第九話 使い魔の記録
フェイト 7歳
今日はフェイトの誕生日であり、家族全員でお祝いをしました。プレシア、トール、私、そして半年ほど前に生まれたフェイトの使い魔アルフの4人で盛大にフェイトの誕生日を盛り上げる。フェイトは少し戸惑っていたようですが、とても嬉しそうな表情でパーティーを楽しんでいたと思います。ただ、この場にアリシアがいないことと、プレシアが椅子から立ち上がることがなかったことが残念でなりません。もう彼女の身体はそこまで……
フェイト 7歳3か月
久々にフェイトとトールが模擬戦を行っていました。何でもトールの肉体に新技術を用いたとかで魔導師としてのレベルがBランクにまで上がったとか。完成したバルディッシュを持つフェイトと対峙するトールがフォトンランサーを発動させた瞬間、彼の尻からカートリッジが飛び出しガスが噴射、その光景を見たフェイトが噴き出した隙に直撃するフォトンランサー、笑いを堪えるフェイトはバリアを展開することも出来ずノックアウト。トールとフェイトの模擬戦は今後禁止することを決定。
フェイト 7歳5か月
性懲りもなくフェイトを模擬戦に誘うトール、流石のフェイトもあれと戦うのは遠慮したいようで戸惑っているようです。見かけた私はハーケンセイバーを放つものの、それを受けとめるためにトールがシールドを展開した際にカートリッジがロード、尻から薬莢と噴射ガスが飛び出しフェイトが笑い転げる。隣にいたアルフもこらえきれずに笑い死に寸前になってしまいました。その後、フォトンランサー・ジェノサイドシフトをトールに叩き込む。
フェイト 7歳8か月
フェイトの魔導師としての完成度はかなり高くなってきています。既にフォトンランサー、アークセイバーはおろか、広域攻撃魔法のサンダーレイジまで放つことが可能となりました。魔導師のランクで測るならばA+ランクに届いていることでしょう。私のランクもAA+ですからそろそろ教えられることが少なくなってきました。接近戦の方面ではまだ教えられることは多いですが、機動戦ではもうほとんどありませんね。治療魔法やバインドなどはそれほど得意ではないようですが、そこはアルフが補っています。
フェイト 7歳10か月
プレシアが吐血して倒れた。何とかフェイトにはバレずに済みましたが、彼女も母親の容体が良くないことはおぼろげながら察しているでしょう。アルフもそれを気にしているのか、フェイトの気を紛らわせようと明るく振舞っています。しかし、それをぶち壊しにするかのように例の男がゴキブリの群れを時の庭園に解き放ってしまった。確かにフェイトの気は紛れましたが、異なるトラウマがフェイトに生まれてしまった気がします。当然のことながら例の男は専用に設えた処刑場へと送っておきました。
フェイト 7歳11か月
最近身体を思うように動かせなくなることが良くある。プレシアの身体が本格的に悪くなり、彼女のリンカーコアが自動的に使い魔である私への魔力供給を制限しているのでしょう。私が使い魔であるが故に分かってしまう、もうプレシアの命は長くない、例え今から延命のための研究を進めても意味がないであろうことを理解してしまった。
私はどうするべきだろうか。私がプレシアより早く消滅することは間違いない。フェイトが私によく懐いてくれていることは非常に嬉しいが、私が死ねばフェイトが悲しむ。ああ、プレシアとフェイトの間にあった距離感とは、これが原因だったのかもしれません。フェイトを残して自分が逝ってしまうことが分かるが故に、どう接してよいのか分からない。そう思う私は、フェイトの乳母役として正しいのか、それとも失格なのか。
いずれにせよもう猶予はない。フェイト達にいつまで隠すのか、それとも明かすのか、決断しなければならない。
フェイト 8歳の誕生日
今日は私の人生においてフェイトの誕生を聞かされた日と同様の驚愕を味わうこととなりました。私とプレシアが知らないうちにフェイトとアルフが私達の容体のことについて知ってしまっていた。情報の出処は考えるまでもありません、トール、彼以外にあり得ない。
問い詰める私とプレシアに対して彼はいつも通りの態度を崩さずこう答えた。
「人間の感情の問題については、絶対的な正解は無い。それはいままで俺が活動してきたデータの統計が物語っている。ゆえに俺の行動が正しいかどうかはわからん。だが、フェイトの性格くらいは分かっている。何しろこいつはプレシアの娘だからな。こいつにとっては自分が何も知らされずにいたこと、もしくは何も出来なかったことの方がよほど堪える。そういう奴なんだよ、お前達の自慢の娘は」
言われて私達には返す言葉がなかった。
そう、フェイトが優しい性格だということ、そして自分の大切な人に何もしてあげられないような状況を何よりも悲しむということは私もプレシアにも分かっていたはずなのだ。けれど、私達はフェイト達に明かせなかった、その理由は―――
「お前達が自分の容態をフェイトに教えたくなかったのはお前達の都合、それでも知りたいと思うのはフェイトの都合、ここ1年ばかりは伏せておくというお前らの都合を優先させたからな。ここからはフェイトの都合を優先させる。俺は中立だから、バランスはとらせてもらうぜ」
