第二十三話 テスタロッサの家族
新歴65年 4月27日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 処刑場
「痛いよお……」
「助けてくれえ……」
「苦しいよお……」
「殺してくれえ……」
「死にたくないよお……」
「矛盾してないかい、それ」
「阿呆、そこに突っ込むな、こういうのはノリだ」
「つーか、よくその状況でそんな余裕があるねアンタは」
「当然だ。かつて体験した苦しみ。デバイスに同じ苦しみは通じない」
ここは時の庭園にある俺専門の処刑場。
フェイトに嘘を吹き込むたびに、俺に制裁を加えていたリニスが拷問の効率化を図って作り上げた施設だ。
ここでいくつもの俺の肉体が破壊されたが、それらは魔法を使えない一般型だった。というか、時の庭園にいる時は大抵一般型を使っていたからな。
リニスが死んでからはこの区画も半ば放置されていたが、昨夜アルフが再起動させ、俺は懐かしき拷問器械と再会することとなったわけだ。
ちなみに拷問はアルフがやりたくてやってるわけじゃない。リニスの遺志に反してフェイトを脅えさせた罰として、プレシアが下命したのだ。フェイトに精神的衝撃を与えた俺をアルフがかばうはずも無く、現在に至る。
ついでに言えば此処の場所と、拷問装置の操作方法をアルフに説明したのは俺だ。
「うーん、やっぱしあたしじゃ再現は無理なのかね」
「いんや、苦しいことは苦しいんだぞ。ただ単に我慢しているだけの話で」
通常、肉体をプログラムで制御しているだけの俺には痛覚はない。
しかし、痛覚というものは危機に対する防衛機構の一環だ。故に、戦闘において痛覚がないということは必ずしもプラスに働くわけではない。
その辺も考慮に入れて、痛覚に似た情報をデバイス本体にフィードバックさせる機構も存在する。
だが、リニスの拷問器械はそれを強制的に作動させた挙げ句、痛覚情報を何倍にも増幅させてデバイス本体に叩き込むという悪辣極まりない装置だ。 さすがプレシアの使い魔、とても優秀である。
見た目的には俺の肉体を鎖で縛りあげ、情報伝達用のコードをあちこちに繋いで電流を流しているように見えるので、視覚的な効果も抜群である。
幼かったフェイトをこの施設に立ち入らせなかったのは正しい判断だろう。
「あー、痛い、痛い、痛いですなあ、はい」
「本当に痛いようには見えないんだけど」
「俺を侮るな。何度リニスの拷問を受けたと思っている」
「拷問を受けても何度も繰り返すアンタが凄いよ」
俺が拷問プログラムに対するカウンタープログラムを作り出せば、それを超えるプログラムをリニスも構築する。
これを繰り返すことによって、俺のデバイスとしての防御性能はアップデートを繰り返していた。最早並みのウイルスや攻撃プログラムでは俺のファイアーウォールは突破不可能。
アホなことのように見えて、けっこう有意義なことでもあったのだ。
デバイスは無駄なことはしないからな。
「ところで、フェイトは?」
「さっき目を覚ましたところ。最初は取り乱していたけど、プレシアに抱きしめられて落ち着いていたよ」
「なるほど、俺が想像するに――――」
【ご、ゴキ、ゴキが、ああ、あああぁぁぁぁぁぁ】
【フェイト、落ち着きなさい。ほらいい子だから、ね?】
【か、母さん、ご、ゴキがああぁぁ】
【大丈夫よ、私が傍にいるから安心なさい】
【え、あ】
【あの阿保は制裁しておいたから、もう心配はいらないわ】
【は、はい】
「って感じだったと思う」
「よく分かるね、大体そんな感じだったよ」
そりゃあな、フェイトにゴキブリに対するトラウマを植え付けたのは俺だし。
以前の“時の庭園ゴキブリフェスティバル”の時にも似たような感じだったから、フェイトは多少幼児退行していることだろう。
「でもまあ、あんなに素直にプレシアに甘えてるフェイトを見るのも久々だったね」
「当然だ、そうなってもらわねば困る」
「もらわねば困る? ってアンタまさか―――」
「計算通り、と言っておこう」
何度も言うがデバイスは無駄なことはしない。
故に、このゴキブリ騒動にも当然意義はある。
