私が思い出せる一番古い記憶は、まだ母さんに手を引かれていた頃の優しい記憶。
あの頃の母さんはお仕事が忙しくて、私は一人でいることが多かった。
だけど母さんはその少ない時間でも目一杯私を愛してくれるから、私の心はいつも大好きの気持ちに満ちていて。
それに比べれば寂しさなんて大したことないと思っていた。
お風呂で髪の毛を優しく洗ってもらって、そのまま夜はベッドで抱きしめられて眠る毎日。
忙しくてもお料理だけはちゃんと作ってくれて、またそれが凄く美味しくて、ちょっとした不満も吹き飛んでしまうこともしばしば。
母さんのお仕事がお休みの日は一日中ずっと一緒に居られるから、楽しさと嬉しさで思わず笑顔が零れてしまう。
他にも母さんとの思い出はたくさん、数え切れないほどこの胸に残っている。
私の誕生日には母さんと二人でお出かけをした。
たくさん甘えて、たくさんわがままを言って困らせて。
だけど私が『ママ大好き』って言うと、母さんは照れながら抱きしめてくれて。
あのときの暖かさは今でもちゃんと覚えている。
母さんの誕生日にはこっそり料理を作ってあげようとして失敗し、『不器用なところは似なくてもいいのよ?』と二人して笑ったこともあった。
そう言えば誕生日が近付いてきた頃、欲しいものを聞かれて『妹が欲しい』と言った時の母さんの慌て方は、ちょっとだけ面白かった。
別にお父さんが欲しいと言ったわけじゃないんだから、あんなに慌てなくても良かったのに。
だけどそんな暖かい日々はあの日、事故の後で目を覚ました日以来、だんだんと減っていった。
それは、母さんが私と一緒に居ると辛そうな表情を見せることが増えたことも関係しているんだと思う。
『母さま、大丈夫?』
『え、ええ、貴女は気にしなくていいわ。 これは私自身の問題だから』
『でも母さま、すごく辛そうだよ?』
『……そうね。 じゃあ少しだけ、一人にして貰ってもいいかしら?』
『うん。 ならわたしは部屋に戻ってる。 わたしにできることならなんでも言ってね?』
『……ごめんね、アリシ……ア』
『ううん、わたしは全然平気だよ。 母さまも身体に気をつけてね?』
そしてその本当の理由は私が何度聞いても教えてもらえなかった。
今にして思えば、あの時の母さんは私とアリシアがどうしようもなく異なることに、どうにかして折り合いを付けようとしていたんだと思う。
それからまた少し経った頃、母さんは新しく何かの研究を始め、私と居ることはほとんどと言って良いほどなくなってしまった。
私は少し寂しかったけれど、『母さんも今はすごく苦しいんだ』と思い、なんとか我慢することが出来た。
だって私に構うことができなくなったかわり、母さんは私の身の回りの世話や教育をする為にすごく優秀な使い魔を付けてくれたから。
『お名前は? お嬢様』
『ふぇ? だれ?』
『私は今日から貴女のお世話をさせてもらうことになったプレシアの使い魔、リニスと言います』
『は、はい、はじめまして』
『そんなに堅くならなくてもいいんですよ? 所詮私は使い魔なんですから。 プレシアからフェイトを一人前の魔導師にするようにと言われていますが――』
『まどうし、ですか』
『まだ堅いですね。 まあいいでしょう。 何でも『電気変換資質を持っているからそのことも踏まえて教育するように』とのことですが、何も聞いていないのですか?』
『はい、あ、うん』
『そうですか。 でもプレシアは貴女にかなり期待しているみたいですよ?』
『母さまが?』
『ええそうです。 私ほどの高性能な使い魔は維持するだけでもかなり大変ですからね』
『そうなんだ? なら私がんばる。 がんばって立派なまどうしになる。 それでいつか母さまの助けになってあげるんだ』
『その意気です! 私も厳しくいきますから、ちゃんとついてきて下さいね?』
『はい!』
朝起きて、リニスの作ったご飯を食べて、午後は魔法の勉強や実戦の訓練をする。
母さんは相変わらず忙しそうだったけれど、やがて私はアルフを拾い、その子を使い魔にして、少しずつ暮らしは賑やかになっていった。
『早く一人前の魔道師になって、頑張っている母さんを助けてあげたい』
