さて今日はかねてから予定されていた2泊3日の温泉旅行の初日である。
わくわくが抑えきれなかった俺は高町家の誰よりも早く起き、持っていく道具を庭に広げて1つ1つ入念にチェックしていた。
そうしてやすりで磨きすぎた結果ハンマーがやせ細って焦り始めた頃、アリサが馬鹿でかい車で玄関に乗り付けてきた。
ファック、見せつけてくれやがってこのジョンブルが。
そんなことを思っているとアリサが荷物を持って降りて来たので俺は片手をあげて笑顔で話しかけた。
「Fuck you. (うーっす)」
「人の顔見るなり、なに喧嘩売ってんのよ!」
「グエッ、締まってる締まってる、マジで締まってるから!」
Jokeに対しChokeで返してくるとは、なんて恐ろしい女なんだ。
「ケホッ、ケホッ、昔“Fuck you”っていうのは、仲のいい友人に使う挨拶だって聞いたから使ってみただけなのに」
「あたしが教育的指導をしてあげるからその馬鹿今すぐここに連れてきなさいよ。 ったく、そんなことばかり言ってると折角出来た友人も直ぐにいなくなるわよ?」
それは嫌だ。
でも今の殺人未遂もちょっとどうかと思う。
「あっ! アリサちゃん! おはよー!」
首を擦りながらどうやって反撃してやろうか考えていると、なのはが玄関から出てきて笑顔で挨拶してきた。
あのお茶会の後はしばらく落ち込んだ表情を見せることが多かったものの、今の姿を見る限りもう彼女にそんな徴候は見られない。
ユーノから聞いた話だと、あのお茶会の日、彼は何者かが結界を張ったのを感知したため現場を確認しに行ったそうだ。
そうしたらそこには金髪の黒い魔法少女がいて、なのはは彼女とジュエルシードの取りあいになり、最終的にジュエルシードは奪われてしまったらしい。
こういうライバル登場ってアニメや漫画とかで良くあるよね。
でも金髪か。 そういやこないだ図書館に行った時金髪の女の子が居たようないなかったような? まあ気のせいだろう。
「あ、なのは! おはよう! 士郎さんもおはようございます!」
元気よく挨拶するなのはの後に続くように、士郎さんも玄関から出てきた。
「おはよう、アリサちゃん。 サニー君も朝早くから精が出るね?」
「おはようございます。 すいません、朝からガチャガチャうるさかったですかね?」
「いや、特にうるさくはなかったよ」
「なら良かったです」
その後月村家御一行様もやってきて全員集合。
俺達は『海鳴温泉郷』へと出発した――
「そうそう、この前『アリサちゃんは今好きな男の子いる?』って聞かれたんだけど、なのはとすずかにはいるの?」
――のだが、俺はその温泉郷へ向かう車の中で微妙に肩身の狭さを感じていた。
できればそういう話は俺が居ないところでやってほしい。
「う~ん、私はいないかな。 なのはちゃんは?」
「え、わたし? わたしもいないよ~。 アリサちゃんはなんて答えたの?」
温泉へ向かう車は2台。
俺が乗っている方の車内には運転手の士郎さん、助手席に桃子さん、そして2列目には俺と美由希さん、最後列になのは達小学生3人とユーノがいる。
もう一台の方の方には恭也さんとすずかのお姉さんのカップルと、月村家の使用人2人が乗っている。
ちなみにユーノはなのはの膝の上で丸くなっていてそれをすずかに撫でられて気持ちよさそうにしている。
最近俺はユーノの人間になった姿を見ていない。
一体彼は人間とフェレット、どっちが本当の姿なんだろうか?
下手したら本人ももう忘れてるんじゃね?
