第四十話 ジュエルシード実験 前編 約束の時が来た
アリシア、聞こえますか?
貴女が10年前、新歴55年の6月6日より目覚めている前提で話を進めます
現在時刻は新歴65年 5月10日のAM6:00です
私は―――――
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 AM6:24
「ユーノ、そっちはどうだ?」
「な、何とか終わりました。ここまで来れば、後はジュエルシードを実際に配置するところまで一気に行ける」
「すまんな。何だかんだで外部協力者であるお前に大きな負担をかけちまった」
「いいえ、僕が望んでやっていることですから」
「でも、本当に感謝してるよ。もちろん、あの子にもね」
現在は俺、ユーノ、アルフの三人で作業を進めている。
AM2:00頃にアスガルドが演算を終え、俺達はそのシミュレーション結果を基に再び検討を開始。フェイトと高町なのはの二人は身体を全快させるために治療ポットで現在に至るまで眠っている。後30分くらいで目覚める予定だが。
アースラ組も同様にAM2:00頃から準備に入った。流石に交代で仮眠は取っていると思うが、まず間違いなくクロノ・ハラオウン執務官は寝ていないだろう。高確率でリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタも。
そして、プレシアは大事を取って休憩中。本番で倒れられでもしたらフェイトの精神に多大な影響を与えるので、可能な限り身体は休めておいた方がいい。本来ならばプレシアが行う筈だった作業は、今はユーノが代行しているし、駆動炉関係は俺がカバーできる。
「だが、そろそろお前達も休憩をはさんだ方がいいな。本番は正午からだから、既に残り6時間を切っている。ここで無理をして本番で眠ったらそれこそ何にもならん」
「確かに、そうですね」
「アンタにしちゃあ珍しく、まっとうな意見だね」
「何を言う、俺はいつだって真面目だぞ」
「真面目と書いて」
「麻薬中毒者と読む」
ユーノとアルフの見事な連携、中々にいいコンビだ。
「流石だな、使い魔コンビ」
「ちょっと!」
「………否定できないね」
なんて、面白おかしく会話していると――――
【アースラより通信あり】
「お、来たか」
アスガルドから連絡が入った。アースラの準備も大体いいようだ。
【こちら、時の庭園の管制機、トール。オーバー?】
【アースラの執務官、クロノ・ハラオウンだが、その語尾は何なんだ?】
【そこは気にしない方向で行こうぜ、さて、そっちの準備は終わったのか】
【ああ、合同演習に参加する人員は現在アースラに配属されている武装局員20名と僕だ。艦長や管制官達はアースラからのサポートということになる】
【予定通りにいったか。例の、人事部の提督さんの力かい?】
【君のことだ。あの人のことも調べてあるのだろう、君達の計算通りでほぼ間違いない】
人事部のレティ・ロウラン提督。武装隊の部隊配置や運用を手掛ける彼女を通さずに、地上本部との合同演習を行うことは不可能だ。いくらロストロギアを絡ませることで現場が独断に近い形で行動できる状況を作り出したといっても、本局を完全に無視することはできない。
だが、アースラの首脳陣は本局の融和派と深い繋がりを持っており、彼女もその一人。要は、本局の提督といっても色々で、中々に複雑なことになっているというわけだ。
【まあ何にせよ。これで地上本部も次元航行部隊も、目標の大半を達成ということになるな】
【ブリュンヒルトの標的が僕達というのは少しきついが、そうだね、僕達の目的は既にほとんど達成されている。そして、地上本部にとっても】
【当然のことながら、ブリュンヒルトの砲撃は非殺傷設定だ。傀儡兵も防衛に回ることになるから、アースラ組の勝利条件は1時間以内に“クラーケン”と“セイレーン”を停止させるか、中央制御室の管制機である俺を抑えるか、このどちらかだ】
ブリュンヒルトは対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台。アースラに現在搭乗している武装隊は全員空戦魔導師だが、フェイトのような高速機動が出来るわけではない。一般隊員はBランクで、隊長でAランクだ。
