海上でのジュエルシード争奪戦から数時間後、俺はクロノに指揮所へ呼び出された。
「あ、サニーくん。 来たんだ」
指揮所に付くとそこには真っ赤になって俯いているフェイトと、後ろから彼女に抱きついているなのは、それを苦笑しながら見ているユーノ、ほほえましそうに見ているアルフ、彼女達が何かやらかさないか注意しながら見ているクロノ、『初々しくてかわいいわね~』『そうですね~写真撮っちゃいましょうよ艦長』といった会話をしているアースラスタッフの皆さんがいた。
「なんだとコノヤロウ。 来ちゃ悪いみたいに言いやがって」
「違うよ、誰もそんなこと言ってないよ。 それよりほら、見て見て! わたしもフェイトちゃんとお友達になったんだよ?」
「な、なのは、ちょっと恥ずかしいよ……」
「それは見りゃわかるけど、ちょっとベタベタし過ぎじゃね?」
なのはは満面の笑みでフェイトの顔に頬ずりしている。
フェイトの顔はそれによる羞恥のせいか真っ赤に染まっているが、その表情はどこか嬉しそうだ。
というかなんでフェイトも指揮所にいるんだ?
話ぐらい別に医務室でもできるだろうに。
「うらやましいんでしょ? ねえ、うらやましいんでしょ?」
「んなわけないっての」
「でもフェイトちゃんは可愛いから仕方ないね。 さっきわたしをからかったことも許してあげる」
「おいユーノ、こいつ何か変なものでも食ったのか?」
「さあ? 僕は部屋で休んでたから知らないけど、なのは達は僕がここに来た時にはもうこんな状態だったよ」
「ならアルフか。 おい、また変な洗脳でもしたのか? 俺の時みたいに」
「誰も洗脳なんてしてないよ。 ただちょっとフェイトのいいところを説明しただけだって」
嘘付けや。 絶対なんか変な電波出してるってお前。
そういや魔力は意識によってコントロールしてるんだよな?
ってことは魔力によって意識もコントロールできるんじゃね?
つまりアルフは周りの人間にフェイトを好意的に思わせてしまう魔法を使っている可能性があるのではないだろうか。
そう考えると魔法が凄く使える奴ってモテまくりなんじゃないか?
すげーな次元世界。 風紀乱れまくりじゃん。 恐ろしい話だぜ。
「それよりアンタ、実はスパイだったんだって?」
「お、おう。 でも、友達になりたかったのは決して嘘じゃないぞ」
俺がそんなことを考えているとマジで恐ろしい話を振られてしまった。
対応を誤るとまた噛みつかれてしまう。
ここは慎重に言葉を選ばなければ……
「で、その友達が犯罪行為をしているなら、それを止めてやりたいと思うのは間違ってないだろ? それに、たぶん俺がお前らと友達になっていなかったら今のような状況はあり得なかったはずだ。 そうだろクロノ?」
俺は現在フェイトに拘束具が付けられていない状況を指してそう言った。
あれだけ魔法を使える犯罪者なら、普通相手が子供だとしても手錠か何かで身体の自由をある程度奪っているはずだ。
「そうだな。 だがサニーから君達の話を聞いていなかったらそもそも捕まることはなかったかも知れな――」
「おい! それだと俺はただの悪役になるじゃねーか! そうじゃなくて――」
「別にいいって。 アタシは難しいこととかわかんないけど、フェイトの事を思ってやったんならそれでいいんだよ。 なのはからもそう聞いたしね」
「そうだよ~。 わたしに感謝してよね? アルフさん、初めてそのことを知った時凄い怒ってたんだよ?」
あー、やっぱりな。
そこらへんの説明はどうしようかと悩んでたんだよな。
この難問に俺が直面する前に解決してくれたなのはには素直に感謝を伝えよう。
「ありがとう、なのは」
「え、う、うん。 ……なんかサニーくんにお礼を言われると調子狂うなぁ」
「ならもう二度と感謝しない」
「それも嫌!」
俺は一体どうすればいいと言うんだ。
後で鼻の穴にグリンピースでも詰めてやろうか?