「あたしもいないって答えた。 だって同学年の男子って皆情けないじゃない」
「そうなの? すずかちゃんもそう思う?」
「なんとなく、わからなくもないかなぁ」
「だってなんかガキ臭いのよ。 話してる内容が幼稚だし、見えない敵と戦ってる奴もいるし」
めっちゃボロクソに言われてんな。
つか小学3年生の女子ってもう普通にそんな会話すんのね。
女児の精神年齢は男児に比べて高いという統計は事実なのかもしれない。
「じゃあアリサちゃんのタイプってどんな子なの?」
「そうね、頭がよくて運動ができて優しい人。 あといざというとき頼りになってあたしを守ってくれるような人かな。 それで顔もいいなら文句なしね」
「ブハッ!」
余りのスイーツ脳っぷりに俺は思わず噴き出してしまった。
「何よ?」
「おいおい、ちょっとは現実見よーぜファッキンプリンセス? そんな白馬の王子様この世に存在するわきゃねーだろ」
「理想のタイプなんだから別にいいじゃない。 別にあたしだって全部を望んでるわけじゃないわよ。 そういうあんたは理想のタイプとか無いの?」
「しょじ、きに言ってそうだな、明るい性格がいいな。 周りを元気にするような」
俺は『処女。』と言ってこの話をぶっ壊してやろうと思ったものの、横に美由希さん、前に高町ご夫妻が居ることに気付き慌てて目の前の人物の好ましい点を挙げることにした。
あっぶねー、危うくロリコンは家から出ていけとか言われてしまうところだった。
喋るときは少し周りに気をつけないといけないな。
「それってアリサちゃんのことだよね?」
「ちげーよぶっ殺すぞコノヤロウ」
「あ、もしかして照れてる? 図星なの?」
「ごめん、お友達で」
「え、なんで誰も告白なんかしてねーのに俺が振られたみたいになってんの?」
「大丈夫だよサニー君。 今は辛くても時間が解決してくれるってこの間読んだ本に書いてあったから」
「え、なんで俺慰められてんの?」
「出会ってからそれほど時間が経ってないってことは一目惚れってこと? へぇ、本当にあるんだね、そういうの」
「待て。 頼むから待ってくれ。 勝手に人の気持ちを捏造しないでくれ」
「でも明るくて周りを元気にするような子って条件、アリサちゃんにぴったり当てはまるよね?」
横から美由希さんが話しかけてきた。
「そうですね。 俺もアリサの事を考えながら、いや、ちが、今のは言い間違え――」
「サニーくんいま好きって言ったよね!? ゆるぎない証拠だ! 裁判長、被告が今決定的な発言をしました! あ、アリサちゃん被告ってなに?」
「違う、違うんだ! 頼むから俺の話を聞いてくれ! それと被告ってのは『訴訟における訴えを起こされた側の当事者』のことだ!」
「ごめん、あたしあんたのことそういう目で見れないから。 あとなのは、苦手でも国語と社会の勉強はちゃんとやりなさい」
「だから俺はそういう意図で言ったんじゃない!」
「うー、わかってるー。 今回はお兄ちゃんに言われて一応お勉強用の道具も持ってきてるし後で教えてー」
「お願い! 話を聞いて!」
「あ、だからなのはちゃんの鞄少し重たかったんだ。 そういえばサニー君の荷物もやけに重くなかった?」
そういえばすずかは荷物の積み込みを手伝っていたっけ。
10キロ近くある俺の鞄を軽々と持ち上げてるのを見た時は正直驚いた。
つかもう、これは弁解するよりいっそのこと話を変えてしまった方がいいか?
