俺とフェイトがなのは達のクラスに転入してそろそろ2カ月という頃。
俺達はこういった集団生活にも慣れ、運動が出来て頭も良くて容姿も良いフェイトはヒーローとして、運動はそこそこ出来て頭も結構良くて容姿は多分そんなに悪くない俺は何故か芸人として人気者になっていた。
なんでだおい。 ふざけんな。
「これは流石に納得がいかん」
「何が?」
俺がその憤りを足元の蟻たちにぶつけていると、なのはが話しかけてきた。
ちなみに今は体育の時間でドッジボールの試合中である。
なんで俺達が普通に話してられるのかって?
始まってすぐアウトになったからだよ。 ファック。
「ほら、俺ってフェイトと同じ時期に入ってきてスペック的にも結構同じじゃん?」
「それは自分を過大評価し過ぎだと思う。 スペック的には人と青のりぐらい違うよ」
「失礼なこと言うなって。 そんな事言ったらフェイトが可哀そうだろーが」
「どう考えても青のりがサニーくんだからね?」
「ぶっ殺すぞコノヤロウ。 それを言うならお前なんてアオミドロにも劣るだろうが」
「アオミドロって青のりの原料?」
「おお、良く知ってたな」
全然違います。
青のりはアオノリから作られますし、アオミドロはただの多細胞生物です。
「まあそれは一旦置いといて、一番の疑問はどうして俺とフェイトの扱いがこれほど違うのかということだ」
先程の試合中も俺が敵をアウトにした時は何もなかったが、フェイトがアウトにした時は称賛の声が周囲から多く上がった。
同様にフェイトがアウトになった時は惜しまれる声が聞こえたが、俺がアウトになった時は爆笑が周囲から湧きあがった。
えっ、ちょっと待って。 これもしかして俺虐められてんの?
待て待て、それはちょっと考えすぎだって。
だって昼休みに皆をサッカーに誘えばちゃんと付いて来てくれるじゃん。
「これは一体何が原因なのか、お前にはわかるか?」
「そんなの簡単だよ。 多分ふいんきが違うからだと思う」
「確かに、フェイトからはどこか皆を引きつけるオーラ的なものが出てる気がしないでもない。 ちなみにふいんきじゃなくふんいきな。 間違えやすいから注意しろよ?」
「サニーくんからはギャグ的なオーラが凄い出てるよね。 あとわたし、ちゃんとふんいきって言ってたから」
「ギャグ的ってのは流石に冗談だよな? ついでに言うとさっきのはどう聞いてもふいんきって言ってたぞ」
「まじだよ。 それと証拠もないのに間違えたって断言するのはやめた方がいいと思う。 負け犬のオーボエに聞こえてちょっと恥ずかしいよ?」
「そうだな。 オーボエは恥ずかしいからな」
「うん。 わかればいいんだよ、わかれば」
そう言ってなのはは満足げな表情で何度か頷いた。
うん、まあ本人がそう思っているのならきっとそうなんだろう。
これ以上の突っ込みは野暮というものだ。
それよりも俺の評価をどうやって上げるかの方がよっぽど重要である。
スポーツ系ではフェイトには勝てそうもない、というかそれを遥かに上回る地力をもったすずかは一体何者なんだ。
先程フェイトが空中キャッチから行った矢のような投球も凄かったが、それを受け流すように片手でまだ空中に居たフェイトに返球したすずかの身体能力は既に小学生の域を超えていると思う。
ちなみに俺を容赦なくアウトにしたのもすずかだ。 あの時は普通に腕が無くなったかと思ったぜ。
おっと話が逸れてしまったが、そうなると皆を見返してやるためには別の方向から攻める必要が――
「あっ!?」『おいサニー!』『避けろ!』『危ない!』
「ん? ぐえぁ!?」
そうして考え込んでいた俺の顔面に、突然強烈な衝撃が走った。
何だ? もしかして流れ弾が当たったのか?
近くに転がっているボールを見るにこの推測は正しそうだ。
「いってぇー……」
「あはは、ごめんごめん、ちょっと手が滑っちゃった」
アリサは片目をつぶり、笑い混じりに片手を顔の前に立てて謝罪した。
どうやら俺にボールをぶつけた犯人はアリサのようだ。
「反省してるならあははって発言はおかしいだろ、おい」
クソッ。 鼻の奥の所がツーンとする。
ん? そう言えば俺が軽く見られるのは、もしかしてこいつに原因があるんじゃないのか?