私達が、フェイトの悲しむ顔を見たくなかったから。けどそれは私達が死んだ後にそれ以上の悲しみがフェイトを襲うということだろう。
なんという自分勝手な理由か、結局私にはプレシアのことを糾弾する資格などありはしない。フェイトのことを第一に考えず、自分の都合を優先させていたのだから。
「それともう一つ、家族の危機は家族が一丸になって取り組むもんだ。いつまでも蚊帳の外にしておくのはよくねえよ。フェイトも今日で八歳、このミッドチルダなら就業することすら不可能じゃない年齢だし、俺はそのつもりでフェイトに接してきた。だから、お前らもそろそろフェイトに頼れ」
ミッドチルダは多くの世界の人々が集まる。特に首都クラナガンは百を超える文化が集まる移民都市ならぬ多様文化都市と言っていい。その中には八歳の子供が馬を駆って大人と同じ用に羊を追う遊牧文化もあれば、森の中で狩りを行う文化もあり、ある世界ではたった5歳でも神官の子ならば働く場合もある。
そういった異文化が集まる土地であるミッドチルダでは就業年齢は非常に低く、申請によって成人の定義すら異なる。既に5年以上大人として働いてきた13歳の少年がクラナガンに来た際に“義務教育”に縛られてはいけないので教育を受けるか否かも個人の自由。文化によっては子供の定義も大人の定義も異なるのだから、酒の年齢制限なども明確には存在しない、何事も自己責任が基本で各家庭の裁量に任されている部分が大きい。
私が学んだ保育所は、比較的成人年齢が高い世界の文化を基本とした場所だったためlフェイトもまだまだ子供という認識がありましたが、ミッドチルダでは必ずしもそうではないのでした。
「あの、母さん、リニス。内緒にしてたけど、トールにお願いして私の就業資格をとってもらったの。だから、私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!」
フェイトがここまで強く自己主張することも私にとって初めての経験でした。そして、フェイトが誕生日に合わせて就業資格を取ったということは、半年以上前から準備していなければ到底不可能。つまり、私達のことは既に見抜かれていたということですね。まったく、そのことにも気付けなかったとは………
「ちなみに、資格があった方が色々便利だなあと思って俺がフェイトを唆したのが始まりだ。だからフェイトがお前達の容体に疑問を持ったのは10月の吐血の時からだよ、本来ならこれは単なる誕生日サプライズの予定だったんだが、人生何がどう作用するか分からんよなあ」
空気を読めない男の発言によって感動的な場面はぶち壊しになってしまいました。
「トール! それは言わないでって!」
「了承した覚えはないなぜ、お前は俺に頼んだだけで返事を受け取っていない、これは契約の基本だから、これから社会人になるつもりなら覚えておけ」
「ったく、アンタは………フェイト、そんなアホのことはほっときな。今はプレシアとリニスのことだよ」
結局私達はフェイトの想いを断ることは出来ず、彼女がロストロギアの探索を行うことを認めざるを得ませんでした。それでもあと半年は魔法の訓練に専念しAAAランクの魔導師としての実力を身につけることという条件を付け、それが済めばトールと共にロストロギア探しに出ても構わないということなりました。
フェイト 8歳2か月
フェイトの想いの強さは私の予想を遙かに上回るものでした。誕生日の段階でAAランクに達したばかりでしたから、訓練に専念したとしてもAAAランクに達するまでは半年はかかるものと考えていましたが、フェイトはたった2か月でAAAランク相当の魔法を悉く覚え、近接格闘戦、高速機動戦、砲撃戦、広域用の結界魔法、さらにはロストロギアの暴走などに対処するための封印術式、それらを全て身につけてしまいました。
トールの提案でロストロギア探索をより効率化するために時の庭園から各次元世界への転送ポートを設置し、拠点を時の庭園にしながら探すということとなりましたが、これは私達への配慮でしょう。近い次元世界にいるならば最悪プレシアの次元跳躍魔法と私の空間転移によってフェイトを助けることが出来ます。
そして、プレシアの容体は徐々に悪化していっていますが、それでも研究は進めており、理論的にはアリシアの蘇生は可能、アリシアと適合できるロストロギア、またはレリックレプリカの適合の補助となるものが手に入れば全てのピースは揃うところまでは来ました。
「母さん、リニス、行ってきます。絶対に母さん達を助けられるロストロギアを探して来るから」
「探索はあたし達に任せて休んでておくれよ、無理なんかしたら承知しないからね」
決意を秘めた表情と共に、転送ポートからフェイトとアルフが出発する。
本当にいつの間にか成長していた。気付けば私は時の庭園から出られるような身体ではなく、彼女達は未来に挑むかのように飛び回っている。
「Fate(運命の女神)、あの子は本当に私達の運命そのものね」
プレシアの言葉にどれほどの感慨が込められているのか、私には分からない。
