第四十二話 終わりは静かに
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 PM 0:32
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『Master Are you all right?(マスター、大丈夫ですか?)』
「だ、大丈夫だよ…………まだ、いける」
西の塔で魔力をジュエルシードへ与え続けるなのはの声には、疲労の色が濃く表れている。
無理もない。スターライトブレイカー級の大出力は最初だけとはいえ、その後も30分以上、ジュエルシードが行う結晶の生成と“生命の魔道書”のインストールの進捗状況に応じて魔力を放出し続けてきたのだ。
ただでさえ、彼女は昨日のフェイトとの模擬戦によって限界までリンカーコアを酷使している。時の庭園が備える最新設備によって回復できたとはいえ、身体の芯からは疲労が抜け切れてはいない。
そういった主の現在の状況は、魔導師の杖も当然知るところであったが、彼女は主を止めることはなかった。
≪今はまだ止められません。ですが、もし主が今後も無理を続けるようならば≫
しかし、彼女もまた、バルディッシュより古いデバイスの体験談を聞いている。
主の命令は絶対だが、万が一失敗した場合のことも考慮におくべし。その教えは、彼女にとっては無視できるものではなかった。
≪主を止めるための言葉を、私は学習しなければならない≫
インテリジェントデバイスは知能こそが最大の特徴。
ユニゾンデバイスのように己の肉体を持たない以上、言葉によって主に伝えるしかないのだ。主が魔法を使おうとするならば、それを拒否することなど出来ないのだから。
「ここまで来て………倒れてなんていられないよ」
『Yes, master』
だが、それはあくまで今後の課題。今は、この実験を完遂することに全力を注ぐ。
『According to Thor, and that after 6 minutes Let's work hard(トールによれば、あと6分程とのことです。頑張りましょう)』
「うん、了解!」
白い魔導師と魔導師の杖は決意を新たに、ジュエルシードへと魔力を送る。
この光が、悲しい目をした少女にとって、祝福となることを願いながら。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 東の塔 PM 0:33
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【残り、5分】
「よし、それなら何とか」
限界ギリギリを駆けているのは、こちらも同様であった。
作業の終了が近づいてきたことで、制御自体は楽になりつつあるものの、彼の脳に蓄積された疲労もまた凄まじいレベルに達している。
「どんな難しい本を読んでても、ここまで疲れたことはないなあ」
しかし、それでもなお彼は倒れない。そればかりか、自分を鼓舞するように言葉を発する。
このような場面において、黙って作業に集中する方が却って危険であることを、彼は熟知していた。人間の脳は演算だけを続けられるようには出来ていない、必ず、“人間らしい行動”を間に挟む必要がある。
身体を動かすこと、言葉を発することなど、人間にとっては当たり前であるそれらを行うことを忘れると、人間の脳はエラーを吐き出す。心と体は、決して切り離せるものではないのだから。
「なのはもフェイトも頑張ってるんだ。僕だけへばってなんていられない」
他人から見れば非常に中性的、いやむしろ女性的なユーノだが、れっきとした男であり、生物学上では雄である。
それゆえ、いざという時に無理をするのは自分やクロノの役目であると彼は考えている。どんなに相手の心情を尊重はしていても、男の思考回路とは基本的にそのようになっている以上は仕方がなかった。無論、中には例外もいるが。
「絶対に、ミスはしない。なのは、フェイト、君達も頑張って」
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 玉座の間 PM 0:34
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「あと………4分」
『It is a little more(もう少しです)』
そして、玉座の間のおいても、閃光の主従が最後の頑張りを見せていた。
