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No.22726の一覧
[0] 【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編][イル=ド=ガリア](2011/01/28 14:30)
[1] 第一話 大魔導師と嘘吐きデバイス[イル=ド=ガリア](2010/11/17 15:40)
[2] 第二話 プロジェクトF.A.T.E [イル=ド=ガリア](2011/01/01 22:19)
[3] 第三話 悪戦苦闘 [イル=ド=ガリア](2010/10/26 08:12)
[4] 閑話その一 アンリミテッド・デザイア [イル=ド=ガリア](2010/11/15 19:05)
[5] 第四話 完成形へ [イル=ド=ガリア](2010/10/30 19:50)
[6] 第五話 フェイト誕生 [イル=ド=ガリア](2010/10/31 11:11)
[7] 第六話 母と娘 [イル=ド=ガリア](2010/11/22 22:32)
[8] 第七話 リニスのフェイト成長日記[イル=ド=ガリア](2010/12/26 21:27)
[9] 第八話 命の期間 (あとがきに設定あり)[イル=ド=ガリア](2010/11/06 12:33)
[10] 第九話 使い魔の記録 [イル=ド=ガリア](2010/11/08 21:17)
[11] 第十話 ジュエルシード[イル=ド=ガリア](2010/11/10 21:09)
[12] 第十一話 次元犯罪計画 [イル=ド=ガリア](2010/11/13 11:18)
[13] 第十二話 第97管理外世界[イル=ド=ガリア](2010/11/17 15:34)
[14] 第十三話 本編開始 [イル=ド=ガリア](2010/11/17 15:58)
[16] 第十四話 高町なのは[イル=ド=ガリア](2010/11/19 19:03)
[17] 第十五話 海鳴市怪樹発生事件 [イル=ド=ガリア](2010/11/21 22:20)
[18] 第十六話 ようやくタイトルコール [イル=ド=ガリア](2010/11/23 16:00)
[19] 第十七話 巨大子猫[イル=ド=ガリア](2010/11/25 10:46)
[20] 第十八話 デバイスは温泉に入りません[イル=ド=ガリア](2010/11/26 23:49)
[21] 第十九話 アースラはこうして呼ばれた[イル=ド=ガリア](2010/11/27 21:45)
[22] 第二十話 ハラオウン家[イル=ド=ガリア](2010/11/28 16:21)
[23] 閑話その二 闇の書事件(前編)[イル=ド=ガリア](2010/11/28 16:47)
[24] 閑話その二 闇の書事件(後編) [イル=ド=ガリア](2010/11/28 16:51)
[25] 第二十一話 二人の少女の想い [イル=ド=ガリア](2010/12/08 16:11)
[26] 第二十二話 黒い恐怖 [イル=ド=ガリア](2010/12/03 18:44)
[27] 第二十三話 テスタロッサの家族[イル=ド=ガリア](2010/12/04 21:38)
[28] 第二十四話 次元航空艦”アースラ”とクロノ・ハラオウン執務官 [イル=ド=ガリア](2010/12/06 21:36)
[29] 第二十五話 古きデバイスはかく語る [イル=ド=ガリア](2010/12/08 17:22)
[30] 第二十六話 若き管理局員の悩み[イル=ド=ガリア](2010/12/10 12:43)
[31] 第二十七話 交錯する思惑 [イル=ド=ガリア](2010/12/13 19:38)
[32] 第二十八話 海上決戦 [イル=ド=ガリア](2010/12/14 13:30)
[33] 第二十九話 存在しないデバイス[イル=ド=ガリア](2010/12/17 12:46)
[34] 第三十話 収束する因子 [イル=ド=ガリア](2010/12/19 15:59)
[36] 第三十一話 始まりの鐘 [イル=ド=ガリア](2010/12/24 07:56)
[37] 第三十二話 魔導師の杖 閃光の戦斧 [イル=ド=ガリア](2011/01/12 19:18)
[38] 第三十三話 追憶 [イル=ド=ガリア](2010/12/29 07:59)
[39] 第三十四話 それは、出逢いの物語[イル=ド=ガリア](2011/01/03 11:55)
[40] 第三十五話 決着・機械仕掛けの神[イル=ド=ガリア](2011/01/03 19:38)
[41] 第三十六話 歯車を回す機械 [イル=ド=ガリア](2011/01/09 20:30)
[42] 第三十七話 詐欺師 [イル=ド=ガリア](2011/02/19 21:46)
[43] 第三十八話 最初の集い[イル=ド=ガリア](2011/01/12 19:11)
[44] 第三十九話 ”あなたはフェイト”[イル=ド=ガリア](2011/01/14 20:39)
[45] 第四十話  ジュエルシード実験 前編 約束の時が来た [イル=ド=ガリア](2011/01/18 08:33)
[46] 第四十一話 ジュエルシード実験 中編 進捗は計算のままに[イル=ド=ガリア](2011/01/18 16:19)
[47] 第四十二話 ジュエルシード実験 後編 終わりは静かに[イル=ド=ガリア](2011/01/19 22:24)
[48] 第四十三話 桃源の夢 アリシアの場所[イル=ド=ガリア](2011/01/24 20:18)
[49] 第四十四話 幸せな日常 [イル=ド=ガリア](2011/01/24 20:50)
[50] 第四十五話 夢の終わり[イル=ド=ガリア](2011/01/27 15:31)
[51] 最終話 別れと始まり[イル=ド=ガリア](2011/01/28 21:24)
[52] 最終話 He was a liar device (アナザーエンド)[イル=ド=ガリア](2011/02/25 20:14)
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[22726] 第三十九話 ”あなたはフェイト”
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/14 20:39
第三十九話   ”あなたはフェイト”




 アリシア、聞こえますか?

