「災難やったなぁ」
フェイトと出て行った扉を呆然と見つめる親友に声を掛ける。
間接的とはいえ自分にも責任がある結末にはやては肩を叩いた。
「もう、はやてちゃん」
「堪忍してやぁ。わざとやないし」
ぷくっと頬を膨らませてなのはがはやてを見る。
その姿は怒っているのを端的に表していて、可愛かった。
龍野のことになると本当に幼くなる。
それはなのはに限った事ではなく、フェイトの方にも充分言えた。
この分だと龍野がミッドで約束をした少女と言うのはどれだけ骨抜きにされるか分からない。
「やっぱ、フェイトちゃんに甘いよ」
「とりあえず、その問題といてた方がいいんとちゃう?帰ってきたら見るみたいなこと言ってたで」
念話の続きを蒸し返すなのはに、彼女が聞いていなかっただろう事を伝える。
さすがに怒られる姿を見るのは忍びない。
龍野が怒る場面は想像できないが念のためだ。
あんな事をしたのに―必要だったとはいえ罪悪感はある―龍野は少しも怒らなかった。
それを器の大きさと取るか、何か欠けていると取るかは人それぞれだろう。
「フェイトちゃんも終わらせてるんやし、それやれば休憩なんやない?」
はやてはとりあえず、なのはの機嫌を良くすることにした。
龍野のことで揺れやすいのは彼女だけではない。
もし機嫌の悪いまま浮かれ顔のフェイトが帰ってきたら、万が一喧嘩になる可能性もある。
いつも仲が良い分だけそれは激しいものになりそうで嫌だった。
「うん、頑張る!」
はやての言葉になのはは素直に頷いて問題に取り掛かった。
この分なら平気だろう。
ころっと機嫌を変化させる龍野の凄さにはやては笑いたい気持ちになった。
「龍野ちゃんも罪な女やなぁ」
ちょっとした仕事も終わり、自分の席に戻る。
そこにいたのは腕を組んだアリサと笑顔のすずかで。
変わらない二人にどこかホッとする。
龍野の事故から変化するばかりだった人間関係に疲れていたのだろうか。
それははやてにも分からない事だった。
「アンタ、分かってて遊ぶのやめなさいよ」
「することのないのも分かるけどね」
アリサはこういうこと-惚れた腫れただ-に口を出すのを無粋と感じる性質のようだ。
いや、確定した想いならはやてと同じように弄繰り回す可能性もある。
打ち明けられていないうちは手を出さないということだろう。
そういうスパッとした割り切りは中々できるものではなくはやては感心する。
同時に、打ち明けられていなくても分かるものはある。
そして親友が望む方に事態を転がしてやることも僅かならできる、と考えていた。
特に口下手な友人たちなのだから。
「言葉が少なすぎると思わん?あの三人」
その思いを伝えたくて口に出す。
同じような事を感じていたようで、アリサが言葉に詰まった。
うっと気まずそうに視線を逸らす。
分かりやすい態度に自然と笑顔が零れる。
「だから、すこーしだけ介入してるんよ」
龍野と親友二人の距離感は危険だ。
離れられなくなるほどにくっ付いてしまうのは良くない。
自分が言えたことではないとも思う。
家族―シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ―の為なら何でもできる自分が。
しかしだからこそ、分かることもあるとはやては苦笑した。
はやての知る龍野の性格からすれば無いとは思うけれど――甘いのだ龍野は。
特になのはとフェイトに、それは顕著に現れる。
「……ま、アタシは何も言わないわ」
「はやてちゃんのすることだもん。止めないよ」
ありがとな、とすずかに礼を言う。
信じてくれる友人がいるのはとても幸せな事だ。
そしてそれを知っている自分も幸せだとはやては思う。
同時にあの少女は自分の幸せを願ってくれている人がいることに気付いているのか心配になる。
龍野はどうも人の感情に疎い。頭は回る、裏も読める。
ただ人の好意に反応が薄いのだ。
それは明確な悪意をぶつけたはやての感想だった。
――だから困るんよねぇ。
どうすればいいか、それがとても難しかった。
余生におけるある世界との付き合い方 第二十五話 ~テストは嵐、なの……~後編
フェイトは弾んでいた。
足も、気持ちも、髪の毛も、全てが浮かれているといってよい。
その理由は明快で龍野と外に来ているからなのだ。
隣を見れば彼女がいる、それはとても幸せな事ではないだろうか。
息は白い。
寒さが水滴をすぐに結晶へと変化させてしまうためだ。
何となく、寒くないのだろうかと隣を見ると丁度よく目があった。
