俺達がアースラに詰め始めてもう10日が経過した。
しかし探しても探してもジュエルシードは見つからない。
今はこれまでにジュエルシードを拾った場所をプロットした地図を前に、アースラの管制室で作戦会議を行っているところである。
なお地図上にはフェイト達から聞いたジュエルシードの発見場所も全てプロットされているので情報量としては申し分ない。
「これだけ探して見つからないとなると、もう全て持っていかれてしまった可能性もあるな」
「向こうさんは14個集めた後でそれらすべてを使って何かしようとしてるらしい。 ユーノとも話していたんだが、あのジュエルシードというやつはたった数個でも、それを使って何かしようとすれば時空間に穴が開く程のエネルギーが観測されるんだろ?」
俺は相手側と友好関係を築いており、相手の情報を多く持っているという点からこの会議に参加させて貰うことになった。
普段は備品の補充とか食堂でお手伝いをさせて貰ってます。
ちなみに菜園の肥料が何を元に作られているのかは聞かないことにした。
パンドラの箱は開けてはならない。
これは俺が身をもって学んだ人間の知恵の1つである。
「ああ。 初めに発掘先で大暴走した時も次元震まではいかなかったものの、かなり高いエネルギーは観測したという報告を受けている」
「で、これまでにそんな規模のエネルギーは観測したのか?」
「いや、していないな。 ……なるほど。 初めはジュエルシードをみすみす敵に渡すとは何ということをしてくれたんだとも思ったが、こうして敵側の情報を多く得られたのならそう悪い判断ではなかったか。 あの時はすまなかった」
「気にするなって。 俺もアレは賭けだったんだ。 怒られても仕方がないさ」
数日前、俺がジュエルシードをフェイトに渡したことを知ったクロノは俺のことを猛烈に批判した。
その理由を聞いて一応理解はしたが、今の今まで完全に納得はしていなかったみたいだ。
いやあ、よかったよかった。
というか初めから知っていることを全部話してれば余計な気苦労もせずに済んだのかもしれない。
「しかし咄嗟にそういった判断ができるというのは信じられないな。 君はまだ9歳なんだろう?」
「いや、本当のところは俺にもよくわかんない。 こっちの世界へ飛ばされてきたときは確か27歳だったと思うんだけど」
9歳というのはこの体がユーノの身長とほぼ同じであり、記憶も9年分しかないからそう言っているに過ぎないのだ。
「でもサニーくんがわたしより先にフェイトちゃんとお友達になっていて、さらにそれをユーノくんも知ってて、それを今までずっとわたしに秘密にしてたのは許せないな~。 もう友達やめちゃおっかな~」
「それはちょっと待ってくれ」
「え~? どうして~? サニーくんは1人だけ抜け駆けしてフェイトちゃんと仲良くなったんでしょ~? ならもうわたしなんてどうでもいいんじゃないの~?」
なのはは不貞腐れたようにそっぽを向き、口を尖らせながらそう言った。
こっちに来てからフェイトと友達になれたことを散々自慢したのは少し不味かったかもしれない。
「でもお前に言ったら『私も連れてけ』って絶対言っただろ? それだと意味が無いんだよ。 それにお前自分で何とかするって意気込んでたじゃん。 ありゃ嘘だったのか?」
「嘘じゃないよ! わたしはまだ諦めてないんだから! サニーくんには負けないもん!」
「はいはい、せいぜい頑張ってくれなの」
「その上から目線がむかつくっ! 絶対お友達になって、それでサニーくんをぎゃふんと言わせてやるんだからぁ!」
「落ち着いてなのは、またからかわれるよ?」
俺は耳に指を突っ込んで耳糞をほじくり出してなのはに向かって吹きかけた。
「耳糞(じふん)」
「汚いからやめてよっ! それにまた馬鹿にしてっ! もう絶対絶対許さないんだからっ!」
「おい君たち、つまらない漫才はもうその辺にしてくれ。 ところでサニー、他に彼女たちから何か聞いてないか?」
脱線しまくった会話にうんざりしたのかクロノが会話を軌道修正した。
ちなみに暴れるなのはは現在ユーノが押さえてくれている。
