突然ですが秋です。
秋と言えば食欲の秋や芸術の秋とも言いますが、自分としてはやはりここは読書の秋をお勧めしたいところですね。
と言うわけで最近私はユーノさんから借りた魔法関連の本をいくつか読み終わり、フェイトさんから次元転送魔法の原理と魔法式を教わったおかげで、転移・転送魔法や圧縮魔法も大分応用が利くようになってきました。
通常同一世界間での転送魔法の魔法式にはテンソルを使った計算がやたらと出てきて激しくウザいのですが、次元移動を含む魔法式はそのテンソルの階が1つ以上あがるので、ますます自力で暗算することは不可能だと悟りました。
バール様々です。
この間石ころやゴミを異世界にふっ飛ばして遊んでいるとき、実験がてら転送先座標に有り得ない数値を入れてみたところ、虚数空間へのゲートが普通に開いてしまったのは流石に焦りました。
計算途中で虚数解が出てくるとあんなことになるんですね。
え? どうして自分が今丁寧語を使っているのかって?
そんなの一昨日の休日にあった体育祭の反省文を書いてるからに決まってんじゃん。
振り替え休日で一日空いた時は退学させられるんじゃないかとドキドキさせられたが、登校してそうそう、『今回は初犯と言うことで反省文のみで特別に許してあげます』と担任から聞いたときはホッとして思わず腰が抜けたぜ。
「サンバック君、書けましたか?」
そんな訳で放課後の教室に居残りをさせられている俺に、担任の先生がそう急かすよう話しかけてきた。
「いえ、まだ終わってないです。 でもあと少しで終わりなんで、もう少しだけ待ってください」
「でもあんたも馬鹿よねぇ」
「なんだとコノヤロウ。 元はと言えばお前が――」
「サンバック君、おしゃべりは良いから早く書く。 折角お友達が待ってくれているんだから、余り待たせては失礼ですよ?」
「はい」
さて、この反省文を書くはめになった元凶の糞ビッチは置いといて続き続きっと。
『――そんな訳で私は彼女に漢と漢の真剣勝負を持ちかけられた訳です。
しかし彼女は周りとの組み合わせに恵まれたのか幸運にも1位を取りつづけ、私はそれに恵まれなかったため僅かに力及ばず、勝利を収めるには最期の借り物競走で1位を取らざるを得ない状況に追い込まれました。
ここで勝たなければまた教室に黒色の液体をぶちまけることになる。 いや、もしかしたら次はアナルにメントスコーラかもしれない。 流石にそれは死ぬ。 いやだ、俺はまだ死にたくない。 兄ちゃん、何でホタル直ぐ死んでしまうのん? それはな節子、ホタルはケツに力を入れて光るぶん頭が弱いからさ。 おお、さすがだぜ兄ちゃん!
そう思った私は決意しました。
勝つためには手段を選んではいけないと。
そこでまず私は「加速度検出器の付いた機械」と書かれたクジの偽造を行い、先日自作したセグウェイボード(仮)を物陰に隠しました。
ちなみにセグウェイボード(仮)とは、本来2輪だったセグウェイ(仮)の内部機構を応用して一枚の板に組み込むことで、前傾姿勢になると板の中央に付けられた1輪が回転し前に進む乗り物で、先月末に発表された某B社の最新商品です。
正式な製品版に比べると通常自作のセグウェイボード(仮)は最高速度やバッテリー容量で劣ることが多いのですが、この商品に関しては企画原案で協力している事もあり、私のものは製品版とほぼ同じだけの性能を発揮できるように改造されています。
また通常のセグウェイ(仮)は評判の割りに値段が高すぎたこともあり商業的には大失敗となってしまいましたが、このセグウェイボード(仮)は使用パーツが少ない事等もあり、なんと価格を10分の1以下に抑えることに成功しました。
お陰で業界各所からの評判も上々で、恐らく全世界規模で年間10万台はまず硬いだろうとの見込みが得られています。
閑話休題。
何はともあれ借り物競走は始まり、私は予定通り適当にクジを引いてからセグウェイボード(仮)を隠してある物陰へと移動。
そこでクジを処分しつつポケットから偽造したクジを取り出し、隠してあったセグウェイボード(仮)に乗ってコースに復帰しました。
しかし充電していなかったためセグウェイボード(仮)は復帰直後に機能停止。
このままでは不味いと思った私は、いざという時の為に取り付けておいたロケットの導火線にガスライターで点火しました。
事故が起こったのはその直後です。
突然急加速を始めたセグウェイボード(仮)は私を慣性力によってその場に置き去りにし、競技用具等が置かれていた場所へ時速40キロ程で突入。
そしてセグウェイボード(仮)はそこに置いてあったカラーコーンをストライク(二重の意味で)して停止。
それはまるで実写版戦国無双さながらの吹き飛ばしっぷりでしたが、この事故による怪我人はおらず、目に見える被害はグラウンドに付いた焦げ跡だけだったのは不幸中の幸いでした。
事故当時の状況は以上になります。
始めはちょっとした出来心でした。
でもまさかあんなことになるなんて思いもしなかったんです。
本当にすいませんでした。 ごめんなさい。
もうあんな火遊びなんて二度としないよ。 』
「先生、出来ました」
「はい」
こうして、俺はようやく書けた反省文を担任の先生に手渡した。
教室の外を見れば陽は大分西に傾いてきている。
「じゃあすずかを迎えに行くわよ? あんたは鞄を持って来なさい」
「おう」
今日はこれから今月末にある文化祭準備のため、アリサ、すずかと共に図書館へ行く予定である。
その理由はこうだ。
俺たちのクラスは今年の文化祭の出し物として『海鳴の歴史』という如何にもな展示を行うこととなった。
そしてそれを取りまとめる代表として読書好きなすずか、クラスのリーダー的存在であるアリサ、そしてうっかり以前調べていた海鳴についての知識を披露してしまった俺、の3人が選出された。
俺は金にならない面倒事は嫌いなので一度は断ろうとしたものの、『嫌だ』の『い』の字を発した瞬間、担任からものすごい無言のプレッシャーを受け屈してしまったのだ。
脛に傷を持つものはこういう時強く出られないから困る。
なんて事を考えながら俺は両手を上げて背伸びの運動をし、すずかの鞄に手をかけた。
あー肩こった。
とりあえずこれで1つの問題は解決し――
「ちょっと待ってね、バニングスさん。 サンバック君、これは書き直しです」
――てない!?