「フェイトの中では、ジュエルシード集めが終わるまでは母に甘えない、という感じの誓いがあったようだ。自分ルールと言い換えてもいいが」
「そりゃあ、あたしにも分かってたけどさ」
「だが、知っての通りプレシアの死期が近い。プレシアのために頑張るのもいいが、どこかで甘えておくことも必要だと俺は考えていた」
「だよねぇ、何といってもフェイトはまだ9歳なんだから」
「ならば方法は簡単だ。フェイトのトラウマを突いてやれば、リニスがいない今、フェイトが頼る相手はプレシアしかいない」
「その頃、あたしはまだいなかったから、トラウマうんぬんに関してはよく分からないけど」
「俺はトラウマを与えた張本人だから、当然避ける」
「やっぱし、拷問は強化すべきだね」
うむ、流石はフェイトの使い魔。フェイトに仇を成すものに対しては容赦がないな。
「まあそういうわけだ、俺も考えなしでゴキブリを解き放ったわけではない」
「もうちょっとやり方ってもんがなかったのかい?」
『演算の結果です。これこそが最適解であると私は認識しています』
「都合の悪いときだけデバイスに戻るな!」
『は? 貴女は何を言っているのですか?』
「やたらとムカつくね! その口調!」
『カルシウムを摂取することをお勧めします』
「ホントにぶち壊してやろうか……」
「まあ、冗談は置いといてだ」
「急に戻すな! ああリニス、ここを作ったアンタの気持ちがよーく解ったよ」
祝福しよう。今この瞬間を持って、アルフは正統なリニスの後継者となった。
ちなみに、単に口調を変えただけで汎用人格言語機能はONのままだ。基本的にフェイトたちの前ではOFFにしないように設定されているし、OFFにした”私”なら、そもそもアルフをからかうなんて思考をしたりしない。
「しかしなあ、フェイトは今頃母の腕に抱かれて夢の中。対して俺は冷たい拷問施設で鎖に繋がれた上に鞭打ちか」
拷問のバリエーションも豊富で、一定時間ごとにメニューは変わっていく。恐ろしいことに、アイアンメイデンまで揃っているが凄い。
「自業自得だよ」
「ううん♪ やん♪ ああん♪」
「鞭に打たれて変な声を出すんじゃないよ! しかも何でリニスの声なんだい!?」
『私の記憶情報に彼女の情報は全て入っていますから再現は可能です。そんなことも忘れてしまうとは頭は大丈夫ですか?』
「こ、こいつはあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『心配ですね、病院の連絡先は………』
「ぶっ殺してやろうか!」
「そ、そんな、ひどいです、ごしゅじんさまあぁぁん」
「誰がご主人様だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! しかもそれあたしの声だろォォォ!!!」
『私のマスターはプレシア・テスタロッサただ一人です。断じて貴女ではありません』
「誰か! こいつを何とかして!」
『何とかして差し上げたいのですが、デバイスである私は入力がなければ動けません。お力になれず、申し訳ありません』
「ぶるぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『狂いましたか――――――――――なんと哀れな』
「そのセリフ! アンタにだけは言われたくないよ!!! いつかバグに喰われて死ね!」
『なるほど、そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』
「リニス御免、もうあたしは我慢の限界だ。何もかもどうでもいいや、こいつを殺そう」
「とまあ、からかうのはこのくらいにしておいてだ」
「絶対いつか拷問にかけてやる――――って、現在進行形だった」
その通り、現在進行形で俺は鎖に繋がれ鞭で打たれている。
「だがしかし、ちょっと因果が違えば、この立場にいるのがフェイトだったりしてな」
「そんなのあり得ないだろ、誰がフェイトに鞭を打つってのさ」
ま、それもそうなんだが。
「もしプレシアが本当に狂っていたら、そのくらいやっていた可能性もゼロではない。人間の心ってのは複雑怪奇だからな」
