足取りは軽い。
心配はほとんどしていない。
ティアナを信頼しているからだ。
後藤 龍野、19歳。
ティアナのお迎えをしています。
余生におけるある世界との付き合い方 StS第1話
バ、バ、バ、バ、バとヘリコプターの羽が回る。
それを龍野は少し遠くから眺めていた。
乗っているのは見慣れた幼なじみたちである。
なのはは相変わらず茶色の髪をサイドポニーにしている。
フェイトも緩く金の髪をまとめていた。
――結ばない方が好きだけど。
見慣れた姿なのに、ふとそんな感想が出るようになってしまったのは長年一緒に居てきたせいだろうか。
「もう、終わった?」
[あー、龍野ちゃん]
通信機――携帯電話のようなものだ――を介して、腐れ縁になってしまったはやての声が聞こえる。
魔法が使えない龍野しか持っていないアイテムは周りの人から見れば少々奇異に見えたかもしれない。
耳に入ってくる音は聞き取りにくい。
ヘリコプターの近くなどという騒音の元で話しているのだ。
至極当然の事である。
龍野はヘリコプターに向けていた視線をわずかに下げ、その下にいるティアナに目を向ける。
達信の記憶は大分掠れてきている。
それでも、目に映る映像が少しでも明るく見えるのは贔屓目という奴なのかもしれない。
龍野は特別に入れてもらった演習場で、そんなこと考えていた。
[大体、終わったで。今はまとめ、ってとこやな]
なのはの背中が見える。
ティアナ達と向き合っている様子からして、恐らく何か伝えているのだろう。
そういえば名目上、今日は試験ということになっていた。
ティアナの能力ははやてからもお墨付きを貰っているし、龍野は少しも心配していなかった。
――あの頃よりは大分能力も伸びたはずだしね。
本来ならばAランクを受けていてもおかしくないと言われた。
それでもティアナが未だBランクを受けているのには当然、理由がある。
一つは訓練学校で出会ったスバルと馬が合ったこと。
もう一つは元から目をつけていたはやてが部隊に引き抜く都合である。
ティアナの向上心の強さは知っていた為、反発するかとも思ったがすんなりとそれは受け入れられた。
実はこの時、龍野も関係する条件が動いていた。
元々依存傾向の高い性格をしているティアナの泣き所など、はやてにはとっくにばれている。
彼女がティアナに何をもって説得したかが龍野に漏らされることは一生ないだろう。
「合格?」
[言う必要はあらへんなぁ]
性急に龍野は尋ねる。
帰ってきた声にはクスクスと小さな笑いが含まれていた。
いつも冷静な龍野の焦った雰囲気がおかしいのだろう。
相変わらず、鋭すぎて困った友人だ。
からかいを含む声に、龍野はいつものように返す。
「そっか。それじゃ、迎え行ってくる」
龍野ははやての答えを合格と解釈した。
それだけで十分だった。ティアナの訓練をずっと見てきたわけではない。
だが成長する姿は見て取れたし、時折見る訓練の様子は高度なものだった。
落ちるわけがないのだ、ティアナは。
通信機を耳から離し、ポケットに突っ込む。
わずかにはやての声が漏れていたが気にしないことにした。
[あ、ちょ……聞こえとらんし。フェイトちゃんたちびっくりするで]
まだ会話は終わっていない。
切れてしまった通信に、はやては呆れ半ばに親友二人が居る場所を見る。
龍野ちゃん大好きの二人がどんな反応をするか多分の興味と共に眺めることにした。
「あ――」
一番初めに龍野の姿を見つけたのはフェイトだった。
黒い制服に身を包みながらも、その表情は満面の笑みで。
はやては遠めにも分かるその変化に笑いを抑えきれない。
なのははまだスバルたちと何か言葉を交わしていて、景色が目に入っていなかった。
龍野に向かい大きく手を振るフェイト。
彼女の内心は自分を迎えに来てくれた友人への愛情で溢れている。
もっとも、それは勘違いであり数秒もしない内に崩れ去るのは決まっていたことだった。
フェイトの動きになのはも龍野の存在に気付いた。