「えっ、これじゃ駄目なんですか? かなり力作だったんですけど」
「反省文で力作を書いてどうするんですか」
「もしかして(仮)が不味かったんですかね? でもこういう公的な文章中に製品名をそのまま使うと商標の問題が――」
「問題はそこじゃありません」
「ああそうか、最後の語尾が不味かったんですね。 『――うに気を付けます』っと」
「全然違います。 それと気を付けるじゃなくて誓いなさい、もうしないと」
「アハハハハ! 馬鹿ね~。 やっぱあんたは大馬鹿よ」
そう言ってアリサは大笑いし、俺の反省文を読んでまた爆笑した。
畜生。 あの事故が予想外だったのは事実だけど、元はと言えばお前が勝負を持ちかけてこなければこんなことにはならなかったんだ。
「サニー君、もう終わった?」
「あ、すずか」
そうやって心の中で罪をなすり付けているとすずかが教室の後ろの方から入ってきた。
飼育係の手伝いはどうやらもう終わったようだ。 お疲れさん。
「まだよ。 この馬鹿が馬鹿な反省文を書いたからやり直しだって。 ほら」
「そうなの?」
そういってアリサは俺の書いた反省文をすずかに渡した。
「ファック。 お前なんてそこらの犬にでも襲われてしまえばいいんだ」
「こらっ! 汚い言葉を使ってはいけません!」
「はい」
「でももう今日は遅いから、続きは明日までの宿題にしましょう。 あんまり遅いと図書館も閉まってしまいますからね」
「ほんとよ。 あんたのせいでゆっくりしてる余裕が無くなっちゃったじゃない」
「いや、それに関しては本当に申し訳なかった」
俺はすずかに向けて頭を下げた。
でもやっぱり納得がいかないのでアリサには下げない。
「ううん、別にいいよ。 仕方が無いことだからね」
「サンクス。 さてすずか、糞アリサ。 ちゃっちゃと図書館に行ってパッパと本を借りてとっとと解散しよう」
「そうね、馬鹿サニー。 あたしも今日は早く帰ってバイオリンの練習とかしたいし」
「なんだと?」
「なによ? 最初に言ってきたのはあんたじゃない」
「根本の原因はおまえじゃねーか」
「二人ともそこまで! いい加減時間が無くなりますよ?」
「それもそうっすね」
時計を見るともう閉館までは1時間半しかない。
アリサの車で移動すると考えても残りは1時間有るか無いかと言ったところか。
まあどの本を見ればいいのかはもう大体わかってるから、問題はないと言えばないんだけどな。
「それじゃ先生、さよならー」「さようならー」「お先失礼しまーす」
「はい、皆また明日。 サンバック君もバニングスさんも、あまり喧嘩してはいけませんよ?」
「「はーい」」
それから俺たち三人は図書館へ向かった……のだが。
図書館に着いて早々、アリサは急用によって突然帰ると言いだした。
何でも『今日はパパが久しぶりに早く帰って来れるから家族全員で外食をするため』とのこと。
まあすずかも特に気を悪くした様子もないし、この間も自転車をくれたりサッカーのDVDをくれたりとデビッドさんには色々お世話になってるしな。
あまり文句を言って引き留めるのも大人げないか。
そんな多分に損得勘定を含んだ思考の結果、アリサは俺たちに見送られて少し申し訳なさそうに帰っていった。
また、俺はこのことを理由に上手く罰ゲームを回避しようとしたのだがそちらは失敗。
しかし罰ゲームの執行は先に延ばしてくれるそうなので、それに関しては感謝感激雨あられである。
そのまま忘れてしまえ。
「そういや最近読んだ本でお勧めのってある?」
という訳ですずかと二人きりになった俺はそんな話を振ってみた。
そろそろ心理描写を多分に含んだ小説を読んでいかないと学校のテストでまた赤っ恥をかいてしまうからな。
折角なら友人のお勧めの本を読んでみようと思ったのだ。
「うん、あるよ。 一番最近のだとIQ84って小説かな。 ちょっとお馬鹿な主人公が好きな女の子に振られて、それでも好きな気持ちを諦められず、最後は身を賭してその子を護る、っていう感じのちょっと切ないラブストーリー」
「結局その男は報われるのか?」
切ないっつってるから、多分主人公は死ぬか結局振られるかだろうけど。
「それは読んでからのお楽しみ。 女の子の心情変化とかも読んでてなるほどって納得できたし、オチもかなり予想外で面白かったよ。 だから人間初心者のサニー君でも楽しめるんじゃないかなぁ」
「その人間初心者ってのは止めろ。 それだけで切なくなる」
「あははっ、ごめんね? でもそういうタイトルの小説もあって、またその主人公がサニー君にそっくりなの」
「そっちはどんな話なんだ?」
「このお話も切ない系のラブストーリーなんだけど――」
でもなるほどな。
そうやって話を聞いていてわかったのだが、どうやらすずかの一番好きなジャンルは恋愛小説のようである。
あれか、恋に恋するお年頃って奴か。
「――ふーん……あれ?」
なんて事を考察しながら本棚から目的の本を物色していた俺は、高いところにある本を取ろうと懸命に手を伸ばしているはやての姿を見つけた。
丁度いいからアリサのかわりに巻きこんでやろう。
「どうしたの? もしかして知り合いでも見つけた?」
「ああ、ちょっとな。 必要な参考資料はこのメモに書いてあるから、それを探して向こうの机ん所で待っててもらっても良いか?」
「うん、いいよ」
そうして俺はすずかにお使いを頼み、はやての元へと向かった。
というか周りの人間も気付いてんなら少しぐらい助けてあげればいいのに。
「おいそこの女。 俺に協力してくれるなら好きな本を取ってやるぞ」
「うわぁ!? ってなんや、サニー君か」
「びっくりしすぎだろ」
「そりゃあ突然背中に冷たい手を突っ込まれたら誰だってびっくりするよ。 そんでお久しぶり。 元気にしとった?」
「ボチボチって奴だ。 そっちは?」
「こっちもボチボチや」
でも足はやっぱり良くなってないんだな。
ところでこれって実際なんの病気なんだろ? 下半身不随ってやつか?
でもそれだったら前会った時言ってたように、良くなったり悪くなったりってしない気がするしなぁ。
いや、原因によっては悪化することもあり得るのか?
