フェイトの退院祝いはリストバンドになった。
無難な選択肢にほっとする。
幾ら治療という名目は有っても余り目立つものは付けていられない。
その点フェイトが選んだのはシックな黒のバンドで、デザインもシンプルだ。
何より肌にフィットして邪魔にならない。
――さて、指輪だが当然ひと悶着あった。
後藤 龍野、退院。
……退院しようとしたんです。
余生におけるある世界との付き合い方 第七話
「ありがとう、大切にする」
「う、うん!」
二回目の箱から出てきたリストバンドに頬を緩める。
フェイトらしい選択だ。体にフィットして、色は黒。
これだけ言うとまるでフェイトのバリアジャケットの説明のようである。
そういうものを好んでいるということなのだろう。
受け取ってもらえて嬉しそうなフェイトの頭を撫でる。
ふにゃと更に緩んだ表情が可愛かった。
「よかったやん、フェイトちゃん」
「今度は受け取ってもらえたわね」
二人の様子を見守っていたはやてとアリサから声がかかる。
フェイトを見る顔は微笑ましい。
その視線が龍野へと動いた瞬間に中身が変わる。
「それで、左手薬指に指輪貰った感想は?」
からかいの声が病室に響く。
ピクリとベッドの左隣-フェイトの定位置だ-に座る少女の肩が跳ねる。
この姿が見たくてアリサは言っているのだから性質が悪い。
―分からなくはないが。
天然で素直なフェイトを弄りたくなるのは分かる。
見ていて楽しいのも同意する。
だが自分の身にその一端が関わるとなると話は別だ。
弄りすぎて泣かれたりしたら冷や汗ものである。
「アリサ、しつこい」
明日退院という日、最後のお見舞いとばかりに全員が来た。
フェイトが龍野に指輪をあげようとしたという格好のネタを引っさげて。
そのせいで龍野はさっきから針の筵の気分だ。
ニヤニヤ笑うアリサとはやてに龍野は溜息を吐いた。
「だって気になるじゃない」
「そやな」
アリサとはやては右側に座っている。
丁度龍野を挟んでフェイトとは対面に当たる位置だ。
親友の表情が丸見えの好ポジションに陣取ったのか、たまたまなのかは分からない。
だが龍野を挟んで言葉がやりとりされる状況に代わりはない。
つまり巻き込まれることは必至なのだ。
指輪を受け取ってもらえなかったフェイトは今度はきちんと友人に相談をしたらしい。
左手薬指の理由よりも、とりあえず龍野にプレゼントしたい気持ちが逸ったのだろう。
プレゼント断られたんだけど何をあげればいいかな?と悩む姿が目に浮かぶ。
そうなれば仲の良い五人の事だ。
何をあげようとして断られたかから根堀葉堀聞きつくしたのは間違いない。
身内に甘いフェイトの性格を考えれば拒む事は出来ないだろう。
「あ、あの、た、たつのっ」
わたわたとフェイトは僅かに赤い顔をして落ち着かない。
左手薬指の理由を聞いたからだ。知らなかったにしてもプロポーズまがいのことをしたのである。
彼女の性格を考えれば恥ずかしがるのは予想できる。
今日この病室に来てから噛まずにフェイトが話せたことは一度もない。
赤い顔は心臓に悪い。フェイトは慌てて行動すると何かやらかす。
そしてそれが可愛いのだから、どうしようもない。
「落ち着いて、フェイト」
「で、で、でもっ」
優しく声を掛ける。気にしていないことのアピールだ。
からかいに反応してはこの話は何時までも収まらない。
そういう姿が見たくてアリサ達は言葉を紡いでいるのだから。
「へー…ふーん…」
そして、何より怖いのはフェイトの隣にいる幼馴染の存在だ。
前にも聞いた言葉であるのに伝わる緊迫感は前の比ではない。
じっと龍野を見る目には何とも言えない感情が渦巻いている。
いつもよりアラートが激しく鳴っている気さえした。
―絶対、なのはの方が貰ってるって。
フェイトからのプレゼントに嫉妬するのは甚だお門違いだ。
なのはの方がフェイトから貰ったもの、またあげたものも多いだろう。
プレゼントの中身が指輪というのは少し問題かもしれないが、フェイトは知らなかったのだ。
こればかりは仕方ない。
龍野は勘違いをしている。
なのはは別にフェイトからプレゼントを貰った龍野がうらやましいのではない。
そんなこと今まで何回もしている。
なのはがうらやましい、というより焦っていたのはフェイトが龍野に近づいていることである。
龍野が近づくのを許していること、とも言い換えられる。
なのはが長い時間をかけて縮めた距離をフェイトはこの一ヶ月で同じくらいにしてしまった。
事故に遭う前の龍野はなのはと関わるのを嫌がった。
