第三十一話 始まりの鐘
新歴65年 5月8日 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM11:44
------------------------Side out---------------------------
「むはあ~~、疲れたあぁ」
「こらエイミィ、だらけ過ぎだぞ。――――まあ、気持ちは分かるが」
大型コンピューターから送られる情報の熱烈な求愛を受け続け、流石に疲れが溜まってきた二人。
トールの予想通り、アースラスタッフは情報の収集と整理に大忙しであり、執務官であるクロノと通信主任であると同時に執務官の補佐官であるエイミィの仕事量もかなり増大していた。
「うーん、でも艦長はもっと忙しいんだから、根を上げてはいられないね」
「確かにそうだな、今頃、奴らと火花を散らしている頃かもしれない」
“奴ら”とは、カプチーノ派閥と呼ばれるエリート達主体の本局内の派閥である。
「士官学校を出たって面ではあたしらも変わんないのにね、前戦と後方でこんなにも変わるもんなのかな?」
「僕個人としては、あまり関係はないと思っている。レティ・ロウラン提督のところも後方と呼べるが、あそこに配属された君の同期も奴らとは距離を置いているだろう」
「そういやそーだった。ひょっとして、クロノ君の同期も?」
「ああ、あの人は能力主義者だからな、出自に多少の問題があろうが有能な人材はどんどん登用する。逆に、金やコネで士官学校に入ったような連中は誰ひとりとして彼女の下にはいない」
「うーん、一昔前は、親の財力やコネで士官学校に入るような連中はいなかったって話だけどねえ」
「これもある意味、平和の弊害というやつか」
彼らより前の世代の頃は、士官学校の生徒であっても、ロストロギア災害や次元犯罪者と相対する武装隊へ招集されることが珍しくなかった。
一種キャリアと呼ばれる者達のうち、五体満足で卒業できた者達は50%未満であった時期もあり、社会問題に発展したことも幾度か存在する。
その頃の士官学校に、エリート志向で自分の子供をやる権力者や金持ちはおらず、殉職した管理局員の子供が士官学校に入る例が最も多かった。
「んー、少なくとも私達が士官学校にいる時は、一種キャリアだからって現場に出て、高ランク魔導師の犯罪者の相手をさせられることはなくなってたもんね」
「だが、父さんにはその経験があったと母さんが言っていた。僕もその覚悟を持って士官学校に入ったが、まあ、あの当時の技能で高ランク魔導師の相手なんかしていたら、撃墜されていた可能性が高そうだ」
「そっか、クライドさんも艦長になる前はクロノ君みたいに執務官をやってたわけだし、彼が若い頃っていったら、新歴50年より前になるのかあ」
「それでも、その頃には極一部の高ランク魔導師以外が在学中に前線に行くことはなかったらしい。最も学徒動員が多かったのは新歴30年~35年頃という話だ」
「となると…………ちょうど、レジアス・ゲイズ少将の世代が士官学校や空士学校、陸士学校にいた頃ってことかな」
「ああ――――今回の事件に地上本部が絡んでいる。そして、その中心が彼、防衛次官であるレジアス・ゲイズ少将、何か繋がりそうな気もするな」
「ええっと、ゲイズ少将の世代といえば、殉職率が凄い高いよね」
「その面でも社会問題になったこともあったらしい。だが、それだけにその時代を生き抜き、現在は将官にまで上り詰めている方達は、本当の意味での管理局の重鎮だ。ただ地位が高いだけのエリート組とはわけが違う」
「その頂点が、かの三提督と。確かに、その時代からずっと管理局員として頑張ってきた人達が汚職に走るとかは考えられないけど」
「厳しい時代に生きた人達は、それだけに数が少ない、多くの人材が殉職したからな。彼らだけでは数が足りないために、若い者達も将官になる。だが、平和に時代に生まれ、現場を知らずに出世した連中が彼らと肩を並べることが出来るはずもない。僕達だって、彼らから見ればひよっこもいいところだ」
「うーん、一度現場に出ると、出世して本局に戻るのもなんか部下を見捨てるような気分になるし、佐官にならずに尉官のままでいたいっていう叩き上げの人も結構いるしねえ。遺失物管理部とか、戦技教導隊とかは特に」
