早朝にも関わらずアースラのブリッジには人々が集まっていた。
「もうすぐ始まるんですよね……」
「そう、ね」
普段よりも固いエイミィの声音。しかし頷きを返すレティも平生とはとても言いがたかった。
「プレシアさんはSランクオーバーで、桃子さんもSランク相当。魔力のないあたしから見たら怪獣大激突って感じですよ……」
「あら? じゃあS-の私も怪獣なのかしら?」
「うえっ!?」
今はいないはずの人の声がして、エイミィは椅子の上で小さく跳ねた。
頬を引きつらせながらゆっくりと振り向くと、そこにはにこにこと聖母のような笑みを湛えたリンディ。
「AAA以上でさえ管理局の魔導師の5%だものね。魔力のない人が多いことを考えたら、確かにSランクなんて大怪獣扱いかしらねー……」
「え、あ、いやー……その……」
「ふふふ。ごまかさないでいいのよ。S-取ったばかりの時なんて『げえっ! Sランク!?』『に、逃げろ! ビルごと吹き飛ばされるぞ!!』とか散々言われたもの……」
「あ、あのー? リンディ、さん?」
恐怖に身を竦ませたエイミィだったが、恐怖の体現者であったリンディはなぜか自沈していき、今となってはうじうじとしゃがみこんで、ブリッジの床を指先でなぞっている。
「よくある発作だから放っておきなさい、すぐに立ち直るから」
「そう、ですか?」
「執務官として気を張ってる時はともかくとして、普段はアップダウン激しいのよあの子は」
重い影を背負っているリンディにどう声をかけようかと思案していたら、レティが肩に手を置いてきて諭した。
リンディの執務官に復帰と同時に補佐官となったエイミィとは比べ物にならない昔からリンディを知っているレティの言うことだから本当なのだろうと思いつつ、それでも気になるのでエイミィは改めてリンディを盗み見る。
「でも、クライドさんはそんなこと気にしないって言ってくれたし……」
さっきまでの影はどこえやら、頬に手を当てながら身をよじっていた。いったいどういう思考ルートを辿ったのか気になったが別に知りたくはないなと思うエイミィだった。
ちょっと目を離した隙にこれなら、確かに放っておけばそのうち勝手に復活しそうだと納得し、エイミィはエイミィで気になったことをレティに尋ねることにした。
「そういえば、いいんですか?」
「なにが?」
「あのこと桃子さんに伝えなくて本当によかったんですか?」
レティの視線は一度中空へと流れ、そして再び戻ってきた。
「いいのよ。ただでさえ五分じゃない勝負なんだから、変に色々背負わせてしまうことはないわ」
言い終わると、レティの瞳はまたエイミィから外れた。今度は戻ってこない。
ブリッジの前方に開かれた巨大なモニターに映る海鳴臨海公園、そこに桃子が姿を現していた。
約束の時間の三分ほど前に、桃子は着いた。見回すが、そこにプレシアの姿はない。
髪をわずかに揺らす程度の海風を浴び、そっと目を閉じる。緊張に強張る心を落ち着かせようと、届くかすかなさざなみに耳を傾けていた。
「……時間、ぴったりね」
音やなにかが聞こえたわけではないし、時計を見ていたわけでもない。だけれど、なんとなく気配を感じて桃子は振り返った。
「待たせたことに謝罪なんかしないわよ」