遊びに誘っても断られることが多かったし-当然、フェイトやはやてもいるからなのだが-学校でもなのはのところに来ることはなかった。
なのはが行けば受け止めてくれるが龍野から何かをしてくれることは数少ないのだ。
―なんか、ずるいの。
その龍野がフェイトには気安い。
プレゼントも内容に問題がなければ貰うようだし、なのはにフェイトの様子を聞くこともある。
確かな変化。それも急速なもの。
なのはが龍野を見つめる理由はそれであった。
「なのは?」
これには当然理由がある。龍野はもう諦めたのだ。
なのはが龍野に懐いているのは小学校に入学して直ぐからだ。
まだ危険が一つも去っていない時期である。
この時からなのはと仲良くしていては魔法関係に巻き込まれる可能性が非常に高いと龍野は考えた。
だから悪いとは思いながらも関わらなかった。
だが今はどうだろう。アニメの時期は過ぎ、仮とはいえ安息の時間だ。
何より事故のせいで龍野はフェイトに関わってしまった。
しかもこれからも付き合いがあるのは間違いないだろう。
それにより龍野は関わらないことを諦めた。
「何でもない」
なのはが顔を逸らす。
龍野はその姿に苦笑する。
拗ねているのが丸分かりの声音だった。
その隣ではフェイトが心配そうになのはを見ていて、どちらにフェイトの心があるかなど考えるまでもない。
―フェイトの始まりはなのはだろうに。
心配する必要性など元から皆無なのだ。
龍野は勘違いしたままの思考で、自分の考えを完結させた。
「大変だね、龍野ちゃん」
「ありがとう」
ニヤニヤが止まらない級友二人に、あわあわしているフェイト。
そして未来の魔王様は今はとても可愛らしく拗ねた顔を見せている。
唯一何も言わず、何も変わらないすずかだけが救いだった。
****
「ま、とりあえず退院おめでとな」
何とか場を納めて、今病室にいるのは龍野とはやてだけになっていた。
なのはとフェイトが飲み物を買いに行き、アリサとすずかは家の用事で帰宅した。
この病院の売店は少し離れた場所にあるからしばらくは帰ってこないだろう。
「ありがとう」
はやてと二人きりというのは実に珍しい。
なのはと二人だったり、フェイトと二人だったりするのは良くある。
元より付き合いのあった幼なじみと事故の当事者であるのだからそれは当然だ。
ただ残りのもう一人の魔法少女、はやてとは繋がりがなくてなのはたち一緒にお見舞いに来たときくらいしか話はしない。
「フェイトちゃんとなのはちゃんは明日も来るって言うてたから、覚悟しとき」
「あー、うん。わかった」
薄々そんな予感はしていた。
今日の状況から少しでも好転していれば良いかと前向きに考える。
何故来るとか、一人でも大丈夫とかはあの二人の前では言わない方が無難な言葉である。
ドモリすぎて会話がまともに出来ないフェイトに、拗ねているなのはなんて手に負えない。
フェイトにいたっては視線も合わせてくれなくて少し傷ついたのは秘密である。
「なぁ、一つ聞いてええ?」
「うん」
窓の外からはもう黒に大分近づいた空が見えた。
幾ら魔法が使えると言って暗がりよりは明るいうちに帰った方がよい。
ましてや地球では充分に子供として扱われる年なのだから。
ぼんやりとそんな事を思う。
入院は部屋で一人の時間が長くて気が滅入ってしまう。
病院の閉鎖的で衰退的な雰囲気に影響を受けているのかもしれない。
「なんで、助けたん?」
二人しかいない空間にはやての声が響く。
凛とした声ははっきりと龍野の耳に届いた。
「なのはちゃんは良く行っとったけど、龍野ちゃんから来たことは一度もないやろ」
はやての言葉に少し驚く。
避けていたことは誰にも気づかれていないと思っていた。
龍野とはやてたちは元々生活圏の重ならない人間なのだ。
避けていると確定するのは難しいはずだ。
「別に避けてたのを責めてるんやない」
動きを止めた龍野にはやてが表情を動かさないで告げる。
大人のような表情だった。聞きたい事があって病室に残ったのだと龍野は合点いく。
それと同時にはやてに対する感心が胸を覆った。
知りたいことのために必要な事を行うのは言うほど簡単ではない。
しかもそれを自然に行えるのは中々技術の要る事である。
「ただ純粋に不思議なだけや」
苦笑する。
さすがに何年か後に自分の部隊を持つだけはある。
はやての観察眼はとても鋭い。そして言い方も心得ている。
中学生くらいの子供に話をさせるなら怖がらせてはいけない。
子供に話をさせるには仲良くなった方が早い。仲間意識というのが特に強い時期である為だ。
仲間と認識させてしまえば口は軽くなる。
今の龍野-外見だけなら-にあった方法である。