等と思っているとクロノが無表情のまま横から口を挟んできた。
「さて、お楽しみ中のところ悪いが、そろそろ本題に入らせて貰ってもいいだろうか?」
「ああ、無駄な時間を使わせてしまって悪かったな」
「……無駄じゃないもん」
「うるさいだまれ。 執務官殿がお怒りじゃないか」
「いや、別に怒ってはいないんだが……」
頬を膨らませて俺を睨むなのはに注意したところ、件の執務官殿は別にお怒りでも何でもなかったようだ。
というかこの執務官が女子供に弱いだけな気も――
はっ、まさかユーノに対して他と態度が違うのはなのはがタイプだからか!?
そして俺となのはが会話しているのに嫉妬したと。
やだなぁ、俺がこいつに惚れたりするわけないじゃんか。
でもそうなると『ユーノ→なのは←クロノ』の三角関係が発生するのか。
しかし今の様子を見る限り現状は『なのは→フェイト』のようだ。
やっべ、これはかなり面白いことになりそうだな。
万が一『ユーノ→なのは→フェイト→クロノ(ツンデレ)→ユーノ→(以下エンドレスワルツ)』とかに発展したら俺は笑い死にするに違いない。
最近気付いたんだがどうも俺は場をかき乱すことがかなり好きみたいだ。
こういう人間関係ってはたから見てると楽しいにも程がある。
一体今までどれだけの人生を損していたことやら。
「まあ僕が聞きたいことはただの確認みたいなものだ」
「だそうだ。 フェイト」
俺はそんなことを考えながら、なのはとイチャイチャしすぎて意識が何処かに行っちゃってるフェイトをこちらの世界へ引き戻した。
いかん、このままだと『なのは⇔フェイト』で確定してしまう。
それは面白くない。
「ふぇ? わ、私?」
「ああ。 まずどうして君が捕まったかは理解できてるね?」
「あ、はい。 あのロストロギアがとても危険なものなのに、それを勝手に集めていたからですよね」
「そうだ。 そしてそのロストロギアを集めるために管理局と争いになったということもある」
「あ、そうでした。 すみません」
フェイトはなのはに抱きつかれたままクロノに頭を下げた。
なのはもつられて頭を下げている。
何やってんだお前は。
「反省はしているようだな。 だがこのままだと君は次元犯罪者ということで非常に重い罰を受けることに――」
「ちょっ、ちょっと待ってクロノ君! フェイトちゃんにもきっと事情があるんだよ!? それなのに――」
「おいユーノ、そこの人の話を聞かない馬鹿の息の根を止めろ」
「それわたしが死んじゃうから!」
「なんだ、馬鹿だと言う自覚はあったのか」
「むっかー!」
「ごめん、とりあえずなのははちょっと静かにしててね?」
ユーノが暴れようとするなのはを後ろから羽交い絞めにして拘束した。
「サニーくん! ユーノくん! でもこのままじゃ――」
「だから話を最後まで聞けって。 クロノは『このままだと』って言ってたじゃねーか」
「あ、あれ? そういえばそう、言ってた、かも? あは、あはは」
「笑ってごまかすな」
「話を続けてもいいか?」
「ご、ごめんなさい」
「お、重い……」
なのはは後ろからユーノに拘束されたままクロノに腰を曲げて謝ろうとしたせいで、一番下に居たフェイトに2人分の加重が掛かってしまった。
どこのコント集団だよおい。
「だ、大丈夫? フェイトちゃん」
「あ、ごめん」
「うん、だ、大丈夫だから心配しないで。 あ、あはは」
それに気付いたなのはとユーノはすぐさま離れて謝り、それに対しフェイトは笑みを作って答えた。
しかしながら彼女はどうも少し腰に来たのか背中を擦っている。
なんか和むわぁ。
ふとクロノを見ると、彼も同じことを思ったのか少しだけその表情には笑みが浮かんでいた。
うーん、クロノはなのはとフェイトのどっちが好みなんだろう?
