ユーノと管理局遅いねーそうだねーという話をしてから数日たったある日の夕方の事。
俺は恭也さんにアドバイスを受けながら庭でリフティングの練習をしていた。
「なかなか難しいですね」
「リフティングは体幹を安定させるといいそうだ。 鍛える方法としては目をつぶって片足立ちをするとかだな」
「早速やってみます」
リフティングが10回ちょっとしかできないなんてあまりに恰好が悪い。
その後恭也さんとインサイドパスの練習をしていると二階の窓が勢い良く開かれ、そこからなのはとユーノが飛び出していった。
またジュエルシードがらみか? あいつらも大変だな。
「サニー、最近なのはがよくああやって外出しているみたいなんだが何か知ってるか?」
ああ、やっぱり気付いていたんですね。
「さあ。 気のせいじゃないですか?」
「でも今空を飛んで――」
「最近は空を飛ぶ少女がはやりらしいですからね。 昨日のテレビでも青い石を持った女の子が空から降ってきてましたし」
「いや、それとはまた違うと思うんだが……」
流石にこの言い訳は無理があったか。
「ま、いつかなのはが自分から教えてくれるんじゃないですかね? 何をしてるのかとか」
「そうだな。 それまでは待ってみるか。 だけど一度言われたにも関わらずまた夜に無断で外に出ているのはレッドカードだ」
「あれ? そう言えば恭也さんもこないだ朝帰りしてませんでした?」
あのとき恭也さんの服についていた香水の匂いや長い髪の毛から考えれば、おそらくはすずかのお姉さんと一夜を明かしたのだろう。
「……気のせいだ」
「いやでも――」
「気のせいだ」
「そうですね、気のせいですね」
恭也さんは決してこちらを見ようとせず断定的口調でそう言った。
こちらに藪を突いて蛇を出す気はない以上、もうこの事は追求しない方がよさそうである。
「とにかくなのはにはもう一度釘を刺しておく必要があるな」
それを聞いた俺は、俺達のせいで家族に叱られてしまう可哀そうななのはを労ってやるため、いつもより多めに飲み物やおやつを用意しておいてやろうと思った。
しかしその日の夜、事態は急展開を向かえる。
「ごめんください」
「は~い、どちら様ですか?」
夜も更けてきて、そろそろなのは達も帰ってくるんじゃないかという話をしていたところ来客があった。
桃子さんがその応対をしに玄関へ向かうと、そこには長い髪を後ろで縛ってポニーテールにした若い女性がなのはとユーノを連れて立っていた。
「夜分遅くに失礼します。 私は時空管理局のリンディ・ハラオウンと申しますが、なのはさんのお母様で間違いないでしょうか?」
そう言って微妙に怪しい女性は桃子さんに名刺を渡した。
その名刺を覗き見るとそこには『時空管理局・提督 リンディ・ハラオウン』という文字が書かれていた。
管理局? そうか、ようやく来てくれたのか。
ここに来たのはなのはの魔法について説明するつもりなんだろう。
でもなのはは家族に心配を掛けないように魔法を隠そうとしていたよな?
俺はてっきりこのまま隠し通すのかと思っていたんだけどなぁ。
あっそうだ、管理局が来たということは俺はこの後どうなるんだろう?