「別に、そんなの望んでないわ」
ちょうど短針が5を、長針が12を指している時計の上、プレシア・テスタロッサは堂々と立っていた。
視線を交差させる二人からリニスとユーノは離れる。
「本気の勝負を、始めましょう」
胸元のレイジングハートを手に取り、右手を横へ伸ばすと桃子の体をバリアジャケットが包み込む。
「今はこれしかないなら、あたしは全力で行くわ」
レイジングハートを油断なく構え、桃子は宣言する。
「そして、今度こそ話を聞かせてもらうんだから!」
「やれるならね……」
表情ひとつ動かさず、涼しげに答えるのはプレシア。
「私はあなたからジュエルシードを貰って帰るわ」
「やれるなら、ね」
「やってみせるのよ」
その一言が合図になったかのように、両者が飛ぶ。
時間的には短く、しかし濃い戦闘が始まった。
プレシアがわざわざ海鳴臨海公園の海沿いまで桃子を呼び出したのには理由がある、そこならば少し飛べばそれだけで海上に出られるからだ。海上は当然のことながら遮蔽物はない、それはイレギュラーの原因が少なくなるということでもあるし、同時に射撃系を得意とする彼女にとってはとても戦いやすい。
「フォトンランサー!」
現にプレシアは常に視界の中に桃子を捉えることに成功している。
「ディバインシューター!」
しかし桃子もそう簡単には攻略させない。目には目をとばかりに彼女も魔力弾でプレシアの攻撃を打ち消す。
「Flash move.」
そして隙を見ては接近を図る。
「たあっ!」
「ちっ!」
プレシアは桃子の一撃を受け、その勢いのまま距離をとる。そのまま追撃に移られないように、間に魔力弾を大量にばらまきながら。結果として、桃子はシールドでそれを防御せざるをえず、プレシアに距離をとられてしまう。
仕切りなおしといった感じで二人は再び動き出す。紫色と桃色の輝きが青い海と空を背景に舞う。それは美しいが、二人にそんな思いを感じる余裕などない。
速度と近接戦では桃子が、技術と遠距離ではプレシアが秀でているという現状のため、距離を詰めようとする桃子と距離をとろうとするプレシアという構図が展開されていた。よって二人の戦闘は、懐に入る直前、隙の大きい大技をかけるにはもう少し、という中距離で推移していく。
「くっ、しつこい!」
プレシアがまたも放つフォトンランサーの弾幕。しかしそれまでと違って桃子は相殺せず、弾幕へと突っ込む。
「ぐっ……」
いくつかはデバイスで弾くが、肩や足に一つずつもらった。重い一撃一撃に速度を緩めそうになるが、歯を食いしばり耐え、プレシアへと向かって飛び続ける。
弾幕を突破してきたのには驚くが、まだリーチでは直接攻撃よりもプレシアの射撃魔法のほうが長く、今の桃子は魔力弾が回避が難しい距離に突っ込んでいるのと同じ、プレシアは冷静に追撃の魔力弾を放つ。
「落ちなさい!」
だが、桃子もそれは承知の上。プレシアが発射するタイミングにあわせ、レイジングハートが魔法を発動する。
「Flash move.」
瞬間的に爆発的速度を生み、一瞬で桃子はプレシアの眼前に入る。
「しまっ――」
「はあっ!」
桃子の横なぎの一撃が、ガードに出したプレシアの杖もなんのその、彼女を吹き飛ばす。
――よし!