「落ちたと思われる場所を全て使い魔の嗅覚で探索した後、水場を中心に魔力流をぶつけて反応を見る予定だそうだ。 その後についてはその時考えるとも言っていたな」
水場ではジュエルシードの臭いを追えないらしいからな。
「なるほど。 やっぱりそこに行きつくのか。 ユーノから提案された時は危険だと断ったプランだが、今となっては僕達もそれをするしか先に回収する方法は無いか。 本来こんな方法は取りたくないんだが……」
クロノはようやく魔力流をぶつけてあぶり出す決心をしたようだ。
「よし、ここまで聞いたついでだ。 魔力流をぶつける地点について何か案はないか?」
「そうだな、あの独特のジュエルシード臭は水の中だと確かにわからないこと、それと落ちた場所の分布から見てもまずは海から始めるのが妥当だと考えるがどうだ?」
俺はモニターに表示させた地図の内、海の部分の数か所を指で示しながらそう言った。
「そこは僕も考えていた。 この分布図を見る限り落ちたジュエルシードの位置はみんな大分離れている。 しっかり魔力流を制御してやれば1つずつジュエルシードを反応させることができそうだな。 よし、じゃあそれで行こう。 エイミィ、出撃準備だ」
エイミィさんとはアースラのオペレーターでクロノと仲がいい元気なお姉さんだ。
若干軽過ぎるような気もするけど、実はこの船のナンバー3らしい。
まぁ人は見かけによらないって言うしなぁ。
「クロノ君、自分で行くの?」
「なのは達だと魔力流の制御に不安が残るし、武装隊員の場合だと封印に失敗する恐れがある。 それに相手の魔導師ランクは恐らくAAA以上だからね。 今艦内に待機している武装隊員だと多分勝てないと思う」
おいおい、ホントに大丈夫か? 時空管理局。
たった2人、しかも片方は子供相手なのに、仮にも武装と名前がつけられている連中が勝てないとか信じられないんだが。
「でも、これは彼らが弱いわけではなく彼女たちが優秀すぎるのが悪いんだ。 次元世界全体を見渡してもAAA以上なんて5%にも満たないんだぞ?」
「そうそう、本局に行ってもめったに見られないぐらい希少なんだよ?」
「へぇ。 まあなんとなくそんな気はしてました」
俺がそんな風に思っていたことに気付いたのか、クロノは武装局員をフォローするようなことを言った。
ってことはフェイトやなのははこの次元世界全体でも有数の実力者ってところなのか。
そういやなのはの奴、最近使えるようになった砲撃魔法のランクはS以上だとか言ってたけど、ちょっといくらなんでもその成長速度は異常だろ。
魔法に触れて一月経ってねえんだぜ?
これが普通だとしたら自分の才能の無さに泣けてくるわ。
「えへへ、うらやましいんでしょ?」
「うるせえ。 ビッチは黙ってろ。 座薬ぶち込んで黙らせんぞ」
「ならわたしは砲撃をぶち込んであげる。 良かったね、これでその汚い口も綺麗になるんじゃないかな?」
「ファック」
「ふぁっくゆーとぅー」
そういってなのははケラケラと笑った。
今のやり取りを見ていたクロノ達は苦笑いをし、実際に誤射によって砲撃を食らった事があるユーノはガクガクと震えだした。
このビチクソが。 調子に乗りやがって。 いつか目に物見せてやる。
それから数分後。
『それじゃあなのは、ジュエルシードの封印の方は任せてもいいか?』
『うん!』
クロノ達は海上へ行きジュエルシードを探索する為、転送ゲートの前で作戦の最終確認を行っている。
『ユーノには彼女達がやってきた時の足止めを任せる』
『了解!』
なおその準備を行う際のエイミィさんのキーボード捌きは凄まじく、俺は先に下した評価をプラスへと修正した。
さすがは次元世界を守る船のナンバー3。
勝手に変な印象を持ってしまい申し訳ありませんでした。
『よし、じゃあ行こうか。 エイミィ、バックアップは任せたぞ。 それでは艦長、行ってきます』
『わかりました。 それではクロノ執務官、それになのはさん達も、みんな気をつけてね~?』
「「はい!」」「あ、あはは」
艦長の心配のかけらも見られない軽い見送りに一人だけ少し呆れた表情を見せたものの、特に揉める事もなく3人は海の上へと旅だった。
でも何か忘れている気がするんだよなあ。 何だろう?
