「はぁ……」
今日も今日とて書類を片付けつつ、高町なのはは溜息をつく。
上がってくる報告は当然、『総合絶霊雄能力者管理局』の調査報告だ。
若き日、8年ほど前になのはが『病気』を発症してうっかり公開してしまった巨大な秘密組織の名前、その名も『総合絶霊雄能力者管理局』。今でも思い出すだけで悶絶モノの、中学生時代の恥ずかしい妄想の断片である。
誰しもに存在するとは言わない。持ってる人は持っている、そしておもむろに葬り焼き捨てる、そんな思い出にすぎない。思春期の頃にポエムのように思いついては、よく精神統一なんてしたものだ。そんなものも時が過ぎればただの笑い話へと昇華される
――だが断じて、これは14歳ごろに書き溜めたノートなどではない。真面目に存在して次元世界の平和というものを守っている、時空管理局の報告書だ。
だというのに思春期の少女の妄想単語がずらずらと並び、大真面目に考察が成されている。――しかもなまじそれらの手がかりと目される存在の尻尾がたまに捕まるのがタチが悪い。
今日もなのはは、『龍』だとかいう組織が何かに繋がっているだとか、アスレチック競技の大会で優秀な成績を修める日英ハーフの中学生が終業式の日に行方不明になっていただとか、それぞれ妙な曲解を経てすべてが『総合絶霊雄能力者管理局』に繋げられた三流ゴシップ誌のごとき内容の陰謀論を立場上、勤務時間中は読みつづけることになるのだ。
「なのはなのはー」
だだだだとキーボードをブラインドタッチで打ちつつ振り返ったのは、ブロンドの長髪を後ろに流した、透き通るような白い肌をした美人。
――とはいえ、その雰囲気は凛々しいとか美しいとかより先にかわいらしいなどという単語が囁かれそうだったが。
「頑張れ!」
びっ! と親指を立ててサムズアップ。
「アリシアちゃん、そんなあ……」
なのははへなへなと崩れ落ちた。
管理局の籍はフェイト・テスタロッサ。公称フェイト・テスタロッサ。でも親しくなった相手にはアリシア・テスタロッサと呼んでもらいたいという面倒な状態であるアリシア。
もともとフェイトというのは一種の厨二ネームだったのだが、一度死んで蘇った身なため、同じ名前を使うことは無用なトラブルを呼びこむことにしかならない。故に公式にはフェイト・テスタロッサとしているのだ。
厨二ネームとはいえ、自分で名付けたものではない上に一種の芸名のようなものだと認識しているため、アリシア自体はそこまでダメージを受けるような事態にはなっていない。
「まあまあ、まだまだ読まなきゃならない報告書はいっぱいあるんだからさ? お願いしますよ、対総合絶霊雄能力者管理局部隊アドバイザーの高町なのは一等空尉さん♪」
「うにゃあああああ! そんな立場投げ捨てたいよう!」
「またまたぁ、この就職氷河期に職を捨てるだなんてとんでもないよー? ほれほれ、諦めて次を読みんしゃい」
余裕と悪戯に満面の笑みを浮かべ、チェシャ猫のようになのはをいじり倒す。
管理局 第8発展途上魔法文明保持世界地球、日本支部での業務の内で最も重要な部分であることも事実であるため、実は正論でもある。叩いても埃は出ないとわかりきってはいても実際にヤバい連中は実在するのだからどうしようもない。
涙を飲んで書類に視線を戻すなのはの顔は、羞恥心と過去の自分への憎悪がミックスされて修羅になっていた。
「なのは、コレマジモノっぽい」
アリシアの顔が執務官のソレになる。ゴシップ誌がごとし報告書をしこたま洗い出すとたまに見えてくるソレは、実際に地球の平和を維持するために必要となってくるのだ。
今度は米国で行われる地下核実験についてかぎつけてきたらしい。なんでも、ただ核実験だというだけでも問題だというのに魔法的な制御の為された次元震誘発型だとかなんとか、一歩踏み込んだ感じにアウトなシロモノだとか。
かように地球駐在の管理局員はよく鼻が利き優秀なのである。ただどんな報告の後でも「以上より"機関"の関与が疑われる」で締められるのが玉に瑕だが。本人は大真面目らしいけれど。
精読し、そんな馬鹿げた技術を支援したパトロンについて、その件の金の流れについて追っていくと、一定以上は闇に隠れて消えてゆく。想像以上に危険な連中が地球にはたむろしているらしい。らしいのだが…………。
「こういう人たちがいるから、私の戯言をみんながいつまでも忘れてくれないんだよぅ……」
「まあまあ、なのは。これ放置してたら地球はもっと火種いっぱい夢いっぱいだったかも知れないんだしさ、元気だしなよ! なのはの妄想が地球を救ったんだよ!」
うぷぷぷぷ、とアリシアが腹部を抑えて痙攣する。他人ごとじゃないくせに心の棚が広い女であった。
もう知らないとばかりにぐてーっとへにゃけたまんまで、なのはは仕事を続ける。
そのまま処理し、背後に何かへの繋がりが見えるケースを洗い出しては確認、洗い出しては確認を繰り返していると、一通のメールが届いた。
差出人は親友、八神はやて。仕事用のメールアドレス。
受け取り先は高町なのは。これまた仕事用のメールアドレス。
資質面や騎士の活躍などによってのし上がり、今では自分の上司に当たる親友から仕事に関するメールが届くのは珍しい話ではない。
だから、いつもの通りの仕事メールだと思って開いた。
『時空管理局PR映画に出演が決まったで』
最初は何の冗談かと思った。
ただでさえセクハラと冗談が多いはやてのことだ、このメールもまた冗談の一種だろうと、一瞬誤認した。
『それも主演決定や。むしろなのはちゃんとアリシアちゃんの出会いをノンフィクションでやる……というか、15歳のときに出しとったノンフィクション(笑)小説をまんま映画化するとか』
でも、八神はやてはこういった仕事の関連に冗談は挟まない。
万一それでミスが起こっては惨事だし、冗談で済まなくなってしまうからだ。だから一線を越えることはない。
『広報部は最近の広告塔に困っとる。ここらで一回、エース・オブ・エースの盛り返しをして管理局の求心力の復活を行いたいみたいや』
だから、これはきっと確定事項なのだ。
『高町なのは、フェイト・テスタロッサの二名に告ぐ。"魔法少女リリカルなのは The movie 1st "に出演せよ』
管理局は半ば軍隊家業だ。上司の命令には逆らえない。
これが悪夢の再開の始まりだったんだと、なのははのちのち回想するのであった――。
高町なのはじゅうよんさい~The movie 1st~ 、始まってしまいます。
☆あとがき
Movie 1stをツタヤで借りました。なのはさんマジバケモノっす。