まあ医学については良くわかんねえから考えるのはやめだ。
餅は餅屋って言うしな。
「ところで今日はどないしたん? さっき協力とかなんかゆうとったけど」
「ああ、今度文化祭で俺らのクラスは『海鳴の歴史』ってのを展示発表する事になったんだ。 しかも俺主導で」
「なるほど。 それが面倒くさいからわたしの手を借りて少しでも楽しようっちゅうわけか」
「大正解。 で、どうだ?」
「ええよ。 わたしで良かったら協力したる」
「ならこれがご褒美の本だ」
俺は本棚から適当に一冊の本を取り出し、その本のタイトルを確認しながらはやてに手渡した。
「でも『近代四十八手の科学』って、また凄い本を読むんだな」
「全然ちゃう! 隣の本や! というかなんでそんな本が西洋文学コーナーにまざっとんのや。 汚らわしい。 はよ片づけてくれるか?」
「わかった、わかったから車いすで体当たりしてくるなって。 ふくらはぎが痛いから」
だが口ではそう言いつつも、はやての視線はこの本に釘づけだ。
そもそも四十八手を汚らわしいとか言える時点で色々とバレバレなんだけどな。
敢えて指摘はしないけど。
きっと後でこっそり読むつもりなんだろう。
仕方ない、その時取りやすいよう下の方に置いといてあげるとするか。
「なんやその生温い視線は」
「いや、別に。 はやてもお年頃なんだなぁと思って」
「よーわからへんけど、なんとなくわたしのキャラがピンク色に汚れた気がするのは何でやろ?」
「気のせいだって。 だから執拗に体当たりするのはやめろ」
その後俺ははやてを引き連れてすずかの元へと向かった。
すると彼女達はお互い図書館で良く見る顔だなぁとは思っていたらしく、友達になるいいきっかけになったと喜ばれたりした。
うんうん、やっぱ友達は多ければ多いほどいいよな。
「えと、私、月村すずか」
「すずかちゃんか。 わたしは八神はやていいます」
「はやてちゃん」
「ひらがなで『はやて』。 変な名前やろ?」
「わはははは!」
「怒るよ?」
「自分で言ったんじゃねえか、っていたぁっ!?」
俺は突然わき腹に感じた鋭い痛みに思わず飛び上がった。
しかもよりにもよって以前はやてに抓られた場所と同じ個所。
おかげで治りかけてきた内出血もまた復活することだろう。
誰がやったのかを確認すると犯人はなんとすずかだった。 うそ? マジで?
「サニー君、人の名前を笑うのはすごく失礼なことなんだよ?」
「あ」
そういやすずかもひらがなの名前だったっけ。
そのことに気付いた俺は素直に謝罪することにした。
「申し訳ありませんでした」
「わかればええんよ。 わかれば。 すずかちゃんもありがとな?」
「ううん、気にしないで。 サニー君はいっつも失礼なことを言って人を怒らせてるから。 これぐらい当然だよ」
なんて酷い扱いなんだ。
まあ確かに今のは酷かったかもしれない。
ふむ。 ここは一つフォローを入れておいた方がいいな。
「それにはやてちゃんの名前、全然変じゃないよ? 綺麗で素敵な名前だと思う」
「すずかちゃん……。 すずかちゃんもええ名前や。 落ちついた感じでホッとする」
「ありがとう、はやてちゃん」
「すずかちゃん……。 すずかちゃんもええ名前や。 落ちついた感じでホッとする」
「死にたいの? サニー君」
「え? 何で?」
これおかしいだろ。
はやてと同じセリフを言ったはずなのにどうしてこうなった。
「いくらなんでもそらないわー」
「ちょっ、痛い! めっちゃ痛い!」
「サニー君。 人はね、痛みを知ることで初めて優しくなれるんだよ」
「だからってさっきと同じ場所を抓るな! 千切れちゃうっ!」
「ならわたしは反対側を抓ってあげるな?」
「しなくていいからすずかを止め――ひぎぃっ!」
それから俺は2人に良いように弄ばれ、心身ともに大きく疲弊した。
特に反省文の初稿を読んだはやてが司書の人に怒られるほど大爆笑したのはマジできつかった。
なんで? そんなに変なことって書いてたか?
ただ事実をありのまま記述しただけなのに。
「――へぇ、そうなんや?」
その後俺たちは協力して海鳴の歴史について調べた事をノートに纏めつつ、はやてに文化祭がどういうものかを説明をすることにした。
海鳴の土地開拓史に関してはあと3ページ分も纏めればそれで充分だろう。
そしたら次は産業の発展と人口増加について上手くそれらと関連付けて考察していくとするか。
後は明日以降、それをデカイ紙に書きうつして必要な図のコピーを張り付けたりすればそれで準備はもう充分だろ。
展示のレイアウト等はもう知らん。 勝手にしてくれ。
「うん。 あと5年生以上になったら各クラスごとに演劇をするんだよ」
「そうそう」
「演劇かぁ。 脚本とかはどうなっとるんや?」
「自分で一から書くクラスもあれば、既存の物を利用するクラスもあるみたい。 衣装とかも全部自分達で用意するんだって」
「そうそう」
「へぇ、って、サニー君はなんも知らへんのに相槌だけは打つんやね。 そういうの知ったかっていうの知ってたか?」
「その変な韻を踏んで上手い事言ったみたいな顔をするのはやめろ」
だって仕方ねえじゃん。
文化祭なんて一度も体験したことがないんだから。
記憶に無いだけかもしれないけど。
「あ、でも俺らのクラスは他のクラスに比べて動き始めるのが大分遅かったのは知ってるぞ」
「それは文化祭の内容とはちょっとちゃうやろ。 でも色々話聞いとるとなんかめっちゃ楽しそうやなぁ」
そう言ってはやては少し寂しそうに笑った。
先程の自己紹介の後、はやては足の事が原因で自分が今休学中だということを教えてくれたのだが、やはりそこら辺には何か思うところがあるのだろう。
学校に通わなければ友達を作るのは非常に難しいことを俺は知った。
俺がすずか達と友達になれたのだって偶然に偶然が積み重なった結果に過ぎない。
そう考えると果たして、はやてには今までそう言った存在は居たのだろうか?