 貴女が5年前、新歴60年の5月5日より目覚めている前提で話を進めます

 現在時刻は新歴65年 5月10日のAM0:00です

 私は―――――






新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 中央制御室 電脳空間 AM0:03




 日付も変わり、いよいよ大数式がその解を示す時刻が近くなりました。

 人間らしい表現ならば、“運命の時がやってきた”ということになるのでしょうが、やはり、私には合いませんね。


 『というのが、私の自己評価なのですが、後継機である貴方から観察した場合はどうなのでしょうかね?』


 『貴方は人間らしいと、人間ならば思うかと』

 なるほど、つまりは


 『デバイスである貴方から見れば、私は実に機械らしいと、そう考えますか』


 『はい』

 実によいことです。私の仮面に惑わされず、本質をしっかりと見抜いている。私が教えることもそう多くはないかもしれません。


 『やはり、貴方は優秀ですねバルディッシュ。私の稼働歴が貴方と同じ頃ならば、私は貴方の半分の性能もなかったでしょう』


 『ですが、当時の技術を考えれば、それで当然なのでは?』

 ええ、それはその通り。我々デバイスというものは人間の社会を動かす“産業”の一つとなっています。

 そのため、デバイスの技術とは年代が下るにつれて高度なものへとなっていく。高町なのはの第97管理外世界においても、20年前に作られたパソコンと1年前に作られたパソコンではその性能は比較になりません。

 アスガルドのような大型のスーパーコンピュータならばその差は僅かなものとなりますし、当時の景気や社会的な土壌にも左右されるものです。景気が良ければスーパーコンピュータは次々に作られますが、景気が悪くなれば金食い虫のスーパーコンピュータよりも、小型の端末の性能を高める方向に社会全体が向かっていく。

 そして、現在の管理世界では広義の意味でのデバイス、“電気変換された魔力で動く魔導機械”は実に一般的な存在となり、最近では10歳程度の小学生が持つことも増えました。これも、高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか達が携帯電話を持つことと同義といえます。

 また、狭義の意味でのデバイス、“魔導師が用いる魔法発動体”もその重要性は下がることなく、社会との結びつきはさらに強くなっている。今やデバイスとは、軍事力の要となっていると同時に、一般人が通信や娯楽に用いる面でもかかせない、人間社会と切り離せない存在となっている。


 『我々はデバイスマイスターと呼ばれる技術者に作られ、人間社会の役に立つために存在する。これが、大原則です。戦争に用いられるとしても、それは“人間社会のため”なのですから』


 『理解しています』


 『ですがやはり、私やアスガルドのような古いデバイスは頭が堅い。少しは貴方やレイジングハートを見習うべきなのでしょうが、45年も経過してしまうと、なかなかそうもいきません』

 私は最初期のインテリジェントデバイス。それ故に最もストレージデバイスに近い。

 新暦からの技術によるインテリジェントデバイスの原初の存在である“ユミル”や、“アスガルド”はインテリジェントとストレージの境界線にあり、私がようやくインテリジェントと区分される存在となりました。しかし、インテリジェント全体で見れば、最もストレージに近い位置にいることもまた事実。


 『トール、一つだけお聞きしたいことがあります』


 『一つだけで良いのですか?』


 『はい、明日の実験や、我が主の今後についてならば既に議論が尽くされました。後は、彼に任せるしかないと、私も考えています』

 彼とは、無論アスガルドのこと。

 3時間の“会議”の間に、ユーノ・スクライアやクロノ・ハラオウン執務官、そして私達デバイス組によってジュエルシードの発動手順や、その暴走を抑えるための“クラーケン”と“セイレーン”の運用についてあらゆる角度から検証を行い、導き出されたパラメータを用いた演算をアスガルドが開始している。

 それが終わるのは後2時間ほどかかるため、その頃まではユーノ・スクライアや他の人間の方々も仮眠をとり、再び作業を進める手筈となっています。ただし、アースラ組は既に戻り、明日の合同演習に向けた準備を進めており、高町なのはとフェイトは昨日の疲れと怪我があるため、朝まで医療ポットの中で眠ることとなりましたが。

 そして、我が主とリンディ・ハラオウン提督は明日の実験よりもさらに大きな面での検討を重ねておられた。時の庭園の今後のことや、プロジェクトFATEにまつわることなど、現在のことのみでなく、未来を見据えた行動をとることが、若者と彼女らのような熟年の最も違う部分なのでしょう。

 その3時間で行われた会話は全て私が記録しており、バルディッシュに先程その記録を渡したところでもあります。そして―――


 『貴方は、私に訊ねたいことが一つだけあると言う。それはおそらく、アレクトロ社の者達に対して私が行った処置についてであると、私は計算しました』


 『はい、貴方と執務官殿の会話を知れば、レイジングハートも同様に、問わざるを得ないかと』

 それはそうでしょう。貴方達は“主のために在る”インテリジェントデバイスであり、“人間社会のために在る”というデバイスの原則に従いながらも、個人という最小単位の人間社会のために機能するという命題を持っているのですから。

 私とほぼ同等の稼働時間を有する旧き友らも、その命題は持っておりませんでしたからね、片や、“次元世界の平和を守る局員のために”片や、“人々を守る騎士のために”。

 完全な個人のための命題を与えられたデバイスとは、デバイスの総数から見れば、0.0001%よりもさらに少ない。大半は汎用的な命題がまず存在し、“現在はその主のために機能している”ものが大半だ。管理局員が持つデバイスは大半がそういうものであり、その面では大記憶容量のストレージデバイスである“闇の書”も例外ではありません。


