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No.17818の一覧
[0] 【完結】魔法少女リリカルなのはTREIZE The 13th Numbers[毒素N](2015/07/17 01:20)
[1] 序章 [毒素N](2010/04/01 17:31)
[2] 来訪者[毒素N](2010/04/02 00:34)
[3] 第二次地上本部襲撃事件 Act.1[毒素N](2010/04/02 17:44)
[4] 第二次地上本部襲撃事件 Act.2[毒素N](2010/04/02 22:03)
[5] 日常のセカンド・コンタクト[毒素N](2010/04/03 01:12)
[6] 守護騎士-Wolkenritter- VS “13番目”[毒素N](2010/04/03 13:58)
[7] 雷、墜つ[毒素N](2010/04/03 22:37)
[8] 重なる再会[毒素N](2010/04/04 01:36)
[9] ⅩⅢ+Ⅶ=?[毒素N](2010/04/04 13:09)
[10] 前哨戦・騎士の槍と機人の狂気[毒素N](2010/04/04 23:03)
[11] EVOLTION――進化の兆し[毒素N](2010/04/05 00:36)
[12] 終極の“13”と始原の“セカンド”[毒素N](2010/04/06 00:30)
[13] T・S事件回顧録[毒素N](2010/04/06 17:44)
[14] 彼女の遺したモノ[毒素N](2010/04/07 23:50)
[15] Ⅶ+Ⅸ=Conflict[毒素N](2010/04/08 23:54)
[16] Unlucky Numbers 4&13[毒素N](2010/04/21 00:36)
[17] 三強包囲網を突破せよ[毒素N](2010/05/05 01:47)
[18] 彼の休日[毒素N](2010/05/21 00:25)
[19] 聖王のバビロン捕囚[毒素N](2010/06/06 01:09)
[20] 欠けた者、集う者[毒素N](2010/06/21 00:48)
[21] 矛盾:食い違う現実    ※ACfaネタ有[毒素N](2010/07/10 22:03)
[22] 仮面の日常:午前[毒素N](2010/07/29 00:59)
[23] 仮面の日常:午後[毒素N](2010/08/15 01:14)
[24] 悩める者達    ※(ダーク・中盤グロ注意)[毒素N](2010/08/24 20:55)
[25] 一人と一体の温度差ランデヴー[毒素N](2010/09/11 12:48)
[26] ⅩⅢ+0=Difference   ※(序盤・原作キャラ虐げ注意)[毒素N](2010/09/25 22:48)
[27] 機兵の存在意義[毒素N](2010/10/11 01:54)
[28] 彼にとってはどうでも良い出来事[毒素N](2010/10/22 23:41)
[29] とある一等空尉の回想[毒素N](2010/11/01 00:37)
[30] 作戦開始![毒素N](2010/11/16 00:53)
[31] それもどうでも良い出来事に過ぎず……[毒素N](2010/12/13 22:08)
[32] 引き返せない道──宣戦布告[毒素N](2010/12/13 22:11)
[33] ZIGZAG[毒素N](2010/12/26 10:14)
[34] 時来たれり[毒素N](2011/01/09 10:08)
[35] レッドライン[毒素N](2011/01/27 00:08)
[36] 簡単で、些細で、単純な……[毒素N](2011/02/07 00:13)
[37] Dolls War:Act 1[毒素N](2011/02/19 02:20)
[38] Dolls War:Act 2[毒素N](2011/03/02 14:17)
[39] XⅢ×0=ホントウノキモチ[毒素N](2015/07/17 07:41)
[40] 全ては創造主の為に……[毒素N](2011/03/23 02:37)
[41] フェイカー[毒素N](2011/04/10 06:22)
[42] IF~Tre's ideal Act.1[毒素N](2011/05/17 10:16)
[43] IF~Tre's ideal Act.2[毒素N](2011/05/17 10:18)
[44] 新章[毒素N](2011/06/02 19:00)
[45] 追う者、追われる者[毒素N](2011/06/02 19:04)
[46] それでも、君を……[毒素N](2011/09/17 12:22)
[47] ヒツキボシ   ※残酷な描写注意[毒素N](2011/07/01 16:34)
[48] 相克する願い[毒素N](2011/07/19 10:56)
[49] 敵地滞在日誌 Act.1[毒素N](2011/09/18 22:09)
[50] 敵地滞在日誌 Act.2[毒素N](2011/09/18 22:10)
[51] 強さを脱却した者。強さを貪る者。[毒素N](2011/10/08 05:10)
[52] 審判の日[毒素N](2011/12/07 17:25)
[53] 欺瞞と虚飾[毒素N](2011/12/04 02:38)
[54] 音信不通[毒素N](2011/12/13 11:11)
[55] “13番目”VS新生機動六課[毒素N](2012/01/02 15:24)
[56] Aim shoot[毒素N](2012/01/17 11:25)
[57] 超人:ユーヴァーメンシュ[毒素N](2012/02/04 22:12)
[58] Birds of a feather[毒素N](2012/02/17 21:06)
[59] Operation:NOAH[毒素N](2012/04/08 21:34)
[60] 亡者の怒り[毒素N](2012/05/04 16:25)
[61] 思惑[毒素N](2012/05/22 00:46)
[62] Day dream[毒素N](2012/07/03 19:11)
[63] four of a kind[毒素N](2012/08/27 20:43)
[64] ポインツ・アンド・ラインズ[毒素N](2012/09/15 04:00)
[65] 不穏な意図[毒素N](2012/10/15 03:20)
[66] 絡まる糸[毒素N](2012/12/14 14:37)
[67] アリス・イン・ナイトメア[毒素N](2013/03/26 22:17)
[68] 堕ちた機人[毒素N](2013/06/20 04:57)
[69] 朝焼けの死闘[毒素N](2013/08/26 15:41)
[71] SUBARU[毒素N](2013/11/07 05:54)
[72] 闇の起動[毒素N](2013/11/24 15:09)
[73] 砕け得ぬ闇[毒素N](2013/11/24 15:10)
[74] 閉じた世界の片隅で[毒素N](2013/12/24 21:49)
[75] 再起動[毒素N](2014/01/15 13:55)
[76] 無為を悟る[毒素N](2014/02/09 15:13)
[77] エリカ、その半生[毒素N](2014/04/18 01:38)
[78] それぞれの道[毒素N](2014/03/10 22:29)
[80] ターニング・ポイント[毒素N](2014/03/25 22:50)
[81] 闇は晴れ、昴輝く[毒素N](2015/07/25 11:00)
[82] 対話の果て[毒素N](2014/09/21 20:00)
[83] 贖罪の道[毒素N](2014/12/26 21:29)
[84] 刹那の別れ[毒素N](2015/01/26 23:08)
[85] 孤独の旅路[毒素N](2015/03/23 22:22)
[86] 刻の旅人[毒素N](2015/05/28 17:59)
[89] 親子[毒素N](2015/07/21 08:25)
[90] 辿り着く結び  ←New[毒素N](2015/07/17 01:18)
[91] 終章  ←New[毒素N](2015/07/17 01:19)
[92] あとがき[毒素N](2015/07/17 07:38)
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[17818] four of a kind
Name: 毒素N◆415c7f87 ID:03970f6d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/27 20:43
 12月9日午前8時48分、クラナガンのとある住宅街にて──。



 「忘れ物はありませんね?」

 「はーい。じゃあアイナさん、行ってきます」

 高町家の玄関から元気よく飛び出したヴィヴィオは、手を振って送り出すアイナに手を振り返し、学院に続く道を辿って行く。学院に近付くに連れて同じクラスの友人や、見知った下級生や上級生などに会う。いつもより少し早い登校時刻には理由があり、学院の駐車場にはその理由を示す物が停っていた。

 「あのバスに乗って行くんだ~」

 社会見学の運行バスが十数台、来客用の駐車場に停車されている。通常なら低学年と高学年で二日ほど時間を空けて行う行事だが、今回は二学期中に主だった行事を全て終わらせたい学院と保護者らの以降もあって、全生徒が一度に行うことが決定した。その為、普段は来客専用に用意されている駐車場は多くのバスが停車しており、生徒の乗り込みを今か今かと待っている状態だった。

 「おはよー、ヴィヴィオちゃん」

 「おはよっ、コロナ、リオ!」

 同じ学年の友人とも合流し、これから行く場所への期待で胸を膨らませる。彼女らの学年が向かうのは管理局の技術開発研究部署。本当は、去年が無限書庫と言うある意味地味な仕事場だった事から、今年は地上部隊の一部を見学する予定だったのだが、地上本部の有する部隊の殆どは例の事件の事後処理などに追われている為、これも急遽変更となった。残りの行けそうな部分で尚且つ手隙の部分となると、管理局でも閑古鳥が鳴いている技術部署しか空きが無かった。

 (まぁ、さすがに無限書庫はキツいかな~)

 ヴィヴィオは昔からあの無重力図書館に行った事があって随分と見慣れているが、見学に行った上級生は行方不明にこそならなかったものの、初めて味わう無重力に気分を悪くした者も居たらしく、そう言った環境も「ワースト1」の理由の一つなのかも知れない。

 (今日は局内のいろんな所を見回って終わりかな……)