フェイトの役割はジュエルシードへ願いを託すことであるが、それが終わった後こそが最大の山場となる。すなわち、なのはから始まり、ユーノを経由して送られてくる魔力が暴走しないように抑える必要があるのだ。
これが通常の駆動炉で生成される魔力ならば、全てバイパスを通って伝送されるが、これはジュエルシードが生み出す“願いを叶える”特性を持った特殊な魔力。
つまり、この魔力で満たされる玉座の間に存在する人間は、ジュエルシードモンスターと化す可能性が高くなる。それを避けるには離れればいいのだが、そうなると今度は問題が発生した際の対処が遅れてしまう。
アリシアは魔力を受ける側なのでそうならないように願いを込めれば済むが、フェイト自身やプレシアは異なる。ジュエルシードの魔力の影響を受けないようにしつつ、暴走に備えて現場で監視せねばならない。
よって、フェイトはバルディッシュをシーリングモードに変形させ、封印術式を玉座の間全体を覆う形で展開、“願いを叶える”特性がアリシアと“生命の魔道書”のみに向くように制御し続けている。
しかし、ジュエルシードの魔力は個人で扱える魔力を遙かに超えており、如何にフェイトとバルディッシュとはいえ、保つはずもない。実験に用いられる魔力を抑えられるのは、数秒が限界である。
そこで―――
「流石は、ジュエルシードだね。こっちは限界なのに、びくともしてないよ」
ジュエルシードの残り6個が、封印術式実行のために用いられていた。
この6個はそれぞれ、
海で回収したもの×2
プールで回収したもの
マンションの屋上に落ちていたもの
温泉宿の近くに落ちていたもの
森の中に落ちていたもの
であり、一度も発動することなく、回収されたものであった。
さらに、トールがジュエルシードを転送魔法用の端末として用いたように、機械に接続すれば術式発生装置として機能させることは可能であることが確認されている。
よって、玉座の間には六亡星を描くように封印端末である“ミョルニル”が配置され、それらの内部にはジュエルシード6個が格納されている。
それらは“願いを叶える”ことには用いられず、あくまで封印端末の動力として使用されている。そして、電気変換された魔力を用いて、6個の封印端末を制御する役目は――――
『Calculated as(計算通りです)』
トールの後継機であるバルディッシュが担う。
なのはが生成し、ユーノが増幅しつつ転送し、フェイトが願いを託す。この流れには15個のジュエルシードが使用されるが、願いの入力を終えた後は、フェイトは6個のジュエルシードをバルディッシュと共に“機械的に”制御する。
願いを叶えるまでは3人の少年少女が15個のジュエルシードを用いて、暴走を抑えるためには、デバイスと封印端末が6個のジュエルシードを用いて。
計21個で行うジュエルシード実験とは、この連携を維持することであり、全体の管制はプレシア・テスタロッサが行っている。
そして、大量の魔力を扱う実験に対する知識を持つプレシアが、実行役ではなく管制役に回れたことが、ジュエルシード実験の安全性を高めている。一見、子供達に無理をさせているように見えるが、ジュエルシードの保有魔力量を考えればこれこそが最も安全な手段であった。
「母さん………姉さん……」
フェイトはただ、祈りながら封印術式を走らせる。ジュエルシードの魔力が満ちている限り、祈りは天に届くのだから。
「お願いします………大切な家族を、連れていかないで………」
フェイトが何よりも恐れることは、一人で残されること。
だが、家族を失うことを恐れるあまり、彼女は気付いていない。
仮に、家族を失うこととなっても、彼女はもう、一人ではないのだということを。
彼女のことを想ってくれる少女が、既に隣りにいるということを。
“上手くいかなかった場合”に備えて、演算を続けていたデバイスがいることを。
彼女は、まだ気付かない。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 駆動炉“クラーケン” PM 0:38
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「そろそろ、向こうの実験は終わる頃だな」
クロノ・ハラオウン、彼もまた全ての状況を把握した上で行動していた。
時の庭園としては、ジュエルシード実験が終わらない限り、“クラーケン”の火を落とされるわけにはいかない。しかし、だからこそ彼が駆動炉方面へ向かうことで、現在の状況を確認できる。
