祝福の風と守護獣 (Ifの世界) 前編
ミッドチルダの首都クラナガンの一画にある時空管理局の機動六課の隊舎の寮内で、一人の少女が遊んでいた。
少女の名前はヴィヴィオ。ファミリーネームはわからず、素性もはっきりしない。危険物に指定されているロストロギア”レリック”をくくりつけられていたこと、そして人造生命体であることなどが考慮され、一時は危険視されていたが、少女の様子から特に危険性がないことが予測されるので、とりあえずは六課で身柄を預かることが予定されていた。
少女は正確には遊んでいるわけではない、目の前に用意された遊具やぬいぐるみたちを、手持ち無沙汰なのでいじっているだけだ。彼女のなかで心を許せると思った2人の人物、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの2人が立ち去り、幼い少女の心は不安で一杯になっていた。
しかし、そんな少女の不安な心も、時間とともに徐々に薄れていった。その理由は隣にいる女性が原因だろう。
他の人たちが立ち去ったあと、隣の女性と2人で残されたヴィヴィオは当然のこととして、気持ちが穏やかではなかった。自分の側にいる女性が、自分に優しい人かどうか分からないからだ。彼女が発見された状況と、記憶がはっきりしない現状を鑑みれば無理はない。
そして隣の女性は、初めに「おいで」と言って自分を隣に座らせ、ホットチョコを淹れてくれたあとは、ただずっと静かに隣に座っている。先ほどまでいた何人かの人たちと違い、自分に話しかけては来ずに、ずっと座っているだけである。
美しい銀の髪は揺れるたびに細雪のような輝きを生み出し、その瞳はルビーの宝石のように紅く、目鼻立ちはとても整い、まるで見事な人形のような容姿だ。
だが冷たい印象はまるでなく、時折ヴィヴィオが顔を見ると、その顔は静かな微笑みを浮かべたまま自分を見つめていた。その微笑がとても綺麗で優しいものだったためか、幼い少女の心から徐々に不安がなくなっていく。この隣の人は自分を傷つけることはない、という感じがするのだ。
ヴィヴィオがホットチョコを飲み干したのを待っていたのか、女性は話しかけてきた。
「落ち着いたか? 心細いこととは思うが、安心してくれていい。ここにはお前を傷つけようとする者はいない」
見た目どおりの落ち着いた静かな声。まだ幼い少女に話しかけるには少々口調が固すぎる感はあるが、その内容は間違いなく少女の心を気遣うものだ。
そんな女性の様子に安心したのか、ヴィヴィオはおずおずと話しかけた。
「……あの、おなまえ、なんていうの」
遠慮がちに話しかける小さな子の問いに、女性はすっと顔を少女の目線と同じに下ろすと、やはり優しげな笑みで答えた。
「リインフォース。私はリインフォースと言うんだ。よろしくな、ヴィヴィオ」
祝福の風リインフォース。彼女は古代より伝わる魔導書”夜天の書”の管制融合騎である。いや、元融合騎と言うべきか。10年前に彼女はその力のほとんどを失い、融合騎としての能力は彼女の名を継ぐ”妹”に継承された。
本来は闇の書の防衛プログラムを再生させないため、その要となっている彼女もともに消え去るはずだったが、一人の天才と一人の努力の天才が無限書庫にて古代ベルカの魔導について調べつくし、なんとか彼女と防衛プログラムとの完全な切り離しに成功した。そのことで主たる八神はやてを筆頭に他の守護騎士や、友人の少女2人も大変喜んでいたが、感謝を受けるべき少年2人は、疲労が一気に噴出したのかその場で倒れこんでいた。その後、某執務官は初めて長期休暇をとり、高町家では1週間眠り続けるフェレットが目撃されている。
そういう経緯があり彼女は今この場所にいる、機動六課の隊舎、その寮母として仕事で疲れている皆の帰りを待っているのだ。力の大半を失い、今では主と守護騎士たちとの通信くらいしか彼女にはできない。だが、主は自分がいることを何より喜んでくれるので、今ではこの状態も受け入れている。
もちろん最初はいろいろあった。そのたびに烈火の将に拳骨を食らい、紅の鉄騎に胸倉を掴まれながら怒鳴られ、風の癒し手にやんわりと窘められ、蒼き狼は静かに今の自分を肯定してくれたのだ。皆が自分に居て欲しいと言ってくれた。
