フェイトの母親が起こした事件が解決してもう二か月が経過した。
今頃なのは達は夏真っ盛りの海鳴で『今日は熱いから家に帰ったらアイスを食べるの』とか言っていることだろう。
俺のほうは現在時空管理局へ身分証明書等の申請を行い、クロノから回されてくる簡単な雑務等の仕事で小銭を稼ぎつつ時空管理局本局でお世話になっているところだ。
この時空管理局本局、通称『本局』という場所は名前から受ける小じんまりとした印象とは大きく異なり、とてつもなくデカくて広い。
具体的に言うなら『東京ドーム何個分?』とかじゃなく、『東京何個分?』ぐらいのレベルである。
「最近どうだ? 何か不満はないか?」
そしてそんな本局の中にある次元漂流者用に貸し出される小汚い小部屋でペン回しの練習をしていると、クロノがお土産を持ってやって来た。
「食事が不味いこととトイレが臭いことを除けば不満はないぞ」
あとはこの部屋が狭くてボロいことも不満と言えば不満ではある。
が、あまり部屋が綺麗過ぎると次元漂流者と偽ってここに居付いてしまう輩が予想される為、それは仕方ない事なんだと俺は自分を納得させた。
「すまないな。 とりあえずこれはお土産だ」
「おう、サンキュー」
「賞味期限がもうすぐだから安くなっててな。 早めに食べた方がいい」
「その一言は余計だ」
それを聞かなきゃ純粋な感謝の気持ちだけなのにと思いつつ、俺はその紙袋を受け取り作業用デスクの上に置いた。
どうやら中身はバームクーヘンのようである。
周りをコーティングしている塩キャラメルが非常に美味しそうだ。
後で牛乳と一緒に頂くとしよう。
「フェイトと同じようにアースラで君を預かることができればよかったんだが……」
「あんま気にすんなって」
フェイトはあれから裁判の為の勾留措置ということでアースラに滞在しており、最近は皆の仕事を手伝いつつ管理局嘱託魔導師試験の勉強もしているそうだ。
初めは俺もアースラの方にしばらく住まわせて貰う予定だったのだが、
『次元漂流者は特別な場合を除き、時空管理局の本局にていくつかの検査を行った上で、身元の確認や身分証明書の発行を行う。 また次元漂流者にはできる限り多くの進路を提示し、本人の希望を十分に尊重すること』
という規定の為このような状況になっている。
特別な場合とは本局に行くための足が無かったり、次元震などで航路が閉ざされてしまった場合などだ。
またその場合でも次元漂流者は近くの管理局施設へ行けば出来る限りの処置をしてくれるそうで、こうして保護される人は毎年かなりの人数に上るそうだ。
「そもそもあの船って機密の固まりみたいなもんじゃないのか? そこに身分の怪しい人間を乗船させておくほうが組織として間違ってるだろ。 それに本局の方もかなり面白いしな」
「そうか。 そう言ってもらるならこちらとしても骨を折った甲斐があったというものだ」
クロノは俺がこの狭い部屋に閉じ込められることを悪いと思ったのか、その権限の一部を利用して本局内である程度自由に行動できる権利を与えてくれた。
フェイトはリンディさんの許可の下アースラ中ではある程度自由に行動できているみたいだが、それでもできることが限られていることを考えればこっちの方が断然いいと俺は思う。
「特にお前の許可のおかげで大抵のレジャー施設をただで使わせて貰えるのはありがたいな。 ビリヤードやダーツは大分上手くなったぞ。 今度暇ができたらまた勝負しようぜ。 次は負けねえ」
俺はダーツを投げるようにして手に持っていたボールペンを壁に突き刺しながらそう言った。
「施設を壊すな」
「すまん、手がヌルってしてたんだ」
「素直に手が滑ったで良いだろう。 だがそれもいいな」
「え? ヌルヌルが?」
ローションプレイは俺も共感するところではある。
だがそれは余り人前で言うことじゃないと思う。
「違う! ビリヤードやダーツ勝負のほうだ!」
「ああ、そっちの事ね」
「なんでそんな勘違いになるんだ、全く。 まあいい、その時はユーノも連れてこよう。 また二人まとめて相手してやる」
「おいざけんな。 そうしたらこっちが不利になるじゃねーか。 ユーノはお前のチームな」
ユーノは現在魔法を教えるという名目でなのはの家に居候している。
本人は口では申し訳なさそうにしていたもののその行動に躊躇いや迷いは見られなかった。