「どうしたの? サニー君。 何か不安でもある?」
俺がそんな漠然とした不安を感じていると、エイミィさんがそれに気付いて聞いてきた。
「不安というか何というか、何かを考慮し忘れている気がするんです」
「それって重要なこと? 例えばジュエルシードのこととか」
「いや、そうっちゃそうなんですけど、どっちかというと周りの……」
現在の海上気温は17℃、天候は曇り。
波の様子は比較的穏やかで、大気の状態は安定。
雲の量は多いけれど近くに前線もないし、雨が降る気配はない。
海鳴の海岸線の形状は比較的複雑で、この辺りの海水の平均密度は1.025 g/cm3、ジュエルシードの密度は……あっ! これか!
「すいません、今すぐクロノ達に通信を繋いで貰えますか?」
「流石に理由の説明もなしに繋ぐわけにはいかないよ。 まずはお姉さんに教えて?」
「時間が無いの手短に説明します。 ジュエルシードの密度は比較的低いため海の中に落ちても一直線に落ちることはなく、水の流れに影響を受けながら沈みます。 そして海の深いところでは水の流れはほとんど無いものの、川との合流箇所などの地形が複雑な場所ではその限りではなく、対流などの水の流れが存在します」
「つまり……どういうこと?」
「海に落ちたジュエルシードは下手をすると一か所に固まっている可能性があるということです」
これを考慮すれば、海底の地形によって魔力流をぶつける範囲を狭くする必要があると言うことだ。
「なるほど、って、そりゃ大変だ! クロノ君! 今サニー君から……って、あっちゃーもう遅かったかぁ。 残念だったね。 折角気付いたのに」
「いやいやいや、今めっちゃ軽く言いましたけど画面見る限りかなり大変なことになってますよ!?」
表示されている映像には6つの大きな竜巻が映し出されており、それらは海上をとんでもない勢いで蹂躙している。
クロノ達もその竜巻にいいように翻弄されていた。
果たして彼らは無事なんだろうか?
っていうかみんな普通に空を飛べるんですね。 いいなぁ。
「大丈夫だよ。 クロノ君もだてに執務官やってるわけじゃないんだから。 まあ見てなって」
「そうっすか」
そう言われてもその執務官がどういうものか知らない俺はハラハラしながら画面を見守らざるを得ない。
しかしその心配はエイミィさんが言うように無駄なものだった。
まずクロノがあっさり暴風圏から逃れ出て、すぐさま竜巻に良いように翻弄されているなのはを魔力で作った紐のようなもので助け出した。
ユーノはそれからしばらくして自力で何とか脱出し、クロノに向かって何か文句を言い始めた。
暴風雨がうるさくてよく聞こえないが大方『僕も助けろよ!』とでも言っているのだろう。
ふとなのはの方を見ると、その表情は『クロノくん恰好いい!』とでも言いたげなものだった。
これは……まさか噂の恋愛フラグ&修羅場フラグって奴か!?
