「待ってセラちゃん!」
前を飛ぶセラになのはは何とか追いついて叫んだ。
「なーに? 今セラは忙しいんだけど」
「忙しいって……何をするつもりなの?」
アリサが攫われたという知らせを聞いて、なのはがそれを理解するためにかかった時間をセラは桃子からさらに話を聞き出していた。
――アリサ・バニングスは預かった。返してほしければ――の廃ビルに来い。
たったそれだけの言葉を聞き、淡々と地図で場所の確認をしてセラは飛び出した。
呆けていたなのはは我に返ってすぐにセラを追い駆けて今に至る。
「何をって……そんなの決まってるでしょ」
笑みを浮かべて答えるセラの言葉は何となく予想できた。
「誘拐犯なんて皆殺しにしてあげるわ」
「そんなのダメだよ!」
「あら、どうして? 誘拐されたのは貴女の友達なのに」
「そうだけど、だからって人殺しなんてよくない……
それにまだ本当にアリサちゃんが誘拐されたかだって分からないんだよ」
アリサのうちではなく高町家に犯行声明があったこと。
何の要求もせずにただ来い、とだけの指示。
不信なことばかりで信憑性が全くない。
せいぜい今アリサに電話をしてみても繋がらないくらいしかない。
「そんなの行ってみれば分かることよ」
「セラちゃん?」
素気なく返すセラになのはは違和感を感じる。
普段の小悪魔的な笑みはなく表情はどこか固い。
「何か変だよ?」
「うるさいわね……邪魔するなら貴女から殺してあげてもいいのよ」
セラが腕を一振りするとそこに双刃剣が現れる。
「ちょっと待ってよ……こんなのセラちゃんらしくないよ」
「何も知らないくせに勝手なこと言わないで!」
感情をそのまま吐き出すように叫ぶ。
「だったらちゃんと話を――」
「話しても同じよ……
誰も助けてくれない孤独と絶望の地獄を知らない貴女に何が理解できるって言うの?」
「わ、わたしにだって辛いことは一杯あった……
お父さんが大怪我して、お母さんは仕事が忙しくて、お兄ちゃんたちはその手伝いをして……
ずっと一人ぼっちだった。わたしはいらない子じゃないかと思った時だってあった」
「だから? セラの気持ちも分かるって言うの?」
「全部は分からない……でも、だから分かり合うために話すことが大事だと思う」
底冷えのする視線を受け止めながらなのははしっかりと頷いて答える。
「ふふふ……」
「セラちゃん?」
「その程度のことで訳知り顔をするんだ」
「その程度って……わたしは――」
「やっぱり貴女は何も分かってない」
「セラちゃん!?」
話し合いは決裂したかと思った瞬間、何故かセラは双刃剣をその手から消していた。
「え……?」
「いいわ。今回は傍観者でいてあげる。もし誘拐が本当だった時の貴女の答えが気になるしね」
「えっと……それじゃあ?」
「ええ、だから早く行くわよ」
「え? どうして? お父さんたちの連絡を待った方がいいんじゃないかな?」
「それよりも現場にいって確認した方が早くて確実よ。手遅れになる可能性だってあるんだから」
「手遅れって……アリサちゃんを誘拐したってことは身代金が目的なんじゃないのかな?」
「勉強不足ね。誘拐において想定される最悪なケースは身代金を奪われて上で人質が無事ではないことよ」
「無事じゃない……」
その意味を理解しきれずになのはは呆ける。そして、理解した瞬間背筋が凍りついた。
「それとも貴女は管理局法を優先して友達の危機を見過ごすような人間なのかしら?」
「そんなことない!」
魔法をただの人に向けることには確かに抵抗はある。
それでも自分の大切なものを壊そうとするような者ならどんな相手でも戦える。
「なら問題ないわね」
「…………うん」
思わずなのはは頷いてしまう。
――わたしが全部やればいいんだ……
セラに騙されている気もするが、誘拐犯を自分で制圧すれば問題はないと結論付ける。
――わたしならできる……
魔導師でもない相手に後れを取るつもりはない。
セラが何かをする前に誘拐犯を制圧し、アリサを助ける。
――なんだ、簡単なことだったんだ……
敵にフェイトやヴィータのような魔導師がいるわけではない。かといってセラたちが相手でもない。
この世界での犯罪者なら恐れるに足らない。
そんな楽天的なことを考えながらなのははセラを追いかけるように飛んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その光景はセラが半ば予想した通りのものだった。
「もういい! もういいから……それ以上はやめて、なのはっ!」
白いバリアジャケットの少女に縋りついて叫ぶのはアリサ・バニングス。
その姿は昼間に見たものから無残なものに変わっていた。
見覚えのある服は乱暴に破け半裸の姿。両手にはきつく縛られた跡が赤くくっきりと残っている。
それでもまだましな姿だった。自分たちの到着がもう少しでも遅かったらこれ以上に酷い姿を見ることになっていただろう。
「放してアリサちゃんっ! こんな人たちなんか……こんな人たちなんか……」
対する高町なのははアリサの言葉を聞かずに憤怒に駆られて杖を振る。
その動きに合わせて八個のアクセルシューターが動き、同数の男たちにさらなら追い打ちをかける。
狭い室内なのに淀みのないその動きにセラは感嘆する。
――空間把握能力とそれを扱うコントロールは一級品みたいね……
激情に支配されていても劣らないその能力は目を見張るものがある。
「ちょっと! あんたも見てないでなんとかしなさいよっ!」
「別にいいじゃない……本当はセラがやっちゃうつもりだったんだから」