そんなだからお前はクロノに淫獣って言われるんだ。
「それは駄目だ。 そうすると僕が負けるかもしれないじゃないか」
「たかがゲームじゃん。 どんだけ負けず嫌いなんだよお前は」
「そんなことよりこの間頼んだ仕事はどうなってる?」
こいつ、今露骨に話を逸らしやがった。
まあいいんだけどさ、それぐらい。
俺は別に負けず嫌いとかじゃないしね。 いや、ホントホント。
「あー、それって『管理外世界で中規模以上の魔法災害が起こった場合の被害予測と対応マニュアル』と『フェイトとアルフの契約記念日祝いのくす玉制作』のどっちだ?」
「ちょっと待て、僕はその後者については何も聞いてないぞ?」
「エイミィさんから頼まれたんだけど、もしかして内緒にしてたのか?」
というか今日がその日である。
ちなみにフェイトの方の初公判は既に終わっていて、判決はこのままなら保護観察になりそうだと教えてもらった。
クロノ曰く、『初めは無罪を狙っていたんだが、フェイトは一般常識に疎いところがあるからな。 完全に無罪にして自由にさせるよりは、保護観察にしてなのはと同じ学校へ通わせることで視野を広げ、精神の発達を促した方がいいと判断したんだ』とのこと。
これは幼い子供が保護観察になった場合、管理局側からはその成長のためにということで補助金が出るという思惑もあるそうな。
俺としては今回のような第一級ロストロギア盗難事件の場合一生幽閉ということも有り得たそうなので、そうじゃなくなっただけでもよかったと思っている。
「そんなこと秘密にする内容でもないだろうに……」
「はっ!? まさかお前、アースラの皆に嫌われてんのか?」
「やめろ! それは想像したくない!」
「長期に渡る航海任務。 最近減った周囲との会話。 時折目にするクスクス笑い」
「ちょ、ちょっと待て、どうして君がそれを!?」
「え、今の冗談だったのに、お前マジで避けられてんの?」
「い、いやきっとこれは僕の勘違いだと思う。 思いたい。 思わせてくれ」
ジュエルシード事件の時はあんなに頼られていたのに。
やっぱり人間の気持ちって簡単に変わるもんなんだなぁ。
俺はそんな可哀そうなクロノに思わず同情的な視線を向けた。
「そんな目で僕を見るな。 それで前者の方は? 被害予測のほうだ」
クロノは改めて知ってしまった事実に動揺しつつ、何事もなかったかのように話を逸らそうとした。
うん、お友達のクロノ君にこれ以上冷たい現実をつきつけるのは可哀そうだからな。
この話はもう終わりにしよう。
「そっちももうできてる。 ちょっと待て、確か引き出しの中に……あったあった。 ほい」
ドサッ
「厚っ!? というか重っ!?」
「あとこれが元データの入ったメモリーな。 翻訳はソフトにさせたから修正はそっちでよろしく」
俺は備え付けの机から打撃音が重なったような名前の某月刊少年誌の様に分厚い冊子を取り出し、それとその原稿データの入ったメモリーカードをクロノに渡した。
「なんだこれは!? 僕は渡したデータを簡単に纏めるだけでいいと言ったはずだぞ!?」
「だから子供でも理解できるように纏めたんじゃん。 そしたらそんな厚さになった」
「そもそも子供はこんなもの読まない!」
「いやいや、なのはとかが将来読むかもしれないじゃん。 ちなみに専門家用に纏めたのは後半の方に付録で付けといた」
「そっちだけでよかったのに……なんだこれ、捲るのも一苦労じゃないか」
クロノは呆れたような表情でその分厚い冊子をぺらぺらと捲った。
「まあいい、確かに預かった。 それと今日はもう一つ用事があってきたんだ」
「もう一つ? ああ、『なのはとユーノを切り離す方法』でも相談しにきたのか」
「どこからそんな発想が出てきたんだっ!」
「エイミィさんが言ってたぞ? 『最近クロノくんはなのはちゃんの事ばかり気にしてる』って」
「それは純粋に魔法の暴走の危険がないか心配だっただけだ! 他意はない!」
「あと『あれはきっとユーノくんに嫉妬してるんだろうねー。 男の子の嫉妬って興奮するよね。くふふ』とも言ってたな」
「よし、今残っている仕事は全部エイミィに押し付けてしまおう。 おかげで今日はゆっくり眠れそうだな。 ふふふ」
ごめんね、エイミィさん。
