第二十八話 海上決戦
新歴65年 5月7日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 電脳空間 AM3:05
『バルディッシュ、聞こえますか?』
『はい』
『本日、AM8:30よりジュエルシード実験を開始します』
『存じています』
『昨夜に私がフェイト、アルフと打ち合わせた内容の復唱を』
『貴方が海底に潜り封印用儀式魔法の発動準備を整え、我が主が広域型の攻撃魔法の要領で膨大な魔力を放出、ジュエルシードを同時に発動させ、積層型立体魔法陣による封印術式によって封印。アルフは広域型の隔離結界を展開し、その後は我が主のサポート、であったと』
『はい。それで間違いありません。ですが、それだけでは因子が足りません』
『………順調すぎる、ということですか?』
『ええ、確かに最終段階の予備実験としての意義は果たせますが、何の問題もなく4個のジュエルシードが手に入ってしまえば、高町なのはの介入する余地が失われてしまいます。その展開はフェイトにとって最適解ではないのです』
『それは理解できますが』
『故に、第一フェイズから第二フェイズへの移行を意図的に遅延させます。ジュエルシードの発動から暴走状態への移行までは予定通りに行いますが、“予想よりもジュエルシードの共振が大きかった”という理由で封印術式の発動に手間取るという筋書きで』
『違和感は――――ないかと』
『ジュエルシードの励起状態が続けば、必ずや高町なのはがフェイトの下にやってくる。その時にどのような会話を交わすかは彼女ら次第ですが、その会話の内容をリアルタイムで私へ転送して頂きたい。それ次第で第二フェイズへ移行するタイミングが定まります。私のリソースの大半は封印端末の制御に割くので貴方が頼りです』
『それは構いませんが、しかし』
『何でしょうか?』
『その方式では貴方にかかる負荷が大き過ぎます。ジュエルシードの暴走を貴方の演算性能だけで抑え込むことに等しい』
『問題はありません』
『ですが―――』
『大丈夫ですよ、バルディッシュ。私は本来制御用のデバイスだ。ユニゾン風インテリジェントデバイスと呼ばれる由縁、他ならぬ貴方が一番知っているはずでしょう』
『―――はい』
『私のことを気にかける必要はありません。貴方はフェイトのために作られたデバイスなのだ、その場面においては彼女のことのみを考えるべきですよ』
『―――了解しました』
『嘘を吐くのは私の仕事です。まあ、今回は少々大仕事になるのは否めませんが』
『ですがトール、彼女、高町なのはがやって来るのはともかく、執務官がやってきた場合は?』
『それも問題はありません。ジュエルシードが暴走を続けているうちは彼もその沈静化に全力を注ぐでしょうし、ジュエルシードが封印された頃ならば、彼は動けなくなります』
『動けない?』
『彼は次元航行部隊所属の執務官。それ故に、動けない状況というものが存在するのです』
『それはいったい』
『あと6時間もすれば答えは出ます、それまで解答を楽しみに待っていてください。その間に答えを演算するのも貴方の訓練になります』
『スパルタですね』
『貴方は私の後継機なのですから、無論、容赦なく鍛えますよ』
『まだまだ貴方には敵いません』
『まあともかく、今回の実験は我々デバイスの連携が要となります。私のリソースにも限界がありますから、私からの通信は全て貴方を通してフェイトへ伝わることとなります。気を引き締めていてください』
既に、バルディッシュの言葉を私の言葉と思うようにとフェイトには伝えてあります。
私の能力では水中での念話はデバイス同士くらいしか行えないと彼女らは認識しており、それは概ね正しい。
『了解』
『それでは、電脳空間における対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』
『Dive out(潜入終了)』
新歴65年 5月7日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海 AM8:30
「それでは、一発大逆転の作戦を始めます。皆さん、体調は万全ですか!」
「最高でーす!!」
「何一人でやってんだいアンタは」
「トール、うるさいからちょっと黙っててね」
冷たい、何て冷たい対応だ。
「冷たいなあ、冷た過ぎますよはい、僕ぐれますよ?」
「あっそ」
「うん」
こいつらの対応能力も成長したもんだ。完全に受け流している、そろそろやり口を変えるべきか。
「悪ふざけはともかく、手順は分かってるな、フェイト、アルフ」
