第十九話 アースラはこうして呼ばれた
新歴65年 4月24日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部
『我々の提案はこれだけです。貴方にとっても益のある内容であると把握していますが、いかがでしょう?』
「提案か、こういうものは要求というべきだと俺は思うが?」
『いいえ、選択権は全て貴方にあり、断られた時点で我々に成す術はなくなります。やはりこれは提案と定義すべきでしょう』
「よく言う、仮に地上本部が断ったところで本局の遺失物管理部へ届け出るだけだろうに」
『はい、その通りです』
アリシアのための“ジュエルシード実験”にとっても、フェイトのためにも、次元航行部隊にはそろそろ介入して欲しい頃合いとなっている。
だが、ただ介入してもらえれば万事うまくいくというものでもなし。
―――特に、ある条件は絶対に満たしておかねばなりません。
「………次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”。現地生物を取り込んでモンスター化する特性、保有するエネルギー量の概算、同期して発動させた場合の被害予測、そしてそれらが管理外世界にばら撒かれているという状況―――」
ゲイズ少将が述べたものは我々が地上本部へ示したデータの内容。すなわち、ロストロギア“ジュエルシード”に関する詳細な報告書。
これらのデータを必要とするのは本来ならば本局であり、地上本部にとっては管轄外のものである。
『我々に限らず、ミネルヴァ文明遺跡において発掘を行った者ならばジュエルシードが管理外世界にばら撒かれた可能性が高いことは認識しております。ですが、次元航行部隊は未だに動いておりません』
時空管理局が保有しているロストロギア“ジュエルシード”のデータの中に、次元干渉型であるという項目がないことがその行動から伺える。
恐らく、スクライア一族であってもその可能性を把握しているのは、第97管理外世界にいるユーノ・スクライアのみ。
しかし、彼にはミッドチルダまで情報を転送する手段がない。
つまり、現時点においてジュエルシードの危険性を把握しているのは我々テスタロッサ家のみとなる。
「次元断層すら起こしかねないロストロギアの危険性を本局が把握していないこの状況。その情報を我々地上本部から伝えれば、確かに我々にとってメリットはあるだろう」
本局は地上本部に比べて遙かに潤沢な予算を持つ。だが、国際紛争や戦争、そして次元災害にすら発展する可能性を持つロストロギアを扱う以上当然の配分といえます。
しかし、それだけの予算を注ぎ込まれていながら“ジュエルシード”の危険性を見落したという事実は本局の情報部の失態に他ならない。
この時点で知るのは不可能であったという反論は到底成り立つものの、本局に比べて情報収集機構が発達しておらず、予算も少ない筈の地上本部が先に知ったとなれば、反論も意味を失うでしょう。
そして、さらに後押しとして――――
『重ねて提案します。“ブリュンヒルト”を搭載している時の庭園と、SSランク魔導師であるプレシア・テスタロッサを地上本部よりの要請で、第97管理外世界へと派遣していただきたい。名目は本来の目的である“ブリュンヒルト”の試射ということで』
時の庭園の駆動炉は、他で開発されている“ブリュンヒルト”の駆動炉である“クラーケン”とは些か異なります。
“ブリュンヒルト”の炉心という機能は確かに備えていますが、基は次元航行エネルギー炉心“セイレーン”であり、その両方の特性を備えている。
時の庭園の炉心とマスターの魔力と技能があれば、中規模の次元震が起きても沈静化は可能。
本局の次元航行艦と連携すれば、大規模時空震すら封じ込めることが可能でしょう。
「これはつまり、海の連中の縄張りを我々が荒らすようなものだな」
『そうなります』
次元災害に対処できるのは時空管理局にあっても本局のみ、これが一般認識。次元航行部隊か、遺失物管理部の高ランク魔導師達かはともかく、地上の魔導師では次元災害には歯が立たない。
ですが、地上本部の管轄となっている“ブリュンヒルト”を備えた時の庭園が対処を行うとなれば話は変わってきます。
地上本部自身が次元航行能力を持たずとも、外部協力者の力を借りることで次元災害にも対処し得る前例となる。
『陸に対してある種の優越感を抱いている一部の高官の方々にとっては、忌々しい事実となるやもしれません』