「若い頃から前線で働き続けているそういう方達にこそ、将官になってもらいたいところなんだが、出世するしないは個人の裁量だ。だが、その空席にカプチーノ派閥のような連中が居座っているというのも見過ごしたくはない」
本局も地上部隊も、そういう面では大差はない。
二つの組織の温度差を作り出している元凶は、現場を知らないエリート達なのだ。
「というかそもそも、カプチーノ中将って管理局に来てからまだ10年くらいだよね」
「元々は次元連盟の別の部局の人間だ。国家間の政治的な問題は基本的に管理局とは切り離されているため、彼はそのつなぎ役だったはず、巨大な後ろ盾を持つ外様、という表現がしっくり来るな。各国政府の要人や聖王教会の上層部とも繋がりがあるらしいし、それを利用して現場を知らないエリート達を吸収し、管理局に根を張ろうとしている」
「ぶっちゃけると、管理局から追いだしてやりたいんだけど」
「それは問題発言だぞ、エイミィ」
「分かってるけどさあ」
アースラの若きNo2とNo3も、権力争いなどが原因で救うべきものが救えなくなることほど馬鹿げたことはないと考えている。
いや、彼らに限らず、士官学校出身だろうが陸士学校出身だろうが、現場で働いている者達にとってそれは共通した思いだろう。
「だけど、そうなると地上本部からの“本局を通さず直接情報をやり取りしよう”っていうのは―――」
「奴らを介さず、独自に連携しないか、という意思表示かもしれないな。まあ、そこまで望むのは現状では難しいが、少なくとも奴らに出しゃばって欲しくないという面では利害が一致するんだろう」
「いっそ、次元航行部隊と地上本部で連携して、あいつらを叩き出そう大作戦を展開するとか」
「それは、君個人の願望だろう。もっとも、それを願うのは大勢いそうだし、僕もその一人だろうけど」
「だよねー、けど、その中心が時の庭園、というかテスタロッサ家というのも妙な話というか」
「確かに、彼女らは技術者であって、管理局の運営や組織的な問題点とは無関係の筈だ。だが、プレシア・テスタロッサ、いや、“トール”というデバイスは本局と地上部隊の両方に接触している。これは彼女らにとって何のメリットになる?」
しばし考え込む二人。
「あれかな、フェイトちゃんを立派な管理局員にしたいとか」
「だとすれば、次元航行部隊だけでもいいし、それこそレティ・ロウラン提督と接触しているだろう」
「そっか、うーん…………ジュエルシードを集めている事実を誤魔化すため、これもないなあ」
「どれか一つが目的なのではなくて、複合的な可能性もあるか、ジュエルシードを用いた実験から目をそらせつつ、フェイト・テスタロッサの将来のためになり、さらには管理局との繋がりを強化する、とか」
「あー、なるほど。どれか一つだけだと矛盾する点が出てくるけど、複合的だったらそれが最適ってケースだね」
「そして、こういう計算が得意なのは、人間よりもデバイスだろう」
「デバイス、かあ。つまり、例の“トール”が全ての図面を書き上げてる、ってことかな」
「その可能性はある。ひょっとしたらここで僕達が悩んでいること自体が徒労なのかもしれない、時が経てば彼の計画が明らかになり、僕達はそれに乗っかるだけ、いや、乗っからざるを得ない状況を作り出すのか」
「これまでの経過を考えると、あり得ると思えてしまうのが凄いね。それに、乗るしかない状況っていったら」
「選択肢が一つしかなくなるか、もしくは、その選択肢が他のものに比べて圧倒的にメリットが大きく、デメリットが少ない場合、ってとこだろう」
「うむむむ」
再び、二人は考え込む。
「結局、状況がもう一段階動くまでは情報を集めるしかないね」
「そうなるな。“ブリュンヒルト”の発射実験の時刻も今日中には分かるだろうし、“クラーケン”に本格的な火が入ればアースラのセンサーがそれを捉える。“クラーケン”に関する詳しい情報は地上本部との交渉次第だが、これまでの感触からすると多分問題ないだろう、最終的には臨機応変に動くしかなさそうだけどね」
「だねえ。あっ、それと、ずっと思ってたことがあるんだけど」
「何だ?」
「大資産家の一人娘、つまるところお嬢様なフェイトちゃんが、付き人二人だけで行動していた理由ってなんなのかなって」
「…………エイミィ」
真面目な顔から呆れ顔に変化するクロノ。
「だってさ、時の庭園って個人の所有物としてはあり得ないレベルだよ。その上“ブリュンヒルト”の発射実験の費用を負担してて、他にも不動産とかの利権とかも、ほら、ほら」
