第十三話 本編開始
新歴65年 4月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市
「随分妙なことになってきたな」
俺の率直な感想である。
4月1日にフェイトとアルフにクラナガンで今度の予定を伝えてすぐに時の庭園へ向かい、転送ポートを用いてこの海鳴市へ必要な物資を運び込んだ。
時の庭園が第97管理外世界の火星付近、というか地球からそれくらい距離を離した宇宙空間で“ブリュンヒルト”の試射実験を行うのは5月頃の予定。
なので時の庭園自体はまだアルトセイムにある。ゲイズ少将も出来る限り早くやりたいようだが本局との折衝にはやはり一定の時間がかかる。
これは組織である以上仕方ない部分と言えるだろう。
海鳴市に到着した俺は自作のサーチャーをばら撒いて市全体の様子を探ってみたが、やはり例の結界を張った奴に撃墜されることはなかった。
どうやら俺がジュエルシード探索のためと思われる行動をしている間はこちらに干渉する気はないらしい。
そっちがその気なら藪をつついて蛇を出すこともないので、サーチャーはジュエルシードの探索のみに使用。 しかし、発動していないジュエルシードはただの青い宝石と変わらないので、発見は出来なかった。
プレシアに頼んで『ジュエルシードレーダー』なるものを製作中だが、こいつの完成は少なくとも後1週間はかかるとのこと。 それまでは地道に探索するしかない。
と思って1日目は下準備に費やし、2日目から足で探そうかと考えていたのだが――――
「まさか、スクライア一族の少年がジュエルシードを回収しにやってくるとは。仕事熱心と言おうか、責任感が強いと讃えるべきか、馬鹿と罵るべきか」
こいつは完全に想定外だ。
既に管理局に引き渡すために貨物船に載せていたのだから、ジュエルシードはスクライア一族の管轄を離れている。
これを回収する義務は時空管理局(もしくは貨物船の輸送業者)の方にあるだろう。
だが、ジュエルシードの回収に来たのが一人というのもおかしな話だ。
ミネルヴァ文明遺跡では結構な人数で発掘にあたっていたのだから、一族の決定で回収しに来たのなら最低でも5人くらいのチームで来るはず。
つまり、この少年は個人でやってきたということだ。
スクライア一族なら管理外世界への滞在許可を持っていてもおかしくはないが、一人で来るのは少々無謀だろう。
空間転移の魔法とその使用権限を持っていれば一人で来ることも可能だが、危険も大きい。
そして案の定―――――
「チェーンバインド!」
「GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
ジュエルシードの暴走体との戦いでかなり苦戦している。そんな様子を遠目に絶賛観察中の俺。
「あれは―――――ジュエルシードを核とした思念体か?」
デバイスの処理能力をフルに使った演算で、スクライア一族の少年と対峙している怪物に関する考察を進める。
時間的な関係から、スクアイアの少年が回収しようとしているジュエルシードは一つ目であると予想、つまり、少年が戦うジュエルシードの思念体はあれが最初、予備知識はほとんどないと考えられる。
ジュエルシードに関する情報から現在起こっている現象を予想。 ちなみに、肉体は魔法使用型なので純粋な演算性能では一般型に劣ってしまう。
肉体の制御にリソースを割くからどうしても本体の演算性能が犠牲になるため、それを補うべく汎用人格言語機能をオフ。
『特定の人物の願いを受信した結果とは異なると予想、しかし、微弱な願いであってもジュエルシードの発動は可能であることを記録―――――――純粋な戦闘能力なら傀儡兵よりは下、Cランクの魔導師でも戦闘面での対処は可能と推察、ただし、特性としてジュエルシードを封印しない限り無限再生機能を有する。封印を可能なランクは推定Bランク以上、事実上Cランク魔導師では打倒する手段はなし』
ジュエルシードが保有する魔力は億や兆の単位に届く可能性あり、だが思念体が発揮できる魔力は大きく見積もっても3万程度と予想。
出力のみに限ればCランク相当となるものの無限再生するという特性はレアスキルにも認定される。時空管理局の地上部隊の標準的な魔導師では封印する手段はほぼゼロ。
この状況を鑑みるに本局武装隊の一般ランクがB、隊長でAランクが必要という基準は客観的事実に基づくものであることを確認。