そして現在、彼女はこの小さな子供の側にいる。もともとは年齢が近いライトニングの2人が残ると言っていたが、2人にも仕事があるだろう、と言ってリインフォース一人で面倒を見ることにしたのだ。妹であるリインの世話をしてきた経験から、彼女は小さな子供の扱いは苦手ではない。
ヴィヴィオというこの幼子は、ホットチョコを飲んで眠くなったのか、うつらうつらと船を漕ぎはじめている。
「眠たいのか?」
「……うん」
こくりと小さく頷きながら返事をしたヴィヴィオを、リインフォースは寝室へと連れて行った。ベッドに横たえ、毛布をかけてやると、ヴィヴィオはすぐに眠りへと落ちていった。彼女がベッドへ案内し、毛布をかけてやるまで特に抵抗しなかったことをおもうと、少しは自分に心を開いてくれたのだろうか、と破顔した。
少女を寝かしつけた後、今後のことを考えると子供用の品々をそろえておいたほうが良いと思いついた。この隊舎内にはこの年齢の子供の服はないし、子供の遊び道具になるようなものは無い(あったらあったで問題だが)なのでそれらのものを揃えるために買い物に行こうと判断したが、問題がひとつあった。
少女が目を覚ましたときに、自分が居なかったら心細い思いをすることになるだろう。そう思うと自分がここから離れるわけにはいかない。しかしこのままの格好でさせておく訳にも行かないので、買い物はしなければならない。さてどうしたものかと思案していると、部屋のドアが開いた。
「邪魔をする」
入ってきたのは一匹の狼。リインフォースと同じ八神はやてを守護するヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣ザフィーラだった。
「ザフィーラ、どうした? こんな時間に」
「主はやての命で、その少女の護衛に付けとのことだ」
本来ならばまだ仕事中のザフーラがここに来た理由は、この少女の守護であるらしい。子供に好かれやすい彼にはうってつけだろう。彼自身も子供好きなところが在ることだし。
「そうか、お前がついていてくれるならば、安心だな」
「期待に沿えるよう、努力しよう」
今のリインフォースは見た目どおりの繊細な女性の力しか無い。なので何か起こった際には少女を守りきることはできないだろう。
その点ザフィーラがいてくれれば安心できる。彼はずっと自分たちを静かに見守ってきてくれた守護獣なのだから。
それに、彼が今来てくれたことは大変助かる。彼が少女を見ていてくれれば、自分はこの場を離れることが出来る。
「ザフィーラ、早速で悪いがこの子を見ていてくれないか、私は子のこの身の回りのものを用意するために出かけこようと思う」
「それは構わんが、はたしてその少女が目覚めたときに、いきなり狼がいては驚かないだろうか」
確かにそうかもしれない。子供に好かれやすいザフィーラだが、起き抜けにいきなり目の前にいては、びっくりして泣き出す可能性が高そうだ。
「そうれもそうか…… ならば、私は離れるわけにはいかんな。ザフィーラ、お前が行くことはできるだろうか」
「難しいな。ミッドチルダとはいえ、狼形態の守護獣が買い物をすることができる店は稀だ」
「ならば、人型になってはどうだ? ハラオウン執務官の使い魔のアルフもよくそうしているはずだが……」
「だが、私が六課にいる間は狼形態であることが条件だ。局員としての登録も狼形態だからな、人型になっては何かと問題だろう。ただでさえ主は保有人数制限で苦悩しているのだから」
ザフィーラは狼型で登録されているため、高ランク魔導師保有制限にひっかからない。これは半ば裏技的な措置である、おそらくナカジマ三佐の助言によるものだろう。同じような措置で、湖の騎士シャマルも”医務官”として登録する措置をとることにで、”戦力”ではないとすることによって六課に入れている。実際には出撃したりしていてグレーゾーン一直線なのだが。
「それもそうだが、買い物に行くくらいは許容派範囲ではないか? 戦力保有者として戦闘行為を行うわけではないのだから」
「そうだな、私のような存在はそもそもが稀有だから、査察などが入ってもある程度は誤魔化しが利くだろう。買い物に行くくらいは大丈夫かもしれん、おそらくはな」