「ほらね? あとは何度か砲撃魔法でもぶつけて一件落着じゃないかな?」
「へえ、さすが執務官。 って言っても俺執務官の凄さがわからないんですけど、それってどう凄いんですか?」
「まず執務官っていうのは、事件捜査や法の執行の権利、現場人員への指揮権を持つ時空管理局の管理職資格なんだ。 試験は年に2回あって、具体的には筆記試験と実技試験の二つに合格する必要があるの。 だけどそのどちらも非常に難しいことで次元世界では超有名」
「ちなみに合格率ってどれぐらいなんですか?」
「それぞれで15%だね」
ってことは両方合格する人間は単純計算で大体40人に1人ってことか。
結構難しい試験なんだな。
「それで筆記の方は200点満点の試験が『人文科学』の分野では言語学・倫理学・考古学・地理学・人類学・心理学の6つ、『社会科学』では法学・会計学・社会学の3つ、『自然科学』では数学・物理・化学・生物学・魔法科学の5つ、『応用科学』では医学・薬学・軍事学・魔法工学の4つの計18の筆記試験と、『総合科目』という実際に起こりうるシチュエーションへの対応について1問80点の質疑応答が全部で5題あって、合格ラインは総計4,000点中の3,600点以上。 まあ筆記で落ちる原因は大抵この最後の『総合科目』なんだけどね」
「それ、正直総合科目以前の問題な気がするんですけど」
どこの科挙試験だよおい。
ドイツ弁理士もびっくりだな。
つか14歳でこの資格持ってるとかクロノ、あいつどんだけ天才なんだよ。
そりゃ惚れるわ。 俺もちょっとクラっときたもん。
まあ俺は別にホモとかそんな趣味は無いんだけどね。 いや、そんな反応されてもマジでそれはねえって。
「いやあ、でも総合科目以外なら出るところがほとんど決まってるから覚えれば何とかなるんだよね~」
それを言ったら『センター試験で9割取れない人間は馬鹿』みたいに聞こえるじゃねえかぶっ殺すぞコノヤロウ。
「でも最後の総合科目だけは別! 毎回違う問題が出される上、刻一刻と変化する状況に即座に判断を下して指示を出して行くんだけど、1つでも対応を間違えると一瞬で事態が最悪な方向へ向かっちゃうの」
「まあ、現実ってそんなもんですからね」
「仕舞いには試験中に『お前の判断のせいで何万人もの人が命を失った。 どう責任をとるんだ? 尊い犠牲とでも言うつもりか?』って80点中70点の解答なのに詰問されることもあるし、面接官が有名な人ばっかりで凄い圧迫感を受けながらの試験だから緊張するともうそれだけで終わり」
なるほどな。
これは誰からも支持されるような対応なんて滅多にないからこその詰問なんだろう。
そうやって慣れておけば、執務官になった後一般大衆からの批判で潰れる可能性は大分減るからな。
なかなか良く考えられて――
「他にも総合科目の途中で泣きだしたり漏らしたりする人は後を絶たないってよく聞くよ」
――ねえだろっ!
どんだけ厳しい試験なんだよ!
そんなとこで漏らしたら一生消えないトラウマになるわ!
宇宙飛行士選抜試験だってもっと精神に優しいっつーの!