クロノもユーノもイケメンかつ優秀で将来有望だから誰だって惚れるに違いない。
俺男だけどこいつらになら……いや、この思考は危険すぎる。
とにかく、上手くなのはとフェイトをけし掛けて四角関係とかに発展させてみたいなぁ。
やべぇ、そんな修羅場めっちゃ見てみたい。
「今なのはが言った通り君にも事情があったんだろう。 そこで管理局側としては司法取引を勧めるけれど、どうする?」
「司法取引ってなに?」
「この場合だとクロノ達に協力することで、今回の事件に対する刑の軽減や罪状を取り下げて罪を軽くしてあげるってことだね」
なのはの質問にユーノが答えた。
あーもうっ、お前はもっと勉強しろよ! 話の腰折りまくりじゃねえか!
「……ありがとうございます。 それとごめんなさい。 やっぱり私は、母さんを裏切ることはできないから」
「フェイトぉ、あんな奴をわざわざ庇う必要なんてないんだよ?」
アルフから聞いていた話だと、フェイトは母親から虐待に近い扱いを受けていたはずだ。
それでもそんな奴を庇うなんて俺にはとても信じられない。
「そうだクロノ、アタシが協力するからフェイトの罪を軽くすることはできないかい? そのかわりアタシの罪が重くなってもいいからさぁ」
「できないこともないよ。 だけど――」
「ごめんね、アルフ。 私は自分のやったことに対してちゃんと責任を取るから。 それに母さんは本当は優しい人なんだからそんなこと言っちゃだめだよ?」
「でもさぁっ……! ああもう、モヤモヤするっ!」
「どうどう、落ちつけって」
「アンタは誰の味方なんだい!」
「そうだよ! サニーくんはいじわるだよ!」
何処かへ怒りをぶつけようとしたアルフを止めただけなのに、なんで怒りの矛先が全部俺に向いてるんだ?
しかもなのはが怒ってる原因がわけわからん。
いじわるって単語の使い方間違ってね? めっちゃ理不尽じゃん。
「あ、そういえば家にいた時もわたしがお醤油をとってって言ってるのにソースを渡してくるし――」
「それ今関係なくね?」
「まあ、気が変わったらいつでも言ってくれ。 それからでも遅くはないから。 それでは艦長、僕は管制室へ行きます。 何かあれば連絡してください」
クロノは何とも言えない顔をしながらフェイトにそう言い残し、指揮所を出ていった。
なのははアルフやフェイトに向かって俺についての文句を言い続けている。
頼むからしょーもない私生活を晒すのはやめてくれないかなぁ。
ほら見ろって、アースラの皆さんにも笑われてるじゃん。
そのままそこにいても恥ずかしい思いをするだけなので、俺も管制室へ向かうことにした。
もちろん許可は艦長から貰ってある。
許可を貰っておいてなんだが、リンディさんって危機管理とか結構適当だよね。
そこら辺はやっぱりクロノの母親、あいつと同じで子供に甘いからだろうなぁ。
「それでエイミィ、先程の攻撃の出所はもう掴めたのか?」
そんなことを思いながら管制室に着いた時、クロノはエイミィさんの寝癖を整髪剤とコームで整えながら話をしていた。
「今周辺の次元空間も含めて調査を進めてるところ。 あと数分で結果が出ると思う」
「それってもしかして、さっきのは次元の壁とかを越えて攻撃してきたってことか?」
とりあえず自分が来たことを示す意味も含めてクロノに質問した。
「あ、サニー君だ」
「なんだ、君も来たのか」
「来て悪かったな」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
あれ、さっきもこんな展開あったような気がするぞ?
