そんなわけで、その話自体はあまり意味がないのである。

「ここで問題。引いても押しても相手がねばる場合、そんな時はどうしたらいいと思う?」
「フェイントを入れても耐えられるとなると……覆いかぶさる様にして一緒に倒れて、関節技に持ち込むとかですか?」
「うん、それも手だね。ただ、関節技や寝技は極めてる間に他の敵に襲われる可能性もあるから、そういう風な使い方だと多対一には向かないけど」
「なら、相手を殴って……ってそれじゃ違いますよね」

第二案を口にしかけ、すぐにそれをやめるギンガ。
それでは投げ技ではないし、兼一の問いに対する答えにはならないと思ったらしい。
たしかに、それが柔道ならそうだろう。
だが、今兼一が教えているのは柔道ではなく柔術なのである。

「いや、それも正解だよ」
「だけど、柔術って投げ技なんですよね?」
「そうだけど、当て身とかの打撃系の技もあるしね。柔術の場合、当て身は相手の意識を逸らしたり体勢を崩したりするための布石がメインだから……まあ、そっちは追々。
でも、これにはもう一つ正解があるんだ。それはね……」

言いながら、兼一はギンガの前に右腕を差し出す。
ギンガは首を傾げながらも、なんとなくその腕を握った。
兼一がその場で軽く膝を折って前傾姿勢を取りながら前に一歩踏み出しつつ体勢を低くする。
そして、その体勢のまま一気に立ち上がると、その瞬間……

「こう!」
「っ!?」

ギンガの身体が、軽々と持ち上げられた。
兼一の腕力ならギンガ一人を持ち上げる事は容易いし、その事はもうギンガも承知している。
だが、今の兼一はそれほど力を込めたようには感じられなかった。

「これって……」
「さっき重心の話をしたけど、これがもう一つの答え。相手の重心の下に入りこむんだ」
「重心の、下に?」
「うん。ほら、荷物を持ち上げる時も下から持ち上げた方が楽でしょ、それと同じようなものさ」

解説しながら、ギンガを下ろす兼一。
前後左右ならば脚を踏ん張り耐える事が出来るが、上に向かっては不可能。
ある意味、これこそが一番抵抗の少ない投げ方なのである。

「というわけで、その点を意識しながら……投げの練習をしてみようか。
 重心を意識しながら、腰を密着させる事。いいね?」
「は、はい!」

その非常に新鮮な技術に、ギンガの眼の色が変わる。
投げ技の存在を知らなかったわけではない。ただ、あまりにも主流からは程遠く、これまで学ぶ機会もその使い手と戦う機会もなかった。魔法を使えない一般局員の間ではそれなりに浸透しているのだが、ギンガの様な魔導師にはほとんど効果がない為だ。
しかし、こうして学んでみるとなかなかに興味深く勉強になる事も多い。
必倒の一撃につなげる布石としてなら、充分以上に有効な技である事を実感する。

ちなみに、この練習の後、ギンガは本当に腕が上がらなくなってしまい、夕食は兼一が作ることになるのだった。
まあ、それはギンガの投げ方がまだ効率が悪いということの証明でもあるので、要特訓と言ったところだろう。
そうして、ようやくその日最後の修業にようやく行きついたのだった。

「じゃあ、今日の仕上げに入ろうか」
(よ、ようやく……)

兼一の言葉に、思わず涙が溢れそうになるギンガ。
今まで彼女も自分なりの鍛錬と、武装隊の軍隊式特訓を受けてきた。
当然相応に厳しく辛いものだったが、その認識を今日根底から覆されたのだ。
そう、世の中には比較にならない程無茶な特訓をさせたがる変人がいるのだから。

「その様子だと、いい具合に四肢の力が抜けたみたいだね」
「というよりも、手足に全く力が入らないんですけど……」
「うん、それは実にいい事だね」
(ダメだ、何を言っても好意的にしか解釈してくれない)