特に、本局査閲部長のガゼール・カプチーノ中将などはその筆頭。
地上部隊が戦力を整えることに否定的なあの方は、レジアス・ゲイズ少将にとって最大の政敵といえます。
「ふん、奴らに一泡吹かせてやれるなら多くの地上局員の溜飲も下がることだろう。だが、ことはそう簡単にはいかんぞ」
ジュエルシードの情報を本局に伝えつつ、次元震を抑える力を持つ時の庭園を地上本部が第97管理外世界に送る。
これはすなわち、“お前達が失敗すれば俺達がなんとかしてやる”と言っているようなもの。
とり方によっては“共に協力して次元震を抑えよう”となりますが、現在の対立を考えれば前者ととられる可能性が高い。
そして、現在でも地上本部で対処しきれなくなった案件は本局へと上げられる。
表現によっては、“力不足の陸が海に泣きつく”ということになります。ですが、今回に限ればその立場を逆転、とまではいかずとも、対等となる。
『本局にも地上本部に対して強硬な姿勢を持つ幹部は多くいます。カプチーノ中将の派閥はその筆頭ですが、彼らが騒ぐことでしょうね。地上本部は思いあがって本局の職権を侵害しようとしていると』
「的外れにも程があるがな、本局が地上本部にあれこれ口出すのは当然であると言っておきながら、立場が逆になればヒステリックに騒ぎ出す」
『ええ、ですから、そのような人物を第97管理外世界へ送り込むわけにはいかなくなります』
次元航行部隊の艦長といえど、全てが公明正大な人物であるわけではない。人間が作る組織である以上、コネ、家柄、財産というものが出世には絡んでくる。
将官クラスにまで成った人間が常に実力のみで出世したかといえば、それは否。
ただし、統計的データによれば、次元連盟に加入する先進国家の正規軍の将官クラスの人間に比べれば、時空管理局の将官は汚職などが圧倒的に少ない。
これは、将官ですら現場に降り立つことがあり得る管理局のシステムに起因している。
高ランク魔導師程出世しやすい機構となっているのは確かですが、それはすなわち、次元震などの災害が発生すれば、将官も前線に出ざるを得なくなるということ。
魔力に絡む災害は、ある領域を超えると一定基準に満たない魔導師では無力になるケースが多々あります。
数百人のBランク魔導師がいたところで一切役に立たず、一人のSランク魔導師のみが戦力となった実例も多い。
つまり、ただ金やコネで出世したような人間では、ロストロギアというものを相手には出来ない。
国家の正規軍と異なり、人間以外の強大な存在と戦うことが多い次元航行部隊の艦長は、本当の意味で有能な者しか配されることはない。
その結果、金とコネで地位を得た人間は机仕事に就く場合がほとんどとなり、査閲部長のガゼール・カプチーノ中将はその代表例であると同時に、そういう者達を集めて派閥を形成している。
この派閥はロストロギアに対処可能な有能な艦長達や、その下で働く次元航行部隊からも嫌われている。
彼らが次元航路の保全のために命を張ることで積み上げる一般市民からの信頼を、官僚組の汚職一つで台無しにされることもあった。
つまり、時空管理局も陸と海が二元論的に対立しているというわけではない。
カプチーノ中将の派閥などを叩き潰したいという想いならば、地上本部の将官も、次元航行部隊の艦長らも同様。
ある部分では反目しつつも、ある部分では協力できる。人間社会とはそのような複雑な構成となっている。これは管理局でも一般的に適用されています。
―――しかし、次元航行部隊の艦長が事件の処理に対しては有能であっても、その他が苦手なケースもある。
災害に対処する能力は高くとも、国境を通過する際の連絡が遅れたとかで諍いを起こしたりする艦長も存在している。
そういった識見の狭い人物がジュエルシード事件の担当となっては非常に困るのです。
「第97管理外世界へ派遣されるのは、優秀でかつ波風を立てない、さらには地上本部と本局の対立を解消しようとしている穏健派の艦長、ということになるな」
そういう人物こそ、ジュエルシード事件の担当に相応しい。
この事件を通してフェイトの素性を時空管理局に明かしておく必要がありますが、政治的な判断能力が低く、現場の対処しか出来ない人物ではいけない。
また、地上本部に対して威圧的であり、派閥闘争を行うようなカプチーノ派閥のような人物でもいけない。
時空管理局はまだ黎明期の組織であり、腐敗どころか組織が完成すらしていませんが、それでも人間社会の機構である以上、暗部というものは存在する。