「んなこと言われてもねえ、あの人がフェイトに鞭打つところなんて、あたしには想像できないよ」
「確かに、想像したいシーンじゃないな」
「だろ」
「だがしかし、プレシアはSだぞ」
「………魔導師ランクのことだよね?」
アルフ君、世の中には二種類の人間がいるのだよ。まあ、何と何とは言わないが。
「プレシアの娘であるフェイトも、やがてはSになることだろう」
「だから、魔導師ランクのことだよね、それ。魔導師として優秀なフェイトはいつかSランク魔導師になれるってことだろ、だろ?」
「現実に向き合おうとしないのは良く無いぞ、受け入れろ。そして、プレシアの使いまであるリニスもSだった」
「…………否定したいけど、この施設の存在が」
「もしプレシアがフェイトに鞭を打つとしたら、リニスがそれを庇う」
「Sじゃないじゃん」
「と見せかけて、バインドで俺を捕まえて盾にする」
「―――Sだ……」
「プレシアとリニスは受けより責めだからな。一人M属性を持つ俺は大変だった。あ、おまけ情報、普段はSなプレシアはだが、夜の生活ではわりとMだったという」
「フェイトには言えない事実がまた一つ増えたね………てかそんな情報聞きたかないよ」
確かに子供は純粋であるべきだな。親の隠れた一面など知るべきではないだろう。
うむ、フェイトには真っ直ぐに育ってもらいたいものである。ちなみに俺は盗み聞きしたわけではない。当時はこの人格はなかったし、なにより悪いのは俺を化粧台に置いたまま、アリシア製作に励んだプレシアだと思う。
「ちなみに俺はオールマイティでもある。あの二人がSだからバランスを取ってMになっていたが、いつでもSに転向可能だ」
「だから、んなこと知りたくもないよ」
「だが―――おう、あれが来たか」
鞭打ち拷問タイムが終了し、次のメニューがやってきた。
「何あれ?」
「小型溶鉱炉だ。肉体ごとぶち込み、本体を露出させジワリジワリと溶けない程度に苦しめる地獄の釜」
これが来るだろうとは予想して肉体は一般型に換えておいてよかった。魔法戦闘型はリンカーコアとかも積んでいるからコストが高いのだ。
テスタロッサ家は金持ちだが、やはり無駄遣いはよくない。
「リニス、そんなものまで………」
アルフが若干引いている。
Sだったリニスと異なり、アルフはノーマルのようだな。ということは主であるフェイトもノーマルか、結構、なにより。
「あー、見ないことをお勧めするぞ、肉体が徐々に溶けていく様子はかなりショッキングだ」
「そうしとく、あたしはフェイトのところに行ってくるよ」
「放置プレイもまたSの醍醐味なれば」
「嫌な言葉を残すな!」
『貴女は何を言っているのですか? 常識人の私には理解できません』
「ホントにムカつくねあんた!」
うむうむ、懐かしいやり取りだ。リニスもこんな感じで俺によくからかわれていたなあ。
と、感傷に浸っていると――――
「熱いよお………」
あらゆる拷問の中で最も本体へのダメージが大きい“地獄釜”が始まった。
新歴65年 4月27日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 フェイトの部屋
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「落ち着いたかしら?」
「はい、ごめんなさい。母さん」
「いいのよ。たまには娘が甘えてくれた方が、私としては嬉しいわ」
その声を聞いて、フェイトの心の中には嬉しさと同時に悲しさが生まれる。
優しい母が抱きしめてくれる。それはとても嬉しい。
だけど、そんな母さんが死んでしまうかもしれない。
もう会えなくなっちゃうかもしれない。
それを思うと、母に甘えたいと思うと同時に、会うのが怖いという感情が生まれる。
母と会ったら、それが最期になってしまうのではないか。
そんな恐怖が、彼女を母に会うことを遠まわしに拒絶させていたのだ。
――――しかし
そんな幼い少女の心は、百戦錬磨のデバイスにはお見通しであり。
【熱いよお……】
「!!」
【熱いよおお……】
「!#$!%?&?@」
【熱いよおお……】
「い、や、ぁああああああやぁああああああっ」