「トールが海に潜って儀式魔法の起動を行う、それから私が広域に渡って海に雷撃を叩き込む」
「ジュエルシードが励起したら、あたしが広域結界を張って海鳴市に被害が出ないようにすればいいんだろ」
「OK、その後は俺が“ミョルニル”と補助用の端末を第二フェイズに移行させる、それまでお前らは海の上で待機していてくれ。余分な魔力は使わず、ジュエルシードが生み出すエネルギーからの回避に専念していろ」
「一つのジュエルシードを封印しても、他の三つとの共振でまた励起しちゃうんだよね」
「厄介極まりないけど、だったら一片に封印すりゃ問題ないってことさね」
そう、そのために用意したのが積層型立体魔法陣だ。
「とはいえ、いくらフェイトでも一人で4個のジュエルシードを封印するのは無理がある。アルフのサポートがあっても3個が限界、それも、賭けの要素が強くなるな。確実といえるのは2個くらいか」
「けど、トールの“ミョルニル”と、事前に設置した儀式魔法用の術式があれば」
「ジュエルシードの一斉封印も可能になるんだろ」
「ああ、要になるのはバルディッシュだな。封印術式に魔力を送り込むフェイトと封印術式を固定する俺を繋げるのはこいつしかいない」
「頑張ってね、バルディッシュ」
『Yes, sir』
「おし、それじゃあそろそろ始めますか」
今回俺が使用するのは少々特殊な肉体で“ダイバー”と命名した。何のひねりもない名前だが、今回くらいしか使わないから適当でかまわないだろう。
魔法戦闘を行う機能はなく、水中で他の端末と連結し、術式の制御を行うことに特化した肉体。
早い話、この作戦のために専用に作り上げた肉体ということだ。
「ほんじゃ、作戦開始!」
ジュエルシード実験、スタート。
新歴65年 5月7日 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”AM8:44
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「エマージェンシー! 捜索範囲の海上にて、大型の魔力反応を感知!」
緊急アラームが鳴り響き、アースラクルーは緊急体制に移行する。
「な、何てことしてるのあの子達!」
そして、管制官であるエイミィ・リミエッタはスクリーンに映し出される光景に驚愕の色を隠せなかった。
「……アルカス・クルタス・エイギアス……煌めきたる天神よ。今導きのもと、降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
フェイト・テスタロッサ
捜索対象である彼女が、海鳴市の海上において強力な魔法陣を展開し、広域型の魔法を放とうとしている。
「クロノ・ハラオウン執務官、貴方はどう見ます?」
そして、艦長のリンディ・ハラオウンはクルー達に指示を出しながらも執務官に彼女の行動に対する見解を尋ねていた。
この状況にあってまったく動揺が見られないのは、長年艦長職に就いてきた彼女の年季の成せるものか。
「恐らく、海に電気変換された魔力を大量に注ぎ込み、ジュエルシードを強制励起させて位置を特定しようとしているのだと思います。電気への魔力変換資質がなければSランク魔導師でも難しいでしょうが」
「しかし、彼女はその特性を備えている。AAAランクであっても可能ということね」
「はい、しかし、発動までは出来ても封印のための魔力が続くとは思えませんが………」
「撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」
そして、フェイト・テスタロッサが展開した大型魔法陣から雷が次々に放射され、海に注ぎ込まれる。
「大型魔力反応を確認! 数値は―――――ええ!」
「どうしたの」
「最大魔力値―――――240万、術式の規模に比べて、遙かに少ないと予想されます」
「少ない?」
「どういうことだ? それだけの量ではいくら魔力が電気に変換されているとはいえ、ジュエルシードを全て励起させるには足りない。少なくとも500万を超える魔力は必要なはず――――」
だからこそ、AAAランクの魔導師とはいえ、封印に割く余力は残らないだろうと彼は予測した。
その予測は正しいが、彼女が一人で封印を行うという前提条件での話であった。
「海底より大型魔法陣が上昇中! これは――――封印用端末を用いた儀式魔法の術式です!」
オペレーターからの報告に、緊張が走る。
「まさか」
艦長のリンディは即座に事態を把握し。
「魔法人形か――――海底での行動機能があれば、確かに可能だ」