 食事は局内の食堂で済ませるので弁当は持たず、そのおかげで荷物は軽い。自然と足取りも軽やかになる。やがて引率の教師が学年別に生徒を誘導し、一台ごとに次々と学院の敷地を後にして行った。駐車位置の関係からヴィヴィオらのクラスは一番最後に発車したが、それを見越して登校時間を早めに伝えていたので問題はない。

 「楽しみだね、ヴィヴィオちゃん!」

 「うん……」

 動き出したバスの窓から地上本部のある方角を見る。向こう側の空の色は少し曇り空で、天気予報では雨が降る事はないと聞いていたが、少し怪しい感じを覚えた。その所為なのかは知らないが、いつも感じる嫌なざわついた感覚が更に纏わり付き、背中に伸し掛っているように思えて仕方がなかった。

 そして、いつも通りにその感覚を「気のせいだ」と振り払い、ヴィヴィオらを乗せたバスは地上本部に向けて加速を始めた。










 「やっとか……」

 技術開発研究部署のとある一室にて、主任のマリエル率いる技術官たちは事務室の椅子の上で一息ついていた。

 「皆さんお疲れ様です。不足の事態とは言え、協力してくださったお陰で彼女も……ナカジマさんも安静になりました」

 彼らは昨日、医療センターより搬送されたノーヴェを沈静化させるのに尽力し、半狂乱の彼女を取り押さえながら精神安定剤から脳波操作による強制睡眠まで実行に移した挙句、ようやく今朝方になって大人しくなった。その過程で軽い怪我を負った者も居り、これ以上続いていればもう最後の手段としてどこかの隊舎の地下、誰もいない倉庫かどこかに一時的に封印する事も考えたほどだ。もっとも、そんな非人道的な手段に出る前に事が済んだ。

 「ですが、ここにも長く安置はできませんよ」

 「どう言うことですか?」

 「ご存知ないのですか主任? 今日は昼から学院の生徒がここを見学に来るんですよ」

 「見学? ここって、この技術部を?」

 「ええ。手隙の部署はここぐらいしかありませんから……」

 「児童たちに彼女の姿を見せびらかす羽目にはしたくないわね。一旦彼女を一般病棟に移しましょう」

 「危険です! 病棟には都市戦の傷が癒えていない隊員がまだ大勢居ます。またいつ暴走するか分からない彼女を同じ空間に置くのは……」

 「児童がここを見て回るのに二時間も掛からないはずです。その間だけ彼女の身柄を一階上の医務室に移します」

 「ですから、危険だと言っているんです! 考え直してください主任! 彼女は、ノーヴェ・ナカジマは────」



 「まだ起きているんです!」



 技術官の一人がそう言って指を指した方向には、ベッドの上でベルトに縛られたノーヴェの姿があった。赤い髪はいつの間にか艶を無くし、生気の抜けた眼は確かに天井を向いていた。

 そう、精神安定剤を限界まで投与し続け、脳波を弄ってまで暴走を止めさせたものの、遂にその意識が完全に眠りに落ちる事はなかった。相も変わらずの植物状態で、すぐ目の前で手を振っても眼球は何の反応も返さなかったが、それでも彼女の両目は確かに開かれており、脳波は覚醒状態の値を示していた。

 「今はこうして落ち着いていますが、いつまた暴れ出すか分かりません。彼女はこのままここに安置していた方が……」

 「ここで彼女が暴れれば、すぐそこの通路を通って見学する児童たちに危害が及びます。事情を知る私達ならともかく、何も知らない子供たちに彼女の姿を晒すのは好ましくありません」

 「で、ではさっそく搬送の許可を……」

 「彼女も病人です。病人を最適な場所に移すのにいちいち許可はいりません。ハラオウン提督に一報入れてください。あの人ならそれだけで察してくれるでしょう」

 「分かりました。では医務室の担当に連絡を……」

 「よろしくお願いします」

 これで児童らが来る前に彼女を移動させれば万事うまく収まるはずだ。そう確信しながらマリエルはベッドに拘束されたノーヴェに近付く。やはりその目は彼女が近くに来た事さえ分からないのか、或いは分かっていても反応できないのか、視線は変わらず白い天井へ向けられたまま……。そっと前髪を撫でると触れた額が冷たい気がした。

 (ごめんなさい。今の私達にはこれくらいしかしてあげられなくて……)

 その思いが彼女に届いているかは分からない。だが自責の念を想起する事で彼女が救われるなら、いくらでも己の無力を呪える覚悟をマリエルは決めていた。もっとも、そんな事をしても人ひとり救えないのだから世知辛いとしか言い様が無い。

 「……そう言えば……」

 ふと、思い出した様に呟く。

 「今日はセッテさんが更生施設に戻る日だったかしら……」










 午前9時30分、某陸士部隊の隊舎にて──。



 「……………………」

 裏口から護送車の待つ駐車場に向かうセッテ。その前後には二人ずつ、計四名の隊員がデバイスを構えながら付き添い、彼女の両腕は手錠で拘束されていた。だがそれ以外に拘束された部分は無く、身柄の自由はある程度確保されていた。

 先頭を歩く隊員がロックを開錠し、セッテは十数日ぶりに屋外へと出る事ができた。忘れかけていた風の感覚が頬を撫で、桃色の長髪がそれになびく。だが地上の感覚を味わう暇も無く、セッテらは目の前に留まる護送車へと乗り込んだ。乗車すると同時に車は発進し、窓のない長椅子のような座席の上で揺られながら彼女の身柄は一旦地上本部へと向い始める。

 (……またあの海の上ですか。まあ、住むには何の苦労もありません)

 しばらくはまた風を感じられない場所での生活になるだろう。都市決戦ではトレーゼ側に加担したとして、施設での服役期間も以前より遥かに長くなっているはずだ。本来なら拘置所に逆戻りしていてもおかしくないのだが、そうならないのもやはり、あの人物からの根回しがあったのだろう。

 (カリム・グラシア……貴方はワタシの肩を持ちすぎでは? 今はそうやって恩を売っていても、いずれ貴方が窮地に立たされた時にワタシが助けるとは限りませんよ)

 あの手のタイプは戦場では長生きできない。もっとも、彼女自身が戦場に出る事がないので関係無い事かも知れない。伊達に家柄だけで地位を築いてきた訳ではないはずだから、そうそう手練手管には長けていてもおかしくはない。だがセッテが思うに、カリムには上に立つ者としての腹黒さよりも年長者としての優しさや親切心の方が大きい。それではいずれ足元をすくわれるのが関の山だろうに。

 (もっとも、そうなったとしても助ける気はありませんが)

 あっちは将来の娘に恩を売っているつもりのようだが、所詮こちらにとっては赤の他人……恩義を感じるほどの事でも無いし、なにより頼んだ覚えも無いお節介にどうして借りを返す必要があろうか。彼女は自分を迎え入れてグラシア家の跡取りにでもするつもりだろうが、どうせ残りの一生を管理局の狗として過ごすと決まっているのなら辺境の部隊にでも志願して前線を駆け回り、跡継ぎの話題など出ないようにするのが一番だ。素行の悪さが目立つ様になれば、如何にカリムがお人好しと言えど跡を継がせようとは思うまい。

 そう言えば、不思議なものだが不意にセッテはティアナの事を思い出した。海上施設に居る間に何度か会ったが、印象に残っているのは自分がグラシア家の養子になる事が決まった時の事だ。あの時彼女は、獄中で一生を終える事に固執していた自分の事を『駄々をこねているだけだ』と一蹴した。己がヒトではなく機械である事を優先していても、はっきりとした意志を持って行動しているのがヒトである証拠であり、そして個人の意志が道理に適っていない場合はただの我侭なのだと……。

 (所詮ワタシは機械に成りそこねた中途半端な存在と言うことですか)

 己が一番危惧していたこと……冷徹な機械でもなく、甘っちょろい人間でもない、その中間を漂う曖昧な存在になってしまうこと。戦闘機人として生まれた事さえ忘れて生きている姉達みたいには決してなりたくはなかった。どんなに綺麗に繕っても、結局己の出自は覆せない。なら、いっそ愚かに否定せずに受け入れてしまう事が何故許されないのか? 形が、肉が、構造が、ヒトに似通っているだけでそれは果たして人間と呼べるのか? だったらそんなモノがヒトの真似をしている方がよっぽど滑稽だろうに。

 (どうして彼女らはワタシが人間である事を強要するのでしょう)

 人間として生きるのが最大にして最低限の幸せ? ならサルにも同じ事が言えるはずだ、彼らの脳構造は人間のそれと大差ない。言語だってそうだ、その気になればオウムだって人語を喋る。自分は何も贅沢を言っているつもりはない。犯罪者として扱うなら一生獄の中に入れてもらって結構だし、出すのなら人間ではなくこれまで通りに兵器として扱ってくれれば良いだけだ。反体制勢力との抗争があるのなら最前線に立つし、必要とあらば汚れ仕事も厭うつもりはなかった。ただ当たり前に、道具として置いてくれればそれで良いのに、何故どうして誰もが自分に構い、ヒトの世界に招き入れようとするのか……結局セッテは理解に苦しむだけだった。