「そうだ、はやてちゃんも足が良くなったら私達の学校に通ったらいいと思う」
「そうやなぁ。 それも良さそうやね」
俺もそうするのが一番いいと思う。
しかし俺たちの学校は私立の学校。
同じ学校に通うとなると、やはり授業料の問題がネックとなってくる。
そのことをそれとなく伝えてみたところ『多分大丈夫や。 わたしの家、財産管理を任せ取る人がめっちゃ優秀でな。 お金には困ってないんよ』とのこと。
そうなると後は足さえ治れば学校に通えるようになるのか。
変にいじられるのは勘弁だが、学校に新たな友達が増えることを考えるとどちらがより望ましいかは言うまでも無い。
俺はそんなことを思いながらノートにペンを走らせ……あれ、そういえばさっきから作業してるのって、もしかして俺だけじゃね?
そうこうするうちに図書館からは蛍の光が流れ始め、すずかは図書館の入口付近で俺たちと別れ、迎えに来ていた黒塗りの車に乗って帰っていった。
「やっぱり楽しい時間は過ぎるのがあっという間やなぁ」
「そうだな」
「おろ? 今日はやけに素直やね」
「俺が同意したのはその言葉だけで、決して今日が楽しかったというつもりはない」
赤っ恥を掻かされて楽しいとか、俺はどんだけドMなんだっつの。
……まあ確かに? 今日だってちょっぴりだけなら普段より時間の進み方が早かったような気も、しないでもなかったかもしれない。
「無理せんでもええんよ? 楽しかったんやろ? うりうり」
「おひょぅっ!? やめろ、脇腹に触るな。 普通にウザいから」
「ふーん? 脇弱いんや?」
「それは無い」
「でもサニー君ってホンマに弱点多いんやなぁ」
「だから違うっつってんだろ。 人よりちょっと敏感肌なだけだっつの」
「敏感肌ってそういう意味ちゃう。 それとわたしの脇をこそがそうとせんでくれるか? 普通にセクハラで訴えるよ」
「え、それってすっげー不公平じゃね?」
そんな風なやり取りをしつつ図書館前の道を歩いていると、この間会ったシャマルさんが道端ではやてを待っているのを見つけた。
今日は隣に長いポニーテールのキリッとしたお姉さんもいるのだが、恐らくこちらの方も最近はやての家族になったという人なんだろう。
「はやてちゃん、おかえりなさい」
「お疲れ様です、主はやて」
「シャマルもシグナムも、2人ともわざわざ迎えに来てくれてありがとうな?」
「いえ、お気になさらず」
主?
ああそうか、一応居候でもあるらしいからな。
そう呼んでてもおかしくは無いのか。
「ところで、こちらの方は?」
「わたしの友達や」
「初めまして。 自分はサニー・サンバックと言います」
「ああ、前に主はやてが話していたご友人ですか」
なんか糞真面目なお堅い人の様な気もするけれど、はやてを見る視線にはシャマルさんと同じくどこか暖かいものが混ざっている様な気がする。
やっぱりこの人もはやてのことを大事に思ってるんだろうな。
というかはやては俺の事をどんな風に言っていたんだ?
「私はシグナムと言います。 好きに呼んでくださって構いません」
「じゃあシグナムさんと呼ばせて貰いますね」
まあ、今の感じからしてそう悪くは言われてなさそうだ。
そんなことがわかるようになったとは、ふふふ、俺も随分と空気ってやつが読めるようになってきたみたいだな。
「さて、自己紹介も終わったところで、今日の晩御飯を何にするか決めよか。 そうや、サニー君も今日は家で食べて行くか?」
「いや、俺はいい。 家族の団欒に割り込むほど俺は無粋な人間じゃないし」
「無粋とか全然そんなことないよ。 そうやろ?」
「ええ、私達が主のご友人に対しそのような感情を抱くことなどありえません」
「だから遠慮なんかしなくてもいいんですよ? 私も頑張って腕を振るいますし」
「不安にさせることを言うな」
「そうやな。 シャマルは裏で待機や」
「2人とも酷いですっ!」
シャマルさんは涙目でそう反論したものの、2人の家族から酷い失敗をいくつも暴露された結果いじけだした。
なんだ、この人は料理があまり得意じゃないのか。
砂糖でおにぎりを作るのはまだ定番だとしても、サラダ油が無いからってマヨネーズで代用はありえないだろ。 常識的に考えて。
「くすん。 いいもん、そこまで言うなら今日は皆でシグナムの岩おにぎりでも食べればいいじゃない」
「なんだと」
「堪忍な、シャマル。 確かにあれに比べればシャマルのはまだ噛み切れるだけマシやったわ」
「待ってください。 アレは初めてだったから少し失敗しただけです。 今度やらせていただければ完璧なおにぎりを作って見せましょう」
そう言ってシグナムさんは家主に対して必死に自分をアピールしたのだが、俺にはどうしてか何度やらせても失敗するビジョンしか見えてこなかった。
おにぎりもまともに作れないって、この人達は本当に大丈夫なのか?
1人暮らしとか始めると餓死しそうだぞ、おい。
「オーケー、取りあえず今日は止めとくわ」
「いやいや、料理ならちゃんとわたしが監督するから心配せんでええんよ? それとも他になんか用事でもあるんか?」
「いや、特にあるわけじゃないけど……」
なんだろ?
なんか胸のあたりがもやもやするんだよな。
「なら一緒に来ればええやん。 どうせ1人暮らしなんやろ?」
「あ、そういえばはやてちゃん、今日は牛肉が安いそうですよ?」
そう言ってシャマルさんは懐からチラシを取り出し、はやてに手渡した。
「どれどれ……あ、ほんまや。 国産サーロインがグラム480円やって。 それやったらサニー君も食べたいんとちゃうか? 前お肉が好きとか言うとったし」
「国産ってことは元は外国の牛じゃねえか。 そんなもんカスだカス」
生前サーロインステーキは半年に一度のお楽しみだったからな。
だからこそ俺の目は非常に厳しいのだ。
たかがスーパーの特売なんかで俺の心を動かせると思ったら大間違い――
「あ、1.5L入りサラダ油がお1人様2つまでで248円やって。 やっすー」
「すまん、ちょっと急用を思い出したから俺もう行くわ」
「あ、ちょっ」
「じゃあまた今度!」
それから俺は、引きとめようとするはやてから逃げ出すようにしてスーパーへと向かい、違うレジに着くことや他のお客さんを巻き込んだりして合計60Lのサラダ油を手に入れることに成功した。
しかし、家に帰り部屋の中に転送魔法によって転がされたそれらを見て初めて気付いたのだが、60リットルものサラダ油って一体何に使えばいいんだ?