執務官のクロノもまた、自分達が謎の怪人をノーマークにしていたことを即座に悟った。
海上―――
「流石トール、上手くいっているみたい」
「まあ、10日間もかけて準備して失敗したらただじゃおかないけど」
海上にいる二人は、計画通りに進んでいる状況に一先ず安堵していた。
海底からジュエルシード封印用の大型魔方陣がせり上がり、励起したジュエルシードと呼応するかのように鳴動している。
後は、儀式魔法の術式の力を借り、封印作業に移るのみ。
「アルフ、空間結界とサポートをお願い」
「了解、それとフェイト、魔力は残ってるかい?」
「うん、トールの補助のおかげで、広域魔法とはいっても最小限の消費で済んだから」
「でも、いくら出力が抑えられたといっても、あれだけの数を叩き込んだ。消耗はしてるだろ?」
「大丈夫、このくらい、平気」
「無茶だけはしないでおくれよ、あたしも手伝うから」
「分かった。行くよ、バルディッシュ」
『Yes,sir』
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海底―――
『ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”の起動準備完了。並びに、補助端末は問題なく稼働中』
演算を続行、処理をより高速に。
『第一フェイズ、終了まで残り30秒。儀式魔法術式、正常稼働、エラーは検出されず』
今こそ、私の本来の機能を発揮する時。
私はユニゾン風インテリジェントデバイス。本来、ユニゾンデバイスとは主と融合する機能を有する融合騎のことを指しますが、私の場合ユニゾン対象は魔導師ではない。
私は機械(デバイス)と同調し、管制機能を最大限に発揮する。つまり、私は機械(デバイス)を操ることに特化したデバイスと定義できる。
マイスター・シルビアは当初、そのように私を設計した。しかし、我が主、プレシア・テスタロッサの魔力資質が極めて高く、その魔力を制御する必要があったため、機械を操るために大量に確保されていた制御用のリソースを、彼女の魔力を制御するために調整された。
バルディッシュと同調することによってフェイトにかかる負担を少なくする機能もその一つであり、私が使用するこれらの“魔法人形”を操ることもあくまでそこから派生したものに過ぎない。
全ては、機械(デバイス)を管制する機能と、電気系統の魔力を制御する機能。その二つの組み合わせによって構成されている。
傀儡兵などの自動機械は当然、電気系統に変換された魔力で動く。デバイスもまた、使用者の魔力を0と1の電気信号に置き換える機能が付いている。管理世界で使用される機械も大半は電気変換された魔力で動く。
魔力の電気変換資質を持つ者は専用のデバイスと組むことで最高の戦闘能力を発揮する。そのためのバルディッシュであり、私は戦闘用に非ず、管制用。電気に変換された魔力で動く機械ならば何であろうと制御可能。
私が同調するためには機械であることと、電気変換された魔力で動くことが条件となる。この第97管理外世界に存在する機械は純粋な電気で動くため同調できず、電気変換された魔力を操るフェイトは人間であるため同調できない。
故に、私とバルディッシュの同調率は100%なのだ。魔力の電気変換資質を持つフェイトのために設計された彼は、電気変換された魔力との相性が極めて高い。私が同調しやすい条件を全て備えている。
そして、私の肉体にも同様のことが言える。私が同調し、管制可能な肉体は、電気変換された魔力で動く無機物でなければならない。
外見や筋繊維などの部位ならば生体部品を使うことも可能ですが、必ずその内部に機械のコードと電子部品、そしてそれらで構成された魔力回路が必要となる。
食事や消化などの機能は私の性能を損なう結果しかもたらさない、“生体機能”を再現しても私がそれを管制することが出来ないために。故に、私の肉体は人間に似てはいるものの、根本的に全くの別物、カートリッジの魔力を電気変換して動く人形なのだ。
私には生体と同調する機能はなく、私単体では通常のインテリジェントデバイスと変わりはない、むしろ、他の機能が付いているために純粋な魔導師の補助機能では劣ってしまう。幼かった我が主の魔力を制御するには適していましたが、Sランクを超えるほどに成長した彼女が強力な魔法を使用する際の補助としては最適とはいえません。
故に、我が主はストレージデバイスを自分用に作り、私をアリシアのために改造しました。汎用言語機能も、人間の心を理解する機能も、本来はアリシアのために追加されたもの。そして、その機能は現在、フェイトのためにリソースの大半が使用されている。
