第十五話 海鳴市怪樹発生事件
新歴65年 4月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大附属小学校
【あー、あー、山に芝刈りに行ったフェイトさんや、川へ洗濯に行ったアルフさんや、そちらの様子はどうかえ?】
【ええっと、こっちは【ふざけてんじゃないよ】】
時刻は既に夜だが、別行動で今も活動しているフェイト達に念話で連絡を入れたところ、途中でアルフに割り込みをかけられた。
念話というのは基本的には一対一が多いが、複数人がチャット方式で会話することも出来たりする。
【冗談はともかく、そっちは見つかったか?】
【ううん、まだ】
【このあたりにあることは間違いないんだけどさあ】
フェイト達は現在市街地から離れた山の方でジュエルシードの探索を行っている。
プレシアが試作した“ジュエルシードレーダー”を持って街を回っていたところ、それらしき反応を感知したのだ。
ただし、このレーダーは精度がよいとはいえず、対象はある程度覚醒状態にあるジュエルシードに限られる。
しかも有効な効果範囲は半径30mほど、その上ジュエルシードの固有パターンに反応するはずだが誤反応もあるという現状で、散らばった可能性のある地域の広さから考えると心もとない限りだ。
最初の反応も100m近く離れたところからのものだったため、誤りの可能性もある。
半径100mともなればかなりの範囲になり、そこを全部回らない限り誤認かどうかの判断もつかないから結構無駄も多くなる。
だがしかし、この広い街をあてもなく彷徨い歩くことに比べれば遙かにましだ。
もしそんな状況になったら魔力を手当たり次第に飛ばしてジュエルシードを励起させるような方法になってしまい、そんなことをすれば管理局法に引っ掛かって裁判所直行だ。
【現在のレーダーの性能を考えればそんなもんか、無理せず地道に探していけ】
【分かった】
【ところで、チーム・スクライアはどうしてんだい?】
現状ではジュエルシードを巡って対立している間柄なので、便宜上俺達をチーム・テスタロッサ、高町なのはとユーノ・スクライアをチーム・スクライアと定義している。
チーム・テスタロッサのジュエルシード探索班はフェイトとアルフで、俺は敵対チームの監視役。
相手が見つけそうなジュエルシードを先回りして奪うかもしくは妨害する役目、ということになっている。
これは嘘で、本当は俺とプレシアで計画した“ジュエルシード実験”の観測班なのだが。
【どうやら学校にあたりをつけたようだ。ジュエルシードは“願いを叶えるロストロギア”だ、人の多い所に引き寄せられる可能性もあるが、そういう理由じゃなくて単に高町なのはが通っている学校ってだけのようだが】
【ってことはなに、例の協力者が“たまたま”通っている学校に“たまたま”ジュエルシードが落ちたってことかい?】
【アルフ、それはたぶん違うと思う。トールの話によればその女の子はAAに届くほどの魔力を持っていることだから、知らないうちに魔力を放出していたのかもしれない】
【俺も同じ考えだ、プレシアが5歳の時に制御用のデバイスとして俺が作られたのは、幼い身体に高すぎる魔力を秘めているからだったが、高町なのはという少女にも多分同じことが言える。魔法と無関係に生きていたとしても、強力なリンカーコアが体内にある以上、何らかの影響を周囲に与えているはずだ】
これがミッドチルダや時空管理局が管理世界に認定している世界に生まれたのであれば、魔法を意識することでそれらしき予兆を見せているのだろう。
だが、自分の常識の中に魔法という要素がなければ、それは無意識のものにしかなりえない。もしかすると、高町なのはの身体は、行き場のない魔力で何らかの身体傷害の予兆があったりするかもしれない。運動機能低下、もしくは感覚器官の異常発達などがこういう場合の主な症状だが、どうかな。
まあ、それはいいとして。
やはり彼女の周囲は何もない場所に比べればジュエルシードが落ちやすい場所にはなるだろう。
【なるほど、たまたまじゃなくて、高ランク魔導師の魔力にジュエルシードが引き寄せられたってわけだね】
【そういう可能性があったから、俺が彼女たちの監視を行っているわけだ。その少女とフェイトがこの海鳴市にいる今、その周囲にジュエルシードが現れる可能性は高くなるってことだ。最も、20個のうち半分以上は無関係の場所に転がっているだろうけどな】
それでも、高町なのはという少女が行ったことのある場所にジュエルシードが落ちやすいのは間違いない。
例えば学校、例えば近所のスーパー、例えば友人の家など。
そういった点を考慮すれば高町なのははジュエルシードを探しやすい立ち位置にいるわけだ。
俺達は別に20個全部集めなくちゃいけないというわけではない。
今のところチーム・スクライアは4個のジュエルシードを有しているが、7個までなら向こうに渡っても全く問題ないわけで、それもあくまで俺達が求めるジュエルシードの最大数での話だ。
【とにかく、全体的な判断は俺とプレシアに任せてお前達はジュエルシードの探索に専念してくれ、その途中でチーム・スクライアとかち合わせた場合の判断は任せる】