作戦通りの展開に内心でガッツポーズする桃子だったが、相棒からすぐに警告が飛ぶ。
「Watch out for the rear! (後ろに気をつけてください!)」
「えっ!?」
振り向いた先には、フラッシュムーブで避けたはずだったプレシアの魔力弾が再びやってくる光景。
「Protection.」
「くうっ!」
防御魔法を展開するが急ごしらえであり、少々のダメージが桃子へとかかる。しかもそれだけではなかった。
「サンダー……スマッシャー!!」
「Bombardment coming! (砲撃来ます!)」
思いっきり桃子の攻撃を喰らい吹き飛ばされたプレシアだが、意識はしっかり残っていたのだ。だから魔力弾に桃子を襲わせ陽動とし、本命の砲撃を叩き込む。
「Protection!」
避けられず、プロテクションで受けるが、プレシアの砲撃の威力は生半可ではない。防御の上から桃子の魔力と精神力を削っていく。
「はぁっ……はぁっ……」
どうにか耐え切った桃子の視線の先には、左脇を押さえ、眉を歪ませたプレシアの姿。だが右手はさらなる魔力弾を生み出していたため、桃子は微妙にふらつくのを抑えてまた彼女にドッグファイトを挑むべく飛ぶ。
「まだまだこれからっ!」
「何度でも叩き潰してあげるわ!」
開始して初の両者が与えたダメージは総合すればイーブンといった程度。また、両者が自分に有利な距離を確保しようという動きに戻っていく。
いくらプレシアが天才とは言え、多数の追尾弾すべてを自分の意志通りに操作することは不可能だし、それらに全てのリソースを割くのはよろしくない。なので一部はプログラムを組み自動追尾させているに過ぎない。結果、桃子がローリングを行うとその動きにあわせて回転し、それでいて段々とプログラムの指示するポイント、つまり桃子の機動線上の真後ろにつこうとする。
そうなるとどうなるかといえば、魔力弾同士がぶつかり合い自滅する。
「はっ!」
残ったプレシア操作の魔力弾はレイジングハートで弾けば問題がない。
守る面ではどうにか出来ているが、あれ以降は桃子も一撃を上手く入れられずにいた。プレシアは常に自身の近くに二つの魔力弾を確保して桃子が近づくであろう予想機動上にそれらを配置することで、桃子が下手に入り込めばその餌食なること請け合いな状況を生み出したのである。
短時間でプレシアは桃子に対して有効な戦法を生み出していた。
「このままだと危ないわね……」
距離を離されないようにプレシアの周囲をかく乱するように飛びながら、牽制のために桃子も魔力弾を飛ばす。しかしそれはすぐにプレシア側の魔力弾が襲い掛かり相殺し合う。
このままではジリ貧だというのは、つい呟いてしまうくらい重々承知している。そうこう悩んでいる間にも事態は進み、再び多数の魔力弾が桃子のに迫り、背後から追ってくる。今までのままであればローリングでプログラム操作のものを処理するのだが、今度は違う機動を取った。
一度桃子がプレシアから遠く離れるように急加速していくのだ。当然この奇妙な動きにプレシアは眉根を寄せるが、離れてくれるならと魔力弾の追尾を全てプログラムに委任して彼女自身は砲撃の準備を進めておく。
ところが、ある程度いった瞬間に桃子はぐっと体を上方へと向け、高度を上げながら、まるで失速するかのように進行方向を180度変えようとする。立て続けに180度ロールも行い。上下さかさまになった体を戻す。彼女本人が知っているかはしらないが、いわゆるインメルマンターンであった。
プログラム制御ゆえに桃子ほど急旋回はできない魔力弾が大きく弧を描くように遠くでようやく方向転換に成功する。だが、それはあまりに遅い。十分な時間と、プレシアの身辺に存在する魔力弾も間に合わない時間を得た桃子はレイジングハートを水平に構える。
「ディバイン……バスター!!」
「っ! サンダースマッシャー!」