「まあな。 せっかく温泉郷にいくんだからその周辺の面白そうなところにも行ってみようと思ってな、いろいろ持ってきたんだ。 ほら」
そう言って俺はいくつか×印が付けられている、綺麗に色分けされた地図をすずかに渡した。
この×印は温泉郷についたら行ってみたい場所に付けられている。
「どうしてこの地図はこんなカラフルに色が塗られているの? 特に道路とか標高で分けられてるようには見えないし……」
「それは地質図っつってな、その土地の地表で見られる岩石を分類したものなんだ。 例えばこのピンクのところは花崗岩質の場所で、青いところは石灰岩質のところをあらわしている、とかな。 俺が狙っているのはこの花崗岩質の岩石が見つかる場所だな。 ふふふ」
これは図書館に行ってまたタダでコピーさせてもらってきたものだ。
十中八九面白いものは見られないだろうが、この印を付けたところだともしかしたらマイクロスケールではあるもののガーネットぐらいは見つけられるかもしれない。
まあ石英か黒雲母の単結晶が見つかったらそれだけでもよしとしよう。
それも明日には見終わるだろうし、そうしたら今度は海鳴地獄にでも行って独特のゆで卵臭でも楽しんでくるとするか。
「とりあえずあんたが少し変わってることは理解できたわ。 だからごめんなさい」
「そこで話を戻すのかよ!」
「大丈夫だよサニーくん。 わたしたちはそれでも友達でいてあげるから」
「え、俺ってそんなにヤバイ人間だったの?」
「うん、私も友達でいてあげるよ。 変った性癖の1つぐらいはあってもいいと思うし」
「え、鉱物採集って人に知られたら生きていけないような趣味だったの? 待て待て、お前らは何か勘違いをしている。 そもそも鉱物というのは――」
「あ、そういえば今学校で流行ってる――」
「って聞けよオイィ!」
俺は変人だという誤解を解くため彼女達に鉱物の良さを語ろうとした。
しかし俺の言葉は全て聞き流され、結局俺の印象を訂正することは叶わなかった。
ふん、いいさ。
どうせ俺は鉱物オタクですよ。
好きなタイプはこの趣味に対して理解がある人です。
俺はもう何もかもがどうでもよくなったので、彼女たちの話を全てを聞き流しつつ意識をまだ見ぬ火口へと向け――
「――って、人の話は聞きなさいよっ!」
「いてっ」
――ようとしたのだがアリサに肩をはたかれ、すぐさま現実に引き戻された。
ええ~、こっちの話は切って捨てたのにそれってあんまりじゃね?
どの世界へ行っても女って自分勝手な生き物なのかなぁ。
うわーそれ泣けるわー。
旅館に到着し、荷物を降ろしたりそれぞれが泊まる部屋を決め、皆で昼食を取ったところで各自の自由時間となった。
俺は早速ユーノやなのは達を置いて1人周辺の探索を開始したものの、案の定珍しい鉱物や露頭は観察出来ず、極めて一般的な花崗岩しか見付けることが出来なかった。
探索開始から3時間程経ち、転移魔法のおかげで思ったよりも早く予定を消化してしまった俺は本来今日の予定にはしていなかった海鳴地獄までやってきた。
地学用語で地獄とは、火山性ガスや地面の熱、そしてその土地の地質のせいで草木が生えない場所や、非常に高温の温泉が湧出する源泉地帯の事を指す。
俺が宿泊する予定の旅館から2km程の位置にある海鳴地獄でもそれは同じで、ここの地面は全体的に白っぽくなっており、そこだけがまるで異界のように森から切り取られている。
空に昇りゆく湯気が見られることから温泉もあることだろう。
到着してから30分強。
予定していた『硫黄単結晶の火口からの距離による外形の違い』の観察も済ませ、入るのにちょうどよさそうな温泉も見つけたのでせっかくだからそこに入っていくことにした。
「うーん、やっぱり貸し切りって感じで超気持ちいいな。 自然も美しいし言うことなしだ。 旅館の露天風呂とかも悪くはないんだけど、こういう天然に作られた温泉に比べたら……いや、どっちもどっちでいいところがあるか」
「転生してからしばらく入っていたあの温泉とこっち、マスターはどっちの方が好みなんだ?」
隠すものを隠せない程度に少しだけ濁っている温泉に肩までつかって温まっているとバールがそんな質問をしてきた。
