新生活初の第一種接近遭遇を果たした俺は一瞬の混乱がみられたものの、なんとか無事に自己紹介を終えることができた。
だが同じ英語のはずなのに何故か意味が誤解されて伝わるし、こっちとしてもよくわからない表現が数多く見られる。
そこでこの問題を解決する方法として、翻訳魔法を試しに掛けてもらうことになった。
するとあら不思議、普通に日本語で会話を進めることができるようになりましたとさ。
改めて魔法すげえ。
それはさておき、俺たちは自己紹介の後お互いについていくつかの質問をしているうち、『お前わかってるな! 最高だぜ!』『君こそわかってるじゃないか! ひゃっほうぃ!』と意気投合(若干誇張あり)。
その流れで今俺が陥っている状況を簡単に話すと、彼はさらに俺に対し興味を持ってくれたようだ。
そうして今に至るのだが、相手が同年代、しかもどちらも学者肌ということもあってか話が弾む弾む。
人間とこれだけ話したのはもしかして生まれて初めてかもしれない。
というかどう考えても初めてである。
「へえ、遺跡発掘ねえ。 ところでスクライア、ここは誰の墓だったの?」
今話してるこの相手はユーノ・スクライア(9歳)といって結構有名な一族の一員なんだそうだ。
そのスクライア一族は発掘を生業としている一族として考古学会では有名らしく、『血の繋がり? そんなの関係ねえ』と捨て子でもなんでも拾ってきては家族にし、情によって労働力を確保するといったことを繰り返して大きくなった一族らしい。
ユーノもそうやって拾われた一人だという。
否定はしないよ?
だって放置して餓死させるよりよっぽどましじゃん。
「僕の事はユーノでいいよ。 それとここはお墓じゃなくて何かの研究施設だったみたい。 結構奥まで土砂で埋まってたり、通路が潰れてたりするから細かいことはまだ分かってないけど」
「じゃあこれからはユーノって呼ぶことにするわ。 んで研究施設? どれぐらい前の?」
つかコイツ名前かっけーな。 顔もイケメンだし。
しかもこの若さで遺跡の発掘責任者ってどんな勝ち組だよおい。
俺なんて27でまだ博士課程なうえ最期はひきこもって孤独死したって言うのに。
人生って不平等にできてるよね。
「一応1,000年以上前だとみてる。 ちゃんとした分析にも回したんだけど、何故か『年代測定の結果ここはつい最近作られたものです』というデータが上がってきてね。 その時は流石にどうしようかと思ったよ」
「確かに。 これどう見ても1,000年ぐらい軽く経ってそうだしな。 一体何があったんだ?」
俺は遺跡から出土したと見られる数々の発掘物を見ながら、妬みや嫉みをおくびにも出さずにそう言った。
「どうも測定を行った学生が操作方法をちゃんと理解しないで装置を動かしたせいで、装置そのものを壊しちゃったんだって。 それでそのことを隠そうとして適当にデータをでっちあげたみたい。 しかも試料自体も汚染されて使い物にならなくなったし。 まったく、いい迷惑だったよ」
うわー、身に覚えがありすぎて困る。
「ところで年代測定って何で測ってんの? やっぱ放射年代とか?」
「それはスタンダードがないからやってない。 最近遺跡関係は魔力素を使った年代測定が主流なんだけど、それはさっき言ってたように装置が壊されちゃったから今は仕方なく相関年代法を使ってる」
相関年代法っつったらたしか年代がわかってる物とわかってない物を比較して、その類似性から年代を摺りあわせてくやり方だったはず。
「その魔力素を使った年代測定ってどういう原理なんだ?」
「原理的には放射性年代測定とそう違いはないよ。 大まかに言えば魔力素の相転移現象のひとつ、『ある特定の魔力素が一定時間経つと別の魔力素へと変化する』という性質を利用してって感じかな」
「放射性元素の半減期のようなものか? 一定時間ごとに放射性同位体の量が半分になるってやつ」
「そうだね」
ちなみに放射性年代測定法とは、試料中に含まれるとある元素の同位体比が常に等しいという仮定と、その放射性元素の半減期を用いて絶対年代を導くという手法である。
この放射性年代法に比較的よく使われるのは炭素14であるが、この炭素14は宇宙線などの影響で常に等しい割合で存在しているわけではない。