彼女が調べ上げた、公開されているテスタロッサ家の資産状況が次々に表示されていく。
「株式とかの投資を見ても、これはかなりのやり手だね」
「技術者であるプレシア・テスタロッサがその辺りをやっているとは考えにくいな。実際、彼女の母であるシルビアは多くの特許を取ってはいたが、それを元手に事業を興すようなことはなかったはずだし」
「でしょ、プレシア・テスタロッサもアレクトロ社に勤めていた頃は、時の庭園を抜かせば普通の研究者だったようだし、その頃は研究所に近いマンションに娘と一緒に住んでいた。しかし、例の事故の後は人が変わったように金策に励んでいる。その姿、まさに金の亡者」
「こら、何を言っている君は」
「でも、彼女は“セイレーン”の開発とかで忙しかったわけだから、やっぱりその辺は全部彼、“トール”がやってたと思うんだ。でもその結果、フェイトちゃんが生まれる頃にはテスタロッサ家の財力は頭が悪いレベルに達しております」
「まあ、元々利権はたくさんあったんだ。彼女に限らず、有名な工学者という人達はその辺の管理が杜撰なことが多いし、面倒だからという理由でただ同然で売却する例すらあるくらいだ」
「逆に、“これの権利は俺だけのもんだー”って企業と争うケースもあるけど、有名な工学者ほどそういうことはしないもんね。――――――彼女みたいに、娘が事故で脳死状態になっちゃったっなんてことがなければ」
エイミィの声のトーンが落ちる。
「なのは達は、まだ詳しい事情までは知らない筈だな」
「うん、アリシアという名前のフェイトちゃんのお姉ちゃんがいて、彼女が脳死状態になった事故での裁判では、プレシアさんが勝っていることまでは教えたけど」
「それ自体も非常に珍しいケースだ。勝訴できた事例はほとんどない」
「でも、そこでの賠償金とかもその後のテスタロッサ家の財力的飛躍の元手になっているから、やっぱりフェイトちゃんはお嬢様として生まれるべくして生まれたんだね」
「まだ拘るか」
「なのはちゃんも聞いたらびっくりすると思うよ。まさか、フェイトちゃんは大金持ちのお嬢様でした、庶民の貴女とは住む世界が違う御方なのです。だから、残念だけど貴女とはお友達になれないの!」
仕事の疲れのせいか、テンションがどんどん上がっているエイミィ。
「………なのは達がアースラに居なくてよかった」
「帰ってくるのは明日の朝だったっけ?」
「ああ、ひょっとしたらその間にフェイト・テスタロッサから接触があるかもしれないな」
「“友達になりたい”って、伝えてたもんね、なれるといいなあ」
「そう思うならまずは一分前の自分の頭を殴ることだな。それと、この状況で彼女らがなのは達に危害を加えるとは考えにくい、もし動くとしたら、個人的な理由になるだろう」
「なのはちゃんとフェイトちゃんは、地上本部や本局の問題とは無関係だしね」
「そういうことだ。さて、ほったらかしにしていた僕達の恋人がそろそろ求愛してくるぞ」
「ああ~、私としては節度あるお付き合いをしたいところなんだけど」
「無理だろうな、放置するとストーカーになって四六時中追われることになる」
「ええい! やったるぜいコンチクショー!」
「その意気だ。僕も執務官としての仕事に戻る」
------------------------Side out---------------------------
新歴65年 5月8日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 PM2:44
「さて、そろそろ行くか」
「行くって、どこに?」
「無論、高町家」
「はあ!?」
俺の言葉に予想通りの反応を返すアルフ。
ちなみにフェイトはバルディッシュと共に飛行訓練の最中。
基本的にフェイトは魔法の訓練ならどんなものでもそつなくこなすが、飛行訓練は他のどれよりも楽しそうにやる。
「そういえば、リニスがいる頃も一番やってたのは飛行訓練だったな」
「急に話題を変えるなっての、まあ、確かにそうだったね。あたしは元が陸の獣だから飛行までは出来ても空戦は無理があるけど」
「その点、リニスは山猫が元でありながらオールマイティと言えたか、その代わり獣形態になることは出来なかったが」
「そうだね、でも、あたしもフェイトも、魔法は全部リニスから習ったから」