次元漂流者の保護も管理局の仕事だって聞いたけど。
「はあ、確かに私はなのはの母親ですけど、あの……もしかして家の子が何かご迷惑をお掛けしたのでしょうか?」
桃子さんは突然現れたごっつい肩書きを持った女性を見て不安そうに尋ねた。
「いえ、そういうことではありません。 むしろ私達はなのはさんには大変お世話になっていますから」
突然の来訪者はとんでもございませんとでもいう風にそう言った。
「そうなんですか?」
「ええ、そうなんです。 といっても多分わからないと思いますし、それになのはさんの今後の事もあるので、少々お時間を頂戴してもよろしいですか?」
「それならばここで立ち話もなんですから、狭い家ですがどうぞお上がりください」
「とんでもない、とても立派なお家だと思います。 それでは失礼しますね?」
そうして管理局のお偉いさんはなのはと一緒に桃子さんの後ろに付いて行った。
それを見送った俺は、その場に残っていた小動物モードのユーノに尋ねた。
「ユーノ、あの人が噂の管理局って組織の人か?」
「そうだよ。 リンディさんって言ってね、ここに来た管理局時空航行船の艦長だよ」
あんな若いのに艦長で提督とは。 きっと相当優秀なんだろうな。
「ところで、一体どういう状況でこうなったのか説明して貰ってもいいか?」
「うん。 まず今日の夕方のことなんだけどね――」
それから簡単に今日起こったことを説明された。
ユーノは今日の夕方、なのはと二人していつものようにジュエルシード探しで街を探索していたらしい。
すると海鳴臨海公園のあたりで暴走したジュエルシードを発見。
そこにフェイトが現れたので協力して封印。
そしていよいよジュエルシードを賭けて激突する、というタイミングで管理局の魔道師が二人を止めに入ったらしい。
それからユーノ達はその管理局員に連れられて次元航行船へ移動。
細かな事情を説明して今に至る、という話だそうだ。
「ふーん、じゃあこちら側のジュエルシードは現在7個か。 ならあと1つを見つければフェイトは管理局とぶつからざるを得ない。 そうなれば数の理でこちらの勝利なわけか」
「うん。 あの娘には悪いけど、こっちも本気で行かないと世界が滅びちゃう危険があるからね」
おそらくフェイトは犯罪者として裁かれることになるだろう。
だけど、もしそうなったとしても俺は友達をやめる気はない。
折角出来た友達を失ってたまるか。
あーでも向こうから拒絶されそうだなぁ。
そうなったらどうしよう? 一方通行の友人として影から支えて行くことにでもしようか?
話をあらかた聞き終えた俺は、ユーノと一緒に提督さん達の話を聞くため彼女の居るリビングへと向かった。
俺たちがリビングに入った時、既にそこでは高町家と時空管理局の会話は始まっていた。
「そうですね、まずは次元世界について、それに私たち時空管理局という組織の事からお話ししましょう。 話は少し長くなると思いますが、大丈夫ですか?」
「ええ、時間に関してはご心配なく。 むしろなのはの、大事な娘のことですから適当に済ませられるほうが……」
「それもそうですね。 では説明を始めさせてもらいます。 まず次元世界とは――」
それから一時間弱にわたり次元世界や時空管理局についての説明が続いた。
その説明は空中に浮かべたディスプレイに図や表を展開させて行われ、その非現実的な光景はこの世界を生きる一般人に魔法や異世界というものを受け入れさせるには十分なものだった。
「――つまりこの世の中には私たちが今住んでいる地球の他にも人が住んでいる様々な世界があり、その世界の治安や自然を守るのが時空管理局という組織だ、という認識でいいんでしょうか?」
説明が終わり、士郎さんがリンディさんに確認をするように聞いた。
「はい。 そう考えてもらって構いません」
「それで今、この世界全体を揺るがすような危険なものがこの街に散らばっていて、それを集めるお手伝いを家のなのはがさせてもらっていた、というわけですね?」
「そうなります。 お宅のなのはさんは魔導師として非常に優秀で、私たちが来るまでにこの街で起こるはずだった幾つもの事件を未然に防いでくれていました。 これはとてもこの歳でできることじゃありません。 これもひとえに、ご両親の教育の賜物かと思います」
「いえ、わたしたちはそんなに褒められたものじゃないですよ。 今までなのはには私の仕事等で何かと辛い思いをさせてきたと思っています。 それなのにこんないい子に育ってくれたのは、私たちだけではなく、いい友人達に恵まれたからだと思います。 本当に自慢の娘ですよ。 なあ、桃子」