 だが結局、本質の部分はきっと同じなのだろう。

 (『偽善』……。どの方の心にあるのもきっと、自分は良かれと思って手を差し伸べている、と言う気持ちがあるのでしょうね。それが必ずしもその者にとって良い結果をもたらすとは限らないのに)

 きっと彼女らはこちらに手を差し伸べる事で“寛大な自分”を演出し、自己陶酔に浸りたいだけなのだろう。でなければ、ここまでしつこく世話を焼くような真似はするまい。そうセッテは思う事にした。

 奇遇にも、その結論は彼女の兄がフェイトに抱いた感想と全く同じものだった。

 だとしたら、きっとこれから自分は周囲を取り巻く人間の“善意”によって飼い慣らされるしかないのだろう。知らなければチンク達のように良い人間関係に恵まれていると思えるだろうが、一度知ってしまえば全てが嘘臭く思えてくる。大なり小なり何事においても、この者は何か打算があってこうしているのではと疑わずにはいられなくなる。世間じゃそう言う心構えをさもしいと言うだろうが、信じて『すくわれる』のは『足元』だけなのだから。

 車が止まる。目的地に着くにはまだ時間があるから、きっと信号待ちなのだろう。平日の朝方だからきっと道は混んでいる。なら、目的地に着くのはだいぶ先になるはずだ。

 エンジンの揺れに身を預けながら、早朝早くに起こされたセッテは残りの時間を休養代わりの睡眠にあてるのだった。










 「そうですか。学院の児童が見学に……」

 『ああ。一応報せておこうと思ってな』

 「それなら私は極力ここから外出しない方が良いでしょうね」

 『すまない』

 「いえ。立場は弁えているつもりですので……」

 朝、クロノからの通信でSt.ヒルデの社会科見学の存在を知ったウーノは今日一日をできるだけ大人しく過ごす事に決めた。保釈的な扱いとは言え、自分はまだ犯罪者……おいそれとこの周囲を出歩いていい訳ではない。それが純真無垢な子供らの前となると尚更だ。もっとも、彼らが見学するエリアはここから大分離れた場所なので、用を足す為に外出した程度では接触しないだろう。

 だが……

 「すみません、提督。見学場所は確か……」

 『ああ、技術開発研究部署だ。君の懸念している通りそこは搬送されたノーヴェが居た場所だ。今はアテンザ主任の機転で一般の医務室に移されているはずだ』

 「大丈夫でしょうか?」

 『僕は専門家ではないから詳しいことは何とも言えないが、報告の限りではなんとか落ち着いたらしい。ただ、完全に安静状態にするには至らなかったようだ』

 「……と、言いますと?」

 『安静にさせる事は出来たが、眠らせるまでには至らなかった。半ば植物状態なのは変わりないが今の彼女ははっきりと目を開けている。外界の事象を認識しているかはわからないがな』

 「…………そうですか」

 無事だったのならそれでいい。シスター・シャッハには悪いが、彼女の場合は何も重要な部位を欠損するほどの大ケガをしたわけではない。体の様々な箇所に負った傷も、それこそ寝ていれば自然と治る軽いものばかりだ。目が閉じているか開いているかだけの違いに、今更取り立てて騒ぐほどの事でもないと理解してはいた。

 『…………気になるのなら、見に行っても良い』

 「え? ですが……」

 『身内の見舞いを邪魔するほど僕も鬼じゃないつもりだ。幸いにも彼女が移されているのは一般病棟、そこには基本的に軽度の病人しか居ない事になっている。だから、見舞いや面会は基本的に断られる事は無い』

 「…………ありがとうございます」

 『一応、監視の者は付けさせてもらう。万が一にもノーヴェ・ナカジマが暴走した場合、その者には君の安全確保を最優先にするように言っておくつもりだ』

 「重ね重ね、感謝します」

 『気にする事はない。周囲の者はどう思うか知らないが、今この場この瞬間にだけ限って言えば僕は君の味方だ。君が望むのなら僕は出来る範囲での協力は惜しまない』

 「私としては、大した協力もできないままにこれだけの事をしていただいて、正直心苦しいのですが」

 『ならこれは僕個人の単なるお節介だと思ってくれればいい。学院の子供たちに気を遣うのなら急いだ方がいい。医務室は見学場所の近くだからな』

 通信が切れ、程なくして監視員二人が部屋を訪れた。どちらも屈強そうな男性隊員で、万が一にでもノーヴェが暴れ出そうものならウーノを保護するぐらいの実力はありそうだった。

 「よろしくお願いします」

 感謝の姿勢の後にゲストルームを出たウーノは自分の両脇を固めるようにして随行する局員をちらりと見やった。二人とも如何にも職務に忠実といった感じであり、視線は一分もずれる事なく前を捉えていた。

 ふと、ウーノは思う。かつて三年前、こうして彼ら局員を間近で観察しようと思い立った事があっただろうか、と。

 妹らと違って前線に立つ事が無かったと言うのもあるだろうが、以前の自分は彼らを自分達とは違う別の何かと思い込んでいた節があったように思う。彼らが何をしていようが自分にとっては関係なく、その行動の一端一端に価値は無いと思っていた。

 言うなれば、ヒトがサルを見ている様なものだった。檻の向こうに居るサルについて想像を巡らせても、サルの行動一つひとつに対して価値を見出す事は無い。彼らと自分達は似てこそいるが同一ではなく、その事について想像したり思案するのは何の意味も成さないからだ。

 だが、今の彼女は確かに脇の隊員に対して思案を巡らせていた。この者らは監視の対象である自分に対してどんな感情を抱いているのだろう……そんな素朴な疑問が頭を過ぎっていた。

 そんな彼女の視線に気付いたのか、右側の隊員がウーノに反応する。

 「何か?」

 「いえ、なにも……。すみません、じろじろと見回してしまい」

 「構いません。気にしないでください」

 見方によっては厳つい様にも見える体付きだったが、意外にもその口調や人当たりは温厚な人物のそれだった。外見で人を判断するのは失礼だと知ってはいたが、それでもやはりこうして言葉を交わすまでは堅物なイメージがあった。

 またここで一つ、ウーノの頭に疑問が浮かぶ。彼らはあの事件がまだ継続しているのを知っているだろうか? 世間ではお得意の情報操作や規制などを行使して事件は収束したと言っている。もちろん、ミッドチルダのどこにも“13番目”は居なくなった訳だからこの報道におかしな箇所は無い事になる。だが実際、主犯は別の世界に逃亡しており、急遽編成された追跡部隊がそれと交戦中である。つまり、事件はまだ終わっていないと言うことになる。だが詳細を知る一部の局員には本局から通達された緘口令が敷かれ、組織の下位に位置する局員に至っては本当に事件が解決したとさえ思い込んでいる者も居るらしい。

 そうなると、今まさに渦中の重犯罪者、その姉である自分はこの場においてどれほど異質な事だろう。下手をすれば背中から撃たれかねない。恐ろしいのは、もしそうされたとしても自分には何の文句も言えないと言うことだった。自分が彼の関係者である事は確かな事実だし、それを差し引いても刑期を終えていない者が司法の場を闊歩しているのがそもそもおかしい。自分はもう役に立てる要素が無いのだから、いっそ元の拘置所へ戻してはもらえないのだろうかとさえ思う。

 「そんなに緊張しないでください」

 「は、はい?」

 突然、自分がさっき見回してしまった右側の隊員に話し掛けられ、ウーノは少し戸惑った。いきなり話し掛けられるとは思っていなかったのか、彼女は自分でも思うほど間抜けな反応しか返せなかった。

 「ここは現場ではありません。どうか気を楽にしてください」

 「すみません。余計な気を遣わせてしまい……」

 「何かお困りの事があれば言ってください」

 「……一つだけ、聞いてもよろしいですか? 今回の一件……T・S事件に関して貴方は個人的にどの様に受け止めていますか?」

 それは遠回しに、「主犯の関係者である自分をどう思っている」と聞いているようなものだった。質問を受けた隊員もそれを察したのか、しばし無言を貫いたが、すぐに沈黙を破った。

 「自分は事件に直接関わった訳ではありません」

 返ってきたのは意外な答えだった。

 「え?」

 「自分が所属しているのは地上部隊でも小事を担当する部署。都市決戦の時は主に補給を担当していて、直接戦闘に関わったわけではないのです」

 「そうですか……」

 考えてみれば当然だ。あのクロノが指揮を執っていた以上、闇雲に全ての部隊を前線に投入するはずがない。彼の言う様に小回りの利く部隊は本営と前線を行き来する補給などに回されるのは当然の理屈だった。今度は左側の隊員にも尋ねてみる。

 「私も同じく補給などを任されていましたが、私の兄は航空部隊を前線まで運ぶヘリのパイロットでした。乗っていた機体は途中で撃墜されましたが部隊に死者は無く、幸い兄自身も軽傷で済みました」

 「そうでしたか……」

 「…………何か思い悩んでいるようですが、心配しないでください。今回の一件についてハラオウン提督はあなた方関係者に反感を抱いているであろう過激派の面々を周囲から遠ざけていますので」

