「ねえ、あんたはなんか趣味とかあるの?」
「趣味? そうだなぁ」
あのサッカー初体験の日から1週間。
俺はユーノ(動物形態)、なのはと一緒に月村邸へ訪れ、その家の中庭で高級そうな紅茶を前にして質問攻めに合っていた。
事の発端はこの日の朝まで遡る。
朝起きて歯を磨いている時、士郎さんに『今日は美由希も一日中お店を手伝えるみたいだ。 だからサニー君は遊んでおいで』と言われた俺は急に予定に空白ができた。
しかし特にすることもなかったのでいざというときの為に電子辞書を用いてしりとり必勝法を考えてみることにした。
そうして『り』で終わる言葉は多いのに『り』で始まる言葉が少ないことに気付いた頃、昼になってようやく起きてきたなのはが俺に話しかけてきた。
「ねえサニーくん。 わたし、これからすずかちゃんの家でやるお茶会に呼ばれているんだけど、サニーくんも来ない?」
「お茶会? 俺礼儀作法とか知らないんだけど」
「わたしも知らないから大丈夫!」
それ、満面の笑みで言っちゃ駄目じゃね?
「ついでに言うと俺そいつらのこと良く知らないけどいいの?」
「だからじゃないかな? お茶会にはアリサちゃんも来るんだけど、来るときにサニーくんも連れてきてって言われたの」
アリサ? どっちだっけ?
名前が外国っぽいからオレンジの髪の方だな。 多分。
「だからって言われても意味わかんねーよ」
「う~ん、友達になりたいからじゃないかな? ほら、今度温泉に行くでしょ? だからその前にって」
なに、温泉だと!?
ふっ、俺の得意分野だな。
いざというときの為に持ってきたツインpHメーターが役に立つ時が来たか。
「この間学校でサニーくんの話をしたらアリサちゃんが――」
この間調べたところによれば海鳴の街は強い酸性を示す温泉が多いらしい。
おそらく硫酸酸性の温泉が出ているのだろう。
そういや、マグマ溜まりから遠いところにも温泉があったな。
そっちの方は中性に近いお湯が出るという話だから、源泉の温度次第ではシアノバクテリアの群生も見られるかも。
「それで『一緒に住んでるなら危なくないかどうか確認するのはなのはの為でもあるのよ!』って言われちゃって――」
温泉地帯っていうことはもしかしたら間欠泉も見れるかも知れない。
ああそうだ、だったら温泉卵用に桃子さんには卵を持っていくよう進言しよう。
あ、でも俺も一緒に行くと勝手に思い込んでたけど実際はどうなんだ?
なのはの発言からすると連れて行ってもらえるみたいに言ってたけど。
「――ってサニーくん、わたしの話ちゃんと聞いてた?」
「ああもちろん。 温泉卵を作るのに必要な温度条件だよな? まず白身のたんぱく質が固まらない温度である必要が――」
「ぜんぜんちがーう! 人の話を聞かないサニーくんは、今日わたしについて来ないと駄目っていう話なの!」
「は? え、そうなん?」
「そうなの! だからサニー君は早く着替えてきて! もうすぐお迎えが来るから! ほら早く!」
「バナナはおそそに入りますか?」
「何ふざけてるの? 怒るよ?」
「はい、すいませんでした」
そんな、突っ込みの一つもないなんて。
というか今のは流石に酷かったな。
そんなことを想いながら俺はなのはをこれ以上怒らせないよう40秒で支度した。
その後俺は黒塗りの外車で月村邸に運ばれ、お互いに簡単な自己紹介を済ました結果、先の状況に至る。
到着してしばらく経ったところで、俺はこの邸宅が以前ユーノと図書館で話をしてた時に出てきた糞デカイ屋敷の1つであることに気付いた。
そのユーノは現在この屋敷で大量に飼われている猫に追いかけまわされている。 お疲れ様です。
ちなみに今日はなのはの兄である恭也さんもここに来ており、今は月村のお姉さんといちゃついている。
普段ならリア充死ねと言っているところだが、俺は高町一家にはかなりのお世話になっているので是非とも彼には幸せになって貰いたいと思う。
「まあ趣味と言えるのは鉱物採集と読書ぐらいか。 あとは最近サッカーに嵌って士郎さんにいろいろ教わっているところだな」
「ふーん。 鉱物採集って、なんか暗い趣味ね」
「暗いとか言うなぶっ殺すぞコノヤロウ」
「でもサニー君も読書が好きなんだ? 実は私も読書が好きでね、最近読んだ中では『恋鏡』っていう本が一番面白かったよ」
「あ、それ名前だけ知ってる。 この間塾で国語の先生が言ってたやつよね? どんな内容だっけ?」
「うん。 整形した女の人が主人公なんだけど、いくら美しくなっても内面から変わらなければ本当の恋愛はできないっていうお話」
「へ、へえー、何か凄い内容だな」
というかそれ、小学生が読んで本当に面白いのか?