暗に『手足が碌に動かないのに、これ以上何をさせるのか』と問うたのだが、柳に風とばかりに受け流される。というよりも、兼一的には全然予定どおりだったりするのだろう。
ギンガの精神はあきらめの境地に達し、もう何度ついたかわからない溜息と共に問う。

「ふぅ……それで、これから何をすればいいんですか?」
「そんなに難しい事じゃないよ」
「なんですか、その石……………って、ああ、アレの破片ですか」

そう言ってギンガが視線を向けたのは、製作に失敗した投げられ地蔵の山。
大方、アレらを作る時に出た破片か何かなのだろう。

「そうそう。やる事は簡単、今からこれを投げるから、制空圏の中に入った物だけを払い落す、簡単でしょ?」
(まあ、確かにやる事自体は簡単だし、今の腕の力でもできなくはないと思うけど……)

たしかに、出来なくはない。出来なくはないが、恐らくほとんど無理だろう。
何しろ、どれほどの量を投げ込んでくるかは分からない。その上、昨日今日身に付けたばかりの技術で、それら全てをたたき落とせる筈がない。故に、兼一の言う「簡単」というのは間違いもいいところだ。
確かにやる内容そのものはシンプルだが、出来るかどうかでいえばまだまだ困難だろう事は間違いない。

「参考までに、投げる威力は…………これくらいだから、ね!!」

兼一は軽く振りかぶり、その手に持った石を投げる。
投げられた石はとんでもない速度で空を飛び、瞬く間のうちに夕焼けに消えて一つの星となった。
もし壁にぶつかれば、壁を貫通してしまうだろう速度である。
それを見たギンガの顔が、今日一番の青ざめ方を見せた。

「……………………」
「あ、安心して。全部が全部あのくらいじゃないから」

その言葉に、盛大な安堵のため息が漏れるギンガ。
あんな物を今の魔法が使えない状態の自分が食らえば、それだけで死んでしまいかねない。
それを考えれば、兼一の言葉は天の恵みにも等しいだろう。
まあ、その致死性の投石をしている本人が言っているのだから、それもおかしな話なのだが。
ただし、この話にはまだ続きがあった。

「そうだね、大体全体の……………………七割くらい」
「…………………殺す気ですか!?」
「そんなことないよぉ」

ギンガの魂の叫びに、兼一は手と首を振って否定する。
なんというか、仕草が師匠に似てきている気がしないでもない。ギンガは知らない事だが。
とはいえ、ギンガとしてはそんな無茶な事をさせられては身が持たないどころか命が危ない。
シャレではなくマジで。

「ほらほら、怒らない怒らない」
「別に怒ってはいませんよ」
「そう? なら早速……」
「そうじゃなくて! その練習の趣旨を教えてください!!」
「ああ、それなら『最小限の力で攻撃を捌く』特訓だよ。
 今の状態だとほとんど防御もできないでしょ。だから、制空圏に入ってきた物だけを、弾ける物は弾いて無理な物は上手く捌く。これはそういう修業さ」

兼一もかつてやった制空圏の修業。それを下地にして考えた修業がこれだった。
あの時とは状況を始め何もかもが違うし、元より長老程無茶をする気もない。
まあ、そんな事露知らぬギンガからすれば、充分過ぎるほどに無茶な内容なのだが。

「そ、それはわかりましたが、いくらなんでも無茶過ぎませんか!!」
「そういわれてもねぇ……制空圏は精神状態が重要な技だからさ。どんな状況でも心を乱さず、明鏡止水の境地を維持する精神力を養うには、多少の無茶が不可欠なんだよ」
「むぅ……」
「なに、要は当たらなければいいだけさ。視覚に頼らず、自分の感覚を信じるんだ」
「………………………わかり、ました」

兼一の言葉に確かな何かを感じたのだろう。
不平不満はありそうではあるが、それを口にせずに首を縦に振るギンガ。
ただし、この修業の最中朦朧とする意識の中、ギンガは幾度となく「もうダメ――――――――!!」「いっそ殺してください!!」などなど、無数の絶叫をすることになるのだが、今の彼女は知る由もない。