物想いに沈むアルフ、何だかんだでリニスが今はいないことが寂しいのだろう。
「お前も寂しいか」
「そりゃあね、寂しくないわけがないじゃないか」
「そうか、ならばこそ、新たな出会いを見つけるべきだ。大切な人を失ってしまったなら、同じくらい大切な人を得なければ帳尻が合わない」
「そう簡単なもんでもない、ってアンタに言っても仕方ないか」
「そりゃあな、何しろ俺はデバイスであるが故に」
人間の心が複雑なのは分かり切っているが、とりあえずは近似解を求めねば、仮説すら立てられない。
「だが、そうだな、フェイトは飛行訓練が好きか」
「うん?」
「いやなに、これから戦う予定の少女を観察していたのは俺だが、そっちの方も飛行訓練をしていると気が一番楽しそうだったのを思い出した」
思い出したという表現は正確じゃないがな、記憶領域から参照したというのが正しい。
「へえ、結構似てる部分があるんだね」
「というか、かなり似てる。一度決めたらどこまでも真っ直ぐ進むところとか、不器用なところとか、表面的な性格には差異が多いが、深い部分ではそっくりだ」
「アンタ、以外と良く見てるんだ」
「俺を侮るな、人間の心を理解するようにプログラムされたデバイスだぞ。学習したデータ数は半端ないのだよ」
先代の“ユミル”や弟達から引き継いだものが多いから、俺だけのものではない。しかし、それだけにデータ数は充実している。
「んで、最初の議題に戻るが、決闘のメッセンジャーとして高町家に行くぞ」
「まあ確かに、冷静になって考えれば、直接行くしかないってのは分かるけど」
「遠見市のマンションの機能は未だに健在だからな。あそこに転移してから普通に歩いて向かえばいい。お前の足なら余裕だろ」
「あたしのって、アンタは?」
「俺は今回肉体はなしだ。本体は中央制御室にいるから、分身ともいえる端末をお前が高町なのはに届けてくれればそれでいい、後の交渉は俺がやる」
俺は管制用のデバイス。故に、リソースを他の機体に分けて操作することは得意中の得意だ。
それに、俺がメッセージを伝える相手は“彼女”だ。故に、肉体は必要ない。
「なるほど、まああたしは口が達者なわけじゃないからその辺は任せるけど、フェイトには伝えなくていいのかい?」
「今ちょうどバルディッシュが伝えてるところだ。そろそろ念話でも飛んでくる頃だろう」
と俺が言った5秒後。
【アルフ、トール、気をつけてね】
案の定、念話が飛んできた。
【アイアイサー、名レフェリーと名セコンドに任せな。必ずやチャンピオン高町なのはと挑戦者フェイトのタイトルマッチを実現させよう】
【いや、対戦を決めるのはレフェリーじゃないし】
アルフの知識も本当に増えたものである。
新歴65年 5月8日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 PM3:16
「それで、どうするんだい?」
遠見市のマンションに設置した転送ポートを用いて時の庭園からやってきた俺達。
俺の本体は時の庭園の中央制御室にあり、そこからアスガルドの演算能力を借りて俺の分身となる端末にリソースを割いている。
ジュエルシードを探索する際にも俺自身は海鳴市に降りず、時の庭園から人形を操ることも可能であったが、それでは魔法が使えないという欠点がある。サーチャーやオートスフィア程度ならば問題ないが、魔法戦闘型の本領を発揮させることは不可能。
魔導機械を操る管制機としての性能を最も発揮できるのはやはり、回線を物理的に直結した場合だ。例えスーパーコンピューターの演算性能を借りたとしても、遠隔操作では限界がある。
「なあに、準備は出来ている。まずは押し入れの中のダンボールを出すべし」
「ダンボール?」
「そこに高町なのはをおびき出すための秘密兵器が入っている」
「秘密兵器ねえ、ダンボールの中からゴキブリでも出て来た日にはアンタを下水溝に放り込むよ」
「………ちっ」
アルフも鋭くなったものだ、フェイトだったら容易く引っ掛かってただろうに。
「やっぱりかい、で? 死にたくなかったらとっとと本題に入りな」
「方法は簡単だ。夕方の4:30に海鳴市の臨海公園に行けばいい、そこで高町なのはは待っている」
「何だって?」
「高町なのはは携帯電話を持っている。そして、俺はちょっとした大人の事情によって、この国で使えるパソコンやアドレスを手に入れた。彼女のメールアドレスは高町家を監視している時に入手しておいたからな、メールを打つだけで簡単に呼び出せる」
