第八話 命の期間
新歴62年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「行きます!」
「来いやあ!」
持ち前の高速機動力を生かして突っ込んでくるフェイトを真っ向から迎え撃つ。フェイト専用となる予定のインテリジェントデバイス、バルディッシュはまだ完成していないので通常のストレージデバイスを用いての模擬戦となる。
だが、既にフェイトは魔力刃をかなりの密度で発生させて近接戦闘を行う技能を身につけている。未だ6歳の筈だがその上達速度は凄まじく、特に魔力量に関してならば既に40万を超えている。
ちなみにこっちは無手だ。現在は傀儡兵と同じような重厚な装甲を持つ近接格闘用のボディを使用しているのでフェイトの魔力刃とも素手で渡り合うことが出来る。
「せい!」
「甘い、甘いなあ! 蕩けるように甘いなあ!」
フェイトは速度を乗せた一撃を放ってくるが、右腕に魔力を集中させて難なく防ぎ、間髪入れずに左で反撃。基本的な格闘スタイルは拳を使っているが当然足も使う。
「!」
「驚く暇があれば考えて行動せよ!」
とは言うが6歳のフェイトにそれを求めるのも酷というもの、今のところは実戦の感覚さえ掴んでくれればそれでよい。
その後も適当に攻撃を繰り出しつつ、互いに特にクリーンヒットもないまま模擬戦は終了。
「ありがとうございました」
「大分いい感じになってきたぞ、特に避けるのが上手くなった」
「本当?」
「俺は騙すが嘘は言わん」
「それって凄く矛盾してる気が………」
「考えるな、感じるんだ」
「ううん……」
フェイトは根が素直なのでこの手の問答に弱い、なんとか返事しようとするあまり思考の迷宮に嵌ることがよくある。
「何にせよ、回避が上手くなったのは本当だ、半年前に始めた時はいきなり反撃喰らって吹っ飛んでったからな」
「そ、そのことは忘れて!」
ちなみに、その後俺はリニスの手によってフェイトの数倍以上吹っ飛ばされたのは余談だ。あれも少々過保護すぎる気がしないでもない。AA+ランクの砲撃魔法を受けとめるのも回避するのも俺には不可能なので毎回とんでもない目に遭う。
「お前は基本的に防御が堅い方じゃないから受けとめるよりも避ける方がいい。特に今の俺の拳は鉄製で魔力が籠っているからお前のバリアジャケットじゃ絶対に防げん、かといってシールドやバリアを張ったら足が止まるからお前の持ち味を生かせなくなる」
「相手の攻撃を最低限の動作で躱して、速度を維持したまま即座に反撃、それが不可能と判断したら距離を取ること」
「お、リニスに習ったか」
「うん、これは私の戦い方の基礎になるから覚えておいた方がいいって」
「なるほど、よく覚えてる、立派立派」
「えへへ」
普段は年の割に大人びてるが、こうして笑うところは年相応だ。
「さて、訓練も終了、昼飯まで時間あるからシャワーでも浴びて来い」
「うん」
素直に答えて建物の方へ飛んでいくフェイト、あの年で飛行魔法を操るとは本当に末恐ろしい。
ちなみに俺が飛行魔法使うとカートリッジを常時消耗するので尻から放熱用の気体がブシュアアアアアアと流れ出ることとなり、どう見ても屁で飛んでいるようにしか見えない。しかも、一定時間でう○このごとく使用済みカートリッジが尻から落とされる。
フェイトの飛行魔法への認識に悪影響しか出ないという理由で時の庭園内で飛行魔法を使うことはリニスに禁止された。まあ、気持ちが分からなくもない、傍から見れば爆笑もんだろう。
「ま、あの超絶年増魔女の娘だからなあ、才能は折り紙つきか」
「聞こえたらまた雷を落とされますよ、トール」
「トールって一応雷の神様だった気がするんだが、それに雷を落とすとはどういう皮肉だろうな」
雷を落とされてもダメージを受けるのは基本肉体だけで本体は無傷だ。雷撃系を得意とするプレシアの制御用に作り出されたデバイスの弱点が雷では話にならないので当然と言えば当然だが。
「それよりも、雷を落とされないような言動をすべきです貴方は」
「それもまた真理か、君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ」
「また『俺上手いこと言ったぜ』的なことを………それより、どうでした?」
「ぶっちゃけ驚いた。フェイトと手合わせするのは一か月ぶりくらいだけど、あそこまで進歩してるとはなあ」
これは本音だ。魔法の才能と格闘戦の才能は別の筈だが、どうやらフェイトにはそっちの才能も豊富なようだ。
「当然です。プレシアの娘で私が師匠なのですから」
ふふんと胸を張るリニス。自慢の弟子の評価が高く、師匠も鼻高々ってとこか。