  *  *  *  *  *



その晩。
限界まで酷使した身体は激烈なまでに休息を欲し、翔とギンガは夕食の間に眠りの世界へと旅立った。
そんな二人をベッドへと運んだ父親二人は、今縁側で杯を傾け合っていた。

「しっかし、あのギンガをあそこまで追いつめるたぁなぁ、どんな無茶しやがったんだ?」
「アハハハハハハハ……」

一応無茶をしていた自覚はあるらしく、兼一の乾いた笑い声が夜空に消えて行く。
思っていた以上にギンガの身体はしっかりしていたので、ついつい力が入ってしまったのは秘密である。

「まあ、それはギンガが自分で決めた事だし、俺がとやかく言う物でもねぇか。
ところでよ、あの有様で明日から大丈夫なのか?」
「それなら問題ありませんよ。鍼を打って、しっかりマッサージもしましたから、明日に疲れが残る事もありません。まあ、出来れば漢方も使いたかったんですけど、こればっかりは……」
「ってぇと何か。てめぇ、ギンガの身体を隅々まで撫でて揉んだわけか?」
「ちょっ!? なんでそんな事になるんですか!?」

確かにそんな表現もできるかもしれないが、知らない人が聞けば確実に誤解される表現方法だ。
ジトッとしたゲンヤの目に兼一は狼狽を露わにし、慌てふためいて弁明する。
弟子のメンテナンスは師の仕事、と言ってはたして納得してくれるだろうか。
などと兼一が悩んでいると、堪え切れない様子でゲンヤが噴き出した。

「クックックックッ……」
「げ、ゲンヤさん…まさか!?」
「わりぃわりぃ、おめぇがあまりにも期待通りの反応をしやがるもんだからよ」
「うぅ、人が悪いですよぉ」

兼一に邪なものがない事は承知していたのだろう。
その上でからかっていたらしいゲンヤの悪戯に、兼一は涙目で落ち込む。
というか、実はまだゲンヤの悪戯は終わっていなかったりするのだが……。

「ま、それはそれとして…………………………ギンガの感触はどうだった?」
「なっ!?」
「親の俺が言うのもなんだが、結構いい身体してただろ?
 おめぇだってまだ若ぇ男だ。それに反応しちまったって俺は何もいわねぇよ。
 だからほれ、洗いざらい正直にげろっちまいな……」

邪悪な笑みを浮かべて詰め寄るゲンヤのおかげで、その時の記憶がよみがえる。
疲れを残さず、より強い身体になる様行ったマッサージ。上腕や前腕、腰や首、脹脛や太股、果ては腹や尻まで。師の一人の様な邪心を封じ無心で行ったとはいえ、その感触は確かに記憶に残っているのだ。
極力思い出さぬようにしていた記憶がよみがえったことで、兼一の顔がドンドン紅潮していく。
如何に子持ちで既婚者とはいえ、十代の少女の張りのある肌や肉付きの良い身体の感触の刺激は決して弱くはないのだから。

「な、なななな何を言ってるんですかぁ!?」
「なにって、ギンガの身体の事だろ?」
「父親としてそれでいいんですか!!」
「別に何かおかしなことした訳でもねぇだろ。俺はただ、ギンガの体に触った感想を聞いてるだけだぜ?」

底意地の悪いニヤニヤ笑いを続けるゲンヤ。
兼一とてまだ二十代の若い男、その男の部分はまだ決して枯れたわけではない。
理性に寄らぬ本能の部分が反応してしまうのも、こればっかりは仕方がないだろう。元々スケベでもあるわけだし……まあ、男など基本的にそんなものだが。
とはいえ、生来の潔癖さもある上に亡き妻一筋のこの男、そのどうしようもない部分でも許せないらしい。
ついには頭を抱えて唸り出すものだから、ゲンヤもいい加減手を緩めることにしてくれたらしい。