防衛に回るのが大型の傀儡兵などの強固なものであれば未だにジュエルシード実験が終了していない証。逆に、通常の傀儡兵やオートスフィア程度であれば―――
「既に、これの役割は終えている、というわけか」
彼の技量を持ってすれば傀儡兵程度は容易に突破できる。それはつまり、突破されても構わないという証に他ならない。
駆動炉の防衛にあたっていた数十の傀儡兵やオートスフィアを彼は1分程で全て停止させ、炉心へと至っていた。
駆動炉が臨界稼働しているからこそ、ジュエルシード実験の存在をアースラから隠すことが出来ている。当然、駆動炉を止められては困るわけだが、既にジュエルシードの魔力が止まっているならば問題はない。
つまり――――
「封印術式、展開」
クロノは気にすることなく、“クラーケン”を停止させることが出来る。
ただし、実際に“クラーケン”を止めるならば、封印術式では止まらない。これらは超大型の魔導機械であり、封印術式によって止めることはほぼ不可能、止める権限やパスワードを持っていない以上は、物理的な方法で破壊することで止めるしかないのだ。
とはいえ、演習で駆動炉を破壊するわけにもいかないので、代わりに目標地点に到達し、封印術式を展開することで、駆動炉は停止するようにプログラムされており、勝利条件の達成とする取り決めとなっている。
駆動炉の反応の有無で、他の部隊の行動も変わるため、条件が満たされれば駆動炉を止めるというプロセスは合同演習から外すわけにはいかなかったのである。
【エイミィ、こっちは済んだ。残りはどうなってる?】
【空の隊員は生き残り3名、地上の方は4名。空戦型の傀儡兵はもうほとんど残ってないよ、だけど、ブリュンヒルトは“セイレーン”でも代用はできるらしいから油断はできないね】
時の庭園は“クラーケン”と“セイレーン”、二基の炉心を備えている。
ブリュンヒルト発射は“クラーケン”が、次元航行は“セイレーン”が担い、傀儡兵やオートスフィアはどちらでも動くようになっている。
しかし、二つが繋がっている以上は、“セイレーン”によってブリュンヒルトを発射することも不可能ではない。“クラーケン”を使用する場合に比べて効率は圧倒的に落ちるが、それでも撃つことは可能である。
【分かった。随分な消耗戦となってしまったが、この際割り切るしかないな。空の3人は引き続きブリュンヒルトを引きつけて、地上の4人は“セイレーン”の方へ向かわせてくれ、僕は中央制御室へ向かう】
【了解、でも、例の大型ルーキーはどうするの?】
【そっちはもう片付けた。流石に、あれらが量産されているとは考えたくないな】
クロノの返事に、エイミィは驚愕する。
【凄いね、いつの間に】
【種は簡単だ。“クラーケン”へ向かうと見せて、全速で引き返して背後から奇襲を仕掛けただけさ、これまでの報告から例のサーチャーは前方にしか発生出来ないことは分かっていたからね】
中隊長機は大型で出力も大きいが、その機能の多くをサーチャー発生に費やしている。
つまり、生理的な嫌悪感を除けば、特に手ごわい相手ではないのだ。ゴキブリに纏わりつかれないように近づくことさえ出来れば、対処はしやすい。
分析力、判断力、そして即座に戦術を切り替える戦術眼。
それこそが、クロノ・ハラオウンの本領であり、如何なる敵が現れても彼の頭脳は対処法を見つけ出す。
【じゃあ、残る敵で厄介なのはブリュンヒルトくらいだね。隊長二人はアルフにやられちゃったけど、向こうも大分消耗してる筈だし】
【そういった油断が最大の隙を生むぞ、彼が全ての手札を出し尽した証拠はどこにもないんだ】
【うむむ、反省。でも確かに、まだ奥の手を隠してる可能性の方が高いかも】
この予想は、およそ10分後に実現することとなる。
中隊長よりもさらに大型で、それ自身が魔力を発生させるための小型炉心を備えている大型傀儡兵。それが、中央制御室へ向かうクロノの前に立ちはだかる。
ただし、拠点防衛用でありながら、攻撃力が高すぎて守るべき拠点も壊してしまうという実にユニークな機体であり、早い話が実戦向けの機体ではなく、どちらかというとアンティークのようなものであった。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 PM 0:40
『ジュエルシード実験、全ての工程を終了。これより、後始末に入ります』