「実技の方もまた難しくってね~。 魔力量だけじゃどうにもならない状況も多くて、とにかく臨機応変な対応と的確な判断を問われるんだけど――」
「もういいです。 何となくわかりました。 筆記の方だけでもうお腹いっぱいです」
「だよね~。 私の執務官補佐なんて筆記だけだからそれに比べればおもちゃみたいなもんだよ」
といってエイミィさんはアハハと笑った。
でもそれはたぶん謙遜なんだろうなぁ。
今の話を聞いて執務官補佐を軽く見る奴はいくらなんでもいないっつの。
「あ、ちなみにうちのクロノ君。 その執務官試験に11の時受かってるから」
「Hahaha, It's a nice joke! (それは大変面白い冗談ですね)」
「いや、マジマジ。 これマジ話だから」
「Ich will das Gesicht seines Elternteiles sehen. (ちょっと親の顔が見てみたいわ)」
「あ、クロノ君のお母さんってリンディ提督だよ」
「无法相信。 (信じらんねー)」
俺はその冗談みたいな話の連続によって言語中枢に支障をきたしてしまった。
管制室のモニターに映る艦長席のリンディさんは『やっぱり私の息子はかっこいいわ』とでも言いたげな顔でクロノ奮闘記を見ている。
そりゃ親馬鹿になるのもしゃあないわ。
さっきの軽い見送りも納得だな。
「でも大丈夫なんですか? いくらクロノが凄いって言っても何かしてあげてもいい気がするんですけど。 それにユーノはまだしも、ぶっちゃけなのはの方は足手まといになってないっすかね?」
現在ユーノは暴れ狂う竜巻を鎖のようなもので動きを止めようとしている。
なのははその後ろで何かやろうとしてクロノに止められていた。
ジュエルシードがより暴走する可能性があったからか?
ああそうか、フェイト達が来ることも考えてのことか。
「皆クロノ君を信用してるからね。 ああ見えて既に難しい事件を数十って解決に導いているから。 ほら、もうすぐあの竜巻も収まりそうだよ」
エイミィさんがそう言った直後、クロノはユーノのフォローをしながら水色の魔力光を持つ砲撃っぽいのを連射し、竜巻を消し飛ばした上でジュエルシードの封印に成功した。
おお、クロノすげえ。 結局ほとんど自分でやっちゃった。
そしてユーノかっけぇ。 あの竜巻を押さえたのはお前の力だ。
なのは? 誰それ。
「ほらね? 大丈夫だったでしょ?」
「そうっすね。 でもクロノ、もうふらっふらですよ?」
画面の中のクロノはユーノに支えられてようやく飛んでいるような状況だ。
「でもジュエルシードの暴走も終わったんだから、後はしばらく休ませてあげればいいんじゃないかな?」
「いやー、でも――」
クロノとユーノが軽く拳を突き合わせ、軽く友情が芽生えたところで事態は再び動き出した。
その海域に張られている結界を破り、フェイト達が現れたのだ。
「やっぱりね」
「えっうそ! このタイミングで!? もうクロノ君には魔力がほとんど残ってないよ!? 艦長!」
うそ~ん、今のは予想できるでしょ?
アルフは今回人間形態を取っているようだ。
そういやアルフって人型の時臭覚はヒト並に落ちているんだろうか?
もし機会があったら今度実験してみよう。
『ええ、直ぐに武装局員を出して!』
『やはり来たかっ! なのは、ユーノ! 彼女たちを頼んだ!』
『わかった!』『了解!』
『艦長! 僕の援護は必要ないんで念のため艦の守りを固めてください!』
『わかりました。 エイミィ』
「了解です! 船の防御シールドはいつでも展開できるようにしておきます!」
流石は執務官殿。
この程度はやっぱり予想できてるよね。
しかし艦の守りってどういうこと?