【連絡は入れなくていいの?】
【高ランク魔導師がぶつかり合えば嫌でも分かる。その時俺がどう動くかは俺が決めるからそっちは気にしないでくれて大丈夫だ、ただし、念話で指示を出すこともあるだろうから通信用にマルチタスクを一個くらいは確保しておけ】
完全に戦闘に集中してしまうと念話を入れても通じない場合がある。
10年以上現場で戦っている時空管理局員なら念話で通信を受けながら動くのは当たり前になっているだろうが、まだ1年しか現場におらず、常に少数で動いているフェイトやアルフにはきついものがあるだろう。
その他、いくつかの注意事項を確認して念話を切る。
「さて、こちらの準備はOK。あちらさんの準備もOK」
学校の中にはチーム・スクライアの姿がある。
少年の方はまだ魔力が回復していないのか、学校を覆うような結界はない。
封鎖型の結界を用いれば内部の位相が外側とずれるため、結界内部で魔法戦闘を行っても街には被害は出ない。
五次元方向に進出した俺達の魔法技術はそういった位相の調整に関して大きなアドバンテージを持つと言っていいだろう。
だが、ことが戦争となればこれを使用するのは不可能というか意味がなくなる。
魔導師が相手ならば一定以上の魔力を持つものだけを広域結界内部に閉じ込めることも可能となるが、質量兵器で武装した軍隊には一切意味がなく、“ショックガン”などで武装する魔法文明国家の軍隊ですら同様のことが言える。
つまり、結界というのは便利なようで案外使用できる機会は少ない。
管理外世界で犯罪者を追う場合には重宝するが、あちこちにリンカーコアの保有者がいる管理世界では広域結界で街を区画ごと遮断することにあまり意味はない、むしろ弊害の方が大きくなる。
だからこそ、爆撃機が飛来して焼夷弾を落とすことを結界で防ぐことも、地雷だけを探知する結界を張ることも出来ないのだ。
魔法は決して万能ではなく、現実というものはいつも無慈悲に管理局員に牙をむく。
ま、それはさておき。
「学校の中に人の気配はないな、これなら魔法を使っても大丈夫だろうが、もし目撃されれば明日の新聞の見出しは“スクープ! 私立聖祥大附属小学校に魔法少女現る!”になりそうだ」
そうなってしまっては少々かわいそうなので、ばれない程度にサーチャーをばら撒いて、万が一にも民間人がいないかどうかを確認する。
「そういや、対魔法少女用の特殊サーチャーも作ってたっけか。開発作業は自動化しといたけど、一度進捗状況を確認しといたほうがいいな」
時の庭園で進めている各種の研究内容とその進捗状況をデータベースから参照しつつ、“ジュエルシード実験”の成果を記録すべくサーチャーに指示を出す。
俺の基本コンセプトは“魔力制御用インテリジェントデバイス”なので、サーチャーの管制や制御はお手のものだ。
時の庭園に配備されている傀儡兵の指揮権も俺が持っており、有事の際にはあいつらや予備の魔法人形などを指揮して、時の庭園を防衛するようにプログラムされている。
“ブリュンヒルト”の試射実験の管制役を任されているのもそれゆえだ。
傀儡兵を海鳴市に連れてこれるなら人海戦術もとれるが、俺と違って傀儡兵は動力源がなければ動けないという欠点がある。
時の庭園の駆動炉の膨大な魔力がなければ、戦闘はおろか歩くこともままならないので結構使い勝手が悪い。
あくまで防衛用にしか使えないのだ。
俺と同タイプのデバイスを組み込んだ機体ならカートリッジで動けるが、その場合同じ顔の人間があちこちに出没することになり、逆に目立ちまくってしまう。
顔を全部変えるにもそんな時間はないし、変装させるのも結構な手間になる。
「ま、愚痴っててもしゃあない、魔法少女のお手並み拝見といきましょうか」
「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル20 封印!!」
特に問題なくジュエルシードを封印するチーム・スクライア。
見事だ、本職と現地協力者の即席チームだがなかなかに息が合っている。
【プレシア、こちらトール、“ジュエルシード実験”のデータの採取に成功、これよりデータを転送する】
通信機を用いて時の庭園にいるプレシアに情報を転送する。
次元間の連絡もある程度までなら行える高級品で、何気に時空管理局員の年給を超える値段を誇る。
魔法文明圏ではこういった端末のことも広義的に“デバイス”と呼ぶわけだ。狭義的な意味では魔導師が魔法を使用する際の補助装置となるが。
【受け取ったわ、解析はこっちでやるから貴方は引き続きジュエルシード実験の観測にあたって】
【了解、マイマスター】
向こうを見るとチーム・スクライアも帰宅の途につこうとしている。
「チーム・スクライアのジュエルシード回収は順調、俺達のジュエルシード実験の経過も順調、だが、今のところ人間が発動させた記録はないからな。ここらで一つくらいは欲しいもんだが――――そううまくも行かんか」
ぼやきながらもチーム・スクライアの監視を続行、やってることはストーカーそのものだがそこは気にしたら負けだ。
新歴65年 4月10日 第97管理外世界 日本 海鳴市
「そううまくは行かない、と思っていたんだが、意外と早くチャンスが来そうだ」