しかし、私達の目的はジュエルシードを用いた怪物兵器を作ることではない。
よって、得られるデータを全部集め、我がマスター、プレシア・テスタロッサに送ることに専念。 我がマスターの頭脳ならば些細な事柄より新たな仮説を提唱出来る可能性があるでしょう。
しばらく観察を続行。
スクライア一族の少年はかろうじてジュエルシードの回収に成功。ただし満身創痍に近く、これ以上の回収は絶望的と見られる。
『必要なデータは採取完了、ジュエルシードを奪う必要性を演算―――――――――必要なしと判断。現段階でスクライア一族の少年を攻撃するのは得策ではない、先の展開を考慮し、彼が私達と協力関係となる可能性をこの段階で失くすべきではないと判断』
現状では静観に徹し、フェイト達が到着し次第今後の方針を決定。
高速演算終了、汎用人格言語機能に再びリソースを振り分ける。
「さーて、帰るとしますか」
とっととマンションに戻って、フェイト達を出迎える準備でもしますかね。
新歴65年 4月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市
「妙を通り越してとんでもないことになってきたな」
またしても俺の率直な感想である。
昨日の4月3日、スクライアの少年はまたしてもジュエルシードの思念体と遭遇、二日続けて遭遇するとは運がいいのか悪いのか、スクライア一族は余程ジュエルシードに好かれているのか。
なけなしの魔力を振り絞って撃退したようだが仕留め切れず、フェレットに変身した姿で意識を失った。
そしてその次の日となる今日の午後、現地の少女に発見され、動物病院に運ばれた。
が、その夜、というかつい先程、例のジュエルシード思念体が現れて少年を追い回す。
そこになぜか少年を最初に拾った少女が現れ――――
「我、使命を受けし者なり、契約の元、その力を解き放て……」
その場のノリ的な流れで少女がデバイスの起動用のキーワードらしきものを詠唱している。 多少慣れれば簡略化できるプロセスではあるが、初めての起動ならば必須―――――て、問題はそこじゃない。
何で管理外世界の少女がインテリジェントデバイスの起動が出来るんだって話だ。
“ショックガン”などの非魔導師が使う簡易的な魔力電池を用いた端末ならば、一般人にも使用は可能だ。
低ランク魔導師が使うストレージデバイスならば、リンカーコアさえ持っていれば使用するのも不可能ではない。
しかし、あれはどう見ても高ランク魔導師用に調整されたインテリジェントデバイス。あれを使用することは管理局の魔導師ですらDランク以下の者には困難なはずだが。
後で分析するために記録しておいた映像の音声を再現すると、どうやら少年はリンカーコアを有している人間にだけ聞こえるタイプの無差別念話を放っていたらしい。
俺が動かしている肉体にもリンカーコアはあるが、普通の人間とは異なる繋がり方をしているためかその念話は聞こえなかった。
というより、俺と念話するにはちょっとしたコツが必要になる。フェイトもアルフもその辺は微妙に苦労していた。
そして、その念話に応じたのがこの少女ということか。となると彼女が最初に少年を拾ったのも決して偶然じゃないことになるが、この事実が示すことは別にある。
「例の結界を張った魔導師は正規の存在ではなく、助けを求める人間の声を無視するような人物、もしくはそういう命令を受けている人間。管理局の人間の可能性は低いな」
少年が放ったのが無差別念話ならばあの結界を張れるほどの魔導師が気付かぬはずはない。
にもかかわらず何の反応もないということは、次元犯罪者であるなどの理由で他人とかかわれない立場にいるということだろう。
少なくとも善意で人を助けるタイプの人間ではないということだ。
これは俺達にとってプラスだ。
相手が管理局法にそぐわぬ存在ならばジュエルシードをこの地にばら撒いた犯人が必要になった場合その罪を着せやすい。 少なくとも管理局にそう思わせて捜査方針を誘導することは可能だろう。まあ、あくまで保険ではあるが。
と、思考をまとめていると。
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」
『stand by ready。set up』
凄まじい魔力の波動が、少女から立ち上った。
「…………これは、さすがに予想外だ。正直、まいったな」
うろたえるな! インテリジェントデバイスはうろたえない!
