「これで終了です」
「おう。ありがとよ!」
後藤 龍野、お仕事中。
どの世界にいても、できることは変わりません。
余生におけるある世界との付き合い方 StS 第三話
今日の最後のお客さんを見送る。
それから休憩所に戻ると見慣れた人影がそこに立っていた。
龍野がミッドに移住してから始めた仕事。それはマッサージ専門店である。
元々こういうものに特化した能力を持っていたため、顧客はすぐについた。
「お疲れさま、龍野ちゃん」
にっこりと仕事終わりの龍野に微笑んだのはなのはである。
はやてに紹介してもらった場所はすぐに親友達に伝わったらしい。
週に何回かある唐突な訪問に驚くこともない。
「なのは。来てたの?」
「うん」
龍野は少し呆れ気味に尋ねた。
ティアナたちが入隊してそう日は経っていない。
何事も慣れるまでが大変であるというのに、その忙しい時期に態々ここまで足を伸ばしたのを考えると溜息が出る。
今でもなのはやフェイトに対する内気功は続けている。
というかしないと心配になってしまったので、せずにはいられない。
その上、彼女たちの口コミによる客も何人か来ていた。
さすがエースオブエース、二つ名がつく人物は違う。
彼女達の人の心を掴む魅力は相変わらずのようで、憧れているという話も何度か耳にしている。
もっとも龍野にそんな評価は関係なく。
なのはたちに思うことは安定した集客が得られることに感謝しているくらいであった。
「で、その後ろの子たちは?」
なのはの訪問は気にしない。
長い付き合いである。最早慣れたといってよい。
龍野は次の来客に供えて手を洗い、部屋の準備をしようかと思っていた。
しかし、なのはの後ろにまるで団子のようにくっついてきている人物たちを見て諦める。
ティアナは今は寮暮らしとはいえ元々一緒に住んでいたのだ。忘れ物でも取りに来たのかもしれない。
この場所にいることに違和感はない。
だがそれ以外の人物、スバルにエリオ、キャロまでいてはある程度の対応をしなければならないだろう。
「すいません、タツノさん。スバルがどうしても着いてきたいって言って」
申し訳なさそうな顔でティアナが謝る。
それに龍野は顔を振ることで答えた。
別に迷惑なわけではない。
ただ、わざわざここに足を運ぶ理由がわからなかっただけだ。
「だってタツノさんのマッサージって凄く評判いいから」
龍野と六課のメンバーの顔合わせは済んでいる。
元々なのはとフェイトの体調管理を任されているような立場だからだ。
週一で六課へと足を運び、健康診断をしているに近い。
だからスバルたちは龍野の仕事内容は知っていても、実際にその姿を見たことがなかった。
そこになのはとティアナが龍野の元に行くと知って、じゃあと着いてきたのである。
「フェイトさんも気持ちいいって言ってました」
「それに疲れも取れて効率も上がるって……なので気になって」
エリオとキャロのきらきらとした瞳が龍野に刺さる。
期待されるほどのものではない。
それにそのほとんどは内気功のおかげであり、特別な技術を持っているわけではないのだ。
そんなべた褒めされては背中がむず痒くなってしまう。
「ただのマッサージ。大したものじゃない」
「また龍野ちゃんは」
そんな龍野の言い分に唇を尖らせたのはなのはである。
わずかに顰め面をして小言を始める。
「ダメだよ、自分を過小評価しちゃ。龍野ちゃんのマッサージは凄くいいの」
「なら、受けてく? なのは、あんま休んでないでしょ」
龍野の言葉になのはは動きを止めた。
図星であることは確かめなくてもわかっていた。
根が真面目ななのはが始まったばかりの教導で手を抜くとは考えづらい。
睡眠時間を削ってでも教導メニューを考えているのは明白だ。
すっと細められた龍野の瞳は怖いとなのはは思う。
何もかも見抜かれて、いつの間にか周りを囲まれて逃げ道がなくなっているのだ。
心配してくれているのはわかっていた。それでも仕事の手を抜かないとなのはは決めている。
「にゃはは、今は、いいかな」
「そう。まぁ、なのはは明後日検診日だしね」
龍野はなのはから視線をずらす。
他にと見て、真っ先にティアナが飛び込んできた。
改めてみると内出血やら、擦り傷やら細かい傷が増えている。
センターガードというポジションを考えれば仕方のない気もした。