 「遠ざけて? ですがそれは……」

 「一時的な左遷です。あなた方を迎え入れるのに相当ご無理をなさったようで、一部では権力の濫用だと後ろ指を差されています。横暴だとね」

 それはそうだ。犯罪者、それもまだ刑期を終えていない者をアドバイザーとして組織の内部に招き入れるのは骨が折れたに違いない。組織とは一枚岩では成り立たない以上、そこにはハト派とタカ派が存在し、クロノが根回ししてくれていなければ自分や今は亡きスカリエッティもとっくに排除されていたかも知れない。だがそれを未然に阻止した事で今度は彼に非難の矛先が向いてしまった。それについても申し訳なく思うウーノだが、それを察した隊員はこう続けた。

 「気に病まれる必要はありません。あの人もそう言った結果になる事は百も承知でした。それに、こんな事を言ってしまうのはなんですが、皆もうそう言った事に興味は無いのです」

 「興味が……ない?」

 「大多数の民衆や組織の末端にとって、例えどんなに大きな事件でも自分とは直接関わりが無かったら人は忘れるものなんです。自分達のコミュニティに侵入した外敵を排除する時だけ騒ぎ立てて、それが過ぎ去れば後は知らん振り……。今はあなた方の件で騒いでいる人々も、早ければ半年後には収まると提督は予測しています。後に残るのは粘着質なマスコミだけになるでしょう」

 「司法組織に居る者として、これは失言になるかもしれないですが、彼らにとっては指名手配された犯罪者もミリオンセラーのアイドルも同じ感じなんです。どっちも自分達とは関わりの薄い有名人で、違うのは友好的かそうでないか……簡単でしょう? ブームが過ぎればどんな凄惨な記憶でも人間はすぐに忘れてしまえるんです」

 「そう言うものなんですか」

 やはり人間とは未だ完全には理解できない。自分達にとって記憶とはそのまま記録であり、どんな些細な事象でも留めておく事に意味があると考えている。だが人間は時の経過、それも比較的短いサイクルで物事を忘却してしまう。特にそれが自分達と直接の関わりが無いと判明してからの速度は凄まじい。関係していないと言う事はつまり、損も無ければ得もない、文字通り「どうでもいい」と思えるものなのだ。

 「管理局の末端に居る隊員も事件のことなんて忘れかけていますよ。前線に立たなかった事を非難するつもりじゃないですが、現場を間近で経験しなかった我々がこの事件から得られる教訓は少ないでしょう。せいぜい、街の建造物の耐震性能を上げる政策がなされるぐらいです」

 「おまけに何も知らない民間と政治家は事件の存在は忘れても、それがあったと言う事実だけは都合よく覚えています。民間は早く犯人を捕まえろ、職務怠慢だと言ってなじります。逆に政治家はいつまでも捕まえられなければ、税金の無駄遣いだから早く打ち切れと催促されるんです」

 「ですから、我々は少なくともあなた個人に対しては何の反感も抱いていません。提督があなたをここに置くのは、いずれお帰りになられる妹さん達のためでしょう彼女達が帰還した時に出迎えられるのは、あなただけです」

 なるほど、確かにこっちに残った身内でまともに動けるのはウーノしかいない。一度は袂を分かったセッテでは角が立つし、何より彼女はこれから施設に逆戻りだ。次に会えるのは早くても五年は後になるだろう。ノーヴェが意識を取り戻すのとどちらが先になるだろうか……。どちらにしても自分がそこに立ち会う事は出来ないだろうが、願わくば姉妹の間にある溝が早く埋まってくれればと思う。

 だが、ウーノの疑問は尽きない。

 「では……今回の事件の首謀者は、どう思われますか?」

 「……良識的な意見を言わせてもらえば、法に照らし合わせて処するべきだと思います。あなた方の私怨を否定する事になるかも知れませんが、そうでなければ我々が、司法の番人たる管理局が存在する意味がありません」

 「もしこの裁定を世間に公表していれば、今頃大バッシングを受けていたでしょう。主に人権団体からですが。ああ言う人達は一度は無くなったと危害が二度と戻ってこないと本気で信じている連中です。だから極悪人を庇う様な発言を躊躇なく言えるんです」

 「逆に、明確な死刑制度を復活させるべきだと言う抗議団体もいます。死刑制度が無くなったのは管理局が発足して以来、つまりほんの百年前までは普通に大量殺人や虐殺を行った犯罪者は死刑に処されていました」

 それを聞いて、ウーノは内心ながら死刑制度があってくれればとさえ思った。絶対的な律法として存在し、それに則って処分が下されるなら、妹達が手を血で汚すような真似をせずに済んだのではと考えてしまう。司法の組織に全てを任せ、彼女らは彼女らだけの日常に帰れたのではないかと、そう思わずにはいられない。だが、どれだけ別の原因を探ろうとも、最後の選択をしたのは彼女ら本人だ。彼女らは手を下す事を決意し、自分は降りた……そんな自分が今更何を言い繕い、聖人ぶって嘆いたところで誰も耳を貸さず何も変わりはしない。こんな問答にも意味は無いのだ。

 「……犯罪を犯すのも、その罪を裁くのも、結局は同じ人間のエゴなのかも知れません。大多数にとって賛同できる事が正義で、それ以外は悪……手っ取り早くて分かり易い基準です」

 「では、貴方にとって正義も悪も曖昧なものだと……?」

 「今は当然の行為として認められたものが、百年後には悪辣な行為となっている事も有り得ます。歴史評論家を気取るつもりはありませんが、そう言った年月の積み重ねと言う観点から見れば我々の正義なんて脆いものです」

 かつて、王侯貴族が奴隷を持つ事は美徳とされていた。有する奴隷の数が多ければ多いほど、その家の繁栄を示すと認識されていたからだ。だが今の時世、奴隷なんてものは先程言われた様に人権保護団体が目の色を変えて取り締まろうとするし、そうでなくとも給料の上前を削っただけで労働監督が黙ってはいない。ほんの数十年、たかだか三桁ほどの年数以前には当たり前に行われていた事でさえ、今は非難の対象だ。“13番目”の様に革命じみた行動はそれこそどれだけ異端なものとして人々の目に映っただろう。いや、革命ならまだ良い……発端はどうあれ旧態依然とした社会を変革するのが革命の真意であり、その過程で発生する犠牲は拭えない。

 だが彼の行いは革命ですらない。そこにどんな義があり理がまかり通るかと聞かれれば、誰しもが首を横に振るだろう。正義でもなければ大仰な理屈でも何でもない、単なるエゴと自己愛から去来する暴走が招いたどうしようもない結末だ。だが……それでもやはりウーノはトレーゼの中にある善性を信じたいと願う気持ちを捨て切れないでいた。彼の行為に何かしらの意味を見出そうとしていた……。そうでなければ彼の行いが何の意味も無い戯れ事に成り下がってしまう、それだけは避けたかった。

 (でも、所詮それは偽善なのでしょうね……)

 他人の為と言いながらその実何も出来ていないのなら、それは結局、綺麗事を吐いているだけでしかないのかも知れない……。










 午前10時30分。地上本部第五駐車場にて──。



 「……それで、どうして貴女がこちらに居るのでしょう。騎士カリム」

 護送車を降ろされたセッテを待ち構えていたのは、聖王教会本部にて絶賛職務中であるはずのカリム・グラシア本人だった。ドアから出て最初に目に入ったのが地上本部の巨大な建造物ではなく彼女だと言う事実に、セッテは驚き半分呆れ半分で理由を訊ねる。

 「あなたの見送りに来たんです。それぐらいはさせていただいてもいいでしょう?」

 「ワタシに聞かないでください」

 どうやら施設行きのヘリにまで同乗するようで、監視の為について来た隊員らも何も言わないどころか逆に敬礼している所を見ると、どうやら事前に話は通っていたようだ。それはそれで蚊帳の外にされたような気がしてならないが……。

 「そんな堅苦しい物も外して」

 と言って、両手首を拘束していたリング手錠を外す。だがこれは流石に聞いていなかったのか、隊員の一人が思わず制止した。

 「危険です少将! 万が一の事があっては……!」

 「彼女がその気なら手錠をしていても私達を殺せます。今更そんな事をするように見えますか?」

 「……責任は負いかねますよ?」

 「分かっています。さあ、行きましょうか」

 そう言ってカリムはセッテの横に並び立ち、まるで案内するように彼女を本部の中へと導いた。その様子にほとほと呆れたのか、それまで終始一貫して無表情だったセッテも自由になった手で頭を抱えた。

 「貴女は本当に……何を考えているんですか?」

 「お見送りです。先程も言ったじゃないですか」

 あくまで彼女自身は自分を見送りに来ただけだと言い張る。それは恐らく嘘ではないだろう。だがやはり確信する……自分と彼女とではどうしても波長が合わないと。今こうして隣り合っているだけでも、セッテは頭蓋を内側から引っ掻き回される様な苛立ちを覚える始末だった。

 「貴女はそうやってワタシに恩を売っているつもりでしょうが、ワタシ自身、貴女に見込まれる程の生産性がある訳でないのですよ。貴女がどんな思惑があるかは知りませんが……」

