第三十八話 最初の集い
アリシア、聞こえますか?
貴女が25年前、新歴40年の9月9日より目覚めている前提で話を進めます
現在時刻は新歴65年 5月9日の正午です
私は―――――
新歴65年 5月9日 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”PM 0:03
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「しかしまあ、用意周到どころの話じゃないわね」
「全くです。いったい何時からこの時のための準備を進めていたのか」
「驚くべきことに、地上本部まで最初から巻き込む気だったってことだもんね」
時の庭園、すなわちインテリジェントデバイス“トール”との交渉を終えたアースラには、驚愕を通り越して呆れに近い空気が漂っていた。
交渉そのものは、トールというデバイスが予想した通りに経過し、現在は地上本部から“ブリュンヒルト”の試射実験を任され、一時的に権限を委譲されている時の庭園との合同演習を行う方針でアースラも了承した。
そして、それに伴い“ある提案”がなされており、それを実現するためにアースラ組も活動を開始していた。
「私達が独断で合同演習の実施を行うのは問題だけれど、“ブリュンヒルトの試射を隠れ蓑として、ロストロギアの実験を行おうとしていた可能性があった”という理由で、地上本部との間に波風を立てずに武装隊を時の庭園へ送り込む。そのためには唯一の方法と言える」
「そして、その理由がある限り、本局の高官達も僕達に抗議は出来ません。これは、我々次元航行部隊に課せられた責務を最善な形で果たしているだけですから」
「さらに、“調査はしたけど、ロストロギアの実験を行った形跡は確認できなかった”という結果になればそれはそれで万々歳。次元震は起きず、ジュエルシードが回収できれば私達も任務完了。ついでに、費用は時の庭園持ちで地上本部と合同演習も出来るというおまけつき、っと」
「彼の筋書き通りに動くなら、私達も時の庭園も地上本部も得をするわね。まあ、フェイトさんの出生に関することとか、それと地上本部の繋がりとか、調べることはたくさんありそうだけど」
「僕達の休暇は、当分先になりそうですね」
それは、紛れもない事実。
ジュエルシードの回収が終わればアースラを動かすための人員や武装隊は休暇を取れるが、彼ら三人は恐らくプロジェクトFATEに関する裁判の証拠資料の作成などに追われることになる。
しかし――――
「裁判の資料も、向こうで全部整えてくれてたら嬉しいけど」
「むしろ、その可能性が高そうね、こちらでもチェックはすることは当然として」
インテリジェントデバイス、“トール”はアレクトロ社という大企業を相手に勝訴した経歴を持つ。まして今回はフェイト・テスタロッサの今後の人生がかかっている案件であり、万全の体勢を整えていることは疑いなかった。
「とはいえ、プロジェクトFATE…………聞いたことはありますが、これも完全に黒とは言い切れませんね。彼が言ったとおり“管理局法により研究・実用化が厳しく制限されている技術”であって、これによって産み出された命には罪はない」
「少なくともフェイトさんが罪に問われることはないわね。プレシア・テスタロッサが全てを理解した上でアリシア・テスタロッサのクローン体としてフェイトさんを作り出したなら、それは現行法では罪となるけれど」
「起訴されることと、裁判の結果は別問題ですもんね。それに、これらの技術が脳死状態の患者を蘇生させることに有用であることが証明されれば、純医療目的の研究であると判断されるかもしれません。多分、金がものをいいそうですけど」
「その辺りは、僕達が判断できることじゃないな。僕達はあくまで法の守り手に過ぎず、判決を下す役目ではない。もし、執務官や艦長が全てを決めてしまえるのならば、権力の分立が成り立たなくなる」
「そうね、私達はロストロギアや広域次元犯罪者による被害を抑えるために存在する次元航行部隊。その本分を忘れてはいけないわ」
「了解です。だけど、ロストロギア災害や、その後始末よりも、人間社会の問題の方が複雑で時間がかかるというのも皮肉なものですね」
それは、彼女らに限らず、本局の現場で働く者達が共通して抱く想いでもあった。