「フェイト?」
自分の名前を呼ぶ彼女に笑いかける。
首を傾げる姿は見慣れたものだ。
この半年で、ずいぶんと彼女との仲は進んだ気もするし、反対に少しも進んでいないような気もする。
そういう不思議な距離感が龍野にはあった。
なのははフェイトと彼女の距離が近くなったことに不満を持っている。
先ほどのことだってそうだである。
龍野は気づいていなかった。だがフェイトは知っていた。
あれはなのはに解ける問題であると。
つまり龍野を独占されたくなかったのだ。
親友の行動としては一級に珍しいものである。
そして、フェイト自身もそういう行動をとろうとしていた。
「たつのは、わたしが何か隠してるって知ったら怒る?」
言ってから、意味のないことを聞いたと思う。
龍野という人物は怒らない。
怒りの感情がないかのようなのだ。
全体的に感情が薄い人物ではある。
だがその中でも特に怒りは希薄である。
フェイトに言わせれば無いと言い換えても問題はない。
その姿は何処かなのはと出会った頃の自分を思いだして、心配になる。
――彼女にも何か抱えているものがあるのではないかと。
「隠してるの?」
質問したことに龍野は質問で返す。
まさかそう返されるとは思わず答えに詰まる。
気まずそうに顔をしかめたフェイトに龍野は小さく苦笑する。
その姿はしょうがないと言っているようであった。
「誰にでも隠し事の一つくらいある」
前を向いて言い切った。
龍野の言葉が答えられない自分を庇っての発言だとすぐに分かる。
質問に答えてもらっていないのにフェイトは内心ほっとした。
同時に、やはり抱えているものがあるのではないかと感じてしまう。
疑りすぎだと言われればそれまでだ。
龍野に何もないことは一緒にいる自分が一番よく知っている。
そう、フェイトは思っていた。
冬の風が二人の間を通り抜ける。
寒さに少し身体を小さくする。
金糸が白の空間に鮮やかな軌跡を描く。
もう少し防寒具をつけてくるべきだったかもしれない。
コートは着ているもののマフラーや手袋を要らないと判断したのは間違いだったようだ。
そんな風に少し後悔していると左手に温かさを感じてフェイトは顔を上げた。
「人のことは、完璧にしたくせに……」
龍野の右手がフェイトの手に繋がっていた。
手袋に包まれたそれは温かい。
だがそれより彼女がそういう行動に出たのが珍しくてフェイトは目を丸くした。
「なんでマフラーも手袋もしてないかな」と龍野がぼやく。
その言葉も驚きに耳を通り過ぎていった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
――どうしよう。
フェイトは少し顔を伏せた。
さっきまで寒かったはずなのに身体が熱くて仕方ない。
特に顔に熱が集まっているのは間違いなく、今鏡を見れば赤い顔をしているだろうと思う。
龍野の見せるふいの優しさはフェイトの心に突き刺さる。
好きになっていくのを止められない。
「……ずるいよ」
龍野はずるい。
フェイトは小さな声で呟いた。
確かな別れが二人の間には待っている。
フェイトはミッドチルダの出身だ。それに対し龍野は地球生まれで、ましてやリンカーコアもない。
なのはやはやてとは違う――魔導師になれない人間。
自分の勝手で他の世界の存在を知らせるのも、そこに連れていくのも駄目なことだとフェイトは考えている。
だからといって龍野を-自分のせいで片腕が動かなくなった少女を-置いていけるかと言えばできない。
連れていくのも、置いていくのもできない。ならば残る道は一つになる。
だがその道を選ぶことは苦痛に近い。
親友達とは道を違えることになる。
養子にしてくれた今の家族も裏切ることになる。
何より龍野自身がそれを望んでいない。
フェイトは身動きがとれない状況になっていた。
「ん?なにか言った?」
「ううん、何も言ってない」
状況はよくない。
それでも今くらい忘れていても良いのではないか。
幸いなことに期限が差し迫っているわけでもないのだから。
フェイトは自分をそう納得させた。
今だけはこの手に灯る温もりだけを感じていたかった。
*
「あ、おっそーい」
「もうこっちは終わったでぇ」
玄関を潜ってすぐに聞こえたのは二つの声だった。
少し視線を動かせばアリサとはやて、すずかの順で歩いてくるのが見えた。
迎えに来たのだろうかと少し首を傾げフェイトと目を合わせる。
靴を脱いで家に上がる。
繋いでいた手は玄関の前で解かれている。
