リハビリも大分進んだ。
左手は相変わらずだが、他の部分は生活に支障の無いくらいに戻っている。
退院の日程も大体が決まった。やはり学校への復帰は夏休み前になりそうだ。
いっその事休みたいのだがそうも言っていられない。
後藤 龍野、退院間近。
フェイトに懐かれすぎて大変です。
余生におけるある世界との付き合い方 第六話
龍野の退院が決まった。
それだけでフェイトは嬉しくなる。
目覚めてから龍野の回復は素晴らしかった。
元々傷の治りの早さに医師もなのはたちも驚いてはいたが、起きてからの回復は更に拍車が掛かっている。
それでも左腕が動く気配は少しもなくて、”絶望的”という言葉がよく分かる。
“左手は残念だけど……”
“はい、分かってます”
あの日の事が蘇る。
龍野がずっと意識の無かった龍野が起きた日。
左手が動かないと知った日。
フェイトの中に罪悪感という暗くて重いものが圧し掛かった日。
あれからフェイトは出来る限り龍野の側にいた。
龍野のためと言いながら、それだけと言い切る自信はない。
――自分のせいで人が死ぬのを見るのは初めてだった。
執務官になってからも、なる前もある程度無理をした自覚はある。
だが人の死というものはいつも慣れない。
特に自分が原因で人が死ぬ-しかも魔法関係以外で-経験はしたことがない。
血がたくさん出ていた。
少女の軽い体は容易く吹き飛ばされて、熱を失う。
肌から色が抜けていくのがはっきりと分かった。
絶望とも、喪失感とも違う。
―何かが壊れていく感覚と何かを壊してしまった感覚。
あんな想いはもうしたくない。
思い出した情景を振り切るようにフェイトは軽く頭を振る。
今は明るい話題があるのだ。そちらを進める方が良い。
暗い影から逃げるようにフェイトは頭を切り替える。
冷たくなった手を握り締める。
「何かできないかな」
退院祝いではないが、何かしてあげたい。
左腕麻痺なんて一生の傷を作ってしまったのだ。
ミッドチルダに行けば治るかもしれないが、魔法を知らない彼女に言えるわけも無い。
龍野は静かな少女だった。
今まで話した事は少ないが起きてからの印象はそれに尽きる。
歳より大人びていて、フェイトを責める様なことも一度も言わない。
当たり前のようにリハビリをこなし、当たり前のようにお礼を言う。
そこにフェイトが入る隙間はなかった。
一度尋ねた家に人気がなかったのも関係しているかもしれない。
だが龍野のことを知らないフェイトは何も聞けなかった。
優しい微笑を見る度にフェイトは思うのだ。
―ごめんなさい。貴女の左腕はわたしのせいです。
―ありがとう。こんなわたしにお礼を言ってくれて。
背反する二つの気持ち。
龍野に感謝しながら同時に負い目ができてしまう。
いっそ思い切りなじってくれた方がフェイトは納得できたのかもしれない。
しかし龍野の性格を知ってからそんな事が起こる可能性は低いのは分かっていた。
”龍野ちゃんはね、優しいの”
―そうだね、なのは。たつのは優しいよ。
何時かなのはが言っていた言葉にフェイトは心の中で返事をする。
龍野は優しい。
ただ甘いだけの優しさではなく厳しさも含んだ優しさ。
それはフェイトにとても心地よくて、同時に少し辛かった。
****
「あの、これ」
病室で問題を解いている龍野に声がかかる。
最早日常のようにフェイトがいることに違和感はない。
それに呆れればいいのか、項垂れればいいのか分からなかったが嫌なわけではないので放置する。
問題とは余りにも暇なのでなのは達に持ってきて貰った勉強道具である。
幾ら前世で一度修学した内容とはいえ使わなければ忘れている。
これを機に思い出そうと龍野は思い至ったわけだ。
―まだいける。
寝ている間に進んだ範囲は中々に量があったが、絶望的なレベルではない。
暇つぶしに知識を頭に詰め込むのは思ったより楽しいことだった。
「どうした?」
今日は入ってきたときから様子がおかしい気はした。