「そのあたりの事を聞くとなると、やはりナカジマ三佐だろうか?」
「あの御仁もなかなか忙しい。この程度のことで聞くのも面倒をかけてしまうだけだ、テスタロッサ執務官に聞いてみよう、法律には詳しいからな」
そうしてザフィーラはフェイトに通信で念話を送った。もっとも正確にはシグナムを介して伝えたのだが。ザフィーラはフェイトと直接念話をしたことが無かったのだ。
そしてフェイトから返事が返ってきた。人型になっても戦闘行為をしないのならば、それほど突っ込まれはしないだろうとのことだ。ただし、細かく確認したわけではないのであまり目立つ行動はしないほうが良いとも言っていた。
「そういうわけだ、買い物には私が行ってくるので、必要なものをリストにしておいてくれ」
「わかった。そういえば、お前の人型も久しぶりだな」
ザフィーラは毎日日課として、夜の鍛錬を人型で行っていたが、機動六課が始動してからはその姿は見えなくなった。おそらく人型になることを遠慮していたのだろう。ザフィーラの訓練に付き合って夜の道を歩くのは、リインフォースの日課でもあったのだ。今はそれがなくなって少し寂しかった。
月明かりの夜の道を2人で歩き、何するわけでもなくザフィーラの訓練の様子を見ることは、リインフォースにとってとても大事な時間だったのだから。
彼女がそんなことを思っている間に、ザフィーラは白い光に包まれ、逞しい青年の姿へと変わっていた。
「一応、耳と尻尾も隠したほうがよいのではないか?」
「ふむ、そうだな、そのほうがかえって私が”ザフィーラ”だと認識されないかもしれん」
目立つ行動をしないほうが良いといわれたので、むしろ人型の彼をザフィーラだと認識されないほうが都合が良いかもしれないと判断し、耳と尻尾も見えなくする。そうすれば彼が守護獣だと判別する方法は額の宝石しかなくなり、今隊舎に居る人間はおろか、ロングアーチの者たちには彼が誰なのか分かるものはいないだろう。
そうして彼の姿は騎士甲冑の姿より局員の制服の姿のほうが目立たないだろうと考え、隊舎の中から彼のサイズに合う服を探して着替えて、リインフォースのリストの物を買い揃えるために外に出た。
シャリオ・フィニーノ執務官補佐は本日到着するはずのデバイスの部品を待っていたが、発送の段階で手違いがあったらしく部品はデバイスルームではなく、寮のシャリオの自室に届いてしまったらしいとの報せをうけた。
仕方がないのでとりに行ったが、実にケース3つ分の機械部品は重い。非魔導師であり身体強化が使用できない彼女にとっては辛いものがあった。しかも面倒がって一気に3つ持っていこうとしたため、道のり半ばで気が挫けそうになる。
(失敗したかなあ…… 流石にいっぺんに3つは無理があったかぁ……)
デバイスルームと寮とはそれほど離れてない、などとタカをくくったのが間違いだった。と既にプルプルと震えてる腕の悲鳴を聞きながら、少々格好悪いが一度ここに置いて、1個1個持っていったほうが良いかと思っていたところへ、聞きなれない声が届いた。
「その荷物、何処まで持っていくのだ?」
低い、そして重い男性の声。シャリオはどこかで聞いた事があるような気がしたが、それがどこかは思い出せなかった。そして顔をあげて声を掛けた人物を見てみると、やはり見覚えが無い男性が紙袋を抱えて立っていた。
白に近い銀髪で目鼻立ちはスラっと整っている。おそらく185以上ある長身で、素人目にも分かる逞しい身体を局員制服に包んだ人物だ。額の宝石はなにかの魔法紋だろうかとシャリオは思った。
「見たところ、お前が抱えていける重さでは無さそうだ。デバイスルームまでか? 問題がなければ手伝おう」
いきなりのことでシャリオは驚いていたが、どうやらこの人物は手助けを申し出てくれているようだ。しかし面識の無い人物にそんな手間を掛けてしまうのも申し訳ない、だけど今この人物は”デバイスルームまで”といった。つまりこの人物は自分のことを知ってる? でも自分はあったことは無い、記憶力には自信があるから間違いない。しかもコレだけ特徴的な人なら忘れるはずが無い、一体どういうことだろうか?