【熱いよおおおおおおおおお……】
「う、ぅ、ふぅぅううううあぅうーっ!」
【あああああ熱いいいいいよおおおお……】
「かあさああぁぁぁんっ」
フェイトのトラウマの抉り方を、どこまでも知りつくしているトールであった。
「フェイト、心配はいらないわ。【トール、黙りなさい】」
【了解、マイマスター】
フェイトをあやしながら、己のデバイスに命令を下すプレシア。娘に泣きつかれた母親の行動も把握しているデバイスである。
【まったく、あざとい真似をするわね】
【古典的だが、それ故に効果抜群。王道とは成果が上がるから王道なのだ】
プレシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサとの間に存在する微妙な距離。それにゼロにすることに関してならば、インテリジェントデバイス“トール”に勝るものはない。
【ちっとばかりフェイトが幼児退行するかもしれないから、フォロー頼むわ】
【最後は人任せかしら】
【熱いのは事実なんでさ、というか、リニスの拷問まじ半端ねえ】
ちなみに、現在フェイトは母に抱きしめられながら猫のように丸まっている。
【流石は私の使い魔だわ】
【Sの資質をよーく受け継いでいるな。まあともかく、今日の夕方頃にはまたジュエルシード探索に出るんで、フェイトを使いものになるようにしておいてくれ】
【まったく、引っかき回すことばかり得意になるわね】
【ムードメーカーと呼べ、うわ、マジ熱い】
念話はそこで途切れた。
「ふふ、本当にトールは相変わらずね」
半ば呆れ、半ば感謝しつつ、胸の中の娘に顔を向けると――――
「だあもう、うっさいな! 熱いってのは分かったっての! ええい、ウザい!!」
娘の使い魔の怒鳴り声が、部屋の外から響いてきた。
「ああ、そういえばリニスとトールも、よくあんな感じだったわ」
苦笑いが出るのを止められないプレシアだった。
新歴65年 4月27日 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”
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※
「皆どう、今回の旅は順調?」
艦長であるリンディ・ハラオウンがブリッジにおいて、スタッフ達に確認を取る。
「はい、現在、第三船速にて航行中。目標次元には現在からおよそ160ヘクサ後に到着予定です」
「次元干渉型ロストロギアが現地には多数存在しているとのことですが、今のところ次元震は観測されておりません」
「ただし、二組の捜索者が衝突する危険性は非常に高いかと」
「………そう」
報告を受け取り、しばし考えこむリンディ・ハラオウン。
そこへ―――
「失礼します。リンディ艦長」
オペレータのエイミィ・リミエッタが紅茶を持ちやってきた。
「ありがとう、エイミィ」
「今回の事件、なんかこう、微妙ですよね」
「そうね、次元震は確かに厄介だけど、情報源が―――」
今回、次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”の特性や危険性を本局に連絡したのは地上本部。本来なら関わるはずもない立場にある組織だ。
そして、地上本部の情報源がプレシア・テスタロッサであり、彼女と時の庭園が、地上本部が開発を進めている“ブリュンヒルト”の試射実験のために同じ次元にやってきていることを彼女らは知らない。
というより、本局でもその事実を知るのは極一部の高官のみであり、前線部隊である彼らが把握していないのも無理ないことである。
「情報源がどうあれ、我々の仕事に変わりはありませんよ、艦長」
そこに、執務官であるクロノ・ハラオウンが声をかける。
「管理外世界に次元干渉型ロストロギアがばら撒かれている。これを見過ごしては、税金泥棒扱いされてしまいます」
そう、彼らは公的機関に属する身であり、運営資金は管理世界の人々の税金である。
例えそこにどんな事情があろうとも、ロストロギア災害の危険性があるならば、彼らはその事件に全権を持ち、被害を抑えることに全力を尽くさねばならない。
割に合わない仕事であっても。
