勤労少年ユーノと出会った翌日早朝。
俺は朝から便意をもよおし、野外で出すものを出していた。
「ん? ちょっと下痢っぽいか? まあいい、そんなことより紙紙っと」
お腹の調子もすっきりしたところで魔法を用いてトイレットペーパーを手元に召喚する。
そして拭くものを拭いて汚物ごと魔法で吹き飛ばした。
「あ、やべっ。 今無意識で飛ばしちゃった」
朝起きたら直ぐにでもユーノのところへ飯でもたかりに行こうかと思ってたけど、これはちょっとやめたほうがよさそうだ。
今行ったらアレを見ながら飯を食う羽目になるし。
もし大変な味のカレーとか出てきたらそれこそ発狂しかねん。
それは流石に地獄ってレベルじゃねーだろ。
あー、でもこれ、もう体に染みついちゃってんのかなぁ?
今後人間社会で生活していく上で同じことをやらかしたらえらいことになる。
その前にこの癖は何とかしないとやべえだろ。 社会通念的に考えて。
「おいバール、お前も止めてくれればよかったのに」
「すまん、余りに動きが洗練されすぎてて止める隙がなかった」
「お前が魔法式を読み込まなきゃいいだけの話じゃねーか」
俺は日本の管理職によく見られる自己正当化のための責任転嫁を図った。
「いや、私は先程魔法式の読み込みは行っていない。 自分の力だけで魔法式を展開し、私に蓄えられていた魔力を無理やり持っていった上、何のためらいもなく人のいるところに汚物を飛ばす。 並の人間にはできないことだ。 流石だな。 そう考えるとその魔力光の色も実にマスターに似合っていると言えよう」
「や、もうほんと反省してるんでその程度で許してください」
俺だって好きであんな色の魔力光な訳じゃねーよ畜生。
「人に責任を押しつけようとするからだ。 正直に言えばいいじゃないか。 案外幼子のやったことと皆笑って許してくれるかもしれないだろう?」
「そんなわけないだろ。 お前はいきなり肥溜めにぶち込まれても笑って許せるのか?」
「すまん。 考えるまでもなく無理だ」
適当言うんじゃねーよ。
ちょっとはものを考えて言えや糞デバイスが。
「まあ俺が魔法を使うところは見られてないから魔法さえ使わなければバレないだろう」
「既に謝ることなど毛頭考えてないのか。 本当にマスターはどうしようもないな」
いや、悪いとは思ってるんだってマジで。
「本当に罪悪感を感じているのなら手ぶらで行くのはどうかと思うぞ」
「そうだなぁ。 確かに何か手土産を持って行くというのはナイスアイデアだ。 俺の場合だと鉱物を貰えればめちゃめちゃうれしいけど――」
「普通の人はそんなものを貰っても、まず喜ばないだろうな」
「ですよねー」
やっぱり貰えたら嬉しいもののほうがいいよなぁ……
「あ、なら食べ物とかいいんじゃね?」
「そうだな。 ああいったキャンプだと水分の補給が重要になってくるから果物なんかがいいのではないか?」
「いいねぇ。 でもいつもんとこに生ってるのはもう採り尽くしたから、多分もう残って無いぞ?」
いつも食事の後は野生の苺を採ってきて食べているのだが、そこに生ってるものは一昨日食べ尽くしてしまったのだ。
「本気で反省しているのか? 誠意を見せるのなら、自分も相応の痛みを受けるのが本当の反省というものだろうが」
「つまり探せってことか。 そりゃそうだ。 それぐらいしないと詫びの気持ちは伝わらないよな」
それに新しい餌場を見つけられれば俺にとっても大きなメリットになる。
「いや、でも反省の念とか伝わったらまずいじゃん。 俺が犯人だってばれちゃうし」
「そんな心配はいいからさっさと動けよファッキンマスター」
「シャラップ。 お前ってホント口悪いよな」
「何、マスターほどではない」
多分俺は今泣いても良い。
そうして見えない反省の意を見せるため、俺とバールは森の中へとまだ見ぬ果実を探しにやってきた。
「やっぱり苺はもう残ってないな」
「残ってる物もほとんど虫に食べられてしまっているようだ」
案の定いつもの場所には食べられそうな苺は残っていなかった。
「となるとなにか別なものを探したほうがよさそうだな」
「だがあとはせいぜい山菜やキノコぐらいじゃないか?」
キノコか。
水分補給にはめちゃめちゃ適していなさそうだけど、まあ手ぶらでいくよりは全然ましか。
「そうだ、たしかここから1kmほどいったところにコナラの木があったよな?」
「なるほど、椎茸か」
「ご名答。 こないだいくつか小さいのが生えているのを見かけたんだよ。 だからよく探せばいいのが見つかるかもしれん」
たけのこでもあればよかったんだが今のところ竹自体が見つかっていない。
俺は椎茸は好きじゃないので採集しなかったのだが、アメリカでも椎茸が手に入ることは普通に驚いた。
いや、アメリカ(仮)だったな。