私の行動はアリシアとフェイトの未来のため、我が主が娘達の幸せを願うがために行う。私はそれを叶える為に機能する。
『第二フェイズへの移行を中断、現状を維持』
第二フェイズに移行してしまえば、ジュエルシードの封印は問題なく終了する。それではいけない。
待ちましょう、待ち続けましょう。彼女が到着するその時まで。
10秒
20秒
30秒
40秒
50秒
60秒
70秒
エラー発生、負荷35%増加、予備のリソースを割く。
80秒
90秒
第5補助装置とのバイパスに問題発生、予備配線に切り替える。
100秒
110秒
負荷が第一閾値を突破、危険域に突入、これ以上は本体コア損傷の可能性あり――――考慮不要。
120秒
第3補助装置よりフィードバック情報あり、実験の停止を進言している、却下。
第4、第6補助装置より警告、内容は第3補助装置と一致、却下。
第1、第2補助装置からも同様の警告、却下、以降、同様のメッセージは即時破棄する。
130秒
負荷、第二閾値を突破、本体コア損傷の危険性76%――――――問題なし。
140秒
『Thor, How are you all right!?(トール、大丈夫ですか)!?』
『こちらは異常ありません。何かありましたか、バルディッシュ?』
『Here is okay, but already past the scheduled time, we are concerned that your Lord. This is more than your loadこちらは大丈夫ですが、(既に予定時刻を過ぎ、主が貴方のことを心配しています。これ以上は貴方の負荷が)』
『問題ありません、許容範囲内です。それに、高町なのはがブリッジから遠く離れた場所にいる可能性も当然考慮してあります。彼女自身の運動機能は優れているとは言い難いですから、この程度の遅延は予測済みですよ』
『But!(しかし!)』
『大丈夫ですよ、貴方の先輩はこの程度で壊れるようなデバイスではないことは知っているでしょう? 私を心配するなど、まだまだ40年は早いですよ』
エラー発生、危険レベル増大。
150秒
『・・・・・・ Agreed .Referred to the master, and no problem(………了解しました。主には問題ないと伝えます)』
『そうです、貴方は貴方の義務を果たすことに全力を尽くしなさい、バルディッシュ』
バルディッシュとの通信を完了。
本体コア、過負荷状態、あと40秒経過すれば機能の劣化が始まると予想。
補助装置は問題なく稼働中、第二フェイズへ移行していないため“ミョルニル”は未だ稼働せず、その負荷が本体に集中。
『まだ、大丈夫です。あと30秒以上もある』
私の計算が正しければ、その間に高町なのはが到着する確率は―――
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2分前――――アースラ内部
「呆れた無茶をする子、と言いたいけど、綿密な計画を練っていたようね」
「ええ、無謀よりも用意周到という言葉が当てはまります。地上のジュエルシードは元より眼中になく、海中のジュエルシードを一気に取得する気でいたのでしょう」
つまり、アースラの行動を予測し、その裏をかくために海底で事前に準備していたということ。
「あれは、個人の成せる魔力の限界を超えています。しかし、封印用の端末と事前に設置した封印用儀式魔法の術式があれば――――」
「彼女一人でも、4個のジュエルシードの封印は可能ね。これがさらに多かったら話は違うでしょうけど」
「恐らく、海底で行動可能な彼が、事前に海のジュエルシードを幾つか回収していた。ということかと」
そこに――――
「フェイトちゃん!!」
民間協力者である、高町なのはがブリッジに飛び込んできた。
彼女はスクリーンに映し出される光景を見て、詳しい状況は分からずとも、フェイトが危険な状況にあると判断した。
「あの! 私すぐに現場へ行きます!」
「その必要はないかもしれないぞ」
「え?」
「彼女らはかなり周到な準備をしていたみたいだ。あの浮き上がりつつある積層型立体魔法陣が見えるだろう?」
「は、はい」
「あれは封印用の端末を利用して発動する儀式魔法の術式だ。彼女一人の力ではジュエルシード4個の封印は不可能だろうが、あれの助けがあれば特に問題なく封印出来る筈だ」
「え、じゃ、じゃあ―――」
「でも、少しもたついてるようにも見えるわね」
そこに、リンディが現在の状況に対して捕捉を加える。