「あの温泉は水が出ないから仕方なく入っていただけだ。 ここと比べることが既に失礼だな」
「何故だ?」
「怖いから一回も調べなかったけどさ、あのアメジストの量と色の濃さを考えればあそこって多分放射能泉なわけじゃん? 放射能泉は安全って言われてるから安心して入ってたけど、川の水があんなに澄んでいるのに魚どころか苔1つ生えてないのを見たら流石にもう入る気は起こらないだろ」
時空艦船に乗り込む前、少しだけ時間に余裕があったので『昔あったという川は現在どうなっているのか確認してみよう』と思ったのが全ての間違いだった。
『絶望を確認するという希望もある』って言ってた人もいるけど、アレはどう考えても『絶望を確認するという絶望』にしかならない。
まあ現在恒常性に支障がきたしてはいないからやっぱり大丈夫なのかもしれないけどさ。
そんな風に考えているとこの地獄の周りを取り囲んでいる森の方から物音が聞こえてきた。
「ん? 鹿か?」
熊なら転移で火口にたたき込んでやろうと思いながら音のする方を見てみると、そこには黒いワンピースを着た長い金髪の少女が立っていた。
「あれ、人がいる?」
「あ、どうも。 お先いただいてます」
「あ、そ、そうですか?」
驚きのあまり普通に挨拶をしてしまったが、よくよく考えると俺裸じゃねえか。
というかよく考えなくても素っ裸である。
そういやここって普通に公共の場ですよね。
ストリーキングの気はないって言ってたのに気が付いたらストリーキングになってた。
なにかとてつもなく恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。
……あ、でも俺ってまだ毛も生えてないし、混浴しても問題ない年齢ってことになってるんだっけ。 なら別に問題ないか。
いやいやいや、問題あるだろ。 だって俺精神年齢的には27じゃん。
んなこまけえことはどうでもいいんだよ。 精神は身体に引きずられるって言うだろ? 俺はちょっと黙ってろ。
俺はち○こを見せて平然としてられるその精神が信じられねーよ。 ほら、あの子見てみろって。
あ? おお、ちらっちらこっち見てんな。 おい、ちゃんと隠すもんは隠せよ俺。
けど温泉にタオルをいれるのはマナーに反するだろ。
そういう問題じゃねえっつっての。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。
そりゃこっちのセリフだっつの。 ぶっ殺すぞコノヤロウ。
俺が俺を殺すとか出来るわけないだろって、あれ? どっちが俺なんだ――――
「……あの、すいません。 こんなところで何をしているんですか?」
脳内口論で自我がゲシュタルト崩壊しそうになっていると、謎の少女が会話と言う名の助け船を出してくれた。
俺のポケットモンスターをなるべく見ないようにしているけど、見たくないのなら目を瞑るか手で隠せばいいのに。
でもありがとう、見知らぬ女の子。
「いや、この辺りに旅行に来た者なんですけど、ちょうどよさそうな温泉があったので少し入らせてもらっているんです。 別に露出狂とかそういった趣味はないんで通報とかしないでくださいね?」
「そ、そうなんですか……。 あの、湯加減とかはどうですか?」
「そうですね、なかなかいいと思います。 硫酸酸性だからpHはかなり低いんで、肌に傷があると少しピリピリしますけど、慣れるとこれもまた気持ちいいですよ。 なんだったら入ります? タオルなら余分に持ってきてるんで貸せますけど」
「えっ?」
「えっ?」
どうも俺はまだ混乱から抜け出せていないようだ。
おい、何言っているんだ俺。 彼女びっくりしてんじゃねーか。
俺が悪いわけじゃねえだろう俺。 もう少し考えて発言しろよ。
んだと俺? ぶっ殺すぞコノヤロウ。
上等だコラ。 テンパるといっつも変なこと口走りやがって、俺は毎回それで迷惑被ってんだ。
俺のせいなのか? 俺だって悪いだろ。
いやいやいや、今回ばかりは俺のほうが悪いって。
まあまあ、もう僕が変態だって事は周知の事実なんだからさ。
なんてこと言うんだ俺、ってお前誰?
