第七話 リニスのフェイト成長日記
フェイトが生まれてより7日、フェイトの教育係として今日から成長日記をつけようと思う。トールのデータを基にして作ったフェイト観察用のサーチャーを時の庭園の各地に配置しているので彼女が万が一にも危険なことになる心配はない上、記録を見れば日記を書くにもことかかない。
フェイト 生後10日
彼女の精神年齢はどう見ても生まれたての赤子ではなく、」物心がつき始めた幼児のもの。いえ、私が保育士の資格を得るための研修を行った保育園の子供達を比較しても、かなり高いのではないだろうか。トールに確認してみたところ、プレシアの幼少期も年齢の割には大人びており、早熟と良く呼ばれていたらしく甘えるのが苦手だったらしい。フェイトもそうならないように注意が必要でしょう。
フェイト 生後14日
生まれた直後はやや現在の状況に混乱が見られたフェイトだが、最近は落ち着いている。むしろ少し落ち着きすぎのようなきらいもある。あの年齢の子供ならば時の庭園の中を元気に走り回っている方が、見ている側としても安心できるのですが、やはりどこかに遠慮している雰囲気がある。ひょっとしたら自分が通常の生まれ方をしなかったことを、どこかで察しているのかもしれません。
フェイト 生後15日
今日は私とトールの二人で、一日中フェイトと遊んであげることにした。フェイトを生み出すために使っていた施設の整理も一区切りがついたらしく、トールもようやくフェイトと遊ぶ時間ができたみたいです。プレシアにもお願いしたいところですが、未だアリシアが目を覚まさない状況を鑑みれば難しいと言わざるを得ません。一日をかけて遊んであげたところ、フェイトも年相応に笑ってくれました。ああ、この笑顔を見れただけでも私の生まれてきた意義があったと思えます。
フェイト 生後20日
今日はトールをフォトンランサー・ファランクスシフトで時の庭園の外部まで吹っ飛ばした。あの男はこともあろうに“いいかフェイト、リニスは山猫が素体だからマタタビで酔っ払って服を脱ぎだす露出狂なのだ”などという嘘八百を吹き込んでいたのだ。ひょっとしたら他にもフェイトにあることないこと吹き込んでいる可能性があるので監視を強化する必要がある。フェイトが“ろしゅつきょう?”と首を傾げ意味が分かっていなかったのが不幸中の幸いでしたが。
フェイト 生後25日
今日もフェイトに嘘を教えていたトールを発見し、サンダースマッシャーで撃墜。まったく、あの男は懲りるという言葉を知らないのでしょうか。それはともかく、今日はフェイトにとってとても良いことがありました。夕食の用意を私ではなくプレシアが行ってくれたのです。“本人は研究が上手くいかないので気分転換に”とのことでしたがやはりフェイトのことを気にかけてくれているのでしょう。トール曰く“ツンデレ”とのことですが私には意味が分かりませんでした。
フェイト 生後1か月
フェイトが誕生してから早一か月、最近は簡単な算数の勉強やミッドチルダ語の勉強を始めましたが、フェイトの習熟速度はやはり速い、これも血筋の成せる技でしょうか。あと、“1+1=田んぼの田”などという妙な知識を吹き込んでいたトールはプラズマランサーによって磔にしておきました。しかし、肉体から本体だけで脱出し、別の肉体に乗り換えてきたので凍結封印することに。氷の彫刻を見てフェイトが喜んでくれたのはとてもいいことです。
フェイト 生後1ヶ月半
今日は記念すべき日、私が洗濯をしているとフェイトが隣にやってきて自分から『遊んで』と言ってくれました。フェイトはどうしても遠慮しすぎるところがありましたが、ようやく私に僅かではありますがわがままを言ってくれるようになってくれた。ただ、トールには最初に遊んだ次の日から遠慮なく話しかけていた気がするのは考えないようにしておきましょう。
フェイト 生後2か月
フェイトに『ロリコンとは何ぞや』というタイトルの講義を開いていたトールを、天高く放り投げたのち、サンダーレイジにて消滅させた。肉体の完全破壊には成功しましたが、コアは対電気使用となっていることもあって無傷、残念です。フェイトが『奇麗な花火だったね』と喜んでくれたので、機会があればもう一度吹き飛ばすこととしましょう。プレシアにその次第を報告したところ『よくやったわ、フェイトのためにも徹底的にやりなさい』というお墨付きを頂きました。なんだかんだで最近はプレシアも笑顔を見せるようになりました。
フェイト 生後3か月
