第三話 悪戦苦闘
新歴53年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「実験体147番――――――不可、人としての原型をとどめていない」
「実験体169番――――――保留、リンカーコアの存在あり、ただし成長が見られない」
「実験体177番――――――可、リンカーコアはないものの通常のクローンとしては問題なし」
「実験体186番――――――不可、形になってはいるが内臓の一部がない、生体維持不可能」
「実験体199番――――――不可、皮膚の完成の見込みなし、廃棄処分」
「実験体202番――――――不可、右腕がない、しかし、断面から未知の反応が見られる、比較には使用可」
「実験体211番――――――可、特に問題なく成長中、ただしリンカーコアは存在せず」
「実験体223番――――――保留、体内にリンカーコアを確認、ただし心臓がない、サンプルとして保管」
「実験体231番――――――不可、人としての原型をとどめていない」
「実験体244番――――――不可、首から下は問題ないが、頭蓋骨の一部が存在しない」
「実験体259番――――――不可、髪の色が黒色であり肌の色も褐色、遺伝子配列が別物になっていると予想」
「実験体267番――――――可、筋肉に若干の問題が見られるが人間としては問題なし、リンカーコア不適正」
「実験体275番――――――不可、男性としての肉体が生まれつつある、遺伝子に問題あり」
「実験体281番――――――不可、人としての原型をとどめていない」
「実験体293番――――――保留、未成熟ながらリンカーコアの成長を確認、“優”となる可能性あり」
「実験体300番――――――不可、右腕が存在せず、内臓にも一部欠損あり」
「実験体309番――――――不可、顔が二つある奇形、生存適正なし」
「実験体317番――――――不可、下半身が存在しない、生存適正なし」
「実験体322番――――――可、問題なく成長中、リンカーコアの適正なし」
「実験体337番――――――不可、外見は完璧だが心臓だけが存在しない、かなり珍しいため保存」
「実験体342番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、ただし腎臓の片方が存在せず」
「実験体350番――――――不可、人としての原型をとどめていない」
「実験体361番――――――不可、腕が三本存在する奇形、肝臓が存在しない」
「実験体374番――――――不可、首がない奇形、生存適正なし」
「実験体388番――――――可、髪の色素がやや薄いが他は特に問題なし、リンカーコアは存在しない」
「実験体396番――――――不可、足と腕が逆に生える奇形、生存適正なし」
「実験体404番――――――不可、肋骨が全て存在していない、生存適正なし」
「実験体411番――――――不可、人としての原型をとどめていない」
「ふう、なかなか上手くいかないもんだ」
時の庭園の最下部に存在する培養カプセルの乱立した研究室、そこに黒髪で中肉中背の男がいる。
大魔導師プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トール。つまり俺だ。
プロジェクトFATEの本格始動から早2年、クローン体の製造は既に始められているが、その成果は芳しいとは言えない。
「うーん、心臓がない場合にリンカーコアがある場合が3つ、リンカーコアがなくても外見やその他の機能が問題ない場合もある。何か関係があると思うんだが………」
現在は俺一人であるが、いつプレシアやリニスから通信が来るか分からないので一応“標準人格言語機能”はONにしておく、使わないアプリケーションのリソースは二次記憶容量に移すが、現在では主記憶のみで大体の機能を賄えているので特にリソースを節約する必要はない。そして、主記憶上のデータを見直しつつクローン精製の問題点とその対処法を演算してみるが、そう簡単に分かれば苦労しない。同じような結果になったといってもその成長過程は全てバラバラな上、作り始めた時期も違ったりする。
とはいえ培養カプセルも無限ではなくせいぜい100個ほどしかないため、完成の見込みがないものは処分して新しい培養を始めないといつまでたっても研究が進まない。
とりあえず1番から100番までは全滅した。最もそれらしい形になったのは73番だったが、それもつい3日前に廃棄処分となった、リンカーコアの部分が異常増殖し、その影響で身体全体が人からかけ離れたものに変化し始めたからだ。
流石にその辺の映像はショッキングなのでプレシアには見せていない、というか、この部屋にプレシアが立ち入ることはなく、あいつに見せるのは形になっているやつらの映像と文字媒体となったデータだけだ。下手にこんなものを見せてしまっては微妙な均衡を維持しているあいつの精神が崩壊しかねない。
「これ、普通の人間が見たら絶対トラウマもんだよな。少なくともリニスが見たら発狂するかもしれん」
