朝食にと"火刑へ架されし胚"と"受肉聖体"を腹に詰め込み、平然と日常を満喫する愚昧な親兄妹どもへ冷たい視線を送りながら、何事も起こさず家を出る。
今日も万事こともなし。微温湯のように暖かく、胎内のように閉塞された幸福な生活を楽しめる、ただ其れだけの権利。
そう、結局は全て擬態。人並みに抑えた身体能力も、にこやかな笑みも、全ては虚構であった。
しかし仮面も貫き通せば素顔となる。"昼"の高町なのはは現在の日常に満足し、次第にあの過去も、力も忘れ去ろうとしていた……。
――だが、何故だろうか。
何かが足りない。何も不足など無い、無い筈なのだ。しかし満たされぬ。
腹の底から沸いてくる、全てを破壊する飢餓の衝動が暴発しようと体内でうなり、荒れ狂い――。
「オ、オハヨウ、ナノハ」
終には爆発しそうになったその時、鮮烈な朱の気配を纏った少女が目の前に現れた。
並行し、荒ぶるその御霊がしっとりと冷え固まり、凪いでゆく。
――そう。全ての荒ぶる力を鎮める万色の霊力、それこそがアリサ・バニングスの異能。
彼女がいなければなのははとうにその擬態を破り、暴走。破壊の権化としての本性を露にしていたことだろう。
「おはよう、なのはちゃん」
ふんわりと笑いかけてくるのは月村すずか。血塗られた歴史を持つ影の帝王こと夜の一族に連なる"黒姫"の一人である。
「オハヨウ、アアアアリサチャン、ススススズカチャン――明日ハ未ダ来ズ、ダネ」
「ウ、ウン、ナノハ」
そう、異常な人員――。
虚構の関係――。
けれど、それが構成する確かな平穏――。
これが、高町なのはの確かなる日常なのであった。
「カァァァァァット!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「高町さん、バニングスさん、何やってんの!」
『すみません!』
監督の檄が飛んだ。
そりゃあそうだ。なんか動きはギクシャクしてるし、台詞も棒読みというかもっとひどくて油を差してないブリキみたいな声だった。
適当な大根役者を連れてきたってもうちょっとマシな演技をするだろう。そもそも演技を恥じる時点で役者として成立してもいなかった。
「まあねえ、監督である私自身も、ある程度このような事態を想定して出演料を出し、キミたちには参加してもらった。けれど仕事として、本気で打ち込んでもらいたい訳だよ」
でっぷん、と腹を揺らして監督が唸った。正論である。あまりにも酷な正論である。正論は時に人を傷つける、というか傷をスコップで掘り返していた。
ぐりぐりと古傷をえぐられながら二人はぐうの音も出ずに黙り込んでいた。
『あんた、なんてもの持ちだしてくれてるのよ! 映画撮るっていうか黒歴史発掘会じゃない!』
『私だって嫌だったんだよぅ! こんな昔のものが今更出てくるなんて想像できるわけないでしょう!?』
『だあああああ! それでも火種を作ったのは過去のなのはじゃない、結局あんたのせいよ!』
『でも設定自体はアリサちゃんが昔自分で言ったものじゃない! 全部私に押し付けないでぇぇぇ!』
念話でもないのに目線で言い争えるあたりまことに深い親友関係を築いていたようである。もっとも醜い争いに発展してぐだぐだになっているところまで含めて仲が良い。
すずかはそんな二人を遠くから眺めていた。発症経験が薄い彼女にとっては微笑ましいやりとりでしかなく、昔を思い出してほっこりしていた。いやあ、あの頃はアリサちゃんが毎日のように悶えていて可愛かった……。少々危ない人である。
「それにしても、本当にこの頃の私は……」
「いやいやいや、平気だって母さん! 私もちょぴっと混乱してアレなことばっかしてたしさ!」