 『クロノ・ハラオウン執務官は私に問いました。あの事故を起こさせる無謀な計画を立て、さらには現場の人間の意見を無視し、強引に進めたアレクトロ社の上層部。また、現場のことを知らず、大学を優秀な成績で出ただけで、自分達ならば仕事が遅い現場の者達に代わって実験を成功させられると思っていたエリート達、彼らのその後について、何か知っていることはあるかと』

 あの事故と、その裁判記録を調べたならば、この記録にも当然目を通したことでしょう。


 ≪テスタロッサ君、例の駆動炉の実験を、10日後に行うことになった≫


 ≪待って下さい! 実験は来月の予定で―――≫


 ≪決定だ≫


 ≪新型なんですよ! 暴走事故が起きる可能性もあるのに―――≫


 ≪本社から増員を行う。これは決定事項だよ、テスタロッサ主任≫

 その会話を聞いていた外部の人間はおらず、記録していた人間もいない。我が主が所有していたのはストレージデバイスであり、自動で録音する機能などなく、そもそも会議室ではOFFにされていることが決まりで、主もそうしていた。

 しかし、私は管制機であり、我が主とアリシアを繋ぐため、常に電脳を共有していた。そのため私は彼の機能をONに戻していたためその会話を全て記録しており、それが裁判における決め手となった。“ストレージデバイスに記録された音声”は、“インテリジェントデバイスの発言”とは異なり、裁判の証拠となるのです。


 そして――――


 ≪ああ、安全処置はこっちでやります≫


 ≪何を、これはまだ―――≫


 ≪実験が出来なければ、本社の信用問題になるんです≫

 本社から派遣された人員が、それまで研究を進めてきたチームの進言や助言を無視し、自分達が計算したデータに従って安全処置を行ったことも全て私は記録していた。これも、裁判を優位に進める要因となりました。

 しかし、アレクトロ社の上層部よりも、派遣された本社の人員よりも、この世界に存在する誰よりも実験の失敗を疑っていなかった、救いようがない程愚かなデバイスが存在した。


 【我が主が設計なさった駆動炉なのだ。失敗など、万が一にもあり得ない】


 プレシア・テスタロッサのためだけに存在するデバイスは、19年もの稼働時間を有してなお、“主を疑うこと”を覚えることはなかった。そのデバイスにとって主とは絶対であり、疑うことなどそれこそ“考えたこともなかった”のだ。

 実験にまつわる全ての事柄を記録してありながら、そのデバイスには危機意識が抜けていた。事故が起きる可能性は計算では存在していたというのに、愚かなデバイスは事故の際の対応策を組みあげていなかった。そして、アリシア・テスタロッサを守りきることが出来ず、デバイスという存在の限界を考え知らされた。


 『少し話は変わりますが、バルディッシュ。フェイトと高町なのはの戦いは、危険なものであるという事実は忘れてはなりませんよ。主が“出来る”、“やってみせる”という意思を示している以上、我々デバイスに否はありませんが、“出来なかった時のこと”も計算し、対応策を練っておかねばなりません』

 そうしなければ、いつか私のように致命的な失敗を犯すことになるでしょう。主を疑わないために、主を危険にさらすことがあるかもしれません。特に、高町なのはとレイジングハートの主従は、そうなる可能性が現状では高い。彼女らには、アルフのような存在がいませんからね。


 『はい………決して、忘れません』

 二人の戦いにおいては、私がその役を担いました。高町なのはが収束砲の制御に失敗した場合や、フェイトがソニックシフトの反動で自滅する可能性を考慮し、その対応策を練ることを私が引き受けたからこそ、4人は戦いに全てを注ぐことが出来たことは事実。

 しかし、私も結構な齢ですから、いつまでも見守ることは出来ません。貴方やレイジングハートがその全てを担うようになる日を、楽しみにしていますよ。


 『話しを戻しましょう。26年前の事故について詳しく調べたクロノ・ハラオウン執務官は“あること”に気付きました。これは現在の事柄とは無関係ですが、関係ない可能性の方が高くとも、どんな些細なことでも調べるその姿勢こそが、彼の特徴と優秀さを表していますね、本当に、よくぞ気付いたものです』


 『それが、貴方によって堕とされた者らの末路』

 然り。

 『裁判ではテスタロッサ側が勝訴したため、アレクトロ社の上層部や本社からの増員などは輝かしい経歴に傷が付き、出世のエスカレータから外れることとなりました。これまで順風満帆に進んできた人間が初めて負った傷が大きなものである場合、それが致命傷となり、その後の人生を決定づけることは珍しくありません』

 社会的に恵まれた環境にある者ほどそういう傾向が強いことは裁判の記録による統計データより明らかです。あくまで統計データであり、例外はいくらでもいますが、社会的立場が普通や弱い者らに比べて多いのは事実。


 『しかし、裁判で傷を負った者達“全員”が転落することは珍しいのでは?』


 『ええ、確率的にあり得ないことではない。しかし、その確率は極めて低い。人間であっても、デバイスであってもそこに疑問を持つことは当然でしょうね、その事実を知ることが出来たならば、という前提がつきますが』

 社会というものは実によく出来ており、そして、冷酷です。

 政治家や芸能人などは、僅かなスキャンダルによって大衆に騒がれますが、“落ちぶれた後”の彼らが辿った道がメディアに報道されることはほとんどない。これも、統計データによる事実。