こいつが俺を軽く見ているから周囲も俺を軽く見る。
おおっ、これ絶対そうだって。
ならば俺がしなければならないことはただ一つ。
こいつを得意分野で叩きのめしてヒエラルキーの頂点に立つことだ。
「というわけで今週末の中間試験で勝負だ」
「なによいきなり。 しかも随分と自信があるみたいじゃん」
「まあな。 少なくともお前には負けない自信がある」
「へぇ? 言っとくけどあたし、かなりやるわよ」
アリサは俺を小馬鹿にするようにそう言い放った。
「はっ、小学校のテストなんざ勉強しなくても楽勝に決まってんだろうが。 元マスターを舐めるなよ?」
「そう言えば前世では大学院生だったとか言ってたっけ」
「どうした? まさか怖気づいたのか?」
「それこそまさかね。 いいわよ。 勝負してやろーじゃない。 でもただの勝負じゃ面白くない」
「ほう。 つまりは――」
「負けた方は勝った方の言うことを1つ聞く。 それでどう?」
「よく言った。 次お前が負けたら今度こそブラジル水着でストリップカーニバルだからな?」
よくよく考えれば児童ポルノだろうがなんだろうが、少年法がきっと俺を守ってくれるはずなのだ。 日本万歳。
「別にいいわよ? 負けなければ何の問題もないし。 それより、そっちこそ負けた時の覚悟は出来てるんでしょうね?」
「男に二言は、って奴だ。 皆まで言わせるなよこのビッチが。 俺はいつだってクライマックスだぜ」
俺はポーズを取りながらクールに決めた。
「ならまずはその鼻血を拭けば? カッコつけてるつもりでもギャグにしかなってないし」
「うおっ!? しまった!」
『アハハ、ダッセー!』『やっぱあいつは絶対芸人になるべきだって』『今のおいし過ぎだよなぁ!』『アハハハハハ!』
ファック。
だが俺の親愛なるクラスメイト達よ。
そうやって俺を笑っていられるのも今のうちだ。
一週間後、テストが返ってきた暁には、その視線は全て尊敬の眼差しに変わってることだろう。
ククク、その日が来るのが今から待ち遠しいぜ。
で、その日の放課後。
俺は1人図書館へとやってきていた。
これはユーノから借りている本の数式が理解不能だったためである。
学校の図書館にはそのレベルの書籍は置いて無いが、県立図書館ともなればそういったものも置いてあるはずだ。
ちなみにすずかもよく図書館に来るらしいので今日も誘ってはみたのだが、今回は塾があるからと断られてしまった。
その時『エスカレーター式なのに塾に行く意味あんのか?』と聞いたところ、横に居たアリサに『大学で行きたい学部へ行くためよ』と返されたときは素直に感心した。
小学生なのにもう未来予想図が描けているとは、みなさんなんて出来たお子様なんでしょう。
だがなのは、お前は駄目だ。
特に国語。
『問 次の空欄に当てはまる一語を書きなさい。
為せば成る 為さねば成らぬ 「ケセラセラ」』
これはいくらなんでも酷過ぎる。
意味正反対になってんじゃん。
上杉鷹山も草葉の陰で泣いていることだろう。
というかあいつもWCも、授業と笑点は別物だってちゃんと理解してんのか?
『為せば成る 為さねば成らぬ 「らりるれろ」』とか完全に鷹山ラリってんじゃねえか。
「お、あったあった。 でも多重線形代数の本って意外と数少ないんだな」
そんなことを思い出しながら、俺は数学の棚で見つけた分厚いハードカバーの本を数冊抱えて読書コーナーへと移動した。
そこで早速ノートを開き勉強を始めたのはいいものの、前提知識が足りないのかどうもすんなりと理解できない。
これはもっとわかりやすい教科書を探しに大学の図書館へも行く必要があるかもしれんな。
世界の砂川にも用があるし丁度いいか……いや、魔法関連でもあるし、やはりここはユーノに頼るべきか?