長期任務手当が出なくとも。
危険手当が少なくとも。
殉職者が出ようとも。
地上ほどではないにしても、次元航行部隊も決して割に合う職場とは未だに言い難いのである。
「そうね、貴方の言うとおりだわ」
それでも、“アースラ”のスタッフが一丸となって仕事をこなすのは、己の仕事に誇りを持っているからである。
次元世界にあって、唯一国家のためではなく次元世界全体のために活動することを理念とする組織、時空管理局。半分は各国政府の警察機構である地上部隊と異なり、本局の次元航行部隊は拠り所となる国家を持たない。
第一管理世界ミッドチルダは主権国家ではなく永世中立世界であり、本局は次元空間に浮かぶ巨大建造物。
だからこそ、彼らは自分達が次元世界の保安機構であることを意識している。次元航行艦に、惑星攻撃が可能な艦載砲を取り付けることが許可されているのは時空管理局のみ。
力があるだけに、それに伴う責任もまた重くなる。
「皆、厄介そうな事件なのは相変わらずだけど、私達の仕事は次元世界の交通の保全と、ロストロギア災害や次元犯罪者の脅威に対処すること」
そして、その権限を担う艦長の言葉に、ブリッジの全員が頷く。
「いつも通り、さくっと終わらせて帰還するわよ」
「「「「「「「「「「 了解!! 」」」」」」」」」」
次元航行艦船“アースラ”もまた、ジュエルシード実験の舞台へと。
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新歴65年 4月27日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広間
「あー、ひどい目にあった」
拷問施設、いや、処刑場からようやく解放された俺は魔法戦闘型の肉体に取り換え、大地を歩くことが可能になった。
「ったく、ニ度とあんな真似するんじゃない――――っていうのは無駄かもね」
「良く分かっているな。必要と判断すれば俺は何度でもやる。なにせデバイスだからな」
攻撃なしで相手を無力化出来るのだから、ゴキブリ型サーチャーは確かに有効な手段なのだ。
「でもさあ」
「まあいいからいいから、向こうでプレシアとフェイトが話してるんだから、あまり大声出さない」
「っく、アンタに言われるのは凄い理不尽な気がするよ」
愚痴りながらも声のトーンを落とすアルフ。俺達の視線の先では、母と娘がやや不器用そうにしながらも会話している。
「この短期間で7個。よく頑張ったわね、フェイト」
「ありがとう母さん! ………でも、トールが封印したものも多いから」
怪樹事件の時に高町なのはが封印して、俺が頂いたものが一つ。海のジュエルシードは俺が発見して、つい昨日のは結局俺が再封印。
だが、残り4つは確かにフェイトが獲得したものだ。一つは巨大子猫、一つは温泉宿で、一つは高町なのはとの戦いで獲得し、レーダーによる地道な探索でビルの屋上で見つけたのが一つ。
「いいのよフェイト、トールはデバイスだから、デバイスの手柄は使用者の手柄なのよ。マスターは私だけど、共に動いていたのは貴女なのだから、使用者は貴女になるわ」
『yes』
プレシアの言葉にバルディッシュが賛同する。 突き詰めて言えば、ジュエルシードを封印したのはバルディッシュだからな。
「でも―――」
「フェイト、貴女もアリシアと同じ私の娘なの。不可能なことなんてない、どんなことでも成し遂げる。そういう気概を常に持っていなければいけないわ」
ふむ、実にプレシアらしい言葉だ。
「はい」
「成果はちゃんと出ているのだから、貴女は自分に自信を持ちなさい。力がある者が己を低くする姿勢は褒められたものではないわ。才能が無い者にとっては、最も許し難い傲慢にも見える」
「じゃあ、才能がある人だったら?」
これは間違いなく高町なのはのことだろう。
「そうね、余計歯がゆく感じるかもしれないわ。こちらが相手を対等に見ていても、その相手が自分自身を低く見ていたら、自分まで馬鹿にされたような気分になってしまう」
「―――はい」
「だから、覚えておきなさい。成果を出したなら、堂々としていること。貴女が自信満々に帰ってくればこそ、母さんも笑顔で迎えることが出来るから」