私がそう言う度、リニスは優しい声で私を褒めてくれ、そして優しくギュッと抱きしめてくれた。
それは母さんがくれる暖かさととてもよく似ていて、それがとても嬉しくて、だけどちょっとだけ胸が痛くなった。
そしてそんな切なくも穏やかな日々は、私がリニスの出した最終試験をクリアしたことで終わりを向かえた。
その日の夕食は試験に合格したご褒美として、久しぶりに母さんと一緒に取ることになった。
何を話せば喜んでくれるのかがわからなくて、会話の内容は私の魔法についてばかりになってしまったけれど、それを聞いてどこか安心したような母さんの様子に私は嬉しくなったことを覚えている。
夕食の後、リニスからプレゼントがあると聞いていた私は彼女の部屋を訪れた。
でもそこに居たのは彼女の遺した魔法の杖と、それを手に持った母さんだけ。
母さんは私にその杖を渡し、『もっと強くなって、あらゆる望みを叶える力をその手になさい。 貴女はこの私の娘なのだから』と言ってくれた。
母さんに褒められ、そして娘だと言ってくれたことはすごく嬉しかった。
リニスは母さんの使い魔だから、いつかこんな日が来ることはわかっていた。
わかってはいたけれど、私はリニスのことも大好きだったから。
もう会えないことを理解出来てしまった時はすごく悲しくて、強くなってと母さん言われたのに、部屋で少しだけ泣いてしまった。
杖の扱いを覚えた頃、私は母さんのお使いで、母さんが必要としている実験の材料や研究に関する書物、文献を取りに行くようになった。
時が過ぎ、実験や研究が行き詰るごとに母さんは苛立ちや怒りを隠さなくなって、私達の家はリニスが居た頃に比べてなんだか暗くなっていった。
お使いはだんだん難しくなり、私の背丈は少し大きくなって、背中や手足には少し傷が増えた。
そんな私を見ていたアルフは、何度も私に家を出ようと言ってきたけれど、私は辛そうにしている母さんをずっと見てきたから、その度に『母さんは今少し疲れているだけだから』と言ってアルフを宥めた。
そんな暮らしの中、私は母さんから最後のお使いとしてとあるロストロギア・ジュエルシードを探すよう命じられた。
その命を受けた私は、直ぐにそのロストロギアが落ちた世界へ飛び、ジュエルシード探しを始めた
時々私と同じようにそのロストロギアを集める女の子と戦闘になったり、魔力切れで倒れてしまうことはあった。
けれど、
『食事もベッドもちゃんとあるしアルフもいる、だから寂しくないし、大丈夫』
私はそう自分に言い聞かせてジュエルシードを探し続けた。
悲しんで、苛立って、苦しんで。
そんな切ない思いを続けている母さんに笑顔をあげられるのは、助けてあげられるのは、今はもう私しかいないから。
そんなある日。
私がジュエルシードが落ちた世界についての文献を読んでると、この世界の人達は『温泉』と言う物に浸かって日々の疲れを癒すという一文を見つけた。
アルフはジュエルシードについている独特の臭いを追って回収することを思いつき、探している途中で何度か倒れた私を見ているせいか私にその温泉で少し休むように言ってくれた。
一人で頑張ることになるアルフには申し訳ないと思いながらも、身体の方はかなり疲れていたから私はその進言に従うことにした。
それから私達は海鳴から一番近い温泉がある場所へ向かい、私は1人のとても変わった男の子と出会った。
最初こそ、初めて会った私に向かって一緒に温泉に入ろうと言ってきたり、突然自分で自分の顔を殴り始めたりと変な行動がいくつもあってびっくりした。
でも彼の知識の豊富さや、私を楽しませようとする会話はどこかリニスの姿と重なり、私は久しぶりに自分が笑えていることに気が付いた。
やがてアルフがジュエルシード探しから帰ってきて、私達は彼が持っていたジュエルシードと交換するようにして友達になった。
私は彼に何もしてあげられないことを感じつつも、初めて出来た友達という存在に胸が暖かくなった。
『このお使いが終わったら、私も彼に何かしてあげられるはず』
そう思った私は、前よりも強く、早く、ジュエルシードを集めたいと思った。