やはり笑顔になり、すぐにでも駆け出しそうな表情だった。
互いに牽制する親友二人の姿に龍野は疑問を覚える事もなく、自分の用事へと目を向けた。
「タツノさん!」
なのはとフェイトの隣を風が通り抜ける。
びっくりしたのは二人である。
龍野とティアナが知り合いだなんて誰が思うだろう。
「え?」
「ふぇ」
きょとんとした顔は見ものだった、とはやては後に言った。
管理局に入り、エースと呼ばれることも増えた。
親友たちは凛々しい顔はあっても、こういう可愛らしい年相応の顔を見せてくれることは少ない。
あまり見ることのできなくなった表情だ。
これが見れるだけでも、龍野をつれてきた甲斐はある。
未だに事態を飲み込めていない二人の顔にはやてはそう思った。
「ティアナ、お疲れ様。どうだった?」
「うん。ばっちり!」
「そっか。それは良かった」
元気に返事をするティアナの頭を撫でる。
するとふふっと照れくさそうな笑いが漏れて、龍野は頬を緩めた。
原作より陰の少ない表情に嬉しくなる。
「まぁ、ティアなら大丈夫だと思ってた」
「ありがとう」
出会った時まだ小さかった少女は、この年になって龍野の記憶と重なった。
それは嬉しいことであったが同時に始まるものを思い出すと気が重いのも事実だった。
けれど龍野はそれを顔に出さずティアナを見つめる。
「怪我は?」
「ないよ。かすり傷くらい」
「……それは怪我」
龍野の眉に少し力が入り、拗ねたような表情になる。
ティアナは無理をしがちで、怪我を怪我とも思わないと気が多々ある。
それを言うと「タツノさんには言われたくないわ」と呆れられた。
自分でも心配性かなとは自覚していたがどうにも女の子というだけで、心配の範囲に入ってしまうのだ。
「もう、心配性なんだから」
「女の子は身体を大事にしないといけない」
ティアナもそれを分かっているのだろう。
呆れたような顔をしていても、そこにあるのは笑顔で。
龍野もつられたように表情を柔らかくしてしまうのだった。
「あの、さ」
「ちょっと、いいかな?」
そんな二人の親しげなやり取りを遮ったのは白と黒の二人だった。
どっちの顔にも訝しげな、不思議そうな色が強く出ている。
ティアナはなのはとフェイト――上官の出現に少し緊張している様子だった。
「ん、どうかした?なのは、フェイト」
龍野はあえて普通に言葉を返す。
この対応はわかっていたことだった。
ちょっとしたドッキリのようなものである。
ティアナの試験にそれを被せたのはただ単に接点ができたからに他ならない。
「なんで、たつのとその子がそんなに仲いいの?」
「そうだよ。ミッドにも病院以外ほとんど来た事ないのに」
苦笑する。相変わらず仲が良い。
そして詰め寄るタイミングまで一緒となると答えられることも答えられない。
ティアナと仲が良いのは付き合いが長いからだ。
ミッドにはなのはたちに内緒で何回か来ている。もちろん、はやて経由だ。
それに龍野がこっちに拠点を持ってから一年が過ぎている。
その間に仲良くなったという可能性を考えないのがなのはらしい。
龍野はどう答えようかと考え、それで全てのことに一度に答えられる答えを見つけた。
「ティアナの住所、うちだけど?」
ね、とティアナを見る。
すると「はい」と照れつつ頷く。
龍野がこちらに住所を持ったときから、ティアナの連絡先はそうなっていた。
だがティアナは寮暮らしなので一緒に住んでいるというわけではない。
ティアナの部屋はある。そこにある程度の荷物も置いてある。
たまに食事を一緒に取ったりもしているがそれだけだ。
「ふぇっ?」
「うそ……」
固まる友人二人に龍野は首を傾げた。
そこまでおかしなことを言った気はなかった。
けれど何かが思ったよりの衝撃を彼女たちに与えてるらしい。
「お互い、この世界じゃ身内なんていないし」
その一言になのはとフェイトが表情を硬くしたのをティアナは見ていた。
*
「こっちにちょくちょく来てたなんて知らなかったの」