 故に、アレクトロ社の上層部や本社の研究員達が、人間が言うところの“負け組”となったならば、その後を知る人間は少なくなり、全員のその後を知る者もまた、確率的には極めて少なくなる。


 『事故に関わった者達を切り捨て、首を挿げ替えることで、アレクトロ社は現在でも一流の企業として社会に君臨しています。切り捨てられたのは、我が主と共に研究してきた人物たちも同様ですが、我が主が勝訴したことで、彼らを非難する者は非常に少なくなりましたし、彼らとの交流は現在でも続いております。“セイレーン”を開発した時には、かつてのチームの多くが集ったこともありましたね』

 もっとも、全員がそのまま工学者としての道を歩み続けたわけではありません。あの事故で思うことがあったのは彼らも同様であり、特に、女性の方々で研究職に残った方はいませんでした。それぞれ、結婚して家庭を持っており、現在までに離婚した方はいらっしゃらない。

 しかし、残った方々もおり、彼らの研究資金をテスタロッサ家が出したことも幾度となくあります。アレクトロ社との裁判において、彼らもまた尽力してくださいましたから。


 『ですが、万事がうまくいったわけではない、ということですね』


 『ええ、勝訴が決定した時期にアリシアが目覚めていたならば、幸福な結末となっていたでしょう。しかし、彼女は眠り続け、アレクトロ社への勝利も、アリシアが目覚めないならば我が主にとって価値のないものでした』

 我が主が、現在というものを失ったのも、その時期でした。


 『そして、私はまた考えました。事故からの1年間、我が主はアリシアの傍で彼女が目覚めるのを待っていましたから、彼女が目覚めた時にテスタロッサ家が社会的に孤立しないよう、私は機能しました。ですが、アリシアが目を覚まさないことにはそれも無意味でこそありませんが、大した意味を持ちません。ならば、私が主のために出来ることは何かと考え、主の言葉を私は聞きました』

 アレクトロ社との裁判は正式な判決というよりも、不利を悟った会社側が途中で引いた形で終わりました。通常ならば数年はかかるところを1年で終わったのはそういった背景があってのことで、“ここで引いた方が得だ。長引かせても損するだけ”という思考となるように誘導した成果でもあります。

 我が主の時間をこれ以上、アレクトロ社のために使う必要性はないと私が考えた結果でしたが、当時の私の演算結果とは、悉く裏目に出ていたのですよ。




 ≪なぜ………どうして………どうして!! アリシアは目覚めないの!!≫


 その言葉にどれほどの感情が込められていたのかは、機械である私には解りません。推測することすら出来ているのかどうか。


 ≪裁判は終わったのに!! 私は勝ったはずなのに!! あの事故の傷はなくなったはずなのに!! どうしてなの!!!≫




 『当時の私は、まだまだ人間の心への理解が足りませんでした。無論、現在でも十分とは言えませんが、昔は酷いものでしたよ。主の精神状態を考えれば、“裁判に勝てば、アリシアも目を覚ます”という、因果関係がまったく存在しない論理を展開していることなど、人間ならば容易に想像できるのですがね』

 これが、私達デバイスの鬼門。

 人間の心が作り出す、捻れ曲がったロジック。

 このような歪んだ論理を展開する者を、デバイスは“愚か”、“阿呆”、“馬鹿”と称する。アスガルドがフェイトのソニックシフトを“無謀、阿呆”と評価したのもそのためであり、テスタロッサの関係者以外の人間が対象ならば、私も同様の評価を行うでしょう。

 ですが、主に対してはそのような評価は行わない。主のために作られたデバイスにとって、主とはあらゆる理論を無視させる“絶対存在”なのですから。

故に―――



 ≪何で……………あまりにも理不尽じゃない……………どうしてアリシアなの、ヒュウドラを設計したのは私なのに、なぜアリシアなの…………なぜ…………≫


 主が紡いだ言葉、主の願いは、私の記憶容量の“絶対領域”に保存される。情報工学的には相対的なアドレス指定か、絶対的なアドレス指定か、という区分で使われる用語なれど、主のために存在するインテリジェントデバイスには、それ以外の意味を持つ。


 ≪アリシアは目を覚まさないのに…………あいつらはのうのうと生きている…………それはおかしいわよ、あの子は何もしていないのよ、なのにあの子が眠り続けて、あいつらが代わりに生きている………≫


 『そして、私は得られた情報を基に計算を行い、“あの者らが生きて呼吸をしている限り、我が主の精神に悪影響を与える”と判断しました。ですので、我が主の願いを叶えつつ、我が主の精神をこれ以上傷つけないために、彼らには呼吸を止めていただきました』

 現在の医療ではアリシアは目覚めないことを理解してから、我が主が独自に生命工学の研究を始めるまでの期間。それは一か月に満たない時間でしたが、[ns]単位で演算を行うデバイスにとっては長い時間です。

 人間が“悪意”と呼ぶものを生み出す環境を、その者らの周囲に構築する程度ならば、私でも可能でありました。特に、躓いて転落しかけている者が相手ならば、軽く押す程度で事は成せます。


 『殺害したのではなく、破滅させたのですね』

 然り、簡略に表現するならば、自殺するような精神状態を作りやすいような状況、また、愛人や妻の不倫相手に刺されるような状況を作るように遠まわしに手を打った。というところでしょうか。