「でもお姉さんとしては、いくらなんでも緑茶にワサビを溶かすのはやり過ぎだと思うな~」
「僕もそう思った。 緑茶にわさびは流石に……」
俺がそんなデジャヴュを感じていると何故か二人から私生活について駄目だしされてしまった。
なのはの奴そんなことまで話したのかよ。
「でもその後俺はなのはの毒霧を食らって失明の危機に陥ったんだ。 だから俺の方が被害はデカイだろ」
「それはまた見事なまでの因果応報だな」
「なんだと」
そもそもあれはなのはがトイレのドアを思い切り開けたせいで、俺が鼻を強打したことが原因だ。
何が、『まさかサニーくん、わたしのこと覗いてたの!?』だ。
お前の毛も生えてない恥部なんて誰が覗きたがるっていうんだ。 死ねビッチ。
あー、思いだしたらイライラしてきた。
そうだ、今度なのはがリンディさんに抹茶を持っていくとき、そこにワサビを入れてやろう。
上手くいけばあの緑茶に砂糖を入れまくるという極端な甘党も直るかもしれない。
おお、そう考えるとこのアイデア意外と悪くないんじゃないか?
「まあいいや。 ところでさっきの話に戻るんだけど――」
「ああ、次元の壁がどうこうってやつ? うん、それで正解だよ。 あの攻撃は次元跳躍魔法って言って、魔道師でも使えるのが一握りしか居ないレベルの超高ランク魔法なの」
「あれほどの威力の魔法を使用すれば使用者の魔力の痕跡が見つかるはずなんだが、この世界でその痕跡は見つからなかったからな。 それしか考えられない」
「そんな凄かったのか。 ちなみにその魔法、クロノにも使えるの?」
「使えるわけないじゃないか、あんなの」
俺の問いかけを聞いたクロノは少し悔しそうな顔をして答えた。
そっか、そういやこないだの夕食時、なのはよりも最大魔力量が少ないって愚痴ってたもんな。
もしかして俺地雷踏んじゃった?
「しかしそんなことができるフェイトの母親は一体何者なんだ?」
「クロノ、フェイトのファミリーネームはテスタロッサと言うんだが、この名前はもう調べたのか?」
「そういうことはもっと早く言ってくれ!」
あれ? 言ってなかったっけ?
そういやフェイトと糞ババアと糞犬としか説明してなかった気がする。
尋問もまだしてないみたいだしな。
「エイミィ」
「もう調べてあるよ、クロノ君。 なのはちゃんから聞いてすぐに調査を始めたの。 そしたら出てくる出てくる」
「なんで僕が一番最後に知ることになるんだ。 ちょっとおかしくないか?」
「わりい、多分俺のせいだ」
「……まあいい。 テスタロッサと言えば有名な名前だからな。 それならあの攻撃に納得もいく」
へぇ、フェイトの母ちゃんってそんな有名な人だったのか。
そういえばそんなこと言ってた気もする。
自慢の母さんだって。
「どうする? 今わかってる分だけでもクロノ君のデバイスに送ればいい?」
「とりあえずディスプレイに表示してくれ」
「おっけー、ちょっと待ってて」
その後エイミィさんがコンソールのボタンをいくつか押すと、管制室にある大きなモニターに俺には読めない文字で書かれたウインドウがいくつも表示された。
英語っぽいけどなんか違う気がする。 崩れすぎ。
クロノは結局エイミィさんの寝癖を直すのは諦め、その表示されたデータを上から順に見始めた。
「……そうか、なるほどな。 これでこの事件もなんとなく見えてきた。 だがそうだとするとなぜジュエルシードを集める必要があるのか……」
「なあクロノ、俺にもそれ見せてもらってもいいか?」
「別に隠してないんだから見ればいいじゃないか」
「わりい、俺その謎言語読めねえんだ」
「そうなのか?」
というかその文字を俺が読めると思ってるんなら隠せよ。
重要な機密データがうっかり表示されたらどうするつもりだよ。
「なら今君にもわかるように訳そう。 エイミィ」
「ほいほい。 言語は日本語で良い?」
「是非それでお願いします」
それから数秒後、エイミィさんはモニターの一角に日本語で書かれたデータを表示してくれた。
はー、こうやっていろいろと見せつけられると、本人は大したことないって言ってたけど執務官補佐も充分凄いじゃないか。
そんなことを思いながらデータを読み進めていく。
「ほー、プレシアさんは元科学者か」
そこに書かれていたのはフェイトの母親の過去だった。
当初彼女はミッドチルダの工業地帯にある会社で魔導工学の研究開発者として働いていた。
その後23歳で結婚、28歳で一児の娘を授かる。
やがて娘が2歳の時に夫とは離婚。 それからは女手1つでその娘を育てていたとのこと。
そんな彼女の転落は最愛の娘が6歳の時、新型魔力炉の設計主任として抜擢されたところから始まる。