今日はプレシア、フェイト、私、トールの家族揃ってクラナガンへお出かけの日。フェイトを遊園地に連れていくのが目的ですが、昨日からフェイトのテンションは鰻昇りです。しかし、フェイト以上にテンションの高いトールがいるためか、フェイトの興奮具合もあまり目立ちません。トールを間に挟むことでプレシアとフェイトも自然と会話が出来ており、私としては嬉しい限りです。今日は本当に素晴らしい一日でした。ただ、帰り際にアリシアも連れて来てあげたかったと呟くプレシアの表情が胸に突き刺さりました。
フェイト 生後4か月
少々早い気もしますが、今日からフェイトに魔法の授業を開始することといたしました。というのも三日ほど前に庭で動物と遊んでいる時、無意識に魔力の電気変換を行い傷つけてしまう事故があったからです。フェイトの落ち込みようはかなりのものでしたが、トールの身体を張った一発芸によって翌日には立ち直っていました。あの男の人を笑わせる技能は一体どこで身につけたのでしょうか。
フェイト 生後5か月
フェイトはマルチタスクを既に覚え、魔法の勉強は順調に進んでおります。また、体調面でも特に問題が出るわけではなく健やかに成長しています。身体の検査はトールが主に行うのですが、『フェイトたん、はあはあ』などとほざいていたので、サンダーブレイドを叩き込んで廃棄物処理施設に放り込むことといたしました。フェイトが探してしまわないように、トールはまたロストロギア探索の旅に出たという説明も忘れずに。そういえば、私がフェイトの教育係になってからは彼の負担は増えているのでした。なのに感謝の念が起こらないのは彼の人徳でしょうか。
フェイト 生後半年
フェイトが生まれてから早くも半年、私がプレシアの使い魔となってより既に18年近くになりますが、フェイトと共に過ごしたこの半年間はそれを上回る密度があったように思います。また、プレシアにも変化が見られるようになりました。これまではとり憑かれるように研究だけに打ち込んでいた彼女ですが、フェイトが生まれてからは笑顔を見せることが増えました。ただし、笑顔の後にアリシアを想って悲しい顔となってしまうのは如何ともしがたいのでしょう。
フェイト 生後7か月
今日はミッドチルダ北部にあるベルカ自治領の聖王教会を訪れました。遊園地に連れていった後、次にフェイトが行きたいところを自分で選ばせるために、パンフレットを大量にトールが用意したのですが、フェイトのリクエストが聖王教会だったのです。なぜフェイトが聖王教会に行きたがったのかは謎でしたが、聖王関連の施設を巡ったところで謎が解けました。『聖王とは宇宙怪獣ゴンドラを退治した過去のヒーローであり、その聖骸布を見たものは魔法少女の力を得てヒロインとなれるのだ』という話をどこぞの男がフェイトに吹き込んだ模様、帰った後“ミレニアム・パズル”の幻想空間に封印することを決定。
フェイト 生後8か月
今日はフェイトを連れて釣りに出かけることとしました。生の餌は苦手のようでしたのでルアーフィッシングとなりましたが、フェイトの電気が感電しないように対策はしっかりと施してあります。中々釣れないフェイトの隣で『ヒャッハー! フィィィィッッシュ!!』と叫ぶ男にハーケンセイバーを叩き込むのは当然として、私も山猫としての本能を抑えつつ釣りを楽しみました。帰る頃にはフェイトも6匹ほど釣ることができご満足の様子。性根が優しい子ではありますが、生きものを食べるということに拒絶感を示すタイプではないようです。トール曰く『プレシアの娘だぞ』とのことですが、返す言葉がありませんでした。
フェイト 生後9か月
今日はプレシアの誕生日であり、『お母さんにプレゼントがしたい』とフェイトが私に相談してくれました。余談ですがトールに相談したところ『よし、ではこのゴキブリの標本を………』と返ってきた段階で諦めたようです。あの男を今度標本にすることは内定するとして、私はフェイトでも作れるビーズを使った腕輪の作り方を教えてあげることに。夕食の場でフェイトにプレゼントを手渡されたプレシアは感無量のようでしたが、その場に飛んできたゴキブリのせいで感動の場が台無しに。『麻酔が不良品だったんだ! 俺のせいじゃない!』とほざく男は今度こそ許さず溶鉱炉に肉体ごと放り込み、本体が溶けない程度に苦しめ続けました。しかし、『熱いよお……熱いよお……』という声が絶え間なく響くのが不気味すぎ、フェイトが怯えてしまったため引き上げることに。
フェイト 生後10か月