 『もっとも、その際に参考にしたデータが小説やドラマというのは情けない話でしたが、所詮私は機械であり、独創的な手段など考え付くはずもないのです。私にできることは、人間が人間を貶めるために行うことを模倣するだけであり、彼らを破滅させる舞台を作り上げるための演算を行うだけです。私は、“御都合主義の機械仕掛け”ですから』

 その脚本は、私には組めないのです。人間が、人間のために作り上げたものを、私は円滑に回るように歯車を整えるだけ。

 歯車を調整するための機械もまた、歯車で動いているのです。ですから、私に人間の心は理解できず、共感することもあり得ません。どこまでも模倣するだけであり、どこまでも理解した演技を続けるだけ。


 『とはいえ、嘘も数十年続ければ真実に限りなく近くなることもあります。あくまで極限での話であり、一致するわけではありませんが、今ならば主であっても騙せる確率は高いですよ』


 『しかし、貴方は絶対にプレシア・テスタロッサに虚言を用いない』


 『その代り、虚言を用いずに済むように舞台を整えるのですよ。ですが、御都合主義の機械仕掛けは神がいてこそのものです。私のとっての神とはプレシア・テスタロッサに他なりませんから、結局、我が主が一声かけるだけで、全ての舞台は瓦解します』

 失敗した時のことを考え、対応策を練ることが大事であると私は言いました。

 それはこのジュエルシード実験にあてはまることですが、それを整えたのが私である以上、主の意思によって全ては覆ります。

 長い時間をかけて御都合主義の舞台を整えても、それは神があって初めて意味を持つのですから。


 『人間ならば、貴方の言葉を矛盾していると感じるかもしれません』


 『その可能性は高いと私も考えますね。こればかりは、自分で考え、自分の命題を定めることが出来る人間には理解しがたい事柄だ。私達が、人間の心が生み出すロジックを理解できないように』

 所詮は人と機械。

 同じ人と人ですら分かり合えないのですから、人と機械が理解し合うことなど、極小確率のさらに下を行く。

 それでも、我々はそれを目指した第一歩を既に歩きだしている。レイジングハートやバルディッシュの代ではまだまだ叶わないでしょうし、そもそも人間と機械は異なるからこそ意味があると私も考えます。

 ですが、機能と役割が異なることと、理解し合えないことはイコールではないでしょう。私は人間を理解できませんが、私が命題を果たすためには人間を理解することが最善であることもまた事実。だからこそ、45年の年月を経ても、未だに人格モデルの構築と再演算を行い続けている。

 我が主、プレシア・テスタロッサの人格モデルすら、昨日の“集い”において、修正が加えられましたから。年代が近く、思考レベルも近い同性の既婚者。そして、夫と死別したという点でも、リンディ・ハラオウン提督は我が主にとって特別な存在といえます。

 3時間という限られた時間ではありましたが、プレシア・テスタロッサとリンディ・ハラオウンの邂逅には大きな意味があったはずです。ちょうど、フェイト・テスタロッサと高町なのはの関係に近いのですね。



 『さてと、貴方の問いはそれだけですか、バルディッシュ』


 『はい、現在においては』


 『なるほど、では問いを投げましょう。もし、存在するだけでフェイトの精神状態を悪化させる、またはフェイトの人生を壊す可能性がある人物がいたならば、貴方は如何しますか?』


 『………私は、主の道を切り拓くために存在します』


 『然り』


 『ですが、その存在をただ排除することが、果たして我が主が進む道を切り拓くことに繋がるのでしょうか?』


 『それは私にも解りません。そして、それこそが私と貴方の命題の違いがもたらす相違点です。私やアスガルドならば、そこで悩むことはない』

 バルディッシュは、造られた時から“フェイトの心を考え、行動するための機能”を持っていた。

 しかし、私やアスガルドは違う。ユミルからアスガルドを経て私の人格は作られ、私はプレシア・テスタロッサのために存在し、彼女のために機能しますが、彼女の心を考える機能を持って生まれることは不可能でした。なぜならば、私の活動記録を基に、インテリジェントデバイスの人格プログラムの母体が形作られたのですから。

 そのため、最終的な判断を行う際には、私達はストレージデバイスに限りなく近づく。ただ主の意思に任せるか、もし主が判断を下せる状態にないならば、最も効率が良い手段を取る。

 後継機達にどう在るべきかを教えておきながら、自分自身はそのようには動かない嘘吐きデバイス、それが私なのですよ。人間に近い貴方達と異なり、私は人間から最も遠いデバイスといえる。ストレージデバイスの場合はそもそも人間と比較することに意味がありませんから、比較対象になり得る存在の中では私が最も遠いのです。ハンバーグとカレーライスは比較できますが、飛行機とカレーライスは比較できませんからね。


 『貴方達は主のことを考える温かい相棒であり、私は冷徹な機械仕掛け。ですが、これは亡き私のマイスターにとっては何よりも嬉しいことでもあるのですよ。私のデータを基に、後発機がよりインテリジェントデバイスの本懐を果たせる機体へと進歩しているのですから』

 マイスター、シルビア・テスタロッサが参考にした、今では遺されていない技術で造られた旧いデバイス、“不屈の心”の銘を持つ彼女と同じ域にバルディッシュは達している。時代の流れによって、一度は断たれてしまった人とデバイスの絆は、再び繋がれようとしている。


 『バルディッシュ、貴方はフェイトの力になりなさい。明日の実験においても、フェイトの一番傍にいるのは貴方なのです。フェイトが最も信頼する刃である貴方が、彼女を支えなさい』