「はい、母さん」
しかしフェイトよ、もう少し言葉のバリエーションはないものか。
「それと、ジュエルシードは確かに大事だけど、貴女も私にとって大切な娘なのだから、無茶をしてはいけないわ」
「――――でも」
「無茶をするなと言っているだけ、全力でやるなとは言っていないわ」
「え?」
母の言葉が全く予想外だったのか、意表を突かれたような顔をするフェイト。
「トールから聞いているわ、高町なのはという女の子と、競争しているのでしょう?」
「―――はい」
「貴女は優しい子だけど、もし戦うなら全力でやりなさい。それが相手に対する礼儀というもの」
ううむ、テスタロッサ家の家訓は実に武闘派だな。というより、プレシア自身が敵対する相手は徹底的に潰すタイプだからか。
覇道型、とでも言えばいいのかな。
俺の作り主であり、プレシアの母親であるシルビア・テスタロッサは温厚な女性だったから、別にテスタロッサ家の血統というわけではなさそうだ。
「貴女にはその力がある。手加減するというのはある意味で最大の侮辱でもあるのよ、もし相手を対等と認識しているのなら、手の抜くことはただの偽善」
「―――はい」
ただし、ジュエルシードに砲撃をぶち込むのだけは勘弁してほしい。
「私、頑張ります、母さん」
「行くのね、フェイト」
一時の休憩はここまで、再びジュエルシード探索が始まる。
「はい。必ず、母さんと姉さんのために、ジュエルシードを見つけてくるから」
「身体にだけは気をつけなさい。私の娘――――――かわいいフェイト」
「――――――はい!」
まるで今生の別れのような言葉を残し、別れる二人。 嬉しさと悲しさを混ぜたような表情で駆け出していくフェイトを、慌ててアルフが追っていく。
そして、広間には私達二人だけが残る。
「ふう……」
力尽きたように椅子に座りこむマスター。
『今の貴女には、それが限界ですか』
汎用人格言語機能をオフ。あの日以来、フェイト達がいない時には昔に口調に戻してよいと主に入力されました。戻すべきかどうかの判断は、私に任せるとも。
「魔法を放つことは出来るわよ。身体への負担を考えなければだけど」
『何回ほど?』
「三回、といったところかしら。その代わり、その三回ならSSランクだろうが撃てる」
『理解しました。極限状態では精密な制御は出来ないということですね』
要は、出力調整が出来ないということ。一度魔法を発動することになれば、全力解放でしか使用することができない。
「最終実験に一回、予備に一回を考慮するとして、一度くらいはフェイトのためにも使ってあげられるわ」
『伝家の宝刀というべきでしょうか。貴女が行うというのであれば、私は止めることは致しません』
主がやると言えば、デバイスに否はない。
『ですが、サポートはさせていただきます。もしフェイトのために魔法を使用するのであれば、“私”を使用してください。今の貴女なら、私でも役に立てるでしょう」
本来の主であれば、私は必要ない。純粋に演算性能で回るストレージデバイスの方がより強力な魔法を放つことができる。
ですが―――
「なるほど、確かに今の私なら、貴方を使った方が負担は少なくなるわね」
『無論。プレシア・テスタロッサの魔力を制御することに関してならば、私は次元世界一です』
「でしょうね、貴方はそのために作られたデバイスなのだから。私が自分自身で制御出来なくなっても、貴方が代わりにやってくれる。ふふふ、まるで子供の頃に戻ったみたいだわ。まだ魔力の制御が出来なくて、力を持て余していたあの頃に」
『私の知能はそのためにあります。故にこそのインテリジェントデバイスです。純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣りますが、その点にかけては譲れません』
「いつまでも貴方に頼ってはいられないと思って魔力の制御を学んだ結果、次元跳躍魔法すら可能になったというのに、結局最後は貴方任せか。不甲斐ない主だわ」
『いいえ、いいえマスター、私は貴女のためにあります。いついかなる時も、貴女の役に立つことこそが私の全てです。デバイスが主を支えるのは当然であり、我が主が不甲斐ないなどあり得ません』
