時を少し遡って、千夏がはやてと出会っている時…
彼女達とは違う次元のある場所にある執務室にグレアムは一人、空中に様々なウィンドウを表示し仕事をしていた。
と、その足元にいつからいたのか、一匹の猫が間延びした鳴き声を上げた。
「ん?どうした?」
彼は、猫の鳴き声に作業をいったん中止し視線を移す。
猫と数秒見詰め合っていると、顔が困惑したものに変わった。
「……その子の身元は分かるか?」
先ほどより声が硬くなった問いに、猫は再び間延びした声を出す。
すると、目の前に二つのウィンドウが表示された。
一つは、はやてと千夏が話をしている映像。
一つは、所々穴があるものの写っている長髪の少女…千夏の顔写真付きデータが記載された映像。
グレアムは映像とデータを黙って眺め、しばらく部屋を沈黙が支配する。
そして、その沈黙の中で考えがまとまったのか猫へと再び視線を向けた。
「至急あの男と連絡を取れるようにしてくれ。あと、この少女と話をする準備と場所を…」
了承の鳴き声をしたあと、部屋を出て行く猫を見送った。
その後、グレアムは仕事を再開せず両手を机の上で組むと額を乗せ、深い溜息を吐いた。
第5話
『新生活と戸惑い』
スズメの鳴き声で、俺はゆっくりと目を覚ました。
時計を見ると5時30分で、まだ外は薄暗い。
二度寝しようにも、自分の家以外では深く眠ることができない俺は、一度起きてしまったことで完全に目が覚めてしまい眠ることはできそうになかった。
『おはようございます。マスター」
「おはよ」
さらに、ヴァイスリヒターの起床の挨拶を受けたことで、二度寝は諦めて布団から出ると昨日のうちにバックからクローゼットに移し変えていた服の中から着るものを適当に選んで袖を通していく。
『マスター』
「…ん?」
『監視されていますが、どうされますか?』
「……そのままでいいよ」
『Yes, My master』
まあ分かりきっていたことなので、驚きはしないがいい気分ではない。
ただ、ヴァイスリヒターに言われるまでは監視されていたことに気付かなかったので、そのうち慣れるだろうと強きに思っておくことで考えるのを辞めると、いつの間にか止まっていた着替えを再開した。
ちなみに、クローゼットにある洋服類はすべてリーゼ姉妹が用意してくれたものである。
バリアジャケットの下が白衣一枚だということを知ったら、何故かリーゼアリアに延々と”女の子について”を聞かされた。
確かに軽率な行動だったと思うけど、それ以外に着るものがなかったのだから延々と説教はやめて欲しい。
さらに何処で聞いたのか”話は正座して聞きなさい”とか言うもんだから、終わってから数分間は足の痺れでその場から動けなくなるわ、リーゼロッテは痺れている足を突きに来て痺れが治るまでに何度も悶絶するわで、散々な目にあった。
後に、俺が悶絶しているときの顔が萌えたら”ついやり過ぎたのよ”とリーゼロッテから謝罪なのか苦情なのか良く分からない理由を聞かされるのだが、それはまだまだ先の話である。
セーターとロングスカートという格好になり、首にネックレス状にしたヴァイスリヒターを掛けると寝ているであろう家主を起こさないよう静かにキッチンへと向かう。
この家に住んでいるものとして、最低でも家の事を手伝わないと気分的に落ち着かない。
男だった頃は、独り暮らししていて食費軽減のために自炊していたのだから簡単な料理なら作れるから作ってみようと思う。
だけど、よくよく考えると勝手にキッチン使って起こられたりしないかな?
と自分の行動に疑問を持つが、それはキッチンに到着したときに関係なくなった。
「……はやて?」
「あっ、千夏。おはよう」
キッチンには慣れた手つきで朝食の準備をしている、はやてがいた。
すでに、調理も終盤あたりであるため俺が起きるよりさらに早く起きたことになる・
「えと、早起きだね」
「ホンマはまだ寝てるやけど……なんや、目が覚めてもうて」
赤くなった頬をかきながら照れ笑いする彼女に、こっちまで顔が赤くなってしまう。
「えっと…て、手伝うよ」
「あ、うん。ほなら、これを……」
「…?」
照れ隠しで、朝食作りの手伝いを使用と思ったのだが、はやては俺の頭を見て「う~ん」と困惑というか苦笑している。
寝癖なら、ちゃんと鏡を見て直したし何かあるのかなと頭に手を触れるも、特に何かあるわけもない。
「私の頭、何か変?」
「いや、そうじゃなくてな。料理するんに邪魔にならへん?」
髪を指差しながら尋ねてくる。
俺は肩に乗っている髪を見て、確かに縛らないと邪魔になりそうだなと思うものの、ヘアゴムなんて持ってない。
適当にハンカチとかで縛ってみるか?