それが少しだけフェイトには悲しかった。
「なのはちゃんももう少しみたいだよ?」
ブーブー文句を言う二人は放置する。
少し話をしていたがそこまで遅れたわけではないのだ。
すずかの言葉に龍野は彼女を一瞬見て、それから考えるように目を伏せた。
迎えに来ない時点で終わってないという予想は充分着いていた。
「そう。ありがとう、すずか」
「いえいえ、どういたしまして」
態々教えてくれた優しい同級生に礼を言いながら問題児のいる部屋に入る。
すずかは相変わらずニコニコとした表情で龍野の動きを見ていた。
フェイトはまだ玄関から少し入った廊下でアリサ達に捕まっている。
待っているのも吝かではなかった。
だがなのはが終わってないというのならばそちらを優先させなければいけないだろう。
「ただいま、なのは」
部屋に入りマフラーとコートを脱ぐ。
片手というのに少し手間取った。
この頃はフェイトが全てしてくれたためだ。
甘えてるなぁと自分に小さく呟いて、龍野はそれらをハンガーにかける。
出かけたときと変わらない姿勢で問題集に向かい合うなのはの隣に座る。
手は止まっていた。解けないからなのか、家主の帰還に止めていたのかは判断できない。
しかし龍野の瞳に映った表情が憮然としたものだったことから恐らく後者だろう。
ご機嫌斜めのエースに決まったとおりの言葉を掛ける。
「おかえりなの……随分ゆっくりだったね」
「そうかな」
「そうだよ」
とんとん、となのはがシャープペンの先を問題集の端に叩く。
イラつきが行動にも顔にも出ていた。
ゆっくりだったという言葉に龍野は時計を見る。
今の時間と出かける前に見た時計の位置を思い出し計算する。
大よそ四十分ということろだろうか。
コンビニに行くにしてはゆっくりだったとも言えるし、歩いていった事を考えればそれほど遅いわけでもない。
フェイトが荷物を持たせてくれなくて一悶着あったのも関係している。
どうやって機嫌を直そうか――龍野は原因不明の病に立ち向かうようにそう思った。
「何か話してきたわけ?」
龍野がそう思っている頃、アリサ達三人とフェイトはまだ廊下にいた。
フェイトは龍野の後を追いたかったのだがアリサ達に引き止められできなかった。
はやてはにやにやした表情で、すずかはにこにこしている。
何よりアリサがこうなると答えない限り進ませてくれないだろう。
龍野の手伝いは諦める。
最後に未練がましく部屋へ続く扉を見てからフェイトは答えた。
「ううん、買い物しただけ」
「それにしては遅かったじゃない」
ふるふると首を振る。
その姿にアリサは少し目を細めた。
何かを話したりもしたが歩く足はほとんど止めていなかった。
その歩調がゆっくりだったと言われればフェイトは何も反論できない。
だが家に居たアリサがそれを知ることはないだろう。
結局、買い物をして帰ってきただけというのが事実なのだから。
「アリサちゃん、乙女の秘密に首突っ込まん方がええで」
「なっ!アタシは少し気になっただけよ」
ぽんとアリサの肩に手を置いてはやてが茶化す。
言われた方はといえば少し慌てた様子だった。
友情に篤い彼女は時々踏み込みすぎて喧嘩をすることが度々だった。
相手を思いやっての喧嘩だから後に残ることはない。
しかしアリサからすれば後悔することもあるのだ。
短気な性格は自覚している。
「フェイトちゃんはシャイなんやから、正面から聞かれても答えんと思うよ」
親友の性格は分かっているとばかりにはやてが言う。
その言葉にフェイトは少し首を傾げた。
別に恥ずかしがるようなことは、ない。
何回も言うように話して買い物をしてきただけなのだから。
ただ龍野との話を大声で自信満々として話せるかといえばできない。
そういう意味でははやての言葉は全く的を射ていた。
「どこまで出来た?」
そんな廊下でのやり取りを知らず、龍野は率直に尋ねた。
機嫌が悪い理由は未だ不明であるが今日の目的を果さないわけには行かない。
はやてが推理した通り、この問題さえ解ければ休憩に入ろうと思っていた。
ノルマとしては充分な量をこなした事になるし彼女達の真面目な性格からして根を詰めすぎるのもいけない。
なのはもぶすっとした表情のまま空白になっている問題を指す。
「これだけわかんない――フェイトちゃんの疑問に答えてあげた?」
なのははじっと龍野の横顔を見つめる。
余り感情を顔に出さない彼女だが、読み取れることはある。
何より親友のことを気にしていたのはなのはも同じであった。