その仕事は前任者からの引き継ぎがちゃんと為されないまま行われ、何度も変更される仕様、明らかに無理があるスケジュール、依頼元によって出される開発メンバーの離脱等により、グダグダなまま開発は進むことになる。
それを不味いと思ったプレシアは、せめて安全管理だけでもきちんとしようと手を尽くし、結果として『安全基準責任者』という役職に就く。
そしてそれがまた不幸の引き金となる。
その事故は新型魔力炉が一応の完成を見せ、試験運転の為に燃料注入を始めたときに起こった。
魔力炉の想定外の起動。
それを強制停止させるコードのバグ。
それによって発生した半径数キロに渡る大暴走。
プレシアは自分の娘を会社近くの社宅に住まわせていたそうだ。
また、この魔力炉は大気中の酸素を消費するような形でエネルギーを生み出す仕組みだったらしい。
結果として起こったのは大気の無酸素化による窒息事故。
そして最愛の娘の死亡。
この記述の最後の方にはこの事故は26年前に起こったものであり、事故の後、『安全基準責任者』という役職の為会社から全ての罪を押し付けられる代わりに莫大な金額を受け取り、その後いくつかの研究を行っていたことが書かれていた。
しかもこのことは会社が潰れ、内部告発者が出るまではずっと隠されていたらしい。
「……うっわ、娘を失ってしかも事故の責任まで押しつけられてって散々だな。 お金貰ったからってこれはいくらなんでもきっつい――」
まて、子供を失った事件が26年前だと?
夫とは既に離婚していて、その後の結婚歴も無し、そして一番最後に消息を絶つ直前に行っていた研究は人造魔導師について。
魔導師って人間だよな?
……これはちょっと想像以上の悲劇が起こりそうだ。
俺が思っていたのは『フェイトは単純に母親に嫌われていて、何かの目的の為の駒に使われている』というものだったのだが、今の話も考慮すればフェイトは出自そのものにも何かありそうである。
例えばフェイトは亡くなった娘、アリシアを取り戻そうとして生まれた、とかな。
もしそうだとするとプレシア・テスタロッサの目的は――――
「クロノ、ジュエルシードを集めたら死者蘇生は可能なのか?」
「死者蘇生? ……そうか!」
俺の一言に少し考えたクロノは俺の出した結論に数瞬でたどり着いたようだ。
「まったく、君は気持ち悪いくらい頭が回るな」
「お前もすぐに気が付いたじゃん。 自画自賛か?」
「いや、流石にそこまでは考えてなかった。 せいぜいフェイトの出自にはなにかありそう、ぐらいかな」
それってもうほとんど答えじゃねーか。
最後まで行かなかったのは海の件で疲れてるのもあるんだろうな。
「死者蘇生は少なくとも僕が知る限りではできないはずだ。 だが、彼女ほどの技術者なら何らかの方法を思いつき、それを試そうとしていてもおかしくはない」
「俺の記憶の中でも死者蘇生に成功したというのは伝説やおとぎ話の中でしか聞いたことが無いな」
「全くだ。 死んだ者は二度と帰ってこないというのに。 彼女は自分が失くした過去を取り戻せるとでも本気で思っているのか?」
クロノは何かを思い出し、プレシア・テスタロッサを憐れむようにそう言った。
こいつにも何かそういった辛い想い出でもあるのかもしれないな。
「でも死んだと言っても死体が、特に脳が奇麗に保存されていれば死者蘇生はできるんじゃないか? 俺は魂だなんだと言っても、所詮人間の行動は脳で発生した電気信号の集合に過ぎないと思ってるんだが」
「それはまた乱暴な話だな」
「でも脳っつーのはある意味ハードディスクみたいなもんだから、上手く移し替えてやれればなんとかなるような気がするんだよね。 倫理的には問題ありまくりだけど、例えばクローンとか使えばさ。 ぶっちゃけるとフェイトはプレシアがそう考えた結果生まれた存在なんじゃないかと推測したんだけど、どうだ?」
プレシアがフェイトを嫌う理由は、そうして生み出されたフェイトが予想していたものとは大きく異なっていたからだと仮定すればいろいろなことに説明が付きそうだ。
それならフェイトがいい子かどうかなんてことは全く関係ない。
ただ違うから切り捨てる。
でも捨てるのももったいないので魔法教育を施して駒として使う。
高価と言われているインテリジェントデバイスを持っているのはその能力を最大限に生かす為。
「……有り得るだろうな」
クロノは目を瞑り、眉を顰めながらそう言った。
ただこの仮定は一見正しそうに思えるが、そうするとフェイトが師事していたという家庭教師がプレシアの使い魔だったことに若干の疑問が残る。
フェイトが言うには高性能の使い魔は術者、この場合はプレシアにとって非常に重い負担になるらしい。
その家庭教師がどれ程優秀だったのか俺はわからないが、完全に嫌っている人間に対しそこまですることは出来るものなんだろうか?