しかし、人間であれば複雑で嫌になるその作業も、デバイスにとっては実に簡単な作業となり、むしろそれが専門であることを彼女らは理解しつつあった。
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 メディカルルームPM 0:39
「どーよ、アルフ」
アースラとの交渉も終え、その首尾を地上本部のレジアス・ゲイズ少将にも伝えた後、フェイトと高町なのはの様子を確認するため、メディカルルームにやってきた。
“この肉体の目”で見ることも、この部屋のサーチャーの目で見ることも俺にとっては等価なのだが、アルフの受け取り方はそうではない。
今の俺はテスタロッサ家の一員として振舞う必要があるのだから、ここは直接足を運ばなくてはならない。
「なんだ、トールかい、しっしっ」
しかし、俺を迎えるアルフの対応は実に冷ややかだった。
「酷いなおい」
「フェイトにあれだけ無理させたんだ、噛み裂かれないだけありがたく思いな」
「おいおい、俺のせいじゃないだろう」
「黙りな、あの子が収束砲を撃とうとしていた時点でもう止めるべきだっただろ」
「いや、あの段階ではまだバルディッシュからもレイジングハートからも模擬戦停止の連絡がなかった。あの二人の判断がない以上、模擬戦を停止させることは俺には出来んぞ」
「はあっ、ったく、そういうところばっかりデバイスなんだから、アンタは」
「すまんな、性分だ」
そういいつつ、フェイトと高町なのはが眠る医療ポットを観察する。
「ふむ、大分回復してきたようだな」
「ここの管制機であるアンタに説明はいらないと思うけど、あと3時間もすればフェイトは目覚めるし、あの子も5時間もあれば目覚めるとさ」
その辺りは計算通りだが、あくまで目覚める時間だ。
「だが、脱臼はともかく、複雑骨折した腕はそうはいくまい。多少、騙す必要があるな」
そういう技術もいくらかある。神経を一時的に錯覚させ、痛みを忘れさせると同時に、“治るまで無暗に動かしてはいけない”という暗示を脳に与える。
アリシアを目覚めさせるための研究を進めるうちに、こういう技術にも随分精通するようになったからな。
「アンタの治療計画的にはどーなってるんだい?」
「今は本能的な治癒能力を促進させている方向で治療しているが、あと3時間で目覚めるというならば、そのまま目覚めさせる。これは高町なのはも同様だ。そして、今後の予定などについて意見交換を行い、夕食後、多分8:30から9:00頃に蓄積された疲労から二人は強烈な睡魔に襲われる筈だ。眠る場所としてここを再び利用する」
目覚めた時に、“腕がまだ治っていないこと”を脳に意識させれば、それぞれの肉体は自然に腕の治療にさらなる労力を割く。その状態で自然な睡眠と治療ポットを並行させれば、どんなに遅くとも明日のAM7:00頃には共に完治している。
「というわけだ」
「一つ聞くんだけど、途中の説明を省かなかったかい?」
「ふっ、電脳空間ではデバイスが考えることは自然と相手に伝わるんだぜ」
「へーえ、なるほど。それで、ここはどこで、私は誰だい?」
「最新の設備が整った保健所で、お前は駆除される運命にある狂犬だな」
「なるほど、そのあたしを、今まさに狂犬にしようとしている大馬鹿野郎の名前は?」
「吾輩はデバイスである。名前はまだない」
「最後に聞くよ、遺言はあるかい?」
「現在のフェイトと高町なのはの写真を、ユーノ・スクライアか、もしくはクロノ・ハラオウン執務官のポケットの中に忍ばせていけばかなり愉快なことになりそうだよなあ」
二人は現在治療ポットの中でストリーキング予備軍となっている。少なくともユーノ・スクライアは上手く騙してここに連れてきたいものだが。
「死ネ」
「この肉体に役目も、ここまでか…… だが私を倒したところで意味はない、必ずや第2、第3のトールが……」
1分後、芸術的なコンビネーションによって一般型の魔法人形が一体分解消滅したことをここに記す。
だがしかし、その中に仕込まれたデバイスはダミーであり、本体は静かに浮きながら入ってきたオートスフィアの中にあったりする。
まあ、アルフのストレスもある程度解消されたようでなによりだ。溜めこむのは良くないからたまに吐き出す方がいい。
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 PM 3:27
「うーむ、やっぱり使用するジュエルシードは15個までにしといた方が無難か」