「いつの間にそんなことを………」
驚くアルフだが、別に難しいことでもない。
第97管理外世界の日本という国の海鳴市。ここをジュエルシード実験の舞台にすると決めた時から、どんな状況にも対応できるように準備を進めていた。
主なものは時空管理局に対するものだが、現地の治安維持組織との兼ね合いなども当然考える必要はある。そのために、このマンションを拠点にする際も正規の手段を用いて契約したのだから。無論、戸籍などのことを誤魔化すために色々苦労はした。換金するためにも手続きは色々と必要だったが、決まっていることをこなすのはデバイスの最も得意とするところ。
そして、この世界においては魔法を用いない機械文明が発達している。その発展具合はミッドチルダを始めとする主要管理世界と比較しても遜色ないレベルであり、魔導力学を用いずにここまで高度な機械技術を築き上げた例はそれほど多くない。
ならば、現地の優れた情報伝達手段を利用しない手はない。ミッドチルダの機械製品は大半が電気変換された魔力で動く魔導機械だが、第97管理外世界固有の機械を使って連絡を取るならば時空管理局にも察知されにくい。
「この世界の機械はかなり進んでいる。魔力を使ってないから俺が管制することは出来ないが、普通に使うことは出来るからな。ここにあるミッドチルダ製の情報端末に時の庭園からメールを送り、それをこちらの純粋電気機械用に変換して、こっち製のパソコンに送る。そしてパソコンは高町なのはにメールを転送するというわけだ」
これも全て、第97管理外世界において情報ネットワークが発達していたからこそ出来たことだ。
「なるほど、何ともデバイスらしい手段だね」
「だろう、後はお前が臨海公園で高町なのはに“俺”を渡してくれればそれでいい、後のことは俺がやる」
「了解。でもさあ、アンタはさっき高町家に行くとか言ってなかったっけ?」
「俺は嘘つきだからな、それに、あの万魔殿を直接訪問するのはなかなかに遠慮したいぞ」
「万魔殿?」
高町家、またの名を、人外一家。
「とにかく、現段階では直接行くべきではない。もし勘違いされた日にはコンクリート漬けにされて海に沈められるぞ、ジュエルシードのように」
「なんでそこでジュエルシードが出てくるのさ」
そうか、アルフはあの恐ろしい光景を見ていないんだったな。
「まあとにかく、高町なのはを待たせるのもまずいからさっさと向かう」
「はいよ、でもなんか、おつかいさせられてる気分だよ」
「アルフちゃん、高町さんちのなのはちゃんに僕を届けてあげてね?」
「ゴミ箱は………」
「御免なさい、許して下さいませアルフ様」
「とりあえず、臨海公園に着くまで黙ってな」
『Yes.』
「って、何でデバイス口調なのさ」
『………』
「トール?」
『………』
「ねえ、トール」
『………』
「ひょっとして、臨海公園に着くまで黙ったまま?」
『………』
「おーい」
『………』
「……なんか、虚しくなってきた。さっさと行こ」
新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM4:28
------------------------Side out---------------------------
「えっと、午後四時半だよね………よし、間違いない」
高町なのは、彼女は自分の携帯電話の画面を覗き込みながら、2時間ほど前に受け取ったメールの内容を確認していた。
「気を付けてなのは、フェイト達だったら危険はないと思うけど、彼は何をするか分からないから」
そして、傍らにいるユーノはフェレットの姿を取り、周囲に位相をずらすための結界を張り終えていた。
「とりあえず結界は張ったから、魔導師じゃない限りここには入って来られない。何かあっても関係ない人が巻き添えになることはないと思う」
「ありがとう、ユーノ君」
「でも、クロノ達に連絡しなくて本当に良かったの?」
「うん、これは、私とフェイトちゃんのことだから、クロノ君達に迷惑はかけられないよ。それに、凄く忙しそうにしてたし」
トールというデバイスが高町なのはという少女に送ったメールの内容とは、
≪フェイトは、貴女の言葉への答えを出すために貴女との邂逅を望んでいます。その目的と日時を伝えるために、本日のPM4:30、臨海公園にてお待ちします。貴女がフェイトを友達と想ってくださるならば、お越し下さい≫