おれ? なんか変じゃね? 俺って誰――――
「それじゃあせっかくだから……」
「えっ?」
「えっ?」
「あ、いえ、それじゃあ僕、あっち向いてるんで。 あ、これバスタオルとフェイスタオルです。 どうぞ使ってください」
「あ、ありがとうございます」
俺はまたもや彼女に自我崩壊の危機から救いだされた。
いやあ、世の中にはまだまだ良い人がいるもんだ。
っつか、そもそもそいつがここに来なかったらこんな事態にはならなかったんじゃね?
駄目だよ僕、せっかく助けてくれた人にそんなことを言っちゃ。 世の中には厳しいことも多いけど、せめて僕ぐらいは他人に優しくありたいと思うんだ。
そうだな、そんないい人を疑うなんて俺はほんとに酷い奴だな。 でも俺、なかなかいいこと言うじゃん。
あはは、そんなに褒めないでよ僕。
僕? 俺? あれ?
初めこそお互いにテンパっていたものの無事自己紹介も終わり、彼女がここにやって来た理由を聞く頃には俺たちはだいぶ打ち解けて普通に会話を出来るようになっていた。
「じゃあ海鳴には母親の探し物を見つけに来たのか」
話を纏めると彼女、フェイト・テスタロッサさんは、親のお使いでこの街にやってきたらしい。
大好きな母親の求めるもののため、どれだけ大変でもそれを成し遂げようと思っているそうだ。
いい話だなぁ。
「うん。 今それはアルフ、あ、アルフっていうのは私の大事な家族なんだけど、彼女が私のかわりに探してくれてるんだ」
「ふーん、そのアルフさんは優しい人なんだな」
テスタロッサ嬢は髪を自分1人では上手く洗えないらしく、現在はタオルを頭に巻いて髪を濡らさないようにしている。
もっともここはシャワーが無いし酸性も強く髪が痛む可能性が高いので、その処置は髪の毛を自分で洗えるかどうかに関係なく正しいと思う。
バスタオルを身体に巻いて温泉に入るのはマナー違反ではあるが、この場合仕方ないと注意することは止めた。
俺はロリコンじゃないしね。 だから違うっつってんだろ糞バール。 次笑ったら濃硫酸に沈めるぞ。
でも長い髪の毛ってそんな苦労があるんだな。
俺の髪の毛は短いからそんなこと知らなかったわ。
つかこの髪もそろそろ切らないと前髪が鬱陶しいな。
「そういえばここに来たときから気になってたんだけど、ここって地面の色が周りと全然違うよね? どうしてか知ってる?」
「ああ、知ってる。 この辺りの地面が白いのはカオリナイトという、長石類が熱変成を受けて作られる粘土鉱物のせいだ。 ちなみに草木が生えないのは噴気孔周辺で地面の温度が高すぎるのと、普通の生物にとっては毒になる硫化水素ガスの為だな」
「へえ、そうなんだ」
「まあこの他にもいろいろな理由はあるんだ。 そもそも火山というのは――」
俺は自分の前髪が眉毛に掛かる程度に伸びていることやくせ毛がないかを確認しながら、彼女に温泉や噴火の仕組み、『生命起源は深海底にあり?』等の話をした。
とても楽しそうに話を聞いてくれた為思わず語り過ぎたが、彼女はこの話を面白いと思ってくれただろうか?