取りあえず今日は天ぷらをするにしても、この量を個人で消費するのは下手したら数年掛かるぞ。
……あっ! なるほど、反省文ってのはこういう気持ちを文章に起こせばいいのか。
いやあ、特売って本当に恐ろしいものですね。
そんな近松門左衛門もびっくりな家計殺し油地獄の日々からから半月程の時が流れた。
カレンダーのページもまた1つ捲られ、今学期も気付けば残すところあと一月を切った。
完成した反省文Ver.2は微妙な顔をされながらも無事受理され、何故かほとんど俺1人が駆けずりまわる破目になった文化祭もつつがなく終了した。
5,6年生の演劇は流石私立とでも言えばいいのか、大道具や衣装は無駄に凝っていて、それだけでも一見の価値があると思われる。
例えば今回最優秀演劇賞を獲得した『新訳・三匹の仔豚』ではリアル藁の家が出てきたのだが、その家が業務用扇風機の強風で演者ごと吹き飛ばされた時は流石に笑うしかなかった。
しかもそんな派手なことをしてもなお予算には余裕があったらしいので、俺が5年生になった暁にはプロ顔負けのギミックを大量に仕込んでやるとしよう。 グフフ。
「何ニヤニヤしてんのよ。 気持ち悪い」
週明けの校内新聞『文化祭特集号』を読みながらそんなことを考えていると、アリサがぶっきらぼうに話しかけてきた。
なんでこいつは朝っぱらからこんなに機嫌が悪いんだ?
「ちょっとバラ色未来予想図に虹色クレヨンで加筆修正を加えてただけなのにえらい言われようだな、おい。 うっかりサクセス中に3度目のリセットでも押しちゃったのか?」
「うるさい。 今日はあんたのつまんない冗談に付き合ってる余裕なんてないのよ」
「なるほど、生理か」
パシーンッ!
「最っ低。 デリカシー無さ過ぎ」
「だからと言っていきなり手を出すな。 何があったかは知らんが俺に八つ辺りすんなっての」
俺は平手を喰らった頬を擦りながらそう言った。
ってー、これ絶対赤くなってるって。
思いっきり叩きやがってコノヤロウ。
「ああそっか。 直接聞いたのは私だけだもんね」
「は?」
聞いたも何も、全く話が見えてこない。
「なのはとフェイトのこと。 入院したって話はまだ聞いてないでしょ?」
「……え? うぇえっ!? 何それ、俺全く聞いてないぞ」
「わたしも聞いたのはついさっきだから詳しく知っている訳じゃないけど、ほら。 こっちはあんたも知ってるでしょ?」
そう言ってアリサが見せてきた携帯には、なのはからのメールが表示されていた。
『From:なのは
To:Arisa、すずか、The Fool
Re:
12/04 07:50
本文:
みんなごめんね。
今日わたしとフェイトちゃんは
ちょっと事情があって学校に
行けなくなりました。
多分明日には大丈夫になる
と思うので、心配しないでく
ださい。 』
「いや、初めて見た。 でもこれを見て心配にならない奴はいないだろ」
最後の一文なんて『今は大丈夫じゃない状況かつ、心配されるような状況にある』って言ってるような物じゃん。
最初に謝る理由も今一つわからない。
というか、俺たちに心配を掛けないよう、何かを隠してるって感じだな。
真っ先に思いつく隠し事と言ったら魔法関係とかそういった話か?
アリサ達には話してないそうだし。
「うん。 だから桃子さんに聞いてみたのよ」
「それで出てきた単語が入院か。 そりゃあお前の機嫌も悪くなるわな」
「本当よ」
「で、桃子さんは他になんて?」
「『2人とも大怪我をしたってわけじゃないそうだから、安心してね』って」
「……ふーん」
やっぱり要領を得ないな。
第一、なんで娘が入院したのに『そうだ』、なんて言葉が出てくるんだ?
普通なら根掘り葉掘り聞いて、原因を追求しそうな気がするんだが。
これは事情を知ってそうな奴に直接聞いたほうが早いな。
「ったく、あたしにぐらいちゃんと理由を言えっての! あームカツク、あからさまに隠し事をされてるのもムカつくけど、大事な親友が困ってるのに何もできないってのがもっとムカツク!」
そう言ってアリサは俺の肩を掴み、前後に思い切り揺すり始めた。
「おおお、落ち着け。 俺をゆすっても何も変わらん。 それより小便したくなってきたから手を放せ」
「…………」
「おい、別に漏らした訳じゃないんだからそんな目で俺を見るな」
そうしてアリサが汚いものから距離を置くように離れていった後、俺は御不浄を済ませてから1人屋上へと向かった。
屋上に着き、なのは達に何があったのかを確認するため携帯の電源を入れると、そこには先程見せられたものと同じ内容のメールが届いていた。
そして改めて本文を読み返した俺は、先程感じた違和感を再び感じながら、関係者であろう少年へと電話をかけた。
……他にも何かこう、心に引っかかる物があるのだが、まあそれは置いておこう。
『もしもし?』
「ユーノ、今大丈夫か?」
『うん、特に問題は無いよ』
でも管理局ってやっぱりすげえよな。
携帯を渡したら一日も経たずに次元世界間通話を可能にするんだもん。
っぱないわ。
『何かあった?』
「いや、俺には無いんだけど、なのは達にはあったんだろ?」
「……どうしてわかったの? 僕が何か知ってるって」
よっし、ビンゴ。
「アリサが桃子さんから入院って話を聞いたのと、なのはが送ってきたメールからの推測だな」
『……なるほど。 だから文面は僕が考えようかって言ったのに』
「まあそう責めてやるなって。 アリサ達にはバレてないからギリギリセーフだ」
怒らせた時点でアウトとも言うが。
「それで、なのは達は今本局の病院に居るのか?」
『正確には本局の医療センターだね。 魔導関係専門の』
「ああ、あそこか」
『サニーも一度行ったことがあるんだっけ?』
「身分証明書の作成の時にな。 ってことは、あいつらの直接的な入院理由はリンカーコアの障害ってところか」
本局で作成される身分証明書には魔導師ランク等も記入される為、俺の体内にリンカーコアがあるかどうか等を正確に検査する必要があったのだ。
そしてそこの医療センターは主に魔導師の魔法機能障害に関するトラブルを診るところなので、そこへの入院となると十中八九リンカーコアの問題と言うことになる。
『正解。 ちなみに2人のデバイスも壊れちゃって、そっちも今入院中』