というものであった。 その文面は彼らが知る”怪人”のイメージとかなり違っていたので不信に思ったが、フェイトに関わることを、なのはは無視することは出来なかった
「確かに、皆忙しそうだったし、エイミィさんも僕達を見送った後すぐ仕事に戻るみたいなことを言っていたっけ」
「だから、とりあえずは私達だけで会ってみよう。連絡するのはそれからでも遅くないよ」
ジュエルシードが全て集まると同時に、アースラは地上本部と本局との折衝のために慌ただしくなる。
その作業に二人の民間協力者を関わらせるわけにはいかないため、一時的に二人は高町家への帰省を許される。だが、聡い二人のこと、アースラの人員が多忙であることはその間の僅かの間に理解する。
そして、その状況で第97管理外世界の携帯メールでの連絡が来れば、この二人ならばまずは自分達だけで接触を試みる。人の心を学習し、理解するデバイスはそう予測した。彼が“アスガルド”に依頼した演算とは、それらの要素も鑑みてのものであった。
元々、他人を巻き込むことや他人に迷惑をかけることを嫌う面でなのはもユーノも同様であり、さらに二人とも責任感が強いため、時としてはそれがマイナスに働く面も存在する。
あと数年もすれば、様々な経験から人に頼るべきときを彼女らも理解するだろうが、幼い今はまだその域にいない。そこを、人心掌握に長けるデバイスは正確に突いたのだ。
故に―――
【私達の要望にお応えいただき、感謝いたします。高町なのは、ユーノ・スクライア】
”アズガルド”の演算通りであり、かつ、理想的な展開。
アースラスタッフは時空管理局内部のことで手一杯になっている状況で、高町なのはとフェイト・テスタロッサ、二人の少女の道が交差する。
そのために、彼らは果てしない演算を繰り返してきた。
「これは………」
「念話? ひょっとして、あの時の―――」
二人の脳裏に蘇るものは、怪樹事件において謎の怪人からいきなり念話を受け取った時の光景だった。
しかし―――
【覚えていてくださいましたか、私は、フェイト・テスタロッサの母親であるプレシア・テスタロッサのインテリジェントデバイス、トールと申します。以後お見知り置きを】
「えっと………あの時のヒト?」
「なん……ですか?」
現在届く念話の主と、あの時の怪人のイメージが、どうしても符合しない二人だった。
そもそも、念話というものは声帯を震わせて行うものではないため、声紋照合のような真似は出来ない。
そのため、念話の声とは個人のイメージによって再現され、その際には受信側のイメージもかなり重要になる。
例えば、3年前に10歳であった親戚の少年と会う約束をしており、迎えに行った先のターミナルでその少年から念話を受け取ったとする。
声変わりの時期を迎え、その少年の声がかなり低くなっており、彼の現在のイメージにおける自分の声を以前と同じ口調のまま送ったとしても、受信者のイメージによってそれは過去の声に変換される。実際に会い、そのずれを修正しない限りは。
初対面の場合は、元となる先入観が無いので、送信者の”自分の声のイメージ”がそのまま伝わるが、すでに知っている人物との久しぶりの念話の場合は、そういったイメージの齟齬が起きる。
そして、なのはとユーノは現在受け取った念話の口調と、過去の怪人の口調を脳内で等号で結ぶことが出来なかった。
そのため、念話の相手が誰かを知っているのに、全く初対面の人物から念話を受けた状態になった。
以前の“怪人”のときの声は、彼女らが目撃した姿の通り、若い男性のものとして聞こえたが、現在送られてくる念話の声は、落ち着いた老人の声に聞こえたのである。
執務官であるクロノであっても、表面にこそ出さなかったが、”怪人”と”トール”のイメージの違いに内心戸惑っていたのだ。
【はい、あの時は無礼を働き、申し訳ありませんでした】
「い、いいえ、こちらこそ」
「べ、別に気にしてませんから」
なのはとユーノの二人は、基本的に礼儀正しい。
そのため、クロノやエイミィにように歳が近い場合や、リンディのように若々しい外見ならばともかく、落ち着いた老人の声に対してはどうしても緊張してしまうのだった。
【それほど畏まられても困りますが、とりあえず、音声での会話に切り替えるべきであると提案します。10メートルほど右に在るベンチの上をご覧ください】