【だが、20名ということはAランクの隊長格が2名はいて、それに準ずる副隊長格も2名はいるはずだな。そこにAAA+の万能タイプの執務官が現場指揮官としてやってくるわけか、こいつは厄介だ】
【傀儡兵を大量に従え、固定砲台まで備えながら何を言うんだ君は】
【そういった不利を覆すために、人間には脳味噌があるんだろ、執務官殿】
【それは否定しないがね】
早い話が、この合同演習、というよりも実戦訓練においては互いに一切遠慮はなしということだ。アースラ組は傀儡兵を避けつつブリュンヒルトを攻略し、並行してジュエルシードが不正に使われていないかどうかを確認する。
逆に、俺に率いられる時の庭園の機械類は、武装隊員をジュエルシード実験を行っているプライベートスペースと中央制御室に近づけないことに全力を尽くす。要は、ジュエルシード実験の終了と証拠隠滅のための時間稼ぎだ。
【こっちの実験はどんなに長く見積もっても、1時間はかからない。武装隊が到着出来たとしても、その頃には全ての片づけが済み、証拠もなくなっている頃だな】
【その言い方だと、高い確率で武装局員がプライベートスペースまでたどり着けないように聞こえるんだが】
おや、珍しいこともあるものだ、執務官殿が感情を直接的に言葉に乗せるとは。やはり、管理局の武装隊を率いる者としては意地もあるか。
まあ、辿り着くだけならそれほど問題もないから、アースラとしては全力で目指してもらっても構わない。流石に玉座の間や東の塔や西の塔まで来られるとまずいが。
【なあに、こっちもこっちで秘密兵器を用意しているのさ。黒い恐怖を超える大型ルーキーをな】
【大型ルーキー?】
ここに来て、クロノ・ハラオウンの冷静さが裏目に出る。彼は優秀すぎるから、普通の人間にとってゴキブリがどれほどの脅威であるかが分からない。彼にとっては“いきなり出てきてびっくりした”程度だったのだろうが、時の庭園の切り札はゴキブリ型サーチャーではない。
ゴッキー カメームシ タガーメ
時の庭園の管制機の周囲を固める、傀儡兵の中隊長機たちである。
奴らの壁を突破しない限り、アースラの武装局員がプライベートスペースに足を踏み入れることは出来ない。というか、踏み入れたくないだろう、ゴキブリ、カメムシ、タガメの巣には。
プライベートスペースとの境界線にも、虫型サーチャー発生機を大量に敷設してあるからな。
【ま、それは楽しみにしておいてくれればいいんだが、もう一つ注意点。使用する魔法は物理破壊を伴わないものに設定するのはくれぐれも忘れないように】
【ああ、それは厳重に注意しておく】
今回はあくまで合同演習なので、傀儡兵やオートスフィアは破壊しない方向だ。その代り、一定以上の魔力ダメージを受けると機能を停止するようにプログラムしてある。
破壊が禁止なのは安全性を考慮してのことだ。傀儡兵は近くの敵を攻撃する程度の知能しか持たないが、“クラーケン”や“セイレーン”から魔力を得ているため、Aランク相当の魔力を有している。これが破壊された際に生じる爆発は非殺傷設定もくそもない純粋な破壊エネルギーとなるので、参加する武装隊員に被害が出かねない。
魔導師同士の模擬戦ならば互いに非殺傷設定を用いるのでこういう危険はないが、機械を相手にする場合は注意が必要なのだ。特に、大きな魔力を保有する機械を用いる場合は。
【確か、管理局のBランク認定試験の名物は超大型狙撃スフィアだったと思うが、ああいうのを普段の訓練では使わないのも、誘爆の危険からだろ】
【そうだね、試験などの特殊な場合を除けばほとんど使われないな。小型のスフィアならば攻撃してくる的としていくらでも使われるが、あれほど出力が大きくなると危険も大きくなるし、何より、高価だ】
【なるほど、あ、だけど例外もある。人間より大型の傀儡兵やオートスフィアに関してはぶっ壊しても構わないぜ、下手に通路とかに居座られると厄介だし、大きいのが上から落ちてくるよりゃ、粉砕した方がまだましだ】
【確かにそうだな、大型のスフィアは滅多に使わないからそういう認識は薄かったが】