昨日に引き続きチーム・スクライアを監視していると、彼らと縁があるともいえる少年がジュエルシードを持っていることがわかった。
全く関係ない通行人のふりをして、高町なのはの父親が率いる翠屋JFCとかいう球技チームの集団とすれ違ったところ、ジュエルシードレーダーが反応を示した。
半径30mしか有効な効果がないレーダーだけに、彼らの誰かが持っている可能性は限りなく高かった。
その後もチーム・スクライアにばれないように監視を続けたところ、一人の少年がポケットからジュエルシードを取り出している瞬間を目撃。
高町なのはも違和感を持ったようだが確信がないようで行動を起こさず、スクライアの少年の方は、高町なのはの友達二人の玩具となってぐったりしていた。
そして、ジュエルシードを持っている少年と恋仲にあると思われる少女を隠密性に長けたサーチャーで追っているわけだが――――
「はい」
少年が少女に宝石のような石を手渡そうとし―――
「わあ、綺麗」
少女は少年の方に手を伸ばし―――
「ただの石だと思うんだけど、綺麗だったから―――」
そして、二人の手が重なった瞬間―――
「えっ!?」
「何!?」
凄まじい光と魔力の波動が、二人を包み込むように発生した。
『アクセス、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”発動』
即座に封印用デバイスを発動させ、ジュエルシードの効果の拡大を防止、現状の活動状態を記録する。
『高速演算開始、記録情報の再検索と現在のデータの繋がりの考察を並行して実行、さらに数秒後の未来に予想されうる状況のシミュレーションを開始、一時的に汎用言語機能をオフ、全リソースを演算に振り分けます』
―――この時を待っていました。
人間がジュエルシードに触れた際にどのような反応を起こすのか。
そして、その反応をこれまでの情報から予想することは可能か否かを試せる時。
これこそが“ジュエルシード実験”の最大の意義である。
現在、ジュエルシードの発動は停止している。
だがそれはあくまで停止させているのみ、“ミョルニル”を解除すれば即座に活動を再開する。
それを抑えながら未来を予測するのは困難を極めるものの、おそらくアリシアの蘇生を行う本番ではこれ以上の困難があると予想される。
だからこそ、この実験は意義を持つ。
私のデータベースに登録してある情報と私の演算性能だけで果たしてジュエルシードの発動結果を予想できるか。
そしてそれを意図的に導くことは可能なのか―――
『未来予測、この状況下の二人の少年少女の持ちうる願いとして“一緒にいたい”、“告白したい”、“好きになってほしい”、などが上位に挙げられる。それらのみをジュエルシードがくみ取った場合に起こりうる結果は―――』
完全遮断空間における二人のみの対話の場を設定
『だがこれはあくまで“雑念”が混じらなかった場合の予想、ジュエルシードが思念体として媒介を持たずして活動していたことや、ただの犬が凶暴化した事例から異なる要素が混じることも考えられる。それらを交えて再度シミュレーション開始』
検索
演算
仮説提唱
条件追加
演算
初期条件を変更
エラー、再起動
処理能力を超えつつある、これ以上は危険
拘束条件をより固めて再演算、負荷が減少
“ミョルニル”継続可能時間残り5秒
情報検索は終了、演算に全ての要素を振り分ける
最終条件として“二人で一緒にいたい”を選択
導き出される答えは――――
『二人だけでいられる固定空間の創造、そしてその空間を外敵から守るように発生するジュエルシードモンスター。“守る”という特性から貝や蟹のような甲殻を持った生物が最適と予想されるが、周囲に都合のよい生物反応はなし、考えられる次善の生物は――――』
鳥――――棄却、“つがい”を表しはするが“自由”や“移動”の象徴という人間の思念が“守り”の邪魔をする
人間―――棄却、人間が相手と二人でいたい空間を作るための存在が人間では矛盾が生じる
犬――――棄却、“番犬”や“狛犬”などの概念から都合がいいとは思われるが、周囲にいない
虫――――棄却、甲殻を持つ存在ではあるが、“頑丈”というイメージに欠ける、少年の拳で簡単に壊れるものでは防壁足り得ない
猫――――棄却、哺乳動物は犬と同じ理由で却下
木――――採択、人間の拳では壊れず、動かないため“守り”に適する。さらに、“恋人二人が木の下”というイメージから連想可能であり、彼らの目の届く範囲にその存在がある。
『結論、二人の身体を魔力による力場によって隔離し、それを守るように植物型のジュエルシードモンスターが発生すると予想。ただし、周囲に害を与えるという想念は薄いと考えられるので思念体や暴走犬のように人間に襲いかかる可能性は低いと思われる―――――“ミョルニル”発動期間終了、ジュエルシード活動再開』
次の瞬間――――
『演算結果とほぼ等しい事象を確認』
インテリジェントデバイス“トール”の演算結果とほぼ近しい状況が、ジュエルシードによって作り出されている。
ここに、時空管理局に追われることになる危険をあえて冒して実行した“ジュエルシード実験”の主要目的の一つが達成された。
現在時刻を記録する。