「なっ……」
当の被害者だというのに誘拐犯を庇うアリサにセラは呆れが混じった答えを返す。
「くっ……ああ、もう!」
そして叫んだかと思うとなのはの肩に手をかけ、
「え?」
強引に彼女を振り向かせると同時に全身を捩り、それを戻しながら、
「いい加減にしなさいっ!」
全力の平手打ちを叩き込んだ。
「あーあ……」
しかし、快音は響かずアリサは次の瞬間その手を押さえてうずくまっていた。
「バリアジャケットに素手で殴りかかるなんて……正気?」
「う……うるさいわね!」
涙交じりの声にセラは肩をすくめて、なのはに声をかける。
「それでまだ続けるの?」
「え……あ……えっと……」
先程までの鬼の形相はなりを潜め、きょとんとした間抜け面をさらすなのはにセラはさらに言葉を続ける。
「なぶり殺しにしたいのは分かるけど、一般人の前では流石にやめた方がいいわよ」
「なぶり殺しって、わたしはそんなつもりじゃ……」
「そこまでやっておいて?」
「あ……」
倒れ伏した人たちを指せば憤怒の赤に彩られていた顔色が見る間に蒼白に代わる。
「非殺傷設定の魔法だってその気になれば人を殺すはできるわ。それも魔法抵抗の低い非魔導師なら特に……ね」
目の前に無造作に倒れている、いかにも不良然とした男たち。
その誰もが五体満足とは言えない痛々しい姿をしていた。
痛みに呻くしかできない者。死にたくないとうわ言のように繰り返す者。呆然自失し虚空に向かって笑っている者。
泣こうがわめこうが、命乞いをしても問答無用にアクセルシューターでなのはが殴り続けてできた光景。
「ふん」
それに同情も憐れみもセラが感じることはない。
そしてそれはなのはに対しても同じだった。
自分の作り上げた惨状に今さら恐怖する姿はむしろ滑稽にしか見えなかった。
「何をいまさら驚いているの?」
セラの言葉になのはの肩がビクリと跳ねた。
「……セラちゃん」
「これが魔法の力よ。
貴女の気分一つで山もお家も人も簡単に壊して殺すことができる貴女の力よ」
「違う……わたしはこんなこと……」
「いくら否定してもこれが現実よ」
俯いてそれを見ようとしないなのはの頭を掴み強引にセラはそれを見させる。
「いやっ!」
その手を振り払いなのははその場に頭を抱えてうずくまる。
「わたしは……アリサちゃんを助けるだけのつもりだったのに……」
「そうやって貴女はずっと現実から目を逸らしていくのね」
そんな怯えたなのはを一瞥だけしてセラは顔を上げる。
「でも貴女が泣いて叫んでも現実は変わらない……魔法は人殺しの力よ」
なのはのような人間と出会ったことは何も初めてではなかった。
自分の才能に酔い痴れて何でもできると思っているようなヒーローを気取って現実を知らない子供は管理世界では珍しくない。
こちらが殺傷設定を使っていても何処かで自分は負けるはずがないと根拠のない自信を持った目。
もっともそれも圧倒的な力でねじ伏せるとすぐに絶望に変わる。
そんな有象無象と比べると高町なのはは打たれ強かったが、それもこの有様だった。
「それで……貴女はセラの気持ちを知りたいって言ってたわよね?」
「あ……」
「どうだったかしら、人を殺したいと思う程の憎悪は?」
一瞬上げた顔はすぐにまた俯く。
その姿にセラは折れたと思った。
高町なのはは純粋でまっすぐだ。セラから見てそれは綺麗過ぎるほどに。
人の悪意を知らない。現実の理不尽を知らない。人を憎む気持ちも、憎まれることも知らない。
だからこそ、犯罪者の背景にありもしない美談を想像する。
狂ってしまった母のために戦う少女。
病気の家族を助けるために戦うことを選んだ騎士。
それはセラにとってはおとぎ話の中でのことでしかない。
現実はもっと苦しくて辛い。
今、目の前の光景もアリサ・バニングスに行われた未遂の暴行も世界が変わっても変わらない良く知る光景。
それを見ていると身体の芯が冷たくなっていくのを感じた。
――おうちに帰してっ!――
――痛いのはいやっ!――
――助けてパパッ! ママッ!――
「ちょっとあんた、何するつもりよ!?」
その叫び声と腕を掴まれる感覚にセラはハッと意識を現実に戻した。
自分の手の先には血色の魔法陣が展開されており、今この瞬間でも一瞬でスフィアを形成し撃ち出すことが可能だった。
その手を取っているのは未遂とはいえ最悪の出来事にさらされたのに気丈さを失っていないアリサだった。
「何って……ゴミ掃除かしら?」
「そんな物騒なこと小首を傾げて可愛らしく言ってんじゃないわよ!?」
冴えわたる突っ込みに苦笑しつつセラは彼女にも現実を突き付ける。
「自分を襲った相手を庇うなんて、貴女は正気なの?」
その言葉にアリサは息を飲み、組み敷かれた時のことを思い出したのか表情が曇る。
「セラたちが来るのがもう少しでも遅かったら貴女は口ではとても言えない酷いことをされて、殺されていたかもしれないのよ?」
「それは……」
「でも……そうね、人が死ぬ瞬間が見たくないならあっちを向いてなさい」
言い淀むアリサにセラは最低限の気遣いをしてセラは改めて手の先に魔法陣を展開し――
「やっぱりダメッ!」
再度、飛びかかる様にして止めようとしたアリサをセラは手を引いてかわす。
「もう、いい加減に――」
高町なのはといい、彼女といい、その行動はセラの明晰な頭脳でも計り切れない。
流石にうんざりとしてきたが、その瞬間空気が変わった。
バリアジャケットの構成が勝手にほどける。セラは一瞬でそれを編み直し、意識的に強く作り直す。