「そうだよ。教えてくれればいいのに」
場所を移して、龍野の部屋に三人は来ていた。
はやては忙しいからといち早く逃げ出した。
ティアナはスバルと一緒にいる。
なのはとフェイトの追求を龍野は一人で受けなければならなかった。
「ティアナとの約束で来てただけ。あと病院」
だから必要最低限、と龍野は言った。
その表情は涼しく何とも思っていない事を表している。
納得いかないのはなのはとフェイトの二人だった。
「むー」
「んー」
微妙に声は違えど呻っているのには変わりない。
しかし龍野には今言った以上の事を言う事が出来なかった。
黙ってコーヒーを口にする。
苦めのそれは沈黙に最適のアイテムだ。
ソファに座っているなのはとフェイトにはそれぞれの飲み物がおいてある。
龍野は立ったまま二人の相手をしていた。
「何?」
なのは達が何を気に入らないのか、わからない。
何かが気に入らないのは、わかる。
この数年で確かに身に着いた経験則だった。
――違う。
本当は龍野も何となく気付いている。
ティアナの事を黙っていたのが気に入らなかったのだろうと。
わかっても対処の仕方を龍野は知らなかったのだ。
「別に、何でもないの……コーヒー好きだね?」
「そうかもしれない」
なのはが拗ねた顔のまま尋ねてくる。
フェイトはさっきから服の裾を放してくれない。
龍野はただ苦笑した。
コーヒーは好きだ。
苦いそれは龍野が彼女たちに隠しているものを思い出させる。
龍野は言えない。巻き込めない。そして、戦えない。
そのどれもが相互に互いを縛って、龍野の口を更に重くする。
龍野に戦える力があったら、彼女たちを巻き込む事を承知で前世の事を話せたかもしれない。
彼女達を巻き込める覚悟があったら、きっと全てを話して楽になってしまったかもしれない。
最初に全てを話せていたら、こんなにも今悩まなかったかもしれない。
どれも事実で、どれもできなかったことだ。
だから龍野はコーヒーの苦さで全てを内側に押し込んでしまう。
「たつのは、ティアナしか、いらないの?」
ぎゅっとフェイトが龍野の腰に顔を埋めた。
聞こえてきたのは意外な言葉で、龍野は飲み終わったカップを机に置く。
なのはを見ればぷいと顔を逸らして知らん振りという感じだった。
「フェイト?」
動かない身体を捻らせてフェイトの頭に手を置いた。
龍野より背は高いのに、未だに龍野はフェイトを見下ろすことが多い。
それはフェイトがこうやって甘えてくることが多いせいでもあった。
ぽんぽんと顔を挙げるように合図を送る。
しかしフェイトは嫌だというように顔を更に埋める。
流石にこの体勢ではどうしようもなくて、龍野は回された腕をなるべく優しく解く。
この状態のフェイトは子供と変わらない。下手に相手をすればとても傷つけてしまう。
正面から向かい合う。紅い瞳は微かに潤んでいた。
「この世界でも、わたしは、たつのの家族になれない?」
「フェイト」
揺れる瞳に龍野は何も言えなくなる。
"この世界でも"――ミッドチルダでも自分は龍野の家族になれないの?
フェイトの真直ぐな言葉はいつも龍野の虚を突く。
「いつだって龍野ちゃんのこと家族だと思ってたの」
「なのは」
言葉を失くしていた龍野にまた言葉が掛けられる。
強い視線が龍野を包み込んでいた。
二人を交互に見る。
「ごめん。それに、ありがとう」
ただ、ただ、微笑む。
それが龍野にできる唯一の返事だった。
StS第1話 終
一ヶ月お待たせしました。
地震のこともあり、投稿をずらそうかとも思いましたが、これ以上お待たせするのも……と思い投稿します。
次の話は一週間以内に更新できる予定です。
感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
誤字は全くもって、誤字だったので、素早く直させてもらいました。
そして場面設定があやふやなのは勢いで書いたミスであります。
これも訂正しました。
では、これからもよろしくお願いします。