それから山の中を歩くこと十数分。
俺とバールはコナラの群生地帯に到着した。
「おお、意外と見つかるもんだな」
「これで貧相だった食生活も幾分か改善されると良いな」
「だから椎茸は食わねえって。 というか移動魔法もある程度使えるようになったし、そろそろ人の生活に戻ろうと、思う、ん、だ、が――」
木に生えている椎茸をもぎ取っていると、突然何かが俺の首筋に落ちてきた。
俺は若干恐怖を感じつつも、見ないわけにも行かないのでそれを手にとって確認した。
「ほっ。 何だ毛虫か。 うわっ、でもめっちゃキモっ」
俺はその毛むくじゃらな体長4~5cm程の虫を葉っぱで包み、どこか遠くへ転移魔法で吹っ飛ばした。
今度はちゃんとユーノ達の居ないところへ飛ばしたので問題はない筈である。
「これであの生き物の生息範囲は広くなったことだろう。 ああ、いいことをしたなぁ」
「たった一匹で生息範囲が広くなるわけないだろう。 なんだ、マスターは毛虫も苦手なのか」
「べ、別に苦手とかそんなんじゃねえって。 ただちょっと毛虫さんのために何かできないかと考えた結果がああなっただけだ。 いやあ、あの毛虫さんには悪いことしちゃったなぁ」
俺はへらへらと笑いながらそう言った。
はっ、たかが毛虫なんざ今の魔法が使える俺には怖くもなんともないもんね。
「そうやって笑っていられるのも今のうちだ」
「え? 今なんて――」
ドサッ
『言った?』とバールに聞き返そうとしたタイミングで俺の頭や肩、そして背中に何かが大量に落ちてきた。
これは、まさか。 おい、やめろ、頼むから予想が外れていてくれ――
俺はそう思いながら自分の頭にそっと手を伸ばした。
「残念だったな。 マスターの予想通りだ。 全部で何十匹居るのか、ちょっと見ただけではわからないな」
「うぎゃああああああああ!!」
「いい悲鳴だ。 期待を裏切らないその運命はまさに天性のものだろう。 転生だけにな」
「つまんねーよ! マジでつまんねーんだよ! ぶっ殺すぞコノヤロウ! ぶっ殺すぞコノヤロウ!」
「木の皮で私を削ろうとするのはやめろ。 いくら自己修復機能があるといっても傷つくのはあまり好きじゃない」
俺は錯乱しながらバールを木に叩き付け、さらに毛虫が大量に降ってくるという目に合うことで因果応報という言葉の意味をかみ締めることになった。 ガッデム。
そうこうしている内に昼になってしまった。
お土産として他にも何か探そうとは思っていたが、結局それは諦めることに。
というかそれどころじゃなかったしな。
一応椎茸でもお詫び代わりにはなるだろうし、そろそろユーノのところへ遊びに行こう。
「忘れ物はないか?」
「そうだな……あ、ジュエルシードも持っていかないと。 バール、どこにやったか知らない?」
「昨日ポケットに入れたままだろうに」
「あ、ホントだ。 ポケットに入ったまんまだった」
うん、これはちゃんと返さないと。
魔力素の結晶は初めて見たので少し欲しいと思わなくもなかったが、バールはこれの作り方を知ってるみたいなのでどうしても欲しくなったら自分で作るとしよう。
あれ? これの作り方は知らないんだっけ?
「マスターは本当に馬鹿だなぁ」
「お前はのび太君に呆れ果てるド○えもんかっての」
そんなやり取りをしながら昨日の遺跡近くまで魔法で転移。
そこからユーノ達が寝泊まりしているキャンプまでは歩いて行ったのだが、なんか遺跡の一部が崩れてたりキャンプが黒く焦げてたりでえらいことになっている。
「ようユーノ」
「ああサニー。 よく来たね」
「これ、おすそ分けの椎茸。 適当に焙って食べてくれ」
「ありがと。 後で皆に渡しておくよ」
そう言いながら俺から袋を受け取ったユーノは何処か元気がない。
まあ、椎茸は色が色だからそれでげんなりしたってのも考えられるけど。
「どうした、今日は隕石でも降ってきたのか? テントも含めてなんかいろいろとボロくなってんぞ」
「はぁ。 隕石ならどれだけましだったか。 今日は本当に大変だったんだよ……」
ユーノは凄く疲れた様子で呟いた。
うーん、昨日今日でなんか痩せた? っていうかやつれた?
「大変ってあれか? また空からヤギさん郵便でも降ってきたとか」
「うん、それがらみ。 今日のは特にひどくてね。 今回は外でジュエルシードを別の運搬用容器に移し替えようとしていた時に振ってきたんだけどさ。 丁度真上に降ってきたんだよ。 例の物が」
今ので俺はあの石についての興味を完全に無くした。
Goodbye my lavvy. (さよなら私の便器ちゃん)
「昨日遺跡に遺されていた文を訳してわかったんだけど、ジュエルシードには近くにいる生物の意志に反応して願いを増幅させる機能があるらしいんだ」
つまり願いが叶う石だってことか?