フェイトの魔法や一般教育は基本的にリニスが担当している。俺とプレシアは今も基本的にアリシアの蘇生のための研究を続けており、フェイトも既に眠り続けるアリシアとは対面している。
母が姉を救うために忙しくしているのを理解しているのかわがままなど滅多に言わないが、恐らく本音ではもっと母親に構って欲しいとは思っているだろう。
「ええ、それは間違いありません」
「あり、声に出てたか?」
「いいえ、ですが顔に書いてありました」
「むう、いかんな。この身体ではポーカーフェイスが作りにくい」
この身体は近接格闘用の傀儡兵をモデルにしたもので、特にこれといった魔法は使えない。俺のインテリジェントデバイスとしての特性をまるで発揮できない機体なのでフェイトとの手合わせの時以外では使うこともないが。
「貴方のメインボディは表情から内心を察するのがほとんど不可能なので私としてはそちらの方がありがたいですね」
「そうもいかん。リニス如きに心を読まれるようでは嘘吐きデバイスの沽券に関わる」
俺がメインボディとして使用する『バンダ―スナッチ』は例の男から送られたものだが、性能は高い。インテリジェントデバイスとリンカーコアが融合に近い接触をしたことで新たな技能が備わったことまでは向こうも知らないだろうが、それを差し引いてもこれ以上のものは現在ではない。
「嘘吐きなのがアイゼンティティなんですか………ってそれより、私ごときってなんですか」
「さあてね、でもまあフェイトは素直に育ってる。保育士の称号は伊達ではないな」
「いきなり保育士の資格を取りに行けと言われた時は何事かと思いましたけどね」
ま、そりゃそうだわな。その前の命令がロストロギアの回収で、その次が保育士の資格を取れじゃあ混乱するなと言う方が無茶だ。遺失物管理部の連中でその資格を持っている奴もいないだろうし。
「ですが、フェイトを見ていると資格を取っておいて良かったと思いますよ。保育園や学校に通わせてあげられないことが残念ですが」
「そこは仕方ない。学校なら10歳になってからでも行けるが、フェイトがプレシアと一緒にいられる時間は今しかないからな」
フェイトが生まれてから2年、アリシアはまだ目覚めていない。
フェイトという目指すべき完成形は定まり、プロジェクトFATEのノウハウからアリシアの肉体の調整も問題はなくなった。今のアリシアの肉体は23年にも及ぶ時の劣化をほぼ修復し、脳死状態となった当時の状況を取り戻している。その際にはレリックを応用して作った改造リンカーコアなどを利用したが、アリシアの身体に定着することはなかった。
「レリックに代わるロストロギア、それさえ見つかれば………」
リニスの呟きには強い想いが籠っている。そう、残るピースはそれだけといって問題ないところまでは来ている。
微細な部分まで詰めればさらに色々な要素を考える必要があるが、リハビリなどを無視してアリシアを蘇生させることだけを目的とするならまさにあと一歩までは来ている。
それこそがレリックに代わるロストロギア。アリシアの身体にはレリックは強すぎて毒にしかなりえない、フェイトならば上手くいく可能性は高いが非魔導師であるアリシアにはどうやっても不可能だ。
そのためにリンカーコアを基に改造を施した“レリックレプリカ”の精製をプレシアは現在も続けているが、どうしてもそれが完成しない。一度は適合しても徐々に力を失ってしまうのだ。基となるリンカーコアはアリシアのクローンから回収したものを使用しているから相性が悪いということはありえないのだが。
ジェイル・スカリエッティならばその辺の問題も解決できるかもしれないが、あの男が目指す方向性とアリシアの蘇生は噛み合わない。ただの人間に合うようなものを作るのにあの男が労力を割くことはないだろうし、こちらから向こうに提供できるものもない。だから、自力で何とかするしかないのだが問題点は多い。
あまり何度も移植を繰り返してはアリシアの身体に悪影響が出るのでその辺の実験は今も保存されている量産型アリシアクローンで行っているが、そのことはリニスとフェイトは知らない。世の中知らない方がいいこともある、嘘吐きデバイスの本領発揮の瞬間だ。フェイト誕生後もリンカーコアを精製するためにクローン体は時折作っているが、昔に比べれば失敗する頻度はずいぶん減った。
そういうわけでレリックに近い特性を持ち、アリシアでも耐えられるレベルのロストロギアを探し出すくらいしか残されている方法はなく、俺が現在可能な限り情報網を伸ばして探しているが、それらしいものが見つかったという情報はない。
いや、文献上ならばそれに該当するものはあったのだが、そのロストロギアを現在保管している組織はどこにもない。存在していない以上は非合法な手段に訴えることすら出来ない。