どうも余計な仕事を増やしちゃったみたいです。
「ところでもう一つの用事って結局なんだったわけ?」
俺は心の中でエイミィさんのご冥福を祈りながら話を元に戻した。
「そうだよ、君が変なことを言うせいで危うく忘れるところだったじゃないか。 君はこの後何か予定はあるのか?」
「フェイトとアルフのパーティー以外特に無いな。 せいぜいミネラルショップにでも鉱物を見に行こうかと思ってたぐらいだ」
本局にある鉱物屋は次元世界規模で商品を入荷しているだけあり、通常ではとてもお目にかかれないようなものがずらずらと並べられている。
それはもうマニアなら見ているだけでも射精するレベルである。
俺はまだ精通していないからしないんだけどね。
「君は本当に鉱物が好きなんだな。 でもそれなら丁度良かった。 今から一緒にアースラに来てくれないか? 例の身分証明に関する話がいくつかある」
「ここじゃ駄目なのか?」
「うーん……まあできなくもないんだが、君の担当は一応僕ということになってるから書類は全部アースラのほうに送られてくるんだ」
なるほど。
わざわざこことアースラを行ったり来たりさせるのも悪いな。
歩いて40分程掛かるし。
「わかった。 なら準備するからちょっと待ってて」
そう言って俺は着替え始めた。
「とりあえず今回は特に必要なものもない。 手ぶらでも……ああ、例のくす玉があったな」
「くす玉は見りゃわかるけどそこにある」
「意外と立派だな」
クロノは薄い色紙の花に飾られた直径1m程の球を見て感嘆の声を漏らした。
これを作る際両面テープをかなり多用したのだが、粘着部から剥離紙をはがすのはもっと楽にならないのだろうか?
そのせいで意外と時間を取られてしまったんだよな。
「……よし、準備完了っと。 じゃ、行くか」
「寝癖がまだ残っているぞ?」
「マジか。 んー、でも今からシャワー浴びるのもめんどくさいし、別にいいや」
「まて、整髪料なら僕が持ってるからちょっとじっとしていろ。 ……これでよし」
「サンクス」
こうして俺はクロノに身だしなみを整えてもらいアースラへと向かった。
くす玉はクロノのデバイスに入れて貰ったので結局俺は手ぶらである。
こうしてみてるとやっぱりデバイスの収納機能ってすげえ便利だよなぁ。
星ごと買えるとか自慢してたけど、なんだ案外バールも大したことねえじゃん(笑)。
その後道中で適当にプレゼントを物色しながらアースラに到着。
アースラ内の通路を歩いているとそこのスタッフ2名とすれ違ったので軽く挨拶をした。
「お疲れ様です」
「2人ともお疲れ様」
「あ、サニー君にクロノ執務官。 お疲れ様です」
「これから一勝負でもするんですか? この間みたいに」
「いや、今日は身分証明の件でちょっとあって。 艦長は?」
特にクロノへの態度が変わった様な気はしないけどなぁ。
確かに言われてみるとランディさんの表情が少し硬い気もするけど、アレックスさんは普段どおりだ。
全く原因がわからん。
「艦長は今エイミィさんと一緒にフェイト達のお祝い用料理を作ってるそうですよ」
「おい馬鹿! そのことは内緒にって言われてただろ」
「あっ、そうだった! すいませんクロノ執務官。 今の話は聞かなかったことに」
「それは構わない、というかもうサニーから聞いたよ。 今日はフェイトとアルフの契約記念日なんだって?」
「なんだ、もう知ってたんですか。 ならそれは内緒ってことで。 俺からもお願いしますよ」
「ああ、わかった」
「ほら、じゃあ行くぞアレックス。 休憩時間はあまり長くないんだ。 それじゃあクロノ執務官、俺たちはこれで」
「サニー君もまた後で」
「はい」
それからブリッジオペレーターの2人は俺に持っていたチョコワッフルを渡してから何処かへと向かった。
ボードゲームを持っていたことを考えるときっと何処かの休憩室にでも向かったんだろう。
「なあサニー、2人ともまだ何か隠してる感じじゃなかったか?」
「全然普通だったろ。 あんま気にしすぎると禿げあがるぞ?」
「嫌な事を思い出させるな。 最近ちょっと額が広くなった気がしてるんだ」
なんて事を話しているうちにクロノの私室へ到着。
そこで俺は身分証明関係で一度地球に向かう必要があるといった話をしているとフェイトがやってきた。