「~~~~~~」
「ったく、おめぇはホントにからかいがいがあるよなぁ」
「僕をからかって楽しいんですか?」
「ああ、中々ツボにはまる楽しさだな」
「~~~~~~~~~~~~」
「クックックック、だからそういうところが楽しいって言ってんだよ」

なんだかよく分からない形相で歯ぎしりをする兼一を、おかしくてたまらないと笑うゲンヤ。
そこで唐突に、兼一の顔が真剣な物に変わる。

「ゲンヤさん、一つだけ聞いても良いですか?」
「あん?」
「ギンガちゃんって、以前身体を壊したり、内臓の機能が悪かったりします?」
「…………………………なんでぇ、藪から棒に」

何かを押し殺すかのような僅かな沈黙と、一瞬浮かんだ苦渋に満ちた表情。
それだけで、兼一にはゲンヤが何かを隠していることが分かった。
普通ならそれに気付いた段階で口を噤むものだが、『聞き難い事をあっさり聞いてしまう』のが兼一である。

「以前から思ってたんですが、ギンガちゃんの身体ってちょっと不自然な所があるんですよね。
 何て言うか、筋肉や骨の感触が変ですし、他にもいくつか気になる所が……」
(そういや、こいつはある意味人体の専門家だったか。
医者と違って、治すんじゃなくて作るのと壊すのが専門だが……)

考えてみれば当然の話で、この男がその事に気付かない筈がない。
むしろ、なぜ今まで触れて来なかったかの方が不思議なくらいだろう。
あるいは、今日ちゃんと触るまで気付かなかったのか……。

「いつ、気付いた?」
「違和感を持ったのは初めて会った時からです」
「じゃあ、なんで今まで聞かなかった…………いや、なんで今聞いた?」

今まで聞かなかった理由など聞くまでもない。
単純に、何かしら複雑な理由があるのだろうと慮ったのだろう。
あるいは、自分と相手の関係において重要な問題ではないと考えていたのかもしれない。
他にも理由は考えられるが、それほどゲンヤが気にかけることではない。
故に、聞くべきは今頃になってその事に触れたその真意だ。

「仮とはいえ指導することになりましたし、教え子の体の状態を把握するのは師の務めでしょう?
 それに、身体に爆弾があるのにそれを知らずにいるのはさすがに不味いですから……」
「ま、正論だわな」

兼一の答えは、まさしく非の打ちどころのない正論。
例えば内臓の働きを補助する機会を埋め込んでいたり、例えば過去に大きな怪我をしていたり。
数え上げればキリがないそれらの可能性があった場合、指導の仕方にも相応の配慮を要する。
それは指導者としては至極当然の配慮だ。

ただ、ギンガの秘密はそれらとは別の次元にあるものであり、だからこそ迂闊に口にするわけにはいかない。
少なくとも、ギンガ自身が口にするまで自身が口にすべきではないとゲンヤは考えている。

「とりあえず、おめぇが考えてるみたいな事はねぇ。
 大怪我だの大病だのはしてねぇし、身体がどっか悪いわけでもねぇ。それは保障する」
「……ですが、全身にそれがあるのはさすがに変ですよ。あれじゃまるで身体に機械が埋め込んであるんじゃなくて、機械と身体を……「それ以上は言うな!」……ゲンヤさん?」
「わりぃ、年甲斐もなく熱くなっちまったな。すまねぇんだが、この話は終わりにしようや。その内、ギンガから話すかも知れねぇ。それまでは…………待っててくれねぇか?」

危うく兼一は逆鱗に触れそうになるが、その前にゲンヤがストップをかける。
今そこに触れられれば、自分は冷静でいられない。その確信がゲンヤにはあった。

「……わかりました。ゲンヤさんがそう言うなら、信じて待つことにします」
「恩に着る」

ゲンヤがそこまで言うのなら、兼一とて深くは追求しない。
元から善意の塊の様な男だ、相手が嫌がる話を無理にする様な悪趣味な性格はしていない。
まあ、無意識的に相手の最も触れてほしくない所に触れてしまいがちではあるが……。

