そんな日常
高町なのはの朝は早い。
まだ薄暗く、太陽が完全に顔を出していない時間帯に起床。
その後ある程度身だしなみを整え(洗顔や着替えだ)フェレットのユーノを連れて近くの公園へ。
何故ユーノまで一緒に行くのかというと、なのはは家族には朝家を出るのはユーノの散歩に行ってるから、と説明しているためだ。
しかしあまりにも時間が早いのと、家に帰ってくるまでの時間が遅すぎるので全面的に信じられてはいないようだ。
にも関わらず何も言わないのは、なのはを信じているからか。
高町家の住民は小学三年生を信頼しすぎである。
もっともその信頼は、なのはが長年の生活で勝ち取ったものである。
普段の行いの良さとは、こういう場面で生きてくるものなのかとつくづく思った。
そして今朝もまた身構えて、自分の目の前すれすれで振られる真剣を必死に目で追っていた。
「ん……もう随分と目を瞑らなくなってきたな」
「そ、そうですか?」
この訓練をし始めてから、はや十数回目。
なのはの目から恐れもなくなり、しっかりと剣の軌道を追えるようになっていた。
今まではそうなるたびに、少しずつ剣の速さを上げてきていただけだったのだが。
「ここまでくれば十分だろう。そろそろ、次の段階へ行くべきか?」
「本当ですか!? ぜひお願いします!」
なのはが顔を輝かせて言ってくる。
今までは同じことを延々としていただけだったからな。
しかもなのはは最初の頃は苦労していたとはいえ、このごろは実質立っているだけの状態だった。
もちろん気を抜く事はなかったが、やはり退屈さはあったのだろう。
この辺りでやることを変えるのも良いかもしれない。
「では、今から鍛錬のレベルを一段階上げる。しっかりとついて来い」
「よろしくお願いします!」
「では、まずは説明だ。これから君には目だけではなく、ある程度体も動かしてもらう」
「あ、それなら着替えたほうがいいですかね?」
そう言うなのはの服装は始めて出会ったときと同じ、いたって普通の私服だ。
比較的動きやすい格好ではあるが、スポーツ用の服装という訳でもない。
「いや、これからはもしもの事も考えてバリアジャケットを身に着けてもらう」
「……え? 私、これから何されるんですか? 動くだけなら魔力を消費するバリアジャケットはいらないんじゃ……」
「何を言う。もしもの事があったらどうするつもりだ」
「何ですかもしもの事って!?」
「それをこれから説明するのだろう。もう少し落ち着け。誰も悪いようにはせん」
そういう私を、なのはは不安げに見つめる。
どうも鍛錬時のなのはの視線には、ところどころに不信感があった。
あれか、初めて鍛錬を始めた日に、いきなり剣を振り回したのが原因か。
まったく、こちらはなのはの事を第一に考えてやっていたというのに。
従者として、主のためだけを思い行った結果がこれとは。
我が主は優しすぎて涙も出ないな。
「あれ、何だろう。急にエミヤさんを怒らないといけないような気がしてきた」
それにしてもこの少女、随分と鋭くなったものである。
「まぁ、いい。とにかく説明を続けるぞ」
「なんだかいいように流された気が……」
無視。
誤魔化すときは、聞こえなかった事にするのが一番簡単な方法だ。
「いままで私は君の目の前すれすれで剣を振るう事により、さまざまな『敵意』を見せてきたが、これからはそれを君に直接ぶつける」
「え゛、それって、私に切りつけてくるってことですか?」
「ああ、と言っても全てではない。これから君に私は、今まで通りの当たらないギリギリのところで剣を振る。
だが剣を振り始めてちょうど二十回目、このときに君を本当に切りつける」
「でも、バリアジャケットを着ているから大丈夫ですよね? 本当に切れたりしないですよね?」
「……なのは、私がいつも使っているこの剣は、よく切れるぞ」
「バリアジャケットの意味ないじゃないですかー!!」
「そんなことはない。バリアジャケットは魔力でいくらでも再構築できるが、君の私服はそうもいかないだろう」
「何度も切られる予定なんですか!?」
「それが嫌なら避けられるようになれ」
その言葉が止めになったのか、なのはもおとなしくレイジングハートを起動してバリアジャケットを装着する。
なんだかんだ言っても、本当に切ったりしないと思ってくれているのだろう。
これも一つの信頼の証だ。
本当は宝具である干将・莫耶を用いず、何の概念も神秘もない武器を使えばいいだけの話なのだが。
