第十一話 次元犯罪計画
新歴65年 3月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「どうだ?」
「主語をつけろといいたいとこだけど、ジュエルシードのおおまかな特性は把握できたわ。残念だけどやっぱりアリシアの身体に直接移植するには無理があるわね」
プレシアの解析結果によると、ジュエルシードは簡単に言えば願いを叶えるロストロギア。周囲にいる生命体の意識的、または本能的願いを受信しそれを叶えるのに最も適した類の魔力を放出、大体は変化現象を引き起こすとか。
だが、その内部に蓄えられているエネルギーは次元震すらも起こせる程に強大。しかも複数のジュエルシードを共振させればその力は跳ね上がり、10個くらいあれば次元断層すら引き起こせるだろうという次元干渉型ロストロギアとしての特性も持っている。
「正直言って、わけが分からんな。ジュエルシードは一体何がしたいんだ?」
高純度のエネルギー結晶体だから、傀儡兵の動力源としても利用できるし、次元航行用の駆動炉の炉心としても利用できそうだ。また、次元断層を起こして敵を殲滅する次元破壊爆弾みたいな使い方も可能だろうし、高ランク魔導師のリンカーコアと融合させてスーパー魔導師を作ることも理論的には不可能じゃないだろう。
「最大の特徴は汎用性だから、“願いを叶える”というのはそれを突き詰めた結果だと思うわ。ある意味で汎用性の究極系なわけだもの」
「なるほど、蓄えられた膨大な魔力を背景に、色んな事を出来るように機能を付けまくったらなんでも出来るようになった、と思いきや周囲の願いに敏感に反応して面倒事を引き起こす厄介者になったと。過ぎたるは及ばざるがごとしだな」
願いを叶えるのに最適な魔力を放出というのも色々な機能を混ぜた上に生まれた副産物か。しかし、そんな夢物語みたいな機能を実現させるとは、古代の魔導師は一体どんな技術力を持っていたのか。
「だけど、この特性はやっぱり利用出来るわ。ジュエルシードの力を上手く利用すれば“アリシアの身体に最適なレリックレプリカ”を創造することも可能になる」
レリックを非魔導師であるアリシアに直接移植することは不可能。だからこそ、魔力炉心としての機能を除外し、肉体の蘇生能力にのみ特化させたレリックレプリカを作ろうとしたがどうやっても出来なかった。かつて研究していた改造リンカーコアなどを基に幾度も実験を繰り返したが、アリシアのクローンとの完全な融合は一度たりとも成らなかった。
プロジェクトFATEはそういった実験のためのクローン体を作ることも目的ではあったが、最大の目的は“レリックレプリカとの融合が成功したアリシア”という目指すべきゴール、それに近いものを作りあげることにある。ゴールからそこに至るためのルート、つまりはレリックレプリカをどのように調整すべきかを割り出そうと考え、そのために作り出されたのがフェイトである。
しかし、本来の専門分野が駆動炉などの開発であり、根っからの生体工学研究者ではないプレシアではやはり限界があった。結局、フェイトという指針があってもレリックレプリカを完成させることは出来ず、ジュエルシードという“過程を飛ばして結果のみを引き寄せるロストロギア”の力を借りる羽目になってしまった。そして、母のためにそれを探しているのがフェイトというのも皮肉な話ではある。
ともかく、ジュエルシードがレリックレプリカの精製に利用できるというのはいい情報だ。フェイトの頑張りはようやく報われた、と言いたいところだが――――
「質問だ、ジュエルシードの効果を実験を重ねることで解析して“アリシアに最適なレリックレプリカ”を作り出すのにどれくらいかかる? いや、まずはジュエルシードの力を完全に制御するのに必要な期間は?」
「………改造リンカーコアの精製に要した時間は4年、レリックを実用可能状態まで持っていくのにかかった時間は6年、それらのノウハウがあることを差し引いても――――――――2年はかかる。余程順調にいっても1年未満はあり得ないわ……」
「やっぱりか」
ジュエルシードの発見はぎりぎりで間に合ったように思えるが、やはり遅すぎた。