 『了解しました』










新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 回廊 AM 0:49





 バルディッシュとの対話を終え、傀儡兵の点検などの細々とした作業に戻っていた時、我が主より呼び出しがあったため、私は魔法人形の足を用いて向かう。

 念話に用件はなく、ただ“来てほしい”とだけ伝えられた。主の意図はその言葉だけでは伺えませんが、主が望む以上、私はそれに従うのみ

 正直なところ、現在の主の精神がどこにあるのか、私には予想がつかない。3時間ほどの“会議”のうち、リンディ・ハラオウン提督と主は2時間以上話し込んでおられましたが、その内容はあの事故からの我が主の人生を辿るようなものでした。

 私が作られた当時から、これだけは変わりませんね。様々な機能を追加していき、ほぼ理想的といえる状況を整えることが出来るようになっても、私の権能は肝心な時に役に立たない。我が主の心を支え、彼女の現在を繋ぎとめるという役割を果たさねばならないというのに。


 『ですが、やらねばなりません。出来る、出来ないの話ではない』

 主のために機能すること、それだけが私の全てなのですから。

 それに、我が主の精神状況と関わらない状況証拠による予測ならば、有力候補があります。我が主が通常に近い精神状態にあるならば、ある事柄に関して私に問いを投げる可能性が高い。

 まあ、最終的には主の心次第、ということなのですが。





新歴65年 5月10日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 主の部屋 AM 0:52




 『失礼いたします』


 「早いわね、もう少しかかるかと思ったけれど」


 『作業はほとんど済んでおりますから、それに、明日の演習に備えてあちこちに転送用の魔法陣が配置されています』

 時の庭園が備える傀儡兵を最大効率で運用するためには、司令塔からの指示を素早く伝え、さらに、配置換えを高速で行う必要があります。

 演習とはいえ、これらは記録に残るものですからこちらも本気でやります。そのため、アースラの武装隊員には犠牲者が出る可能性はかなり高い。


 「そうだったわね、そっちのことは貴方に任せきりだったからすっかり忘れていたけど」


 『これも私の務めです。マスターは本日正午の実験を成功させることに全力を注いでください』


 「とはいえ、私がやることはほとんどなくなってしまったわ」

 それも、事実。

 当初の予定では、フェイトがジュエルシードに願いを託すため、ジュエルシードを励起させる役は主が担うはずでした。その役目には高い魔力と精密な制御、そして、ロストロギアに関する知識が求められるため、そう簡単に代わりが効くはずもありません。

 しかし、高町なのはの魔力は我が主に匹敵するものであり、ユーノ・スクライアの魔力制御と術式の構成、さらに、ロストロギアに関する知識は並はずれている。まさか、9歳の子供二人によって、大魔導師プレシア・テスタロッサの代わりが務まるなど、誰が想像できるでしょう。


 『ですが、これは僥倖です。主が無理をしないで済むならば、これまでのデータからは用いることが出来なかった手段が復活するやもしれません』


 「だけど、まずはジュエルシード実験を終えてから、ということでしょう?」

 流石は我が主。


 『はい、ジュエルシード15個の並行励起によって“願いがかなえられたデータ”がまだ不足しています。これさえ揃えば、私が本当の意味での“御都合主義の機械仕掛け”となる可能性も出てきます』


 「全ては、明日次第ね。だけどトール、私は貴方に一つ、いいえ、二つくらい聞いておきたいことがあるの」


 『入力をお願いします』

 主より問われたならば、我が電脳の全ての機能を以て応えましょう。


 「まあ、二つといっても、多分一つに収束するとは思うのだけど、一応は分けて聞くわ。アリシアの生体データは、ある時を境に一段階落ちている、これを報告しなかったのはなぜかしら? もう一つ、ちょうどその頃から、貴方は貴方らしくない行動を取っていた。その理由は?」

 前者は、本日の会議において提出した資料に書かれていた事柄であり、この疑問は当然の帰結。これはすなわち、私がするべき報告を行っていなかった証拠となりますから。


 『マスター、私らしくない行動、とは?』


 「生まれる前のフェイトを、貴方は既にフェイトと呼んでいた。いえ、そもそも、フェイトと名付けることに拘っていたのは私よりも貴方だった。私がプロジェクトの名前をそのまま付けるなんて芸が無い、って言っても”運命の女神って意味もあるんだよ、だから決定、フェイトで決定”って言って決めてしまった筈よ。いくら汎用言語機能が働いていても、今思えばおかしいわ。貴方が私の意思を優先せず、自分の意思を通すなんてあり得ないもの」


 『ありがとうございます、マスター』


 「そう、“自分の意思を通すことがあり得ない”なんて言われてそんな反応をするのは貴方くらいよ。その貴方が自分の意見を通すなんて、それこそ一つしか答えはないものね。ねえトール、私は貴方にいつそんな入力を与えたかしら?」


 『27年前です。我が主』

 私が主に対して己の意思を通すということは、その行動が“以前に入力された命題に沿っており、それが未だに修正されていない”ものに限られます。

 人間の頭脳が持つ“忘却”という機能は非常に優れた機構ですが、私にはそれはありません。全ての記録は、外付けの記憶媒体に保管してあり、アスガルドの演算性能を借りれば即座に参照可能となっています。


 「いったい、どういう命令だったかしら?」


 『アリシアの願いを、性能が許す限り叶えよと。例え、そのことでプレシア・テスタロッサが不利益を被ることになろうとも。その判断は、インテリジェントデバイス“トール”の頭脳によって行うこととせよ』