なのはも実際に切れるほうが緊張感が増すはずだ。
どうせ切れないのだから、と高を括っているより上達は早いだろう。
「では、準備はいいか? 先ほども言ったように、私はちょうど二十回目で君を切りつける。しっかり見て、数えろ。一瞬たりとも気を抜くなよ」
「はい!」
なのはが腰を落として身構える。
先ほどまでの沈んだ表情はなくなり、真剣な顔へと切り替わる。
「では、いくぞ」
そこにめがけて、今までのどの鍛錬よりも素早く切りつけた。
数分後、そこにはぼろぼろのバリアジャケットを纏ったなのはがいた。
うつぶせになり倒れ伏している。
そこにあわてて駆け寄る小さなフェレット。
そしてそれを見下し腕を組む自分。
我ながら、使い魔としてどうなのだろうと思った。
まぁ思っただけでなにも変える気はないのだが。
朝の鍛錬が終わり家に帰ると、ちょうど朝食が準備されいている。
それをなのはも加えた高町家全員で食べた後登校。
その途中でいつもの二人と合流し、なのはの学校生活が始まる。
相変わらずなのはは授業中に、マルチタスクを用いてのレイジングハートによる魔法訓練と勉強を両立させている。
しかし前と異なるのはなのはの様子が、ほとんど普段と変わらないことだ。
あれなら誰かに不審に思われることもないだろう。
ちなみに私はその様子を、学校の外から霊体化して眺めている。
事実だけ書けば、小学生の授業風景を隠れて遠くから覗いているという非常にアレな存在となってしまう。
最初の頃こそ、なのはを心配しての行いだったが、さすがにそろそろやめるべきか。
学校の屋上に行って見張りでもしていよう……。
ちなみに昼の間ユーノは、なのはの家でひたすら眠り続けているらしい。
魔力の回復がいまだに終わらないからだ。
何でも地球に来たとき魔力適合が上手くいかず、常に車酔いのような状態にあり、なかなか思うようにいかないそうだ。
それを含めての魔力消費が少ないフェレット姿、という事らしい。
なんとも難儀な話である。
下校中、話し相手がいなかったからだろう。
霊体化している私になのはが念話で話しかけてきた。
『エミヤさんは、あの子……フェイトちゃんのことをどう思いますか?』
『あの魔導師の事か? そうだな、私は直接対峙したのはほんの一瞬だけだったからな』
少しばかり考え込む。
彼女の事は、ジュエルシードを何らかの理由で求める者。
おそらくは彼女自身はジュエルシードに対する興味をもっていない。
黒幕、ジュエルシードを輸送中に事故に見せかけてばら撒いた者の命を受けて来ているのだろう。
なのはと違い、戦闘タイプは速さを売りにした軽装高機動型。
狼型の使い魔を持ち、なのはが気に掛けている人物。
と分析しているが、なのはが聴きたいのはそういう事ではないだろう。
『そうだな……。必死すぎる、といった感じか。あれほど幼いというのに、何も知らないだろう世界に来て戦ってまで目的を果たそうとする。
なにが彼女をそこまで動かしているのか、何故そこまでするのか、私には分からない』
あの子は危うい。
強く、必死であるが故に、今にも壊れてしまいそうに見える。
そして一度壊れたら二度と直らないような、そんな気がする。
『私は……優しそうな子だなって思いました』
なのはの言葉はどこまでも穏やかで、優しさに満ちていた。
そのことに少し、驚いた。
会っていきなり戦闘を仕掛けられたというのに、なのははそんな事を思ったらしい。
話を聴きたいなどと言うのだから、なのはがそう感じていたのも納得といえば納得だが。
『でもたぶん、あの子が頑張るのにそこまで深い理由はないと思うんです。もっと単純で、当たり前のような理由で動いているんじゃないでしょうか。
それがあの子にとっては譲れない事で、絶対に叶えたい事で、だから、あんなに強いんだって思うんです』
私には分からないが、実際に戦ったなのはがそう感じたのなら。
誰よりもあの少女の事を気に掛けていたなのはが思ったことなら。
なのはの言う事が、正しいのかもしれない。
『……君も、意外とよく考えているのだな』
『意外とは余計です!』
『いや、これは失敬。つい思っていたことが口に出てしまった』
『エミヤさんって私の使い魔なんですよね?』
『もちろん。私の全ては君のためにあるといっても過言ではない』
『いや、そこまで言われると重いです』
いつか軽々背負えるようになって欲しいものである。
私はそう簡単に君から離れないぞ?