「そういや、昨日貸してやったアレはどうだった?」
「ああ、勉強になりました。確か、ゲンヤさんの奥さんの若い頃の……」
「おう、クイントの奴の記録映像だ」

実は昨夜、兼一はゲンヤに頼んでシューティングアーツの資料を貸してもらったのだ。
ギンガのスタイルはシューティングアーツ。そのギンガの指導をするのなら、やはりシューティングアーツへの理解は欠かせない。というわけで、そんな兼一に対し、ゲンヤはギンガの師であり今の彼女より上の使い手である亡き妻の記録映像を貸したのである。

「おめぇの眼から見て、アイツの動きはどうだった?」
「見事、の一言ですね。まさか魔法全盛のこの世界で、あそこまで武を磨き抜いた人がいたとは……もし存命だったなら、今頃達人級になっていても不思議はないと思いました」
「……………そうか。そう言ってもらえりゃ、アイツも嬉しいだろうよ」

兼一の嘘偽りのない賛辞に、ゲンヤは杯を傾けながら寂しげに微笑む。
ゲンヤの亡き妻、クイントが所属していた隊は管理局の中でも少々異色の部隊だった。
何しろ、その隊長が昔堅気の騎士である。
なんでも、若い頃に海の方に一時出向した際、本物の武人に出会ったとか何とか……。
そのため、その気質は武人と言っても差し支えない物で、生きていれば兼一とも馬があったのではないかと思う。
その影響だろうか、隊全体にもそう言った空気と気質が浸透していた。クイントもその例には漏れない。

「特に、魔法と武術の融合の完成度は素晴らしかったと思います。
 魔法だからできる事を武術に無理なく取り入れていましたから……いえ、アレは魔法に武術を取り入れたと言った方がいいのかな? とにかく、互いの長所を自然にまとめあげていましたよ。
ただ、その分やっぱり魔法が使えない人には向かない技術でもありますね」
「そうなのか?」
「はい。攻撃や防御、歩法に至るまで、魔法の使用を前提とした技が多いものですから…魔法が使えないと使えない技も多いですね」

考えてみれば当然の話で、魔法と武術を融合させた技術である以上、使い手は魔法を使える事が大前提。
魔法を使えないものがこの技術を習得しても、全てを身につける事は出来ない。
そういう意味で言えば、ある意味使い手を選ぶ技術とも言えるだろう。

「歩法なんかだと、魔法による身体能力の強化や足場を作れる事を前提にした技がそうです。
他にも、防御魔法や射撃系の攻撃魔法と併用する技もありますよね?」
「まあ、確かにそういうのは魔導師じゃねぇとつかねぇよな」
「後は……」

兼一の言葉にうなずくゲンヤだが、そんな彼を余所に兼一は顎に指を置いて何やら考え込む。
その様子をいぶかしむように、ゲンヤは首を傾げて問う。

「どうした?」
「あ、いえ。魔法を使えなくても使えない事はないんですが……魔法が使えないと非常に使いにくそうな技がありまして……」
「なんだ、そいつは?」
「…………………………………アンチェイン・ナックル」

『アンチェイン・ナックル』。それは、クイントが得意とした打撃技。
静止状態から加速と炸裂点を調整する撃ち方であり、これを極めればシールドもバインドも意味を為さなくなるという、文字通りの繋がれぬ拳。
その威力と効果は、達人である兼一をして感嘆せしめるに足るものであった。ただ……

「似たような打ち方なら僕もできます。ですが、アレは酷く使いどころが難しいですね」
「どういうこった?」
「打ち方にもよるんでしょうが、僕が見た全威力を炸裂する打ち方だと、タメとモーションが大きい様に思います。威力は素晴らしいんですが、技が出るまでの隙が大きいんですよ。外した場合もピンチになりますし」
「そういや、ありゃ確かインパクトに向けて加速していく打ち方だったか」