「クロノ、模擬戦を……って、サニーも来てたんだ。 もしかして今大事なお話の最中?」
「いや、大事な部分はもう終わってる。 だよな?」
「ああ。 前にサニー地球出身の次元漂流者の可能性があるって話をしてただろう? その関係さ」
「そうなんだ」
「おう。 なんでも今日から一週間以内に地球へ行くことになるんだってさ」
「じゃあその時なのは達にこのDVDを届けてくれる? こないだのお返事がようやく編集出来たんだ」
「任せろ」
そうして俺はバルディッシュから取り出された2枚のDVDを受け取った。
フェイトはあれからなのはとDVDレターと言う形で文通みたいなものをしている。
その映像を通して彼女はアリサやすずかともお友達になったらしい。
一度俺も出演させて貰ったのだが、その返事でアリサに『あれ? あんたセクハラで懲役20年って話じゃなかった?』と言われた時、俺は本当にこいつらの友達なのかかなり疑問に思った。
あと適当なことを抜かしたなのはは許すまじ。 今度絶対泣かす。
「ならクロノ、これから模擬戦って大丈夫?」
「あ、ああ。 だが模擬戦をするのはいいが……」
そこで急に口ごもったクロノは俺に『万が一怪我でもしたらパーティーに参加できなくならないか?』と小声で聞いてきた。
ああなるほど。
今のでアースラスタッフがクロノに対してパーティーのことを隠してた理由がわかった。
変に気を使いすぎてバレる心配があったからか。
サプライズパーティーの準備をしていたのに本人がそれを知っていたというのは一番寒いパターンである。
クロノって仕事の時は平気なのに、私生活になると途端にわかりやすい奴になるからなぁ。
そう言えば記念日の事がバレていたとわかってからはランディさんの態度も硬さが取れて自然体に戻ってたっけ。
アースラの皆も人がいいし、そういう隠し事が苦手なせいでクロノには不自然に映っていたんだろう。
そのことに思い当った俺は小声でクロノにアドバイスすることにした。
「下手に気を使いすぎてバレる方が不味い。 普通に模擬戦を受けてやれって」
「だが最近は彼女の保有魔力量が上がってきてるから、僕も結構本気を出さないと勝てなくなってきてるんだ」
「そこで手を抜いて負けるという考えが微塵も無いあたりが実にお前らしいよな」
「何を言うんだ。 こういうことは手加減する方が失礼と言うものだろう」
「でもさぁ、今日が何の日かぐらい――」
「あの、迷惑だったら別にいいよ? 私もちょっと自分勝手だったよね。 ごめん、クロノ」
俺たちが長々とひそひそ話をしてるのを模擬戦を嫌がってると思ったのだろう。
フェイトは少し落ち込んだ風にそう言った。
「いやっ、それは違うんだ! 模擬戦だなっ! 僕は全然構わないぞ。 よし行こうさあ行こう」
「流石にその態度は不自然過ぎるだろ」
それを受けたクロノの態度は何か隠し事があるのが丸わかりだった。
なんて酷い大根役者なんだ。 これはゴールデンラズベリー主演男優賞も満場一致で獲得できそうだな。
「うるさい。 それで君はどうする? 見に来るのか?」
「そうだなぁ。 俺はエイミィさんのところに行って例の物を手伝ってくる」
「あ、エイミィが何か困ってるんだったら私もそっちに――」
「いやいや、たいしたことじゃ無いんだ。 だから僕たちは模擬戦をしにいこう。 今日はバインドの奥義と言うべきものを伝授しようかな」
「ホント!? ありがとう、クロノ! じゃあ私、先に行って準備してくるね!」
それを聞いたフェイトは満面の笑みを浮かべ、ダッシュで部屋を飛び出して行った。
本当に模擬戦が好きなんだなぁ。
バトルジャンキーとでも言うべきか。
俺は彼女の将来が少し心配になった。
それから俺はクロノと別れ、作成したくす玉を手にエイミィさんの居る調理場へ向かった。
調理場について中を覗き見ると、エイミィさんがお祝用のケーキの飾り付けをしている様子が見られた。
「エイミィさん、頼まれてた例の物持ってきましたけど、どうすればいいですか?」
「おおっ、サニー君! ちょうどいいところに! そのくす玉はレストルームの隅に置いてきて、それからこっちで野菜とか切るの手伝ってくれるかな? さっきまでは艦長も居たんだけど、急に用事が入ったせいで人出が足りなくなっちゃって」
「ういっす。 ちょっと待ってて下さい」