などとシャリオが思考のスパイラルに入っている間に、ヒョイっと荷物を持たれてしまった。
「デバイスルームで間違いないか? 問題ないならばこのまま運ぶが」
そう言ってスタスタ歩いていってしまう。自分が両手で持っていてもすぐに限界が来ていた機械備品が詰まったケース3つを、器用に、そして軽々と片腕で抱えて持っていってしまった。いまだ彼が何者か分からないが、制服を着ているということは管理局員だろうし、少なくとも悪意があるようには感じられない。善意の協力だろうということで、シャリオは成り行きに任せて荷物を持っていってもらうことにした。
そうしてデバイスルームまでの道のりを2人で連れ立って歩いていたが、途中ルキノやアルトの奇異の目で見られてしまった。どうやら2人ともこの男性に見覚えは無いようだ。そして当の男性は終始無言だったので、人懐こい性格のシャリオといえども彼の重厚な雰囲気の前では気軽に話しかけることは出来なかった。
そして一度も言葉を発するまもなく、デバイスルームに到着。彼は躊躇するでもなく荷物を持ったまま中に入っていってしまった。
「着いたな、これは何処に置けばいいのだ?」
「え、あ、はい。こっちの机の置いていただければ……」
いきなりの問いに、すこし慌ててシャリオが答えると横合いから幼い少女の声がはいってきた。
「あ、おかえりです~~ ってアレ? ザフィーラ? どうしてここにいるですか?」
「ああ、お前の姉に頼まれたものを買いに行っていたのだ。その帰りの途中にフィニーノ補佐官が難儀していたようでな、いらぬ世話とは思ったが、手を貸していた」
「なるほど~ ご苦労様です、それで人型だったのですね。それにしてもザフィーラの人型はひさしぶりですね、お姉ちゃんが喜びますよ」
「……リインフォースが、か?」
「はい、お姉ちゃんはその姿のザフィーラが大好きですから! 私は狼さん型のほうがモフモフして好きですけど」
「そうか、邪魔をしたな、リイン」
「いえいえ、これからお姉ちゃんのところに戻るですか?」
「ああ」
「そうですか、お姉ちゃんに女の子のお世話頑張ってくださいと伝えてください、それと、お姉ちゃんのこと頼みますね」
「了解した」
そういってザフィーラはデバイスルームから立ち去っていった。そのまま仕事に戻るリインだが、シャリオの方は呆然としたまま扉の横で立ったままだった。
「どうしましたシャーリイ? ポカンとした顔してますよ?」
「え?、今のザフィーラって…… え、ええっ!!?」
「あれ、そういえばシャーリイは見たこと無かったでしたか。ザフィーラは人型になれるんですよ~ 格好いいでしょう、あのザフィーラ。狼さんの時もカッコイイですけど」
「はあ……まあ確かに……」
確かにそうは居ない美丈夫だとは思うが、それ以上にシャリオの中は驚愕の感情で一杯だった。今まで大きな賢い犬のように思っていた存在が、いきなり長身の男性になっていては誰もが驚くだろう。
実際、あとで知ったアルトとルキノも非常に驚いていた。ヴァイスは知っていたらしいが。
一方のザフィーラは、同じ隊の者が困っていたとはいえ、目立つ行動はしないといったのにも関わらず軽率な行動をとってしまった、と自省していた。
しかし、困っている様子の人を見ながら、それを黙って見過ごせることは彼には出来ない相談だっただろう。
「すまない、遅くなった」
「いや大丈夫だ。この子もまだ目を覚ましていないからな」