「ええ、本当にそう思うわ。 頑張ったのね? なのは」
「えへへ、でもそこまで言われるほどわたしは何もしてないよぉ」
口ではそう否定しつつも、父親に頭を撫でられているなのはの顔にはとても嬉しそうな表情が浮かんでいた。
そしてなのはの兄姉もその横でなのはに労いの言葉を掛けている。
俺はその光景にどこか俺が知らない何かを感じ、それが一体何なのか知るためにその光景を目に焼き付けるように見続けた。
うん、やっぱりよくわかんねえな。
「貴方達時空管理局がこの世界に来た理由、それに最近なのはがやってきたことについては理解できました。 ですがなのはの今後の事というのは一体? もしかしてまだ事件は解決していないのですか?」
その後自慢の娘を褒めまくって満足したところで、士郎さんが今までの説明で疑問に思ったことをリンディさんに質問した。
「ええ、大変言い辛いんですがその通りなんです。 そして最近は他にもそのロストロギアを集めている子が現れ、なのはさんとは何度か争いにもなっていたようで――」
その発言を聞いた途端、なのはは顔を逸らそうとし、恭也さんはその正面に回り込んだ。
「なのは?」
「ち、違うんだよ? 別に危なくなんてなくって、ただその、ちょっと分かり合えなくて、それで少しだけ喧嘩みたいになっただけで……ご、ごめんなさ~い!」
美由希さんが恭也さんを『まあまあ』と止めなければなのはは今頃梅干しを食らっていただろう。
ふん、食らえばよかったのに。
今まで危険だと知りながらずっと隠していたことを皆に注意され、なのはが少ししゅんとした後、管理局の人は再び説明を再開した。
「私達としてはジュエルシードを集めるのはもうこちらに任せて貰い、なのはさんには普通の日常に戻ってもらおうと考えていたのですが――」
「でもわたし、今ここでやめたくない。 きっとあの子にも何か集める理由があるんだと思う。 でもあんなに必死な、辛そうな眼をしてる子を放っては置けないよ。 それにわたしはあの子とお友達になりたい、なってお話をしたい」
提督の言葉を引き継ぐように、なのはは自分の思っていることを全てぶちまけた。
お前今散々危ないからやめろって言われたばっかだろうが……って必死な眼?
つい先日会った時は普通に笑ってたよな?
ということはその間に何かあったのか?
あー、十中八九母親がらみなんだろうなぁ。
「というわけで、こちらとしては娘さんの安全の事も考えて相談に来た次第なんです」
「なるほど、そういう訳ですか……」
士郎さんはどうしようか考えるように少しの間目を瞑った。
「なのは」
「なに? お父さん」
「おまえはもう決めてしまったんだね?」
「うん。 今あきらめちゃうと絶対後悔すると思う。 だからお願いします、わたしがリンディさん達に協力することを許してください!」
「わかった」
「あなたっ!」「親父!」「お父さん!」
さっきまで危険なことはやめなさいと言っていた筆頭の人間がその発言を突然翻したのだから、皆驚くのも無理はない。
俺も驚いたし。
「ありがとう! お父さん!」
「ただし!」
「え、なに?」
「そこまで言うのならその子をしっかり助けてあげること。 それとリンディさん達の言うことをちゃんと聞いて迷惑を掛けないこと。 これを守るのなら父さんはもう何も言わないさ」
「はい!」
それを聞いた桃子さんはしばらく悩んだ後、目元をハンカチで押さえながらなのはに話しかけた。
「なら私からも一つ条件を出します。 リンディさんには悪いとは思うけど、少しでも危険を感じたら安全なところまで逃げて欲しいの」
「ちっとも悪くなんてないですわ。 これは本来私たちが言うべきことです。 こちらからもお願いするわね、なのはさん?」
「はい! 危ないと思ったらちゃんと逃げます!」
でも絶対守らないんだろうなぁ。
一度決めたら梃子でも動かせないような奴だ。
「それではリンディさん」
「はい」
「家のなのはを、よろしくお願いします」
「はい。 こちらにできる最善を尽くさせて貰います」
「ありがとうございます」
士郎さんのその発言のあと、高町一家は全員でリンディさんに深く頭を下げた。
こうしてなのはは魔導師として管理局に協力することを許された。
……ってあれ、そういえば俺の話って一切出てきてないぞ。
もしかして忘れられてる?