声に応じて二人が視線を向けると、そこにはカメラを入れるようなケースを咥えた大型犬が座っていた。
「アルフさん!」
「君は!」
驚く二人に対して一礼した後、大型犬は咥えていた物体をベンチの上に置き、そのまま後ろに下がる。
『おふた方、私の声が聞こえますか?』
「あ、は、はい!」
「ええ、き、聞こえます」
『そこまで緊張なさらずともよろしいのですよ、ともかく、改めて挨拶を、私はインテリジェントデバイスの“トール”と申します』
二人がベンチの上に近づくと、そこには透明なケースに収められた紫色のペンダントが存在していた。
「レイジングハートとは少し違うみたいけど……」
「確かに、デバイスだね」
【ご理解いただけましたか?】
「な、なんとか」
「とりあえず、貴方がデバイスであるということは分かりました」
【ありがとうございます。ですが、ここで一つお詫びを、このデバイスは確かに私と同じ規格であり、外見も同じなのですが、私の本体ではありません。通信機能と電脳空間への接続機能のみを備えた端末なのです】
その言葉に、二人が返した反応は―――
「???」
「あ、そうなんですか」
実に対照的なものであった。どちらがなのはでどちらがユーノかは語るに及ばない。
『Master, There is my replica if I compare him to me, and I handle it. It is mean.(マスター、彼を私に例えるならば、私のレプリカが存在し、私がそれを操っている。ということです)』
そして、主の魔法に関する知識不足を補うのは、相棒であるレイジングハートの役目でもあった。
「あ、なるほど」
『貴女は実に主人想いの良いデバイスですね、レイジングハート』
『Please do not flatter.(おだてないでください)』
『いえいえ、バルディッシュも貴女のことを高く評価していました。寡黙な彼にしては珍しく、貴女に負けてはいられないと張り切っておりましたからね。これも、若さの成せるものでしょうか』
『I can agree on the mark that is not yielded to each other.(互いに負けられない、その点については同意できます)』
『素晴らしい、ライバルという存在がいるのは良いことです』
『It is surely so. However, you? (確かに、ですが貴方は?)』
『私は年寄りです。ライバルとの競争心を滾らせるような年齢ではありませんよ』
とまあ、デバイス同士が交流に励んでいる頃。
【ねえユーノ君、レイジングハートってこんなに話したっけ?】
【ええっと、どうなんだろう?】
意外と話が弾んでいるデバイスに若干置いて行かれながら、なのはとユーノも念話で密かに会話していた。
『申し訳ありません、高町なのは、少し話し込んでしまいました』
『sorry,my master.(申し訳ありません、マスター)』
「大丈夫、気にしてないよ」
だが、彼女たちは気付かない、いつの間にか緊張がなくなっている自分に。トールというデバイスが、レイジングハートと話し込むことで、彼女が心を落ち着かせるための時間を意図的に作り出したことを。
そしてレイジングハートもトールの意図に気づき、年若い自らのマスターのために会話に乗ったことも。
『それでは、本題に入りたいと思います』
「はい!」
そして、なのはの心の準備が整った段階で。
『我が主の息女、フェイト・テスタロッサは貴女と心の底から語り合うことを望んでいます。互いの持ち得る全てを懸けて』
「えっと………それはつまり」
『互いの持つジュエルシードを賭けて、貴女と勝負を行いたい。手加減なしの、本気の勝負を。それが、フェイトの意思であり、貴女の言葉に対しては答えを出すには、フェイトにとって避けては通れない道なのです』
テスタロッサ家に仕える旧きデバイスは、二人の少女の始まりの鐘を鳴らしたのだった。
※一部S2U、レイジングハートの記録より抜粋
==================
少々更新が遅れました。念話の設定は捏造です、こうじゃないかなーと思ったオリジナルです。分かりづらかったらごめんなさい。なのはたちの中で、聞こえてくる声=あのときの怪人にならなかったということを表現したかったんです。