プレシアの身体はあと2か月も持つまい。ジュエルシードの力が“延命”に利用できたとしても、解析して有用な方法を見つけていなければ、基となる生命力が落ちている以上は焼け石に水だろう。
だが、それだけで諦めるような女だったら、そもそもフェイトをプロジェクトFATEによって作りだしたりしていない。
「つまりはこういうことだな、ジュエルシードを完全に解析して安全性を確立した状態でアリシアの蘇生を行うことは既に不可能、そもそもそんな時間はない。だから、ジュエルシードの最低限の制御法を経験則で導き出し、ぶっつけ本番で“レリックレプリカ”を創り出す。上手くいけばアリシアは蘇生するし、その技術をそのまま転用すればアンタも健康体になるかもしれない」
だが、それは奇蹟を当てにするようなものだ。複雑な計算をしなくても成功率が1%以下だということは理解できる。
「でも、もうやるしかない。せっかくフェイトが見つけてきてくれたジュエルシード、無駄にするわけにはいかないわ」
「まあ、ここまで来たら意地だな。土壇場で諦めるようならそ、もそもフェイトのために自分の命を延ばすための研究でもしていればよかったんだ。だが、俺もアンタのインテリジェントデバイスだ、マスターが諦めていない以上、全力でサポートさせてもらう」
プレシアの決断は分かりきっていた。だからこっちもこっちで相応の準備は進めている。
インテリジェントデバイスは主のためになることの準備は怠らない。
「………何をするつもり?」
「今回の研究はかなりデリケートな上、相手は正真正銘のロストロギアだ。プロジェクトFATEの時のように、いくつも培養カプセルを並べて比較しながら地道に進めていくわけにもいかんだろうし、そもそも実験体がない。サンプルを採るなら、ジュエルシードの効果を知っていない人間に触れた場合、どんなことが起こるかというデータが必要だろう」
「そうね、アリシアを蘇生させるための“レリックレプリカ”の創造を行うのは私だけれど、その場合ジュエルシードにかける願いは“アリシアに最適であること”。でもジュエルシードが反応する”願い”にはアリシア自身のものも混ざっているから、そこが最大のポイントになるわね」
生命には“生きたい”という最も純粋な願いがある。ジュエルシードが願いを叶えるロストロギアならば、死にかけの人間が触れれば傷や病気を全て癒すことになる。
だがことはそう簡単にいくまい。思考が一種類しかない人間など存在しないし、“生きたい”と思うと同時に“もう楽になりたい”と思うこともあるだろうし、“生きてもいいことない”とか、“何で生きているのか”などの雑念が混じることもある。
プレシアの解析によれば生命の願いはそう単純ではないため、大体は歪んで叶えられてしまうだろうということだ。これが人間ならば尚更だろう。逆に、アメーバのような単細胞生物の願いが受諾されれば“繁殖したい”という念だけが増幅されて、どこまでもアメーバが増えるような効果をもたらすかもしれない。
つまり、ただ単純にジュエルシードがアリシアの本能的な願いを叶えようとすると、最悪アリシアがモンスター化する可能性すらあるというわけだ。“生きたい”という生物として純粋な願いはそれだけに、“アリシアが人間として生きる”部分を削り取ってしまう可能性が高く、ジュエルシードそういう面で実に厄介な特性を持っている。
仮に、死にかけの人間に握らせたとしても、怪物のようになって生き残る可能性も否定できない。いや、ジュエルシードの保有する魔力が高いだけに、ただ治療だけして終わる方がおそらく難しい、余った魔力は肉体に影響を及ぼし、人間の限界を超えた異形へと変形させる可能性がある。要は、ジュエルシードとは人間に使うにはあまりにも魔力が巨大過ぎるのだ。
ならば、そのジュエルシードの発動状況のサンプルを採る最も手っ取り早い方法は――――
「だったら、魔法のことを一切知らない人間、もしくはただの犬や猫、野生生物なんかがジュエルシードに触れた際にどのような変化を成すのか、そのデータがあればジュエルシードの傾向を統計的に調べることが出来るんじゃないか? まあ、たった20個しかないというのが問題だが」