フェイトが生まれてからの俺の仕事は専らロストロギアの探索に切り替わった。入れ替わるようにリニスが時の庭園でフェイトの世話をしているが、現在では俺が時の庭園に戻るのは二週間に一度くらいの割り合いだ。フェイトが生まれてから1年くらいは結構傍にいてやったが、最近はプレシアの調子も思わしくないので俺が研究を進めるしかないのだ。
研究と言えば、1年前に時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズ一佐から“対航空魔導師用迎撃兵装ブリュンヒルト”とその駆動炉となる“クラーケン”の開発が始まったという知らせが届き、プレシアも開発に参加できないかという打診があった。
流石にもう時の庭園から地上本部まで出向できる身体じゃないという理由で研究チームへの参加は断ったが、フェイトの今後について可能な限り便宜を図ることを条件に“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の設計は時の庭園のラボで行っている。既にアリシアのための研究はロストロギアの発見が無ければどうしようもない段階に来ているので、それまでの時間をフェイトの将来のために使うことにしたようだ。
という感じなのだが、
「ところで、プレシアとフェイトの仲はどうなんだ?」
「悪くはありません。ですが………」
「んー、察するにフェイトがプレシアに遠慮し過ぎていると見た。プレシアもそれが分かっているからフェイトに負い目を感じてしまい、距離感を掴み損ねている」
肝心のフェイトにその愛情がうまく伝わっていない模様。不器用ここに極まれり。
「はい、その通りです。貴方が間にいれば二人とも遠慮なく話せるんですが」
「分かりやすいなあの母子は、プレシアの幼い頃そのまんまじゃねえか」
母子もここまで似れば見事だ。
「そうなんですか?」
「ああ、アイツの母親も技術者だったから、俺が作られたのもあまり娘に構ってやれないからせめて話相手でも作ってやりたいという親心もあった。まあ、高すぎる魔力を制御する必要もあったんだが、フェイトには常にお前が傍にいるからとりあえずは問題ないな」
「なるほど、娘との距離感が掴めないのは遺伝だったのですか」
「アリシアの時はそうでもなかったけどな。父親の血が強かったのか、アリシアは我慢せずにわがままをよく言っっていた。プレシアは困った顔をしながらも笑いながらそれに応じるって感じだった」
ああいうタイプにはアリシアみたいにがんがんわがままを言う方が相性的にはいい。フェイトみたいに遠慮してしまうとプレシアの方でも遠慮してしまい、徐々に距離感が掴めなくなる。ただでさえ研究に忙しく構ってやれないことに罪悪感があるというのに。
しかし、生命研究に比べれば“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の開発はプレシアの専門分野なので時間の都合はつけやすいはずだ。
「アリシアは父親似で、フェイトは母親似と」
「魔法の才能的にもな、アリシアの父は普通の人間だったがいい男だった。プレシアに対しても遠慮せずに気持ちをストレートにぶつけていた。そのせいで激甘空間に巻き込まれた俺が哀れだけど」
「激甘空間………」
「あれは凄い、遠慮しない天然ってのはあらゆる時空を凌駕する」
一途な人間っていうのは型に嵌ると凄まじい力を発揮する。それによって形成された激甘時空はどのような結界魔導師の力をもってしても破れない、というか破った時の報復が怖い。
「と、話が逸れたがその辺の調整は俺に任せろ。遠慮しなくてもいい空気を作り出すことに関してならば俺は天才だ」
「天才という天災な気もするんですが」
「お、上手いこと言った、座布団666枚」
「悪魔でも降臨しそうな枚数ですね」
「座布団を666枚集めて降臨する悪魔か、人を笑い死にさせる能力でも持ってそうだな」
「貴方の中に既にその悪魔が宿っていると思うのは私だけでしょうか?」
リニスの対応レベルも上がってきた。
「悪魔はともかくとしてフェイトの方だ。あいつ、魔力の制御はどうなんだ?」
この言葉にリニスの表情がやや曇る。
「あまり上手くいっていません。フェイトの制御技能は標準より遙かに高いですが、彼女の魔力はそれを補って大き過ぎる。あれでは子供が鉄球を振り回すようなものです」
「なるほど、どんなに子供に力があっても振り回されるだけだな。現状で43万近くでなおも成長している、となればその魔力量を減らしてやればいいわけだ」
前々から考えてはいたがこの方法が一番手っ取り早い。