いやまさか。 まさかそんなことはないでしょ。
「あのーすいません、一つ聞いてもいいですか?」
「あら? ああ、あなたが次元漂流者のサニー君ね?」
しかし残念。
やはり彼女は俺の存在をすっかり忘れていたのか俺の顔を見て一瞬首を傾げた。
なのはは戦力になっても俺はただのお荷物だから仕方ないっちゃ仕方ないけどさ。
今のは少し傷ついたわ。
「ユーノ君からは頭の回転が速くて何度も助けられたと聞いているわ」
「本当ですか?」
「うん。 もしサニーが居なかったら、僕はきっと1人で先走って怪我でもしてたと思う。 だからありがとう」
ユーノは俺の事をそんな風に思ってくれてたのか。
うん、お礼を言われるって凄くうれしいことだな。
「いやそんなことないって。 助けられたのは俺の方だからな。 こっちこそありがとう」
「サニー……」
俺はユーノに向かって感謝の言葉を口にしたものの、冷静になるとちょっと照れくさくなったので、それを誤魔化すため頭を掻きながらリンディさんに話しかけた。
「それで、次元漂流者は管理局の施設で一旦保護を受け、それ以降は本人の意思次第とユーノからは聞いていたんですけど、それであってますか?」
「ええ、基本的にはそれであっています。 ただし今回の場合そのあたりのことは事件が解決してからになると思ってね?」
まあミッドに行くにしろ本局に行くにしろどっちみち足が無いからな。
リンディさんが乗ってきた船は事件担当で現場を離れることはできないわけだし。
「ならそれまで俺は艦内で保護、ということでいいんでしょうか?」
「そうなります。 そしてそのことは今日私がここへ来た理由の一つでもあります」
でも貴女、さっき思いっきり忘れてましたよね?
まあいい、俺は長いものには巻かれるタイプの人間だからな。
言われたことには唯々諾々と従おう。
「わかりました。 なら俺もしばらくの間よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待って! サニー君って孤児院を抜け出してきたって聞いてたんだけど違ったの? というかユーノ君って喋れたの?」
そこで今まであまり会話に入って来なかった美由希さんが突っ込みを入れた。
「今まで騙していてすいませんでした。 今は変身魔法で小動物の形態をとっているけど、実は僕本当は人間なんです」
「俺の方も本当は孤児院を抜け出したわけじゃなく、つい最近この世界に飛ばされてきただけなんです」
「なるほど。 そうだったのか」
俺たちの言葉を聞き、士郎さんは俺を優しく心配するような目で見つめてきた。
桃子さんや恭也さん達も皆同じような視線を向けてくる。
俺はてっきり『よくも私達を騙してくれたな』と言われると思っていたので、その視線に凄く戸惑った。
「でも飛ばされてからしばらくは一人きりだったことに変わりはないんだろ? 辛かったんじゃないのか?」
「いえ、俺にはユーノやバールがいたんでそれほどでもありませんでした」
恭也さんにそう言われた俺は、彼らを安心させるつもりで左手に付けたブレスレットを掲げて見せた。
だけど彼らは何故か今まで以上に俺に同情的な視線を向けてくる。
「行くところがなかったら家に来てくれてもいいんだよ?」
「ああ」
「うん! 家の子になりなよ!」
「私ももう一人ほど男の子が欲しかったのよね。 それなら丁度男の子と女の子が2人ずつになるし」
「だったらサニーくんはわたしの弟だよね? ね?」
なんで俺がお前の弟になるんだ。 どう考えても逆だろうが。
ああ、でもみんな本当にいい人だなぁ。
だけどそれって家族になるってことだろ?