カプセルに並ぶは大量のアリシア、もしくはアリシアだったもののなれの果て、優しい性格なリニスにはきついものがある。プレシアの良心を受け継いでいるあいつには見せられんな。
物事には適材適所というものがある、インテリジェントデバイスである俺はこの光景にも特に嫌悪感を持つわけではない、というか、嫌悪感を持っていたらそれはもうデバイスではない気がする。
「こういう人間だったら胸糞の悪くなりそうな作業は機械がやるものと昔から相場が決まっている。逆に、これを喜んでやるような人間がマスターになって欲しくはないなあ」
プレシアの望みがプロジェクトFATEの先にある以上、研究を進めるのを止めるつもりはないが、これを見て高笑いして欲しいかといえばそれは否だ。まあ、そこまで狂ってしまったらその時はその時だが。
「だがまあ、一応リンカーコアがないやつなら出来つつある。これにどんな実験をするのかは知らないけど、アリシアの蘇生の助けになれるか否か」
成果が全く出ていないわけでもない、初期に比べれば原型を留めるクローン体が増えてきたのは確かだし、数は少ないがリンカーコアを発生させているものも出てきた。
だが、現在は実践とはほど遠く、それ以前の状況だ。そもそも人間の形を保ったままリンカーコアを成熟させたものはいない、現在様子見のもいくつかあるが正直見込みは薄い。
「やはり、遺伝子から胎児を作る段階で何らかの不備があるんだろう。そこら辺の調整が出来ない限りはこの誕生率の低さは回避されそうもないな。だが、あまり無計画にクローンを作っていたら資金が底を突く」
これだけの量のクローン体を作るのには尋常ではない資金がかかっている。新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレン”の特許やその他の研究開発の成果を民間企業に売り出したので資金は潤沢だが、減る一方では困るので様々な手段を用いて金策に励んでもいる。 インテリジェントデバイスがやるようなことではない気がするものの、女二人はこの方面でまるであてにならん。 いや見方によっては機械だからこそ適任なのかもしれないが。
まあ、愚痴ってばかりいても仕方ない。もう一度手順を洗い直して問題点を検証するとしよう。
新歴55年 時の庭園
「実験体721番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」
「実験体733番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点はなし」
「実験体740番――――――不可、外見上の問題はないが、男性へ変異」
「実験体749番――――――不可、生命活動の問題はないが遺伝子に明らかな違いを確認、肌が褐色」
「実験体757番――――――可、左目の色が異なるものの大きな差異はなし、リンカーコアはなし」
「実験体764番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、成長するかどうかは未知数」
「実験体772番――――――不可、心臓がない以外は問題なし、リンカーコアのなりそこないを確認」
「実験体785番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点なし」
「実験体799番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」
「実験体803番――――――不可、両腕の筋肉の成長が停止、ケースとしてはやや特殊」
「実験体810番――――――可、アリシアとの相違点はほぼゼロ、ある意味で完成系といえる」
「実験体818番――――――不可、両足の骨に欠損あり、歩行困難」
「実験体827番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、だが、肺に反応あり、奇形の可能性」
「実験体835番――――――良、リンカーコアは順調に成長、ただし、髪の色素がやや薄い」
「まあ順調っちゃ順調か、少なくともリンカーコアがない場合なら一定の割合で作れるようにはなった」
さらに2年、プロジェクトFATEは進行中。
プレシアの方ではとある伝手で入手したロストロギア、『レリック』とやらの解析を6か月ほど前から行っている。
どうやらこいつは“当たり”のようで、レリックを用いることで死者を復活させる技術すら資料からはうかがえるらしい。
だが、問題点が一つ、こいつは“レリックウェポン”と呼ばれる代物で本来は死者の蘇生のためではなく、人造魔導師の精製に関する技術らしい。体内に埋め込まれたレリックが兵器としての最大の性能を発揮できる状態を維持するために、検体のリンカーコアと結合し励起させることによって、死者を無理やり生者に反転させるのに近いようだ。