なんて事を考えていると、横合いから急に大きな声が上がった。
「ああっ!? サニー君や!」
声がした方を確認すると、そこに居たのは4月の頭に出会った車いすの少女だった。
「めっちゃ久しぶりやん! 元気してたか?」
「まあな。 でもそっちこそ久しぶりだな。 確か……はや、はや、そうそう、林原さんじゃないか」
「…………」
「こっちは元気にしてたぞ。 そっちこそ元気にしてたか?」
「…………」
「そうか、まだ足は良くならないのかぁ」
「…………」
「最近俺もこっちに引っ越してきたんだけど……ってどうした? 笑顔のまま固まってるけど、死後硬直の練習かなんかか?」
「んなわけないやろ! 全然ちゃうやんか!」
「何が?」
林水さんがそう言ってきたので、俺は寝癖が無いかどうか頭を触って確認した。
身長も髪型もそう変えてないし、他に変わったところって何かあるか?
「名前や! な・ま・え!」
「あれ、間違ってた?」
「大間違いや。 『はや』まで出てきてなんで後一文字が出てこんのや。 あと林原は苗字や。 『はや』で始まるんは下の名前のほうや。 そんで死んでや」
「最後物騒すぎるだろ。 でもそういやそうだったっけ」
でも普通2回しか会ってない上に半年近く会っていない人の名前なんて覚えてるか?
どんだけ記憶力いいんだこいつ。
「悪い悪い、すっかり忘れてたわ。 ごめんな、ハヤオ」
「バルス」
「ギャーッ! 目が、目がぁ!」
俺は鋭すぎて見えない眼つぶしを受け、図書館の床を無様に転がりまわった。
超いてえ。
「これはあんときのお金返して貰わんとあかんかなぁ」
おお、そう言えばそんなこともあったな。
あのときに買ったパンツはまだ現役で使用中である。
そんなことを思いながら、俺は財布の中から万札を華麗に取り出して彼女に渡そうとした。
「ふっ。 釣りはいらねーぜ。 取っときな」
「おわっ!? なんやその見せびらかすような札の渡し方。 しかも手震えてるし」
「ああ、これはきっと静電気に違いない。 最近疲れてるしな」
はやてはそんな俺を冷めた目で見つめてきた。
違う、俺は決して諭吉さんとの別れを恐れている訳ではないのだ。
「ま、さっきのは冗談やし、お金のことは別にええんやけど、これって例の石でも売ったんか?」
「いんや。 まあこれはちょっとしたボーナスとか色々あってな」
例のタウンページ以上に厚い危機対処マニュアルが本局のお偉方に高い評価を受けたらしく、俺の口座には結構な金額が振り込まれていたのだ。
さすがは次元世界を統べる管理局。
お蔭で借りてたお金は全部返せたし、来年上半期の授業料も心配しなくて良くなった。
「ところで前にあげたアメジストはどうなった? 色褪せて悲しくなったか?」
「大丈夫や。 今もときどき使っとるよ」
「使う? 使うって、何に?」
アメジストにそんな特別な用途とかあったっけ?
ダイヤモンドならその硬さを利用して高圧発生装置とか研磨剤に良く使われるし、ルビーなら粉末にして圧力測定の指標に使われるってのは知ってるんだが。
「ほら、アメジストのストーンパワーって魔よけとか癒しの効果があるっていうやろ? おかげで前より足の調子もようなった気がするんよ」
「……ああそうか、ストーンパワーのことか」
俺が昔大学で研究していたのは鉱物学だ。
だからそんなものが所詮まやかしに過ぎないという事は嫌というほど知っている。
だが、そのプラシーボ効果によって病気が少しでも良くなると言うのなら、俺はそれを否定するつもりはない。
むしろ友人の心の負担を和らげてくれた事に感謝もしよう。
「そう言ってくれるなら、俺もあの石をプレゼントした甲斐があるってもんだ」
「ありがとな?」
「なに。 いいってことよ」
それから俺たちはお互いの近況について話しあった。
そこで初めて知ったのだが、はやては既に両親を失っており、実は俺と初めて会った時は天涯孤独の身だったという。
しかし最近は新しい家族ができたおかげで大変幸せな生活を送っているらしく、その話し方には少しも暗いものが見えなかったので俺は安心した。
「ところで、サニー君は今何しとったんや?」
「ちょっとわからない事があってな。 所謂お勉強って奴だ」
「ふーん。 なんやまた難しそうな本を読んどるみたいやけど、どうせこれっぽっちも理解しとらんのやろ?」
「ぶっ殺すぞコノヤロウ。 ちゃんと理解してるっての。 お前と一緒にすんな」
すいません、本当は半分も理解できてないです。
「でもこれって大学生とかのレベルなんとちゃう?」
はやては俺の手元を覗き込みながらそう言った。
「まあそうだな」