俺はいろんな意味で汚い人間だからな。
いずれ放りだされるのがオチだろうさ。
「ありがとうございます。 そう言ってくれるのはうれしいんですが、でも大丈夫です。 今までも自分の事は自分で決めてきましたし、これ以上皆さんにご迷惑をお掛けするのも申し訳ないです。 それといずれこの御恩は必ずお返しします」
だから家族にはなれないけれど、せめて最後まではこの付かず離れずの関係でいさせてください。
「そうか……。 でも困ったことがあったらいつでも言ってくれていいよ? その時はいくらでも君の力になってあげるから」
「はい。 今まで本当にお世話になりました」
そう言いながら頭を下げた時、俺の目からは汗のようなものが流れていた。
それから俺達3人は高町家の面々に暖かく見送られ、次元空間航行艦船『アースラ』へと乗込んだ。
「おいユーノ、この船すげえな。 前に乗ってた船に比べたらかなり広い気がするぞ」
案内された船の内部はまさにSFに出てくるような宇宙船と言った感じで、俺が予想していたものよりも遥かに綺麗であった。
前に乗ってきた船ってなんか潜水艦みたいな内部構造をしてたからな。
「そういえばサニーくんってユーノくんと一緒にこの世界に来たんだよね? その時乗っていた船ってどんな感じだったの?」
「そうだなあ。 基本的な作りは多分この船と変わりなくて少し小さいぐらいなんだけど、最大の違いはやっぱアレだろ、ユーノ」
「ああ、アレだね」
「え? なに?」
「「トイレが臭い」」
「ええっ! そういう違いなの!?」
アースラに乗り込んで一度トイレを借りた時、俺はその高級ホテルじみた内装に思わず出すはずの物がひっこんでしまった。
管理局恐るべし。
「いや、でもこれって結構重要だと思うぜ? だって出すもん出してるときって一番無防備じゃん」
「それにトイレが臭いと長旅だとかなりきついものがあるよ? トイレに行く度にげんなりするし」
「汚いからその話はもういいよっ!」
なのはは耳を塞ぎながらそう言った。
「まあ水が流れるだけあの家よりマシなんだけどな」
俺は秘密基地の水まわりの状況を思い出して小さく呟いた。
結局あれから新しい魔法の練習とかしてねえな。
せめて水をどっかから持ってこれるようにならないと住むに住めん。
「サニーくん、今何か言った?」
「いや何も。 ところでこれからどうするとかって何か聞いてる?」
「うん、もうすぐクロノ君が呼びに来るから後はそれに従って、ってリンディさんに聞いてるよ」
「あ、来た。 あれがクロノだよ」
ユーノに言われてそっちの方を見ると、そこには小柄な一人の男の子がこっちに向かって歩いてくる姿が確認できた。
これはまた、何というショタ殺し。
「見た目は小柄だけど、一応執務官でこの船のナンバー2なんだって」
「おいそこの使い魔! 人を小さいとか言うな! 僕にはまだ将来が残されているんだからな!?」
「僕は使い魔じゃない! でももう14でその背丈なんでしょ? 未来はそれ程明るくないと思うんだけどなあ」
おお、これは珍しい。
ユーノが人をおちょくってるぞ。
「良く言った淫獣。 この事件が終わったら鍋にしてやる」
「誰が淫獣だっ! 誰がっ!」
「なら、もうフェレットでいる必要が無いにも関わらず、未だにその格好のままなのはの肩に乗っていることはどう説明してくれるんだ?」
「あ、そういやお前こないだの温泉ん時女湯に入ってたらしいな」
「ちょっ、サニー! それは今ここで言う必要があるわけ!? 君はどっちの味方なのさ!? あっ、なのは、これは違うんだ、僕は決して――ギャアッ」
なのはは自分の肩から汚れた雑巾を触るみたいにユーノを持ち上げ、そして壁に向かって思いっきり投げつけた。
「さて、君が次元漂流者のサニー・サンバックだな?」
それを横目に小さくて偉い人が話しかけてきた。
うーん、身長はほとんど俺と変わらないのか。
それでこんなデカイ船のナンバー2とか、次元世界には一体どれだけの天才児が溢れているんだ?