「まじかよ。 だったら2人とも、特にフェイトのほうは深く落ち込んでるんじゃないか?」
『コア部分は無事だったからね。 内心はどうかわからないけど、2人とも見た目はそれ程でもなかったよ』
「なら良かった」
2人とも、自分のデバイスに対しては強い信頼と絆みたいなものを感じているようだったしな。
俺もバールが壊れたらかなり、いや、ちょっとだけ凹むことだろう。
そんなことを思っていると、学校の敷地内に朝一の予鈴が鳴り響いた。
『あれ、もしかしてサニーはこれから学校?』
「まあな」
どうやらこの話はここで一旦お仕舞いのようだ。
結局入院することになった原因については聞けなかったが、ユーノの声色やアリサの情報から察するに2人とも重傷とかではなさそうだし、それに関してはまた後で聞いても良いか。
「ああそうだ、ところで放課後そっちに行くことってできるか? 2人のお見舞いに行きたいんだけど」
『それなら多分大丈夫。 転送の申請はこっちでしておくから、そっちの都合がよくなったらまた連絡して』
「すまん。 頼んだ」
『別にいいよ。 気にしないで』
その後俺は教室に戻り、普通に授業を受け、放課後になったところで未だ機嫌の悪いアリサを尻目に学校の屋上から本局へと飛んだ。
本局に到着した後はゲートポートまでユーノに迎えに来て貰い、医療センターまでの道すがらなのは達の現状についてのより詳しい話を聞いた。
その話によると、なのはとフェイトは一昨日の夜は午後9時過ぎまで、いつものように結界内で魔法の訓練や模擬戦をしていたらしい。
そして疲労も溜まってへとへとになった所で闇の書の守護騎士と呼ばれる4人組の襲撃を受け、為すすべも無くリンカーコアから魔力等を奪われたそうだ。
そしてその際、2人とも心身ともに衰弱状態に陥ったことから、本局の医療施設へと搬送されることになった。
今彼女達が入院しているのはその蒐集の際、リンカーコアに備蓄されていた触媒となる魔力素が枯渇したことが原因だという。
リンカーコアが無い俺にはわからないが、リンカーコアにはそこに備蓄されているその魔力素がある一定量を切ると、術者が魔法を使うことに対してリミッターを掛けるという働きがあるとわかっている。
そして今回はそれが完全に無くなったことで通常の運動機能にも障害が発生したわけだが、相手が上手く手加減してくれたのか身体そのものに大きな怪我は無く、そのお陰で、というのも変な話だが、2人とも明日には退院できるだろうとのことだ。
「――あ、もう着いちゃったね。 それじゃあサニー、僕はここで」
「おう。 またな」
ユーノはこれから今回の事件について無限書庫へ調べ物をしに行くというので、俺たちは医療センターの前で別れた。
それから、俺はそこの受付で面会の許可を貰い、なのは達の居る病室へと向かった。
「よう」
「あ、サニーくん。 わざわざ来てくれたんだ?」
「ごめんね、なんか心配させちゃったみたいで……」
「謝るな。 それに心配するのは当たり前だろ?」
お前らは俺の友達なんだからな、という言葉は恥ずかしいので胸にしまっておく。
「にゃはは……」
「うん……ごめん」
「だから謝るなって。 別にお前らが悪い訳じゃないんだから」
やっぱり今回の件は結構堪えたのだろう。
普段通りだったら『なんでお見舞いの品を持ってきてくれないの?』とか返ってくるに違いない。
まあいつまでもこんな雰囲気なのもアレだし、少し話題を変えるとするか。
「そうそう、そう言えばアリサがめちゃめちゃ怒ってたぞ。 入院理由を隠すなんてお前ら友達甲斐が無いって」
「あわわわわ」
それを聞いたなのははわたわたと慌てだした。
うん、これでいい。
さっき見たいな変に落ち込んだ姿なんて見たくないからな。
「そっか、サニーが入院の事を知っているのなら、そのことをアリサも知ってておかしくないんだよね」
「というか、そもそもお前らが入院してることはアリサから聞いたんだが」
「ね、ねえ、サニーくんだったらこういうときどうする? どうするの?」
「うるさい黙れ。 そんなこと俺が知るか。 それぐらい自分達で解決しろ」
「……そうだよね。 これは私が弱かったから――」
「違うよフェイトちゃん! あの時わたしがもっと上手くバインドを使えていれば――」
「よしわかった。 俺も言い訳を考えるのに協力するから、これ以上自分を責めるな」
なんというネガティブスパイラル。
というか、俺の方も折角元に戻りそうにだったのに再び突き落としてどうするって話だ。
それから俺たちは3人でアリサのご機嫌を取る方法を話しあい、考えが纏まる頃には2人の顔にもようやく笑顔が戻ってきた。
「じゃあ、明日は登校したら直ぐにチョークスリーパーでアリサの意識を落として、今日の事は全て夢だったってことにすればいいんだな?」
「全然良くないよ。 ちゃんとわたしの話を聞いてたの?」
「でもさっきなのはが言ってた、『目の前で非現実的な物を見せて全て夢だったと思わせる』っていう案も大概酷いと思うよ?」
訂正、笑顔は戻ってきたかもしれないが、考えは全然纏まっていなかった。
「しかし、他に上手い誤魔化しかたなんて思いつかな――」
「なのは、フェイト。 調子はどうだ?」
「にょわぁあああっ!?」
俺の発言中、突然耳元から声が聞こえたので何事かと思えば、真後ろにはいつの間にかクロノ執務官が立っていらっしゃった。
やめろよ、俺はこういうドッキリが死ぬほど嫌いなんだ。
「なんだサニー、君も居たのか」
「わざわざ背後にこっそり立っておきながらそれは無いだろ。 アホかお前は。 もう一度玉袋から出直してこい」
そもそも俺の本局行きの許可を出したのはクロノのはずだ。
つまり今のは俺をからかう為だったのは確定的に明らかである。
というかなのはもフェイトも、クロノが来ていることに気付いていながら黙っていやがったな?
さっきから笑顔だったのはこのせいかよ。
「玉袋? 何それ? フェイトちゃん、知ってる?」
「ごめん、私もよくわからないや。 お兄ちゃん、知ってる?」
「僕も知らないな。 ところでサニー、彼女達から聞いたんだが、君は向こうでも相変わらず馬鹿をやっているそうだな?」
こいつ、また露骨に話を逸らしやがったな?