それから俺はくす玉を置いてからエイミィさんのお手伝いとして野菜のカットやコンソメスープの灰汁取り等を手伝った。
ちなみにコンソメの灰汁を取るときはスープに泡立てた卵白を加えて沸騰させるのがコツだ。
そうすることで不味成分や濁り成分を卵白に含まれる水溶性たんぱく質が吸着してくれるのだ。
しかもこの方法だと肉に含まれる脂肪が過剰に取り去られることも避けられる。
考えた奴はまさしく天才だな。
「でもサニー君って意外と料理上手いんだね。 お姉さんびっくりしたよ」
「昔1人暮らしとかしてたんで、料理は苦手じゃないんすよ」
ただ食生活は乱れに乱れまくってたけどな。
食べたいおかず一品、ご飯、以上。
みたいな感じで。
「にしてもその肉料理、凄く良い匂いがしてますね。 おっと、思わず涎が……」
「ロースト骨付き肉はあたしの得意料理だからね~。 このスパイスの配合が味の決め手なの。 香辛料って基本的にはどんな組み合わせでも問題ないんだけど、やっぱり特に美味しくするには相性ってのがあるんだよ」
「なるほど」
綺麗に切り分けて皿に盛り付けられているその肉からはスパイスの焼けた香ばしい香りが漂っている
ピンク色の肉に入った綺麗な霜降りは恐らく高級な肉を使っていることの証拠だろう。
ところでこの肉ってなんの肉なんだ? 牛ではなさそうだけど。
「エイミィさん、後でこれのレシピ教えてくれませんか?」
「うーん、どうしよっかなー。 よし、じゃあ今度また作る機会があったら呼んであげる。 技術は見て盗むものなのだ! ババーン!」
「有名ラーメン店の頑固おやじじゃないんですから普通に教えてくださいよ」
「えー? でもそれだと面白くないじゃん」
「じゃあ今度クロノの秘密をまた1つ教えて――」
「やっほーエイミィ!」
「おー、元気いいねぇアルフ。 何か良い事でもあった?」
なんて話をしているとアルフが厨房に入ってきた。
やばいやばい、折角パーティーの事を隠していたのに、このままだとバレかねない。
そう思っているとエイミィさんから小声で『こっちはもういいから彼女を上手く引きつけて外へ誘導して』と頼まれた。
言われなくてもそのつもりである。
「それはこっちのセリフだって。 あんまりにも良い匂いがしてたからつい来ちゃったんだけどさ、何か味見させてくんない?」
「バカ野郎、ここは戦場だ。 迂闊に足を踏み入れると……死ぬぜ?」
「あ、このスープ美味しそうだね。 飲んでいい?」
「だから俺の話を聞けよそこの馬鹿犬」
ちょっと決めポーズで言ったのがめちゃめちゃ恥ずかしいじゃんか。
俺は滑るって言葉が大嫌いなんだ。 いろんな意味で。
「何さ。 別に1つか2つぐらいいいじゃないか。 減るもんじゃなし」
「減るから。 普通に減るから。 というかあと30分ぐらいで出来るんだからそれまで我慢しろって」
「わかった、じゃあ3つで我慢するよ」
「アホか。 さっきより増えてるじゃねえか」
このままだとパーティーの存在自体はバレないかもしれないが折角作った料理が荒らされてしまう。
そうだ、丁度いい機会だから人型の時にこいつの臭覚が落ちているかどうか実験してみよう。
「ちっ、仕方ない。 1つだけでいいなら用意してやるから、ちょっと外で待ってろ」
「出来れば肉で頼むよ?」
「はいはい、わかったわかった」
とりあえずアルフを外へ追い出すのは成功したので任務の1つは達成できたと言えよう。
あとは個人的な興味と恨みを晴らすだけである。
俺はまだ失われたタン塩事件のことを忘れてはいないのだ。
目には目を、歯には歯を、食べ物には食べ物をってことで先程欲しがっていたコンソメスープに悪戯を仕掛けてみよう。
「という訳でエイミィさん、このスープ少し貰ってきますね?」
「おっけー。 でも今の、なかなかいいアシストだったよ」
「ありがとうございます」
それから俺はコンソメスープに黒胡椒のかわりに正露丸を細かく引いて隠し味にしたものをアルフに飲ませようとした。
だがしかし、俺の目論見はアルフの『ちょっとそれ自分で飲んでみな』という一言によって脆くも崩れ去ってしまった。
こうして次元世界にまた1つ、新たなトリビアが生まれた。
『使い魔は人間形態になっても臭覚を失わない』
さあこのトリビア、一体何分咲きでしょうか?