つまるところ、リンカーコアがないアリシアにはこれを用いることは出来ない。レリックが内包する魔力はちょっとした魔力炉に匹敵するので、肉体が耐えられないのだ。おそらく低ランクの魔導師でも同じで、高ランク魔導師でなければ不可能だろう。ならばと、この技術を応用し、リンカーコアのない人間に埋め込むことができるように調整して、脳死状態を復活させるものを作ろうと悪戦苦闘しているようだが、成果は芳しくないようだ。
以前の研究で行っていたリンカーコアの非魔導師への移植。あれのノウハウを応用し、リンカーコアを“レリックレプリカ”に改造してアリシアのクローンに埋め込んで見たようだが、どれも上手くいかなかった。
現状で目指しているのはレリックが持つ蘇生能力を付与し、かつ移植、優郷に適した“改造リンカーコア”を作り出すことだ。つまりアリシアの肉体でも定着するようなレリックレプリカということで、ユニゾンデバイスの機能も参考にしているみたいだが、中々に困難のようだ。
「それさえ完成すれば大きな前進になる、問題は蘇生した後に後遺症が出ないかどうかだが、そこはリンカーコアがある“妹”がいればなんとかなる」
アリシアのクローンを作るだけなら目処がたったが問題はリンカーコアを有する“妹”を作ることだ。 もともとアリシアはプレシアの娘、僅かの遺伝子配列の変化でリンカーコアを持たせることができると、今までのクローン研究でわかっている。
レリックであろうと、レリックレプリカであろうと、それと適合して蘇生したアリシアは高い魔力資質を持つことになる。つまりアリシアに“レリックレプリカ”を埋め込んで蘇生させた結果となる存在である”魔力資質を持ったアリシア”が居れば、その体のデータに合わせてにレリックレプリカを調整すればいい。要は完成形が分かっていればそこに至る道へと調整する方がやりやすいというわけだ。
だが、それでも技術的に困難なのは間違いなく、プレシアの存命中にそこまで持って行けるかも大きな課題だ。プロジェクトFATEの成果をプレシア自身に応用することも考えられるが、絶対的に時間が足りてない、プレシアの延命のための研究を先に行えば今度はアリシアが間に合わなくなる。刻限はあと10年ほど。
つまり、既に状況はプロジェクトFATEが完成してもプレシアかアリシアどちら一人しか助からないだろうというところまで進んでいる。ここで両方助かるような起死回生の方法でも浮かべばいいんだが、そんなもんが都合よく転がっていたら誰も苦労しない。
「さて、どうなることやら」
とはいえ、俺に出来ることがそれほど多くあるわけではない。生命研究の手伝いをやっている身ではあるが俺が持つのは知識だけでそれらを組み合わせて新技術を生み出す能力があるわけではないし、ロストロギアの探索に役立つわけでもない。
「せめてもうちょい魔導師としてのレベルが高けりゃいいんだが、Cランクじゃなあ」
プロジェクトFATEの副産物といえるのかどうかは微妙だが、俺の身体も一応バージョンアップされ、それなりに魔導師としてのレベルも上がってきた。
世の中にはカートリッジという便利なものがある。魔導師の魔力を別に蓄えておき、魔法の発動の瞬間などに炸裂させることで効果を飛躍的に高めるという荒技だ。
古代ベルカ時代などでは当然の技術だったそうだが、新歴に入った頃にはほとんど失われていたらしい。最近では研究も徐々に進み、近代ベルカ式の使い手などはカートリッジを使うことも増えてきたようだがまだ安全面で問題があるとか。
オーダーメイドのデバイスならばカートリッジもそれに合わせて作る必要があるようだが、割と汎用的なストレージデバイスに搭載する場合は同じ規格で大量生産した方が当然安上がりだ。デバイスに込めるのはブースト用の魔力なので魔法使用者のものでなくとも構わないとか。そして、大量に作られたカートリッジは全て製品になるわけではなく、出来そこないの“クズ”も結構生まれる。技術が完全に確立されていない現状なら尚更だ。
そこで、ロストロギア蒐集用に作ったコネやプレシアのデバイス関係の技術者としての人脈からそういった“クズカートリッジ”を大量にもらうことが出来た。これを使えば一時的に魔法人形の中枢にあるリンカーコアに魔力を注ぎ込み魔法を使うことが出来る。
とはいえ原理は完全に電池そのものなので電池が切れれば当然取り換えなければならない。取り換え方法は口から入れて、腹で交換、要らなくなったクズカートリッジは尻から出るというとんでもない仕様だが肉体の構造的に最も無理がないので仕方がない。
そんなわけで、カートリッジを食べ、空のカートリッジを尻から出して魔法を使う恐怖の魔法兵士トールが爆誕したのであった。 どうなんだソレ。
また、それと併用して、高ランク魔導師の肉体を材料とした魔法人形を作り、そのリンカーコアを制御することでその魔導師が生前持ち得た技能を再現する研究を行ってもいるらしい。
……………これを俺に託したあの男の真意は少し不明瞭な部分もあるが、とりあえず今は考慮すべき事柄ではない
=====================
あとがき
このさき2,3話は説明会っぽくなると思います。まだプロローグ部分ですね。予定としては5話ぐらいでフェイト誕生の予定です。
ちなみにトールの本体は、バルディッシュの紫Verです。