【財政難か、時の庭園なら、仮に傀儡兵やオートスフィアを全部ぶっ壊されても問題ないんだがね】
【羨ましい限りだ、と言っても、僕達次元航行部隊は優遇されている方だからね。君が良く知る地上本部はさらに厳しい状況だ】
【だから、レジアスのおっさんはこの話に乗ってきたのさ。地上本部は一切金を使わずにブリュンヒルトの試射が行えて、防衛側の手当ても必要なく、なおかつ次元航行部隊が保有する武装隊を的として使える。陸の人間にとっては愉快なことだろうよ】
【まあ、そうだろうな】
とまあ、俺とクロノ・ハラオウン執務官で大人な会話を行っているわけだが、ユーノとアルフは完全に置いていかれている。
というより、そもそも関わるつもりがなかったようで、途中で退散していった。ちょうど、ソファーで休もうとしているところをサーチャーが捉えている。
【とにかく、この合同演習においては俺に権限が集中しているから、確認したい事柄があればいつでも連絡してくれ。アスガルドが常時対応してくれる】
【了解だ】
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 AM9:36
「ユーノ君、ここでいいの?」
「えーと、もうちょっと右上で………うん、その辺りでいいよ」
「トール、この配線は、どこに繋ぐの?」
「そいつはメディカルルームだ。既にアルフが行って祭壇の設営を始めてるから、そこに行ってくれ、あそこもジュエルシードの設置場所だからな」
「西側半分はこれで終了だわ。さて、残るは東側だけど………」
現在、プレシア、俺、フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノの6人でジュエルシードを配置している。
用いるジュエルシードは15個。
それらを一箇所に集中させるのではなく、海で俺がジュエルシード封印用の積層型立体魔法陣を組むために、端末をあちこちに仕込んだのと同じように分散して用いる。
つまり、時の庭園そのものがジュエルシードを並べる祭儀場となるわけだ。中央から見て西半分に7個、東半分にも同様に7個を配置し、最も重要な石を一つ中央に据える。
中央の石が据えられる場所とは、時の庭園の中心に位置する玉座の間。中央制御室は機械系統を統括する場所ではあるが、位置的な中心ではない。
そして、アリシアは医療カプセルに入った状態で既に玉座の間に移った。15個目のジュエルシードと最も近く、大儀式魔法の要領で高められた“願いを叶える力”を最も受けられる場所に。
さらにそこには、14個のジュエルシードの状況や魔力の伝搬率を計測するための大型機器なども据えられている。工学者でなければチンプンカンプンな品々が盛りだくさんだ。
「ところで主殿、もし、この儀式を中断させるのが目的だとすれば、どこを狙う?」
作業を進めつつも、俺はプレシアに話しかける。ここまで来れば、下手に緊張を高めるよりも雑談を交えるくらいの方がいい。
「そうね、敵、と仮定する存在が儀式の中止を目的とするなら、彼らが時の庭園のことをどこまで理解しているかがまずポイントになるわ」
「なるほど、やはり戦争の基本は情報というわけか」
「そもそも、こちらの最終目標がジュエルシードの極限発動であることを知らなければ“儀式を止める”という事柄すら成り立たないわ。そして、最終目標を知っていても、私達が“どうやって”それを成すつもりかを知らなければミスリードとなってしまう可能性が高まるわ」
「仮に、アースラが最初から俺達と敵対していたとすると、“クラーケン”や“セイレーン”がジュエルシードの発動と無関係だとは思わないよな。傀儡兵がそれらを守るために配置されているなら尚更だ」
だが、それは囮だ。今回の実験において二つの駆動炉の役割とはジュエルシードの暴走を防ぐことであって、発動には一切関与しない。
「なのはさんとユーノ君がアースラに協力していたとすると、彼女らの役割は駆動炉の停止、クロノ・ハラオウン執務官は武装隊を率いて儀式の主催者である私を逮捕、リンディがジュエルシードの発動に伴って発生する次元震を抑えるためのディストーション・シールドを展開する、といったところかしらね」