ジュエルシード実験自体は、大きな問題もなく終了。
フェイト、高町なのは、ユーノ・スクライアの三名は完全にノックダウン、しばらくは目を覚まさないでしょう。
我が主は大きな負担もなかったため、既にアリシアの処置に入っている。結晶の生成は無事に終了しましたが、それを効果的に働かせるにはなおも幾つかの処置が必須ですから。
私達の理論通りのものが生成されているならば、彼女の身体は健康体に戻り、生命活動を再開するはず。
『ですが、“生命の魔道書”の方は微妙ですね。何しろ、正解となるデータがありませんから』
闇の書が手元にあるわけではないので、完成具合を単純比較によって確かめることが出来ない。
かといって、性能を確かめないまま我が主に用いるわけにはいきません。心臓の摘出に近い術式を行うというのに、使用する機器に一度もテストしていない新製品を用いる医師はどこの世界にもいないでしょう。
【アスガルド、そちらの状況はどうです】
【隠蔽作業、27%完了】
ふむ、こちらも順調ですね。結果の確認は後でも出来ますから、まずは実験の後始末に全力を注ぐべきでしょう。時空管理局は時の庭園でジュエルシードが発動された証拠を発見することはなく、代わりにテスタロッサ家が回収したジュエルシードの安全性検査を委託される、という筋書きですから。
ここで有利に働くのは、時の庭園が駆動炉の開発環境を備えているということ。ジュエルシード実験に用いた大魔力用の配線もそれらを流用したものであり、そういった品々がプライベートスペースに存在することは不自然ではないのです。
早い話、玉座の間や西の塔や東の塔にあるジュエルシードを回収してしまえば物理レベルでの処理は終了します。残される実験用の機器は、『現在構想中の新型駆動炉“ハリケーン”の試作機です』で通りますから。
問題は情報です。中央制御室やその他の端末にはジュエルシードの魔力を扱っていた記録がありますから、それらを改竄、隠蔽しなければなりません。この作業ばかりはアスガルドの独壇場ですね。
つまり、残るポイントは合同訓練終了までに中央制御室を守り切れるかどうか、ということになります。
【アルフ、聞こえますか】
【はいよ】
【クラーケンがクロノ・ハラオウン執務官の手によって攻略されました。こちらの予想よりも9分ばかり早く、その上、中隊長も停止させられた模様です】
【あらま、ほんとっ、呆れた奴だね】
その感想は共有できそうですね。彼が優秀であることは存じてましたが、正直、予想以上です。私の人格モデルもまだまだ甘い、アルゴリズムに改良が必要かもしれません。
【ジュエルシード実験は既に完了しましたので、大局的には問題ありませんが、現在の状況でこれ以上奥へ進まれると面倒です。そこで、貴女には足止めをお願いしたい】
【それはいいけど、クロノはどこへ向かってんだい?】
【私のいる中央制御室ですよ。武装隊の生き残りは“セイレーン”へ向かっていますが、こちらにはジュエルシード実験に関する情報がないので落とされても構いません。合同演習がアースラの勝利で終わることで不都合が生じるわけではありませんからね】
それよりも問題は、ジュエルシード実験のデータ改竄前に中央制御室へ踏み込まれることです。残りの戦力の大半を防衛に向かわせていますが、彼の前では大した足止めにならないでしょう。
そして、彼も役職上の問題で手を抜くことは出来ません。合同演習を隠れ蓑にジュエルシードの調査を行うわけですから、執務官が中央制御室へ向かうのは当然であり、向かわない方が違和感が残ってしまいます。
【つまり、アンタがいるとこには色々とヤバいもんがあるってことだね】
【ええ、それはもう、子供には見せられない金や権力にまつわる情報が大量に】
それらは既に見られてもいいものとそうでないものの仕分けは済んでおりますし、データの消去も完了済み。
ですが、ジュエルシード実験のデータは何もかも消去するわけにはいきません。これらの中に我が主やアリシアを救うための重要なものが含まれている可能性が高いですから。
【見なかったことにしていただくのも有りと言えば有りですが、出来る限り不自然な点を残したくはありません。裏の事情を全く知らない本局や地上部隊の人間が、報告書によって事件の推移を見た際に違和感がないようにしたいのですよ】
故に、クロノ・ハラオウン執務官は本気で演習と調査を行っている。彼が手を抜けばそこが違和感として残る可能性もありますから、彼が全力を尽くしてもなお、紙一重の差で私とアスガルドの作業が終わる、という展開が望ましい。