「だとしたらあの子、この後どうなるんだろうね?」
「しばらくは僕たちアースラで保護することになるだろうね。 だけどその後のことはまだわからない」
出来る限り彼女にとって良い結末になることを祈ろう。
「さて、それはともかくまずは親の方を捕まえないとな」
そりゃそうだ。
何だかんだ言っても当事者さえ捕まえてしまえば、なんとかなるだろうしな。
「プレシア・テスタロッサがどういうつもりなのかに関わらず、あのロストロギアはこちらで回収して保管しなければならない。 それに正規の手順を踏めば彼女ほどの研究者ならジュエルシードは問題なく貸し出されるはずなんだ。 それらのことも含めてとりあえず話を聞きたい。 エイミィ、彼女の居場所は見つかったか?」
「ごめん、まだ掛かりそう。 あの攻撃の時にアースラの機能がほとんど使用不能にされてたのがやっぱりきついね。 それとさっきの話に関して、プレシアが実際に死者蘇生の秘術を探してた証拠を見つけたよ」
「……やはりそうか」
それを聞いてクロノの表情はさらに硬くなった。
事態はやはり最悪な方向へと進んでいきそうである。
「クロノ、相手の本拠地が見つかったらまずはどうする予定なんだ?」
「とりあえず現在待機中の武装局員を現場に送り込んでプレシア・テスタロッサを確保する手はずになっている」
フェイトの『母さんを裏切れない』という言葉から残っている犯人はプレシア・テスタロッサ一人であることはほぼ確実だ。
プレシアは先ほど次元の壁を越えるほどの高威力の大魔法を使った。
それがどれだけ凄いのか正確にはわからないが、先ほどの話から言ってもそうそうお目にかかれない魔法だったことは疑いない。
なら以前ユーノが言っていた『大威力の魔法を使うとしばらくは魔力が枯渇して、下手すると丸一日は身動きできなくなる』というのを信じるなら、彼女はまだ回復しきっていないことになる。
つまり攻めるタイミングとしては今しかないとも言える。
そこへ大人数で攻め込めばいくら凄い魔術師と言っても捕まえることができるはず。
そう考えたんだろうな。
でもクロノ、お前は科学者というのを舐めている。
「クロノ、最悪の事態を覚悟する必要があると思うぞ」
「わかっている。 その時は僕も出る」
「でもお前、魔力はもう残ってないんだろ?」
根本のところでわかってないんだろうなぁ。
科学者、その中でも特に優秀な者は実験を行う際、ありとあらゆる結果を予想してから実験を行う。
先ほどのデータを見る限りプレシアもまずその部類だろう。
そうでなければ、コネもないのに彼女があの若さで数十人規模の研究の責任者になったことに説明がつかない。
ならばこの事態を引き起こした時点で、彼女が管理局の介入を予想していないなんてことがありえるだろうか?