「逆に、俺達の布陣は単純だな。フェイトはジュエルシードに願いを託す役だから動けず、なのはとユーノが止める側に回っているなら、アンタがジュエルシードの制御に回らざるを得ない。つまり、俺は傀儡兵を指揮して執務官を迎撃、アルフは地形や設備を上手く利用しつつ、子供組を足止めする、ってとこか」
まともに考えるなら、そうなっていた可能性が高いのだ。8人と3機が集まってサンドウィッチを片手に会議している方が普通に考えればあり得ない。
だが、まともに物事が進んでいたならば、最後の段階で俺達はかなり苦しい戦いを強いられることとなっていた。いくらブリュンヒルトがあるとはいえ、Sランクの結界魔導師と、AAA+ランクの執務官、本局の武装隊20名、さらにはAAAランクの砲撃魔導師に、支援型のロストロギア専門家、これらを同時に相手取るのは厳しい。その上、AAAランクのフェイトとSSランクのプレシアは戦えないというおまけつきだ。
「だけど、事前の根回し次第で、本来なら敵対するはずの人物を味方に引き入れることも出来る。本当、よくやったわね、トール」
「恐悦至極だが、ことは案外単純だぞ。戦争をする前に、まずは外交による懐柔作戦が大事ってことだよ。ブリュンヒルトや傀儡兵のような武力を用いるのはあくまで最後の手段だ。こいつらを“交渉カード”としてうまく使えば、そもそも戦わなくて済むようにも出来る」
核兵器なども本来はそういうものだ。管理局法の禁止対象ナンバーワンだが、実際は兵器として用いるのではなく、相手を交渉の場に着かせるためのカードとして用いる。これは、次元震を起こせるクラスのロストロギアにも言えることだが。
「だが、強大な力を得ると人間は良く狂うからなあ、やっぱしこういう“パワーゲーム”的な交渉はデバイスの方が向いていると思うぜ。絶対に、“当初の目的”を見失うことはないからな」
「それは言えてるかもしれないわね、人間は欲望があってこそだけど、貴方達デバイスは自身のための欲望を持っていないもの」
その通り、だからこそ俺達はデバイスなんだ。
「トールさーん! こっちの線はどこにやればいいんですかー!」
「おっと、ちょっくら言ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
雑談も程々に、再び作業に戻る。
だがまあ、こうして和気あいあいと準備を出来るのはいいことだ。悲壮感を漂わせながら準備しても実験の成功確率が上がるわけじゃあない以上、楽しくやるのに越したことはないだろう。
それにそもそも、テスタロッサの家を本来の形に戻すための実験なのだ。その過程で血と涙が流れるようでは、温かい笑顔が戻ってくるはずもない。
世の中には、1万人を殺すことで大切な1人を生き返らせられる悪魔の契約、なんていう例え話もあるが、仮にそれを行ったところで、生き返らせた人間は血に染まった手で愛する者を抱きしめることになる。
だから、血に染まるのは機械であればいい。
この時のために2000を超えるクローン体を生み出し、それらを実験材料として利用して来たのはこの俺だ。
合法と違法の狭間で立ち回り、時には広域次元犯罪者とすら手を結んだのもこの俺だ。
ジュエルシードを海鳴市にばら撒き、ジュエルシードモンスターを発生させたのもこの俺だ。
蘇ったアリシアを抱きしめるプレシアの手は、奇麗でなくてはならない。断じて、血に染まっていてはならないのだ。
所詮、俺の手が血に染まったところで、肉体ごと放棄すればよいだけの話だ。管制機である俺にとってハードウェアはさしたる意味を持たない。プログラムさえあれば、何でも操ることが出来るのだから。
そして、インテリジェントデバイスである俺そのものを裁く法は存在しない。狂った機械の独断行動は所有者の責任とはなるが、罪にはならない。バルディッシュが単体で動いたとしても、フェイトに責任はあっても罪はない。
「だがまあ、これらも所詮は保険だ」
実験準備はあらゆる面で順調に進んでいる。正直、これ以上の展開は望めないだろう。
実験開始まで後2時間と少し、いよいよ、その時は近づいてきた。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 AM11:41