今やっている内容は数学科の連中が専門に入ってようやく始めるような範囲である。
これを普通に理解しているであろうフェイトやユーノにはマジで驚かされる。
なのはは転送系魔法がまだ使えないという話なので、あいつに魔法で勝とうと思ったならここで差を付けざるを得ない。
ま、勝ったところで見せられないんですけどね。 糞的な意味で。
「そういえば、前に会ったユーノ君も明らかに小学生レベルを超越しとったなぁ。 もしかしてサニー君達って、外国の大学とか卒業してたりするんか?」
「んー、一応ユーノはそれでいいはず。 学会での話とかもよく聞くし。 でも俺はよくわかんねえ」
ユーノがミッドで通っていたという魔法学院は、開かれている講義を好きに選択していき、既定の単位さえ習得できれば進級・卒業できるというシステムだったそうだ。
ちなみに彼は5歳の時そこへ入学し、それから僅か2年半で卒業するという伝説を残したらしい。
その時興味本位で所属していた研究室からは未だにお呼びがかかるそうで、何処からもいらない子扱いされていた俺としては非常に羨ましく思う。
周りにとけ込めなかったからなぁ、俺。 今思うと完全に浮いてたし。
「なんやそれ、自分の事やろ?」
「いや、なんか俺って一回死んで、それからこの世界に転生してきたらしいんだよね」
そういう視点で、つまり前世も含めて考えれば俺も大学を卒業したと言えるはずだ。
少なくとも修士課程は修了したわけだしな。 証拠はないけど。
おっとやべ、今ちょっとくらっときた。
昔の事を深く考えるのはもう止めよう。
「そうなんか? それでその知識量は前世のもんやと。 まるで物語の登場人物みたいやん。 少しだけ羨ましいわぁ」
「ふはは、そうだろうそうだろう。 俺が主役の物語に登場させてやってるんだから、お前は俺に感謝しろ」
こうして何の疑いも無く信用してくれるってことは、やはり学業方面で結果を残せばアリサにこの事実を信じさせられる可能性は高い訳だ。
前言った時は鼻で笑われたしな。
あいつを跪かせてやる日がもうすぐ来ると思うとロマンチックが止まらない。
「誰もサニー君が主役やとは言うとらんよ? あたしが主役かもしれへんやん。 そんでサニー君は脇役な」
「まあ別にそれでもいいんだけど、折角なら俺はその主役をいじくり倒すドンキー・ホーテになってやろう。 一緒に笑いの殿堂でも作り上げようぜ?」
「それも面白そうやね。 でも1つ訂正がある。 ドンキーちゃうよ、ドン・キホーテや。 サニー君、こんな簡単なことも知らんかったんか? うっわーありえへーん」
そう言ってオチ担当の少女はけらけらと笑った。
ちっ、細かい揚げ足取りで喜びやがって。
「ちょっと言い間違えただけだっつの。 とりあえずはお前の名義で『ベッサーヴィッサー』という事務所を立ち上げることから始めよう」
「なんやかっこええ名前やけど、どういう意味や?」
「ドイツ語で『知ったかぶりをする人』という意味だ。 お前にぴったりだろ?」
「アハハハハ」
「ワハハハハ」
「泣かすよ?」
「ちょ、痛い痛い、腹を思いっきり抓るな。 ほら見ろ、赤くなっちゃったじゃん」
「そんで話は戻るんやけどな」
だがはや夫は俺の訴えを無視して話を続けようとした。
そんなこと許してたまるか。
「戻さなくていいから見ろって。 ほら、これがお前の付けた爪痕だ。 まるで東京大空襲だな。 俺の体のミトコンドリアがお前に訴訟と賠償を要求するって言ってるけどどうする?」
「ドン・キホーテのお話って視点を変えると喜劇やなくて――」
「おいそこのドンキー。 無視するな。 俺を無視するな」
「コング呼ばわりはやめいっ! ちょっとは気にしとるんや! というかそんなきったない腹見せんといてくれるか? 目が潰れてまうわ」
「せめて小さい『っ』は無くしてくれない? 泣きたくなるわ」
そのままはやてとだべっていた結果、俺の勉強はあれから一行たりとも進まないまま図書館は閉館時刻になってしまった。
既に外は夕日の赤に染め上げられ、学校帰りの兄ちゃん姉ちゃんのいちゃつく声が耳につく。 リア充は皆死ねばいい。
「あー、でも今日はめっちゃ楽しかったわ。 サニー君はどないや?」
「悪くはなかった」
「素直やないなぁ。 楽しかったなら楽しかったってちゃんと言わなあかん」
「うるせえ。 楽しかったけど予定が狂ったんだ。 ちょっとぐらい文句を言っても罰は当たらねーよ。 それより何処まで押してけばいいんだ?」
俺は今はやての車いすを押して路上を歩いている。
図書館を出てからはずっと適当に進んでいるのだが、果たしてこっちでよかったのだろうか?