最近フェイトは押し花に興味を示しており、花畑に出かけては奇麗な花を探しています。どうやらプレシアと出かけた際に押し花のやり方を教えてもらったようで、母親から教えてもらえたことが嬉しかったのでしょう。プレシアは相変わらず研究の毎日ですが、フェイトがそのことに文句を言うことはありません。遊びたい盛りの年齢のはずなのですが、やはりフェイトは聞きわけが良すぎる気がします。最も、トールに対してだけは一切遠慮することはなく、ゴキブリ事件以来遠慮しないを通り越して冷たく当たるようにもなりましたけれど。
フェイト 生後11か月
久々に家族で出かけることになり、今回はトールの嘘を未然に封じることに成功し。フェイトが行きたがっていた動物園を訪れることになりました。フェイトが特に気に入ったのは狼と山猫で、私としては少しくすぐったいような気持ちになります。プレシアも久々に研究から離れてリラックスできたようですが、あの男は魔法生物コーナーで吸血蛭と戯れるという。子供の教育に悪い光景を作り出していたので。持ってきておいた金槌で頭をたたき割ることに。ただ、割れた頭からはみ出る物体に蛭がたかっている光景は。余計まずかったような気もします。反省。
フェイト 生後1年
今日はフェイトの誕生日、彼女も5歳となりアリシアと同い年となりました。実際には1歳とも言えますが、アリシアの記憶を不完全ながら受け継いでいるので、人生経験的には5歳と言って差し支えありません。プレシアはこの日のために手作りの山猫ぬいぐるみを作っていたようで、それを受け取った時のフェイトの笑顔は忘れられません。また、トールのプレゼントである、手作りの巨大タランチュラぬいぐるみを受け取った時の引き攣った顔も決して忘れません。あの男には生まれてきたことを後悔する程の苦痛を与えることを私、リニスはここに誓う。
とりあえずここまで1年、フェイトが生まれてからの日々はこれまでとはまるで違う、忙しくも温かいものへと変わっています。
確かに彼女がプロジェクトFATEという違法研究によって生まれた命であることは紛れもない事実。ですが、彼女が母親に望まれて生まれた命であり、愛情を受けて成長していることは間違いなく、フェイトが生まれたことが間違いであったなどとは思いたくはありませんし誰にも言わせません。
ですが、この1年の研究でもアリシアが目を覚ますことはなく、研究の効率も目に見えて落ちてきています。やはりプレシアの身体は徐々に限界が近く、既にまともに研究できるような身体ではないのでしょう。
私個人の意見としては例え延命措置が不可能だとしても残された時間をフェイトのために使って欲しいと強く思います。それは私がアリシアを知らないがための想いであることは重々承知していますが、それでも思わずにはいられません。
トールは、確かに中立を貫いているようです。私がフェイトの世話を担当しているために私の代わりにロストロイア探索に出ている彼ですが、アリシアのための研究とほぼ等しい時間をフェイトのためにも使っているようです。
逆に私は現在アリシアのためには時間を使ってはいませんから釣り合いがとれているといえばとれているのでしょう。アリシアとフェイト、二人の娘はそれぞれ愛情を受けていることは紛れもない事実。
逆にいえば、アリシアの蘇生を第一に考えるならば私が教育係としてフェイトに付きっきりになることはマイナスでしかない。しかし、それを許していることがプレシアのフェイトに対する想いの裏返しでもあるのでしょう、我が主ながらつくづく不器用な人です。
……………私はどうするべきでしょうか
私はトールのように割り切れない、プレシアにもアリシアにも、当然フェイトにも幸せになって欲しいと願ってしまう。だが、全員が幸せになるような都合の良い展開があるわけもない。
それを理解した上であそこまで明るく振舞えるトールはやはり凄いのでしょう。いくらインテリジェントデバイスであるとはいえ、あそこまで己の意思を揺るがずに持てるものだとは思えません。
そのことを彼に言ってみると
『いいえ、そうではありません。私はデバイスであるがために、貴女のように揺らぐことが”できない”のです。私が迷わないのは命無き機械であるからです。入力された問いに対して、”迷う”機械はありません。だから私はこのように在るのです。ですのでリニス、貴女が”迷う”ことに間違いなどありません。貴女は今の状態が最適であると判断します』
という答えが返ってきた。実に久しぶりに私が聞いた彼のデバイスとしての言葉、彼の本当の言葉だった。
彼に肯定されてたことで、少しは自分に自信がもてたけれど、っそれでも私は弱いから迷ってばかり。だから、どうしても無理だと分かっていても願ってしまう。
「どうか、親子が三人で、幸せに暮らせる時が来ますように………」