実際に生物に発動させ、その変化の様子を観測すること、これに勝るものはない。
デバイスである俺は統計的なデータで物事を測ることが本領だ。直感なんてものはありはしないし、経験を組み合わせて擬似的な直感を作り出しても閃きという分野では到底人間に及ばない。
「それは私も考えているわ、人間はともかく、野生生物を連れて来てジュエルシードに触れさせてその結果を観測しようとは思っていたけれど」
「ああ、当然それもやるがそれだけじゃ足りない。奇蹟に縋ってぶっつけ本番でアリシアを蘇らせようってんだから、ここはぶっつけ本番のデータこそが役に立つ。実験環境を整えた上での実験は所詮作りものだ、実践に勝るものはない」
「……………読めたわ。貴方、とんでもないことを企んでいるわね」
「幸運なことに、第29管理世界のミネルヴァ文明遺跡からミッドチルダ方面に向かう航路は一つだ。本局だろうが地上本部だろうが、時空管理局にジュエルシードを届けるなら、ある管理外世界を経由する。管理外世界の人間なら当然魔法のことなんか知らない、リンカーコアを持たないアリシアの“生存本能”がジュエルシードにどんな影響を与えるかをぶっつけ本番で調べるにはうってつけの場所だと思う」
次元航路を普通の海の航路に例えるならば、管理世界は港を備えた陸地であり、管理外世界は無人島といったところだ。無人島に大量の物資を運び込むのは手間がかかるし当然貿易も行われないが、港から港に船が進む際に近くを通ることは往々にしてある。やはり次元航路を長期間進み続けるよりは一定の距離で通常空間に戻って整備点検を行った方が運搬のリスクは小さくなる。
故に、ミネルヴァ文明遺跡からの出土品が運ばれるルートを考えれば、間違いなく第97管理外世界で一度通常空間に出て整備点検を行う。本局次元航行部隊の艦船ならばそんな必要はないだろうが、民間船はそこまで高度な設備を積んでいないので、乗組員の疲労などを考慮しても途中休憩は必須だ。
「正気かしら、次元干渉型の要素も持つロストロギアを管理外世界にばら撒くつもり?」
「管理外世界ならばこそだ。流石に地上部隊がいる管理世界にばら撒くつもりはないさ」
俺はデバイスだ、狂うとしたらそれは出来ないことをやろうとする時だろう。出来ることなら何でもやる。
「次元航行部隊にばれたら次元犯罪者扱いされるわよ」
「プロジェクトFATEに手を出している時点でもう立派な犯罪者だよ。それに、名言がある、“ばれなきゃ犯罪じゃねえ”、だ。ちなみにもうジュエルシードをばら撒く場所の目星は付けてあるし、拠点となるマンションの購入のための下準備も進めている。そして最大のポイントは、地上本部が計画している大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射の日程と、どうやら被りそうってとこだ」
ジュエルシードをばら撒く予定の第97管理外世界は地表の7割が海だ。それに、人間が住んでいる陸地面積よりも無人の土地が圧倒的に多い、ばら撒き方には最新の注意が必要だろうが、ジュエルシードの特性を利用すれば一発だ。
「ジュエルシードをミッドチルダに運ぶための貨物船も調べてあるし、とある手段で乗り込む手配も済んである。後は現地の上空に来たらジュエルシードに“海鳴市に俺を運べ”と願いながら転移魔法を使えばいい。ジュエルシードもある程度活性状態になって一石二鳥、貨物船の重要貨物室のセキュリティを突破するプログラムは現在構築中だ」
「準備がいいことね、それで、フェイトはどうするの?」
「裏の事情は知らせず、純粋に“事故”でばら撒かれてしまったジュエルシードを回収するために、第97管理外世界、地球に向かってもらう。そして、時の庭園で行う“ブリュンヒルト”の試射場はどうやら管理外世界の通常空間になりそうだから、第97管理外世界での火星あたりに時の庭園をもっていけば、空間転移で地球と往来できるようになる。空間転移で往来するにもフェイトがいてくれた方がいいし、俺一人じゃジュエルシードの回収にも限界があるからな、次元震を引き起こせるエネルギーを秘めたジュエルシードの暴走は俺の手には負えん」