そこでスタンダードと呼ばれる標準試料を用いて年代較正を行う必要がある。
でもその標準試料が無いっていうんなら、そりゃあ相関年代法を使わざるを得ない。
「ただ、転移魔力素は人や動物の意識場にもろに曝されるとその割合がリセットされてしまうから、この方法を使えるのはそれこそ遺跡を発見した直後だけなんだ」
「はあん、そんでその馬鹿のせいで試料が使えなくなった訳だ? それはまた災難だったな」
「そうだね。 でも試料の汚染よりは装置を壊されたことのほうがきつかったよ」
いたたたた、前世のトラウマを思い出したせいで胃がきりきりする。
「まあ、それでもこの遺跡が既に1,000年以上前のものであることはでてきた発掘品からも確実だとわかっているし、もしかしたら今までにわかっている歴史のさらに過去を示す一端かもしれないってことでかなり盛り上がってるんだ」
へぇ、でも1,000年って結構新しい気がするんだけどなぁ。
前世の世界では4,000年以上昔のこととかも結構詳細にわかっていたはずだ。
俺はそのことを思い出し、やはり世界が変われば常識も変わるものなんだなぁと実感した。
「だけど、発掘を初めてしばらくしてからは遺跡をあらすなという警告なのか、空からちょっと嫌な物が降ってくるようになったんだ」
あ。
いや、まさかね。
まさかそんなはずはないだろう。
「今日もほら、そこに見えるでしょ?」
そういってユーノが指差した場所には茶色のかりんとうのような何かと、それを包んでいたと思われる白い包み紙が地面の上に転がっていた。
どう見ても俺がふっ飛ばしたアレです。 本当にありがとうございました。
すっかり忘れていたけど、そういやここに来た理由にはこの件も含まれてたっけ。
「それのせいでこの遺跡の発掘調査をやめるかどうしようか、一時期揉めたんだよ」
「へぇー空から汚物ねー。 あー、たぶん鳥のもんじゃねーの? これ」
俺は若干ならぬ心当たりがありつつも素知らぬ顔をし、まだ微妙に暖かそうな鳥の糞(仮)を木の棒でつつきながら言った。
「いやー、でも多分これが鳥のってことはないと思うよ」
そりゃそうだ。 だって俺のだもん。
鳥の肛門がこんなに太いとしたらこの世界ではダチョウ程の大きさの鳥が空を飛んでいることになる。
そんなの恐ろしすぎる。
「や、でもこれ結構繊維質じゃね? 草しか食わない動物のフンとかそんなんに似てるじゃん。 他にはなんか白い紙みたいな糞もあるし。 これはヤギのものの可能性が高いんじゃねーか? そう、それだ。 しかもほら見てみろよこれ。 このヤギ消化不良起こしてるぞ。 繊維質が目で見える、っていうかまんま紙だな。 ヤギも不景気のせいで胃腸がストレスでマッハなのかもしれん」
何かの糞には普通にトイレットペーパーがくっついている。
この点を突破口にしてごまかしきるしかないな。
そうしないと、転生して初めて現れた人間の知り合いを失ってしまうことになりかねない。
「でも前に調べた時は糞に含まている細菌に人特有のやつがいたんだよね」
「まじか。 じゃああれだ、デカイ鳥にさらわれたときにビビって漏らしたに違いない」
「んー、でも降ってくるときって必ず魔法陣が現れるんだよね」
これもうバレてるだろ。
そんで遠まわしに俺を非難してると見た。
もう今すぐにでも土下座した方がいいな。
「あー実はそれなんだけどさ……」
「だけど転移周期も不規則で、しかもその魔法陣も少し特殊でね。 どんな条件で発動しているのか誰もわからないんだ」
え?
「遺跡を守るためのトラップじゃないかという人もいるし、転送魔法による攻撃の一種だという人もいる」
「そ、そうなのか?」
いやいやいや。 そんな意志あるわけないがな。
「少なくとも僕らが使う魔法とはよく似ているんだけど確実に違う。 でもその違いが何なのかはまだ分かってない。 どちらにせよこれはこの遺跡に関するものだっていうのはほぼ確実かな」
「じゃあカミの怒りってやつか。 やめろよ、俺そういった話苦手なんだよ」
「ごめんごめん、次からは気を付けるよ」
どうしよう?
思わず保身に走ってしまったけど、これこのまま黙ってても目の前で魔法使わなければバレないよね?