気はしたが、気になるものは気になる。
それが妹のように可愛がっている人間となれば尚更だ。
「じゃ、ティアナ。部屋、入って」
「えぇっ! あたし?」
急に矛先を向けられて驚いたのはティアナである。
完全に蚊帳の外で、なのはと龍野のやり取りをまたやってると見物していたのに急のご指名だ。
驚かずにはいられない。
それとは対照的になのはは龍野にばれないように胸を撫で下ろしていた。
「うん。仕事見たいらしいし」
「あー……タツノさんのマッサージ、確かによく効くんだけど」
「いいから」
問答無用の勢いで龍野がティアナの手を引っ張る。
相変わらず、疲れに対しては敏感な友人だとなのはは龍野を見て思う。
ティアナには悪いがここは代わりにマッサージを受けてもらおう。
そうすることが一番いい回避方法だとなのはは考えた。
「なのはさん。何でマッサージ嫌なんですか?」
スバルは不思議そうになのはを見上げた。
龍野のマッサージの話は六課では有名だ。
はやてやなのは、フェイトと仲の良い一般人というだけでも注目の的である。
その一般人がなのはやフェイトを言い込めているのだから、更に視線を集める結果になる。
「すぐにわかるよ」
スバルの問いになのはは苦笑した。
嫌なわけではない。むしろ龍野に触れてもらうことは全般好きである。
龍野は性格的にスキンシップが少ない。
フェイト辺りには相変わらず甘くて、二人きりだとベタベタだ。
逆に甘えベタななのはにそんなことはできなかった。
だからマッサージはして貰いたい。けれど、ちょっとした事情があるのだ。
『あっ……ちょ、タツノさんっ』
隣の部屋から声が聞こえてきた。
個室同士はそうでもないのだが、休憩室だと声は筒抜けに近い。
龍野が言うには呼ばれたときなど直ぐに行けるようにという配慮だそうだ。
彼女以外の店に行ったことの無いなのはには良くわからなかった。
「これ、ティアの声?」
ん、と小さく首を傾げる。
聞こえた声が誰のものなのかなどスバルには直ぐに分かった。
長年ずっと一緒にいた相方のものなのだから当然である。
ただ余り聞いたことのない種の声だったので一瞬判断に戸惑ったのだ。
『何?』
『ひゃ、ん。き、急過ぎです』
『だって、ティアナの体、硬いから』
どうやら連れて行かれた時の勢いのまま始まったらしい。
人の嫌がる事を強制できる人には見えなかったが、疲労には人一倍厳しいとティアナが零していたのをスバルは思い出す。
そしてティアナが人一倍訓練を頑張っているのもスバルは知っていた。
それを合わせて考えると、少々無理やり気味になるのも仕方ないのかもしれない。
「龍野ちゃんのマッサージはね」
今にでも隣を覗きに行きそうなスバルをなのはは引き止める。
龍野のマッサージは本当に気が抜けるのだ。
――自分だったら絶対に見られたくない。
ティアナの性格を考えてみても結果は同じだった。
むしろ、なのは以上に嫌がるかもしれない。
『うっ、ん。はぁ……まっ、んんぅ』
それにしても、となのはは溜息を吐きそうになるのを押し留める。
部下の気持ち良さそうな声を、しかも自分の好きな人が出させているものを、聞くのは心地よくない。
じくじくと胸の奥が火傷したように痛む。
ティアナと龍野の関係は理解したつもりだが、それでも納得しきれないなのはが何処かにいた。
「すごいね。そんなに気持ちいいんだ」
「うん。フェイトさんも声出ちゃうって言ってたもんね」
エリオとキャロが感心したように言う。
純粋な子供には何も感じない声らしい。
なのはは親友そっくりの純粋培養の二人を感心して見ていた。
『やっ……んぅ……ふっ、タツノ、さん』
『ここでしょ?』
『っ、う、うん。そこっ』
段々と龍野のマッサージにも熱が入り始める。
ティアナの身体は余程疲れていたようだ。
ああなると龍野は手を抜かない。
下手するとなのはたちのことも忘れているかもしれなかった。
「すっごく、気持ちよくて、効果もあるんだけど」
堪えていた溜息が漏れ出す。
放って置かれるのには慣れていた。
それでも、いじけ心がわずかに顔を出してしまう。
つまり半分拗ねていた。
『ひゃっ、あ、あ、ちょ』
ティアナの声が響く。
恥ずかしがっていたティアナも今は龍野のマッサージに夢中のようだ。
これは長丁場になるかもしれない。