「ヘアゴムないから、ハンカチで代用できるかな?」
「う~ん、千夏ちょっと一緒に来て」
「?。うん」
何かを思いついた彼女の後をついていくと、目的地は洗面所だった。
何をするのか分からないので黙って行動を見守っていると、脇にある棚から何本かリボンを取り出した。
そして、その中からさらに何本か手に取ると俺とリボンを交互に見ながら、悩みだす。
「あの……はやて?」
「ちょっと、まっててな。う~ん、この色だと千夏には…これだと―――」
「……」
ここまでくれば何をしたいのか分かったが、だからといってできることは悩んでいる彼女を見守ることだけという状況。
結局、数分間ほど悩んだ結果。
「うん。やっぱり黒髪には白やね」
「えと、ありがとう」
はやての手によって、俺の髪は首の辺りで一つに纏めリボンで結われている。
首の後ろなので、どんな感じになっているか分からないのだが、はやての満足げな表情で見る限りには似合っているのだろう。
その後、俺も朝食作りに参加してテーブルにはご飯やお味噌汁といった和の料理が並んでいった。
はやての手際の良さは小学生レベルを楽々と超えており、手伝いをする隙がない俺は食器を並べたり配膳したりできなかった。
そのため思わず感嘆の声を上げると、はやては照れ笑いを浮かべていたが表情は少し寂しそうだった。
やってしまった!?と思いつつも、寂しそうな表情の理由はすぐに想像できたた。
なので、その表情に気付かないフリをしつつ、別の話題へと逸らすべく話の種を蒔く。
「今日は予定ある?」
「ん~、今日は病院に行く以外は……せや、千夏の生活用品を買いに行かなあかんね」
「……なんで?」
「あたりまえやろ。いつまでもお客様用の食器を使うわけにもいかんし、そもそも千夏は服以外なにも持って来てないしな」
「うっ……」
はやての言葉に、思わず呻き声を上げてしまう。
実際、俺はリーゼ姉妹から受け取った洋服類とヴァイスリヒター以外は何も持っていないというか持つ暇がなかった。
気がついた場所が場所だけに仕方がないのだが、はやてがそんなことを知っている訳がないので意味を持たない。
はやての手を煩わせることはさせたくない。と断ろうとしたが、見た目が少女になってしまった以上は男の頃に使っていたものを買って使うわけにはいかないので見た目相応の物……キャラ物とかは勘弁して欲しいが、使ってても浮いたりしない物を選ばないとなのだが……この年代の子の思考なんて俺には全く分からない。
ならば、一緒に行ってくれるという彼女の提案を断ることなどできるはずもなく。
というか、独りで買い物に行く勇気が……
そんな話の後から始まった朝食の中、俺の事を色々聞いてくる彼女に捏造を少し交えつつも極力正直に答えを返し、お返しにと俺もいくつか素朴な疑問をしていった。
すると、そんな会話の中から原作では説明されなかったモノを知ることができた。
はやてが独りで、この家に住んでいることに何の問題も発生しない理由だ。
こんな状況、俺のいた世界では保護者であるグレアムの保護責任問題が発生するのは確実だ。
だが、話を聞いていくと周辺の住民は独り暮らしをしていることに、何の疑問を持っていないことが分かった。
普通に考えても異常な状況だと分かるのに誰も変だと思っていないということは、魔法で記憶か認識の操作をしているのだろう。
あとは、考えたくはないが……金を握らせているとか脅しているとか……
ただ、はやての担当医師である石田さんは普通に今の状況を疑問に思っているらしいのだが、はやての性格上か公共機関へ報告等はしていないそうだ。
思ってた以上の現状と、必死に明るく振舞おうとする彼女に助けてたいという思いが積もると共に、グレアムの対応に疑問が膨れ上がった。
話を聞く以上、孤独させるという方法は成功しているのにイレギュラーの塊である俺をここへ送り込んだことは矛盾している。
自惚れて言わせてもらえれば、初めて会った時と俺が一緒に住むと分かった後では、はやての明るさは雲泥の差がある。
俺をここにおいた意味は何なのだろうか?
”闇の書”関係なのだろうか?それとも別関係の?
監視がついているせいで調べるに調べられないし、どうしたものか……
----------
----------
朝ご飯を食べながら、昨日は千夏が来たことに舞い上がってしもうて聞けなかった事をいくつか聞いてみた。
千夏のモノを買いに行った時に何も知らんで買うより、少しでも千夏のこと知っとれば選ぶのに困ることなんてならんし……まあ、リボンの時はつい私の趣味で選んでもうたけど……
話をしていくうちに、ふと気付いたことがあった。
初めて会った時もそうやったけど、千夏は言葉数は少ない。
最初は嫌われとるんかなって悲しくなたったけど、話をしていくうちに話すのがあまり得意じゃないのかもしれんと思えてきた。
よく「えと…」とか「あっ…」とか言葉がうまく出てこなくて悩んどるのを見るしな。
それと、よく考え込む癖がある。
たった一日で、考え込むときはいつも持っとる銀色の十字架を指で弄る癖があるのが分かるほどの頻度だ。
……ほら、今も…
「……千夏?」
「ん?あ、何?」
「……何でもない」
「?」
おじさんの秘書さんから「あまりに過去のことは聞かないであげてね」って小声で言われたけど、それと関係あるんやろか?
聞かされたのは、孤児でおじさんが引き取ってここで暮らすことになった。ってことだけやし
まあ一日やそこらで分かるはずないし、これから一緒に住むんやから少しずつ分かっていこう。
さて、今日は病院に行く日やけど…
その前に千夏の外見を気にする癖をつけても貰わんとな……屈んだ時に、セーターの隙間から見えとるの気付いとらんようやし……
私より大きいんやからもっと注意せなあかんのに……まったく大きい妹が出来たみたいや