「で、結局糞には特に危険なウイルスとかはいなかったし、被害らしいものはそれだけだったから調査は続行するってことになったんだ」
ごめんな、ユーノ。
この秘密は墓場まで持っていくことにしたわ。
もう二度と糞を撒き散らしたりなんてしないよ。
でも今の話を聞いてるとなんか腹の調子がおかしくなってきたな。
ここらでやめておかないと二重の意味でうっかり漏らしかねない。
これ以上この話をするのは危険だと判断した俺は話題を変えることにした。
「なるほど。 まあ話を聞いてると発掘業ってのも大変なんだな」
「まあね。 でも大変なことばっかりじゃないよ。 今日なんてすごい物を見つけたし。 たぶんロストロギアの一種だと思うんだけど、こういった歴史的な遺物を発掘する瞬間っていうのが、やっぱり発掘業をやってて一番興奮する瞬間だと思うんだ」
「なんとなくわかる気がするわ」
俺も露頭や鉱山に行って綺麗な鉱物結晶を見つけた時はめちゃめちゃ興奮するし。
「逆に一番大変なのは時々現れる盗掘団の連中。 あいつらには本当に迷惑しているんだ。 3つ前の調査の時に現れた奴らは質量兵器なんて物騒なものを持ちだしてきてさ、あんなものぶっ放して貴重な遺跡が崩壊したら誰がどう責任を取るつもりなんだろうね。 これだから教養のかけらもない屑どもは嫌いなんだ。 初めて僕が責任者として発掘調査にかかわったときだってそうだった。 『命が惜しければ金目のものは全て渡せ』だって? 考古学者を馬鹿にするなよ!? こっちは命なんてとっくに賭けてんだ! くびり殺すぞ糞虫共め!! 今度見つけたら身体にある穴という穴全てに――」
「ちょっ、待て待て、落ち着くんだユーノ!」
「あ、ごめん。 ちょっと嫌なことを思い出しちゃって、つい」
興奮して我を見失い感情を爆発させたユーノは、それはもう大層恐ろしかった。
というかもうどこに話を転がしても地雷を踏みそうな気がしてならない。
とりあえず何とか笑いに持っていければ誤魔化せるんじゃないか?
「お、おお、気にしなくていいって。 ところでそのス○トロギアってのは一体どんな色をしてるんだ? やっぱり茶色いのか?」
「ロストロギアのことだよね? これは既に滅びてしまった超文明から発掘された遺物全般に付けられた名前なんだ。 ロストロギアには現象の発生原理が不明で危険な物が多いんだけど、この間見つけた文献にはどんな怪我や病気もたちどころに治るっていうロストロギアの情報もあってね。 一慨にロストロギアが危険だとは言い切れない部分もあるんだ」
「はぁ、そっすか」
なんてこった。 こんなにわかりやすい突っ込みどころなのに普通にスルーしやがった。
「今回発掘されたものもまだどういった効果を持っているのかよくわかっていなくてね。 まずはそれを研究できるところに――」
こういう自分では面白いつもりだったのに滑った時ってすっごく恥ずかしいよな。
穴があったら突っ込みたいぐらいだ。
「今回はたまたま護衛艦が新航路の調査で近くにいるって言うから――」
……うわぁ、もう今日は駄目だな。
笑いの神は降りてこないのに、腹の調子は下る一方じゃねえか。
あ、今のは少し良かったかも。
「――そんなわけで他のみんなは今このロストロギアについての情報を集めているところ」
「へ、へーえ」
いつの間にかユーノの説明は終わっていた。
どうしても諦めきれなかった俺はもう一度だけ誘い受けを狙ってみることにした。
「ところでそのラストロシアってのはどんだけ危険なんだ? うっかり毒殺されたりすんのか?」
「ロストロギアだね。 ちょっとぐらいなら大丈夫かな。 見てみる?」
「はい。 私はそれを見てみたいと思います」
「じゃあちょっと待ってて。 今持ってくるから」
根拠の無い自信を粉々に打ち砕かれた俺は、思わず直訳的な返答を返してしまった。
しかし、まさかそのたった一言が俺の一生を左右することになるとは、このときはまさか夢にも思わなかった。
「はい、これがそのロストロギアだよ」
ユーノは運び出された発掘品の中から黄色と黒のストライプでデザインされた箱を持ってきた。
箱の上には三枚羽のプロペラみたいなマークが赤色で描かれている。
「ほう、それがロストロギアって奴か。 確かに近づきがたい雰囲気を醸し出してんな。 なんつーかこう、被爆しそうな感じで。 おい、近い近い、ちょっと近いって。 ちょ、こっち来んな!」
まじでポロニウム的なものが出てきちゃったじゃねえか!