「ごめん、つまんなかっただろ? こんな話」
「ううん、すごく面白かったよ。 でも物知りなんだね?」
「まあ昔専門でやってたしな」
良い子だなぁ。
俺の話を聞こうともしないアリサとはえらい違いだぜ。
「ところで湯加減はどうだ?」
「うん。 すっごく気持ちがいいよ」
「だよな~。 天気もいいし見晴らしもいい。 最高の気分だ」
「そうだね~」
そうして俺たちは日々の疲れを大自然の力で癒してもらった。
「テスタロッサはこのあと何か予定ってあるのか?」
それから俺たちは小一時間半身浴と全身浴を繰り返して温泉から上った。
現在は手頃な石に腰かけながら美しい緑の風景を涼みながら眺めている。
当然服はちゃんと着ているので悪しからず。
「うん、アルフと合流して探し物を続ける、かな」
「そうか。 大変だろうけど頑張れよ。 おう――」
「フェイトー!! 一個見つけたよー!!」
「あ、アルフだ」
『応援してる』と言おうとしたところ、それは横からの大声によって遮られてしまった。
へえ、あのやたらと露出が高い犬耳の女性がアルフさんねぇ……って犬耳?
え、何それ? というか尻尾も生えてね? 何なの? コスプレ?
ってかあの耳とか本物ならこの人、人間じゃないよね。
もしそうならこの娘も純粋な人間じゃないのか?
どっちにしろ異世界すげーな。
「ん? アンタは誰――はっ!? フェイト! こいつに何か嫌なこととかされなかったかい!?」
「大丈夫だよ、アルフ。 一緒に温泉に入っておしゃべりをしてただけだから」
テスタロッサさん。 その発言は非常に危険です。
「おい、そこのエロガキ。 ちょっと面貸しな」
「まて、冤罪だ!」
「でもフェイトと一緒に温泉に入ったんだろ? それで裸も見たんだろ?」
「確かに一緒に入ったけど裸は見ていない! むしろ俺は見られた方だ!」
「なお悪いわ! 気持ち悪いもんフェイトに見せんな!」
「気持ち悪いとか言うな! 凹むわ! トラウマになったらどうしてくれる!」
「シマウマに成長したら喰ってやるから安心して白状しろ!」
「それでも俺はやってない! おいテスタロッサ、お前からも何か言って――」
彼女は今初めて俺の裸を見ていたことを思い出したのか顔を真っ赤に染めて俯いていた。
ああ、そういえば神は死んだって昔の偉い人が言ってたなぁ。
「覚悟はできたみたいだね。 ほら、まずそこに座んな」
「はい」
そうして俺はわざわざ堅くてとがった石が多く転がっている地面に正座させられ、アルフ先生のフェイト・テスタロッサ学の講義を受けるハメになった。
そしてその授業はテスタロッサがお風呂でパニックになって溺れかけた時の話になるまで一時間以上続いた。
既に日は暮れかけ、空は茜色に染まり始めている。 もう帰りてえ。
「お願いアルフ! 恥ずかしいからもうやめて!」
「顔を真っ赤にしてわたわたするフェイトも可愛いよ~」
そう言って犬耳女は飼い主に頬ずりした。
ようやく終わるのか? この意味不明な説教タイムが。
「でもご主人様がそういうんだったらやめないとね。 ほら、あんたもフェイトの可愛さがわかったらもう破廉恥なことはするんじゃないよ?」
「はい。 すいませんでした」
俺は足の痛みに耐えるだけの存在になっていたため途中から話をよく聞いていなかったのだが、蒸し返して同じことを繰り返されるのも嫌なので素直に謝った。
初めはセクハラについて怒られていたはずなのに、一体どうしてこうなったのだろうか?
「なら今日のところはこれで勘弁してあげるよ。 フェイトの優しさに感謝しな」
「ありがとうございました」
「と、ところでアルフ、見つけたジュエルシードは?」
「あ、そうだった。 コイツのせいですっかり忘れてたよ。 ほらこれ」
そういってアルフとかいう糞女がやたら丈が短いズボンのポケットから出したのは既に見慣れた青い石だった。
もしかして、彼女がこないだなのは達が言っていたもう1人の魔法少女なのか?
どうする? 隙を見てこいつらから石を奪うべきか?