【こちらは、時の庭園の管制機、トール。アースラ、応答願います】
【はい、通信主任、エイミィ・リミエッタが応答します】
【合同演習の開始まで残り20分を切りましたので、傀儡兵へ戦闘用の魔力の充填を開始します。並びに、時の庭園の警備レベルが最大となりますので、プライベートスペースには立ち入らないように注意して下さい】
【了解。こちらの転送ポートの準備も完了しました、合図があればいつでも時の庭園への転移が可能です】
【了解。転移可能箇所はA地点からF地点の6か所ですので、注意して下さい。それ以外の場所では転移と同時にブリュンヒルトの砲撃が狙い打つことになりますから】
もっとも、あえてそれを狙ってクロノ・ハラオウン執務官が一歩先に転移する可能性もありそうですね。そして、ブリュンヒルトがエネルギーの充填を行っている間に、武装隊は転送と陣形展開を完了する。
【伝えておきますね。それでは、また】
【通信を終了します】
さあ、時は満ちました。
15個のジュエルシードの配置は完了し、暴走に対処するために“クラーケン”と“セイレーン”も臨界起動を行っている。これによりジュエルシードの魔力を誤魔化すことが可能となり、合同演習も同時に行われるため、二つの共振稼働を行う権利をも時の庭園は有している。
フェイトはジュエルシードに願いを託す役を担いますが、暴走を抑えるために実験が終了するまで魔力を使い続けることとなる。恐らく、実験が終わってからしばらく意識は戻らないでしょう。
高町なのはとユーノ・スクライアの2名は、それぞれ東の7個と西の7個の中心に位置し、両翼からジュエルシードの魔力を制御する。高町なのはが西側から魔力を放出しジュエルシードに与え、東側のユーノ・スクライアが調整しつつ中央に魔力を集中させることになります。
我が主、プレシア・テスタロッサは玉座の間に在り、収束した魔力と儀式の進行、そして各機器の状態を観測し、欠落があれば補助する役を担う。
そして、ジュエルシードの魔力について、人間だけでは到底間に合わない逐次的な計算を行うのは、レイジングハートとバルディッシュの二人。無論、演算そのものはアスガルドが行うこととなりますが、ジュエルシード実験においては彼らが管制機の役を兼ねることとなる。
本当に私は情けない、長年組んだ予定と外れた展開になると、臨機応変に対応できないでいる。今回の実験計画もクロノ・ハラオウン執務官とユーノ・スクライア個人の力に依るところが大きいのですから。
『よって、私の出番はありません。機械仕掛けは、あくまで舞台を整えるまでが役目であり、本番においては舞台が上手く機能するように点検するくらいしかやることがない。歯車は歯車らしく、ジュエルシード実験とブリュンヒルト試射実験、そして、地上本部と次元航行部隊の合同演習という三種類の事柄が衝突しないようにすることに全力を注ぎましょう』
しかし、アスガルドはジュエルシード実験に回っているため、合同演習とブリュンヒルトの発射は私のリソースとアスガルド以外の大型端末を用いて行わねばならない。並の相手ならばこれでも充分ですが、クロノ・ハラオウン執務官に率いられる本局武装隊20名が相手となると些か心もとない。
故に―――――
「我が助手よ、準備はいいか?」
「アンタの助手ってのは癪だけど、問題はないよ」
唯一手が空いているアルフが、今回は合同演習のサポート役に回ることとなった。
「確認しておくが、可能な限りクロノ・ハラオウン執務官とは戦うな。お前では絶対に勝てん」
「そりゃあね、あいつはフェイトより強いんだろ?」
「ああ、ランクでも勝っているがそれだけじゃない。戦闘経験、戦闘技術、そういった面で悉く上をいっている。流石に魔力量や空戦の速度、一撃の破壊力ではフェイトが勝っているが、どんな強力な攻撃も中らなければ意味がないからな」
「でもさ、フェイトの方が速いんだよね」
「それはそうだが、だったらバインドで捕えてしまえば良いだけの話だ。バインドはフェイトの鬼門である上、彼のデバイスS2Uの性能は極めて高い。気付いた時には空間のあちこちに設置型のバインドがひしめいているということになりそうだ」