それからトイレで吐くものを吐いてきたところで、エイミィさんから艦内の暇な人は全員6番レストルームへ集合するようにとのアナウンスがあった。
恐らくパーティーの準備が整ったのだろう。
俺がパーティー会場に到着すると、既にそこには20人程の人がおり、皆思い思いに談笑しているところだった。
テーブルの上には冷めないよう銀色の蓋をされた料理が並べられ、天井には俺の作成したくす玉や紙で作ったカラフルな鎖が飾りつけられている。
どうやらフェイトとクロノ、それにアルフはまだ来ていないようだ。
「はい、サニー君」
「何すか? これ」
そんな風に部屋の様子を眺めているとエイミィさんから紐のついている円錐型をした軽い筒みたいなものを渡された。
「クラッカー。 知らない? お祝いの席とかでパーンッって鳴らす奴」
「知らないっすね。 とりあえずアルフが来たらこの紐を引いて耳元で鳴らせばいいんですか?」
「それは鼓膜が大変なことになるからやっちゃ駄目だよ。 フェイトちゃんがくす玉を割るタイミングに合わせてその紐を引いてね」
「とりあえず了解です」
「エイミィ、今アレックスからあと10秒程でフェイトさん達が到着するって連絡がきたわ」
「了解です、艦長。 それではみなさん、準備は良いですか~!?」
「「「おおーっ!!」」」
その後、エイミィさんのカウントダウンがゼロになるのと同時にフェイト達が部屋に入ってきた。
フェイトは何が何だかわからないままエイミィさんに手を引かれ、言われるままにくす玉の紐を引いた。
『パァーーンッ!!』
「うわぁっ!?」「何事だいっ!?」
フェイトとアルフはその音に驚いたのか尻もちをついた。
それからフェイトはクロノに手を引かれて立ち上がり、天井の垂れ幕を見て改めて驚いた。
そこには『フェイト&アルフ 使い魔契約記念日おめでとう!』と達筆で書かれている。
いいんだよ。 俺が達筆っつったら達筆なんだよ。
書道家の作品だって素人から見たら意味不明だろ? つまりはそういうことだ。
「あのっ、これっ、これもしかしてっ、全部私達の為に?」
「そうだよ。 フェイトちゃん達の為に皆で頑張って用意したんだ。 喜んでくれた?」
「あ……はい。 凄く、凄く嬉しいです。 わざわざ私達なんかの為に、こんな――」
「こら。 駄目よ、フェイトさん。 自分の事を『なんか』なんて言っちゃ。 これは貴女が頑張ってる姿を見てお祝いしてあげたいと、ここに居る皆がそう思って自然に集まった結果なんだから」
「そうだぞフェイト。 これがお前の人徳って奴だ。 だから今は素直に喜んどけ」
「サニー……。 うん、そうだね。 皆さん、ありがとうございます」
そう言ってフェイトは少し潤んだ眼で皆にお辞儀をした。
そしてその言葉をきっかけに、パーティー会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
その後アースラスタッフ達からお祝いの言葉を言われ、フェイトとアルフががお祝いのケーキの蝋燭を吹き消したところで食事会が始まった。
会場に居た人達は皆思い思いに食事や会話を楽しみ、俺やクロノはアースラに来る前に本局で買ってきたプレゼントをフェイトに渡した。
クロノが渡したのはなのは達から時々送られてくる写真をしまう為のアルバム、俺の方はDVDレター用の空のDVD-Rだった。
それを見たフェイトの反応は、クロノの時は凄く嬉しそうであったのだが、その直後俺のプレゼントを確認した途端ものすごく微妙な表情になった。
だって仕方ねえじゃん。 他に思いつかなかったんだもん。
そうしてアルフに『あんたは女の子の気持ちが全然わかってない』と小突かれていると、なのはから映像通信の許可を求める連絡がきた。