そういうのを聞くと、やっぱりここが異世界だという実感が湧くよな。
やっぱ魔法すげえ。
「んで、それがどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、その時そこにいた皆が『触りたくない』って強く願ったせいでジュエルシードが暴走」
それはまたとんでもない願いごとだな。
でも俺もそこにいたらそう願っちゃいそうだ。
まったくもって申し訳なかったです。
「そしたら台所でよく見かける黒い昆虫が見渡す限りに現れて、辺り一帯阿鼻叫喚の地獄絵図」
「Oh snap! (あっちゃー)」
見渡す限りのゴキブリ地獄とか、ハリウッドのパニック超大作でもそんなシーンは使わないっつの。
だって映画館ゲロまみれになっちゃうじゃん。
「しかも奴ら、結界に閉じ込めても焼き払ってもジュエルシードの力で次から次と現れる。 もう本当に最悪だったよ」
ごめん、ほんっとごめん。
今ちょっと想像しただけで凄い寒気がしたわ。
それって俺の思ってた地獄絵図をはるかに超える状況じゃねえか。
つーかジュエルシードすげーな。
もう生物兵器じゃん。
というかますます俺が魔法を使えることは言えない状況になってきた。
ここでバレると俺、ここの皆にバラされますよね。 細切れ的な意味で。
「それでさっきまでそれの対処にあたってて。 それでもう皆くたくた。 だから今日の発掘作業はもう中止だね」
「ごめんなさい」
「別にサニーが悪いわけじゃないよ」
「あ、うん。 でもほら、俺がもっと早くにきてたら何か手伝えたかもしれないし」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
ああ、こいつほんといい奴だなぁ。 自分も大変だったろうに。
「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれ。 死なない程度なら何でもするからさ」
「ホントに?」
「あ、でもさっきの話みたいなのはできれば No thank you でお願いします」
俺の態度に思うところがあるからか手元でバールがチカチカ光ってる。
いやわかってるけどさ、流石にそんなホラーな状況は俺がショック死しちゃうから。
「僕ももうあんなことはないと思いたいよ。 ところでサニー」
「何だ? さっそく何かあるのか?」
「僕はこれから時空艦船にのってジュエルシードをちゃんとした実験装置があるところへ護送するんだけど、一緒にきてくれない?」
「ん? どういうこと?」
「いやさ、さっきの出来事以来皆あのロストロギアと同乗するのを嫌がってて」
まあそれはそうだろうな。
俺がその立場なら絶対嫌だもん。
「僕は本来そこに行く予定じゃなかったんだけど、初めにジュエルシードを発見したことと、発掘責任者だという理由から、結局僕が行くことになっちゃったんだ。 でもあれと一対一になることを考えたら結構精神的にきついものがあるよね? だから話し相手が欲しいんだ」
「でもそれって急な話だろ? 俺が行っても大丈夫なのか?」
「問題ないよ。 予定より大分早くなっちゃったけど、もともと昨日の時点でそのことは考えてたんだ。 サニーに外の世界を見せてあげたいってのもあってね」
「そういうことなら喜んでお供します」
そんなことならいくらでも付き合いますとも。
このお誘いは自己紹介の時『俺、今一人でこの世界に住んでるんだよね』と話したことも関係しているんだろう。
その好意、ありがたく頂戴いたします。
「ちなみにその船旅ってどれぐらいかかんの?」
「詳しくはわからないけど、迎えに来るのは少し古めの船だって言ってたから1ヶ月ぐらいかな? 航路によってはもっと掛かるかもしれない」
「OK、なら家に帰って準備してくる。 あ、飯は出るの?」
「出るって聞いてるよ。 船内に食堂があって僕らは無料だって。 ちなみにあと3時間ぐらいで来るそうだからなるべく急いでね」
この世界に来て初めての普通の食事、しかもタダ飯ときた。
なんか『時空艦』とか厨二臭い単語が前についてるけど船は船だろ?
話し相手がいる長期間の船旅かぁ。
こういう話せる相手と一緒の旅行ってのは初めてだから非常に楽しみだ。
バールはただの喋る金玉だしな。 だぁ、うっせうっせ眩しいから無駄に光るな。
さて、そうと決まれば必要な荷物について考えないと。
まず絶対に必要なものは着替えとタオル類だろ?
それに海に落ちた時の為にも救命胴衣は入れておくべきかなぁ。
そういえば船なんだから酔い止めとかもいるのか? いざというときの為に一応探してみるか。
あとはデジカメとトランプもだな。 確かリビングの何処かで見たはず。
キャッチボール用のボールとグローブとかも持っていきたいけど、流石にこれは止めておこう。
ボールとか海に落としたら拾いに行けないし。 そもそもサイズが全然違うってのもある。
他には知らないところに行くわけだから露頭があった時の為にハンマー、磁石、コンパス、ルーペ、クリノメーター、野帳、軍手、筆記用具、サンプル袋、雨具は必須だな。
ついでにユーノにこっちで見つけた面白い鉱物でも見せてやるか……ってそうだよ、ジュエルシード渡すの忘れてた。
まあ、船の中でも渡す機会はあるだろうし、別にいっか。
俺はそんな感じで旅行に持って行くものを考えながら秘密基地へと一旦帰った。