そしてそれを解決できるのは龍野だけだというのもわかっていた。
「これか――知ってたの?」
なのはの言葉に龍野は眉を上げた。
少し意外だった。だが二人の関係を考ええればそうおかしくもない。
示された問題を一度読みながら龍野はなのはに返す。
古典にありがちな、主語・動詞の関係を示すものだった。
補語やら修飾語やらがついて面倒くさい。
確かに少々梃子摺るのも仕方ないだろう。
「繋がりが分からないの――聞いてたから、一応は」
問題と会話の並列的な会話を続ける。
なのはは分からないポイントを口にした。
そしてフェイトが悩んでいることについても肯定する。
龍野を巻き込めない、これに関しては同意見だ。
いや、巻き込めないというより巻き込みたくない。
彼女が傷つく結果が出たらきっとなのはは自分を許せない。
だからといってフェイトのように別れだとかを考えるまでには至っていない。
何故なら離れる気が無いからだ――この点ではやての心配は既に当たっていた。
今できている生活が出来ないなど、なのはは考えていない。
「意地が悪い」
龍野はなのはの言葉に苦笑した。
そこまで知っているなら会話である程度遅くなるのも予想できただろう。
むしろそこまで遅くなったわけでもない。
それなのに彼女は“遅い”と龍野を責めていたのだ。
小さな意地悪である。
「フェイトちゃんばっかに構ってるから、なの」
握っていたシャープペンを放す。
パタンと机に倒れる音がして、なのはは龍野の顔を見た。
そこにあるのは少し大人びた幼馴染の顔。
微かに驚いているのがなのはには分かった。
「なのはの、親友だよ?」
「わかってる」
分かっているなら何故という感情が浮ぶ。
なのはは友人を疎かにするタイプの人間ではない。
そして龍野にもそれは言えることである。
フェイトは龍野にとって大切な人だ。
不本意な繋がりだった――それでも彼女の笑顔が綺麗という感想は変わらない。
この頃やっと慣れてきた気配はあるが、ふとした時にその余裕は崩れてしまうのだ。
同時になのはもずっと付き合ってきた友人で、彼女の過酷さも見てきた。
なのはの表情は変わらない。
親友に嫉妬するなんてという感情もある。
それでもこの頃龍野はフェイトにばっかり構っている気がしてならないのだ。
「何だか、よく分からないけど」
機嫌の直らないなのはに龍野は少しだけ眉を顰めた。
それから表情を柔らかくする。笑顔と言うよりは呆れたような顔なのが悔しかった。
「うん?」となのははその表情を見ながら聞き返す。
今日の彼女はよく喋る。
それだけ気にしてくれているのならなのはは嬉しくなる。
「助けられなくても受け止めることだけはできるから」
言葉を探して、投げる。
なのはが思っている龍野が知っていることとの齟齬が出ないように選ぶ。
助けられない。それはずっと思ってきていることだった。
だけど受け止めるくらいならできる。彼女たちのことは下手したら彼女たち以上に知っているのだから。
龍野の言葉になのはは目を見開く。
まるで自分たちのことを知っているような口ぶりだった。
そのままの表情で龍野を見れば、優しく微笑んでいて。
なのはは少しだけ顔を俯ける。
「フェイトも同じようなこと気にしていた」
続いたセリフに気が抜ける。
そうだ、龍野という少女はこういう所があるとなのはは思う。
喜ばせておきながら、直ぐに落とすような、それでいてやっぱり嬉しくなる。
そんな難しいことを難なくやって見せるのだ。
「龍野ちゃんは――――」
――女心を学ぶべきなの。
そんな呟きは溶けていくだけだった。
第二十五話 ~テストは嵐、なの……~後編 end
とりあえず、テスト終わり。
一、二話挟んで時期が跳ぶと思われます。
予定として
①フェイトとなのはの喧嘩
②なのフェイとはやての喧嘩
③アリすずと龍野の心温まる話
の三本がありますが、どれにしましょうかね……
ま、書いてますが基本的に予定は未定です。
感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
こんな百合しかない話をいつも読んでくださり嬉しいです。
長くなってきたと思う今日この頃ですが、まだ続きそうなので暫くお付き合いください。
そして更新が不定期すぎてすみません。
週一目指してるんですが、週によって筆の進み具合が違いすぎます。
週二の時もあれば越えるときもあるのでお暇なときに覗いてやってください。
ではまた。