ディストーション・シールドを用いて単独で次元震を抑えることすら可能なリンディ・ハラオウン。彼女は、結界封印の専門家でもあった。
実際、彼女ならば単独で4個のジュエルシードを封印することも可能である。
「………確かに、儀式魔法が発動したならば、そろそろ封印段階に移っていてもおかしくないはず」
「え、じゃあやっぱり、フェイトちゃんが危ないってことですか!」
「危険なのはあの子じゃなくて、むしろ海底で封印端末を操作している方だけど、あの子も安全とは言い難いわね」
「やっぱり、私行きます!!」
「艦長、僕も出ます。フェイト・テスタロッサが民間人である以上、執務官として危険が伴う行為を無視するわけにはいきません」
「そうね、彼女が犯罪者なら話は違うけど、管理局の許可の下、ジュエルシードの回収に当たっている民間人。座視していては次元航行部隊の名折れだわ」
「ありがとうございます!」
「いいえなのはさん、こちらから正式にお願いするわ。あの子と協力して、ジュエルシードの封印を。後ろで早くも準備を進めてるユーノ君もね」
彼女らの背後では、既にユーノ・スクライアが転送ポートの準備を済ませていた。
「まったく君は、やることが早いな」
「御免、じっとしてられなくて。それよりクロノ、僕からも礼を言うよ、ありがとう」
「艦長も言ったが、管理局員としては当然だ。フェイト・テスタロッサは無断でジュエルシードを集めているわけじゃない、管理局に申請して遺跡発掘の許可を取り、管理外世界での滞在許可も取っている。早い話、スクライア一族である君と同じ条件なんだ。むしろ、無謀という面では一人でやってきた君の方が上だろう」
「う……」
「ついでに言うと、ジュエルシードが現地の生物と反応してモンスター化することが確認されてるし、その被害を食い止めるために広域結界を張った経歴もあるしね。今回も事前に結界を張った上でやってるわけだから、私達としては助かると言えば助かるんだよねえ」
「エイミィ、いきなり割り込まないでくれ」
「まあそういうわけね、なのはさん、ユーノ君、クロノ、頼んだわよ」
「「「 はい! 分かりました 了解です 」」」
海上――――
「バルディッシュ! トールは!」
『No problem,(問題ない、とのことです)』
「ホントに大丈夫なのかい、とっくに予定時間を過ぎてるよ」
「でも、私達じゃ海の中で自由に動けないし………」
そこに―――
「フェイトちゃん!!」
「!!」
「来たかい!」
「待った! 僕達は君達と戦いに来たんじゃない! 一緒にジュエルシードを封印するために来たんだ!」
幾度となく彼女らとぶつかってきた、白い少女と本来の姿となった少年が現れた。
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海底―――
『来てくれましたか、間に合って良かったですよ、高町なのは』
私の処理速度が落ちると予測された時刻まで17秒、ギリギリではありましたね。
貴女が来てくれる可能性は高かったのは確かですが、それは100%ではない。しかし貴女を信じてよかった。
遅延させていた動作を再開、第二フェイズへ移行開始。
同時に、バルディッシュより彼女らの会話の内容が伝わってくる。
【二人できっちり半分こ、一緒に止めよう!】
【………うん!】
【ここは一時休戦ってわけだね、了解したよ!】
【なのは! 僕とアルフさんで抑えるから! 一気に叩きこんで!】
『なるほどなるほど、仲良きことは素晴らしきかな、というところですね』
これまで何度もぶつかり合って来た両陣営。
それ故に、互いの力をよく把握している。誰が何を得意としていて、この状況でどう行動すべきかを皆が理解している。
プロスポーツで例えるならば、オールスターゲームという奴でしょうか。敵として何度も戦った相手故に、その特徴もまた理解できる。いざとなれば即座に共闘できる。
【ユーノ君とアルフさんが止めてくれている。だから、今のうちに、二人で“せーの”で一気に封印!】
なるほど、実に彼女らしい。
しかし、頭数が一人足りませんね。ならば恐らく彼は―――
【苦戦しているようなら手を貸すが、必要はあるかい?】
やはり、こちら側に来ましたか。
デバイスの格納空間に空気を詰め込み、バリアジャケットの調整によって水中や炎上している建物内など、酸素の無い状況下での活動を可能とする。
本来は災害対策担当の局員などが用いる技能ですが、そもそも彼が修めていない技能などあるのかどうかが疑問です。
【いいえ、恐らく大丈夫でしょう執務官殿。既に第二フェイズへの移行は完了しており、中枢ユニットである“ミョルニル”が起動しました。ここまで来れば私が行う作業はそれほどありませんので】