「ええ、21個という数には何らかの意味があるようで、正式な手順、正式な魔力の注ぎ方が分かれば“願いを叶える”という特性を最大限に発揮できるらしいのですけど」
「だが、それを探るには時間が足りない。俺達の方法は本来のものではなく、これまでの暴走体や成功例のデータから計算し、近似したものに過ぎないがそれでも相応の効果は見込める筈だ」
「僕もそう思います。子猫の例を見ても、特別な手順がなくとも願いを叶えることが可能であることは確実ですから、後は数の問題でしょう。そして、並行励起させたジュエルシードが万一暴走した際に抑え込める設備があれば、多少強引な力技になっても、15個までなら大丈夫だと思います。これまでのデータが正確なら」
「そこは、俺達を信頼してくれとしか言えんな。だが、手を抜いたつもりはないし、この時のために万全の態勢を整えたと自負している。時の庭園の駆動炉の出力ならば、ジュエルシードの暴走を抑え込める」
ここに来て、専門家の意見というものはかなり有益となっている。
どうしても存在してしまう計画における不安要素が多い部分を、スクライア一族の知識を持って埋めることが出来た。
まあ、そのためにユーノ・スクライアを時の庭園に客人として招いたのだが。
「なるほど、後は、21個の内どれを選ぶかですね。ジュエルシードは全て同じものではなく、多少の個体差があるそうですから、選ばれたジュエルシードの相性によっても実験の成功確率が変わるはず。明日まで時間があるなら、選別することは出来ると思いますけど」
「流石は専門家だ。頼りになるな」
「い、いえ、僕はまだまだ見習いで………」
こいつが見習いなら、スクライア一族はどういう化け物の集まりなのだか。
アルフに肉体を消滅されてより3時間。俺はユーノ・スクライアと共に明日の最終実験のために最後の詰めを行っていた。
ジュエルシードを用いてアリシアを、可能ならばプレシアも助けるという計画にはこいつも協力すると申し出た。おそらく高町なのはも同様の結果になるだろうが、これにはリンディ・ハラオウンからの暗黙の了解があることも大きな理由となっているはず。
アースラ組は心配性でお人よしなところはあるが、根は冷静で理性的だ。
時の庭園がジュエルシードを暴走させないことと、フェイト・テスタロッサや高町なのはの安全のためにあらゆる手段を尽くしていることを知れば、“管理局の正義”だけを振りかざして干渉してくるような真似はしないだろう。むしろ、こちらの“提案”に乗ってくる可能性の方が高い。
「ジュエルシードの選別と配置はそっちに任せていいか? 俺はその時に発生するエネルギーと、もし次元震が発生した場合に駆動炉をどの程度の出力とし、どのような処置をすべきかの計算にしばらく専念したい」
「お願いします。正直、駆動炉関係は僕の専門外なので、お役に立てそうもありません。万が一にもなのはやフェイトには危険がないようにしないと………」
俺がアースラや地上本部との交渉を行っている間も、こいつは俺達が集めたジュエルシードのデータと、自身が持つ知識とをすり合わせていた。
そして、僅か6時間程度でジュエルシード実験をどのような手順で進めるべきか、というところまで至っていた。ロストロギアを用いた実験を行うならば、その監督役としてユーノ・スクライア以上の人材は存在しないかもしれない。
正直、今やユーノ・スクライアが主導でジュエルシード実験の準備は進んでおり、俺はその補助に回っている。当然、具体的な計算を行っているのはアスガルドだが。
「無理を言ってすまんが、今夜は徹夜をする覚悟で準備に協力してほしい。ジュエルシード実験の成功確率を0.1%でも高めたいんだ」
「最初からそのつもりです。もともと、僕のせいなんです。僕がしっかりしていれば、フェイト達もクラナガンでジュエルシードを受け取れたはずなんですから」
それは、お前のせいじゃないのだがね。ジュエルシードが第97管理外世界にばら撒かれたからこそ、これらのデータがあるんだ。
だが、高町なのはとユーノ・スクライアの存在は想定外であり、同時に、ジュエルシード実験の成功確率を大幅に押し上げる存在となった。
そして、この二人を確認してからのジュエルシード実験は、“ある目的”のためにも動いていた。俺の計算通りなら、あと数時間に収束するはずなのだが――――