なので目立った変化をしたのはなのはだけだった。
「これは……?」
呆然となのはは自分の身体を見下ろした。
そこには白いバリアジャケットはなく、彼女の普段着の姿。
当然、彼女の意思で解除したわけではなくセラと同じように勝手にほどけたのだろう。
流石にへこんでいた彼女もこの状況に困惑して自分の身体をまじまじと見る。
「ど……どうしたの?」
状況が分からないアリサが言葉をもらすが、セラはそれを無視して双刃剣を顕現する。
「AMFよ……すぐにバリアジャケットを再構成しなさい」
「え……AMF? 何それ?」
そんなことも知らないのかと内心で悪態をつきながら、周囲を警戒する。
「アンチ・マギリンク・フィールドのことよ……
魔力結合を強制的に解いて魔法効果を無効化にするAAAランクのフィールド系の防御手段よ」
説明しながら疑念は確信に変わる。
アリサ・バニングスを誘拐し、高町家に連絡をした者は間違いなく魔導師。
狙いは自分かソラのどちらか。高町家を動かすことで分断することが目的だったのだろう。
AMFはその性質上結界魔法とは並行することはできない。
そしてAMFの最大の活用法は盾ではなく、陣地の形成にある。
管理外世界、そして誘拐という言葉に油断と怒りで思考を止めてしまい、敵の術中にはまってしまったことをセラは後悔する。
「一応聞いておくけど、貴女を誘拐したのはそこの人たち?」
「分かんない……車に乗ってたはずなのに気が付いたら縛られてここにから……」
騒ぎになっていないのも魔導師の隠蔽によるものだろう。
そしてこの場所も市街地の外れ、人払いも最低限の労力でできる。
「……少しまずいかしら」
腕にかかる双刃剣の重さにセラは顔をしかめる。
建物一つを覆う規模、魔法構築にかかる負荷の増大から推測されるAMF濃度の高さ。
それらから考えて敵の戦力を計る。
「あの……セラちゃん、バリアジャケットが生成できないんだけど……」
今の状況についていけないなのはが恐る恐るセラに話しかける。
状況把握とその対応、そのあまりの遅さにセラは苛立ちを感じて叫ぼうとした瞬間――
「っ……!」
咄嗟に跳ね上げた双刃剣に響く衝撃。
重く響き渡る剣戟音。散った火花が暗い部屋を一瞬だけ照らす。
襲撃者は無駄な装飾のない青いライダースーツに似たバリアジャケットに身を包み、その頭にはフルフェイスヘルメットを被っていた。
そして両手にはやや短めの剣がそれぞれ握られている。
「くっ……」
双刃剣はセラのイメージよりも力が入ってしまい身体が流れる。
襲撃者はその衝撃に弾き飛ばされるが、次の瞬間には全く同じ姿をした二人目の襲撃者が迫っていた。
流れる身体を強引に魔力で制御して抑え、剣を回転させて――
「え……?」
その動きが途中で不自然に止まる。
見れば白い光輪のバインドが刀身を覆い、その空間に固定していた。
「っ……ラウンドシールド」
双刃剣から手を放し、両手をかざして盾を作る。
過剰な魔力を込めて作り出した盾に襲撃者の剣が触れ、そのまま抵抗なく切り裂いた。
「なっ!?」
それには流石のセラも絶句する。
感じる魔力は微量。単純な魔力量の差で十分に防げる一撃だったにも関わらず、盾は何の役にも立たなかった。
これと似たものをセラは知っているが、そんなデタラメなことができる人間が二人いるとは想像していなかった。
盾を切り裂いた襲撃者はそのままセラとの距離を詰めて蹴り飛ばす。
「ぐぅ……」
バリアジャケットの存在を無視したかのような衝撃にセラは息を飲み、壁に叩きつけられた。
「く……あ……」
痛みに喘ぎ、呼吸を整えるわずかな時間で襲撃者は追撃に走る。
咄嗟に魔弾をばらまく。
襲撃者はその合間を縫う様に素通りし、身体を捻ったかと思うと凄まじい速度の刺突を放たれる。
かわす間もなく、剣はセラの腹部を捕え、貫通して壁に突き刺さる。
「くっ……この!」
灼熱感を伴う痛みに耐えながら、セラは手をかざし力任せに魔力を掻き集め砲撃を撃つ。
AMF状況下ではすぐに拡散してしまうが短距離砲としてなら効果はある。
襲撃者は素早くセラに刺さった剣を放棄して離脱し、その砲撃から逃げる。
「くっ……あ……」
その結果に歯噛みしながらも、すぐに刺さった剣を抜こうと手を伸ばしたセラは思わず固まった。
自身の血色の魔力光が霧散する向こうで白い光が広がっていた。
環状魔法陣を隔てて砲撃の準備を整えているのは三人目の襲撃者。
彼もまた先の二人と同じ様相で、個性というものをなくしている。
「――――」
ヘルメットの奥からくぐもった声が聞こえると同時にセラの視界は白い光で埋め尽くされた。
――防御しないと……
身体の痛みで集中が妨げられた上にAMFの状況下。さらに壁に縫い付けられて回避もできない。
そしてセラは両手をかざして目を見張った。
いつの間にか白色のバインドがセラの両手に巻き付いていた。
ストラグルバインドの亜種。動きを止めることを目的としたものではなく一瞬の魔法阻害を目的としたもの。
結果――
「あ……」
防御は間に合わず、セラは白い光の奔流に飲み込まれた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
目の前の光景になのはは自分の目をまず疑った。
三人の個性をなくした襲撃者。
彼らは一瞬でセラの武器を奪い、体勢を崩し、防御を失わせ、身動きさえも奪い、砲撃を命中させた。
やったことは単純だが、それ故に高度な連携だと理解する。
――でも、どうして魔法が使えるの?