よってアルフ、貴女には申し訳ありませんが、人柱となっていただきます。
【分かった。可能な限り足止めしてみるよ】
【無理な攻撃は控え、防戦に徹して下さいね。時間稼ぎが何よりも重要なのですし、隊長2人との戦いで貴女も随分消耗しているわけですから】
【消耗しているのはクロノも同じはずさ、まっ、任せときな】
そして、通信は終わる。
『こちらはひとまず良いでしょう。隠蔽が終わるまでは後15分ほど、何とかなりそうです』
いざとなれば、AAクラスの戦闘力を備える特殊型魔法人形、“バンダ―スナッチ”を用いて私自ら迎撃に出ることとなりますが、その必要はなさそうです。
奥の手は、使わずに越したことはありませんし、何より“バンダ―スナッチ”はあの男の作品だ。それ自身が時の庭園にとって不利な証拠となってしまいます。
あれを時空管理局の方々に知られる時期は、少なくとも2か月後以降にしたいところですね。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広場 PM 0:50
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「まったく、次から次へと」
中央制御室へ向かうクロノは、敵の戦力の大半が自分に向けられていることを悟っていたが、作戦を特に変更することはなかった。
この合同演習の落とし所としては、1時間以内に“クラーケン”と“セイレーン”を封印し、次元航行部隊の勝利で終了、同時に、執務官がジュエルシードに関する調査を進めた、あたりで十分である。
彼としては自らの許す限りの全速で中央制御室に向かうだけでいい。恐らくその途中で“セイレーン”が封印され、その頃には空の隊員も全員撃墜されている、あたりがトールの筋書きであろうと彼は検討をつけていた。ブリュンヒルトが13名もの武装隊員を堕としたという記録があれば、地上本部も満足する。
この合同演習は、仕組まれた茶番であると同時に、高度な頭脳戦の要素も有している。時の庭園とアースラが騙す相手はお互いではなく、現場のことを知らずに文句だけはつけてくる本局の高官である。
第三者が演習の経過を見た際に、アースラは綿密な行動計画を立てたが、予想外の敵(ゴッキー、カメームシ、タガーメ)によって作戦変更を強いられる。だが、指揮官の的確な指示によって勝利条件をクリア、同時にテスタロッサ家からジュエルシードを受け取ることにも成功、という具合に読み取れる事実が必要なのだ。
よって、互いの最終目標こそ知っているものの、ゴッキー、カメームシ、タガーメの存在はアースラの想定外であり、それをクロノが迅速に停止させたのは時の庭園の想定外となっている。あえて不確定要素を多く残すことで、脚本ではなく、現実の話に近づけるよう、トールとアースラ首脳陣が腐心した結果であった。
そして、トールが用意した第二の想定外が、クロノの前に立ちはだかる。
「大型の傀儡兵、こんなものまで用意していたのか」
全長が人間の10倍以上はある巨大な体躯。
純粋な人型とはいえず、ヒトの上半身に砲口を兼ねた触手が4本、防御用のアームが2基、さらに下半身はUFOのような円盤となっていた。
接近戦を行う機能こそ有していないが、2基のシールド発生器を兼ねたアームによって守りを固め、4本の自在に動く砲口から砲弾をばら撒く凶悪な兵器であり、破壊力、防御力共に優れ、AAランクの魔導師ですら打倒するのは容易ではない。
「なのはとフェイトが二人がかりなら楽に貫けるだろうが、僕一人ではいささかきついな」
クロノは冷静に分析する。フェイトのサンダースマッシャーとなのはのディバインバスターを同時に叩き込めば硬い防御も突破できるが、クロノ一人では火力が足りていない。
「だが、手段はある。最強の矛と盾は、矛盾にしかならないからね」
大型傀儡兵が次々に放つ砲弾を、攻撃らしい攻撃は行わず、バリアで砲撃を弾くこともなく、機動力のみで躱しつつ、クロノは大型傀儡兵の周囲を飛び回る。
火力と重装甲を共に備えた機体ではあるが、所詮は傀儡兵。その行動は実にシンプルなものであり、一定以上の速度での空戦を行えるものならば、回避するのは難しくはない。ただし、砲口が一つであればの話だが。
そして、手数が多いことは必ずしも有利には働かない、時としてそれが思わぬ落とし穴をなることもある。
すなわち―――
「チェーンバインド」