故に、加速の途中は無防備そのもの。
通常の突きの場合、そこまで細やかな速度の調整はしない。
確かに拳は振り抜くまでに加速していくが、その加速の度合いは決して一定ではないのだ。
そんな悠長に加速していく打ち方では、いくらでも隙を突ける…というのが兼一の見解だった。

「はい。正直、非常に繊細な身体操法ですね。ですが、その分使いどころが難しい。僕達が同じ技を使うとしたら、よほど決定的な隙を見せてくれた時位でしょうか。それ以外だと自殺行為ですし」
「魔導師の場合は、違うって事か?」
「ええ。魔導師の場合ですと、遠距離まで打撃の威力を飛ばせますからね。
隙を突かれない程度の距離から撃つ事が出来ますし、シールドやバリアもある。
そう言った『魔導士としての長所』があって、初めて実戦で運用できる技術なんだと思います」

本来、拳による打撃などというものは直撃しなければ意味がない。
ところが、魔導師の場合は直撃しなくてもダメージを狙える。拳に魔力を乗せ、それを飛ばすことで。
それができて初めて、あの技を実戦で使う事が出来る。
距離を置いた状態でもなければ、とてもではないが技を放つ前に潰されてしまうから。

「やろうと思えばできるか?」
「出来なくはないと思いますけど……やっぱり一苦労ですね。
まあ、そもそも修得までに長い時間が必要ですけど。
残念ながら、一度見た技を短期間のうちに盗む、なんてできないので」
(出来そうな気がする、ってのは秘密にしとくか)

ゲンヤの感想は間違いではない。弟子もそうだが、達人もまた隙あらば進歩する人種。
中には、一度見た技を短期間のうちに会得することができる者もいる。
とはいえ、生憎兼一はそこまで器用な武術家ではない。
彼は一つの技を覚えるのにも膨大な時間を要する。
なにしろ、『魂が磨り減る程の練磨』こそが兼一にとっての修業なのだから。

「そんなもんかい」
「あ、そうだ。実はちょっとお願いがありまして、ギンガちゃんの修行用にこんな道具を用意してほしんですよ。出来ませんかね? あ、これ大体のイメージです」
「ん、どれどれ…………出来なくはねぇと思うが、こんなもん何に使うんだ?」
「まあ、その辺りはその時のお楽しみということで……」
「まぁいいが、それなら俺のポケットマネーで出すぜ。さすがに隊舎の予算は使えねぇし」
「良いんですか?」
「問題ねぇよ。知り合いの技術部の連中に格安で作らせるし」

ゲンヤの言葉に、内心で『会った事もない技術部のみなさん、ごめんなさい』と謝罪する兼一。
この後、兼一の求める無茶な修業器具の要請に、幾度となく彼らは振り回されたりしなかったり。

そうして、夜は更け残り少ないミッドでの時間が過ぎて行く。
兼一と翔が地球に帰るまで、あと少し。






あとがき

まずは謝罪を、前回大ウソついてすいませんでした。
当初の予定に反し、修業パートが思いのほか長くなったため梁山泊行きはまた次回になりました。
最初はタイトルまでの所で済ませる気だったのですが、書いているうちにこれでは物足りないと思い、思い切ってここまで膨らませました。
多分、当初の予定である『軽く触れる』というのは、次回になるでしょうね。
というか、そうでもないといくらなんでも味気なさすぎますし。
やっぱり、ケンイチに修業シーンは欠かせませんから。

とはいえ、今回初めてとなる『指導者としての兼一』になったわけですが、非常に困りました。
『兼一は教えられる側』というイメージを払拭できず、どうしても書いていて変な感じになってしまいそうなんですよね。正直、上手くやれたのか不安でなりません。

あと、アンチェイン・ナックルについては私の独断と偏見です。
作中の描写とノーヴェやメガーヌの発言から、「なんかそんな気がする」と思ってのものです。
突っ込みどころは多々あるかと存じますが、なるべくソフトにしていただけると救われます。


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