デバイスルームから戻ったザフィーラは頼まれたものをリインフォースに渡しながら、遅くなったことを謝罪した。それに対しリインフォースも別段気にする様子も無く答える。
「フィニーノ補佐官を手伝って、デバイスルームに部品を運んでいたので、時間を喰ってしまったが、その際リインがその少女の世話を頑張ってと言っていたぞ」
「そうか。フフフ、これは責任重大だな、妹の応援に応えないわけにはいかなくなった」
そういって笑うリインフォースを眺めていると、ふとリインの言葉を思い出した。
――お姉ちゃんはその姿のザフィーラが大好きですから――
誰よりも姉の事が好きで、誰よりも姉のことを見ているリインの言うことなので、間違いではないだろう。目の前の女性とは、心の奥で伝わるものがあることを感じていはいるが、それを形にしたことはこの10年で一度も無かった。
彼はこの機会に、意を決してそのことを聞いてみることにした。
「リインフォース、一つ聞いていいだろうか」
「なんだ?」
「これから私はその少女の護衛に就くことになる。なので世話係りであるお前とも共に居ることになるだろう。その場合、私は狼形態ののうほういいか、それとも人型がいいのか、どちらだろう」
「そう……だな…… この年齢のこどもなら、やはり狼のほうが親しみが持ちやすいとは思うが……」
「いや、そうではなく、お前はどちらの姿の私の方がいいと思うのか、それを聞きたい」
リインフォースは驚いた。彼は今、自分がどちらの彼で居て欲しいのかを聞いている。いままでザフィーラがこうしたことを聞いたことは無かったから、とっさのことで言葉が出てこない。だが、胸の奥からふつふつと喜びの感情が湧いてきているの感じた。彼は、自分の気持ちを知りたいと言ってくれたのだから。
「……私は、人型のお前のほうが……良い……」
気恥ずかしい思いが出たのか、最後のほうは消え入りそうな声になってしまった。しかし、ザフィーラにはしっかりと聞こえたようだ、魔法で見えなくしているとはいえ、彼の耳は狼の耳なのだから。
「……わかった。一応、主はやてに可能かどうかを聞いてみよう」
「そうか、そうなってくれたら、……嬉しい」
やはり最後は消え入りそうになってしまう。こういう展開の免疫は全くない彼女だった。
「私も、お前がそう思ってくれることを、嬉しく思う」
「え……」
やはりザフィーラも気恥ずかしいのか、声が小さくなっていた。良く考えれば、普段から寡黙な彼にしてみれば、このような話題を振ること自体が結構な冒険だったのかもしれない。
「そ、そうか……」
「ああ……」
滅多に無い会話を交わしたためか。互いにどこか緊張してしまっている。そしてしばらく無言で居たが、リインフォースとザフィーラが同じタイミングで相手を見ると、当然のごとく目が合った。そうして互いの瞳を見つめていると、自然に落ち着いた気持ちになり数秒の見詰め合いのあと、2人とも微笑が口に浮かび緊張がほぐれていった。
「しかし、そうなるとやはり問題か、女子寮の中を男がうろつくわけにもいかんだろう」
「そうかもしれんが、どうだろうな。狼だろうと人型だろうとお前はお前だ。ここに居ることには変わらない」
「そうだが、やはり視覚的なものは大きいからな。」
「別に、お前は不埒な考えがあるわけではないし、女性にたいしてそういう感情を抱くことはないだろう?」
「もちろんだ、不埒な考えなどは起こさん。だが……」