『そう言えば昨日ユーノ君と何の話をしていたんですか?』
『ああ、そういえばなのはにはまだ言っていなかったな』
なのは自身あまり興味が無さそうだったため言わなかったが、いい機会だ。
今のうちに言っておこう。
そう思い、そのうち来るかも知れない管理局の事を噛み砕いて分かりやすく教えた。
ジュエルシードをこの世界に落とした犯人がいるかもしれない、ということはあえて伏せた。
言っても仕方ない事ではあるし、所詮憶測だ。
そうしてなのはに説明し終わる。
『管理局、ですか。でも、その人たちが来ちゃったら私はジュエルシードを集めるのを止めさせられちゃうんでしょうか』
ああ、そのことは考えていなかったな。
確かになのはは最初の頃より強くなったとはいえ、巻き込まれただけの魔法も知らなかった元一般人だ。
管理局のほうから、後は自分達に任せて君達は大人しくしている様に、などと言われる可能性もある。
『そうだな。やはり、そうなるのは困るか、なのは?』
『もちろんです。私はフェイトちゃんと話したいのにそれが出来なくなっちゃうじゃないですか』
なのはが言っている事は客観的に見れば子供の我侭、となってしまうのだろう。
だが、だからと言って主の願いを聞き届けない訳には行かない。
『まぁ、そのあたりは何とかしてみせるさ。君が願うのなら、私が何とでもしてみせよう』
幸い管理局は対応が遅い。
こちらが何とかしなければ、多くの被害が出ていた事。
ジュエルシードの封印には魔力の大きさがモノを言い、なのはは素質的にうってつけと言えるほど向いている事。
なのはにジュエルシードの収集を、管理局に認めさせるための材料はそれなりにある。
『頼りにしていますよ、エミヤさん!』
笑顔で言ってくるなのは。
当然。
マスターからそう言われた以上、サーヴァントとして失敗する訳にはいかなかった。
そしてここで、この話はいったん終わり。
その後は、今日あった面白い事や授業でこんな事をやった、などのたわいも無い話に花を咲かせた。
そんな話をしている自分が少し、可笑しくて。
なのはを笑顔に出来る事が少し、嬉しかった。
そしてなのはが学校から帰った後は、再び近くの公園に行き魔法訓練が始まる。
今は最初の頃と比べてユーノが教える時間が減り、なのはが一人でレイジングハートとなにかをしている時間が多くなった。
「ユーノ、なのは今何をしているのだ? あれも君の指導か?」
「いえ、今はなのはがレイジングハートと相談してやっているみたいです。
僕が何をしているのか聴いても、なんとなく思いついたことを出来るかどうか確かめてる、としか言ってくれないんですよ」
「……それは、放って置いても大丈夫なのか?」
「んー、レイジングハートがいますから、無茶な事はしないと思いますけど」
いや、どうだろう。
なのはにしてもレイジングハートにしても、必要なら平気で無茶をするように思うのだが……。
まぁ、私が何か言っても水を差すことになりかねないし、ユーノの言う通りレイジングハートは優秀だ。
自分の主に負担だけを掛けるような無駄な事はしないだろう。
「ところでユーノ、話は変わるが以前話した管理局とやらの者達はいつ来ると思う? ジュエルシードがこの地に落ちてだいぶ経っただろう」
「そうですね……。管理局は慢性的に人手不足だと聴きいますから。
今までちゃんと封印してきたのが裏目に出て、ジュエルシードはそれほど危険がない物と認識されて後回しになってる可能性もありますし」
そうなると非常に困る。
もちろんジュエルシードを全て封印する事で、物事が何もかも解決するのなら何も問題はないのだが。
おそらくそうはいかないだろう。
もし本当に、ジュエルシードが何者かの手によってこの世界に落とされて。
フェイトと呼ばれる魔導師がその回収のためにこの世界に来たというのなら、問題はジュエルシードを全て封印した後に起こるはずだ。
それは不味い。
そこまでする者を、今のなのはや私だけで食い止めるのは難しい。
「出来れば、ジュエルシードをすべて封印し終わる前に来て欲しいものだが……」
まだまだ先は見えない。
事件の終わりは、いまだ遠い。