そわそわというか、もじもじというか、落ち着かない雰囲気だったのだ。
フェイトの掌の上には小さな箱が一つある。
プレゼントだとありあり分かるそれを龍野はとりあえず受け取った。
「先生に左手の回復には微弱でも良いから継続的な刺激を与えると良いって聞いたんだ」
左手と来て、刺激と繋がる。
その時点で龍野の脳裏には嫌な想像が浮んだ。
何となく、ニヒルな笑みを浮かべる主治医の姿が像を結ぶ。
白い掌から正方形の箱を受け取る。
思ったより重量はない。中身が龍野の考えているものならおかしくはない。
外れてくれないかなと重篤に思うがその願いが叶う可能性は限りなく低い気がした。
「……で、なんで指輪?」
しゅるりと結んであったリボンを解き、包装紙を剥がす。
そうしてやっと出てきたモノに龍野は頭を抱えそうになるのをどうにか堪えた。
予想通りというか、箱の中に入っていたのは指輪だった。
“左手に断続的に刺激を与えられるもの”なんてそう数はない。
プレゼント用の箱からアクセサリーだと見分けがついた上に、腕に付けられるものになるとブレスレットか指輪の二択だ。
「左手に物があるって意識した方がいいんだって」
「ちなみに何処の指?」
主治医がそれを言ったとして、医者の言うことなのだから最善の場所があるはずである。
一応なりとも治療としての効果を建前に-もしかしたら本当に効果があるのかもしれないが-フェイトに伝えたのだ。
一番効果の出る箇所があるに決まっている。
「二つの神経が支配している第四指、つまり――」
「はい、貰えません」
フェイトの言葉を途中で遮る。手で口を塞ぐという半強制的方法だ。
きょとんとした顔で自分を見る友人に龍野は少し頭が痛くなった。
「なんで?」
―一般常識は何処にいった。
左手薬指なんて冗談でも笑えない。
執務官試験に一般常識の欄はないのだろうかと思い、あるわけないかと思い直した。
就業年齢があり得ないほど低くて子供が働くことに疑問を抱かない世界だ。
地球と同じ一般常識や倫理感を求める事自体無駄である。
それにこの場合、素直に言うことを聞いたフェイトよりむしろ焚き付けた医師に問題があるだろう。
「左手薬指に指輪を贈る意味、知ってる?」
「わたしの周りにしてる人いないよ」
そういう問題じゃない。
している人がいない事に意味を感じて欲しい。
可能性として一番身近なのは両親、フェイトの場合は母親だろう。
曲がりなりとも子供がいるわけだから一度は結婚しているはずである。
子供にそういう話をしないのだろうかと少し疑問に思うが、母親たちの顔を浮かべしなそうだと納得する。
フェイトの周りで結婚している人物は少ない。母親は離婚か未亡人。
友人でも、幸せな夫婦といえばぱっと浮かぶのはなのはの両親である高町夫妻くらいだ。
―もしかして贈る習慣自体がないのか?
ミッドチルダの文化など知らない。
前世の記憶でもそういう部分は情報として限られている。
地球でも元々欧米の文化であるし、無いと言われればそうですかと納得するしかないだろう。
一瞬のうちに考えうる可能性を網羅した龍野は悩む。
ミッドチルダ関係のことは尋ねられない。
もし文化の違いだったらフェイトのことを責めるのは筋違いだ。
だが素直に受け取れるかと言えば、そんなわけもない。
受け取った時点で左手薬指に付けることは決まってしまう。
何せ左手薬指に付けてと渡されたのだから、他の指では合わないだろうし、付けなかったらフェイトが傷つく。
そしてその場所に付けてしまえば、知らないフェイトは別にしてなのはやアリサといった地球組にからかわれることは間違いない。
八方塞がりに近い状況だ。
「あー、とりあえず駄目だから」
良い言葉が浮ばなくて辟易する。
中学生に言い訳の浮ばない大人-精神だけだが-はどうなのだろう。
素直に理由を言うのが一番早い解決法であるのは明白だが流石に恥ずかしい。
―知ってて渡したらどうなるんだ?