もし時の庭園を動かせないのであればここまでやるのは無理だったろうが、今は運が向いてきている。地上本部との間に築いておいたパイプがここにきて実によく作用している。 時の庭園は試射場として貸し出す予定であり、場所はある程度こちらの希望を優先してくれることになっている。管理外世界の宇宙空間ならうってつけだ。
大型魔力砲ブリュンヒルトの試射は地上本部が独自に進めているものであり、本局はほとんど関与しておらず演習場の提供すら拒否している。ならば、管理外世界の宇宙空間で地上本部が試射実験を行うことに本局は意義を挟めまい、今更意義を挟むなら最初から演習場を提供しろという話になることは目に見えている。
試射を管理外世界の惑星上で行うのは大問題だが、その世界の文明の宇宙船がおいそれといけない場所まで離れていれば、現地住民と接触する可能性も皆無だ。宇宙空間で試射を行う場合、宇宙を進む民間船が絶対に通らない場所を選ぶことになるので、管理外世界の方が場所を取りやすいという事情もある。もしそこで撃った砲撃に当たっても、そこにいること自体が違法であれば文句を言われる筋合いもない、軍の演習場に潜り込んで密猟を行っていた者が流れ弾に当たって死んでも誰も同情しない、“運の無い奴だ”で終わるだろう。
「人の娘を騙して犯罪の片棒を担がせようとするのは、褒められたことじゃないわよ」
「大丈夫、上手くやるさ、どんな事態になってもフェイトは無罪にしてみせる」
というか、ジュエルシードの効果をその他の資料から大体把握していたからこそ俺達はジュエルシードを探していたのだ。そして、仮に見つかったとしてもこういう実験が必要になると予想は出来たので、犯罪計画の構築とその下準備は半年以上前から進めていた。まあ、ジュエルシードが発掘されなければ無駄になっていた計画だが、無駄にならずに済んだようでなにより。
それに、ことはジュエルシードの実験だけじゃない。ある程度ジュエルシードの回収が進んだ段階で時空管理局の次元航行部隊を引き寄せたいという思惑もある。
アリシアの蘇生を行う本番は複数のジュエルシードを使うことになるだろうから、万が一にも次元断層が発生してしまう危険がある。時の庭園の駆動炉“クラーケン”の力を次元震の封印に向ければ、中規模くらいの次元震は抑えられるだろうが、念には念を入れて近くに本局の次元航行艦がいてくれればありがたい。
それに、本局と地上本部の確執につけ込めば俺達への視線をかなり逸らすことが可能だろう。“ブリュンヒルト”の試射は、法的手続きに則った正式なもので主導は地上本部、ジュエルシードに関する対策は突発的な事故に対応するためのもので主導は本局、これが同じ管理外世界でバッティングすれば諍いが起こる可能性は高い。
それに、アリシアの蘇生が終了した後、成功したにせよ失敗だったにせよフェイトの今後を考えれば、ここらで本局と接触して法的な手続きを全部済ませた方がいい。こういうのはフェイトが子供のうちにやってしまわないと後で面倒なことになる。
「だけど、第97管理外世界、呼び名は地球だったかしら? 現地住民に最悪死者が出るわよ」
「そこはそれだ、死者というなら俺はもう2000人以上のアリシアを殺していることになる。これはあくまで提案だ。最終的な判断はそっちに任せる」
「外堀は埋めておいて最終判断だけ私にさせるかしら貴方は」
「これは単なる確認だよ、アンタがどんな選択を選ぶかは分かっているが、筋道は通さなきゃいけないからな」
プレシアはアリシアとフェイト、どちらのために残りの人生を使うかという選択においてアリシアを選んだ。そんなプレシアが管理外世界の人間の命とアリシアを蘇生させられる可能性を上げること、どちらを選ぶかなどまさに確認するまでもない。
もしその罪がフェイトにかかるのだとすればまた別の問題になるが、その点においてフェイトに罪はない。ジュエルシードをばら撒くのは俺の仕事でフェイトは嘘吐きデバイスに騙されてジュエルシードを回収させられただけの少女だからだ。