本来こういったリアルタイム通信は一応フェイトが容疑者と言うことになっている為禁止されているのだが、そこは流石アースラスタッフ。
お祝いの席では管理が甘くなるという無茶苦茶な言い訳で艦長直々の許可が出された。
や、まあ正式には許可じゃないんだけどね。
『遅れてごめんね、フェイトちゃん。 アルフさんとの契約記念日、おめでとう』
『おめでとう、フェイト』
「ありがとうなのは、ユーノ。 なのはは、今外なの? そこは……森の中?」
『うん、裏山。 わたしとユーノくんからのお祝い、ちょっと家の中じゃできないから』
「そうなの?」
宙に大きく映し出されている映像には夜も遅い為少しわかりにくいながらも沢山の木が生い茂っている様子が見られ、聞こえてくる虫達の鳴き声は確かな夏の匂いを感じさせた。
本局みたいな閉鎖空間だと季節の移ろいなんて全く感じられないんだよなぁ。
別にそれが悪いとは言わないけど、自然大好き人間の俺としては結構息が詰まる。
「きっと野外調教露出プレイとか見せてくれるんじゃねーの?」
『あーっ! 何でサニーくんがそこに居るの!? 今牢屋に入れられてるって聞いてたのに』
「そんな事実はどこにもねえよ!」
『だって本局の中を全裸で走ってたんでしょ? 前にフェイトちゃんがそう言ってた』
「フェイト?」
俺は疑惑の視線をフェイトに送った。
「ううん、私はそんなこと一言も言ってな――いたっ!?」
「目が泳いでんだよ」
「だからってデコピンする必要はないだろ?」
「うるせー馬鹿アルフ。 間違いは修正されるべきだ」
そもそも俺が罰ゲームで走ったのはアースラの中だけだ。
ユーノの野郎は変身魔法でうまいこと回避しやがるし、言いだしっぺのクロノは『知り合いだと思われたくない』とか言って途中で居なくなるし。
ちょうどその時フェイトは裁判で居なかったのでおそらくは『クロノ→フェイト→なのは(+アリサ達)』のどこかで情報が誤って伝わったのだろう。
流石にユーノが自分から言うとは思えない。
これはさっき預かったビデオレターも検閲しないと駄目だな。
『そういえばこの間アルフさんに聞いたんだけど、サニーくんってフェイトちゃんと一緒に温泉に入ったことがあるんだって? それも自分から誘って! えっち! 不潔! 信じらんない!』
「あ? 何言ってんだこの糞ビッチが。 お前なんて嫌がるユーノを無理やり女湯に引きずり込んだ癖に。 淫乱。 淫売。 公衆肉便器」
『あっ、あれはユーノくんが悪いんだもん! あの時ちゃんと人間だって一言言ってくれれば無理やり女湯に入れようとは思わなかったもん!』
『もうやめてなのは! あれは僕が全部悪かったから!』
『その通りだよ!』
ユーノは顔を赤く染めて冤罪を受け入れようとした。
しかし法の精神に則ればそれを許すわけにはいかない。
「気にすんなってユーノ。 あれは思い出せなかった馬鹿が悪いに決まってんだから」
『むっきーっ!』
「はいはい、貴方達の仲がいいのはわかったからそろそろその辺で。 ね?」
「あまり長くは話せないんだぞ?」
ついつい口喧嘩に熱が入ってしまった所をリンディさんとクロノに諌められてしまった。
「すいません。 ちょっと面白い猿が居たので突っついてみたくなったんです」
『すいませんリンディさん。 かなり変なゾウリウシが居たんで突っついてみたくなったんです』
「なんだと?」
「ストーップ! ほら、フェイトちゃんも困ってるから!」
「あ、あはは……」
エイミィさんにそう言われて確認してみると、確かにフェイトは苦笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