それから数日後、私はこれまでに集めたジュエルシードを渡すため時の庭園に戻ってきた。
これで母さんを満足させてあげられると思っていたけれど、母さんは喜んではくれなかった。
何度も、何度も何度も鞭で打たれ、私は沢山傷を負った。
でもこれは母さんの望む数には届いてないから仕方がないことで。
アルフにもすごく心配されたけれど、母さんの事を想えばまだまだ頑張れると思った。
だけどそれから先は管理局が出てきたせいでジュエルシード探しは難航し、あっという間に管理局の人に捕まってしまった。
捕まった時私は母さんに魔法で再びお仕置きされ、管理局の船の医務室で治療を受けることになった。
そこで出会ったのはジュエルシードを賭けて何度も争った白い服の女の子。
『あの、フェイトちゃん』
『君は……確かあの時の』
何度か私と戦って、打ちのめされて、それでもまた向かって来た女の子。
『ごめんね?』
『ううん、君は悪くないよ。 むしろ私の方が謝らないといけないと思う』
かなり酷いことをしたと思う。
一生懸命話しかけてきた彼女にバルディッシュを突き付けたり、無視したり。
それでも私が母さんから攻撃を受けた時には庇おうとしてくれた。
『なに、悪いのは全部あの鬼ババアだって』
『アルフ、汚い言葉を使っちゃだめだよ?』
『でもさぁ――』
『あの! フェイトちゃん、アルフさん!』
『なんだい? 唐突に』
『突然ですがお願いがあります!』
『う、うん?』
『わたしとお友達になってください!』
『本当に突然だね』
『そうだね。 ……あれ?』
本当に突然のことに、私は軽いパニックになってしまった。
どうして? 私は君を痛めつけた覚えしかないのに。
もしかしてこの子、ドMなの?
あと名前もまだ聞いてない気が……
『あ、ごめん、わたし自己紹介してなかったかも?』
『だよね?』
『大分おっちょこちょいな子だねぇ』
『えへへ、ごめんなさい』
ちょっと早まっちゃったと言って照れくさそうに、でも嬉しそうに笑うその姿は、とても可愛くて、とても眩しくて。
どこか遠くに感じるその笑顔に、私は憧れのような感情を抱いた。
私もこんな風に笑ってみたい。
こんな風に母さんを笑わせてあげたい。
それから私は彼女と自己紹介やいろいろなお話をして、お互いの事を少しずつ知っていった。
それは初めて友達が出来たあの日と同じように、胸がドキドキして、暖かくて、気が付けば笑ってる。
そんな不思議な感覚で。
どうしてそんな気持ちになるのかを考えていた時、私はある言葉を思い出した。
『一緒にいて楽しい、ただそれだけなんだってさ』
ああそっか。
私、今楽しいんだ。
ならなれるよね? 私は君と、友達に。
『あの……』
『なに? フェイトちゃん』
『これからは君の事、なのはって、そう呼んでもいい?』
『ぁ……』
『友達のことは名前で呼ぶって、そう聞いたから』
『うんっ! うんうんっ! じゃあわたしもこれからフェイトちゃんって呼ぶね?』
『もう呼んでるじゃないか』
『あははっ、そうだね、アルフ』
『これでわたしとフェイトちゃんはお友達! じゃあフェイトちゃん、握手しよっ?』
こうして私に、また1人新しい友達ができた。
この後実はサニーが管理局側のスパイでもあると知ったアルフが暴れて、なのはが何か言いながら慌てて取り抑えたり、私がアルフに気にしてないから落ち着いてと説得したりといったハプニングは起こったけれど。
管理局に目を付けられてしまった母さんのことはやっぱり気掛かりだったけれど。
それでも私は、友達ってすごくいいなぁと、そう思った。
そして今。
私は母さんに捨てられて、自分の全てを否定された。
母さんは、最後まで私に微笑んでくれなかった。
今ならわかる。 どうして笑ってくれなかったのか。
だって私の過去は作り物で、本当の子供の粗悪品に過ぎなくて。
そんな私に母さんを喜ばせることなんて出来るはずもなくて。
私が生きていたいと思ったのは母さんに認めて欲しかったからだ。
どんなに足りないと言われても、どんなに酷いことをされても、だけど笑って欲しかった。
医務室の壁に映る映像には、ついさっき友達になったあの子が私の為に怒ってくれている。