「いやいや、大丈夫だって。 念のため簡単な調査をしたけどその際そういったモノは検出されなかったから」
「いやいやいや、明らかにその箱の外壁とか重金属でできてますよね? 何かが漏れてくるのを防ぐ感じで。 いや、ほんとすいませんでした。 もう悪いことはしませんから許して下さい」
俺は必死で後ろに下がろうとしたが、何か緑色の紐のようなものが身体に巻きついていて動くことができない。
「僕らが初めに確認した時は中身が既に露出してたからね、もう手遅れなんだ。 この箱の方を先に見つけていればっ……!」
「巻き込むな! 頼むから俺を巻き込むな!」
俺に迫ってくるユーノの目が非常に怖い。
お前瞳孔めっちゃ開いてレイプ目みたいになってるから!
「大丈夫、痛みとかは特に感じなかったから。 2週間後に身体の恒常性が崩れないかちょっと心配なだけで安全だよ」
「まてまてまて、それは安全とは言わねーんだよ! だからマジでやめろっ! 俺はまだ生後1カ月しか経ってないんだ! うわあああ! 死にたくないよぉ! お父さん助けてぇっ!!」
「人間なんて早いか遅いかの違いでどうせみんな死ぬんだ。 いい加減覚悟きめなよ」
クパァ
「ッアーーー!!!」
ユーノは パンドラのはこを あけてしまった!
ひげきは いつだって とうとつに おとずれる!
なんと サニーの ぼうけんは ここで おわってしまった!
その後、もうヤケクソになった俺は普通にそのロストロギアというものを見てみることにした。
「なんだこれ? 鉱物にしては角が丸いな。 加工されたものか?」
銀色に鈍く輝くやたらと重そうな箱の中には八面体に近い形状をした青い結晶がいくつも入っていた。
その結晶の色は石の内側から外側にかけ、紺から薄い水色へと相をなしながら変化しているのがかなりはっきりとわかる。
ただその形状は天然の鉱物ではほとんど見られないほど面の形や面角が不自然だ。
「これはジュエルシードって言うらしいんだけど何かわかる?」
「流石に見ただけでわかるかっていうと厳しいものがあるな」
「なんだったら触ってみてもいいよ?」
「つうか触れたくねえよ。 おいやめろ、こっちに近づけるな。 そして目の前で落とすな。 思わずキャッチしちまっただろうが」
ユーノはあろうことか危険だと自分で言っていたロストロギアを1つ手に取り、そして俺の目の前で落とそうとした。
確かにここの地面は多少柔らかいから大丈夫かもしれないけど、もし落として割れたりしたらどうするつもりだったんだ?
……いや、ロストロギアがちょっとした衝撃で爆発してしまう危険性は既に説明されている。
つまりその落下を見逃した場合俺はその事故に巻き込まれてしまうから、無意識でも見逃すはずはないと思っていたに違いない。
実際俺もキャッチしてしまったしな。
「ったくしゃあねえなぁ」
まあこれが本当に放射性物質だったとしたら手遅れだ。
折角だからもう少しよく観察することにしよう。
うーん、密度はそんなにないな。 2~3 g/cm3 ぐらいか?
累帯構造がはっきり見えるってことは拡散速度が遅い元素でできている可能性が高い。
爪で傷がつかないからモース高度は最低でも2.5以上か。
晶系は正方晶でバイレフリンゼンスはそれほど高くなさそうだな。
というか今気付いたけどなんだこれ? なんで中にローマ数字が刻まれてんの?