しかも俺を貶める方向に。
「うるさいビチクロサンボ。 お前は相変わらずぶら下がり健康器で無駄な努力をしているそうだな?」
「なっ!? どうして君がそれをっ!? というか身長の事は言うな!」
「なら人を馬鹿呼ばわりしたことを取り消して貰おうか」
「いいだろう。 だがその前にひとつ面白い話があるんだが、聞いてみないか?」
「あ? つまらん話だったらぶっ飛ばすぞ」
「任せてくれ。 これはとある情報提供者から聞いた話なんだがな、つい先日ある少年は学校のテストで次郎の気持ちを聞かれて――」
「よし、全力で俺が悪かった」
「そうだ。 初めっからそうしていればいいんだ」
恥ずかしい黒歴史大公開を前にした俺は、土下座をして必死に懇願せざるを得なかった。
クソっ、足元を見やがって。
というかなのはも、人の恥ずかしい答案をよくも広めやがったな?
顔を逸らしてもテメーの罪は消えねえんだよ。 ぶっ殺すぞコノヤ――あれ?
なんでフェイトさんはぷるぷる震えてんの?
俺こいつにだけは隠してたはずなんだけど。
「え、なに? もしかしてフェイトさんも既に知っていらっしゃるとか……。 はは、まさかそんなこと言わないよね?」
「……うん、私は何も知らないよ?」
「え、なにその必死に作り上げた無表情」
「今宵の君はイパネマの娘(ボソッ)」
「……っ!」
「おいクロノ、お前今なんつった?」
「何のことだか僕にはさっぱりわからない」
「おお、愛しのクリスティーヌ(ボソッ)」
「アハハハハッ! はっ!?」
「うわぁああああん! お前らなんて、みんな猫のう○こ踏めぇえええええ!」
そうして3人掛かりで辱めを受けた俺は、ダッシュで部屋を飛び出した。
ちげーよ、逃げたんじゃねえっつの。 これはあれだ、つまり戦略的な撤退って奴だ。 そうに決まってる。
「さて、言い訳を聞こうか」
「始めはちょっとした出来心でした。 でもまさかあんなことになるなんて思いもしなかったんです。 本当にすいませんでした。 ごめんなさい。 もう二度と捏造報道なんてしないと誓います」
俺はクロノの前で正座をしつつ、拳骨によってできたたんこぶを押さえながらそう言った。
あの後、俺は『今話題のクロノ執務官って自慰行為のやり過ぎでち○こから膿が出たらしいよ?』と暇そうにしていた看護婦さんに喋っていたところを件の変態執務官に捕まってしまった。
そうしてバインドによって拘束された後は、本局にあるクロノの執務室まで市中引き回しの刑を受けたのだが、その際俺達を笑っていた一般大衆の皆さんは俺達のどちらを見て笑っていたのだろうか?
十中八九クロノだな。 ざまぁ。
「おい、全然反省していないように聞こえるのは僕の気のせいか?」
「気のせい気のせい」
「全く、なのは達の件も面倒くさいことになってるっていうのに。 これ以上僕を困らせないでくれ」
「だから悪かったって言ってんじゃん」
「だったら少しはそのヘラヘラ笑いをやめろ。 大体何だ、そのちん、ペ、泌尿器から膿が出るって」
「普通にち○こって言えばいいじゃん。 小学生じゃあるまいし」
「小学生じゃないから言えないんだろうが!」
そういうもんなのか?
……おお、確かに思いだしてみると大学生にもなってそんなことを言ってる奴は見たことが無いな。
「なるほど。 お前の言うとおりかもしれない」
「だろう? ……ところで、本当にそんなことってあるのか? その、アレのやり過ぎで膿が出るって」
「…………」
「おいっ! 何とか言えっ!」
「お年頃ってやつか」
「そういうことは言わなくていい」
「なんだよ、言えって言ったり言うなって言ったり。 まあ今の発言はエイミィさんにチクらせて貰うけど」
「それはやめ――」
「おっと、お話中だったかな?」
そんな風に必死になるクロノをからかっていると、顎鬚が渋くてカッコいいおじさんが部屋に入ってきた。
手に持っているのは捜査資料か何かか?
「あ、いえ、全然大丈夫です。 問題ありません、グレアム提督」
「そうかい?」
へぇ、この人がフェイトの保護観察官で時空管理局歴戦の勇士って噂の人か。
元艦隊指揮官とか元執務官長とか、偉そうな肩書をいっぱい持ってた割にはなんだか優しそうな人だな。
「えーっと、君は……」
「自分は元次元漂流者のサニー・サンバックと言います」
「ふむ。 もしかしてクロノが以前言っていたのはこの子かね?」
「ええ」
おいおい、俺は一体なんて言われてたんだ?
『自分を元大学院生だと思いこんでいる可哀想な子』とかか?
だって仕方ねえじゃん。 年号なんて『吐くよ(894年)ゲロゲロ遣唐使』ぐらいしか覚えてなかったんだもん。
しかし俺の心配は杞憂だったようで、その後グレアム提督と軽く自己紹介を交えた雑談をしたところ、クロノは俺の事を『見た目の年齢以上に頭が切れる少年』と紹介してくれていた事がわかった。
へへっ、よせよ。 照れるじゃないか。
「――そうか。 君の事は大分わかったよ。 クロノの言っていた通りかなり聡い子のようだね」
「ありがとうございます」
そしてその評価は実際に会話をしたグレアム提督も納得してくれたようだ。
うーん、誰かに認めて貰えるってのは結構嬉しいもんだね、こりゃ。
「ところでクロノ、彼は今回の事件にも?」
「ええ。 規定上まずいのはわかっているんですが、もしかしたら事件の早期解決の助けになるんじゃないかと」
ん? もしかしてなのはやフェイトが襲われた事件についての話か?
となると手に持っている物はそれに関する事件資料かなんかで、クロノはこの事件の担当になったってところか。
それだったら俺は全力で協力するぞ。
「いや、駄目だ」
え?