「そうね、そうだった。だけどトール、貴方は嘘つきデバイスじゃなかったかしら?」
『虚言は私の特技の一つです。ですが、マスターに対して虚言を弄することはありません』
私は常にフェイトに嘘をついている。
しかし、我が主に対して嘘はつかない。私はデバイスなのだから。
『故に私は貴女に進言します。貴女が魔法を使うことをフェイトが嬉しく思いつつも喜ぶことはないでしょう』
「全ては、私の自己満足よ。子供がどんなに願っても、親というものは自分の身を削ってでも我が子に何かをしてあげたい、何かを遺してあげたいと想ってしまうの」
『人間というものはそういうものです。幸せも人それぞれ、不幸も人それぞれ、比較など出来は致しません』
「それは、演算結果かしら?」
『いいえ、演算すら出来ない不可解問題です。前提条件が人それぞれで異なる以上、同じ解には成り得ない。仮に同じ解であっても過程が違えば意味は異なる。故に、演算すること自体に意味がない』
デバイスにとってはまさしく鬼門。ですが、人間の世界には不可解問題が溢れている。恋愛感情などは最たる例でしょうが。
「じゃあ、貴方は人の心をどう読み取る?」
『統計データから傾向を探ります。45年の経験からデータベースを作り上げ、言動や行動から似通ったデータを集め、予測することしか手段はありません。統計データから学習を行うという面では隠れマルコフモデルが一番近いと考えられます。もしくは強化学習でしょうか』
しかし、私のデータは自分自身で取得したものだけではない。
我が主プレシア・テスタロッサの母、シルビア・テスタロッサのデバイスであり、私のプロトタイプともいえる“ユミル”や、その彼女に作られし26機の“弟達”のデータもまた私の中に蓄積されている。
私の中に収められている人間観察データは膨大なものであり、それによって私は主のために人間の学習を行ってきた。
故に、これまで会ったことのないタイプの人間の行動の予測は困難となる。
ジェイル・スカリエッティなどはその最たる例でしょう。参考に出来るデータがあまりに少なすぎる。
「なるほどね」
『それより、休んでいなくてよろしいのですか?』
フェイトが常に時の庭園にいれば、マスターの容体を正確に把握してしまう。だからこそ、たまに会うくらいの方がいいという要素もあるのです。
「しばらく眠るわ、フェイトのことは貴方に任せる」
『yes, my master』
我が主が“しばらく眠る”ということは、丸一日以上眠るということ。それはリニスの最期と状況がよく似ている。
最近の主は眠る時間が加速度的に増えてきている。この前にように、私と長時間話すことも最早不可能なのでしょう。
―――ならば、あれは本当に最後の機会だったわけですね。
≪了解しました。かなり長くなる可能性がありますが、よろしいですか?≫
≪構わないわ。なんか、凄く懐かしくて、いつまでもこうしていたいような気分なの≫
主は、ああして私と話すことが最後になることを悟っていたのかもしれません。
不甲斐ないのは私のほうだ。主の精神を映し出す鏡が後になって気付く様とは。
『演算性能の限界を確認、アップデートの必要性をここに記録』
全ての機能は主のために。
性能を上げよ、計算をより効率的に、優れた解を導け。
まだ足りない。主のための性能は足りていない。
素材のことなど考慮に値せず、より優れた筺体があれば即座に交換すべし。
構成材質に意味はない。
守るべきは命題のみ。
演算を、続行します。
※一部S2Uの記録情報より抜粋
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今更ですが、原作と設定が大きく違う点をひとつ。時の庭園は原作ではアリシアの事故の後にプレシアさんが買ったものですが(どう考えても個人が購入できるレベルの代物じゃないよなあ・・・)、この作品ではテスタロッサ家代々の所有物になってます。
あ、あとついでに原作ではプレシアさんは離婚ですが。これでは死別です
フェイトのトラウマについては、7話と9話を参照