そして彼女がフェイトを切り捨てたということは、既に彼女には利用価値がなくなった、そして管理局に情報を渡しても対処するすべがある、と考えられる。
「大丈夫さ。 さっき少し寝たからね」
「ほんとかよ」
それにあの攻撃のタイミングからいってクロノとフェイトの戦闘は見ていたはずだ。
それならクロノの介入、魔力の残量、行動パターンすらも予測済みだろう。
先ほどのクロノの戦闘は疲れが溜まっているせいか、魔力弾が飛んできたときに避ける方向、後ろからの奇襲に対する反応、他にもいくつかの反応に条件反射と思われる規則的なものが見られた。
ならばそこに罠を仕掛けて嵌めればいい。 俺ですら気付けたのにプレシア程の術者が気付いていないとは考え辛い。
とすると彼女を出し抜くためには想定していないイレギュラーが必要になる。
そのためには――
そこまで考えて俺は解析室のディスプレイに映るなのはとフェイトを見た。
まだ何も知らない彼女達は何か話をして笑っている。
どうせまた俺の事でも話してるのだろう。 なのはは後で泣かす。
「俺の予想を言ってもいいか?」
「聞かせて貰おう」
「多分出動してからそう遠くないうちに武装隊は全滅すると思う。 その後でプレシアはアースラ側へと『私今から犯罪します』みたいなことを言うんじゃないか? 大抵の科学者には誰かに自分の成果を見せつけたい性みたいなものがあるからな」
「それは僕も予想している。 犯罪者が自分の優秀さを示すみたいなものだろう? そしてそこでフェイトに対して暴言を吐くんじゃないかな」
やっぱりそこまでは読んでたのか。
でも下手するとフェイトはショックで倒れてしまうような気がする。
……そうなったらそうなったでその時の様子を裁判で使うつもりなんだろうな。
この策士め。 まあ仕事だから否定はすまい。
「そんで今度はクロノが再突入するんだろ?」
「ああ。 そのつもりだ」
「でもおそらくプレシアはそこまで読み切っているはずだ。 だからクロノが単独で行けば99%あっけなく返り討ちにあうだろうな」
「残り1%は?」
自分を過小評価されてイラっとしたのか、クロノの表情は微妙にピクついている。
「健闘して返り討ち」
「オイッ! 君は僕をどれだけ甘く見てるんだ!」
「怒るな、落ちつけ。 そもそもこの予想はお前の疲労を考慮してのものだ。 別にお前を過小評価しているわけじゃない。 攻撃をひたすら最小限の動きで避けようとしているのなんて俺にすらわかったんだ。 俺だったらそこを嵌めるね」
「……確かに、疲れているときはいつもそうだったかもしれない」
そこまで説明したところでクロノは怒りを納めてくれた。
「とは言っても、これは俺の勝手な予想だからあってるかどうかなんて保証できないぞ? 運が良ければ武装隊が捕まえてくれるだろうさ」
「でもそこまで考えてるってことは対応策もあるんだろ?」
「まあ一応な。 科学者が嫌うことの一つにコンタミっつーのがあるだろ?」
「コンタミ? 何だそれは?」
あれ? 執務官試験って工学の試験もあったよな?