『フェイトちゃん! わたしのお話を聞いて!』
『……母さんが待ってるんだ。 これだけは譲れない!』
『君たちはあの石がどれほど危険なものかわかっていないのか!?』
『あれが暴走したらこの世界なんてひとたまりもないんだよ!?』
『そんなことアタシ達は知らないね! あの糞ババアがフェイトに集めてこいって言ったんだ! だったらアタシはフェイトを助けるだけさ! そっちこそアタシ達の邪魔をするな!』
アルフのその発言を皮切りに戦闘が始まった。
なのはがフェイト達に魔力弾をいくつも飛ばす。
フェイト達はそれをギリギリでかわし、クロノはその隙をついてジュエルシードの方へ向かった。
だがフェイトはそれを読んでいたのかクロノに向けてすかさず牽制の魔力斬撃を放つ。
『クッ、やはりそう甘くはないか! なのは、ユーノと離れて戦うな! 防御を彼に任せて君は大威力砲撃を彼女に放てっ!』
『任せて!』
そう指示を出したものの、そこから先はスーパークロノタイムに過ぎなかった。
フェイトが放った魔力の斬撃を華麗に避けきるクロノ。
鎖のようなもので動きを封じようとしたアルフを、いつの間にか発射していた誘導弾で撃墜するクロノ。
それに一瞬気を取られたフェイトをバインドで拘束するクロノ。
それを助けようとしたアルフを仕掛けていた罠で捕まえるクロノ。
そこへ極太ビームを発射するなのは。
びっくりするクロノ。
震えるユーノ。
ぼろぼろになったフェイトとアルフ。
笑って誤魔化すなのは。
とりあえずいろいろと後回しにしてジュエルシードの回収に向かおうとするクロノ。
うーん、こうしてみると一体どれだけ先読みしていたことやら。
やっぱ執務官すげーわ。 頼られるのも納得だな。
これで一安心――
「ええっ嘘!? 艦長、たった今膨大な魔力が観測されました!」
『何ですって!?』
――とは行かなかった。
「おそらく次元干渉型の魔法ではないかと思われます! カウント開始します! 3――」
だがカウントがゼロになるより先に、画面の向こうでは謎の雷がクロノ達を襲い始めていた。
『危ないっ! "Lightning Protection"』
『フェイトちゃん!』『なのは! そっちに行っちゃいけない!』
『きゃああああ!!』『うわああああ!!』
クロノとユーノは慌ててバリアっぽいものを展開し、なのははその攻撃からフェイトを守るように動いた。
しかしその行動は間に合わず、空から落ちる雷はフェイトとアルフを直撃し、彼女たちは意識を失ってしまった。
そしてその攻撃は海の上だけではなくアースラにも及んだ。
「おおおお、揺れてる揺れてる!」
そういやこっち来るときに乗ってた護衛艦の時もこんな感じだったっけ。
『エイミィ、全力でシールドを張って! それと出来ればこの船の現状把握と、あの子達の無事を確認!』
「やってます! でも映像や音声信号にノイズが入って、向こうの詳しい状況が分かりません!」
『っ! なんていう威力なの!』
なのは達は攻撃が当たる直前にバリアを張っていたから大丈夫だろうが、この船に伝わる衝撃から考えて直撃したフェイトが心配だ。
火傷で済めばいいが……。
あとアルフのほうはぶっちゃけどうでもいい。
あいつに噛まれた傷痕がまだ残っているので正直ざまぁと思ったぐらいだ。
それから数十秒後。
ようやく船のコントロールを取り戻したアースラは、フェイトとアルフも含めた全員の回収に成功した。
クロノ達の無事を確認したところで、俺は管制室から貸し与えられた自室へと戻った。
そしてさっきの一連の流れを見てて思った。 というか理解した。
これ、魔法使えるとか使えないとか関係なく、俺何もできなくね?