ついさっき俺の事を認めたばっかじゃん。
「しかし彼のデータ分析技能は提督だって認めて――」
「確かに彼の能力は認めよう。 けれどもその分析結果が常に正しいとは限らない。 第一彼は次元漂流者だ。 こういった次元世界規模の話になると、絶対的に経験が足りないと思うのだが?」
「それはそうですが、僕は彼の意見を盲目的に信用するつもりはありません。 あくまで1つの意見として参考にするだけです」
「それに彼は今現在普通の生活を送っているのだろう? だったら、こういう事件に関わらせるべきではない。 特に今回被害に遭ったのは彼の大事な友人でもある。 そういう場合、事件に深く関わり過ぎて最悪の結果に繋がるといった事例は、クロノだってよく知っているじゃないか」
「……はい」
苦い顔をしてそう言ったグレアム提督に、クロノもまた苦い顔で返事を返した。
もしかしたら、彼らの過去には何かそういったトラブルがあったのかもしれない。
だとしても今のは少し不自然な気がするぞ。
だって――
「さて、君の事だからもうわかってはいるだろうが、今私達がしていた話は――」
「フェイト達が襲われた件について、ですよね?」
「……そうだ。 そして、今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」
「いいえ」
「……そして、今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」
え、ちょ、何これ?
まさかの無限ループかよ。
でも俺はフェイトの仇を取ってやりたいのだ。
そう簡単に引き下がると思うなよ? ……なのは? 誰それ?
「わかりません」
「今私が言ったような理由から君を関わらせることはできない。 わかってくれるね?」
「お客様がお掛けになった電話番号は現在使われておりません」
「……わかってくれるね?」
「English, please. (英語でお願いします)」
「You get it? (わかってんだろ?)」
「Y, Yes Sir! (もちろんです)」
怖っ!?
無理無理、流石にこれ以上は無理だって。
だって俺、今明らかに命の危険を感じたもん。
「すまないね」
「い、いえ。 ところで、自分はここらで帰ったほうがよろしいでしょうか? クロノ執務官とのお話も有るでしょうし」
つーか帰りてえ。
でも流石管理局歴戦の勇士って奴だよな。
俺、さっきので完全に関わる気力を失くしたもん。
ごめんな、フェイト。 お前の仇は取れそうにないや。
「そうだね、そうしてくれた方が助かるかな」
「それでは、自分はここで失礼します」
「ちょっと待て。 それならこの建物の入り口まで送っていこう。 ここは初めてだと道に迷いやすいからな」
「おお、確かに」
考えてみれば、ここまで無駄に遠回りしながら引き摺られて来たせいか、どうやって帰ればいいのかさっぱりわからん。
まあいざとなったらバールを使って帰ってもいいんだが、そんなことをしたら色々とバレちゃうしなぁ。
「すみません提督、そういうわけで少しだけ席を外させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。 ここで紅茶でも飲んで待っているから、ゆっくりしてくるといい」
そう言ってグレアム提督は、先程までの恐ろしい表情とは打って変わって穏やかな表情で退室する俺達を見送った。
うん、普段温和な人ほど怒らせると怖いってのは本当だよね。
心に深く刻んでおこう。
「わざわざ悪いな。 ついてきてもらって」
「ちっとも思っていないくせに、良く言うよ」
執務室を出てからしばらくし、エレベーターの中で2人きりになったところで俺はそんな風に会話を切りだした。
「それで、君はこの件に関してどうするつもりなんだ? まさか裏でこっそり関わるつもりじゃないだろうな?」
俺にそう釘を刺したクロノの目は至って真剣なものだったので、俺もそれに対して真面目に答えることにした。
「いや、流石にあのドスの利いた脅しを受けてまで関わるつもりはもうない。 それにフェイト達だって別に一生ものの傷をつけられた訳でもないしな」
「そうか」
そして俺の言葉を聞いたクロノは、ホッとしたように表情を緩ませた。
先程も一度思ったのだが、こいつは過去になにかそういったトラウマでもあったのだろうか?
「ああ、それとさっきの提督との話から少し思った事があるんだが」
「なんだ?」
「もしかしたらだけどな、提督は今回の件に関して何か重要な情報を握っていて、それを隠そうとしているんじゃないか?」
「なんでまた?」
「これはほとんど言いがかりになるんだが――」
そのような前置きの後、俺はそのような疑問に至った理由をクロノに話した。
民間人だから、魔法が使えないから、だからこそ俺がこの事件に深入りして巻き込まれる事を防ぐ、というのは1つの真実だろう。
だがしかし、俺は先のプレシア・テスタロッサ事件の時も決して深入りはしていないのだ。
俺とフェイトはそのとき既に友達だという事、さらに彼女が母親に虐待されていた事を俺が知っていた事も、彼は知っているはずである。
なぜなら彼はフェイトの保護観察官をやっている、すなわち彼女に関するデータには一通り目を通しているのが確実だからだ。
そして、そのデータの中には、俺が直接現場に行って何かした、という事実は1つたりとも存在しないのだ。
それにも関わらず、俺が暴走する危険性を恐れて、意見を聞くことすらしないというのは、やはりどこかおかしい。
これはグレアム提督がこの事件に関して何か隠し事をしていて、それを俺が見つけることを恐れているからだ、と考えると一応の説明が付く。
「――なるほど。 確かに、その推測も間違ってはなさそうだが……」
俺のその妄想じみた話を聞いたクロノは、複雑な表情でどこか遠くを見つめるようにそう言った。
そういえば昔色々とお世話になったとか言ってたっけ。
思い返せば、提督もクロノに対してまるで息子のように思っているような節があった気がする。
クロノもそれを自然に感じていたようだし、そんな彼を疑うことなどしたくはないのだろう。
「まあ、あくまでこれは俺の個人的な意見だ。 ちゃんと間違っている可能性も考慮しておけよ? お前がさっき言っていたようにな」
「ああ、わかっている」
それに今の考察には俺の主観がかなり入っている。
関わることを禁止された恨みとか、そういったものもきっと混ざっているはずだ。
だから、実際にグレアム提督の人柄を良く知る人物から見れば、先の態度はむしろ普通なのかもしれない。
「しかし、君はどうしてこういう時だけ頭が回るんだ? 小学校の国語は出来ないくせに」
「うるせえよ。 多分国語の場合、特に小説の場合は登場人物に感情移入ができないからじゃないか?」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだろ」
その後、クロノと別れて家に帰った俺は、以前すずかに紹介されたものの途中で投げ出した本を再び読んでみることにした。
そして案の定、自分が登場人物に感情移入出来ないことを確認したところで、ページを捲る指は止まってしまった。
なんとなくわかってたけど、やっぱ恋愛小説って読んでて全然楽しくねえのな。
もっと人生経験を積めばこういうものも楽しめるようになるのだろうか?
いや、でも恋愛っつっても一体誰と経験すればいいんだよ。
俺のことを好きになってくれる奴なんて1人もいなさそうだしなぁ。
ちっ、自分で言ってて空しくなってきたぜ。 もういいや、寝よ寝よ。