「おっと、そろそろフェイトと高町なのはが目覚めた頃か」
サーチャーの視覚情報をアスガルドが寄越してきた。目覚めたのはフェイトだけだが………
「本当ですかっ!」
「ああ、ちょいと様子を見に行こう」
「僕も行きます」
ユーノ・スクライアは徹夜を覚悟で協力してくれている。ここは、お礼にいい思いをさせてやらねばならんだろう。
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 メディカルルーム PM 3:43
「うっし、ここだここだ、開門せよ」
ユーノ・スクライアを案内しつつメディカルルームに到着。
内部の状況はサーチャーによって把握しているので、仕込みはOK。フェイトの方は問題なく着替えが終わっているようだ。フェイトの方だけは。
根が純真なユーノ・スクライアはまだ理解していない。汎用言語機能を働かせている時の俺の言葉を信用するとどうなるかということを。嘘吐きデバイスの名は伊達ではない。
「おーす、フェイト、目え覚めたか」
「あ、トール、おはよう」
フェイトがこっちに振り返る。アルフがいないのはプレシアにこのことを伝えにいったからであり、当然そっちもサーチャーで観測中。
「健康そうで何よりだ。もっとも、あんだけ無茶した右腕だけはもう少しかかるぞ、今は動かないように暗示をかけているがな」
「アルフもそう言ってたけど、ありがとう、トール」
「なあに、これも俺の職分だ」
「ところで、その子はどうしたの?」
フェイトの言うその子とは、俺の斜め後ろで医療カプセルを見つめる体制のまま固まっているユーノ・スクライアのことである。
当然、その視線の先には高町なのはがいて、オールヌード姿だったりする。ちなみに、この映像もサーチャーで記録済み、後で高町家に届けるとしよう。
「さあてね、パラダイスに精神だけで旅立っているんじゃないか」
高町なのはが入っているカプセルにはちょっとした細工が施してあり、後ろ側からは内部を確認できないようになっている。つまり、フェイトの位置からは液体で満たされたカプセルにしか見えないのだ。
「あ、………あ…………ああ」
だが、ユーノ・スクライアの方向からは思いっきり見えるようになっている。9歳とはいえ、眼福であったことは事実だろう。ただ、その後に眼福が転じて眼禍となる可能性は否定しきれんため、これを眼福眼禍と称する。
「どーした?」
せっかくなので感想を聞いてみることに。
「な、何ですかこれはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
顔を真っ赤にして絶叫するユーノ・スクライア、この辺りの反応はアルフとよく似ているな。
「あん?」
「あん? じゃないでしょう! 僕はなのはとフェイトが目を覚ましたって聞いたから!?」
「そうだったか? じゃあ、“これで大義名分の下になのはの裸が見れるぜ、サイコー!”とか言いながら俺についてきたのは一体誰なんだ?」
「誰ですか! 知りませんよ! てゆーか、分かっててやってるでしょう!」
「どうかしたの?」
我が計算は完璧なり。見事なタイミングでフェイトがこっち側にやってきて、高町なのはが全裸で入っているカプセルと、それを凝視していたユーノ・スクライアを目撃。
「………」
「………」
長く大いなる沈黙
「えっと、ユーノ・スクライア、だったよね。母さんと姉さんを助けるのに協力してくれて、本当にありがとう」
「え? あ、ええ、まあ、おかげさまで」
だが、フェイトが返した反応は、輝くような笑顔で感謝の言葉を述べることだった。
ふむ、こういった極限状態においてフェイトは実に奇想天外な反応をするな、混乱と驚愕が頭の中を一周し、高町なのはのことは脳から抜け落ちたらしい。流石の俺もこれは読み切れなかった。
「多分、資料室でジュエルシード実験のための準備をしてるんだよね、私も手伝うよ、だから、すぐ行こう」
「え? ちょっ!」
そして、実に自然な流れでユーノ・スクライアの手を引いて、メディカルルームを後にする。
「おーい、待て待て、俺を置いてさっさと行くな」
俺も、何事もなかったようにメディカルルームを後にする。アルフならばフェイトの居場所を自動的に突き止めることだろう。
しかしこの場合、ユーノ・スクライアはフェイトの優しさに救われたことになるのだろうか、それとも、天然に救われたことになるのだろうか?