【………それが、君の素か?】
【然り。私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します。以後お見知り置きを、クロノ・ハラオウン執務官】
【予定通り、というわけか】
【上の彼女らには秘密にしておいてください。この場で貴方が知りたい事情を把握しているのは恐らく私のみでしょう】
【………ジュエルシードについて】
【そして、“ブリュンヒルト”や地上本部との関係について】
『Sealing form, setup』
バルディッシュがシーリングモードに入った。上は佳境のようですね。
【うん、分かってるよバルディッシュ。今はあの子と一緒に頑張ろう】
【ディバインバスター、フルパワー……いけるね?】
『All right, my master.』
皆、見事な連携です。レイジングハート、貴方も良き主に巡り合えたようでなにより。
【クロノ・ハラオウン執務官、上はどうやら砲撃寸前まで進んでいます。もし可能ならば、貴方に手を貸していただければ成功率がさらに上がります】
【先ほどの言葉と矛盾しているが?】
【あれは私が単独であればの話です。貴方とそのデバイスの協力があれば、私の選択肢も広がります】
【………特に異論はないが、具体的な方法は?】
【デバイスを私の胴体部にある接続ユニットに差し込んで下さい。それだけで構いません】
【何?】
【私は魔導機械と同調し、管制を行うよう特別調整されたデバイスです。貴方のデバイスを差し込んでいただければサポートはこちらで出来ますので、貴方は魔力さえ供給していただければそれで構いません】
【何ともデタラメな話だな】
【世には知られていませんが、シルビア・テスタロッサが提唱し、プレシア・テスタロッサが完成させたシステムです。信頼性は高いかと】
【虚言であれば、偽証罪で逮捕するとしよう】
【さて、私はデバイスですから】
彼の補助を得て、第二フェイズの進行を早める。
これなら、間に合いますね。
【え!? アレ何!?】
【え………分かった、あれは予定していた儀式魔法が発動しただけだから大丈夫! ジュエルシードに向かってあなたもそのまま撃って!】
【りょ、了解! せーので行くよ!】
突如せり上がった積層型立体魔法陣に多少動揺したみたいですが、切り替えが早い。
後の展開は火を見るより明らか、というやつですね。
【ディバイン―――――】
【サンダー――――――】
それはそうと―――
【驚きました執務官、まさかこの短時間で儀式魔法の補助までしていただけるとは】
【一応、この手の封印術式も知人から習ったことがあってね】
なるほど、恐らくは第八次闇の書事件においてクライド・ハラオウンと共に封印部隊の中核を担ったリーゼロッテ、リーゼアリアのいずれか。
彼の事情を考えれば、封印系の術式は全て修めていると考えるべきでしょう。
【バスターーーーーーーーー!!!】
【レイジーーーーーーーーー!!!】
二人の少女の強大な魔力が一斉に解き放たれる。
観測するほどの余裕はありませんが、恐らく一人当たり500万以上、合わせれば1000万以上の魔力が放出されていることでしょう。
『“ミョルニル”を封印形態へ。彼女らの魔力を全て封印術式へ変換』
これだけの魔力があればその必要もないほどですが、保険が多いに越したことはない。
これにて、封印作業は完了。
ジュエルシード実験の最終段階のための最後の予備実験、複数個のジュエルシードの並行励起状態からの封印シーケンス、データの蒐集を完了。
アリシアのための条件は揃いました。残るはフェイト――――
【友達に――――なりたいんだ】
【―――!】
――――こちらの条件も揃いましたか。
高町なのは、貴女という人は、本当に―――――フェイトが一番望んでいる言葉をかけてくれる。
であるならば、因子は整いました。全ての条件はクリア。
『第二フェイズ終了、最終フェイズを開始します』
ならばこそ、今は撤退する時です、フェイト。
高町なのはの言葉に、今の貴女は返せる言葉を持たない。
その答えを、貴女が見つけるまでのしばしの猶予を。
【えっ?】
【こ、これって―――】
驚愕の声は、二人の少女のもの。ジュエルシードの封印用に展開されていた魔法陣が再び起動し、フェイトとアルフの身体を先程までとは異なる術式が包み込む。
【なっ―――これは、次元転送!】
海上の状況は分からないはずですが、こちらの端末の状態から即座に上の状況を理解する彼は流石というべきか。