口惜しくはあるだろう、不甲斐なくもあるだろう、結局自分で“レリックレプリカ”を人工的に作り出すことは叶わず、彼女達が探索するロストロギアを頼みにするしかない状況になってしまった。
ですが、それ以上に誇らしくもあるのでしょう。自分の娘が自分の意思で未来を切り開こうとする姿が。
フェイト 8歳5か月
フェイト達の探索は続いている。トールが主導し、フェイトとアルフがサポートして探しているロストロギアは『ジュエルシード』という名の宝石。
高純度のエネルギー結晶体であるという部分ではレリックに近く、たった一つで時の庭園の駆動炉と同等のエネルギーを生み出すほどの力を秘めているという。
しかしこれをそのままアリシアの身体に移植することは不可能、間違いなくレリックと同じ結果となってしまう。
必要なのはジュエルシードが持つもう一つの特性、人の願いを叶えるというその機能。
その部分は最早技術とはかけ離れ、神頼みに近いものではありますが、その特性を最大限に発揮できればアリシアの蘇生が可能かもしれない。仮に不可能でも“周囲の生物の願いを読み取り、それに最適な魔力を放出し魔術理論を超越する現象を引き起こす”という特性の解析が出来れば、改造リンカーコアを用いた“レリックレプリカ”を“アリシアの蘇生に最適な形”へと完成させられる可能性がある。
しかし、異なるタイムリミットも存在しています。いくらプロジェクトFATEの技術によって補修されているとはいえアリシアの肉体は既に25年もの間停止している。
プレシアの研究によればアリシアの“死”は近いという話です。まるで、プレシアの命の刻限と連動するかのように…………
フェイト 8歳8か月
最近はほとんど停止している状態が続いている。プレシアへの負担を抑えるためにフェイトやアルフからの通信がある時や、あの子達が時の庭園に帰ってくるとき以外は私の意識を切っているのですから当然です。
フェイト 8歳10か月
ふと気がつけば月が変わっていました。いったいどれほど眠っていたのでしょうか、全く不甲斐無い、主のために仕えるのが使い魔であるというのに今では荷物にしかなっていません。恐らく、次に眠ればもう目を覚ますことはないでしょう。
そして、私は目を覚ました。
「ここは?」
周囲は見慣れた時の庭園の中庭、しかし、何かが違う。
「“ミレニアム・パズル”だ。幻想と現実を繋ぐロストロギアの力を借りてお前に残った最後の意識にアクセスしている。もう現実ではお前の意識は戻らないから、ここでフェイトに別れを告げてやってほしい」
背後からの声に振りかえるとそこにトールの姿があった。
「時間もねえからフェイトとアルフをとっとと呼び出す、最期に残す言葉を今の内に考えといてくれ」
その言葉と共に彼の姿は消えた。
そしてそれが彼と交わした最期の言葉となり、まるでいつも通りの態度と声を残すことだけが彼と私の別離だった。
「……………リニス」
そして、少しの時間を置いてフェイトが来た。アルフも隣にいる。
「フェイト………」
私はフェイトを抱きしめる。もうそれしか彼女にしてあげられることはないから。
「御免なさいリニス……私……助けられなくて………」
「いいえフェイト、もう貴女は十分過ぎるほど私を救ってくれていますよ」
私の胸に顔を埋めて泣いているフェイトの頭を撫でながら、アルフの方にも視線を向ける。
彼女も涙を流してはいたが、その視線が言っていた。最期の時間はフェイトのために使ってあげて欲しいと。
「プレシアに作られ、貴女と出逢えたことは私にとって最大の幸せでした」
心の底からそう思える。
フェイトと出逢うまでの18年が幸せでなかったとはいえないけれど、貴女のために生きることが出来た4年間は私にとって輝かしい日々でした。
それはプレシアも同じはず、彼女の使い魔として私が生まれてより精神リンクは基本的に切られていましたが、プレシアが強い感情を顕した時には伝わってくることもあった。そしてその感情は常に悲しみや後悔でしかなかった。
ですが、私は覚えています。貴女が生まれた瞬間に、プレシアから伝わってきた想いを。初めて流れてきた、誰かを愛おしいを想う感情を。
それを知ることができ、貴女に愛情を注ぐことが出来た。もう、それだけで私は満足です。
「フェイト、私の望みは一つだけです、貴女は幸せになってください。“運命を切り開く者”というその名前の通りに」
「……………うん、うん!」
本当に強い子、だから……きっと大丈夫
「リニス……?」
………
「リニス……?」
………
「っく……うう、う……ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
“ミレニアム・パズル”を用いて彼女の最後の記録を、インテリジェントデバイス“トール”の記憶容量に保存。劣化しないように封印し、フェイトが成長した際に解凍できるよう処理を施す。
『プレシア・テスタロッサの使い魔リニスの活動内容を明確に記録、インテリジェントデバイス“トール”は貴女の人生を保存します。いつかフェイトに渡すその時まで、貴女が抱いていた総ての想いを私が厳重に保管します。貴女が私に託した願いは、いつの日か必ず果たされるでしょう』