タイミングを計ったクロノのバインドによって、傀儡兵の砲撃用アームの1つが縛りあげられる。当然、それを破壊するために残り3つのアームがチェーンへと砲口を向けるが。
「ディレイドバインド」
攻撃を避けながら設置していたバインドが、死角からそれらの砲口をさらに縛る。
これが、クロノの策である。全ての砲口を縛ろうとすれば力で引き千切られるだけだが、あえて稼働可能な砲口を残すことで、より簡単にバインドを無力化する手段、すなわち鎖の破壊を実行させる。
そして、そのタイミングでさらにバインドを追加し、砲口の角度をずらす、その方角には―――
「外からの攻撃ならば弾くだけだが、内からはどうだ?」
3つの砲口から発射される砲弾が、自らの防御用アームとそのシールドと激突。攻撃用のエネルギーと、防御用のエネルギー、それらが至近距離でぶつかり合うことになり互いのアームを破壊、さらに拡散したエネルギーは、外部へと弾かれることとなる。
この状況において、盾にとっての外部とはすなわち傀儡兵の上半身が存在する方向となる。放たれた砲弾は、自己のシールドによってそのまま本体に返り、ダメージが広がる。
「終わりだ」
3つの砲口と盾の1つを奪い、本体まで損傷を与える。クロノはこれをわずか4本のバインドのみで実現させたが、そこで手を緩めるつもりは毛頭なく、爆煙に紛れて近づき、ほぼ零距離から本体へと追撃をかける。
「ブレイズキャノン」
盾を失い、損傷を被った状況において、至近距離から砲撃魔法を喰らっては大型の傀儡兵とはいえひとたまりもない。中枢部を破壊された大型傀儡兵は、ゆっくりを倒れ、機能を停止する。
だがしかし、その爆発に紛れてクロノへと突進する影が一つ。
「せえい!」
「! アルフか!」
クロノにとって、この状況も予め知っていたわけではないが、想定内のことでもあった。
クロノが大型の傀儡兵に止めを刺した隙を突いて、バリアブレイクを伴った攻撃を仕掛けたアルフだが、クロノは防御魔法ではなく、S2Uそのものを用いて軌道を逸らせることで対応する。
「スティンガーレイ!」
「ちいっ!」
そして、即座に反撃、S2Uはストレージデバイスであり、純粋な演算性能ならばレイジングハートやバルディッシュの上を行く。無論、クロノからの状況に応じた入力があればという前提がつくが。
さらに、彼の射撃はノーモーションから放たれた。戦っている相手にとって、攻撃の起点が読めないことほどやりにくいものはない。
アルフはラウンドシールドで辛くも防ぐが、奇襲を完全に無効化したクロノと、シールドで受け止めたアルフ、これだけでも今の攻防でどちらがより消耗したかは明白である。
これはあくまで初手であり、戦闘はここからが本番。しかし、奇襲ですら互角でなかった以上、このまま続ければどちらに天秤が傾くかは明らかであった。
≪まったく、何て奴だい、あのでかぶつを仕留めた後だってのにまるで隙がない。まともにやりあったら、躱されるどころか、カウンターを喰らいそうだね≫
≪踏み込んでは来ないな。時間稼ぎが目的だろうが、長期戦に持ち込むとすれば………≫
両者は対峙しながら、次の手を如何なるものにすべきか戦闘思考を働かせる。いくら出力が高くとも、傀儡兵には不可能な芸当だ。
しかし、生まれてから3年に満たないアルフと、5歳になる頃には魔導師になるための訓練を始めていたクロノでは、蓄積された経験と技術に大きな差がある。
それは、なのはやフェイトのような強大な才能をもってしても、埋めることが出来ない程のものである。ならば、アルフが取るべき手段とは―――
【アルフ、電磁シールドを発生させますので、その位置で待機していなさい。さらに、大型狙撃スフィアがそちらに向かっていますので、シールドが解除され次第、物陰に隠れるように】
【オッケー】
友軍と連携しながら、時間を稼ぐことに他ならない。
しかし―――
「解除」
電磁シールドが発生した瞬間、それは消滅した。
「なっ」
「ブレイズキャノン!」
さらに間をおかず、直射型の砲撃魔法がアルフを襲う。
「くっ!」
予期せぬ攻撃に、何のとか上空へ回避を試みるアルフだが――――
「んなっ!!」
ディレイドバインド
設置型の捕縛結界によって彼女の身体は拘束されていた。
「どうして………」
「簡単な推理さ、君がフェイトの使い魔である以上、天候系のサポートは得意としているはずだ。何しろ彼女は電気変換資質を持っており、サンダーレイジのような広域魔法を使う」