 セッテの右手が並び立つカリムの左手をそっと握った。傍から見ればそれこそ散歩する仲の良い友人が手を繋いだ様にしか見えないが、その腕を一瞬にして粉砕する力を持つセッテからすれば、それは単純に自分の腕と同じ太さの棒切れに過ぎない。その様子にただならぬ雰囲気を悟った背後の隊員はすぐにセッテの背にデバイスを突き立てた。

 「おい! 何をしている!」

 「ワタシが貴女の腕を捩じ切るのと、背後の彼がワタシの心臓を潰すのとでは、どちらが早いでしょうね。もっとも、心臓を潰した程度で即死できるほどワタシは柔に出来ていませんが」

 「いい加減にしろ! 今度こそ拘置所に送られるぞ」

 「送れば良いのですよ。最初に処遇を聞かれた時、ワタシも言ったはずです。元居た場所に戻して欲しいと」

 そう、最初から言っている。それを都合良く勘違いして更生施設に入れ直そうとしているのだから埒が開かない。元より今のセッテにカリムを害する意思は微塵も無い。簡単に言えばこれは脅し……ここで取り押さえられれば更生の見込み無しと判断され、晴れて拘置所に戻れる。セッテとしては万々歳な結末を得られる可能性があった。腹黒いと罵るならどうぞしてくれと言わんばかりの暴挙だが、彼女自身そんな悪評云々など至極どうでもよく、ただこのままカリムの思い通りになるのが気に食わないだけだった。

 だが、相手は紙一重も二重も上手の策士であることをセッテは失念していた。

 「何を騒いでいるんですか? 何もおかしなところなんてありませんよ、私たちは手を繋いでいるだけなんですから」

 「なにを……」

 「そうですよね、セッテさん?」

 「……………………」

 そう、傍から見れば手を繋いでいる様にしか見えない。これが堂々と首を絞めていれば違っただろうが、今更そうするのも気が引ける。このままカリムの戯言に付き合うのも癪なので、セッテは弾くように手を突き放した。

 「ふふ、恥ずかしがり屋ですね、セッテさんは」

 「……………………」

 そして確信する。直接的強行手段に出ない限り、自分は確実に彼女の手から逃れる術は無さそうだと……。










 結論から言えば、ノーヴェの移動は何のトラブルも無く済まされた。事前にクロノの通達が功を奏したのか、担当の医務員から厳重な注意と監視を促された後、彼女を乗せた担架は最も軽微な症状を患う患者が入る病室へと移された。この病室に入った理由は、比較的患者が少なく、万が一ノーヴェが暴走しても病室ごと隔離できるからだ。加えてここの患者は自力で移動できるだけの体力は持っている。ここが最も被害を抑えられる場所なのだ。

 「なんとか、上手くいきましたね」

 「上手くいってもらわないと困るわ」

 そしてノーヴェの担架が移されたのは医務室の一番奥。暴れても出入口付近に居る患者が脱出するだけの猶予は確保できたことになる。後は見学が終わるまで彼女が静かにしていてくれれば万事解決だ。

 「しかし、どうしてまた急に学院の社会科見学が? 私聞いてませんよ」

 「それはこっちも同じです。こればっかりは上司に文句言うしかないですよ。少しは現場の都合も考えてほしいです。幾ら暇って言っても、やる事が全然無いわけじゃないんですから」

 「そうだな。これが一段落したら、上に賃上げ要求でもしてみるか。三割増しにしてもらうとか」

 「ふざけるなって一蹴されるだけですよ。不興を買ってクビ飛んでもいいんですか?」

 「今の時期に異動なんてありえませんよ。されるとしても、精々春先になるでしょうね」

 「じゃあ春からは窓際部署ですか? 勘弁してくださいよ~。子供が来年から学院に入るんですから」

 「え? なに、給料値上げ要求するのが前提? あなた達自分の月収幾らか自覚したことあります!?」

 外に備えられたベンチで研究員らはいつでも医務室に飛び込める様に待機していた。本当は中に居て備えていた方が確実なのだが、病室は患者と医者の空間だと担当者から突っぱねられ仕方なくこうして外で待機している。やけに冗談や馬鹿話をしているようにも見えるが、彼らなりに緊張を和らげようとしているのだろう。いつ爆発するかも分からない火薬の塊を前に平静を保っていられる人間が果たして何人いるだろうか……多少なりとも調子を外さなければやっていられない状況に彼らは居るのだ。

 「冗談はさておいて、予定だとそろそろ学院の児童が北口の駐車場に到着する頃合です」

 「玄関から入ってホールで説明を受けたあと、そのまま第三と第四研究室に移動。そこから棟内の階段を通って上階へ移動して、第五研究室等を見学って形です」

 「そこからは近くの食堂で昼食の後、最後に展示室を回って終了って感じだそうです」

 「展示室? あの、作ったは良いけど実用性が全然なくって、仕方ないから諸々飾ってあるだけのあそこ?」

 「そんな身も蓋もない……」

 取り敢えず、学院の児童がこの周辺を通ることはない。元々居た第六研究室も見学のルートには含まれていない様だが、近くを通るのでここにノーヴェを移しておいたのはやはり正解だったようだ。あとはこのまま時間が経過し、昼過ぎぐらいを見計らって再び彼女を研究室の方に移すだけ。何度も身柄を移し替えるのは気が引けるが、今の彼女を事情も知らない子供の前に晒していいものではない。

 時刻は午前9時51分。二つの研究室を見て回るのに掛かる時間はそれぞれ数十分かそこら……展示室は研究室から離れた場所にあるので、帰りの生徒は別のルートで玄関まで行く。とりあえず昼食時に様子を見て児童が戻ってくる様子が無ければ移動させる予定だ。それまで何のトラブルも無い事を祈ろう。

 「……何も起こらないわよね」










 時を遡り午前10時00分。地上本部北口玄関前の駐車場にて──。



 「はい、到着しました。お荷物忘れないように注意してくださいね~」

 バスガイドのアナウンスが目的地への到着を報せ、生徒達が降車する。移動している間も終始興奮していた彼らはようやく着いた巨大な建物に期待に満ち満ちた視線を注いでいた。この中の何人がここで労働力となるかは分からないが、前途も将来も有望な彼ら彼女らにとって、ここはまさに輝かしい未来の自分を投影するには丁度良いキャンバスだった。

 ヴィヴィオにとっては何度か来た事のある場所だが、無論全てを知っているわけではない。将来についても年相応に曖昧で、知人の勤める無限書庫か、母の勤める地上部隊ぐらいしか候補が思い浮かばない。もっとも、彼女の母も同じ年齢の頃は実家の喫茶店を継ぐものとばかり思っていた事を考えれば、それが普通なのだが。

 「はーい! では組ごと出席番号順に整列してくださーい」

 教師の引率で二列に並び、諸注意の後に来客用玄関を通って地上本部へと入る。二重に仕切られた自動ドアを潜ると暖かい空気が児童らを出迎え、身を震わせていた一部寒がりな生徒もほっと一息ついていた。

 「ヒルデ学院の皆さーん、おはようございます。本日は時空管理局地上本部、技術開発研究部署へお越しくださってありがとうございます!」

 出迎え兼案内役の局員が挨拶し、生徒もそれにならって挨拶を返す。見学の際に遵守して欲しい諸注意を聞かされた後、さっそく生徒の列は案内役を先頭にして見学場所である研究室を目指した。見学用の通路は研究室に面した壁がガラス張りになっており、中の様子を余す事なく見て回れるような造りになっていた。

 ガラスの向こうでは数人の研究員らしき白衣の男女らが複雑な装置や何に使うかも分からない薬品を手に実験や検証を繰り返しており、案内の局員がそれを一つずつ解説する。中の様子に好奇心旺盛な生徒、特に秘密基地然としたその内部に一部の少年の心はくすぐられている様子だった。

 そこからも見学は滞りなく進み、予定通りに生徒らは次の研究室へと向かう。もちろんヴィヴィオも友達であるリオやコロナと一緒に他の学友の流れにそって移動するが……彼女はまだ知らない。

 自分が徐々に争いの渦中に近づきつつあることに……。










 「ヘリが来ない?」

 10時51分、何だかんだ言いながらも予定通りに護送されたセッテはヘリポートのあるビルの屋上近くへとやって来ていた。後はここから地上本部より借りたヘリに乗って海上更生施設へ行くだけだったのだが……直前で予定が狂った。

 「はい。都市決戦の直後、廃棄都市で大規模な爆発があったのは覚えていますか? 周辺の瓦礫の撤去作業に当たっている地上部隊が車両では運べそうにない大きな物をヘリで運搬している最中でして……」

 「瓦礫ですか? その程度なら魔法の一つや二つで容易に破壊して小分けできるのでは?」

 「こう言う事はあまり大きな声では言えませんが、住民の居ない廃棄都市の区画整理を任されているのは決まって小部隊です。魔導技術の腕に覚えのある方々は決まって大きな部隊に配属させられますから……」