どうあがいても無理っしょ。
物質転送しか使えないのにあそこへ割り込んだらいくらなんでも死ぬわー。 普通に死ぬわー。
ベッドで金球を弄びながらそんなことを考えていると、艦長への報告を終えたクロノが俺のところへやってきた。
「サニー、少しいいか?」
「どうぞお構いなく。 そんでお疲れさま。 大変だったな?」
ちなみにユーノは現在自室で休憩中、なのははフェイトに付き添って医務室にいる。
またジュエルシードはあの攻撃の際、その場にあった6つ全てをフェイトの母親に持っていかれてしまった。
これで今までフェイトが集めてきた分と合わせれば、彼女の母親が欲していた数が揃ってしまった計算になる。
「全くだ。 纏めて暴走したのも予想外なら最後の攻撃の威力も予想外だった。 完全にオーバーSクラスじゃないか。 あんなのまともに食らったら流石の僕も気を失ってしまう」
「失ってないじゃないか」
というか威力はともかく攻撃があること自体は予測してたのかよ。
執務官、っぱねー。
「まともに食らったらの話だ。 実際、僕のバインドせいで身動きが取れなったフェイトとアルフは直撃したせいで気を失ったからな」
いや、あれはなのはのなんちゃらバスターをまともに受けたのもあるって。 絶対。
「ところでフェイトは大丈夫なのか?」
「一応僕のかけたバインドが電気を受け流す性質のものだったおかげでほとんど無傷で済んだ。 じき意識を取り戻すだろう。 だが彼女の持っていたデバイスは演算部に酷い損傷を負ってしまった」
「あのデバイスはフェイトにとってとても大切なものなんだそうだ」
「そうか……」
なんでも彼女に魔法のいろはを教えた家庭教師がフェイトのために作ってくれた形見みたいなものらしい。
自己修復機能もあるから多少の傷なら問題ないらしいけど、果たしてコアの部分は無事なんだろうか。
フェイトが目を覚ましたときにショックを受けないかちょっと心配になってきた。
「あの破損状況を見るに、これ以上酷使すれば再生不可能になるかもしれない。 それほど大切なものだというなら、今後しばらくは彼女があのデバイスを使うような状況はこないと思いたいね」
わざわざそう言うってことはまだそのデバイスを使うような状況もありうるってことか?
「まあとにかく命に別状がなくてよかった。 正直な話俺はほっとしたわ。 お前的には気に食わないかもしんないけどな」
「いや、それに関しては僕も素直によかったと思う」
なんだかんだでやっぱりクロノも気のいい奴だよな。
相手が犯罪者で自分の知らない人間だった場合、その無事を喜べるのは結構凄いことだと思う。
「しかしなんて母親だ。 ジュエルシードのためとはいえ、自分の娘に向かってあんな攻撃を仕掛けるなんてとてもじゃないが信じられない」
「あの犬耳が言うにはフェイトは母親に好かれているどころかむしろ嫌われていたらしい。 理由はわからないけど、かなり酷いことを言われたりされたりしていたそうだ」
「前に聞いたときも思ったが、酷い話だな」
小さい頃の記憶がどうしても思い出せないので比較することもできないが、もし俺がフェイトのように虐待を受けていたらどうするのだろうか?
……まあ間違いなく家出するだろうな。
うまく事情を説明できればなんとかなりそうだし。
「彼女もまだ親に甘えていたい年頃だろうに」
「お前が言うか」
「僕はもう14だ!」
「あ、ごめん。 普通に忘れてた」
そういえば年上だったっけ。
普通に同い年だと思ってた。
「次同じようなことを言ったら今度は便所掃除をさせるぞ」
「それは嫌だな。 よし、わかった。 もう『男の娘』とか言わないようにするわ」
「そんなこと今まで一度も言ったことないだろう! そして何もわかってないじゃないか!」
「俺は押すなと言われたボタンは秒速16連打で押してしまう人間なんだ。 そこは諦めてくれ」
「何処の高橋名人だ!」
良く知ってたな。
もしかしたら彼の連打テクには次元を超える能力があるのかもしれん。
「はぁ、もういい。 建設的な話をしよう。 その人をおちょくろうとする癖は勘弁願いたいが、君の頭の回転だけには一目置いているんだ」
俺はその『だけ』は余計だと突っ込みを入れたかったが、確かに時間が勿体無いのでこれ以上の無駄話は止めることにした。
「君はさっきの攻撃についてどう思った?」
「こちら側からは攻撃を受ける瞬間しか見ていなかったから推測になるけど、まずあの攻撃はクロノ達が避けるかバリアを張るかしなかったら直撃していただろ?」
さっきバインドで身動きできなかったフェイトとアルフは直撃したって言っていたしな。
「ということはフェイトの母親はこちらに対して明確に敵対する意志があると言っていいと思う。 またアースラに対してもわざわざ攻撃をしてきたことから、管理局の存在とその存在する目的も知っていると考えられる。 そのことから考えればフェイトの母親がやろうとしていることは管理局と敵対するような、すなわち次元世界そのものに対して何らかの大きな災害を引き起こす可能性が非常に高いと俺は推測する」
「…………」
管理局最大の存在目的は次元世界の危機を防ぐことらしいからな。
そんでその被害ってのはジュエルシードの特性から言って大規模次元災害、次元震や次元断層の発生って奴か?