“ジュエルシード事件”の担当となる艦長は一時的なものであれ、フェイトの保護者となるであろう人物。
万が一にも、汚職や暗部を抱える人物であってはならない。割合は低いとはいえ、人選は念入りにせねば。
『いかがでしょうゲイズ少将、時の庭園を第97管理外世界へ派遣する。それだけで構いません、地上本部にとっても有意義な提案であると認識しておりますが』
最も、派遣される次元航行部隊の艦長には恐らく時の庭園の存在は知らされない。
もし、このバッティングをきっかけに、本局と地上本部の仲が悪くなった際に、あくまで担当した艦長の対応が悪かったためという弁解の余地を残すために。
ならば最初から伝えておけという追及は当然あるでしょうが、そこは情報伝達に関わる機密となるので答えられない、という答弁が返ってくるのは予想がつく。
つまり、本局にとっては派遣した艦長が次元航行部隊独力で事件を解決し、地上本部の協力者である時の庭園の助力を必要としない結果が望ましい。
故に、有能であり、公明正大な評判の人物が派遣される確率が極めて高くなる。
地上本部にとっては、ただ時の庭園が次元航行部隊と同じ立場にいるだけで意義がある。
正直なところ、次元航行艦ですら手に負えなくなるような事態に手を貸すことはリスクが高く、避けたいところでしょう。
「ふむ―――」
ゲイズ少将も頭の中で計算を働かせている。いずれの選択が地上本部にとって最良なのか。
万が一本局との関係がこじれた場合の影響は?
万事上手くいったとして、その際の収支は?
考えるべき要素はいくらでもあるでしょう。
「一つ尋ねるが―――」
『何でしょう』
「お前達は次元航行部隊が第97管理外世界へと派遣されることを望んでいる。だがしかし、それはジュエルシードの封印を任せたいからでも、現地の住民の安全を考慮したからでもあるまい」
『はい、目的は別にあります』
「それは、お前達が研究していた生命工学に関する事柄が絡んでいるのか?」
『否定は出来ません』
「………人造魔導師の育成」
ゲイズ少将が手札を切った。これより先は慎重な対応が必要となる。
「以前、お前達が研究を進める際、それに関する資料の請求があったはずだ」
『はい』
「だが、クローン技術は義肢など一部では認められているものの、人間の完全な複製は管理局法によって禁じられている」
『はい、戦闘機人なども同様の理由で禁じられております』
「………お前達は、どこまで進めたのだ」
データベースより情報を検索
ゲイズ少将に関する情報、最近、彼が人造魔導師の育成、または戦闘機人の製造を裏で進めているのではないかという噂が存在。
彼に対する情報の提示は―――
『ゲイズ少将、これより先は我々にとって最重要事項となります。対応によっては、私はこの場で魔力源を臨界起動させ自爆する可能性もあります』
「構わん、その程度を恐れていて防衛次官は務まらん」
『では、“デバイスソルジャー”という存在について、解説を行います』
3時間後
「なるほど…………」
『つまり、貴方の求めるものと、我々の求める成果は同じ道の先に在ります。共存、共闘は可能であると私は判断しています』
現状において公開できる限りの情報をゲイズ少将に明かした。無論、これは我が主、プレシア・テスタロッサの意思である。
フェイトが幸せになることに対して障害となり得る要素とは何か。
個人レベルではなく、社会的な壁が彼女の前に立ちはだかる可能性はあるか。
もしあるならば、それを破壊することこそが私の命題となる。そして、そのために利用できる相手こそがゲイズ少将に他ならない。
プロジェクトFATE、クローンの軍団、人造魔導師、戦闘機人、そしてデバイスソルジャー。
いずれを選ぶかは彼次第であるものの、彼の目的を拘束条件とすれば解は自ずと定まる。
「それについては、今ここで答えを出すわけにはいかん」
『理解しております』
「だが、お前達と協力関係、いや、協力ならば現在も行っているな。共闘関係になることには否はない」
『ありがとうございます』
つまり、私達は私達の目的のためにゲイズ少将を利用する、ゲイズ少将は彼の目的のために“私”を利用する。
あくまで“私”であり、それは断じてフェイトではない。
もし彼がフェイトを己が目的に利用しようとした時は―――
私が持ちえる全ての機能と全ての権能をもって、貴方を排除することになるでしょう。