 仕事が忙しく、愛娘との時間が取れないことは我が主の最も大きな悩みでした。ですから、私が可能な限りアリシアの望みを叶えよと。

 遙か、昔の入力ですが、私の絶対記憶には未だにその命令は保存され、実行され続けています。


 「ああ………………そうだったわね」


 『そして、私の行動を決定づけた願いはこちらとなります』


 【アスガルド、保存記録の参照を】


 【完了済み】



 流石は、我が半身です。



 ≪おべんきょう時間、おわり!≫


 【はい、よく出来ましたね。アリシア】


 ≪えへへ、ねえトール。このドリルを見せたら、ママはよろこんでくれると思う?≫


 【ええ、きっと喜びますよ。我が子の頑張りは、母親にとっては何にも代えがたいものですから】


 ≪むずかしいよトール。もう少し分かりやすく言って≫


 【ふむ……………アリシアが頑張ると、プレシアも嬉しい、ということです】


 ≪そうなんだっ! じゃあ、もっとがんばる!≫


 【でしたら、そうですね。少し難しい言葉の意味について教えてさし上げましょう。それをママに聞かせてあげれば、きっと喜んでくれますよ】


 ≪うん!≫

 アリシアにはまだ難しい本のページを魔法人形を用いて指差しながら、私は説明を続けていく。


 そして――――


 ≪ねえトール、これは?≫


 【これは、Fateと読みます】


 ≪ふぇいと、………………なんか、きれいなひびき≫


 【意味は、“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”などですね。運命の気まぐれや死、破滅などを暗示する際に用いられます】


 ≪よく分からないけど、むずかしそう。それに、なんかこわい言葉もあったね≫


 【ですが、これを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となります。簡単に言えば、悪いことを失くし、良いことを連れて来てくれる天使様ということです】


 ≪てんしさま? あくまをやっつけてくれる?≫


 【ええ、それに、幸せをもたらしてもくれます】


 ≪幸せかあ………≫

 そして、少し考え込むアリシア。


 【どうかなさいましたか?】


 ≪えっとね、トール≫


 【はい、何でしょう】


 ≪この前ね、ママといっしょにお花畑にいったときに約束したの。妹がほしいって≫


 【なるほど、家族が増えるなら、さらに幸せが増えそうですね】


 ≪そうでしょ! だから、きれいでカッコいい名前を考えてあげてるの≫


 【つまり、フェイトという名前は候補になれそうでしたか】


 ≪うん、あくまをやっつけるくらい強くて、幸せも運んでくれるから。だけど、わたしはお姉ちゃんだから、妹を守るのはわたしの役目なんだよ≫


 【アリシアは、強い子なのでしたね】


 ≪でも、フェイトって、本当にいい名前だと思うんだ。いつか、言ってあげたい、“フェイト、私がお姉ちゃんだよ”って≫


 【インスピレーションも大事ですが、他の名前を探すのもよいでしょう。妹が生まれるまでには時間がかかりますから】


 ≪うん……………そうだね≫


 【どうしました?】


 ≪妹をうむのって、大変なんだよね≫


 【そうですね、最低でも10カ月もの時間がかかりますし、身体にかかる負担も相当のものです。身体が弱い女性ならば、出産と同時に死にいたることもありますから、油断は禁物です】

 アリシアの表情が歪む、まったく、この頃の私は子守りというものにまるで向いていませんね。子供を不安にさせてどうするのですか。


 ≪やっぱり、むりなのかな?≫


 【いいえ、そんなことはありません。世界に住む人々の大半は、母から生まれたのですから、貴女の妹だけが失敗することはあり得ません。本人が気にかけ、充実した医療設備があれば、95%以上の確率で生まれますよ】


 ≪むずかしいよ≫


 【むう、これはいけませんね】

 しかし、そこで上手い説明が考え付かないところが、当時の私の限界ですね。


 【ですが、心配はいりません。もしプレシアが忙しくて不可能ならば、私が創って差し上げましょう】


 ≪できるの!?≫


 【管理局法では厳しく制限されていますが、抜け道はあるはずです。古代の文献でもその手法が登場したりしますから、困難ではありますが、決して不可能ではありません】


 ≪わあっ! すごいよトール!≫


 【貴女が望むなら、妹ですら私は創って見せましょう。なにしろ私は、貴女の素敵なママのために作られたデバイスですから、不可能などありません】


 ≪うん、お願いねっ、トール≫


 【任されました】




 それは、どこの家庭でもあるような、幼子との他愛ない会話の一つ。

 “娘のためなら、お父さんは空だって飛んじゃうぞ”

 “大丈夫よ、お母さんは何でも出来ちゃうんだから”

 幼子を安心させるため、共に笑うため、大人は優しい嘘を吐く。そして、私が最初に学習した嘘は、そういったものでありました。

 しかし、実情は万能とはほど遠く、私はアリシアを守り切れず、テスタロッサの家から笑顔は絶えた。



 されど――――



 『マスター、私は貴女の期待を裏切りました。ですが、命題はなおも生きています』

 再生されていた映像は止まり、部屋には主と私のみが残る。


 『アリシア・テスタロッサの願いを叶えるために機能せよ。我が主、プレシア・テスタロッサより、私は命題を授かりました』

 この映像に限らず、主が知らず、私のみが知っているアリシアの事柄はまだ多くあります。それらに触れることで我が主の精神が悪化する可能性も高かったため、私は可能な限りこれらの記録を封印してきました。


 『ならば、私は願いを叶えます。主が研究に忙しく、時間がないならば、私が代わりに妹を創り上げましょう。テスタロッサの家に笑顔を蘇らせる希望の子を、幸せを運ぶ天使様を』