セラの説明ではAMFという魔法のせいで魔力結合が解かれて魔法が使えないはず。
なのに、この場で魔法が使えなくなっているのは自分だけだった。
状況は完全になのはの理解の範疇を超えてしまい、思考が回らない。
「ちょっと、セラ生きてるの?」
アリサの呟きになのははハッと我に返る。
セラが追い込まれた壁は彼女ごと白い砲撃に飲まれて大きな穴を開けている。
殺傷設定の魔法がもたらした光景に背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
「セラちゃ――」
なのはが声を上げたその瞬間、襲撃者の三人が弾かれた様に同時に跳んだ。
白い魔力の霧の残光を切り裂き、人の頭ほどの大きさのコンクリートの塊が壁の穴からものすごいスピードで飛んで来て逆の壁に激突し粉々に砕ける。
次いで金色の残像を引いて飛び出した人影が襲撃者の一人を力任せに殴り、壁を貫通させて吹き飛ばす。
「目標を危険度Sと認定――これより殲滅を開始します」
セラが操る自動人形エレインが無感情、無表情のまま告げる。
一人がやられたことに動揺もせずに瞬時に襲撃者は反撃に転じる。
瞬く間に襲撃者たちは位置取りを整え、挟撃する形でエレインに斬りかかる。
エレインは両手を上げて、不可視の剣を受け止める。
しかし、襲撃者の動きはそこで止まらない。
左右の襲撃者は鏡映しのような動きで逆の剣を振り被る。
それが振り切られるより速くエレインは受け止めた剣を上に弾いてその場で回転する。
同時に放った回し蹴りで一人を引っかけてそれをもう一人に重ね、二人まとめて蹴り飛ばした。
グシャ!
彼らが壁に激突した瞬間に響いた生々しい音になのはは震えた。
だが、それになのはが固まっている間に事態は動く。
カンカンッと何処からともなく拳大の鉄球がエレインの足下に転がる。
そして強烈な閃光がなのはの視界を焼いた。
続いて聞こえたのは連続するカートリッジの炸裂音。
「アリサちゃん!」
隣りにいるはずのアリサを引き倒してなのははその場に伏せる。
「きゃあああっ!」
腕の中でアリサが悲鳴を上げる。
なのはも叫びそうになるのを必死で押し殺す。
すぐ近くで連続して弾ける魔弾の気配がとてつもなく怖い。
殺傷設定ということもあるが、それ以上に自分がバリアジャケットを纏っていないことが不安だった。
銃声が鳴りやむと今度は足音が重なって響く。
顔を上げてまだチラつく視界で見たのは二人の襲撃者の姿。
その手には長大なライフルの様なデバイスが握られており、おそらく彼らは先の三人とは別人なのだろう。
彼らは追うような動きでセラと共に破壊された穴に入って行ってしまった。
エレインの姿もすでにない。
「はあ……」
緊張した身体を弛緩させてなのはは息を吐く。立ち上がる気力は湧いてこない。
「もう何なのよ!」
苛立ちを混ぜて叫ぶアリサを見ることができずになのはは俯く。
「……ごめん」
「何であんたが謝ってるのよ?」
「だって……」
そこから先を言うのに抵抗があった。彼女が誘拐されたこと。それが自分たちに関わったからと思うとどうしても言えない。
「それは……その……」
言い淀んでいると建物が揺れた。
「ねえ……逃げた方がいいんじゃない?」
「そう……だね」
セラが戦っていることが気になるが、それを気にしていられる余裕はなのはにはなかった。
相変わらず魔法は構築した瞬間に解けてしまう。手の中にあるレイジングハートも別のもののように重い。
魔法が使えない、知らなかった時のことが遥か昔のように感じる。
――わたしは何が欲しかったんだろ?
無力な小さな手に悩み、得た力は一体何だったのか。
反発に兄姉を傷付け、怒りに任せて誰かを傷付けるそんな力が欲しかったわけじゃない。
なら、この手にした魔法の力はいったい何なのか、答えは分からない。
「ほら……行くわよ」
先に立ち上がって手を差し伸べるアリサをなのはは見上げる。
改めて見てもその姿は酷い有様だった。
服はボロボロ、顔には泣いた跡もあるし、良く見れば殴られた痣さえあった。
「どうしたのよ?」
数々の理不尽を受け、理解の及ばない状況に陥っても冷静で変わらない親友の姿になのはは思わず見惚れた。
差し出される手は自分と同じ小さな手。魔法の力なんてない無力な手のはずなのに自分のものよりも大きく感じた。
なのはが恐る恐るその手を取ると、アリサはその手を引き上げる。
立ち上がる気力はなかったはずなのに、なのはは立ち上がっていた。
「…………アリサちゃんはすごいね」
「はぁ? いきなり何言ってんのよ?」
思わず口に出た言葉にアリサはいぶかしむ。その言葉を説明するつもりはない。
おそらく今なのはが魔法を使えていたとしても彼女は手を差し伸べて、自分を立ち上がらせてくれていたと思う。
「何でもない……とにかく急いでここを出よう」
魔法を使えない以上この場に留まっているのは危険でしかない。
今もなお続く戦闘音に建物を震わせる衝撃。
戦闘の余波でこのビルが崩れる可能性だって0ではない。
「そうね……急いだ方が――」
「待てや、こら……」
不意になのはたちを呼び止める声が響いた。
地獄の底から響いて来たような低い声に心臓を掴まれた悪寒を感じ、なのはは振り返った。
「っ!?」
それを見た瞬間、悲鳴を上げそうになったのをなんとか自制する。
