好きも、嫌いも。
楽しいや悲しいも。
結局、一人より二人がいいと思うんだ。
後藤 龍野、いよいよ腹を括ります。
余生におけるある世界との付き合い方 第二十九話
「あ、たつの」
聞きなれた声だった。
足を止めて振り返る。
そこにいたのは龍野の予想通り綺麗な金の髪を持つ少女。
微かに心配そうに歪められた表情は彼女の性格を十二分に表している。
「フェイト」
龍野の言葉にフェイトが近づく。
何かに耐えるようにキュッと結ばれた口元が想いの強さのように見えた。
揺れる服の裾が青い空に眩しい。
肌の白さが彼女の好む黒い服とのコントラストをハッキリさせていた。
「大丈夫、だった?」
フェイトは一瞬躊躇した。
何と聞けばよいかが分からなかったためだ。
さすがに、仲直りが出来ていないとは考えていない。
なのはも龍野もそこまで意固地な人物ではないがそれは“起きたら”の場合だ。
なのはが目覚めていなかったら全てできないのだ。
そしてそれはフェイトが一番怖いことに他ならない。
「うん。なのはも元気そうだったし、問題は無いみたい」
「そっか……良かった」
ホッと息を吐く姿に苦笑する。
フェイトの事だ、なのはの側に行きたくて仕方なかっただろう。
それなのに仕事を放り出して来なかったのははやてが説得上手というのが大きい。
「ね、フェイト」
龍野は苦笑をかみ殺しつつ、フェイトを呼ぶ。
すぐにその顔は振り向いた。
「なに?」
小首を傾げる姿に頬が緩む。
大人びた容姿とは反対にフェイトはどこか幼い。
それが彼女の過去に起因しているのか、なんて知らない。
過去も全て内包して今の性格になっているのだ。
龍野にできるのはそれを受け止めることである。
「何か隠してない?」
「な、なにがっ?」
龍野の言葉にフェイトが動揺する。
直接的過ぎたかなとも思うが言い放った後だ。仕方ない。
揺れる紅い瞳を見つめながら言葉を続ける。
「なのはとかフェイトとか疲れすぎ」
呆れたように言う。
いい加減、習い事という言い訳では苦しい。
そんな事くらいフェイトにも分かっていることだった。なのはも気付いているに違いない。
それでも変わらずそう言い続けたのは、なのはが龍野に教えたがらなかったからである。
「それは色々忙しいしからで……」
「習い事?でも倒れるくらいなら減らした方がいい」
来ると予想していた言葉に龍野は間髪入れずに返した。
なのは達が言い訳にしている習い事は倒れてまでするものではない。
それは正論であり、フェイトは何も言えなくなってしまう。
そういう彼女の性格まできちんと把握した上での発言だった。
「そうかも、しれないけど」
フェイトが困った風に眉根を寄せる。その理由も龍野には分かっていた。
言い出せない理由がある彼女から自分は無理にでも聞きだそうとしている。
とても駄目な事のように感じたが必要な事だ。
――ごめん。
だから龍野は心の中で謝った。
彼女達にこれ以上隠させるのは酷な事だと思う。
特に性格からしても隠し事が苦手なこの二人には。
「なのはが“習い事”で怪我するのって初めてじゃないし」
苦笑をかみ殺しつつ言う。
そう大きな怪我こそ無いが、疲労が溜まった体は反応が鈍くなる。
元々反射神経としてはそこまで良くないなのだ。
習い事が続いて、日常生活で寝そうになっていたり転んでいたりするのを龍野は見ていた。
そういうものを含めればなのはは中々の数、怪我をしている。
勿論、怪我なんて言ってしまうのも馬鹿げた軽いものがほとんどだ。
「たつの……」
「どうしても言いたく無いなら聞かない」
でも、と龍野は言葉を続けた。
フェイトの瞳を真っ直ぐに見る。
そうでなければきちんと伝わらないような気が龍野はした。
「できるだけ聞きたい。ふたりの事」
言ってから少しズルイ言い方だったかもしれないと思う。
フェイトもなのはも優しいから龍野がお願いすれば大体教えてくれる。
それが分かっていたから龍野も余り何かを口にすることは無かった。
ただでさえ負担をかけている自分がどうして更にわがままを言えるだろうか。
「っ、わかった。ちょっと行ってくるね」
龍野の珍しい“お願い”。
それはフェイトに確かな効果を齎した。
滅多に無い分、叶えてあげたくなる。
龍野は自分の要望を口に出すことはほとんど無いのだ。
真剣な顔でこちらを見る視線に顔に熱が上がりそうになるのを必死で堪える。
それでも生理的な反応はどうにもなら無いらしく、フェイトは自分の顔に熱が集まっていくのを感じた。
仕方なしに少し顔を俯ける。視界の端で彼女が微笑んだ気がした。
「うん。いってらっしゃい」
宵闇に浮ぶ彼女の笑顔はフェイトの瞼に張り付いた。