初めてできた友達は私を励ましてくれ、母さんに私の想いを伝えて来いと言ってくれた。
私はあんなにはっきりと捨てられた今でも母さんを助けたいと思っている。
笑わせてあげたい、喜ばせてあげたいと思っている。
この気持ちだけは作り物なんかじゃない。
そうだよね。
この気持ちが私だけのものだというのなら。
今までの自分を捨てればいいってわけじゃない。
逃げればいいってわけじゃ、もっとない。
あれだけの絶望と悲しみに打ちのめされた母さんだから。
きっと私のことを娘として見ることは出来ないと思う。
それでもいい。
私を見てくれなくても良い。
生きて、生き続けて。
それでいつの日か少しでも幸せを感じてくれたなら。
私はきっとそれだけで満足だ。
だからちゃんと伝えないと。
私が大切にしてきたこの想いと、私が今感じているこの想いを。
「あ、そうだ。 サニー」
「なんだ?」
「私ね、最近わかったことがあるんだ」
「ほう、言ってみろ」
「秘密」
「なんだそりゃ?」
彼は私のその言葉を聞いて呆れたような顔をした。
「えっとね、帰ってきてから言おうと思うんだ」
「それならそうと先に言え」
「ごめんね?」
「別にいいって。 それよりもう時間が無いぞ?」
「そうだね。 じゃあ私、行ってくる」
「おう。 じゃ、また後で」
「またね!」
そうして私は彼に笑顔で見送られて母さんのもとへ向かった。
私が時の庭園に到着したとき、そこは既に瓦礫の山で入口が何処かすら分からなくなっていた。
そのせいで私がどこから入ればいいのか困っていると、アルフが物陰から出てきて私に抱きついてきた。
私はそんなアルフの頭を撫でて安心させ、自分の気持ちを伝えた。
アルフはそれを聞いて泣きながら母さんの元へと続く道筋を示してくれた。
それから私はアルフになのは達のサポートを任せ、庭園の最下部の母さんのいる場所まで全速力で飛んだ。
「――世界はいつだってっ、こんなはずじゃないことばっかりだよ! ずっと昔っから、いつだって、誰だってそうなんだ!」
私が母さんの元へたどり着いた時、丁度そこでは母さんと管理局の執務官が話をしているところだった。
「こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んでいい権利は何処の誰にもありはしない!」
彼の言葉はその通りだと思う。
そして母さんはその悲しみに立ち向かったんだ。
だけど自分自身に勝てなくて、冷たい現実を突き付けられて。
そして潰れてしまった。
許せなかったんだ。
愛情を向ける相手を自分のせいで失ったことが。
そして彼方も私の為に怒ってくれるんだね。
ありがとう。 でも私は関係者だから、だから平気。
「……そうね。 だから私はこれ以上彼方達に迷惑をかけるつもりはないわ。 放っておいてちょうだ――ゴホッ、ゴホッ」
「母さんっ!?」
その執務官の言葉に答えようとした母さんは、途中で咳きこみ血を吐いた。
もしかして今までずっと病気だったの?
ごめんね、母さん。 私、全然気付けなかった。
「フェイト? 何をしに来たの。 消えなさい。 もう貴女に用はないわ」
「でも母さん、血が――」
「貴女には関係ないことよ」
「……いいえ、関係あります」
母さんは私を突き放すようにきつく言ったけれど、ここで引くわけにはいかない。
そう、だって――
「だって私は、大好きな母さんの娘で、アリシア姉さんの妹だから」
私がそう言った直後、母さんは一瞬驚いた表情を見せ、また直ぐに辛そうな表情に戻った。
「……くだらない」
そして今感じた何かを振り払うかのようにそう言った。
だけどその言葉とは裏腹に母さんの目はとても優しく、そこには遠い昔姉さんに向けていたものと同じ暖かさが籠っているような気がした。
「母さん、私は――」
「私は向かう、アルハザードへ。 そして全てを取り戻す、過去も未来も、たったひとつの幸福も!」
母さんは私のセリフを遮ってジュエルシードのエネルギーを一点に向けて放出し、空間に小さな孔を開けた。
それはこれ以上私の言葉を聞くと何かが壊れてしまう、そんな風に思ったからだろうか?