の教えに従って冷静に状況を分析するが、奇蹟的な現象を目の当たりにしているらしい。 あの少女の年齢は10歳に届くかどうかというところ、おそらくはフェイトと同年代。
にもかかわらずこの魔力、プロジェクトFATEの結晶であるフェイトに匹敵するほどの魔力を管理外世界の少女が放っているのだ。
「現在放出されている魔力値――――――88万3000、AAAランクだと? 確率的にあり得ないことじゃないが、にしても規格外にも程がある」
そして、続く光景は規格外のオンパレード。
ジュエルシード暴走体の攻撃を初めて手に取ったデバイスのシールドで防ぎ、逆のその身体を四散させる。
とはいえ相手はジュエルシードを核とする半エネルギー体、バラバラになった身体が互いにより集まり再生する。
そこに――――
「リリカル・マジカル! 封印すべきは忌まわしき器 ジュエルシード封印!」
初めて魔法に触れた少女が封印術式を完成させ、ジュエルードの封印に成功していた。どうでもいいが忌まわしきって失礼だなオイ、一応俺たちの唯一の希望なんだが。
「とゆーわけだが、どうするよ?」
流石に予想外の事態が立て続けに起こったので、
時の庭園に通信を繋いでプレシアと相談。
「何ともまた、呆れた話だわ」
プレシアの感想も無理もない、俺だって同じ気持ちだ。
「確率論だが、たまにああいう突然変異も出てくるんだろ、それにフェイトも2000を超える実験体の中で誕生した“奇蹟の子”だ。4歳時にAAランクの魔力を秘めた子なんてほとんど冗談の領域だからな」
あの少女の名前は高町なのはというらしいが、魔法の才能は恐らくフェイトと同等だろう。
プロジェクトFATEの完成形であるフェイトと同じ才能が管理外世界にいたという、なかなかに信じがたい話だ。
「スクライアの少年と例の少女の持つジュエルシードは現在二つ。全体から見ればまだまだ少ないが、今後どのくらいのペースで回収するにせよ、俺達の競争者になるのは間違いない。もっとも、ある意味では協力者になってくれそうだが」
そう、彼女らの存在には大きな意味がある。
「送られてきたデータはほぼ理想的と言っていいわ。ジュエルシードの発動状態と高ランク魔導師による封印の記録。それも、私やフェイトが組む封印式とは微妙に異なる方式での記録なんてものが手に入るとは思っていなかった」
「彼女の手にしたインテリジェントデバイス、“レイジングハート”が祈祷型っていうことも大きいな。祈祷型は感性で魔法を組みあげるタイプと組むと最高の性能を発揮するが、高町なのはという少女はマスターとして理想形と言っていいんだろう」
バルディッシュは元々フェイト専用に作られたデバイスなのだからフェイトと適合して当然だ。
だが、レイジングハートはスクライアの少年が持っていたデバイス、しかし彼は戦闘時にデバイスを使っていなかった。
「少年の方は通常の封印魔法でジュエルシードを抑えたようだけど、こっちもこっちで興味深いわ。デバイスを使わずに自分の魔力だけでジュエルシードを抑えるには相当の魔力が必要なはずだけど、この子は技能で補っている」
フェイトのようにAAAランク魔導師ともなればデバイスがなくともジュエルシードを封印することは可能だろう。
だが、Aランク魔導師にデバイスなしでやれというのは無理がある。
少年の魔力量は概算で18万6000程、とび抜けて大きくはなかったが、それを可能にしたということは魔力の扱いが余程上手いのだろう、弊害が出る程に。
「この少年は多分あれだな、デバイスとの相性が致命的に悪い代わりにデバイスなしでの魔力制御が異常に上手いタイプ。しかし、このタイプはデバイスの助けがない分、経験がものいうはずなんだが―――」
まったくデバイスを用いていないというわけでもなかったが、レイジングハートは待機状態のままだった。
つまり、起動させたところで待機状態と変わらない演算性能しか引き出せないという事実の証左である。
「『大』がつくほどの天才ということでしょうね、この子も10歳程度だと思うけど術の錬度が半端なものではないわ」
どういうわけか、海鳴市にやってきた少年はデバイスなしでジュエルシードを封印する大天才で、その少年が出逢った少女は初めて握ったばかりのデバイスでジュエルシードを封印する、大天才の上を行く超人。
「この街には超人を生み出すための錬成陣でも埋め込まれているのかね?」
「その可能性は捨てきれないわ。ひょっとしたら例の魔導師がこの土地で高ランク魔導師を人工的に作り出す研究でもしているのかもしれないし、ここまで来たらもう一人くらい9歳でSランクに届く魔力の持ち主とかいても驚かないわよ、私」
「そりゃ同感だね、確かに、本来なら管理外世界に結界を張れる魔導師がいる時点で十分おかしいんだよな」
そこにプロジェクトFATEの申し子でAAAランクのフェイトが参戦すればもう隙はねえ、超人魔道師決戦の開始だ。
「さて、呆れるだけならいつでもできる。そろそろ具体的な話に移りたいんだが、ジュエルシードのデータはどうだ?」
「さっきも少し言ったけれど、ジュエルシードの活動データとしてはほぼ理想的、後は実際に生物と接触して変化が生じたデータと人間が発動させたデータがあれば条件はかなり揃う。それらのジュエルシードを封印する際のデータもあればなおいいわね、最も理想的なのは正しい形で願いが叶えられたケースだけれど」