血走り、殺意と憤怒に彩られた目で睨まれ、身体が竦む。
「よくもコケにしてくれたな……」
その男の姿はアリサに劣らずにボロボロで、それをやったのはなのは自身。
「許さねえ……ぶっ殺してやる……てめえら全員、絶対にぶっ殺してやるっ!!」
感情に任せて叫ぶ傷だらけの男に先程まで感じなかった恐怖を受けてなのはは立ち尽くした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これは……」
廃ビルに踏み込んでソラは顔をしかめた。
「どうした?」
前を歩く恭也が足を止めて振り返る。
「ソラ君……?」
背後からは美由希が同じような声をかけてくる。
高町なのはとセラが飛び出して行ってから士郎が恭也と美由希を呼び戻し彼らと合流して件の廃ビルを訪れた。
市街の外れにあるためか周囲には人の気配はほとんどない。
人を誘拐して監禁するには丁度いい場所なのかもしれない。
もっとも今は魔導師にとっての鬼門の場所となっているようだった。
「二人は戻った方が良い」
「……それはどういう――」
ソラの言葉に恭也が言葉を返したところで轟音と共に建物が揺れる。
「今のは?」
「セラでも高町なのはのでもない魔力だった……どうやら相手は僕の関係者だったみたいだね」
感知した魔力の説明しながらソラは光剣を取り出してスイッチを入れる。
ブンッという音を立てて刃が形成されるが、その形はすぐに解け、消えてしまう。
「やっぱりAMFか……セラの方はともかく高町なのはの方は大丈夫かな?」
「ちょっと待ってくれソラ……いったい何がどうなっているんだ?」
「簡単なことだよ。アリサ・バニングスっていう子をさらったのは魔導師。
目的はたぶんこの場所に僕を誘き寄せるため。もしかしたら目的はセラの方かもしれないけどね」
光剣の設定をいじりながらソラは続ける。
「言っておいたはずだよね? 僕に関われば面倒なことになるって、それがこれだよ」
その一言に二人は押し黙る。
そこにかすかにだが連続した炸裂音。おそらく機関銃の音が響き渡った。
「…………まさか質量兵器まで持ち出して来てる?」
精確なことまでは判断できないが、相手の本気さだけは理解できる。
「そういうわけだからここから先は命の保障はできないから帰った方が良い……
誘拐された子と君たちの妹は僕がなんとかするから」
「そう言われて、引き下がれるわけないだろ」
ソラの言葉に恭也は即答で返す。
「あのね……そこらへんのチンピラと戦うのと違うんだよ?」
「そんなこと分かっている。だからこそ、なのはとアリサちゃんの二人が今どういう状況に陥っているのか教えてくれ」
「やだ……知ったら絶対に引き返さなくなる」
「ソラッ!」
恭也が胸倉を掴もうと手を伸ばすがソラはそれを一歩退いてかわす。
「君たちが魔導師と戦って勝てると思ってるの?
魔導師の攻撃力は一発で車だって軽々と吹き飛ばせるし、防御力は車に轢かれたって無傷で済むものなんだよ」
できるだけ分かりやすい例えを使いながら説得を試みる。
「……あのさ、ソラ君。もしかして今ここじゃあ魔法が使えなかったりする?」
さらにソラが言葉を重ねようとしたところで美由希が口を挟む。
「どうしてそう思うの?」
「だって今ソラ君の光剣が消えたから、もしかしてと思って」
内心で失敗したとソラは嘆きながら頷いた。
「そうだよ、今この周囲一帯はAMFっていう魔力結合を阻害する魔法の効果範囲になってるんだよ」
「おい! それじゃあ二人は大丈夫なのか!?」
恭也がここで指しているのは彼女の妹とセラのことと判断してソラは答える。
「一応、AMF下でも魔法を使う条件は二つくらいあるよ。だからセラの方は大丈夫だと思うけど……」
果たして何処か素人然に見える高町なのはがそれを知っているかどうか怪しいものを感じる。
ソラの沈黙に不安を大きくしてしまった恭也が会話を切り上げて踵を返して走り――
「待って、恭ちゃん!」
出そうとしたところで美由希に止められる。
「止めるな美由希。今こうしている間にもなのはが!」
「分かってる! でも、だからこそ冷静にならないと」
その光景にソラは思わず呆ける。
シスコンの対象が変わっただけの恭也はともかく、その兄にべったりだった美由希が強くはっきりと物を言えるように成長するとは、時間の流れを感じさせる。
「くっ……魔法が使えないなら相手も同じじゃないのか? 同じ土俵なら危険は少ないと思うが?」
美由希の言葉に自制を成功させた恭也が苛立ちを混じらせて尋ねる。
「いや、魔法を使えないのは僕たちだけ。
さっき言ったAMF下で魔法を使う条件の一つになるけど、それは特定周波数をデバイスに入れているかってところなんだよ」
AMF魔法は言って見れば、『魔力結合を解くための魔法』という矛盾を孕むもの。
しかし、より正確に表現するなら『自分以外の魔法の魔力結合を解く魔法』となる。
なのでAMFの魔法と同じ周波数の魔力に変換した魔力なら阻害されることなく魔法の行使が可能になる。
これも広域展開と同じで前準備さえ整えればできない技術ではない。
目の前の恭也が悔しげに歯を食いしばる。
そして美由希も同じような顔をするが質問を重ねる。
「なら、ソラ君はどうなの? ソラ君だって魔法は使えないんでしょ?」
「僕は魔法陣の段階でその魔法の性質を判断できる。でも君たちはそれができないでしょ?