「とりあえず、しばらくはこのまま真っ直ぐでええよ」
「了解……って、おい。 もしかして家までずっと押してけっていうつもりじゃないだろうな?」
「そんな訳ないやん。 玄関までや。 そしたらちゃんと塩撒いて見送りしたるから安心してな?」
「出来る訳ないやん。 崖から蹴り落としてやろうか?」
「あはは、流石に今のは冗談や。 多分もう少ししたらわたしの家族が迎えに来てくれる思うし、それまででええよ」
「なら始めからそう言えよキング」
「だからコング呼ばわりは止めぇってゆうとるやろ?」
「いっ!? ちょ、やめ、これ以上お腹は抓らないでっ!」
それからグダグダとしたやり取りをしながら400m程進んだところで、綺麗なお姉さんがこちらに向かって駆けてきた。
もしかしてこの人がはやての言ってた家族の一人だろうか?
「はぁ、はぁ、お待たせしました、はやてちゃん」
「気にせんでええよ。 友達と一緒やったし」
「友達、ですか?」
そう言って優しそうなお姉さんは俺を見て何かに納得したように頷いた。
「ああ、貴方がもしかしてサニー君?」
「そうですけど、あなたは?」
「私はシャマルと言います。 はやてちゃんの家で一緒に生活させて貰っている居候、でしょうか?」
「居候ちゃうよ。 家族や」
「はやてちゃん……!」
はやての『家族』という言葉に感動したのかシャマルさんははやてに抱きついた。
何このやっすいホームドラマ。
俺はそう思ったが敢えて言わない事にした。
まあ、はやてには今まで家族が居なかった訳だしな。
そういうものを求める気持ちもまたひとしおって奴なんだろう。
「でもそんなに家族ってのはいいもんなのか?」
「めっちゃええよ。 もう最高や。 わたしは家族のためやったら命だって全然惜しない」
「私もです。 例えこの身が滅びても、はやてちゃんのことは絶対に守って見せますから」
「あはは、シャマルは大げさやなぁ」
「おおげさじゃありません! 本気です!」
「ふーん」
そう言えばフェイトも母親の為にならどんな危険なことだってやったって言ってたっけ。
もしあの時俺が高町家の一員になっていたとしたら、俺もそんな風に思う日もあったのだろうか?
彼女達がそこまでいうのなら一度は体験してみたいとも思ったが、まあ過ぎてしまったことに今更どうこう言っても仕方ないな。
その後俺は2人と少し話を続け、夕食の準備もせなあかんと言うはやての言葉をきっかけに別れた。
この日の晩飯に買ってきたスーパーの弁当は、何故かいつもより味気ないように感じられたが、いくら塩をかけてもそれは解消されなかった。
そして翌週。
先日実施されたテストが俺の手元には続々と返ってきていた。
「どうだった?」
「すずかか。 いや、まだ勝負はついてない」
「でもアリサちゃん、今4つ帰ってきた段階で400点満点だよ?」
「バカヤロウ、そういう情報漏洩は勝負をつまらなくするから止めろ」
現時点での俺の得点は算数と理科はどちらも満点、国語は悲惨、社会は凄惨という感じである。
国語は『そのときの次郎の気持ちを答えよ』とか言われても、文章中に直接の答えが書いてないから書けるわけがない。
そういった文章を自分の言葉で書かないといけないというのは、それ自体がある意味1つの問題とも言えよう。
だって大学入試の評論文なんかだと答えがちゃんと1つに定まるんだもん。
こういう答えが1つじゃない問題ってなんか気持ち悪いよな。
ま、とりあえずフェイトには勝てただけでも良しとしよう。
なのはには勝てたのかって? それは聞くな。 泣きたくなる。
社会の方は地理が得意だからいけると思っていたのだが、範囲はなんと歴史。
歴史の知識は次元の彼方に置いてきちまったからなぁ。
墾田永年私財法とか覚えてるわけねえだろ。
まず『墾』って漢字が出て来ねえっつの。
しかも一応満点だった算数でも、
『文章題で方程式を使ってはいけません。 次からは減点します』
と注意されるし、理科でも、
『できるだけ答案は簡潔に書いてください。 専門的な解答は期待していません。 答案の成否を確認する為に大学の先生の所に聞きに行く羽目になりました』
などと言われ、尊敬する砂川教授には余計な迷惑をかけちゃうし、もうほんと散々な結果だった。
正直俺、小学校のテストを舐めてたわ。
アリサに勝つのは絶望的だと言うのは既に理解している。