新歴65年 5月9日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 資料室 PM 4:56
「我が主殿よ、“クラーケン”を臨界起動させた際のアスガルドにかかる負荷はこうなったが、これでOKか?」
「ちょっと待って………………ここの数値に少し違和感を覚えるわね、図面を出してくれるかしら」
「りょーかい、アスガルド、頼むぜ」
【了承】
「ええっと、スクライア君、私がジュエルシードに願いをかける時に精神を研ぎ澄ますっていうのは、魔法を使う時の精神集中と同じでいいの?」
「少し違うかな、魔法の発動の流れ、過程を具体的にイメージしてそれを結果に繋げるんじゃなくて、求めるべき結果を先にイメージして、ジュエルシードの力を使ってその過程を飛ばすような感じで」
「………ごめん、よくイメージできない」
「えっと………そうだな………ジュエルシードモンスターと戦った時のことを覚えてる?」
「うわ、もうこんなに散らかってるよ、ちょっと飲み物を取りに行っただけだってのに」
現在、資料室はなかなかにカオスな様相となっている。
メディカルルームから戻った俺、フェイト、ユーノ・スクライアの三人がまず資料室へ入室。
さらに、体調が良くなったようで、アルフと一緒にプレシアも合流。挨拶もそこそこに明日のジュエルシード実験のチェックを再開することとなった。
俺とプレシアはジュエルシードの暴走を抑える方面での検討を重ね、ユーノ・スクライアの助言を基に、より成功確率を高めるために計算をもう一度やり直している。
フェイトはジュエルシード実験において実際に願いを託す役なので、その時の注意点や、予想外の状況に陥った際の対処法などをユーノ・スクライアと共に検証している。
アルフは今回それほど出番はないので、俺達が散らかした部屋を片付けたり、飲み物やクッキーなどを運ぶ係を担当している。正直、頭脳労働はアルフの専門ではないのだ。
そして、締め切りに追われる漫画家の如く、皆で話し合いつつ部屋を散らかしていると――――
【トール、高町なのはの治療、第一段階を終了】
「おおっと、なのはの奴も目を覚ましたらしいな」
アスガルドから、高町なのは回復の知らせが入った。
「本当ですか!?」
「フェイト、アルフ、私とトールは少し手が離せないから、お願いできるかしら」
「はい、母さん」
「任せな」
というわけで、フェイトとアルフが向かえに出て、残りの面子は作業続行。
約20分後
「ただいま」
「待たせたね」
「し、失礼しま……うわ、凄い!」
三人が帰ってきたが、高町なのはの表情には驚愕が見て取れる。
「どうやったら、数十分でここまで散らかせるんだい?」
アルフという整理整頓係がいなくなったため、資料室は荒れるがままとなっていた。そして、プレシアもユーノ・スクライアも、読んだ資料はそこら辺に置くタイプの人間だった。
「あ、あははは……」
苦笑いで誤魔化すユーノ・スクライア。
「工学者とはこういうものよ」
流石の貫録で堂々と宣言する我が主様。
「そんじゃま、揃ったところで、最後のメンバーを招集するとしよう。やれアスガルド」
【物質転送、対象、“魔法使いの杖”、“閃光の戦斧”】
管制機である俺の指示の下、アスガルドが整備の済んだ二騎をこの場に転送させる。
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
『お待たせしました。我が主』
『修復完了。問題ありません』
さらに―――
「ちょうどいい時間だな、アスガルド、明日の合同演習の話し合いを始めるとしよう。公式な記録に残るものではなく、それぞれの組織の首脳陣による私的な意味合いが強いため、場所には時の庭園のプライベートスペースを利用する」