 「では、到着時刻は……」

 「部隊の方に問い合わせれば詳細な時間が分かるでしょうが……。問い合わせますか?」

 「いいえ、急かすのも良くはないでしょう。こちらで大人しく待たせてもらいましょう。それで良いですね、セッテさん?」

 「元より、ワタシに選択権は無いのでしょう。好きにしてください」

 心情としてはさっさと施設に赴いてカリムと別れたかったが、そうは問屋が卸さんと言わんばかりに間の悪さが祟って結局これである。ツキに見放されたか、或いはよほど彼女との縁があるのか……どちらにしても今のセッテにとってヘリを待つこの時間は苦痛以外の何物でもなかった。何か適当な理由をつけてこの場を離れたくて仕方がないが、それが出来ない身の上なのでどうしようもない。

 待合室代わりに案内された事務室で、セッテとカリム、そして護送を担当する隊員四名が詰めていた。事前に話は通してあったのか、事務室には必要最低限の人員しか居らず、仮にセッテが何かしようにも被害は最小限に抑えられる体制にあった。もっとも、今の本人は何かする気も無いのだが。

 かと言って、このまま隣から積極的に話し掛けてくる彼女をヘリが来るまで無視し続けるのも億劫だ。本当に何か適当な理由を言って暇を潰さないとやっていけない。

 と、ここで丁度いい口実を思い出した。

 「失礼……」

 「何だ? 用を足すのなら廊下の突き当たりを右だ」

 「後で行かせてもらいます。それとは別に行きたい場所が……」

 「何を言っている。認められるはずがないだろ!」

 「どちらに行きたいのですか?」

 「少将!」

 「よろしいじゃないですか。ヘリが来るまでまだ時間はあります。少しくらい席を外しても咎められる謂れはないでしょう」

 すっと立ち上がったカリムはセッテの手を引いて彼女を事務室の外へと連れ出した。

 「どちらへ行きたいのですか?」

 「……貴女はここで待っていてくれて構いません」

 「そう言うわけにもいきません。私はあなたを監督する義務がありますから」

 「その義務が発生するのはワタシが出所してからのはずです。まだ何年も先の話だと思いますが」

 「でしたら、別に今でも構いませんね。今のセッテさんは一応施設を出ている状態ですから」

 「……………………」

 屁理屈の言い合い、水掛け論で年長者に敵う道理などどこにも無く、結局無言で随伴を認めた。その二人の後を三人の護送隊員が追随し、残りの一人はヘリが来た時に連絡を入れられる様に待機する事となった。

 「それで、どちらに行きたいのですか?」

 「この下に技術開発研究部署、と言うものがあるそうですね。ちょっとそこへ」

 「技術部ですか? 何かありました?」

 「ええ、ノーヴェの顔を見ておこうかと……」










 午前11時40分。第四小食堂にて──。



 「それでは、昼休みは13時20分までです。五分前には昼食を終えて集合してください」

 研究室から一番近い食堂で学院の一行は予定通りに昼休みの食事を始めた。テーブルには事前に用意された食事が並んでおり、ヴィヴィオら三人も仲良く並んで座り昼食を共にした。

 これで午前の見学は終わりだが、耳を傾けると生徒らの寸評が聞こえてくる。元々研究職の集まりと言うインドア系の地味な職場と言うイメージもあってか、一部を除き今回の見学については不評の方が多かったようだ。やはり無限書庫と言い、ここと言い、育ち盛りの少年少女にとって体を動かさない現場と言うのはそれだけ不人気なのだろうか。

 (わたしは、そう言うの気にしないんだけどな~)

 こっちがダメだったら次はこっち、と言う内股膏薬な考えは良くないのかも知れないが、ヴィヴィオにとって将来の道は二つある。努力も虚しくどちらかの夢が潰えたとしても、彼女にはもう一方が残されているのだ。そう言った意味でも、彼女の将来性は非常に恵まれていると言えよう。

 ふと、隣の二人とおかずの取替えっこをしながらヴィヴィオは思いを馳せる。

 ひょっとしたら、他の皆もそんなに将来の事など考えていないのではないだろうか? やはり皆その心のどこかで「なるようになる」と行き当たりばったりな考えがあるはずだ。もちろん、その心構えが悪いと言う訳ではない。彼女たちの様な年齢でこの先五年、十年の見通しを立てろと言うのが無茶な方だ。漠然で曖昧としているからこそ、なんとでもなると思えるものだ。人生何が起こるかなんて誰にも分かりはしないのだから。

 事実、ヴィヴィオ自身も三年前までは人並みの人生を送れるなんて夢にも思わなかった。あの時は差し伸べられる善意の手を振り払うのに必死だったが、時間が過ぎた今になって思い返せば本当にバカな事をしていたと苦笑する。そんなに長生きして人生を達観した訳ではないが、その時は必死になり命懸けで拘っていたはずの事柄も、時が過ぎてみればそこまでする程の事でもなかったと思えるようになる。通常、こう言う思考はそれこそ何十年も生きた老人になって培われる考え方だが、生まれて間も無く他の少年少女では決して体験できない事を経験した彼女にとって、将来の懸念など道端の小石、歩く分には支障なく、蹴躓いた時に考えれば良い……そんな認識だった。

 これは何も、彼女が怠惰で自堕落な性格をしている訳ではない。達観していても決して問題を先送りにはせず真面目に取り組み、尚且つ全力で解決しようとするだけの気力と心構えを彼女は持っていた。そう言った意味でも彼女は非常に大人びた一面を持っていた。

 「ごちそうさまでした」

 20分後、完食したヴィヴィオは席を外し、用を足す為に食堂から少し離れた場所の角にあるトイレへと入っていった。入ってすぐの個室は既に誰かが入っており、仕方なく端から二番目の所に入って鍵を掛ける。ふと気になって耳を済ませるが、どうにも隣からは人の気配が微塵も感じない。下着を脱ぐ衣擦れの音さえしない。

 不思議に思いながらも順調に用を足した彼女は水道の弁を開いて水を流した。すると隣の個室から全く同時に水を流す音が聞こえ、やはり人が入っていた事を認識させられる。開けるドアも殆ど同時に、ヴィヴィオと隣の人物は外へ出て……

 「あ!」

 「あぁ……」

 鉢合わさった見知った顔にヴィヴィオは文字通りあっと驚いた。対する長身の彼女もまた程度こそ違うものの、やはり同じように驚いた反応を返した。

 「貴女でしたか」

 「こ、こんにちわ……」

 見上げる様な長身に、その腰にまで届きそうな髪……自分が拉致監禁されていた時に周辺の世話をしていた戦闘機人、セッテがそこにいた。真っ白な囚人服に首から名札を下げ、如何にも「悪いことをしました」という風体をしている。

 「ここに何の用ですか? 貴女が居るべき場所ではないように思いますが」

 「それはこっちのセリフっていうか、なんていうか……。わたしは今日、学院の社会科見学です。セッテさんこそどうしてここに?」

 「ワタシは移送ですよ。仮の住居から晴れて更正施設に逆戻りです」

 そう言うセッテの両手首にはドッキング式の手錠が嵌められていた。普段は腕輪の様に手首に装着され、スイッチによって右手と左手のリングが強力な磁力を有した端末が起動し、二つのリングを繋ぐ仕組みになっている。スイッチはドッキングした二つのリングの外側に位置し、一度繋がれば関節を外しでもしない限り絶対に解錠できない仕組みになっている。そして、戦闘機人はフレームの関係から自発的に関節を外す事は決して出来ない。

 「え? でも、それどうして外れてるんですか?」

 「私が外しました」

 「カリムさん!?」

 出入り口から顔を覗かせた人物にヴィヴィオは更に驚く。学院の経営も行い、管理世界で最も多くの信徒を抱える聖王教の宗主にして管理局の少将の立場にあるはずのカリム・グラシアが、何故かこんな地上本部の端っこにあるトイレに顔を出しているのはシュールな光景にしか見えない。

 「ごめんなさいね、ヴィヴィオさん。セッテさんがなかなか出て来てくれないものですから、少し様子を見に来ました」

 「別に脱走などしません。この手錠には信号発信機能があるのですから、ワタシがどこへ逃げようと居場所ぐらい把握可能なはずです」

 「あの……セッテさんはこれから施設に行っちゃうって本当ですか?」

 「ええ。ただ、迎えのヘリの到着が遅れてしまって……。余った時間を持て余すのならノーヴェさんのお見舞いにでもと……」

 「ノーヴェがここに来てるんですか!?」

 「あ、あら? 聞いてないかしら?」

 そうして、ヴィヴィオはカリムから簡単に事の仔細を聞いた。ここで初めてノーヴェが自分達の見学していた研究室に移送されていた事を知るが、直前で医務室に移された事を今さっき聞き及んだセッテとカリムは見事にすれ違ってしまった。

 そして、今からそちらの病室に見舞いに行くのだと言う。それを聞いたヴィヴィオは考えるよりも先に口が動いていた。

 「わたしも一緒に行っていいですか?」

 「いけません。今日のあなたは学業の一環でこちらにいるのでしょう? でしたら、まずはそれを済ませてからでも遅くはありません。技術部の方には私からお願いしておきましょう」