だがしかし、昔偉い先生はこう言っていた。
勝負は諦めたらそこで試合終了だと。
そう、つまり最後の教科が帰ってくるまで勝敗はわからないのだ。
「ところでサニー君、さっき先生が言ってた専門的な解答ってどんな答えだったの?」
「ああ、見るか?」
「うん。 ちょっと見てみたいかも」
『問題:次の空欄を埋めなさい。
水を0度以下まで冷やすと( )になる。
正答:氷
サニーの解答:常圧下で水の周りになんらかの相境界が存在する場合、まずその境界付近で不均質核形成が起こる。 この時できた核はその半径によってオストワルド・ライプニングの影響を受け、臨界半径よりも大きな核のみが選択的に残される。 その後はこの時残された核が成長していくことになるのだが、過冷度によってできる氷結晶の外形は異なり、過冷度の小さい順に板状、骸晶、樹枝状、球顆状結晶ができ、さらに大きな過冷度の場合はガラス』
「これは……言いたくなる先生の気持ちもわかるかなぁ」
「俺はWCの『キンキン』という答えに座布団をあげたくなったぜ」
それから授業中にチラっと出てきた砂川教授の伝説をすずかに話しているとチャイムが鳴った。
いよいよ審判の時が訪れたのだ。
この結果如何では放課後の予定が大きく変わる。
そして俺を取り囲む周囲の視線も変わるのだ!
「佐川君」
「はい」
「良くできました。 次も頑張ってくださいね?」
「ありがとうございます!」
「サンバック君」
「はい」
「……これは、問題です」
「え?」
「瀬野さん」
「はい」
俺は席に戻り自分の答案を見た。
そこに書かれている点数は92点。
え? これ別に問題とか無くね?
それからテストの解説授業も終わり放課後になった。
しかし先程の先生のコメントはさっぱり意味がわからない。
俺がそんな風に疑問を感じていると、なのはが嬉しそうな表情を浮かべてこちらに近付いてきた。
「サニーくん、どうだった?」
「92点。 別に悪い点数じゃないと思うんだが……お前は?」
「82点。 ってことは全部合わせて……あれ? サニーくんの合計点って、もしかして私とおんなじ? むしろわたしの方が上?」
「あ? 何調子こいてんの? 俺はまだ実力の1%も発揮してないだけだし」
「にゃはは、今まで散々バカにしてくれたけどわたしと一緒だったんだね?」
「おい人の話はちゃんと聞けよ。 っていうかさすがに黒板に書かれた『徳川家康―家光の時代』って文字を、『先生、家康一家光の時代ってなんですか?』と聞いた奴には敵わないわぁ」
そりゃあ家康さんちはその頃が一番盛り上がってたんだろうけどさぁ、その勘違いはねえわ。
「あれはちょっと勘違いしただけだよ! それより国語! 国語なんてわたしより全然低いじゃん! 漢字なんて全然かけてないし! どう? 悔しい?」
「…………」
俺は気が付いたらなのはの両頬を思いっきり抓っていた。
「いたたたた! 痛いよ! 何するの!」
「うるせえっ! 漢字なんて読めればそれでいいんだよ! 人を小馬鹿にしたような台詞を吐くのはこの口か! この口か!」
「サニーくんだっていっつもわたしを馬鹿にするじゃない! 馬鹿なことを言うのはこの口か! この口か!」
「いたいいたい、何すんだコノヤロウ!」
「それはこっちのセリフだよっ!」
そうしてお互いに頬を引っ張り合っていると、俺は誰かに肩を突つかれた。
「なんだよ、今俺はなのはに教育的指導をするのに忙しいんだ。 用事なら後にしてくれ」
「そうもいかないのよ。 だってあたしはあんたに恐育的指導をしないといけないし」
俺は背後から聞こえてきた悪魔のようなソプラノボイスに振り向くことなくこう返した。
「Where is my God? (神は何処だ?)」
「Nowhere, now here. (何処にもいないわ。 だってここにいるもの)」
「Oh my god. (なんてこった)」
そうして俺は襟首を引っぱられてアリサの席まで引きずられていった。 アーメン。
「ていうかあんた、確か英語は出来たはずよね?」
全ての点数を開示し完膚なきまでに敗北した俺は、床に跪かされアリサの椅子になっていた。
「何であんなこと言われたのか気になるし、ちょっと答案見せてみななさいよ」
「あ、コラ」
『問:次のような場合どのように話しかければいいですか?