一度ばかり、S2Uと接触したが、あれはいいデバイスだ。
あれもまた、デバイスの理想形の一つ。基本に忠実であり、レイジングハートやバルディッシュと異なり一般的な武装隊員でも十全に扱えるシンプルな機構でありながら、エース級魔導師であるクロノ・ハラオウン執務官の持ち味を最大限に生かすことが出来ている。
彼と共にあり、彼を見守ってきたデバイス。ハラオウン家の交流を考えると、我が旧友“オートクレール”の後継機と呼べる存在だろう。
「そりゃあ厄介だね。まあ、そんな厄介な相手とわざわざ正面からやり合うことはない、ってことさ」
「ああ、厄介な相手はブリュンヒルトに任せてしまおう。あれの拡散型追尾砲弾で狙われながら傀儡兵の集中攻撃を受ければ、流石の彼といえども進むのは容易ではないはずだ。他の武装隊員は傀儡兵やオートスフィアで充分に対応は可能だし、そもそも相手を殲滅する必要があるわけでもない。あくまで合同演習なんだから、ジュエルシード実験が終わって後片付けが済むまでの時間が稼げればいい」
戦術的には向こうが上だろうが、戦略・政略の面ではこちらが有利だ。
如何に彼が奮戦しようと、定められた結果は揺るがない。というか、戦略は俺が組んだが、政略の面では彼も共犯者なのだから、この実験において敗者はいない、全員が勝者だ。
ただ、実験が失敗に終われば、テスタロッサ家の全面敗北となってしまうわけだが。
「なるほどねえ。でも、やれることはもう全部やったし、フェイトもあれだけ頑張っているんだし、あの子達も力を貸してくれてる、きっとうまくいくよ」
「お前のそういう前向きなところは、俺も見習うべきかもしれんな」
「何言ってんだい、アンタが前向きじゃなかったら世界の誰が前向きになるってんのさ」
お前から見ればそうだろうな、愚者の仮面はそういう機能を持っている。
しかし、俺の本質は前向きではない。無論、後ろ向きでもなく、俺はプレシア・テスタロッサの方向のみを向いている。
俺にとっては前向きも後ろ向きもない。主の方向かそうでないか、1か0か、ただそれだけだ。
っといかんな、”テスタロッサ家のムードメーカー”は前向きな思考を持っていなければならないのに、最近人格機能を使わなかったことが多いせいか、本体の思考になっている。調整が必要だな。
「さて、いよいよだな。お前も配置についた方がいい」
「アンタはどうするんだい?」
「俺はここにいるが、いざとなれば、トールと姿形が同じ人形があちこちで武装隊員の前に立ちはだかることになるだろう」
この時の庭園ならば、それが可能だ。俺の肉体とは、管制機トールが“魔導機械を操る機能”によって管制を行っているに過ぎない。
中央制御室と俺の本体が繋がっていれば、時の庭園に存在する機械は全て俺の肉体となる。リソースを裂けば、傀儡兵だろうが、オートスフィアだろうが、サーチャーだろうが“トール”になれるのだ。
とはいえ、俺のリソースにも限界はある。アスガルドがいれば数十機の“トール”を同時に動かすことも出来るが、俺単体では2機がせいぜい、無理をしても3機が限界だ。
だが、武装隊員を惑わすだけならばそれで充分、心の平静さえ奪えれば、彼らが“調査”に意識を割くことは出来なくなるのだから。
「さあ、最後の舞台劇を始めようか」
「アンタが脚本じゃあ、碌な舞台になりそうもないけど」
流石はアルフ、よく分かっているな。
そう、嘘吐きデバイスである俺が組む以上、滑稽な茶番劇にしかなりえんのだよ。
新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 西の塔 AM11:58
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「いよいよだね、レイジングハート」
『Yes, my master』
高町なのは と レイジングハート
ジュエルシード実験において、最初に魔力を送り込むのは彼女らの役割であり、既にバリアジャケットは形成され、魔法の発動体勢は整っている。
時の庭園に配置された15個のジュエルシードのうち、西側に配置されたジュエルシードはそれぞれ、