「おいユーノ、ちょっと他のもよく見せてみろ」
「うんいいよ。 はいこれ」
そう言ってユーノは持っていた箱ごとジュエルシードを渡してきた。
「ああやっぱり。 これが人工的に加工された物だってのはもう確実だな。 中に入っている結晶は全て同じ大きさで母岩も付いてねえし、中の累帯構造にみられる幅まで同じときている。 これが20個近くも天然でできたってのは余りに不自然だ。 というかローマ数字で中に刻印しておいてジュエル(宝石)だと? 宝石としての価値を貶めるようなことをしておいてジュエルと名付けるなんて、お前ら鉱物学者馬鹿にしてんのか!? そんな名前つけやがったfuckin' cocksucker、今すぐここに連れてこいや!! だいたい宝石ってのは――」
「ちょ、ちょっとストップストップ! 落ち着いて!」
「っとすまん。 思わず興奮してしまった」
「う、うん、気にしないで。 僕も時々同じようになるらしいから」
興奮のあまり汚い言葉を口に出してしまったような気もするが、まあいい。
「つうかこれ何の結晶なんだ? プラスチックやガラス細工にしては大分熱伝導率が高いぞ?」
ガラスに比べてもかなりひやっとした感覚で、その冷たさはどこか水晶に近い気がする。
俺はそんなことを感じながらも箱の方をユーノに返した。
「まだはっきりとはわからないけどこれはどうも魔力素が結晶化しているみたい。 だからそれ1つでもかなりの魔力量が検出されてる」
「魔力素の結晶? 魔力素って普通に考えたら結晶にはならねえだろ。 だって魔力素って素粒子の一種なんだよな?」
「うん。 魔力素の結晶化は今のところ誰も成功していないと思う。 でも魔力素については実はまだわかっていないことも多くてね。 リンカーコアだって人体で魔力素が結晶化したものだとする説もあるし」
「リンカーコア? それって何、俺の体にもあんの?」
「リンカーコアは魔法素質がある人の体内で生成される魔力タンクやエンジンみたいな器官のこと。 ただリンカーコアは揮発性が高いせいで、身体の外に出すと直ぐに蒸発してしまうから意外と研究は進んでいないんだ」
へぇ、そんなもんがあるのか。
人間って不思議な生物だよな。
「うーん、やっぱり僕が見た限りではサニーにリンカーコアはなさそうだね」
「そっかぁ」
俺に魔法資質がないってことは既にバールに言われてたからな。
なくても不思議ではないか。
「ちなみにユーノにはそのリンカーコアってのはあんの?」
「うん、あるよ。 というかそもそもリンカーコアがないと魔法は使えないんだ」
え? でも俺普通に魔法使えるぞ?
どういうことだ?
「こないだ学会行ったとき耳にしたんだけど、リンカーコアの働きが弱くなったりそれが傷ついたりすると、魔法の使用時に術者はかなりの苦痛を味わうことになるんだって。 こういうデータから『リンカ―コアは人の脳や意識とも深い関係がある』って説も最近かなり有力になってきてる。 これに関しては僕もそこまで詳しくないからホントかどうかはわからないけど」
「まあ、魔力素は人の意識場と相互作用を起こすって話だからなぁ」
「へぇ、その話は初めて聞いたよ。 でも意識場かぁ。 なんか納得いく気がする」
そう言いながらユーノは何度か頷いた。
今の一言で何か閃くものがあったらしい。
「それどこで聞いたの?」
「このインテリジェントデバイスがこないだそう言ってた」
俺は自分の左手首にある喋る金玉をユーノに見せた。
「インテリジェントデバイスが?」
「おいバール、黙ってないでなんか面白い話でもしてやれ。 お前の元マスターが専門だった『尻から出る魔法』の話とか最高に笑えたぞ」
「そんな話は1秒もしていない」
どうもインテリジェントデバイスっていうのはマスターが他の誰かと話していると基本的に余り喋らないみたいだ。
『主の邪魔はしない。 所詮私は機械だから』とか思っているのだろうか。
いや、でもこいつ自分の自慢話ばっかりしたがるからなぁ。
ユーノもレイシスト・ハートとかいうインテリジェントデバイスを持っているらしいが、そんな名前を付けられるということはデバイスに入っているAIは皆性格面に問題があるんだろう。
「でもなんかあるだろ? 面白そうな話題が」
「……そうだな、実は魔力結晶の生成法に関しては多少心当たりがある。 その話でもしよう」
「何か知ってるの?」
「ああ、私の前のマスターは昔魔力素の結晶化について研究していてな」
「ちなみにそれって何年ぐらい前の話?」
「なに、はっきりとはわからないがそう昔の話ではない。 前にマスターが意識不明の重体になって病院に運ばれた時にそのアイデアを思いついたそうだ」
また何か食ったのか? やっぱアホだろ、そいつ。
というか病院と結晶って何の繋がりがあるんだ?
天才の考えってのはよくわからん。
「一般でも良く知られているように、魔力素は常に指向性を与え続けないとあっという間に霧散してしまう。 そこで『指向性を与えれば形になるんだったら魔法で圧力を高くしていけばいつかは固体になるはず』、ということで魔力素を濃集させて超高圧を掛けてみた結果、魔力素は見事に結晶化した」
素粒子サイズの物質が結晶化するほどの高圧な環境って、それ尋常じゃない圧力だろ。
仮にクォーク星の中心圧力と同じだと仮定すれば下手したらこの間聞いた世界記録抜いてんじゃねえか?