【申し訳ありませんクロノ・ハラオウン執務官、フェイトとアルフにも事情がありまして、少し席を外すことになります】
この海は、私が用意した祭儀場。
地の利は我等に在り、いざとなれば即座に空間転送を行う準備も万端整えてあります。
“ミョルニル”と6個の補助端末は、ジュエルシードを封印し、制御するための装置。
ならば、今やその中枢ユニットと化している私と“ダイバー”、その内部に内蔵されたジュエルシードの力によって、フェイトとアルフを時の庭園へ転送することは造作もありません。
無論、フェイトが封印した2個のジュエルシードと共に。
【いったい君は何をする気だ? 返答次第では君を拘束することになる】
クロノ・ハラオウン執務官がこちらにストレージデバイスを向ける。
一度接続した際に確認した情報によると、デバイスの銘はS2U。
ストレージデバイスとして基本に忠実な設計であり、それ故に万能とも言える。凡百が扱えばただの器用貧乏になり下がりますが、彼が扱うならば鬼に金棒となる。
しかし、それも彼に戦う権限があればの話です。
【約束の刻限となった。ただそれだけのことですよ】
【約束の刻限?】
【ええ、地上本部より承った“ブリュンヒルト発射実験”。その準備を開始する時刻は5月7日のAM9:00となっております】
現在時刻は、AM9:02
若干の誤差はありましたが、演算通りといえるでしょう。
【地上本部だと―――それに、ブリュンヒルトの発射実験だって?】
【次元航行部隊の執務官である貴方が御存知ないのは無理もありませんが、計画自体は昨年末には組まれており、そのための予算も計上されております。この日時を私の一存で変えるわけにもいきませんので】
そう、これはあくまで時空管理局が正規の予算でもって行う実験の一つ。
私はその実験の管制役をレジアス・ゲイズ少将より依頼されたに過ぎず、時の庭園はそのための実験場であり、我が主は外部協力者。
故に――――
【現在を持って、インテリジェントデバイス、“トール”は地上本部の開発した対空戦魔導師用追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”の管制機としての機能を開始致します。よって、次元航行部隊の執務官である貴方から、任意同行を求められたとしても私はそれに応えることは出来ません】
今の私に任意同行を求める、もしくは拘束するならば、先に地上本部の許可を取る必要があります。
“ブリュンヒルト”発射実験の管制機を本局の次元航行部隊が拘束するということは、地上本部の実験への妨害行為に他ならない。
そんな事態になれば何が起こるか、分からないクロノ・ハラオウン執務官ではない。
【……………】
そして、理解しているからこそ、彼は沈黙するしかない。状況を正確に記録する機能を持つデバイスである私に対して、彼は不用意に発言することはできないのだ。
【もし我々にご用があるならば、地上本部が発行する“ブリュンヒルト”建設現場への立ち入り許可証と共に、時の庭園へお越し下さい。常時ならばその必要はありませんが、現在は発射実験のために部外者の立ち入りは制限されておりますので、御注意を】
もっとも、テスタロッサ家のプライベートスペースは別に確保されているのでこちらならば問題はありません。
ただし、プライベートスペースには防犯用の装置などが当然ありますので、テスタロッサ家の“客人”以外の者が勝手に入り込めば、傀儡兵をはじめとした防衛システムに撃墜されます。
テスタロッサ家の防犯システムの管制もまた私の役割なれば。
つまり、フェイトとアルフが時の庭園にいる限り、彼女らに任意同行を求めることも不可能ということ。それ以前に接触が出来ないわけですから。
先にフェイトとアルフを“ブリュンヒルト”の発射準備を開始した時の庭園へ避難させてしまえば、次元航行部隊が彼女を追うことは不可能、そして、管制機である私は時の庭園でなくとも干渉は不可能。
【それでは、クロノ・ハラオウン執務官。またお会い致しましょう】
最終フェイズを全て実行。
海底に設置した機材を残らず時の庭園へ転送します。
無論、中枢ユニットたる私も含めて。
これにて、海でのジュエルシード実験を終了します。
成果は上々、アリシアのための要素もフェイトのための要素も満ちつつある。
『さあ、後は二人の少女の最後の邂逅を残すのみ。それが済めば、ジュエルシード実験は最終段階へ至ります』
我が主の望みが果たされるその時は近い。
例えどのような結末になろうとも、そこには一つの終わりがあるはず。
それを最適解にすべく、私は演算を続けましょう。
演算を、続行します。