間髪入れずに砲撃が飛ぶ。慌てて遅れ気味になりながらも準備していた砲撃で迎撃する。温泉での一戦とは違い、今度はどちらが勝つということもなく爆煙をあげて両者は打ち消し合った。プレシアの発射が遅れたことでプレシアの近くで衝突が起きていたので、彼女の身辺に常においていた魔力弾は余波で消えた。
ほっとプレシアが一息ついた瞬間、彼女の背筋を嫌な予感が電撃のように走った。頭で考えるよりも早く真正面に魔力弾を生んで飛ばす。
「そんなっ!? うあっ!!」
射撃と同時、爆煙を一直線に通り抜けて来ていた桃子が現れ、見事に打ち出した魔力弾にぶつかって彼女は眼下の海面へと落ちていく。
胸元に思いっきり一発喰らい、意識が一瞬飛びかける。さらにその勢いで体は落下していく。
「Master!」
「わかって……る!」
レイジングハートの呼びかけによりどうにか繋ぎとめ、海に落下する直前で制御を取り戻す。
「今のは決まったかと思ったけど、そう簡単にも行かないわね……」
それまで温存していた砲撃をフェイクに上手く裏をかいたつもりだった。実際はプレシアが勘によってどうにか対処できたのだが、桃子は彼女に見破られたと思っている。
「魔法は常に全力運転中。考えてた戦術も出し惜しみなし、それでも届かないなら、気持ちで行くしかないわよね?」
「Yes master. Let's show our spirit. (ええ、マスター。私たちの気合を見せてやりましょう)」
「うん。まだまだ、これからよ!」
肩で息をしながら、溜まってきたダメージを無視して、遥か上空に浮かぶプレシアへ向かって突進していく。
お互いがギリギリの線上で紡ぐ戦いは加速する。
10を越える魔力弾が桃子の後方につけ、彼女を追い回す。彼女をしとめるためというよりその行動を制限し自由にさせないためであり、今のところそれは効果的に作用していて、桃子は魔力弾への対処をしなくてはならずどうしてもプレシアに先手を握られることになっていた。
「いい加減、にっ! しつこいわね!!」
桃子はここでほとんど垂直気味に急降下し、海面すれすれで体を起こして掠めるように低空を飛ぶ。すると、プログラムによる制御であるがゆえに桃子程の急旋回が出来ない魔力弾は海中に突っ込み、巨大な水柱を上げた。
プレシアが新しい魔力弾を生み出す前に桃子は彼女へと全速で向かう。槍のような形にしたレイジングハートを突き出すような形で。
「迎え撃ちなさい」
だが、プレシアは冷静に自身の周辺に待機させていた魔力弾を桃子へ向かって放ち、自身は砲撃魔法の準備をする。
「くぅっ!」
魔力弾は一発ではないため、桃子はシールドで相手することを余儀なくされ、突進速度も急激に削がれてしまった。
プレシアから見れば足が止まったようなものの桃子に、準備していた砲撃を打ち込まんとする。あちらもそれが見えたのだろう、先ほどと同じように桃子もレイジングハートを構える。
「サンダースマッシャー!」
当然、桃子も砲撃で向かえ打ってくると思ったのだが、またもやプレシアの予想外の行動を取る。
「Flash move.」
ポーズはフェイク。桃子は瞬間移動魔法を用いたのだ。プレシアの視界から、砲撃が掠ったのか舞い散るスカートの手のひら大の断片を残して桃子が消える。
こういう場合の常である背後を警戒し振り向くが、そこに姿はない。
左右にも桃子の姿は見つからず、ここで気づく。
――頭上!
ばっと天を見上げると。白い戦装束に身を包んだ桃子がレイジングハートを振りかぶって急降下してくる。
「はああああ!」
「がはっ!」
とっさにガードに出したデバイスもあまりに遅きにすぎ、むなしく空を切り、次の瞬間には左肩ががくんと落ちた。
なにが、と思うと同時に激痛。桃子の落下速度も合わせた一振りは彼女の左肩をしたたかに打ちつけており、そのままプレシアの体は叩かれた部分に引っ張られるように落下していく。