ざわりと何か良く分からないものが胸のうちで蠢く。
それがいつもと様子の違う彼女への心配なのか、判断できなかった。
*
「なのは」
唐突な訪問にも高町家の人たちは優しかった。
一応なのはの携帯電話に連絡を入れていたが、急だったため伝わっているか心配だった。
――たつのは何であんな事を言ったんだろう。
そんな想いばかりが頭を巡る。
「あ、フェイトちゃん」
何回も入ったなのはの部屋。
そのベッドの上で親友は上半身だけ起こし何かを読んでいた。
膝の上のそれは仕事の書類か、学校の勉強か。フェイトには分からない。
しかし倒れて起きたばかりだというのに休む気の余り無いなのはに溜息が出そうになる。
それでもベッドから出ていないだけマシなのだろうとも思う。
昔は起きたら直ぐに任務へ戻ってしまうことがほとんどだったのだから。
「その、あの時はごめんね」
笑顔でフェイトを見るなのはにまずは謝る。
彼女に会って最初言うべきことはやはりこれしかなかった。
詰まって出てこなくなりそうだった声を息を吸うことで押し出す。
――友達と喧嘩したらお互いに謝って仲直りする。
そんな当たり前のことを教えてくれたのは目の前の親友だった。
「ううん。わたしも悪かったし」
ふるふるとなのはが首を振る。
その姿は喧嘩する前より何処かスッキリした様子を感じさせる。
喧嘩したことで溜まっていたものを全て吐き出せたのかもしれない。
それならば良かった、とフェイトは少しだけ口の端を緩めた。
「でも無理はしないで欲しいな」
そして直ぐに彼女が倒れたことを思い出して厳しい顔を作る。
今回は本当に心配した。
なのはが喧嘩中に倒れるということ――親友と喧嘩するのも珍しいのだ――は今まで無かった。
その上任務が入っていて側に行くこともできなかった。
同じような思いは二度としたくない。
だからフェイトは頑張って怖い顔を見せようとしている。
「倒れたって聞いたとき、仕事全然手に着かなくなっちゃった」
フェイト自身驚くほど集中できなかった。
なのはのことが心配で、その責任が自分にあるのは間違いなかった。
親友の無理する理由を知っていたのだから。
知っていながら何もしないのは知らなくて何もできないよりも酷い。
ましてや自分は二人の仲を取り持たなければならない立場にいた。
そんな思考がフェイトの頭の中をぐるぐると回っている。
「龍野ちゃんと同じこと言ってる」
少し驚いた顔でなのはが苦笑する。
それはフェイト自身も知らない情報で、びっくりする。
でもなのははこんな事で嘘を吐かないし、むしろ嘘自体が苦手な性格だ。
だから龍野と同じ事を言ったというのは本当のことなのだろう。
彼女と一緒と言われただけで嬉しくなると同時に悲しくもなった。
――やっぱり、たつのはなのはのことをとても大事にしているのだ。
「え、そうだった?」
「うん。目を覚まして最初に謝られて、無理しないでって怒られちゃったの」
にゃはは、と照れたように笑う姿にもう影は無い。
龍野との仲直りが上手くいった証拠だ。
先ほど会った時の様子から上手くいったとは思っていた。
それでもやはり目の前で確信するのは違う。
なのはの表情が明るい。その顔を見ているだけでフェイトは良かったと感じてしまう。
自分がどうなろうとなのはと龍野が笑っていてくれることが一番いい。
「――フェイトちゃん今自分のことないがしろにしたでしょ?」
「ふぇっ?」
そんなフェイトの心を読んだかのようになのはが目を細めた。
図星を突かれたフェイトは驚くしか出来ない。
驚く親友を前になのはは更に突っ込む。
「“やっぱり、身を引こう”とか、考えてないよね?」
「っ……」
フェイトの顔色が変わった。
それはなのはの言葉がやっと意味として浸透したことを表している。
やっぱり、と大きな嘆息を吐けばフェイトは慌てた表情で話を変えた。
「そ、れより!なのは」
「どうかしたの?」
若干、無理やりな感じがする話題転換にそれでも微笑む。
それはこの話を続けなくても結果が分かっているからだ。
――まぁ、無理だよね。
フェイトは龍野から離れられない。
好きだと認識してしまえばどうにもならないものなのだ。
今だってきっと龍野の側から離れることを想像して、嫌過ぎる感覚に顔を青くしたのだろう。
そこまで好きなら結局変わりやしない。
少なくともなのはは周りから何を言われようと離れはしない。
「たつのがいい加減、隠していることに気付いたみたいなんだ」
少しだけフェイトの声のトーンが下がる。
龍野のことになると慎重になるのは事故のことを未だに引き摺っている証拠なのだろうか。