執務官試験の工学ってそういう実験における注意事項とかはやらないのか。
「コンタミネーションの略、つまりゴミの混入等によって実験が失敗することだ。 要は予想外の異物を混入させて計算を狂わせればプレシアをとっ捕まえられる可能性はあるってことだな。 この場合俺が考えてる異物はなのは、ユーノ、そしてアルフの三人だ」
「なるほど。 ならそこにフェイトも連れて行ってこちら側に協力させれば――」
「裁判で有利に戦えるってか? でもフェイトのデバイスはぶっ壊れてんだろ?」
「演算部はおそらく駄目だろう。 でも式の効果計算と魔力の収束を自力ですれば――」
「それは無理だろ」
俺はバールに入っている魔法式の構成を思い出して思わずそう言った。
というか、一応彼女犯罪者なんで。 そう簡単に協力させちゃまずいっしょ。
いや、でもそうすることでフェイトの罪が軽くなるんだったら俺も同じことを考えるか。
「そうか? 僕もそうだけどデバイスはあくまで高速化に使うものだからな。 あれだけ魔法が使えるなら問題はないと思うが」
流石、その歳で執務官に受かる人間は言うことが違う。
あの複雑な計算を暗算でするとかお前はスパコンかっつーの。
「まあフェイトがそういった戦闘をできるとしてもまだ最大の問題があるだろう? あいつが母親の暴言に耐えられるかどうかってのが」
「……そうだな。 実際それに関してはまだ悩んでいるんだ。 どうすることが彼女の将来にとって一番いいのか。 君には何か案がないのか?」
「それに関しては俺も思いつかなかった。 経験値が足りないからな。 そういう人の感情の動きとかはさっぱりわかんねーんだ」
「それでもプレシアの行動についてはちゃんと読めてたじゃないか。 僕の経験から言わせてもらえば君の読みはおそらく正しいと思う」
「それは科学者としての思考を当てはめることができただけだ。 仮にプレシアの立場にお前がいたら俺にはきっと何一つわからなかっただろうさ。 流石にショタっ娘がどんな行動をするかなんて読める訳が無いぜ」
それにこれはプレシアが優秀な科学者だと仮定しての話だ。
もし彼女が俺の想像以上の天才か馬鹿だった場合この話には何の意味もない。
「サニー、君は後で便所掃除だ」
「場を和ませるお茶目なジョークじゃないか」
「そういうのはジョークとは言わな――」
「クロノくん! ようやくプレシア・テスタロッサの本拠地が判明したよ!」
今までずっとコンソールに張り付いて数字の羅列と格闘していたエイミィさんがそう言った。
「よし。 サニー、ここからは真面目モードだ」
「わかってる」
クロノは俺の返事を聞くと同時に艦長に連絡を取った。
「艦長、たった今プレシア・テスタロッサの居場所が判明しました」
『わかりました。 それでは武装局員、転送ポートから出動! 任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保です!」
『『『ハッ』』』
そしてプレシアが居るであろう現場へ20名余りの武装隊員が送られた。
さて、突入から数分が経過したわけだが。
「やっぱり駄目だったな」
「……そうだな」
クロノは微妙な表情でそう言った。
武装隊の方々はプレシアのいる玉座の間と呼ばれる広い広間まで侵入、彼女を包囲するところまではいった。
だけどそこで椅子に座ったままの彼女に返り討ちにあい、案の定あっけなく全員ダウン。
その際武装隊の砲撃魔法は見えないフィールドに阻まれプレシアまで届かないということがあり、彼女の魔道師としての技量は思っていた通り優れていることがわかった。
とりあえず今はサーチャーをその場に残してプレシアの様子をこちらで監視している状況である。
「どうする? このままだとお前も返り討ちにあうんじゃないのか?」
「それでもやるしかないだろう。 とりあえず君の言うとおりなのはとユーノ、それにアルフを連れていければまだ希望はある」
武装隊員の方達がアースラに帰還するのと同時、プレシアは席を立ち、広間の奥にある扉へと入って行った。
「ん? 彼女は何処へ行くつもりだ?」
「こっちから見られてることには気付いてんだろ?」
「そのはずだ。 僕はてっきり直ぐにでも犯行声明を出すのかと思っていたんだが」
「俺もだ」
しばらくしてプレシアの後を追いかけたサーチャーから、彼女が入って行った部屋の様子がアースラ側へと送信された。
「嘘っ!? 本当に当たった!?」
「おいクロノ、最悪の予想が的中してしまったぞ」
「全くだ」
そしてその映像は管制室の俺たちを暗欝にさせ、
『えっ!?』
『まさかっ!?』
『ぁ……ぁぁ……』
『フェイトっ!?』
指揮所にいるなのは達を驚愕させるのには充分過ぎた。
なぜならそこに映され、プレシアが縋りついている大きなシリンダーの中には――――
『アリシア……私の可愛い……たった一人の娘……』
――――決して目を開けることのない、フェイトの姉が居たのだから。