今回の研究の最終目的はジュエルシードを“正しい形で暴走なしで使う”ことにある。そのためにはどういった条件を揃えればいいのかを調べたいわけだ。
確かに今回のようなケースはいいデータになるだろう。
「アリシアの蘇生に必要なジュエルシードの数はどのくらいだ?」
「断言はできないけれど、最低で6個、最大で14個といったところかしら。それ以上の数になると力が強すぎる。暴走状態にすれば1個分でも足りるほどだけど、それではアリシアの身体が壊れるだけだわ」
なるほど、全体の三分の一から三分の二の間か。
「14個のジュエルシードがあれば万全、少なくとも10個もあれば十分、最悪6個でも出来ないことはないってことだな」
つまり、彼女等がジュエルシードを集めるのを現段階では妨害する必要はない。7個までなら向こうに回収されても問題ないのだから。
逆に、彼女らには自由に動かせてジュエルシードのデータを取るのに専念する方が効率はいい。
おそらくだが、アリシアの蘇生を行う最終実験は“ブリュンヒルト”の試射実験と日程を合わせることになる。早期に集めたところで最終実験を始められないのだから焦る必要はない。
「ジュエルシードレーダーが完成すればこちらの探索効率は飛躍的に上がるわ。本格的な探索はそれから始めても遅くないから、しばらくは彼女らの監視とデータ収集に専念してもらうことになりそう」
『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』
我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。
重要度は最大。
主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了。
今後、この命令は我が命題の一部となる。
終了条件はスクライア一族の少年と高町なのはという少女の行動が、ジュエルシードの発動状況の記録という主の目的と不一致となる段階に達した時点と定義。
「ちなみに、例の結界魔導師の方は反応無しだ。多分ジュエルシード争奪戦には不参加の方針なんだろう。まあ、確証はないからいきなり動いてくることもあり得るが」
とりあえずは保留でいいだろう。
こちらは一応合法的に動いているのだから、向こうから動いてくれば次元航行部隊に知らせるだけだ。
「明日にはフェイトとアルフが到着するんだったわね?」
「ああ、観光ビザの取得もその他の準備も万端整った」
「それなら、フェイトとアルフにはしばらくその魔導師の調査と結界の監視をお願いして。それが終わってからジュエルシードの探索を開始するように」
「なるほど、後で次元航行部隊が事件の調停に乗り出した際、フェイトがジュエルシードの探索よりも謎の魔導師の調査を優先したということが分かれば、印象はよくなるか。ジュエルシードの方はとりあえず、スクライアの少年と例の少女に任せて大丈夫ということは分かっているんだし」
一人の魔導師の魔法といっても、条件が揃えば一つの街を破壊することすら可能だ。下手するとジュエルシードよりも厄介と言える。
そいつがジュエルシードに介入してくる危険を考慮し、その危険が無いことを確認してからジュエルシードの回収に乗り出したというのであれば、少なくとも犯罪者扱いはされにくいだろう。
時空管理局は憲兵隊のような血も涙もない組織ではないのだ。
「だが、問題はフェイトの説得だよ。あいつはジュエルシードの探索に命を懸けているからな、謎の魔導師への警戒を優先しろと言っても果たして聞くかね」
ジュエルシードはプレシアとアリシアを救う最後の可能性だ。
ジュエルシードよりも謎の魔導師を優先しろっていうのは、フェイトにとって最愛の母の命を無視して管理外世界の人間の安否を気遣えと言っているのに等しいからな。
「そこは私が直接言うわ。少し卑怯な言い回しになるけど、フェイトが時空管理局に追われるようなことになったら私は生きていけない、とでも言っておけば大丈夫でしょう」
「ははは、そりゃあどの口がほざくかって話だ。アルフが聞いたら激怒するぞ」
フェイトにとってプレシアは最愛の母だが、アルフにとってはそうではない。 娘であるフェイトのために自分の延命を行わず、娘に心配ばかりかける駄目な母親だ。
アルフにとってみればアリシアよりもフェイトの方が何倍も大切なのだから。
「これは私のわがままよ、駄目な母親はどこまでいっても駄目な母親ということね」
「そこは否定せんが、それでも母親だよ、アンタは」
俺から見ればそれだけで十分、母の姿から何を得るかは娘次第だろう。
「とにかく、これからはそういう方針で行く。そっちに実験用の動物とかを送る必要はあるか?」
「いいえ、このデータだけで十分だわ。私の余力も心ないから、無駄なことはせずにアリシアの蘇生のために可能な限りの力を残しておきたい」
「OK、こっちは上手くやる。朗報を待ってな」
プレシアとの通信を切り、これからに備えての準備に取り掛かる。
ジュエルシード実験は新たな段階へ。
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ようやく無印開始! しかしなのは達と接触はしないというオチ。
基本的にトールは見てるだけ。