それとも龍野には隠しておいてと願った自分のことを気にしてくれているのか。
「龍野ちゃん、何か言ってたの?」
「習い事にしては疲れすぎだから、何か隠してないかって」
なのはは「にゃはは……」と僅かに肩を落とす。
その姿にフェイトは少し気まずそうに言葉を続ける。
床となのはの間をちらちらと視線が動き、小動物のようだった。
「どっちにしろ倒れるくらいの習い事なら考えたほうがいいって」
確かに、となのはは苦笑しつつ頷いた。
友人が習い事のし過ぎで倒れたならなのはも止めただろう。
目の前の親友もそれはきっと変わらない。
「うん。お稽古事で倒れるって問題なの」
「たつの、勘が鋭いから」
なのはの言葉にフェイトは渋い顔をしていた少女のことを思い出す。
龍野はフェイトたちが「習い事」という言葉を出すのを嫌っていたのかもしれない。
それは彼女達が無理をする前兆とも言えるものだから。
嫌な顔はしても、口には出さない。龍野の姿勢は一貫していた。
今回が初めて直接的な苦言だったのだ。
「今まではわざと聞かなかったのかな?」
「たつのなら有り得ると思う。今日も“どうしても言いたくないなら聞かない”って」
すごく、龍野ちゃんらしい。となのはは思った。
言われるまで聞かない。止めない。
友人の決めたことに口を出すことを彼女はしない。
ただ無理を嫌って、普通が好きで、どうしても見逃せないときだけ強硬になる。
なのはを時折押し倒すのがいい例だ。ベッドに寝かされて休ませられてしまう。
大丈夫と思っているなのはは最初起きようとしたのだが彼女の瞳を見て諦めた。
その龍野が「どうしても言いたく無いなら聞かない」と前置いてまで尋ねてきたのだ。
何かしらの変化があったのだろう。
それはきっとなのはの目の前にいるフェイトのことであるし、自分が倒れたせいもある。
――相変わらず優しいの。龍野ちゃんは。
となのはは心の中で付け加えた。
自分が優しいことを頑なに認めない幼馴染には言わない。
「どうする?なのは」
「言おう」
フェイトからの問いかけに、なのはは即答した。
決めていたのだ。龍野が大切な人から好きな人になったときに。
そしてその感情をどうやら抑えられないと理解してしまったときに。
――自分の全部を知っていてもらいたい。
少し唇を噛む。ぐっと伝わった力がなのはの意思を奮い立たせた。
「え?」
「そろそろ、無理だって何となく分かってたの。それに、この有様だしね」
言い訳も出来ないでしょ?となのははフェイトに微笑む。
倒れるのは二回目である。一回目はまだ誤魔化せた。
しかし二回ともなると誤魔化すことはできないだろう。
はやてからもそろそろ突っ込まれるだろうと言われていた。
何より龍野は分かって知らぬ振りをしているように感じる。
「でも、なのは嫌だったんじゃ」
「うん。危ないことも一杯ある世界だから」
リンカーコアを持たない龍野にミッドチルダを知る利益は余りない。
平穏無事に暮らすにはこのまま地球で生きるのが良いだろう。
勿論、魔法のことを説明したらミッドの進んだ医療体系で見てもらう気ではいる。
彼女の動かない左腕が動いたらと思うと嬉しくなった。
不安そうに眉間に皺を寄せるフェイトになのはは笑顔を作る。
危ない、かもしれない。
でも自分たちにはそれを吹き飛ばす力があるのだ。
「わたし達で龍野ちゃんを守ればいいんだよ」
「なのは」
「ね?フェイトちゃん」
――わたし達にはその力がある。
そう伝えてくる瞳にフェイトは一瞬驚き、それから同意した。
なのはの力は困っている人の力になるためのものだ。
フェイトの力は困っている人を助けるための力だ。
ならば大切な人を守るくらい出来ないわけがない。
そう思った。
「うん。そうだね」
「じゃあ、今度二人で説明しに行こうか」
「はやても誘わないと」
ふふと笑いあう。
そこにいるのはいつもの彼女達だった。
第二十九話 終
更新の遅れ、本当に申し訳有りません。
忙しくなると言ったもののまさかこんなに長引くとは思ってませんでした。
見通しの甘さが原因です。言葉も無いとはこの事です……。
とりあえず、二ヶ月ぶり近い更新でした。
また一週間に一度くらいのペースでいけたらとは思います。
ですがどうにもごたごたしてるので不定期気味になりそうです。
こんな話を楽しみにしてくださる方には申し訳ない気持ちで一杯です。
感想・指摘・誤字報告、いつものように待ってます。
更新できない間も感想だけは見てました。
待ってますといってくださった方、本当にありがとうございます。
百合分の欠片もない話になってますが少しでもお返しになれば幸いです。