「ええ、使い魔を持てばそちらにフェイトの魔力が流れることになりますから、彼女自身が扱う魔力は丁度いい程度に抑えられるかと」
プレシアの魔力を消費して存在しているリニスだからこその実感はあるだろう。フェイトの魔力は既にAAの臨界に近くなっており、後半年もせずに50万を超えてAAAランクに達するが6歳の少女が扱うには余りにも大き過ぎる。
これをどうにかする方法としては魔力リミッターを設ける手段があるが、幼年期にリミッターをかけるのはあまりよろしいことではない、12歳くらいになれば多少の負荷がかかった方がリンカーコアが成長しやすくなるのでそうでもないが、この時期のリンカーコアは非常にデリケートなのだ。
プレシアの場合は魔力制御用のインテリジェントデバイス、つまり俺を用意したがこれも最善とは言い難い。デバイスの機能の多くが魔力の出力制御に回されるので純粋な演算性能が落ちてしまうからだ。
なので、現状で考えられる一番いい方法はフェイトが自身の使い魔を持ち、その維持のための魔力を消費することだ。AAを超える魔力があれば使い魔の維持も問題なく行えるしリニスという前例もあるから魔力ラインの調整も可能だ。
それに、そういう分野での負荷を抑えることなどに関してはプロジェクトFATEのノウハウが役立つ。生命工学は独立したものではなく他とも密接に関連しており特に使い魔研究とは分野が近い。
「後はデバイスか、バルディッシュの完成度はどうなのよ?」
「まだ3割くらいですね、フェイト専用のオーダーメイド品ですから、私の持てる技術の全てを注ぎ込もうと思っています。プレシアからもいくつかアドバイスは頂きました」
「そっか、まあデバイスはそう焦ることもない、後1年くらいは通常のストレージデバイスで十分だろうし」
「ええ…………あと1年」
リニスの声に陰りが生じる。
1年、たったそれだけの時間が今のプレシアとフェイトにとってはどれだけ貴重なものになるかを考えてしまうのだろう。
プレシアの症状は悪化の一途を辿り、あと3年持てばいいというところまで来ている。
だが、プレシアは自身の治療ではなくアリシアの蘇生のための研究をあくまで続けている。そしてそれがアイツの寿命をさらに縮めているのだ。
「どうして…………噛み合わないのでしょうか」
「世の中そんなもんだ、何事もハッピーエンドだったら戦争は起きねえさ」
使い魔とデバイス
俺達に出来ることは主人の力になることだけ、幸せになれるかどうかは主人次第。
だが、願わくば幸せな最期であって欲しいとは思う。長年付き合ってきたマスターだ。
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トールの体についてですが、今のところ3種類あります。
・魔法戦闘用
・一般用
・スカ博士からのプレゼント
の3つです。
魔法は、燃料となる魔力、発動させるための駆動式、その演算によって起こっていると言うことをたしか1期でユーノが言ってたと思うので、この作品ではそういう設定です。
リンカーコア、カートリッジの魔力を、魔導師が術式を組み立て、デバイスが演算して発動させる、と言うのが一連の流れです。
デバイス無しだと、複雑で難解な演算を魔導師自身が行わなくてはならないので、ごく一部の天才を除けば、どんなに高ランクの魔導師でも、簡単な身体強化や、威力の低い魔法弾くらいしか出せません。
トールの戦闘用魔法人形の場合は、ある程度は有機素体でできていてAランクのリンカーコアが内蔵されています(アリシアクローンで出来がよかった奴)。そのうえにカートリッジを消費することで得られる魔力を、人格プリグラムによって式を組み上げ、演算してるので、魔導師とデバイスの1人二役になります。フェイトやプレシアが、ただデバイスとして使うなら、AAAランクの魔法も発動させることができますが、トールだけでおこなう場合は。Aランクの魔法の演算が限界です。よって、どんなに魔力を注いでも、上限はAランクになります。
一般用の体は、リンカーコアは内蔵されておらず、ほとんど無機物でできています。そして、カートリッジの魔力を用いて”魔法人形の操作”という術をトールが行っている形です。だからいくら壊されても替えはいくらでもききます。
この体でも一応魔法は使えますが、魔法戦闘用に調整されてないので、2,3回使えば壊れますし、カートリッジが空になります。
スカ博士からのプレゼントは、魔導師の体が素体の、ほとんど戦闘機人といっていい出来の代物です。いうなれば屍人形。他の体とは性能が桁違いです。トールはこの体の僅かな機械部分と融合することで動かします。