それに『斬』と『徹』の仕方だって普通と違うから――」
「やはり、貴様はそうなんだな」
不意にかけられた知らない声にソラ達三人は弾かれた様に身構える。
大きめのホールの先、暗い闇の向こうから出て来たのはライダースーツのような形状のバリアジャケットを纏った優男。
身体にフィットした服から見える身体つきは魔導師とは思えない程に良く鍛えられている。
そして、殺意に満ちた目は彼が敵だと語っている。
「これは……」
男の鋭い眼光を受け止めながらソラは冷や汗が流れるのを感じる。
「おい……ソラ……こいつは……」
「分かってる」
目の前の男は強い。
魔導師とかそんなものは関係なしにただそれだけを肌で感じて判断する。
それは恭也と美由希も同じようで二人はすでに剣に手を添えている。
「……二人とも、これを」
ソラはおもむろに二つの光剣をそれぞれに差し出した。
「ソラ?」
「周波数の設定はした。術式はベルカタイプの実体剣になる。後は慣れて」
「おい、いったい何を言っているんだ!?」
「どうやら彼は君たちのことなんて眼中にないみたいだから……」
向けられた視線と殺気は完全に自分だけを向いている。
「だから、ここは僕に任せて君たちは先に行って」
この目の前の男を基準にするならば、セラも自分のことで手一杯になるはず。
もはや高町なのはとアリサ・バニングスの二人を気にかけている余裕はない。
「二人を見つけたらすぐに逃げること、間違っても正面から魔導師と戦おうなんて思わないでね」
「でも、これじゃあソラ君の武器は?」
「君たちの模擬刀じゃ丸腰も同じだよ。自分たちの心配を第一に考えること……
それに一応他の武器もあるし、そもそもこれは僕の厄介事だからね」
ほんの少し逡巡してから二人は光剣を受け取ってくれる。
「…………ソラ、一つ教えてくれ」
「何? できるだけ手短にしてよ」
「そのAMFというのはやはり魔法使いが作っているのか?」
「どうかな……魔導師でこの規模なら高ランクの魔導師を四人は集めないといけないから、機械でやっていると思う」
「…………そうか」
「……僕からも一つ良い?」
「何だ?」
「定番らしく、先に行けって言ってみたけど、どうだった?」
「お前…………随分と余裕だな」
「あはは……」
脱力した恭也の言葉と美由希が苦笑いをこぼす。
「結構真面目に言ってるんだけどな……」
「なお悪い」
「酷いなぁ……と無駄話はここまでっと」
「お前が言い出したんだろ!」
恭也の突っ込みを無視してソラはナイフを取り出す。
無駄口を叩いていた恭也も口をつぐんで集中力を高める。
「僕があいつに接触したらその間に二人は駆け抜けて、追撃は僕が潰すから」
細かい作戦は必要ない。
むしろ彼らが自分を信じてくれるかだけが気がかりだった。
彼らにとって初めての魔法戦。
彼らの常識では計れない力を前に全て任せて突っ込めという指示は無謀とも言える。
しかし、それ以上の作戦もありはしない。
「それじゃあ……行くよっ!」
その言葉を合図にソラは駆け出す。
停止から一気に全力疾走。
左手に銃を構えて乱射する。
すでに調整された魔弾は霧散することなく男に向かって走る。
「はぁ!」
男が取り出したのは鞘に覆われた一振りの刀。
柄には旧型のカートリッジシステムである印である引き金がついたアームドデバイス。
男はそれをその身体と対象的な素早い動作で振り、迫る魔弾を全て切り払う。
「ふっ……!」
その間に懐に飛び込んだソラはナイフを一閃する。
その一閃を男は一歩下がることで避け、間合いを取ると同時に刀を斬り上げる。
ソラはそれに対してさらに前進する。
振り切る前の腕に肘を当て斬撃を潰し、銃を男の身体に押し付け――たところで逆の手によって振り払われる。
ソラは身を屈め、ナイフを横薙ぎに払う。
男は跳んでそれを避けると全身を乗せた兜割りで刀を振り下ろす。
たまらず、ソラは後方に跳んでそれを避ける。
斬撃は床に一直線の斬痕を刻んだ。
「いいの? あの二人を素通りさせて……」
仕切り直しの状況でソラは軽口を叩く。
すでにその場に恭也と美由希の姿はない。
今のファーストアタックの合間に予定通り二人はこの場を駆け抜けてくれた。
「あんな原始人に興味はない。俺の目的は初めから貴様、唯一人だ」
管理外世界に対してのスラングを聞き流しつつ、ソラは嘆息する。
「そのために無関係な人を巻き込むなんて感心しないぁ」
「ふん……あれもお前に組みする悪だ。それを断罪することこそが俺の役目」
「何……だって?」
アリサ・バニングスをまるで自分の仲間だという物言いにソラは顔をしかめた。
それが高町家の人たちなら一応の納得はできるが、ソラはアリサとはまともに会話を交わしていない。
本命は間違いなく自分。その過程でアリサも殺す理由があるということなのだろう。
その理由までソラは推測することはできなかった。
「使え」
おもむろに男は二本の鞘付きの刀を顕現させたかと思うとそれをソラの前に放り出す。
「…………何のつもり?」
しかもそれは小太刀という用意周到さ。
「俺は貴様の存在を認めん」
聞き慣れた文句にソラは思考を切り替える。
「剣を取れ、貴様の全てを俺の剣で否定してやる」
――ああ、この手の馬鹿は久しぶりだ……
思わず場違いな感慨を感じてしまう。
十二年前、何故自分が狙われているのかさえ分かっていなかった頃から聞いていた言葉。
身に覚えのない罪を糾弾され、数え切れない程に存在していることを否定された。
あの頃はアオとヴォルケンリッターに守られていたが今は違う。
「ねえ……いいんだよね?」
胸に抑えきれない何かを感じながら二本の小太刀を拾う。
鞘を腰に差し、抜刀。細工の類がないのを確かめて納刀。
「実は僕……いろいろあって気が立っているんだよ」
アズサ・イチジョウを守れなかったこと。
フェイト・テスタロッサの腕を斬り落としてしまったこと。
過去の暴露に管理局からの奇襲。
そして、アオの真実。
今まで別のことに集中して誤魔化していた憤りを吐き出すように言葉を続ける。
「だからさ……八つ当たりさせてもらうよ」
――二人を先に行かせて本当に良かった……
こんな姿はあの二人には見せられない。
