月明かりだけが照らす夜。
彼女の重さを肩に感じながら、俺は空を見上げる。
「ごめんね、ナオト……」
辛そうな声で、彼女―――アリシア・テスタロッサは呟いた。
「謝られてもな」
「うん、ごめん……」
また謝った。
ここまで弱気なアリシアを見るのは二度目だ。
一度目は確か、海鳴に来て間もない頃だった。
頼れるものがない状況は、さすがのアリシアでも堪えたのか、こんな風に一晩弱気だった。
あの日も、こうやって一晩一緒にいて、肩に頭を預けていた。
「フェイトには伝えたのか?」
「あはははは……実は言ってなかったり」
少しだけ冷や汗を掻いて答えるアリシア。
……この時期でそれはまずいだろ。
「ったく、ちょっと念話で伝えるぞ」
「お願い。あっ、フェイトに何か聞かれても何も聞かないでほしいって言って」
「はぁ……」
俺はため息を吐くと、フェイトに念話を発信する。
『フェイト、聞こえるか?』
『ナオト!? ごめん、今ちょっと忙しいからまた後で!!』
本当に大変そうな声だった。
『ストップ、どうしたんだよ一体?』
『姉さんがいないの!!』
……ああ、今さっきフェイトに伝えてない言ったもんな、このねこさん。
フェイトも今は尚更不安がるだろうし、仕方ない。
意外とフェイトもアリシアに劣らず結構シスコンだし。
『それなら今俺のところにいるから気にしなくていい』
『……えっ、そうなの?』
不意を突かれたのか、ぽかんとした声が聞こえてきた。
『本人からは何も聞かないでほしいって』
『……そっか。ごめんねナオト、姉さんのことお願い』
真剣な声で。
フェイトはそう言った。
『フェイト?』
『私の前じゃ絶対に姉さん何も言わないから。だって私は姉さんの妹、だから』
そう言ったフェイトの声が、あまりにも寂しそうに聞こえてしまう。
『それじゃあ、おやすみナオト』
『あ、ああ……』
すぐに元通りの声色に戻ってしまい、俺は曖昧に頷きの声を出してしまう。
何だか変な会話だった……
「ナオト……?」
「フェイトには伝えたぞ」
こういう時念話が使えないアリシアは不便だ。
って、そういえば。
「携帯電話は?」
「あー、多分置いてきちゃったかも」
携帯電話を携帯しなかったら意味ないだろ。
「それでフェイト何か言ってた?」
「よろしく頼まれた」
「フェイトの前ではいつも通り振舞ってたんだけどね、やっぱ無理だったかな……」
ため息を吐きながらアリシアはそう呟く。
フェイトもそうなんだが、アリシアも結構不器用なんだよな。
生き方が正直な所為か、ふとしたきっかけでぶつかりそうになる。
それでもしっかり自分でどうにかしてるのはさすがなんだが、今回みたいな場合はさすがに彼女のメンタルでも耐えられなかった。
「何かお前らは分かってるけど俺にも説明しろよ」
「ただの麗しい姉妹愛」
そう軽口を叩くが、いつもよりキレがない。
内心ため息が出そう。
「ナオト、寒い」
「毛布使うか?」
「うん」
そのまま俺たちは二人で一つの毛布。
昔もこうやって、アリシアと二人で一晩過ごしたなぁ、と思う。
「暖かいね」
「毛布一枚でか?」
「ううん、ナオトが」
そう言って、アリシアは目を瞑る。
穏やかな表情。
普段からこれだけしおらしい方が、いやそうしたらフェイトみたいになるか。
しかしそれにしても、無防備すぎる。
年頃の娘さんとしてどうなんですか、と言いたくなる。
「アリシア、男女七歳にして同衾せずって言葉があってな」
「誤りだけどね、正しくは席を同じくせず」
……うわーん。
これだから天才は。
「でも、うん、そっちの方が今はいいかな……」
アリシアはそう呟いてから。
「ねぇナオト、キス……してみる?」
爆弾を落とした。
俺はぽかんとしてアリシアを見る。
待て、慌てるなこれはアリシアの罠だ。
その柔らかな唇、じゃなかったその巧みな口が……って卑猥に聞こえる、じゃなくてナオトさんはそんな見え見えの罠には引っ掛からないですよ。
落ち着いている落ち着いている、よーしよしよし。
「ん……」
目を瞑ったままのアリシア。
視線は自然と、その唇に吸い寄せられてしまう。
転生して幼い頃は特になかったが、最近では少しずつ性欲が沸き始めている。
前世では女性に関して縁もなかったのに、この状況。
ごくりと、喉が鳴る。
俺はゆっくりと目を閉じ。
「…………」
何もしなかった。
結局、この一線を越えるのがどうしようもなく怖くなってしまった。
……本当にオリ主ならもっと上手くやれるのにな。
「……バカ」
アリシアの声が微かに聞こえる。
つーか聞こえたからな。
むしろ聞こえるように言っただろ、ねこさんめ。
「ヘタレ」
「ヘ、ヘタレじゃないやい!」
そう強がって見せるが、ごめん俺もヘタレたと思ってる。
絶対言わないが。
ヘタレを認めるのって男として無理。
「うん、でも、そんなナオトだから安心できるんだよね……」
そう言いながら毛布で少しだけ顔を隠す。
あーそうですか、俺は安全なんですね、男としてどうなんでしょうね、それ。
そこまで言われたらやってやるよ、やってやるさ。
男の意地が掛かっているんですよ、これ。
「ナオ……!?」
俺はアリシアの手を掴み、彼女に唇を重ねる。
生まれて初めてのキス。
唇を重ねるだけの軽いキスだが、それでもやっぱりただ触れるのとは違った。
「うぅ……」
顔を離すと、顔が真っ赤なアリシア。
「……バカ!」
そしてそのまま毛布ですっぽり顔を隠してしまった。
俺は無言でゆっくりと自分の唇をなぞる。
うん、多分俺の顔も真っ赤だ。
今夜は、眠れそうにない。
俺は月を見ながら、そう思った。
「あっ、姉さんお帰り」
「ごめんねフェイト。お母さん亡くなって間もないのに」
「ううん、私は姉さんの胸でいっぱい泣いたし大丈夫だから」
「あはは……やっぱりお見通しなんだ……」
「姉さんはナオトの胸を借りて泣いたんだよね?」
「あーううん、ナオトに元気貰いすぎた、かな」
「姉さん、顔赤いけど大丈夫?」
「大丈夫だから!」
***
更新頑張りました。本当に忙しくなるのに。
アリシアさんが10万pvと感想100を前に本気を出しました。
いつ頃かはアリシアがラストにちょろっと言っています。
いや、何故か途中で挟めなかったんです。