「そうだよプレシア! あの頃は気付くほどの余裕なかったけど、なんだかんだ言ってアリシアもアリシアでビミョーに鞭で打たれたりするの楽しんでたしさ!」
「……さすがにそれはどうかと思うわよ。母さんどこで育て方を間違ったのかしら」
一方、まだまだお役目のシーンではないテスタロッサ家は談笑していた。普段は治療と観察処分でそれどころではないプレシアがいる分、賑やかさは拍車をかけている。
「プレシア、人口暴走体の整備が終わりました」
「ありがとう、リニス。大道具さんへは?」
「報告済みです」
山猫の使い魔リニスにも仕事はちゃんと割り振られている。プレシアから再び渡された技術力と健康そのものな肉体を駆使して、プレシアの設計した演習用エネミー(代用暴走体)の調整を行う役だ。
プレシアは大威力の魔法を撮影で使うために体力を温存している。休むのが仕事というか休まないと仕事ができないのだ。流石に重病で気合だけで動いていたような患者が5年で完治するわけがなかった。
「それにしても、私たちが最もすれ違っていた頃を台本にされるのは辛いものがありますね……」
「そうだねぇ……、使い魔だしアリシアの気持ちも伝わってくるから、実はあたしはあんまり心配しちゃいなかったんだけどねー」
リニスが伏し目がちに呟いた。だがフェイトの使い魔であったアルフは楽観視していた。というかお気楽というか浸ってるのが伝わってきて余裕でしたありがとうございます。
「いやあ、母さんの鞭ってあんまり力入ってなかったりして気持ちいいし、雷の魔法ってピリピリしてイイんだよね」
「こらアリシア、それは変態の発言よ」
私が悪いからあんまり強く言えないけど、と頬に手を当て困った。思えば夫もややMだった。まったくあの人は、ろくな部分を遺伝させないんだからと憤る。もっとも露出が強かったりする服のセンスの遺伝元はプレシアであるためあんまり人のことを言えないのはご愛嬌。
「なつかしなつかしー。ホラホラ、ここの台本の『貴方のことが大っキライだったのよ!』とか」
「いやぁぁぁぁぁぁ! そんな所って!?」
親友だろうが母親だろうが、構わずに黒歴史を掘り起こしてニヨニヨするのはアリシアの性分だ。
「今考えるとプレシアは地味に優しかったしねぇー。アリシアが作った料理とかマズイマズイ言いながら必ず食べに来たりだとか」
「プレシアはあの頃、余裕のなさとアリシアお嬢様に焦がれる気持ちを抑えることが相まっていたようですから」
使い魔たちは肉をもぐもぐとかじりながら茶飲み話。アルフもリニスも好物は肉だ。肉食系ケモノ娘二人は、スコーンでも頬張るようなノリで軽々と肉を食らう。野生だ。
最近はペディグリーチャムに凝っていたのだが、流石に外聞が悪いので外では控えているそんな切ない今日この頃。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
『この声が聞こえる方……お願いです、力を貸してください……!』
情報風蝕――そう呼ばれた技術が唸る。
既に"絶魔"の発する歪んだ絶雄霊波は捉えた。この程度、紅塵の敵ではない"高町なのは"としての皮を脱ぎ捨てれば、瞬殺だ。
久々の血の薫り――芳しき闘争の気配に、黄金に寄せられる龍のようになのはは抗うことが出来なかった。
代々伝わる伝説の歩法――旋足によって残像を生み出しつつ走り抜け、瞬く間に現場へと駆けつけた。
――ひどく矮小な絶魔だ。
"執行者"ならば視線を向けた瞬間にはその闇気によって消えさってしまうような、そんな気配。この程度の相手に勝負を挑み、逃走に専念している精霊を助ける気などさらさらない。しかしリハビリにこの程度喰えずして、"執行者"を討滅など夢の又夢だ。
「天を……穿て――!」
――ならば今、一蹴出来ずになんとする!