【了解、アースラへ連絡開始】
名目は、明日の合同演習の話し合いのための私的訪問。これは不自然でも何でもない、武装隊を用いての合同演習を行う時にはよくあることだ。ただし、時間はそれなりに限られるが。
「ユーノ、頼むぜ、転送ポートはあそこに用意してある。アルフもサポートしてやってくれ」
「分かりました」
「なるほど、相変わらず悪知恵が働くねえ」
空間魔法を用いたサポートに長けた存在もここには集まっている。ならば、それを利用しない手はないだろう。
そして、数分後―――
「初めまして、次元航行艦“アースラ”の艦長、リンディ・ハラオウンです」
「同じく、アースラ所属の執務官、クロノ・ハラオウンです」
この二人もまた、時の庭園のプライベートスペースへと到着、アースラの管制室にはエイミィ・リミエッタが待機しつつ――――
【聞こえますか? こちらは次元航行艦“アースラ”の管制室です】
「聞こえてるよ、時の庭園の管制機、トールが確認した」
何か必要な情報が出てきた場合は、即座に時空管理局側にアクセスできる環境を整えてある。
「しかし、お見事。俺達が会談を行ったのはAM10:00だが、7時間ほどでこの状況まで持ってくるとは」
「こちらとしては、君のその口調の方が驚きだ」
会談の最後にこの“提案”をして、実現のために動いてくれるとは言っていたが、実現できるかどうかは五分五分と計算していた。しかし、流石にアースラスタッフは優秀だ、ロストロギアの対策ばかりではなく、世渡りが上手い。
それと、クロノ・ハラオウン執務官の驚きは、ここしばらくアースラとはデバイスモードで話していたことが原因か。
「クロノ君!」
「リンディさん!」
こちらは驚いている高町なのはとユーノ・スクライア。
「わあっ、こんなにたくさんのお客さんが来たのは初めてだねっ!」
「確かに、こんなに賑やかだったことはないねえ」
初めての体験に興奮するフェイトと、戸惑いを隠せないアルフ。
「歓迎いたします。リンディ・ハラオウン艦長、クロノ・ハラオウン執務官、エイミィ・リミエッタ執務官補佐。私はこの時の庭園の主、プレシア・テスタロッサです」
流石に年季が入っているプレシアは、戸惑うことなく応対している。
「それじゃあ、改めて確認するぞ。プレシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサ、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライア、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、そしてスクリーン越しのエイミィ・リミエッタの8人と、トール、レイジングハート、バルディッシュの3機を合わせた、合計11名。このメンバーで明日の“ブリュンヒルト発射実験”と合同演習のための会議を行う。ちなみに、アスガルドへの情報リンクが終了し次第、エイミィ・リミエッタもこっちに来る予定だ」
時の庭園
プレシア・テスタロッサ
フェイト・テスタロッサ
アルフ
トール
バルディッシュ
アースラ
リンディ・ハラオウン
クロノ・ハラオウン
エイミィ・リミエッタ
民間協力者
高町なのは
ユーノ・スクライア
レイジングハート
という内訳で、名目はあくまで明日の発射実験と合同演習の、私的意味合いの強い打ち合わせ。公式文書には残らない。
しかし、メインとなる議題はジュエルシードを暴走させないように使用しつつ、アリシアを蘇生させることとなります。無論、フェイトの今後については我が主とリンディ・ハラオウンで話し合うでしょうし、“ブリュンヒルト”方面では私とクロノ・ハラオウン執務官が話し合うことになるでしょう。