「あとはアルフが以前言っていた『14個あると安定させることができる』という発言から、それだけのエネルギーをコントロールする術も持っていることも考えられる。 そしてその目的は『次元災害を引き起こすこと』ではなく、『結果として次元災害が起こりうるようなこと』と考える方が自然だ。 こんなものでいいか?」
「……十分すぎるな。 あの攻撃からそこまで読み取るか」
「推測に推測を重ねたものだから信憑性は高くないけどな」
なんにしろ俺が知っているデータが少なすぎる。
今の段階で咄嗟に出来る考察はこの程度がせいぜいだろう。
「僕たちも時間さえあればその推論にたどり着くだろうけど、この短時間でそこまで分析できるのは一種の才能だと思うが……」
「いやいや、この程度は科学者なら全員持ち合わせている能力に過ぎないって。 この世界にはそういった連中はいないのか?」
科学者なんてあの台所の黒い悪魔と一緒で、宗教が変な風に発達してなければ何処にだっていそうな気がするんだけどなぁ。
「いるにはいるんだろうけど、少なくとも僕の知り合いにはいないな。 そうか、職にあぶれた科学者をこの手の仕事へ回せば人材不足の一端を解消できるのかもしれないのか……今度レティ提督にも相談してみるかな――」
それからクロノは自分の考えに没頭し始めた。
何やら俺の意見も役に立ちそうである。
よかったよかった。
「ところでクロノ達の方はあの攻撃から何かわかったのか?」
「今、僕以外のアースラスタッフが全力で母親の居場所を調べている。 だけど特定するにはまだ大分時間が掛かるそうだ」
「まあ一度きりの攻撃で、かつジュエルシードを回収された時アースラの計器がほとんど止まっていたらしいからな」
「だがそれでもエイミィなら、うちのスタッフならなんとかしてくれると僕は信じている」
そう言ったクロノの表情からは特に不安や心配があるようには見えず、アースラのみんなを信頼してるのがよく伝わってきた。
「そっか。 もし見つかったらそこから先は執務官様の腕の見せどころだな?」
「そうだな。 できるだけ穏便に済むように全力を尽くそう。 さて、僕はさっきの戦闘で少し疲れたからちょっとだけ休んでくる」
そうか、俺がフェイトのことを気にしてると思ったから伝えに来てくれたわけか。
自分も凄く疲れているだろうに。
「わざわざ悪かったな」
「気にするな」
でもぶっちゃけ顔を合わせ辛いんだよな。 特にアルフ。
本当に友達なら今直ぐにでも医務室に居るフェイトの元へ行くべきだ。
でも嫌われると思ったら足がすくんでしまう。
弱いなぁ、俺。
「こちらとしても有意義な話を聞けたんだ。 むしろ僕のほうが礼を言いたいくらいさ」
「そういってくれるとありがたい。 じゃあしっかり休んで魔力を回復してくれ」
「ああ、そうする。 また後で」
「おう」
そしてクロノが部屋を出て行ったところで俺はふと気付いた。
『また後で』ってことは『また協力してくれ』ってことだよな?
こんな俺でも助けになれているのか。
魔法がなくてもユーノ達の力になれるんだ。
そうか。 そうかぁ。
俺はそのことに気付き少し、いや、かなり嬉しくなった。