憂さ晴らしに剣を振るうことを彼らは認めないだろう。
「御託はいい……さっさと来い」
「……そう」
男の言葉にソラはそれ以上の何かを言うのをやめた。
代わりに構えを取って集中する。
「時空管理局――<執行者>ラント・クルーゼ。正義の名の下に貴様を断罪する」
ふと、その名前に聞き覚えがあるような気がしたが、該当する知り合いは思いつかない。
「勝手に言ってればいい……」
相手の名乗りに合わせて名乗ることをせず、ソラは強く床を蹴り男、ラントの間合いに入る。
彼の反応は速く、ソラの間合いに入る前に剣が振り下ろされる。
縦の斬撃を身体を捻って避け、それと連動して剣を横薙ぎに振る。
刃が届く直前に障壁が展開されるが、それは予測済み、『斬』で切り裂きラントの胸を裂く。
――浅い……
手応えに不満を感じ、息を吐かせないように追撃をしながらソラは笑った。
――身体が軽い、それに相手の動きがよく見える……
今まで感じたことのない解放感に昂揚する。
アオの真実を知って、もしかしたら剣を振るうことに身体が拒絶するかと危惧もしたがそんなことはまったくなかった。
むしろ逆にその剣は冴え渡る。
――本当に僕は『人でなし』だな……
御神の高みを目指していたのはアオへの贖罪だったから。
誰かを守ろうと思ったのは、その理念に憧れ、人とのつながりを求めていたから。
今、この戦いにその枷はない。
「はは……あはは……」
アオへの尊敬も贖罪もなく、御神に対しての憧憬でもない。
自分のためだけに気兼ねなく剣を振れる解放感に笑わずにはいられない。
強いと感じたはずのラントの動きが数秒先まで鮮明に把握できる。
「おおっ!」
気合いの入った声と共に振り払われる剣にソラは自分の剣を合わせる。
接触の直前、魔法として指向性を持ったエネルギーを意図的に別の方向に向かわせて、剣を合わせる。
そこで身体強化魔法にハッキングして強化バランスを崩し、魔力衝撃を流した方向に誘導し受け流す。
コンマ一秒にも満たない刹那の妨害を知覚されることはなく、相手はただ受け流されているとだけ感じる。
とても生身では受け切れない魔導師の、この場合は騎士の一撃をそうやっていなし反撃する。
「ぐあっ……」
峰を返した剣の一撃にラントが苦悶をもらす。
苦し紛れに振られる剣を容易く見切り、かわして、逸らし、弾き、返す刃、この場合は返す峰でさらに打ちのめす。
「そんな――」
左の脇腹を打ち――
「馬鹿な――」
右の脇腹を打つ――
「こんなはずはない! 俺が――」
袈裟斬りに打ち下ろし――
「俺の方が――」
柄尻で米神を叩き――
「俺こそがあの人の――」
それでもなお切り返してくる刃を身を屈めて避け、顎を剣を握った拳で勝ち上げて極める。
「が……は……」
大の字に仰向けに倒れるラントを前に、ソラは何とも言えない空しさを感じた。
「何をやってるんだろ……僕は……」
熱が冷めるように先程まで感じていた昂揚は一気に醒めてソラは自嘲する。
憂さ晴らしのつもりで戦ったはずなのにひどく気分が悪い。
「う……うう……」
呻くラントにソラは冷めた視線を送り、止め刺すために剣を突き付けて――やめた。
「早く恭也たちに追いつかないと……」
おそらくセラが戦っている音と震動にソラは意識を切り替えて踵を返す。
「……ま……て……まだ……だ」
その声にソラはゆっくりと振り返る。
全て打撃だったとはいえ急所に容赦なく当てたにも関わらず、ラントは剣を杖にして立ち上がる。
「タフだね……」
バリアジャケットの損傷はないが、『徹』による打撃が彼の身体を内側から打ちのめしている。
いくら鍛えられているからといっても耐えられる限界は当然存在する。
「うるさい……俺は……負けられない……貴様のような紛いものに……俺の剣が負けるはずがないっ!」
彼の気持ちも分からないでもない。
『執行者』なんて聞いたこともない役職だが、ソラの見立てでは実力はシグナムよりも上。
そもそも本当なら非魔導師が魔導師に正面から戦って勝てるわけはない。
それは物を投げれば落ちるというように、誰もが知っている決まり切った答えだった。
なまじ実力があるからこそソラに負けたことが認められない。
「俺が……この剣が正義なんだ……正義は必ず勝つんだっ!」
「おめでたいね……そんな夢物語を信じてるなんて」
ラントの妄信にソラは呆れる。
「黙れっ!」
叫ぶと同時にラントは左手をかざす。
そこに現れるのは右手に持つ剣と同じ形状の旧型カートリッジシステム式の刀型デバイス。
「なるほど……本当は二刀流だっていうことね」
そう呟いている内に、ラントは二つの引き金を引いてカートリッジを炸裂させる。
突然、増えた魔力量にソラは顔をしかめる。
それは二発のカートリッジを使ったにしては増加量が大き過ぎる。
「へー……そういう使い方があるんだ」
原理を推測しながらソラは感心する。
二発のカートリッジを同じタイミングで炸裂させることで、その魔力を干渉・共振させて増幅させた。
この場合、効果時間こそ一発分になるが、魔力の増幅値はおそらく乗算されているだろう。
そんな使い方はソラの知識の中にはない。
――ま、当たり前か……
ソラが知っているカートリッジ運用技術は古代ベルカのヴォルケンリッターが使っているもの。
技術の進歩と研鑽される技能。
時間が経てば当然それらは発展を遂げ、新たなものを作り出す。
停滞していた闇の書では決して見ることのない技術。
「いくぞっ……」
励起した魔力をまといラントが動く。
先程までとは比べ物にならない速さ。そして斬撃に込められた魔力もまた恐ろしい威力を秘めている。
それでも――
――見える……
相手の動きと周囲の魔力の流れを読み取ってソラはステップを踏む。
剣先が眼前をかすめ空を斬る。
その速度はリンカーデバイスを持った時のフェイトに迫るほどのものだが、その手のことはその時に学習している。
高速移動は脅威だが、術者の思考速度が上がっているわけではない。
むしろ速度が上がっているため、こちらの回避行動をすれば前の動作を瞬時に止められない分隙が生まれる。
そして、速度が上がれば細かな制御ができないためカウンターを狙いやすい。
――あれ?