まあそもそもばれるようなヘマをやるつもりはないし、いざとなれば狂ったインテリジェントデバイスの独断ということにすればいい。俺の命題はプレシア・テスタロッサのために活動することであり、多くの人々を幸せにするような機能や目的はプログラムされていない。
「細かい方法は貴方に全て任せるけど、絶対にフェイトにはばれないようにすること、そして、貴方が捕まることも許さない。守れるかしら?」
『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』
我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存、重要度は最大、主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了、今後、この命令は我が命題の一部となる、終了条件はジュエルシードに関連する事柄がテスタロッサ家、及び法的手続きにおいて全て完了すること。
「ところで、どんな場所にばら撒くつもり?」
「それなんだがな、実に面白そうな場所がある」
邪悪な笑みを浮かべながら俺はプレシアにデータを渡す。俺の計画は色んなものがかなり複雑にからんでいる、というより絡ませた。
「海鳴市………一般的な地方都市のようだけど?」
「重要なのは街じゃない、管理外世界だってのにこの街から結界反応があったってことだ。それもそこいらの魔導師が張るものとは違うタイプだ」
この結界は非常に良く出来たもので、おそらく時空管理局の次元航行部隊でもこれを察知することは不可能だ。結界の最上級は存在を誰にも気付かせずに効果を発揮するものだが、この結界はそれに該当する。
だが、ジェイル・スカリエッティが送ってきた肉体の固有技能『バンダ―スナッチ』は、どんな結界だろうが見破る能力だ。見破るだけで破壊も突破も出来ないというのが情けないところだが、偶然ではあったが管理外世界にあるはずのないものを俺は発見できた。
「その結界の中には何があったの?」
「悪いがそこまでは分からん。サーチャーを通してのものだったし、サーチャーと俺の機能は連結させていたが、そのサーチャーもすぐに叩き壊されちまってな。だが、サーチャーが壊されたってことは監視人かもしくは防衛用の機能があるってことだ、面白いだろ?」
つまり、海鳴市には違法研究所か、次元犯罪者か、ロストロギアかそれに準ずるようなものが眠っているのは間違いない。時空管理局から逃れて管理外世界で研究している奴がいるのか、はたまた単なるコレクターという可能性もある、奇人変人は次元世界にいくらでも溢れている。
最も、広域次元犯罪者のようなレベルの高い犯罪者は管理外世界にはいない。管理外世界に潜むものといえば止むにやまれぬ事情で身を隠すことになった魔導師が大半であり、痴情のもつれで管理局の高官を殺してしまったとかがいい例だ。ここでポイントとなるのは正体がどんなものであったとしても、それに対応するのは時空管理局の次元航行部隊しかあり得ないという点だ。
「つまり、いざとなったらその結界を張った奴をジュエルシードばら撒き犯に仕立てあげるつもりね」
「少なくとも管理局の目を逸らすことは出来るだろうさ、ジュエルシードを狙って動いてくれば罪を擦り付けるのもやりやすいし、そうじゃなくてもこっちから発破かければ自然と管理局の網にかかる。次元航行部隊も無限に手が伸びるわけじゃないからな、素性がはっきりしてて地上本部との繋がりがあり、正規の手続きに則った実験を行っている俺達よりも謎の結界を張った奴に意識を向けるだろ」
そいつが海鳴市に結界を張ったのは別の事情があるのだろうが、そんなところに他のロストロギアが“事故”でばら撒かれたとしたら関連性を疑うなという方が無理だ。まあ、何の反応も示さない可能性もあるが、その時は放っておけばいい、これはあくまで保険のようなもので、ばら撒くことにメリットがある場所が海鳴市だったという話だ。