龍野の頭を有り得ない可能性が過ぎるが直ぐに抹消した。
フェイトに限ってそれは無いだろう。
「どうしても?」
「どうしても」
受け取ってくれないと知ってフェイトの表情が曇る。
霞のように薄く悲しみの色が雰囲気に交じった。
それだけで受け取ってしまうかと思えてしまうのだから美少女は凄い。
「イヤだった?」
「嫌ではない」
伺う視線に首を振る。
龍野のことを思ってプレゼントしてくれた気持ちは嬉しい。
友人からのプレゼントを喜ばない奴はいないだろう。しかもこんなに綺麗な子からだ。
感謝の気持ちを伝えるために龍野は笑顔をつくる。
それを見てフェイトの悲しそうな雰囲気が薄れた。
動く右手を使ってベッドサイドに座るフェイトの髪を撫でる。
「フェイトの気持ちは嬉しい。でも、その…左手薬指に指輪をすることはできない」
じっと真剣な目で龍野の話を聞くフェイトを見ていると酷く年下の子供に言い聞かせている気分になる。
髪を撫でるとフェイトの表情は緩んで幼さが見えるからだろうか。
これはフェイトだけでなく、なのはにも言えることで一度理由を聞いたら”気持ちいいから”と返された。
何でも龍野の手は柔らかくてしかも暖かいのだそうだ。龍野には心当たりがない。
可能性としては能力の一つである内気功だが発動してなくても効果があるのかは不明である。
「理由はなのは、は駄目か。」
口に出した瞬間に途轍もなく嫌な予感がする。
いつものチリチリとした感覚ではない。背筋が粟立つ悪寒である。
龍野になってから危機感知能力のせいか勘は鋭くなっていた。
その勘がなのはに尋ねさせるのは危険だと訴える。
頭の中に出てきたなのはは笑顔なのに、何故か怖い。
「アリサも……」
先ほどよりはマシであるが嫌な予感がするのには変わりない。
こちらは明確にニヤニヤした表情が浮かんだ。
そういう話が大好きなアリサだ。からかわれること間違いない。
同じ理由ではやても除外する。
「うん、すずかにでも聞いてきて」
そうやって絞ると当然のように一人になった。
フェイトの周りにいる人物の中では安全牌だ。
別な意味で心配なところはあるが大丈夫だと信じたい。
「わかった」
素直に頷くフェイトに良い子良い子と頭を撫でてやる。
さっきから触りすぎだとも思う。達信だった頃には絶対無理だった。
だが他ならぬフェイトが頭を撫でてあげると喜ぶのである。
気づいたのは余りに綺麗な金糸に興味が出て、髪を梳いた時だ。
その時のフェイトの驚きようといったらなかった。
がたりとイスが鳴るほど大きく身体を跳ねさせる。
金色の光線が一瞬浮き、次の瞬間に龍野が分かったのはサラサラとした指ざわりだけだった。
紅い瞳はまん丸に開かれて、すぐに白磁のような肌には赤みが差す。
細められた瞳には嬉しさが隠しきれないほど灯っていて龍野は逆に恥ずかしくなったものだ。
綺麗すぎて、可愛すぎて、直視できない。
幼い精神をしているとは感じていたがこんな単純な事でここまで喜ばれては苦笑するしかない。
「する前に調べる癖つけよう、フェイト」
「うん」
幼い笑顔が眩しい。
顔立ち的には大人っぽいと形容されるのに、中身が幼い。
―このお姫様は本当にもう。
もっとしてというように頭を差し出したままの少女に苦笑する。
きちんと人の話を聞いていたのか心配だ。
流石にそこまで抜けてはいないかとも思うが、時々有り得ない天然さ具合を発揮するのがフェイトでもある。
「ま、いいか」
「何が?」
龍野は頭を切り替える。
命に関わるような事態にはならないだろうし、フェイトが幸せそうだから気にしない。
何時だかなのはが言っていたが龍野は基本的に自分のことには無頓着である。
命に関わること以外は深く考え込まない。
それでも反射的に事故を起こすくらいだから、性格的に感情が先行するタイプなのだ。
「何でもない」
フェイトの言葉に肩を竦める。
子供には子供らしく笑って欲しい。
女の子には幸せになって欲しい。
そんな一般的な考えが頭に浮んだ。
第六話 end
感想・誤字報告・指摘感謝する。
今回は突っ込みどころが満載だが、欲望が垂れ流しになった結果だ。
だが妄想で走ってきたこの話にもそろそろ祖語が出てきた。
質問により見過ごせない問題点が出てきたので返答と報告。
オリ主の両親については設定として考えてある。
中々に重苦しい話になるので先延ばしにしていた。
私的好みがほのラブなためだ。
はっきり言って暗い背景なんぞなくても話は成り立つ。
だが突っ込まれたので話にして書こうと思う。
両親についてはその話を読んでからまた感想をくれると嬉しい。
いつできるかは不明だが早めにでかすよう努める。
また自衛隊についての無知をさらけ出してしまい申し訳ない。
指摘された部位は修正、今度からきちんと資料を探そうと思う。
そしてもう一つ。
デバイス、彼らの高性能具合を忘れていたのは完璧に俺のミスだ。
フェイトへの愛が溢れすぎて周りが見えなくなっていた。
かなり無理があるのは分かっているのだが、こう思ってくれ。
フェイトは実際死ぬはずはない。指摘の通りバルディッシュがいるからだ。
だがバルディッシュは起動していない。
念話で注意できても魔法無しに急な動作はフェイトにも辛いだろうし、目の前に実際車が来ていたら戸惑う。
バルディッシュも主の事は守れても、離れた場所にプロテクションを勝手に張ることは難しいとアニメを見た感じ思っている。
そんなわけで、勝手に自動車の前に飛び出した主人公は轢かれましたと。
セットアップに実際どの程度の時間がかかっているかは分からないが、眼前の自動車と比べたら流石に車の方が早いはずだ。
それでどうだろう。
もう一度場面を熟考してから少し加筆して文を載せる。その時は報告する。
それでも違和感があったらできる限り対処しよう。
では、毎回読んでくれている事自体をありがたく思う。
感想指摘、その他諸々を待っている。