ラントの上下左右斜めから来る斬撃と時折挟む突きを避けながらソラは違和感を感じた。
――どうして、こんなに分かる?
高速機動が読み易いのは当然としても、ラントの動きはそれを超えて分かり易かった。
初めこそ、解放感を伴う感覚の鋭敏化で気付かなかったが、それは明らかにおかしいレベルだった。
彼の行動の意図、呼吸の取り方、そして思考さえも読み取れる錯覚さえ感じてしまう。
――なんで?
罠かとも疑ったが、ラントの苛立ちが混じった必死な表情に否定する。
しかし、その答えを出すための思考は中断される。
ズンッ!
一際大きな震動と魔力の発生にソラは現状を思い出す。
――遊んでいる暇はない……
かわすだけの防戦をやめ、フェイントを重ねてラントの背後を取る。
「これで――終わりだ」
峰ではなく、刃を立てて繰り出す技は今までの斬撃の比ではない。
『雷徹』、二つの徹を重ねた御神の技の中でも高い攻撃力を持つ技であり、ソラが確実に扱える数少ない技の一つ。
手加減なしの一撃は確実に相手を死に至らしめるだろう。
「おおおお――」
それに対してラントは雄叫びを上げて振り返る。
視覚を振り切り、完全に見失ったはずなのに精確にソラの位置を把握していたかのようにすでに剣を振り被っている。
「え……?」
その構えに、ありえないものを見てソラの思考は止まった。
それでもソラの身体は何の問題もなく雷徹を放つ。
しかし、それは致命的なミスだった。
いくら阻害できるといってもソラが魔導師に真っ向勝負を挑むのは自殺行為でしかない。
本来ならすぐに雷徹を切り上げるべきだった。しかし、一瞬止まった思考のため、身体が勝手にしみ込ませた動きを始めてしまう。
そのソラの動きとラントの動きは鏡合わせの様に酷使していた。
いや、ラントのそれもまぎれもなく『雷徹』の構えだった。
「あ……」
ラントの動きが読める理由と聞き覚えのある名前の正体に気が付く。
それは――
二つの『雷徹』が激突する。
片や、膂力は足りないものの、完成された体術から放たれた技。
片や、粗削りな体捌きながらも、魔力で強化された技。
ソラの妨害を差し引いて拮抗する形になるが、ラントはさらなる行動を行う。
剣が激突する瞬間に引かれたカートリッジシステムの引き金。
膨大な魔力に瞬発的な指向性を持たせた一撃のためだけのカートリッジブロウ。
処理し切れない魔力の衝撃にソラが持つ剣は耐えられずに折れ、ラントの刃がソラに届いた。
白む意識の中でソラは思い出す。
ラント・クルーゼ。
その名前を聞いたのは十二年前。
かつてアオの特訓から逃げ出した、一つ前の兄弟子の名前だった。
捕捉説明
<広域AMF>
技術的にStsの十年前なので実用的な性能を持たせるとかなり大型の装置になり、携行はもちろんガジェットのように自律行動もできない。
複数の魔導師でも行うことができるが、他人の魔法に干渉させないような調整が必要なため高ランクの魔法になる。
そのため実用的ではない。
<執行者>
時空管理局の裏方。
表立って公表できない暗殺・諜報などを引き受ける、いわば汚れ役。
その存在は噂されてはいるが誰も確認した事がないため、管理局の中では七不思議の一つとして語られている。
<ソラの覚醒>
今まで後ろ向きな理由で剣を振っていた彼がアオの真実を知ったことで罪悪感を減らし、それによって解放された力。
剣を極める、御神の高みに至るなどの目標を見失っているが、それに殉ずる義務感や焦燥感が大き過ぎて今まで重荷になっていた。
具体的に何かが強くなったわけではなく、視野の広さが増し、集中力がさらに研ぎ澄まされた程度。
ある意味、親離れの一種となる成長。
あとがき
定番のアリサ暴行(未遂)事件を通して、酷評を受けたにも関わらずなのはにまた民間人?を攻撃させてしまいました。
話の展開上、御容赦ください。
この話の中で完全に巻き込まれただけの不良たちですが、AMF初体験のなのはにとっていろんな意味で最大の敵となります。
一応、次の話で今回のなのはの話を終わらせる予定です。
また、今まで優勢だったセラやソラたちのターンを終わらせて、今回は管理局のターンを意識しています。
ラントの使う剣は某八作目RPGの主人公及びそのライバルが使う定番のガンブレイドの機構をイメージしています。