「またこの結晶はダイヤモンドなどと同様に常温常圧で準安定であり、そうしてできた魔力結晶は『ブラッダイト(bloodite)』と名付けられた。 もっともその時できた結晶はジュエルシードのように丸みを帯びてはいなかったし色も違う。 だからその石との関連性はあまりないだろうがな」
ああ、これで少し繋がった。
病院⇒輸血パック⇒血(blood)⇒ブラッダイト(bloodite)
ってことか。
でも命名法とか考えればそんな簡単に名前を付けられないだろ。
ブラッドストーンとか普通にあるし。 そこらへんは問題にならなかったのだろうか?
異世界だからって言われればそれまでだけど。
「また、当時魔力素の結晶化に成功したというのはかなり衝撃的なニュースでな。 それを作りだした前のマスターは頻繁に襲撃にあっていた。 後にわかったことなのだが、この襲撃は新エネルギー研究のため国の威信を賭けて送られてきた軍によるものだったそうだ。 さて、この話は何かの参考になっただろうか?」
転移魔法の件といい今の話と言い、そりゃこんなことしてたら死んだ時世界中でトップニュースにもなるだろうさ。
というか軍隊相手に一人で生き延びるとか、お前の元マスターは一体何者だ。
セガールもびっくりだよ。 ほんとに。
「ん? どうしたユーノ? そんなに震えて。 トイレなら俺も付き合うぞ」
「僕は……僕はいま凄いことを聞いてしまった……!」
「落ちつけユーノ。 そもそも魔力素には大きさがあるんだから、圧力を掛けていけばいずれは結晶化するってのは誰でも思いつくことだろ? 中性子星の核とかクォーク星とか考えりゃわかんだろ」
「確かに、『魔力素も通常の物質と同様、超高圧では固相へと相転移する可能性が高い』って話は聞いたことがあるよ!? でももしこのことが事実だとすればこれは凄いことになる! 確実に魔法工学の大きな発展につながる! 僕、ちょっと皆のところに行ってくる!!」
「あ、ちょっ……行っちまった」
バールの話に興奮したユーノは、ジュエルシードの入った箱を抱えたまま遺跡の中へと文字通り飛んで行った。
ふーん、ユーノは魔法を使う際には技名を言うタイプか。
そういや始めの翻訳魔法ん時も何か言ってたっけ。
「つーかこの石どうすっかな?」
俺はそんなことを思いながら、なんとなく返し忘れたジュエルシードを太陽に翳してみた。
そうして見た青いジュエルシードは夕日に染まるオレンジの空に映え、確かに宝石と呼ばれるのもわかるような気がした。
「というかもう大分暗くなってきたな。 うーん、まあ別に今日返す必要はないか。 また明日もここに来れば会えるだろうし、そんときにでも渡ぜばいいだろ」
明日は何の話をしよう?
超臨界状態の水の性質でも話せば喜んでくれるだろうか?
それとも『DNAがどうして二重螺旋構造をしているか?』のほうがいいだろうか?
……いや、あいつなら既にどっちも知ってそうだな。
だったら秘密基地にある本から話のネタを探せばいい。
そうと決まればとっとと帰ろう。
「バール、帰宅用魔法式準備」
「もう済んでる」
「おお、準備いいねぇ。 やっぱ俺も魔法を使うとき用に決め台詞とか決めポーズとか考えたほうがいんじゃね? 『トレパネーション!』とかさ」
俺は某戦闘力インフレ漫画の金字塔に出てくる主人公の瞬間移動シーンを思い出し、ポーズをとりながらキメ顔で言った。
「頭に穴でもあけるのか? 直径100mmぐらいの穴を開ければその足りない脳味噌も少しはマシになると思うぞ」
「それ普通に死ぬからな? ちょっと使わない単語だから忘れただけだってのにえらい言われようだな、おい」
でもこれくらい厳しい突っ込みの方が心地よく感じる俺はやっぱりMなんだろうか?
いやいやいや、それはないな。
あの魔法の失敗は二度と経験したくないどころか思い出したくもないし。
こうして俺はバールと頭の悪い会話をしながら秘密基地へとテレポテーションした。
魔法は無事成功。 これで使える魔法がまた1つ増えた訳だ。
さて、次はどんな魔法を覚えようかなぁ。