なのはは少し顔を俯けているスバルを見る。
その耳は微かに紅く染まっていた。
「人がいる時は受けたくないんだ」
「……なるほど、納得しました」
苦笑するなのはにスバルは深々と頷いた。
――確かにこれは少し恥ずかしいかもしれない。
年頃の女の子としてそんな事を思うスバルであった。
*
「もう、タツノさん!力入りすぎ」
「ごめんごめん。思ってたより酷かったから」
しばらくして龍野とティアナが出てきた。
ティアナの頬は少し赤く染まっている。
しかし先ほどよりは余程健康的な顔色になっていた。
「お疲れさま、ティアナ、龍野ちゃん」
なのはは微笑みながら二人を迎える。
龍野はこくんと小さく頷き、ティアナもぺこりと頭を下げる。
「気持ち良さそうだったね、ティア」
「うっさい、スバル」
髪の毛を結びなおしていたティアナにスバルが声を掛ける。
からかいが含まれたそれに横目で返事をする。
軽く睨んでおくのも忘れないのは、やはり恥ずかしいからなのだろう。
「そういえばフェイトは?」
龍野はなのはの側によると姿の見えない人物の事を尋ねる。
今気付いたのだろうかとなのはは苦笑する。
龍野は集中すると周りが見えなくなることが多い。
「フェイトちゃんは仕事だって」
「え?でも、今日は――」
なのはの言葉に龍野は首を傾げる。
もっとも、その角度は極僅かであり、なのはのような人物にしか分からないものだ。
何か知っているらしい龍野の様子にどうかしたのかと口を開こうとした。
その時、丁度良く飛び込んでくる人影があった。
「ごめん、たつの。遅くなっ……」
言うまでも無くフェイトである。
綺麗な金の髪を見間違えるはずも無い。
急いできたのだろう。その肩は僅かに跳ねていた。
フェイトは部屋の中の様子が視界に映るとその瞬間に動きを止める。
なのはは気まずさに動きを止める親友の心内が分かるような気がした。
「あ、フェイトさん!」
「お仕事ご苦労様ですっ」
フェイトの様子には気付かずにエリオとキャロが声を掛ける。
明るく響く声に止まった空気が動き出した。
フェイトは状況を確認するようにぐるりと周りを見る。
「あ、あれ?皆、どうしたの?」
「フェイトちゃんこそ、今日仕事って言ってなかった?」
「仕事は今してきたよ」
えっと、と頭に言葉をつけてからフェイトは言った。
その様子に嘘はない。仕事があるといっていたのは間違いないようだ。
もっともフェイトは嘘を吐くのがとことん苦手な人なので疑ってもいない。
なのはも嘘下手だと良く言われるため、この二人は良く似ているといえた。
「ふーん、龍野ちゃんと何約束してたの?」
わかっていても納得できない事はある。
なのはは胸の中に発声した刺々しい感情をそのまま言葉に乗せてしまっていた。
びくりとフェイトが身を竦める。
やってしまった、となのはは直ぐに苦いものを食べたような気分になる。
こんな風に聞くつもりはなかった。それでも龍野のことになると制御できないことが多くて。
なのはは自責の念に駆られた。
「フェイトとはご飯食べる約束してただけだよ」
そんな二人の空気を知ってか知らずか、龍野が割って入る。
フェイトはあからさまにホッとした顔をしたし、なのははむぅとイラつきを飲み込んだ。
ティアナとスバルは様子見といった感じで、エリオとキャロは状況を把握していない。
「皆来るから、ご飯も一緒に食べるんだと」
なるほど、となのはは納得した。
龍野はフェイトと元々食事の約束をしていた。そこになのは達が来た。
その状況に龍野は全員でご飯を食べると思ったようだ。
何とも彼女らしい勘違いの仕方である。
龍野はフェイトのほうを振り返った。
「違うの?フェイト」
「あ、うん……そうだよ」
龍野の言葉にフェイトは頷くしかない。
二人で、と思って誘った食事だったのは否定しない。
それでも龍野がそれを望めば主張することなどフェイトにはできなかった。
唯一フェイトの考えを読めたなのはとティアナだけが苦笑していた。
StS 第三話 終
日常パート。
時々働いてるといいと思う、龍野は。
感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
次の話が出来たので早めに挙げます。
では、ここまで読んでくださって感謝します。