そう言って言葉を切り、黙り込むザフィーラの様子を、リインフォースは怪訝に思った。こんな風に歯切れの悪い彼の様子はあまり見た事が無い。
「どうした? ザフィーラ」
しばらく目を閉じ黙っていたザフィーラがだったが、真剣な表情でリインフォースを見つめ、真っ直ぐに自分の思いを口にした。
「女性に対して愛情を抱かない、ということは無い。愛情を抱き、契りを交わしたいと思う者は、いる」
そう言うザフィーラの視線は、ただじっとリインフォースを見つめている。それは、彼が誰を想って言った言葉かを何よりも表していた。
「…………」
想いを込められた言葉をうけたリインフォースもまた、じっとザフィーラを見つめ返していた。胸がつまっているのか言葉が出てこない。しかし、ただ見つめあうだけで分かる。相手ががどれほど自分を想ってくれているかを。
徐々にリインフォースの瞳が潤みを帯びてきた。嬉しさからか、それとも感情が高まっているからか、しばらく見つめて合っていた2人は徐々に距離を縮め、その距離が0になろうとした時に、幼い子供の声が響いた。
「ん、んん、う~~ん」
どうやらヴィヴィオが起きたようだ。2人の声は静かなものだったので、これは自然起きたと思っていいだろう。しかし、もしできるものなら空気を読んで欲しかった。
「お、起きたかヴィヴィオ。どうだ、気分はいいか?」
「うん、えへへ~ なんかとってもすっきりしたぁ」
「そうか、それは良かった」
一瞬タイミングの悪さを心の中で嘆いたが、それをこの幼子に言っても仕方が無いので、気を持ち直し優しく対応する。
リインフォースの対応に笑顔でいたヴィヴィオだったが、ザフィーラの姿をみて、少し警戒した様子になる。
「そのひと、だぁれ?」
「その人はな、ザフィーラというんだ、私の……私の大切な人で、お前と私を守るために来てくれたんだぞ」
「まもって、くれるの?」
「ああ、どんな怖いやつが来たってやっつけてくれる」
「そっかあ、つよいんだね」
そういって可愛らしく笑うヴィヴィオ、ザフィーラに心を許したというより、心を許したリインフォースが好きな人に悪い人は居ない、という結論に達したのだろう。
そしてザフィーラも、できるだけ怖がらせないように、しゃがみ込んで目線をヴィヴィオと同じにし、微笑を浮かべて挨拶した。
「ザフィーラだ、よろしくな」
「うん!」
ザフィーラの笑顔に安心したのか、ヴィヴィオは笑顔で頷いてくれた。元々、彼は子供に好かれやすい気質だった。狼でも、人でもそれは変わらない。
そんな2人の様子をリインフォースは優しげな表情で見守っていた。
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また懲りずにザフィーラ×アインスを書きました。一話完結にする予定でしたが、また前後編になりそうです。予定では後編は前編より短くなると思います。あと次の更新がいつかは未定です。そう遅くならないうちに書こうとは思いますが。
しかし私は恋愛描写なんてものがうまく書けないので、つまらないと感じた方には申し訳ありません。いや、ほんとに無謀な挑戦だという事は分かってはいるんですが、ザフィ×アインのSSはホントに少ないので、「じゃあ、自分で書こう」なんて思ってしまいました。
前回が割合受け入れてもらえましたが、今回はどうですかね?
ちなみに作中の中で、アインスは「リインフォース」、ツヴァイは「リイン」という名前の設定です。