そうだとしたら、私はやっぱり母さんを困らせてばかりの悪い子だ。
「馬鹿な!? あれだけのエネルギーを暴走させることもなく制御しているのか!? エイミィ!」
『うん! 次元震の発生は観測されてないよ!』
そうして造られたその孔には空漠とした、だけど思わずそこから逃げ出したくなるような禍々しさを秘めた空間が広がっていた。
「一緒に行きましょう、アリシア。 今度はもう、離れないように……」
「待って母さん! 行かないで!」
「危ない!」
私が母さんに向かって伸ばした手を執務官が掴んで止めた。
「フェイト……。 私はいつだって、気付くのが遅すぎるのよ」
「母さん!」
そんな台詞を残し、母さんはアリシア姉さんと共に虚空へと消え、見えなくなってしまった。
結局言いたいことは全部伝えられなかった。
せめてあと一言だけ、伝えたい言葉があったのに。
「フェイト・テスタロッサ」
「あっ……すいません。 私、母さんを止めなくちゃいけなかったのに」
「……いや、それは別にいい――」
『クロノ君大変! なのはちゃんの砲撃のせいでその建物もう持たないよっ!』
「なにぃ!? フェイト・テスタロッサ、ここはもう危ない! 脱出するよ!」
「はい!」
そうして全てが終わり、私は色々なものを失い、だけど確かな何かを得て、アースラへと帰還した。
アースラに転送されてすぐ、私は目に涙を浮かべたなのはに抱きつかれた。
「フェイトちゃん! フェイトちゃん!」
「うん、大丈夫だよなのは。 私は大丈夫。 だから心配しないで?」
「でも、プレシアさんが……フェイトちゃん、あんなにお母さんの事を大好きだったのに、あんまりだよぉ」
「そうだね……。 でも私にはまだなのはやアルフがいるから。 ね? アルフ」
「そうだよ、フェイト。 アタシがずっと付いててあげるからね」
アルフはそう言って私の頭を優しく撫でてくれた。
その後私はなのはとアルフ、三人で一緒のベッドに横になって色々なことを話した。
それは私と母さんの楽しかった想い出や、なのはがまだ小さかった頃の話。
その間ずっとアルフは私の背中を優しく叩いてくれて、なのはは私の事をギュッと強く抱きしめてくれて。
そうして私は胸に感じていた痛みが和らいでいくのを感じながら、優しい夢の中へと落ちて行った。
大好きな母さんへ。
母さんは私をずっと嫌いだったって言っていたけれど、私はそれだけじゃ無かったと信じています。
私は母さんにとって失敗作に過ぎなくて、そしてお腹を痛めて産んでくれた娘じゃないけれど。
それでも今度生まれてくるときはまた、母さんの娘として生まれてきたいと、そう思います。
だから私は母さんの事を忘れるのではなく、辛いことも、悲しいことも全部受け入れ、そして新しい自分を始めることにします。
それは凄く大変なことかもしれないけれど、きっと大丈夫だと思います。
だって、今の私には――――
「おいフェイト、もし暇なら菜園に行って収穫でも手伝ってこようぜ」
「うん。 じゃあ私、なのはとアルフを呼んでくるね?」
「いや、あいつらはいい」
「どうして?」
「だってアルフにこの前手伝わせたら『これは正当な報酬だ』とかで俺の大事なタン塩全部喰われたし、なのははなのはで『わたしのフェイトちゃんに近付くな』とかうるさいし」
「あははっ」
「言っとくけど今のは全然笑いどころじゃないからな?」
「ごめんね? でもサニー、ありがとう」
「え、何が?」
「いろいろ、かな?」
「いろいろ、か。 うん、いや普通にわかんねえから」
「あははっ! でも友達っていいよね?」
「そうだな。 友達ってのは本当にいいもんだ」
――――私を友達だと言ってくれる人達が居てくれるから。
それじゃあね、母さん。 ありがとう。 どうかお元気で。