デバイスを放りなげて左肩を抑えたくなる気持ちを我慢し、漏れでそうになった叫びは歯を食いしばって耐えた。
戦意を失っていないその両眼は、落下していく中でも相対する敵を捉えていた。桃子はプレシアに追撃をかけんと彼女を追ってさらに急降下してくる。
その距離は近すぎず遠すぎずで、悪あがきの一つをなんとか出来るだろうというものだ。それでも桃子が優勢である事実に変わりはないはずなのだが、プレシアは小さく唇の端を歪ませた。
そして、叫んだ。
「まだ、終わってないわよ!」
外れるのではないかという左肩の灼熱の痛みを無視し、両手を前方へ突き出す。飛行魔法を制御して体勢を立て直すのなど後回し、魔力弾など出すわけでもない。
「そこで、止まりなさい!!」
設置型ライトニングバインド。
その空間にやってきたものに対して自動的にバインドをかけて拘束する魔法。プレシアは一瞬のうちに自分と桃子の間にそれを設置したのだ。
そして、プレシアへとにかく一直線に向かってくる桃子は見事にそれにかかった。
「えっ!?」
レイジングハートごと振り上げた両手の手首に紫色の光輪が瞬き、異常の気づいた時には両足にも拘束具が出現する。
「ば、バインド!? そんなっ!」
慌てる桃子を尻目に、策が決まったプレシアは小さく笑い、この間に空中に磔にされた桃子から距離を取る。
そうなのだ。無理に彼女を遠ざける必要などなかった。どうせ自分の懐に
桃子から十数メートルの場所で、止まると一息吐く。息は熱っぽく、気づかないうちに肩で息をしていた。
プレシアは正直驚いていた。初めて会った時は素人丸出しで、てんで戦闘の速度についてこれなかったのに今日は自分に渾身一撃を二回も入れるのみならずここまで苦しめているのだから。
桃子の魔力消費は激しく見えるが、とにかく大量の魔力弾を生み出していたプレシアの魔力消費もかなり大きく、この後のことも考えると長期戦は避けたい。それに彼女の攻撃による肉体へのダメージもでかいのだ。
――だから、この一撃で決めるわ。
左肩と左脇からは悲鳴のように神経から痛みが伝わってくるが無視して、目を静かに閉じて詠唱に入る。桃子の諦めていない瞳が自分を一際鋭く睨みつけたのを見たが、彼女はそれを意識の外においやった。
「アルカス・クルタス・エイギアス」
彼女は最大の技を展開する。大魔導師と畏怖される彼女にふさわしい大規模な魔法を。彼女から放出される魔力は驚異的な量で、あれだけ激しく戦ってまだこれほどの魔力を展開できるプレシアの魔力量の多さは圧倒的だった。
「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」
プレシアの周囲に次々と生まれるフォトンスフィアの数は多く、30を余裕で越えてもまだ増え続ける。
遠く公園から海上での戦いを見守るユーノとリニスにも、桃子を押しつぶそうとする壁のように広がるスフィアがはっきりと見えた。
「プレシア……決めに来ましたね」
「桃子さん!!」
放出される魔力の威圧感に、たまらずユーノは声をあげ、念話を飛ばす。
『今僕が助けに!!』
『ダメよ! 絶対にダメ!!』
『でも!!』
桃子は拒絶するがユーノは食い下がる。
遠目でもわかる。あれは喰らったらただではすまないものだ。
『プレシアさんとは一騎打ちの約束よ』
『そんなこと言っている場合じゃないです!』
『大丈夫、桃子さんを信じて』
『っ……』
危機に直面しているというのに最後に送られた念話の声音は柔らかく、なぜだか笑顔を浮かべた桃子が脳裏に浮かび、ユーノは口ごもってしまう。
そして、その瞬間にも事態は進み、もう誰も手出しが出来ない状況に陥っていた。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