想像もつかねえや。
「はい、その通りです」
「僕はクロノ・ハラオウンと言う。 これから事件解決と本局までのそう長くない間だけど、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。 貴方の事はハラオウン執務官とお呼びすればよろしいでしょうか?」
俺が握手を交わしながらそう挨拶すると、ハラオウン執務官は何故か固まってしまった。
「どうかしました?」
「君に敬語を使われるとどうしてか気持ち悪く感じるんだ。 そう歳も変わらないんだからクロノでいいよ」
「つまり俺たちは友達と言うことでよろしいでしょうか?」
俺は少し傷ついたので嫌がらせの為もう一度敬語で返した。
ついでになし崩し的に友達を増やせるか試してみよう。
「いや、まあ、うん、それでいいからその微妙な敬語はやめてくれ」
クロノはその唐突な発言に戸惑いつつも、俺の提案を受け入れてくれた。
よっしゃあ! 友達ゲットだぜっ!
「じゃあクロノ、俺腹減ったからまずは飯食わせてくんない?」
「切り替えが極端過ぎるだろう! せめてもう少しぐらいなんとかならないのかっ!?」
「あーわりぃ、俺そういった距離感とか気を使うのって苦手なんだ」
「……はぁ、仕方ない。 もうそれについては諦めよう。 実は僕もまだ食事をとっていないんだ。 丁度いいから今後の事は食べながら話そうか」
「それは実にいい提案ですな。 おいユーノ――」
「――ユーノくんのえっちっ! 変態!」
「えぇっ! でもなのはのほうだって、僕が人間の男の子だってあの時もう知ってたよね!?」
ユーノ達も誘おうかと思い彼らを見ると、ユーノは人間に戻っており、腰を押さえ冷や汗を垂らしながら必死に言い訳をしていた。
つーかこいつらまだやってたのか。 まさか俺たちが自己紹介をしている間もずっとやってたわけじゃないだろうな?
「そ、それはそうなんだけど、で、でもだってあの時は忘れてたんだもん! 仕方ないの! ユーノくんだって断ればよかったんだよっ!」
「僕はあのとき嫌がってたよ!? でもアリサや美由希さんが無理やり連れて行ったんだ! だから僕は悪くない!」
「ああっ!? 開き直った!? 本当に嫌だったら――」
「彼らはどうする?」
クロノはあきれた感じで俺に聞いてきた。
「置いてこうぜ。 どうせもうあいつらにはもう船の案内は済んでるんだろ?」
「まあね。 じゃあ食堂へ行こうか。 サニーは僕に付いてきてくれ」
「なあなあクロノ、そこって肉とか出んの? お勧めは?」
「肉料理はちゃんとある。 お勧めはサラダかな。 この船は長期任務を目的として作られているから艦内には自給と保養目的で菜園があるんだ。 だから新鮮で美味しい野菜がいつでも食べられる」
「やっべ、オラなんだかわくわくしてきたぞ。 後でその菜園も見せてもらっていい?」
前の次元艦船では体調の理由で肉料理を食べられなかったからな。
俺はその場でスキップしながらそう言った。
「ああ。 それほど楽しみだというなら食事の後で案内しよう」
「いやっほう!」
「――ユーノくんのばかっ! もう知らない!」
パシーンッ! タッタッタッ……
「いてててて……。 あ、なのは! ちょっと待ってよ!」
そうして俺とクロノは痴話喧嘩を耳にしながら艦内の食堂へ向かった。
その後艦内の食堂で食べた生姜焼きやサラダは高町家の食事には及ばないものの確かに美味しく、自慢するのも納得がいく味だったため、俺は思わずクロノと握手を交わした。
だがその後艦内にあるという自動散髪マシーンで伸びてきた髪を切って貰った時、何気なくクロノに『知ってるか? 髪の毛から醤油って作れるんだぜ?』と言ったことを俺は後悔することになる。
『知ってるも何も、この散髪機械の正式名称は中華式醤油精製機と言うんだぞ? 食堂で使われている醤油は全てここで作られているんだ』
この発言を聞いた俺は生姜焼きを美味しいと思ってしまったことに愕然としつつ、今後この船での食事は野菜を主食にすることを心に決めた。
……でも中華式ってマジかよ。 あの国はほんと碌な物を発明しないな。