 「……わかり、ました。また今度にでも見舞いに行きます」

 「ごめんなさい、あなたの気持ちを知らない訳ではないのに……」

 「いえ、わがまま言ってすみませんでした。それじゃあ……」

 少し気落ちした感じを漂わせ、ヴィヴィオは大人しくクラスメイトの居る食堂へと戻っていった。










 「良かったのですか?」

 ヴィヴィオと別れた後、セッテはカリムに問う。質問の内容は言わずもがな、先程適当な口実をつけてヴィヴィオを追い返す様な真似をした事についてだった。

 「あの子の本分が学業なのは誰の目から見ても明白です。私用ならともかく、優先させるべき事柄ははっきりしています」

 「それだけですか?」

 「……本当の事を言えば、彼女にはまだノーヴェさんの姿を見せる訳にはいきません。私個人の勝手な判断ですけど、彼女の様に感受性の高い子が今のノーヴェさんを見れば少なからずショックを受けるはずです。それは好ましくありません」

 ノーヴェの状態が如何ほどなのかはセッテも詳しくは知らない。どんな状態になったのかを伝え聞いているだけで、実際に目にするのはこれからが初めてなのだ。彼女の胸中には、「どんな状態になっているだろう」と言う興味と、例えどんな状態であろうと自分にとっては大勢に影響しないと言う事実を弁える冷静さだけがあった。

 「それに、さっきのヴィヴィオさんは勢いだけで言っている節がありました。ちゃんと考えるだけの時間を与えるのも、あの子の為です」

 「別にそこまで義理立てする必要もないのでは。貴女にとって彼女はそうまでして品行方正にさせたいものでもないでしょう」

 「そうですね。では、代わりに出所したあなたをみっちり教育する事にしましょう。グラシア家の人として、どこへ出しても恥ずかしくないように」

 「ワタシが貴女の娘として振舞うとでも? 冗談を。ミッド有数の名家であろうが何であろうが、ワタシの立ち位置を容易に変える事は出来ません。五年であれ十年であれ、ワタシは貴女に抵抗しますよ」

 何年掛かるかは分からないが、出所したとしてもセッテは大人しくしている気は毛頭ない。この発言は事前にそれを通知しておく仏心というよりは、ただの事実報告の色が濃かった。ひょっとすれば無意識にカリムの困惑する姿を見たかったのかも知れない。自分は決してあなたの思い通りにはなりはしない……と。

 だが、予想していたカリムの反応は見られなかった。

 「構いませんよ。どうぞ、お好きになさってください」

 言葉に棘は無い。むしろその逆、本当に好きな様にしてくれればそれで構わないと言う風な清々しさがあった。実際、表情は笑顔でどこにも苛立ちを見せている要素が無い。少しでも負の反応を期待していたセッテにとっては拍子抜けもいいところだった。

 「構わない……? 貴女はワタシにグラシアの跡目でも継がせるつもりではなかったのですか?」

 「もちろん、最初はそれも考えていました。と言うよりも、そちらがセッテさんを引き受ける主な理由でした。結婚もせず、子を成さなかった私がグラシアの家を続けさせるには、どこかから養子を迎える必要がありました。ですが、あなた自身がそれを望まないとはっきり口にしてくださった以上、もう関わりの無い事でしょう」

 「そんな簡単に諦めのつくものなのですか?」

 「元々、私は身元引受人……つまりは一時的な保護者でしかありません。管理局法と照らし合わせた成人年齢に達すれば、そこから先の事に関しての拘束力は一切なくなります。ですから、最初からあなたを跡目に強制的に仕立て上げるのは無理があったということです」

 「最初からワタシをグラシアの者として扱う気はなかったと?」

 「いえいえ、私個人は期待していました。相談役のご老人方からは示し合わせた様に反対されましたが、若輩と言えども一応は当主……。引受人として名前を貸した後については本人の判断に任せると言う事で納得してもらいました。保護観察期間を過ぎた後、私の希望通りに名実共にグラシアの人間となるのも良いですし、名前だけを借りてあなた自身の望む様にするのも一つの選択です。どれを選んだ方が良いか悪いかは私が言うべき事柄ではないでしょう」

 「カリム・グラシア……貴女はワタシが思っていた以上に老獪で狡い人間だ。選ぶも何も、ワタシが真に欲している選択肢はその中にありません。貴女は何を思ってそんな回りくどい事をするのですか?」

 「純粋にあなたの事を想っての行為です」

 「ワタシの為……。本当にそうですか? 貴女はその言葉を都合の良い言い訳に使っていませんか。ワタシの為? 世迷言を。本当にワタシを想っての行為だと言うのなら、今すぐ海の上ではなく元の拘置所に戻してほしいものです」

 「セッテさんが本心から望んでいらっしゃるなら、そうする事もやぶさかではありません。ですけど……それだと矛盾する事が出てきますね」

 「矛盾?」

 「ええ」



 「人間ではなく“機械”のあなたが自分の境遇改善を要求するなんて……」



 ここで初めて自分の言動の陥穽を自覚したセッテは、その瞬間に全ての思考を停止した。彼女にもし人並みの感情と思考能力が備わっていたら、ここで慌ただしく言い直しや前言の撤回などを言い繕うだけの行動をしただろうが、そうするには彼女はあまりに機械的で、そして人間として未熟だった。何か言おうとして開いた口は陸の上に挙げられた魚みたいに開いたり閉じたりを繰り返し、しかもそれでいて無表情だから余計に不気味に見える。

 やがて最後まで論理的に言い返そうとして結局何の言葉も見出せなかったのか、セッテは固く口を閉ざした。それは彼女自身が自分の言動の陥穽を認めた事に他ならない。妙に落ち着き払っているように見えるその姿も、今となっては張り子の虎でしかない。それでも平静を保っているのは単に弱みを見せまいとする意地なのか……。

 「……ワタシは、在るべきモノを在るべき場所に戻すべきだと言っているだけです。何の矛盾がありますか」

 「あなたが機械だと言うのなら、そもそも機械は自分の境遇に不満を言ったりはしません。前提からしておかしいとは思いませんでしたか?」

 「ですからそれは……」

 「そろそろ医務室です。お静かにしましょう」

 遂に反論さえままならず、悶々とした感情を抱えたままセッテとカリムは目的地である医務室の手前までやって来た。そして、その門前で待機する面々と出食わす。

 「あなたは……」

 「そのまま、どうか楽にしてください。今は半分私用で来ている身ですから」

 立ち上がって挨拶しようとする研究員らを制し、一行は医務室前までやって来た。最初は普段なら言葉を交わす事さえ無い少将と言う立場に居る者と出会った事に面食らっていた職員らだが、後ろに居るセッテを見た事で全く別の緊張を覚える事となる。

 それを察したカリムはマリエルに事情を説明した。

 「そうですか。でしたら、先に来られている方が居ます」

 「先客?」

 「あぁ、待ってください!」

 顔を覗かせようとするカリムとセッテを押し留める。

 「中には無理を言って同室させてしまった患者さんも居ます。そんな格好で入ろうものならベッドの上の彼らにストレスを与えてしまいます」

 片や聖王教会の理事兼将官、片や半月前の都市決戦にて混乱を招いた共犯者……これで緊張も警戒もしない図太い神経の持ち主が居るとすれば、それこそ機動六課の面々ぐらいだろう。それを見越していたマリエルは自分の白衣を取るとセッテに着る様に促した。

 「せめて軽い変装ぐらいしておいたほうが無難です。私のメガネもお貸ししますから」

 「はぁ……。そんな子供騙しの様な小細工で大丈夫なのでしょうか」

 「人間、自分の身の回りに有名人が居るとは考えないものです。それが良い意味でも悪い意味でも……。はい、これでどこにでも居る研究職員の完成です」

 「まぁ! よく似合ってますよセッテさん」

 白衣を羽織り眼鏡を掛けさせ、適当に長髪を結ったその姿は本当に研究室の職員にしか見えない。手首の錠も余った袖を広げる事で隠し、メガネ越しの視線がよりリアリティを増している。

 「お付きの方もせめてデバイスは待機させてください。お仕事でしょうけど、ここは患者の空間です」

 「分かりました」

 「じゃあ私も……」

 「言い難いんですけど、グラシア少将は遠慮した方が……。中にいる人達にプレッシャーを与えかねません」

 「わ、分かりました……」

 図らずもマリエルの一言はセッテからカリムを引き離す一助となった。そのことに感謝しつつ、セッテは医務室へと足を踏み入れる。

 入室と同時にベッドの上の患者や傍のナースから視線を受けるが、単に入室者の顔を見ただけで終わり、彼女の事を例の事件の共犯だと気付く者は居なかった。後ろに引き連れた隊員らも秘書や助手の類と思ってくれている様だ。

 室の奥に行くと、問題のベッドが見えてくる。簡素なカーテンで仕切られたその奥には折り畳んだ担架と三人の先客があり、セッテがカーテンを開けると同時に双方の視線が合う。