海で行われた実験において、クロノ・ハラオウンはただモニターを眺めていたわけではない。その時にもフェイトとアルフの組み合わせと戦闘になった際、どのような戦術を取るべきかをマルチタスクを用いて考えていたのだ。
「その君を管制機である彼が遠隔からサポートするなら、手段は限られてくる。電気信号で動く彼が得意とするのもまた電気だ、となれば、この状況下で用いる手段は機械によって発動させる電磁シールドである可能性が最も高い。それだけ言えば、後は分かるだろう」
よって、クロノはS2Uにシールド解除の術式を準備させ、トールがシールドを発動させたタイミングに合わせて、ディレイドバインドの設置を行った。
後は、上に逃げる以外に道がなくなるよう、横に大きく広がった直射型の砲撃、ブレイズキャノンをアルフに放つのみ。まさしく詰め将棋の如く、クロノは戦闘行動が始まった段階でアルフを詰ませていたのである。
「インパクトカノン」
そして、解説を終えると同時に、零距離からの砲撃を叩き込む。バリア破壊、というよりも震動粉砕に近い衝撃がアルフを襲い、彼女はそのまま意識を失った。
だが―――
【見事】
その瞬間、五機の大型狙撃用オートスフィアが砲撃を開始する。クロノが避ければ、意識を失っているアルフに直撃するコースで。
「!? そういうことか!」
クロノは咄嗟にアルフを庇い、半球形のシールドで防ぎつつも、トールの意図を悟る。
【そういうことです、単独で動く貴方を抑えることは至難の業。ならば、意識のない守るべき存在をつけてやればよいのです】
この合同演習において、意識を失った敵に攻撃することは禁止されている。
だが、意識を失った味方を攻撃することは禁止されていない。
もし、クロノの傍にいるのが傀儡兵であれば庇うことなどないが、アルフは時の庭園側において唯一の人間(使い魔)である。故に、アルフの存在こそがクロノの行動を抑えるための切り札となり得る。
「何とも、機械らしい作戦だなっ!」
【ありがとうございます。近接型の傀儡兵ごと、敵を砲撃で吹き飛ばす、などは有効な作戦ですから】
クロノが包囲網から出てしまえば、“全て機械”で構成されている時の庭園の防衛戦力はそちらへ砲口を向けることになる。それらは機械であり、アルフを利用するつもりで攻撃しているわけではなく、ただ純粋に敵であるクロノ目がけて攻撃を行っているに過ぎない。
だが、下手にクロノが動けば放たれた砲弾がアルフを直撃するため、直ぐには動けない。かといって、アルフを抱えて逃げれば、結局は自由な行動を奪われてしまう。
そしてさらに、対処法を考える時間もない。こうしているうちにも、続々と新手のオートスフィアが到着し、砲火を強めていく。
【近接戦闘型の傀儡兵はほとんど潰されましたから、もう、アルフくらいしか残っていなかったのですよ】
「それも、計算通りだろう」
【そうでもありません、貴方の優秀さは本当に想定以上でした。この方策とて、貴方が零距離攻撃でアルフを仕留めたからこそ採用できたに過ぎず、賭けの要素が強かったですから】
もし、クロノがアルフの疑問に答えず、ブレイズカノンによって終わらせていればトールの策は根底から成り立たない。
だがしかし、クロノがアルフを傷つけないように昏倒させるなら、零距離からの攻撃で終わらせる可能性が高かったのも事実である。
そしてクロノがアルフを庇いつつシールドを展開してから2分後――――
【クロノ君、“セイレーン”の封印を確認したよ。合同演習は、私達アースラの勝利で終了】
時刻はPM 0:56
時の庭園における二つの実験と一つの演習が、こうして終わりを迎えた。
『では、後始末に移りましょう。クロノ・ハラオウン執務官、中央制御室へ案内します』
何事もなかったかのように、魔法人形“トール”が現れ、アルフの身体を抱えつつクロノに声をかける。
その姿からは、アルフを囮にクロノを罠に嵌め、アルフごとクロノを攻撃させた冷徹な機械の頭脳は伺えない。
だが、それでもクロノ・ハラオウンは再認識していた。
これは―――――機械なのだと
==============-
今回出てきた大型機械兵は、映画にでてきたものです、クロノだったらどう戦うかを想像して書いてみました。映画ではなのはとフェイトが馬鹿魔力で吹き飛ばしてます。
ちなみに、今回のトールの【見事】のときの脳内BGMは某中二ゲームの「Lohengrin」でした。
これにて実験終了です、説明くさい文章に付き合ってくださりありがとうございました。