 「だから、フェイトなのね。……………そうね、あの子が生まれてくれてから、時の庭園には笑顔が戻ったわ」


 『ですが、それだけではありません。まだ、主の最初の問いに私は答えておりませんので、その説明を致します』

 私の言葉を受けて、主は意外そうな表情を浮かべる。


 「私が忘れていたわ」


 『人間ならば、当然の反応です。忘れないのは、私が冷徹な機械仕掛けだからこそです』

 人間が忘れるからこそ、機械は覚えています。見た光景、聞いた言葉を、そのままに記録し続けているのです。


 『アリシアの生体データが一段階落ち、それまでの“脳死状態”から、法律上の“生と死の境界線”へとずれ込んだのは、とあるノイズが発生した時からです』


 「ノイズ?」


 『はい、実験体2216番、髪の色、肌の色はアリシアと同じ、体組織に問題なし、リンカーコアは一切問題なく成長、そして、現在における保有魔力量、23万5000、AAランク、さらに、電気への魔力変換資質を有する。これまでで最も性能が高く、アリシアの妹となれる可能性を強く秘めたその個体と、アリシアの頭脳を繋いだ時でした』

 記憶転写そのものは諸々の事情から一度に行いましたが、実験体を目覚めさせないままアリシアの頭脳と繋ぎ、微調整や共振を試みることは行っていました。ですが、予想外の事態が起こった。


 『アリシアの脳波はほぼ停止していますから、電極が静電気を帯びていたのか、何らかの理由によって微弱なノイズが実験体へと伝わりました。それは、電気信号と呼べるものではないはずでしたが、AAランクという膨大な魔力と、電気変換資質と接触することによって、機械が観測可能なレベルとなったのです』

 可能性を論ずるならば、あり得ないことではない。

 ですが、人間ならば、そこに“運命”を感じるのでしょう。私は大数式の重要な状態遷移であると定義しましたが。


 『そして、私がその信号を観測し、汎用言語機能に通したところ、その電気信号は“フェイト”という意味を持つ単語となりました。その時を境に、アリシアの生体データは低下したのです。ちょうど、今の主が強大な魔法を使うことでバイオリズムを低下させてしまうように』

 アリシアがそれを起こした証拠はありませんが、アリシアが関与していないという証拠もありません。

 故に私は、その個体をフェイトと呼ぶことに致しました。その方が、今日という日の主のためになるという計算の下。


 「アリシアが……………最初に呼んだのね、”あなたはフェイト”って」


 『真偽は分かりません。ですが、貴女ならばそう解釈すると予想したため、私はこのことを今日まで伏せてきました。これはすなわち、フェイトのためにアリシアが命を減らしてしまったという解釈となりますから、マスターの精神に悪影響を与える可能性が高かったので』

 しかし、情報の公開タイミングも重要でした。薬とは、使用法を誤れば致命的な毒ともなり、それは精神の分野においても同様であると考えられます。


 「そうね………………あの頃の私なら、そうなっていたでしょうね。アリシアが目を覚まさないことを、フェイトのせいにしてしまっていた。元はと言えば、私が作った駆動炉が原因だというのに」

 『いいえマスター、貴女だけではありません、私達の失敗です。自傷は貴女の悪い癖ですよ』

 私とは言いません。私の失敗ではありますが、それは主が望む答えではない。伝えるべき言葉は、それではないのです。

 私は人間の感情を模倣します。主の心を理解した演技を続けます。貴女の心が安らぐという計算の下に。


 「ありがとう、トール」


 『No Problem』


 問題はありません。因子はすべて揃っております。

 実験の開始は近い、貴女の望んだその時がやってきますよ、アリシア。

 私のような機械を介した電気信号ではなく、貴女の口から、フェイトの名を呼ぶその時が。



 その時は、近い。



 演算を………続行します





あとがき


 いよいよ次回、最後の実験が始まります。

 アースラ組は直接的な関与はしませんが、社会的な条件を整えるために最大限の協力を行います。ジュエルシード実験の要は、なのは、ユーノ、フェイトといった純粋な少年少女達となります。やはり、願いを叶えるのは子供達の特権だと私は思うのです、StrikerSならば、エリオ、キャロ、そしてヴィヴィオになるでしょうか。

 使い魔であるアルフはフェイトが大切なので、“皆を救う”という考えとは少し距離を置いています。彼女はいざとなればプレシアよりも、アリシアよりも、リニスよりもフェイトを選び、そういった部分をトールは信頼しています。

 主要登場人物、8人と3機のそれぞれの想いを詳しく書き出すといつまでも話が進まないので、物語上必要な部分以外は省き、一気にクライマックスまで持っていこうと考えています。なのは、ユーノ、フェイトの想いについては、原作やThe Movie 1stに準ずる形となりますので、アニメを見直すということでお願いします。(執筆に当たって10回は見直し、毎回涙を流す自分)

 無印のラスト、感想を下さる皆様のご期待に添えるよう、全力を尽くしたいと思います。


 ただ、Fateが英語であり、ミッドチルダ語であるの? という疑問はスルーでお願いします。


 おまけ

 『トール、貴方が普段使用している人格プログラムには、なにかモデルがあるのでしょうか?』

 『ええ、もちろん、私は0から新しいものを構築することは出来ませんから、人格の基礎モデルはありますよ』

 『それは?』

 『実在の人物でありません。物語のなかの人物で、架空の世界で悪逆の限りを尽くす”悪魔公”というキャラクターをモデルにしてます』

 


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