プレシアが生み出したフォトンスフィアの総数は58。
閉じていた目をプレシアが見開く。正面遠くにいる桃子をしっかりと見据えると、右手のデバイスを高々と掲げる。
「フォトンランサー・ファランクスシフト」
声と共にフォトンスフィアがざわりと魔力を波立たせた。
「撃ち、砕け!!」
デバイスが振り下ろされると同時、58のスフィアから一斉に桃子へとフォトンランサーが発射される。
それも一つから一発ではない。桃子のいる位置を着弾点に、各スフィアから毎秒7発で打ち出されるの高速連射だ。
紫色のフォトンランサーでプレシアの視界さえも埋まり、桃子の付近はさらに密度があがることや、着弾の爆煙があがることで彼女の姿は見えない。
技の開始から三秒が経とうという頃、プレシアが指を高く天に向けた。すると同時に青空の一点を中心に、闇色の黒雲が広がり始める。それは、桃子の頭上だ。
その間にも重厚な弾幕は絶えず、もうずっと攻撃が行われている錯覚を全員に抱かせるが、ファランクスシフトによる攻撃は四秒だけだった。
「墜ちなさい!」
1624発のフォトンランサーを放ち終えた瞬間。プレシアは天に向けた指を引き下ろす。
一条の紫色の雷が、桃子がいる場所へと落ちた。
「はあっ……はっ……」
桃子がいた周辺はいまだ白い爆煙により見えない。
だが、ほぼ全力を尽くしたプレシアは額に汗を浮かべ、荒い息を吐いていた。
「……う、がはっ、げほっ!」
無理が祟ったのか、血が口から溢れる。
しかし、彼女の口元は笑みを作っていた。勝ったと彼女は確信していた。
戦闘には殆ど出ていないが、あれだけの威力の技を受けて無事でいられるはずがない。
そう考えていた。
「っ!?」
魔導師として研ぎ澄まされた感覚が、膨れ上がる魔力に反応する。
両目は驚愕に見開かれるが、反射的に全力でシールドを展開した。
「ディバイン・バスター!!」
ありえないはずの、桃色の砲撃が襲い掛かる。
「くっ……あああああ!!」
シールドに圧力がかかる。精神にも、なぜ彼女がいるのかという疑問から圧力がかかる。
砲撃の余波でバリアジャケットにも被害が出て、端々がぼろぼろと散る。
「はっ……」
プレシアはどうにか砲撃に耐え切り、口元から垂れる鮮血を気にも留めず鋭い視線を眼下に向ける。波間に浮くようでありながら、自分に向かってしっかりとデバイスを向けて挫けぬ戦意を見せ付けてくるその姿に。
「なんで……」
バリアジャケットなどかろうじて原型を保っている程度で見るも無残な姿だ。だけれどもそんなことはプレシアには関係ない。
「なぜあなたは立っているの!?」
全力だった。
決めるつもりだったし、決めたはずなのに。
それでも、まだ彼女はプレシアの前に立ちはだからんとしている。
わからない。
プレシアにはわからない。
「すっごく痛かったわ……」
切ったらしい頬から血を垂らしながら、高町桃子はプレシアをまっすぐに見上げながら答える。
「雷をくらった時はさすがに意識も飛んだ……だけどね、あたしだってまだまだ終われない!!」
プレシアに向けていたレイジングハートを引き、代わりに左の手のひらを突き出す。
「あなたを、止めるまで……あなたに、勝つまで!!」
「戯言を……っ!? これは、バインド……いつの間に!?」
何度でも叩き潰してやろうとデバイスを持ち上げようとしたプレシアだが、桃色のバインドが彼女の四肢を拘束した。
ただでさえ桃子がまだ戦えるという事態に驚きが隠せないというのに、突然のバインドで、明晰であるプレシアの頭脳も一時的に混乱した。しかし、多少時間がかかっただけで、原因にはたどり着いた。
――まさか、あの時に!?
詠唱に入ろうと目を閉じたすぐ直前、桃子がプレシアを一層厳しく睨んだ瞬間を思い出す。おそらく、というよりあの時しかバインドを設置したと考えられる場面はない。
――なら、私の攻撃を耐えること前提で……?