ユーノ・スクライアが封印した思念体
高町なのはが封印した思念体
神社にて発動した暴走犬
二人の人間が発動させた怪樹
先の残滓に他が共振した結果である怪樹
アースラチームと協力して封印した怪鳥
地上の探索では最後に回収された化け狐
となっており、その全てが“ジュエルシードモンスター”として発動した経緯を持つものである。
時の庭園での実験結果や、ユーノ・スクライアの知識を統合した結果、ジュエルシードには以前に叶えた願いが内部にプールされている可能性が示されており、怪樹の発動例がその後の発動にも影響を与えた点からも、何らかの情報が残されていることは間違いないとされた。
そこで、不完全な形とはいえ“願いを叶えた経験を持つ”ジュエルシードを最初の励起に用いられることが昨日の会議において決定した。
東西に7個ずつ、それらを統括する形で1つという配置は、ジュエルシードモンスターが発生した件数によって定められたともいえ、これこそが、あるデバイスが計画した“ジュエルシード実験”の成果であった。
西の塔に存在するジュエルシードは西側7個の中心となり、二人の少年少女が発動させたものが使われている。すなわち、7個の中で唯一人間の願いを直接受諾したものであり、それを励起する役には魔力の制御はそれほど重要ではなく、出力こそが要となる。
その点において、高町なのはとレイジングハートの主従は最適な存在と言えた。
「フェイトちゃんが頑張って集めてきたジュエルシード、絶対に無駄にしないよ」
彼女の中では既に自分も命懸けでジュエルシードを集めてきたという事実は抜け落ちつつあった。こちら側の7個のうち5個を封印したのは彼女であり、さらに1個はフェイトとの共同作業なので、彼女が関与していないジュエルシードはユーノが最初に封印したものくらいなのだが。
しかし、それが高町なのはという少女である。彼女は泣いている子を見るのが何よりも嫌いであり、その子のために何も出来ない自分はもっと嫌いであった。
自分だけのためでなく、他者を守る時、他者を助ける時、そのような条件でこそ高町なのはとレイジングハートは最高の力を発揮する。
その特徴を人格モデルとして構築しつつあるため、古いデバイスは彼女にあえて全てを話し、協力を依頼することとしたのだった。
『MasterIt is another minute.( マスター、後一分です)』
「分かった。始めよう」
魔力が集う。
平均魔力値だけでも127万を誇るが、こと、魔力の収束においてこの二人は他の追随を許さない。
そのための下準備として、時の庭園の西の塔には“クラーケン”や“セイレーン”の魔力が予め放出されており、魔力の残滓は空間全体に漂っている。
それはすなわち―――
「風は空に」
高町なのはとレイジングハートの最大の魔法。
「星は天に」
フェイト・テスタロッサとの戦いにおいて編み出した、知恵と戦術の結晶。
「そして、不屈の心はこの胸に!」
星の如く、周囲の魔力を収束させ、膨大な魔力を紡ぎだす。
「この手に魔法を!」
『Starlight Breaker!』
そして、収束した魔力を砲撃ではなく、ジュエルシードに与える目的で放たねばならない。これは破壊力のみを重視して撃ち出すよりも数段高等な技術が必要とされる。
だがしかし、白い魔導師は“出来る”、“やってみせる”と迷うことなく応え、『魔導師の杖』は祈祷型の本領を発揮すべく、昨夜からこの時まで、新たな術式の構築を行っていた。
破壊のための力ではなく、誰かを救うための力を主に与えるために。
高町なのはを支える杖となり、あらゆる壁を乗り越える風となり、彼女に不屈の心を宿す星となる。
それが、魔導師の杖、レイジングハートの持つ命題である。
『It is time!(時間です!)』
「全力――――――――全開!!!」
約束の時間がきた。
値にして1000万を超える魔力がジュエルシードへと解き放たれ、かつて願いを叶えたジュエルシード達は再び眠りから覚めていく。
励起を目的とした純粋な魔力を与えられ、全ての7個のジュエルシードは共振しながら膨大な魔力を紡ぎ出す。
それは、希望の光となるのか、はたまた―――――