制波紋章も持たず、彼女は二指を突き出した。――同時に心臓に仕込まれた"龍紋珠"を瞬時に励起、開放する。
破壊の力と化した絶雄霊波が魔弾となりて、絶魔を吹き飛ばした。
「っ!? 魔導師!」
精霊――ユーノは驚愕した。
この世界、第97管理外世界には現地魔法文明は無かった筈。ならば現地に逗留していた魔導師か? ――否、管理局にそのような届けはない。最も高いのは不法滞在者である可能性だ。
不法滞在者だとしたらその目的は何か。決まっている、ジュエルシードの入手だ。
「違うよ――」
そう言って少女は不敵に唇を釣り上げた。掌を暴走体へかざし、そのまま魔力を一点に集中する。
「"紅塵"――失われし破滅の刃だよ」
――遅い。その収束はあまりに遅すぎた。
だがこれが現在の"高町なのは"の限界値でもあった。あの暴走以来、すっかり牙を抜かれ堕落し切った己に嘲笑すら浮かんでいた。
「神を――殺せ――ッ!」
絶雄霊波の渦が"絶魔"を飲み込み、天へと吹き飛ばした。圧倒的――あまりに圧倒的。
「そんな……デバイスなしで魔力砲だって? 魔法の才能だなんて領域を越えている!」
ユーノは唯々己の感覚を疑った。こんな力、ミッドチルダでも滅多に見られたものではない。管理局の中でもエリートコースと見られるAAランク程度の砲撃魔法を無手で放ったのだ。
……それほどの威力の砲撃を放ちながらも、彼女は不満気に掌を見つめて鼻を鳴らしていたが。
そう、彼女は気づいていたのだ、上空に吹き飛ばされたあの"絶魔"が分裂し逃走に移ったことに。
「これで全て終わらせてあげる――煉獄の前に、桜花の如く散りたまえ!」
なのはの掲げた左掌に、桜色の絶雄霊波が吹きずさび、徐々に圧縮されてゆく。
激流の如き魔力の渦が次第に整列し、無差別に破壊をばら撒く魔神の憤怒ではなく秩序立ち計略持って射ちかかる狩人の砲へと変わる頃にはもう、ユーノの視界から外れるほどの距離へと暴走体は外れていた。
――だが、近い。
「聖を滅す終焉の灼光――、神を殺せ――!」
終焉を齎す光の渦が、3本に別れて絶魔を飲み込み――励起魔力を吹き飛ばし、刹那の内に封印を完遂させた。
「紅塵……」
ユーノは寒気すら覚える。助けを呼び、少女が応えた。しかし、本当にそれで良かったのだろうか?
眠れる――封印されし魔獣を呼び起こしてしまったのではないか?
そのような不安を覚えずにはいられなかった……。
「はい、カーット!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「リニス、OKが出たからフォーム2への換装、急ぎなさい!」
「はいプレシア!」
擬似ジュエルシードモンスターは換装型だ。ド迫力の魔法戦に対応するためにコアプログラムとリアクタ、ディフェンススキンの切り替えによって12の形態に変形できる。
テスタロッサ家の休憩は終わりだ。次の戦闘シーンに備えて演習モンスターの整備と、あとアリシアは変身魔法で14歳当時に外見を整える。
一方、現在演じていた側は変身魔法を解かないまままったりと休憩に入っていた。
「ふぅ、なんかスッキリしたよ……」
「お疲れ様、なのは。……いろいろな意味で」
と言うかなのはは砲撃をぶっぱなしてご満悦だった。
レイジングハートと一緒ではなかったが、準備段階から溜まりに溜まったストレスをぬぐい去るには十分なものだった。ストレスが溜まったらスポーツで発散♪ 実に健康的である。中身は野蛮人だが。
「ところで僕、初戦ってレイジングハート渡してたよね? どうしてデバイスなしでここまでやったの? 明らかに無理だと思うんだけど……」
亜麻色の髪に眼鏡の中性的な美男子、ユーノ・スクライア無限書庫司書官が素朴な疑問を挙げた。
というか彼の知る限り、初期のなのはのアレさは全部狂言だったのでそんなことができるはずがない。
「にゃはは……。なんでも監督が言うには、私が最初から強かったことを印象づけるためにやったんだって」
手をにぎにぎ開いて閉じて、レイジングハート抜きで魔法を使った心地良い疲れを堪能する。ストレッチした後にも似た爽快感を楽しみながらゆるゆると答えるなのはに、ユーノは嘆息した。
(いったん魔法戦になったりすると、興奮で叫ぶし夢中で戦っちゃうんだよね。こういうところが勘違いを助長してるのに……)
腕っ節は強くとも脳筋な彼女のそんな考え無しなダメダメポイントが、フェレット司書官の保護欲と男心を刺激して止まない。
でも出会いが出会いなのでいまいち踏み込めない。
司書官の恋がぐだぐだ長引くのは、割と大部分はなのはのせいなのであった……。
☆あとがき
この作品を書く上で一番時間のかかる工程は1年半前に書いた部分から設定と用語を拾い集める作業です。
過去の私よ、何故設定資料集を作らなかった。そりゃHPゼロだったからに決まってる。そりゃそっか、ゴメンナサイ。