「よく、見てる」
「周りが見ないで突っ走る人ばっかなせいや」
はやては肩を竦めた。
確かになのはもフェイトも頑固な所がある。
少し考える。病室に沈黙が漂った。
フェイトを助けた理由、それは龍野にもまだ分からない。
「分からない」
「そうやの?」
はやてが何を聞きたいのか判断できなかった。
裏がないのを確かめたいのだろうか、などと思った自分に龍野は少し幻滅した。
達信としての記憶は人間に対して僅かに疑い深くさせる。
なのはやフェイトのように素直に受け止めるのは難しい。
そう考えると龍野ははやてとの方が性格的には似ているのかもしれない。
「体が勝手に動いた」
分からない事の説明はできない。
龍野ははやてに正直にあの時の感情を吐露する。
はやてはじっと龍野の顔を見て、一拍置いてから再び尋ねる。
「後悔はしてへんの?左腕、動かないんやで」
「問題ない」
自分の身体が動かない感覚をはやては知っている。長年付き合った感覚でもある。
――問題は確かにないかもしれない。
ただ、ままならない身体がもどかしい。助けられないといけない自分が悔しい。
そういった葛藤が確かにあったのもはやては確り覚えていた。
「それに」
言いかけて龍野は少し悩む。
これを言うのはとても身勝手な事のような気がした。
はやての視線が動く。目と目がかち合って、一瞬何かが繋がった。
「それにフェイトには笑って欲しい」
「なんや、それ」
―どんな口説き文句や。
はやては何とも言えない感情を抱く。
歪に笑顔ともいえない形に口角が上がる。
はやてがここに残ったのは龍野の予想通り、裏がないのを確かめるためと言っても良い。
龍野という少女は何処か周囲との関係が希薄だった。
何かをしていても、根本はただ見ているだけ。
傍観者のような立ち位置を基本としているようにはやてには思えた。
特になのは、フェイト、はやてにそれは顕著に現れる。
最近は大分和らいだがはやてが転入したばかりの時など壁があるようにさえ見えた。
極端に言ってしまえば龍野の目の前で事故が起きても見殺しにするだろう、というのがはやての意見だった。
そんな少女がフェイトを助けた。
はやてにしてみれば驚き以外の何者でもない。
何かあるのではないかと考えてしまったのも自然だろう。
「フェイトは君たちといると凄く綺麗に笑う」
「知っとるよ」
龍野の言葉に頷く。
フェイトの笑顔は一ヶ月そこそこの付き合いの龍野より、はやての方が多く向けられている。
その笑顔がとても綺麗なのは龍野に言われるまでもない。
「だから…だと思う。ごめん、私にも分からない」
僅かに眉を顰めて龍野が言った。
はやてはその言葉に嘘がないのを感じ取る。
つまり、龍野がフェイトが助けたのは笑顔が見たかったらになる。
裏など何もない純粋な気持ちだ。
「まぁ、ええわ」
そこまで考えてはやては材料が足りない事に気づく。
判断するには何もかも足りていなかった。
ここ一ヶ月で前より龍野のことを知ったつもりだった。
今日話を聞くことで充分にはならなくても、不足ない情報が得られると判断していた。
だが龍野から聞けた情報ははやてにとって予想外過ぎて、状況が変わったのを知る。
―これからもっと知ればええ。
足りないならば、足すまでだ。
そしてその結果判断しても何も遅くはない。
はやての中で後藤 龍野という人物の観察が決定される。
「そうしてくれると助かる」
龍野は胸を撫で下ろす。
自分の中でもまだ整理はついていない――というより付ける必要性を感じていない。
助けた事実に対応するのに精一杯なのだ。
これから何が起こるか、どう危険が龍野自身に関わってくるか、それらを考えなければならない。
はやてに答えられる何かを龍野は持っていなかった。
「これからよろしくな、龍野ちゃん」
「……こちらこそ」
ちり、と肌が焼ける感覚が増す。
警報を思いっきり踏んだ様だが後の祭りである。
危険――それは知る手段があれば何処にでも何時でも存在しているらしい。
龍野に生まれ変わってから、小学校に入学してから毎日のように思い知る現実に溜息を吐く。
外では夏の暑さを示すかのように蝉が鳴いていた。
第七話 end
はやての口調が分からん。
とりあえず、エンカウント。
龍野とはやては似ている人間だと書いてて思う今日この頃。
感想・誤字報告・指摘、感謝する。
バグッたようで対処法を探してみた。
結果、対処法=追投稿ということでこれで下がってくれと祈る。
更新を期待させてしまった人もいるようなので、お詫びにもう一話乗せる。
いつもより更に駆け足なため可笑しい箇所もあるかもしれん。
では。