簡単に一文で記述してください。
お友達のボブ君が廊下で困っているとき。
アリサ・フェイト・すずかの解答:What's wrong, Bob? (どうしたの?) ⇒ ○
御手洗WCの解答:What's up, Bob? (調子はどう?)⇒ △
なのはの解答:Don't mind, Bob! (気にしないで!)⇒ △
サニーの解答:A-yo my nigga! (よお、クロンボ!) ⇒ × 』
「…………」
「……おい、何か言えよ」
「あんたそのうちボブに殺されるわよ?」
「だってまずは挨拶からするべきだろ?」
「その挨拶が問題なのよ! この馬鹿っ!」
でもこの間外国に行った時、そう言ってにこやかに挨拶してる人達を普通に見かけたんだけどなぁ。
言葉って難しいや。
「それにしても全体的に点数が低すぎでしょ」
「まあ始めてのテストだったからな。 少しぐらい失敗しても仕方ないだろ。 まだ漢字に不慣れなフェイトを悪く言うのは流石に可哀そうだとは思わないか?」
「そうね。 でもあたしが言ってるのはあんたのことよ? 今の流れの何処にもフェイトは出てきて無かったじゃない。 やっぱり元院生なんて大ウソだったのね」
「…………」
小学生に素で負けてしまった俺には何も言い返せなかった。
でもこれ、結構衝撃的な結末だよね?
俺も自分でびっくりしたもん。
何が『俺の前世は元院生(キリッ)』だ。
厨二厨二っつって笑ってたけど、シュバちゃんのこと馬鹿に出来ねえし。
うわぁ! これは凄い恥ずかしい!
「ま、次はもっと頑張りなさいよ? 挑戦はいつでも受け付けてあげるから」
「お、おう」
そう言ってアリサは俺から立ち上がり、身体を掻き毟っている俺を尻目に離れていった。
ほっ。
流石に一週間以上前の賭けのことは忘れてるか。
助かったぜ。
「じゃあこれ」
「え? なにこれ。 くれんの?」
ところが、何故かアリサは直ぐにこちらへと戻ってきて、自分の鞄から取り出した500mlペットボトルのコーラを俺に渡してきた。
「うん、あげる」
「まじか。 ラッキー、丁度喉が渇いてたんだ」
「ちょっと待って」
貰ったペットボトルの蓋を開け、さあ飲むぞ、と思ったところでアリサにその腕を止められた。
「飲むのは鼻からよ?」
「あ、やっぱり? というかそういうの止めませんかね? はたから見たらイジメみたいだし」
「そんなことないわよ。 ねっ、みんな!」
『そうだそうだー!』『鼻からコーラぐらい大したことねーぞ!』『賭けは賭けだろー!』『男らしくないなぁ』
「だそうよ?」
皆の暖かい声援が心に痛い!
つーかお前ら、もう放課後なんだからとっとと帰れよ!
「それにあんた、前あたしになんて言ったっけ?」
「ビッチ死ね?」
「それもあるけど――」
「いたいいたい、耳をつまみ上げるのやめろっ!」
「男に二言は?」
「時々はあってもいいんじゃないっすかね?」
「駄目よ」
「ッアー!」
鼻からコーラはマジ鬼畜である。
全てが終わった後の教室では、黒い水たまりの上で手と膝をつき、目から濁った雫を零す少年の姿が見られたという。
ファック。 いつか絶対復讐してやる。 覚えてやがれ。