とはいえデメリットもある。そいつらと完全に敵対することになった場合俺達が返り討ちにされる可能性だ。しかし、荒事に向いている高ランク魔導師の犯罪者は管理外世界には拠点を設けないものだ。物資を調達するにも研究設備を整えるにも管理世界の方が圧倒的に効率が良いので、管理局に補足されてもAAランク以上のエース級を返り討ちに出来る実力があればそちらに拠点を置いた方が多くの面で都合がいい。
よって、管理外世界に拠点を設けるのは時空管理局のエース級魔導師を迎撃する実力がない者たちになる。もしくはランクこそ高いものの能力が戦闘向けではなく研究専門の場合か、管理世界にいられない余程の事情がある場合か。
なので、AAAランクのフェイト、使い魔のアルフ、後方支援の俺の3人で動いているテスタロッサ一家が返り討ちにされる可能性は極めて低い。それに、交渉次第では協力関係を築くことも可能だろう、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティとの関係のように。
「なるほど、悪くないわ」
「だろ、もし結界を張った奴が組織的に動いていたり強力な戦力を揃えていたらその時は次元航行部隊に応援を頼むことも出来るし、大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射対象をそいつらにしてもいい。“善意の協力者”ってことで管理局に恩を売って、見返りとしてほんの一か月くらいジュエルシードを貸してもらうのもありだ。その説得は自身あるぜ、金の力も味方についている」
「ホントに貴方は悪知恵が働くわね、上手くいけば時空管理局と敵対することなくジュエルシードを使用できる条件が揃うってこと」
法を司る組織と敵対してもメリットなどほとんどない。しかし、プレシアが技術開発部で行った魔力炉“セイレーン”の開発や、リニスが遺失物管理部機動三課で働いていたこと、そして“ブリュンヒルト”や“クラーケン”の開発協力に、開発場所としての時の庭園と傀儡兵を格安で地上本部に提供したこと。これらを通して管理局が俺達を処断出来ない状況を構築したことによって俺達の選択の幅は逆に広まった。
ここでの最大のポイントは本局と地上本部、仲の悪い組織の両方に別々に恩を売ったことだ。これによって管理局内部の権力闘争や縄張り争いに付け入る隙が生じる、片方とだけ仲良くしていたらもう片方から目の敵にされてしまう。
しかし、仮に俺達がこの実験によって次元航行部隊に拿捕されたとしても地上本部が黙っていないし、本局の技術開発部や遺失物管理部も無関係ではいられない、ただ犯罪者としてしょっぴくには俺達は管理局に関わり過ぎている、表の面でも裏の面でも。
これで全部思い通りにいくなんてことはないだろうが、きれるカードは多く持っていたほうがいい。
「ま、世の中そこまで上手くはいかないだろうが、海鳴市にジュエルシードをばら撒くことにはかなりのメリットがある。そういうわけで海鳴市を“ジュエルシード実験”の舞台にすることになった。準備は着々と進行中、開幕は近いぜ」
「貴方、楽しんでいるでしょ」
「まさか、ただ悲壮感漂わせようが楽観的だろうがデバイスの性能は変わらない。だったら、フェイト達のことも考えれば楽しむ方がいいだろ」
デバイスというものは常に現実路線をいく。俺がマイナス思考でいてもプレシアにもフェイトにもアルフにも悪影響しか出ないことが分かっているのだから、常にプラス思考でいるようにする。これはただそれだけの話。人間と違って精神的な疲労がないのでいくらでもハイテンションを維持できる。
こうして、後に公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる次元犯罪計画がスタートした。
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Q. 脳死状態の人間に本能的な願いはあるのか?
A. 人間は、肉体、精神、魂で成り立っていて、アリシアは精神が停止している状態なので、魂はまだ生きています。そして、肉体と魂が”生きたい”と言っています。
………ダメでしょうか?
それにしても説明回が続いてしまう… そしてまだあと1回説明回が必要になりそう…… 何やってんだ自分。