「現在時刻はPM5:30、それぞれ忙しい立場なため、会議の時間は3時間ほど。片手で食べれる形の夕食をつまみながら、皆で楽しくやりつつ、計画の最終チェックとまいりましょう」
願わくば、ここに集まった人々の絆が、遙か未来まで繋がることを祈りつつ。
「私が主催ということになりますね。皆様、わざわざお越しいただいて、本当に感謝いたします」
「いいえ、頭を上げてください。私は年の近い奥様と世間話を楽しむために来たようなものですので」
「本当にそうならないでくださいよ、母さ…艦長。私的訪問とはいえ、一応は仕事なんですから」
「まあまあクロノ君、ここでは無礼講で行こうよ。今日までずっとスクリーンと睨めっこだったし、明日は明日で大変なんだから、楽しくやりつつ話し合おう」
「なんかこう、皆でお祭りやってるみたいだね、フェイトちゃん」
「うん、こんなの初めて。こういうの、やってみたかったんだ」
「祭りかあ、僕のところは結構皆で集まることが多いかも」
「まあ何にせよ、皆で楽しくやれるならそれに越したことはないさ」
『ですが、万が一にも計算ミスは許されません。我々デバイス組は気を引き締めていきますよ、二人とも』
『Yes, sir』
『All right』
こうして、後の“闇の書事件”や、その10年後の“復活”において、その解決の中心となるメンバーの、最初の集いが開始された。
ジュエルシードという、ある一つのロストロギア。
それがきっかけとなり、二人の少女は出逢った。
しかし、その出逢いが生んだ絆は彼女ら二人のみならず、手と手を繋いで人の輪を作っていくかのように、大きく成長していく。
八神はやて、ヴォルケンリッター。ロウラン、ナカジマ、ランスター、モンディアル、ルシエ、グランガイツ、ゲイズ、アルピーノ、グランセニック、クラエッタ、フィニーノ、リリエさらには時空管理局のみならず、聖王教会の方々や、ナンバーズとよばれる少女達に至るまで。
それは人のみならず、デバイスにおいても同様に。
リインフォース、シュベルトクロイツ、グラーフアイゼン、レヴァンテイン、クラールヴィント、マッハキャリバー、クロスミラージュ、ストラーダ、ケリュケイオン、ブリッツキャリバー、アスクレピオス、ストームレイダー。
その全ては、この時の8人と3機より広がっていったものである。
そして、未だ集いに加われず、約束の時を待ち続ける少女のために、私は演算を続行する。
演算を、続行します
アリシア、聞こえますか?
貴女が15年前、新歴50年の7月7日より目覚めている前提で話を進めます
現在時刻は新歴65年 5月9日のPM6:00です
私は―――――
あとがき
本作品は原作に沿った3部構成で、
無印 『それは、出逢いの物語』
A’S 『それは、絆の物語』
StrikerS 『それは、未来の物語』
というコンセプトで進める予定です。
無印にて、なのは、ユーノ、フェイト、アルフ、そしてアースラ組が出逢い、そのメンバーを中心に、A’Sでは八神家を巻き込んで人の輪が広がり、StrikerSでは三提督やグレアム、レジアス、ゼストらの世代から、なのは、フェイト、はやてを中心とし、スバル、ティアナ、エリオ、キャロらの新世代へと移っていき、vividはさらにその次の世代が幸せに過ごす時代、という形にしたいと思っています。
物語の最大のポイントは“人とデバイスの絆”で、それぞれが繋がりを持ち、人とデバイスが協力しながら時代を駆け抜け、ヴィヴィオ達の平和な時代へと至る流れを書きたいです。
その最初であり、トールにとってはクライマックスである無印編もいよいよ佳境です。頑張りたいと思います。