……いや、ユーノとなのはの2人掛かりでも彼女1人に奪われたんだ。
そこに連れがいて1対2の状況だと俺が取り返せる可能性はほとんどない。
それならばいっそのこと恩を売って繋がりを保ち、管理局等の助けが来てから奪い返すといった手段をとった方がいいのではないか?
ジュエルシードは1つでも人の意志によって暴走することがあるが、いくつも集めようとしているということは必要数が集まるまでは厳重に保管し暴走しないようにするはずである。
ならば――
「なあ、そのジュエルシードってやつ、俺が持ってる石にすげー良く似てるんだけど」
「え? ほんと?」
「なんだって!? ならそいつをこっちに寄こしな!」
「まあ、待て。 こっちもせっかく見つけた珍しい鉱物なんだ。 ただでくれてやるわけにはいかない」
「なら力ずくで奪うまでさ!」
「落ち着けって。 何も特別な対価を要求するわけじゃない」
「教えて。 私にできることならなんでもするから」
「フェイトっ!」
「大丈夫アルフ、心配しないで。 母さんの為なら私は何だってできるから」
「あんな奴の為にそこまですることはないよ!」
ああ、なんとなく見えてきたな。
母親が欲しがっているのはジュエルシード。
そしてその母親はあまりテスタロッサとは仲が良くないのだろう。
そして彼女はそんな母親に振り向いて欲しくて必死になっている。
アルフはそんな彼女が心配で仕方ないと。
「ちょっと待てお前ら。 俺にどんな酷いことをされると考えているのかは知らんが、俺が望むのは『友達になってほしい』、ただそれだけだ」
「え? それだけ?」
「そう、それだけ。 俺は友達が少ないからな。 嫌か?」
「う、ううん、でも私、友達って今までに1人もいなかったから、どうすればいいのかわからないんだ」
そう言って彼女は少し辛そうに、でもどこか期待するように胸を押さえた。
俺はそんな彼女をこれから騙そうとしている。
全く、ひでー奴だぜ。
「それでもいいの?」
「良いに決まってるだろ? 実はな、俺もつい最近までは友達が1人もいなかったんだ」
「そうなんだ?」
「ああ。 でも最近少しずつ増えてきてさ、できればもっと増やしたいと思ってる。 それにその友達に最近教えてもらったんだけどな、友達の条件って知ってるか?」
「ごめん、ちょっとわからない……」
「すっげー単純。 『一緒にいて楽しい』、ただそれだけなんだってさ。 まあ親友はもっと難しいらしいけどな。 どうだ? さっき話をしてて楽しくなかったか? 俺は楽しかったんだけど」
これは本心だ。
彼女の清らかさみたいなものは少し話をしただけでも感じられ、今までに会った誰よりも綺麗な心を持っているようにも感じられた。
まあ、これはもしかしたらアルフによって洗脳された結果かもしれないがな。
「ううん、私も凄く楽しかった」
「よし。 なら俺たちはもう友達だ。 だからこれはその友達記念のプレゼント、ってことにしよう」
そう言いながら俺は自分の持ってきていた荷物の中からジュエルシードを取り出し、彼女に手渡した。
「あんた、実はいい奴だったんだね」
「おい、そこの犬耳。 『実は』ってのは死ぬほど余計だ」
新しい俺のお友達は今のやり取りでクスっと笑った。
うん、いい笑顔だ。
「それとな、友達になったらもう一つすることがあるんだ」
「そうなの?」
「おう。 お互いに名前で呼び合うんだってさ。 というわけでよろしくな、フェイト」
そう言って俺は彼女に右手を差し出した。
「うん。 こちらこそよろしく、サニー」
こうして俺と彼女は握手と名前を交わし、友達になった。
友達になった理由の半分は打算からのものだったけれど、残りの半分は純粋な気持ちだ。
ジュエルシードの件が解決してしまえばその打算部分も消えてしまうだろう。
そして俺はその日が早く来ることを心から願った。