「そっちが全力で来たなら、あたしも全力でお返しするわ」
判明した事実に驚愕していたプレシアは、かけられた声にはっと顔をあげる。先ほどまで眼下にいたはずの桃子はいつのまにか自分より上方に位置を変えていた。
そして、桃子を見た瞬間にプレシアの顔面から血の気が引いた。
桃子の足元だけではなく掲げられたレイジングハートの先端にも魔法陣は展開されていて、後者には着々と恐ろしいまでの魔力が収束されつつあった。
優秀すぎる魔導師であるがゆえに、プレシアはその恐ろしさが常人以上に理解できた。桃子が行っているのは空間中に撒き散らされた魔力を収束することによる再利用だ。
普通であれば一度使われ空間中に撒き散らされた魔力を再び使うのは非効率的である。だが、収束に関して天才的な才能があればできなくはない。プレシアも可能だ。そして桃子にはその才能があったのだろう。
だが、魔法に出会って間もない女性が行えるという事態が恐ろしいのである。さらには、自身の魔力だけではなく、プレシアの魔力までも吸収していた。
「受けてみて、これがあたしの全力全開!!」
プレシアを見下ろす桃子がぎゅっとレイジングハートの柄を握りなおす。
それにあわせたわけではないが、プレシアはぎゅっと唇をかみ締める。皮が破れ血が溢れるが、それよりもその痛みで彼女は自分の心を奮わせた。
ここで負けるわけにはいかないのだ。娘との約束を破るわけにはいかないのだから。
ここで倒れるわけにはいかないのだ。まだ自分はなにも成してなどいないのだから。
ここで逃げるわけにはいかないのだ。背後のものを守らなければならないのだから。
ここで諦めるわけにはいかないのだ。自分には他にもうなにも残っていないのだから。
「ああああああああ!!」
どれだけの魔力を収束したのか直径2m程にまで膨れ上がった桃色の魔力球を睨みつける。
プレシアの頭脳が恐ろしい速さで計算を始める。
――彼女の普段の砲撃とは比較にならない威力。そして確実にファランクスも越える。だからどれだけ魔力をつぎ込んだところでシールドで受け止めようとするのはたとえ耐えられたとしても魔力の無駄。
冷静に、一瞬の間に彼女は考察を重ねて結論をつける。
――防御方面に特化した結界魔法を出来る限り展開して威力を落とすしかない。
考えがまとまると同時に自身と桃子の間に結界を広げていく。
「スターライト……ブレイカー!!」
振り下ろされるレイジングハートと同時に、収束された魔力が極悪な光となってプレシアへ打ちかかる。
そして、それまでにプレシアが四重に展開した結界にそれらがぶつかり、力比べになる……はずだった。
桃色の魔力が触れた瞬間、プレシアの結界は紙を鋏が突き破るように簡単に破られた。
このことでスターライトブレイカーの術式には結界破壊を付加する部分があったことが判明した。しかし、これはプレシアが選択を誤ったということではない。彼女の考察は正確であり、シールドであれば彼女が耐え切れなかったことは明確だった。そして、いくらなんでも見ただけで結界破壊効果があるなどわからない。
言うなれば、そう。彼女には天運がなかったのだ。
――なぜ!?
プレシアの頭の中の言葉は、声になることはなかった。なぜなら、既に彼女の身は桃色の光の内に飲み込まれていたのだから。
薄れゆく意識の中、プレシアは遠き思い出を巡っていた。
「アリシア、誕生日プレゼントなにが欲しい?」
「プレゼント? うーんとねぇ……」
草原で、アリシアとピクニックに出かけた時の記憶。数ヶ月後に迫ったアリシアの誕生日を控えていた日だった。
「そうだ!! わたし、妹が欲しい!!」
どうってことはない約束のはずだったのに、なのに、まだ果たせていない。
『後書き』
遅くなったことまことに申し訳ありませんでした。どうもうまく戦闘が展開できずこうなってしまいました。戦闘って難しすぎる……しかも話としては短いし。
普通にシールド張ったらなぜかプレシアさんなら耐えられそうな気がしてしまったので、こんな結末に。散々近接型桃子さん、とかやってきたけれどやっぱり最後はみんな大好きスターライトブレイカーで決めました。
あと映画版BDで販売決定しましたね。みなさんぜひ買ってそして見てプレシアさんの可愛さにもだえてください。
ご意見ご感想お待ちしています。