「すまん、今日はフェイトが主役だったのにな」
『そうだよ。 わたしもサニーくんなんてボブキャラどうでも良いからフェイトちゃんとお話しないと』
「それを言うならモブキャラだ」
『ちょっと言い間違えただけだよ! サニーくんはもう黙ってて!』
「へーい」
人を単細胞扱いしてくれたのは許せないが、まあ今日はおめでたい席なのでおめでたい奴と遊ぶのはこの辺にしておこう。
それからなのははフェイトと俺の文句で盛り上がり、その一方でユーノはアルフと裁判が終わったら一緒に散歩に行こうとストロベリーフィールドな約束を交わしたりしていた。
ユーノとアルフの仲が良すぎる気がするのは例の事件でなのはにビビらされた者同士という親近感に寄るものだろう。
あんときは二人ともめちゃめちゃビビってたからなぁ。
『――じゃあそろそろ時間も無いから、この日の為に用意してきた魔法をプレゼントするね』
「魔法を?」
『うん。 フェイトちゃん、よーく空を見ててね? いくよ、ユーノくん、レイジングハート!』
『オッケー、なのは』『All right, My master』
それからなのはは杖を空に向けて構え、ユーノは左手を空に伸ばして魔法に集中し始めた。
レイジングハートの先ではピンク色の光の球がだんだん大きくなっていき、その球の周りにはユーノの作った緑色の魔力球が浮かんでいる。
『夜空に向けて砲撃魔法、平和利用編っ! スターライトブレイカー、打ち上げ花火バージョン! ブレイクー、シュートッ!』
そうして夜空に放たれた砲撃は一定の高さまで上昇した後爆発し、ピンクと緑の光を撒き散らしながら空に大きな花を咲かせた。
「うわぁ、綺麗……」「2人とも凄いねぇ……」「まるで光のアートね」
『続けていくよ、ユーノくん!』
『うん!』
『『せーのぉっ!』』
「うそ、連発っ!?」「またむやみに巨大な魔力を……」
夜空に散っていく魔法の花弁は余りに幻想的で、鮮麗で。
その光景に俺は思わず言葉を無くしてしまった。
『――はぁ、はぁ、どうだった?』
「凄いよなのは、夜空にキラキラ光が散って、凄く綺麗で……ごめん、あんまり上手く言えないや」
『ううん、それで充分だよ。 ありがとうフェイトちゃん。 サニーくんは?』
「……ああ、感動した」
『よしっ!』
俺のその言葉を聞いたなのははガッツポーズをして喜んだ。
いや、でもマジでお前凄いわ。 凄すぎ。
「ところで君達。 1つ気になったことがあるんだが、ちょっといいか?」
『なに? クロノくん』
俺がそんな風に感動を心に焼きつけていると、クロノが何とも言えない表情でなのは達に問いかけた。
「今の魔法、ちゃんと結界は張ってたのか?」
『……あっ!』
『えっ? あの、もしかしてユーノくん、まさか張って無かったとか……言わないよね?』
『あは、あはははは……ごめん。 すっかり忘れてた』
『えぇえええっ!?』
なんといううっかりミス。
今のは音といい光と言い、相当目立っただろうから公害防止条例に引っかかることは確実だろう。
「良かったな。 最後に一花咲かせられて。 お勤めごくろうさまです」
『まだ捕まってないよ!』
『それより早く逃げよう!』
『うん! ユーノくん、早く肩に乗って!』
「あ、おい君達っ! ちょっと待て!」
『『ごめんなさぁーい!!』』
しかし2人はクロノの引きとめに応じず、脱兎のごとく駆けだして行った。
「……はぁ。 頼むからもうこれ以上僕の心労を増やさないでくれ」
「アハハ……」
「お疲れ様です」
深い溜息と同時に漏れたクロノのその言葉に、俺とフェイトは肩を叩いて労うことしかできなかった。