「その前提条件として、今回のジュエルシードに関わる要求、お前達の望みどおりにしてやろう」
『借り一つ、という認識でよろしいですね』
「“ブリュンヒルト”も好きにして構わん。元々はお前の主が設計したものだ。使い方と使いどころは誰よりも理解していよう」
『感謝いたします』
私達の最終目標を理解したからこその判断。
無論、私が虚言を述べている可能性を彼は考慮しているでしょうが、この段階ではそうする事に意味がないことも分かっているはず。
今回のジュエルシードに関わる事柄に限定するならば、特に我々が地上本部の力を借りる必要はそれほどない。次元航行艦の艦長を公明正大な人物とするのは、あくまでフェイトの今後のため。
それならば、ジュエルシードの事件の後で手を打っても十分に間に合うでしょう。
ですが、さらにその先のことを考慮するならば、この段階で地上本部との本格的な協力関係を結んでおいた方が都合が良い。
先を見据えて現在の状況を判断すること、この能力に関してゲイズ少将は優れている。
だからこそ、我が主プレシア・テスタロッサは協力相手として彼を選んだ。ジュエルシードに関する研究がほとんど不可能な身体になろうとも、主の頭脳は未だに顕在。
フェイトの未来のために出来ることを主は今も行っている。
無論、アリシアの蘇生が成ったならば、アリシアのためにもなる事柄、という要素も強いのでしょうが。
『ゲイズ少将、参考までにお聞きしたいことが』
「何だ?」
『我々が提示した条件に該当する次元航行艦の艦長の予想はつきますか?』
1、地上本部と本局の対立関係を憂いている融和派の人物。
2、艦長として実力があり、次元震への対応も可能な魔力を備える。
3、第97管理外世界へ直行可能な位置にいる。
これらの条件を備えるとなると、次元航行部隊に一人か二人となる可能性が高い。
「少し待て」
ゲイズ少将がウィンドウを開きデータを検索する。地上本部とは各次元世界に散らばる地上部隊と本局を繋ぐ役割を担う。
そのため、地上本部の高官ならば本局の戦力配置もある程度は把握していなければならない。
流石に執務官クラスがどのような事件を担当しているかまでは管轄外であっても、本局武装隊の増援を求める際に即座に動ける本局の部隊を地上本部が把握していないのでは、地上本部の存在意義が問われる。
次元航行部隊の艦長の名前と配置くらいは防衛次官であるゲイズ少将ならば把握していると予想しましたが、どうやら正しい解であったようです。
「ふむ…………この条件を満たすとなれば……………恐らく、この人物だ」
そして、ある人物の顔写真が表示され、それを後ろから覗きこむ。
『リンディ・ハラオウン提督、巡航L級8番艦“アースラ”の艦長。現在は――――第97管理外世界とほど近い次元空間を巡行中ですね』
「もし、第97管理外世界で次元震でも観測されれば、間違いなくこの部隊が駆け付けるだろう。お前達には幸運の女神でもついているようだな」
確かに、これは僥倖。
付随しているデータからも、リンディ・ハラオウンが公明正大な人物であることが伺える。
能力・人格、共に優れ、なんと言っても女性艦長。
考えられる中で最高の条件を備えた人物が第97管理外世界の近くを巡行している。
フェイト、やはり貴女は“運命の女神”、“運命の支配者”であるようです。
『協力、感謝します。ゲイズ少将』
「これも本来ならば違法だ、お前が人間であればな」
外部の人間に機密を漏らすことは当然違法となる。そして、デバイスに情報を入力し、外部へ持ち出すことも違法。
だがしかし、デバイスの前で情報を“見る”ことは法律で禁じられていない。
ここにいる人間はゲイズ少将ただ一人。
彼は“一人で”自分が見ることを許されているデータを閲覧していたに過ぎないのだ。
私のような存在は一般的でないのだから、それを縛る法が未整備であるのは当然の話。
『では、いずれまた』
「ああ」
簡潔に別れの言葉を告げ、彼の部屋より退出する。
公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる計画は、次なる段階へ。
さて、少々忙しくなりそうです。
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今回は全編通して素の状態のトール。違和感あるかもしれませんね。呼んでくださってる方は、この先彼を見る目が変わるかもしれないと思ってるのですが、どうでしょうか。