 「セッテ……」

 「やはり貴女でしたか。そんな気がしていました」

 そもそも、今の状況でノーヴェの見舞いに来る人間などたかが知れている。養父と義姉が仕事で顔を出せないのを考えれば、現状彼女の元に訪れるのは一人しか有り得ない。

 「お久しぶりです、ウーノ」

 「そうね……。ほんの一ヶ月足らずのはずなのに、何年も会っていない様な気がしていた……」

 「錯覚です。ワタシとしては貴女がここに居るのが半ば驚きです」

 「意外?」

 「意外と言えば意外……道理と言えば道理である気もします」

 立て掛けられていたパイプ椅子を取り、そこに腰掛ける。度の合わないメガネを外し、改めてノーヴェを見やった。

 目は開いている。だが向こうが視覚情報として認識しているかは分からない。こちらが現れた時にも視線が動かなかったのを見る限り、どうやら認識はしていないようだ。時折瞬きをするのも、意識してやっていると言うよりは単なる反射でしかない。

 「……なんと惨めな」

 「それは憐れんでいるの? それとも蔑み?」

 「両方です。短期間とは言え、かつては同属として肩を並べた者がここまで堕ちるとは……。所詮は俗物だったと言うことですか」

 「あなたはそうじゃないと言い切れるのかしら」

 「無論、ワタシもまた線引きされた中間地点にしか存在できていない曖昧な存在です。だからこそ、ワタシは自身の立ち位置を明確にしておかなければいけなかったのです」

 “人間”にしては硬すぎる。“機械”にしては弱すぎる。混ざり合ってしまった以上、そこから脱却するには水を煮詰めて蒸溜するかの如く不純物となるモノを取り除かねばならない。それがセッテの持論だ。別に理解しろとも言わないし、してほしくもない。ただ邪魔をしないでほしいだけだと言うのに何故雁首揃えてまで口出しするのか理解に苦しむ。

 「私達は所詮はそういうモノに過ぎない。そんな事はとっくに分かっていたはず」

 「では、造った存在が完璧ではなかったのでしょう。生み出す側が完全ではないから、被造物の程度も知れると言うものです」

 「ドクターを侮辱するのかしら?」

 姉妹の間に重苦しい沈黙が横たわる。視線も交わさずに舌戦を交わす二人の背中は、警護の隊員らからはどの様に見えただろうか。だが、危惧した様な事態には発展せず、長いようで短い沈黙を経てからは再び波風の立たない状態となった。

 ふと、セッテの意識が再びノーヴェに向き直る。今となってはただ“生きている”だけになった彼女の体を、今一度よく観察する。

 (呼吸をしている……。心臓も動いている……。瞳孔も反応するらしい……。ただ、脳波が異常なだけ。物理的に破壊された訳でもないと言うのに、何故昏睡してしまうのでしょう?)

 彼女はそこまで柔だったか? 否、彼女の肉体増強レベルは十二人の中で三番目に高かった。高圧電流にも高層の気圧差にも、多少の水圧にも耐え得るはずのその肉体があの程度の事で欠損し、機能を損なってしまう訳がない。だが、目の前の現実として彼女は確かにこれ以上ないくらいに衰弱している。時間の長短こそあったが、同じ効果を受けた自分はこうして平然としている。この差はいったい何だ……?

 そして、得心する。

 (ノーヴェは“遠かった”のでしょうね)

 要は単純な遠近の問題……同じ事をされながら片方はそれに耐えられず、もう片方は健在、となればこれはもうどちらがより彼に近しいかでしか尺度を測れない。血液型や臓器と同じで、きっとそれに近しいモノでなくては拒絶反応を示すのだろう。もしこんなぽっと出の仮説が正しいとすれば、彼女は……ノーヴェの体はそれこそ彼にとっては御眼鏡に適わない不適格な物だったと言う事になるだろう。

 そしてその結論に達した瞬間、セッテは得も言われぬ充足感を覚えた。

 彼女の中において『トレーゼ』と言う存在はもはや神格化されている。その発生の出自や過程はどうあれ、彼女にとって『トレーゼ』とは過去や現在、そして未来においても唯一無二であり、決して揺らぐことのない不動の象徴と化していた。これは正に宗教のはしり、何かを神格化しそれを崇拝する事で信者は自らに不足した心理的な隙間を埋めようとする。元来、「崇拝」と言う行為はこう言う事に他ならない。そして、自らが崇拝して止まない存在に近しい所に在ると自覚した時、彼らは充足と安心、そして優越感を覚える。今のセッテがまさにそれだった。

 これが通常の意味での宗教、つまり物質的に存在しない“神”を崇めているならまだ良い。実際には存在していないモノを崇拝していると言う現実感が、一部の狂信者を除いて信者に現実と空想の境界を設けているからだ。挫折する様な心の弱い瞬間は神に祈っても、平時においてはその熱も冷めて普通に過ごす。

 だが彼女の場合は崇拝の対象が現実の物質的な実体を伴って実在しているのだ。神や悪魔と違って寓意的でもなく、確かに知覚できる存在として実在している以上、信奉や崇拝の対象としては確実だ。だからより狂信者が生まれ易く、そして深みに嵌りやすい。確かな目標としてそこに存在しているのだから、崇拝の対象に近付いたかどうかを容易に判断でき、人はそこに達成の陶酔感を感じずにはいられなくなる。そして真の意味で崇拝の対象と同じレベルに到達したと自他共に認められた瞬間を、「求道を極める」と言う。言い換えるなら、究極の自己完結を極めると同義となる。

 そして、今のセッテはその状態に一歩近づいた。あの兄に近しい状態へと至ったと考え、そしてそれに見事なまでに陶酔する……これを自己完結と言わずして何と言うのか。だが、同時に何かに傾倒すると言う行為は人間特有の行為でもあり、自らを機械と断ずるセッテはこの時点で既に致命的な矛盾を抱えている。それに気付かないのは幸か不幸か、あるいは無意識に気付かない様にしているのか……。

 「セッテ……。これだけは覚えておいて」

 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、ウーノが再び語り掛ける。さっき口論になりかけていた時の様な険悪な様子は無く、その表情はセッテも良く知る『姉』の顔だった。

 「あなたが自分の言う様に機械になれたとしても……脆弱だと忌む人間に成り下がったとしても…………私はあなたの姉よ。それだけは忘れないで」

 「……何を言うかと思えば……」

 まるで今生の別れみたいだ……そう言って切り捨てる事が出来なかった。

 どの様な結末であれ、この事件が終わればウーノは拘置所に戻り以前と同じ処遇を受ける。彼女の受けた処置は「無期懲役」、つまり命ある限り半永久的に獄から出ることは適わなくなる。時が過ぎれば自然と出所できるセッテとは違い、彼女はもう二度とは外に出られないのだ。生きて再び姉妹に会う事は難しいだろう。最後の顔合わせを不快なまま終わらせたくはないと言う思いがあってこんな事を言うのだろうが、セッテがそこまで思い当たったかどうかは分からない。だがその一言が彼女を自己陶酔の夢見心地から現実に引戻したのは確かだ。

 「……………………」

 だが現実に返ったセッテの心に、またも羨望と妬みに似た感情が去来する。どれほど言い繕っても、セッテはウーノの様に「敗者の矜持」たるモノを保持する事は出来ない。このまま他人の善意に飼い殺しにされながら残りの時間を過ごし、そして無為に死んで行く……それはどうしても耐え難い屈辱だった。

 だから彼女はノーヴェさえ羨望する。他人は卑しいと言うだろうが、彼女にとっては何も知らずに眠っていられるのなら是非ともそうしたかった。

 (ワタシにとってはもう、何もかもが煩わしい……)

 セッテにとって“今”と言う瞬間は何よりも、不快だった。










 ────不快だった。

 自分の中にある何か……己を己足らしめるそれが、音も立てずにドロドロと融け出す様な奇妙な感覚……。五感として訴えるものではないが、自分が大事に抱えていたはずの物が腕の間からボロボロとこぼれ落ちるその感覚は歯軋りをする程に不快極まりなかった。

 たがそれ以上に悔しいのは、融け出す自己をどうする事も出来ないまま、ただ流れ出して行くだけの己の無力だった。この腕にしっかりと抱き抱えているはずなのに、掻き集める間も無く零れ、そしてどこかへ消えて行く……。自分の知らないどこか遠くへ……。

 ────許せない。

 第二者、或いはそれ以外の第三者に対する怒りではない。その全ては自分自身の無力に対する憤りであり、決して他者や外界に向けられたものではない。だからこそ、発散される事のない苛立ちはやがて極限にまで上り詰め、風船の如く張り詰めた“彼女”の意識を暗闇の底から引き揚げる。

 しかし、意識が引っ張られる衝撃に極限まで張り詰めた感情の塊が反射を起こさない筈はなく、自意識と無意識の摩擦で熱を帯びたそれは火山のマグマの如く沸き立ち、やがて一斉に噴き上がる。

 ────覚醒。

 双眸が開く。微睡みの中の意識が固定され、融け出す様に感じていた錯覚が拭われる。だが今度は金縛りがその肉体を蝕む。動けない……何だこれはと必死にもがくが、とにかく動くことが出来ない。再び募る苛立ちは遂に摩擦熱を帯びて臨界に達していたそのエゴを爆発させるには充分過ぎる起爆剤だった。

 四肢に有らん限りの力が込められ、その体を打ち止めていた楔がそれに耐え切れず徐々に朽ちる。

 眠れる狂獣は今、再びその猛威を奮う。


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