子供ってもっと勧善懲悪系の話を好むもんだと思ってたんだけど。
ふとなのはの方を見るとニコニコ笑いながらわかったふりをしていた。
ああ、安心した。 やっぱり普通の子供ってそんなもんだよなぁ。
「サニー君は何かお勧めの本とかってある?」
「今の話を聞く限りだと俺の好きなジャンルとそっちの好みは大分異なりそうだな」
「どんなジャンルなの?」
「理学系の専門書やブルーバックスとか。 知ってる?」
「うーん、ちょっとわからないかな」
「私も知らないわね」
「よかった! わたしだけじゃなかったんだ」
お前はその前の本もわからなかっただろうが。
何『そっちのほうは知ってました』みたいな顔して言ってんだコノヤロウ。
「まあブルーバックスってのは自然科学の啓蒙書かなんかだと思ってくれればいい」
「それの何が面白いの? あ、今のは馬鹿にしてるわけじゃなくて単純な疑問なんだけど」
「あーそうだな、『事実や真実のみが書かれていること』かな」
たまに『よくよく調べてみたら実はウソでした』ってのはあるけど大体は本当のことだ。
実際相対性理論なんてかなり疑わしいだろ。
空間や時間を光の速度で定義してるけど、じゃあ速度ってなんなの? ちょっとおかしくね? 循環論になってんじゃん。
「わけわかんないわよ」
「うん、ちょっとわかりにくいかな?」
「だよね? だよね?」
だが俺の言った面白さはいまいち伝わらなかったようだ。
うーん、何て言ったらいいのかなぁ。
とりあえず何で好きになったのかでも言えばいいのか?
「ほら小説ってさ、人間がたくさん出てきて最後は『恋愛が成就する』とかそういったオチが多いじゃん?」
「まあ多いわね」
「でもそれだけじゃないよ? 家族や友情をテーマにしたものや、ミステリー、ホラー、冒険もの、歴史ものにSFとかもあるよ。 SFだったらサニー君も気にいるんじゃないかな」
「そうだな、官能小説ならいけるかも」
「かんのー小説?」
ゴンッ
「いってぇ! いきなり何しやがる!」
顔を真っ赤にしたバニングスに拳骨で頭を殴られた。
「なのはに変なこと教えないでよ!」
「ん? お前は知ってんのか?」
「し、ししし知らない、変なこと言わないでよ! そんなわけないじゃない! そんなわけないじゃない!」
「ちょ、イタイイタイ」
今度は蹴られた。
これ絶対知ってるだろ。
ちなみに読書好きの月村さんはどうか、と彼女を見てみれば顔を赤く染めて俯いているのが観察できた。
ああ、彼女も知ってんのね。
「ねえねえアリサちゃん、かんのー小説ってどんなお話なの?」
「ああもうっ! ほら! あんたのせいでなのはが汚染されちゃったじゃない! どうすんのよ!?」
「知ってんなら教えてやればいいじゃん」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
これ以上殴られたくないので俺は話を戻すことにした。
俺は痛いのが嫌いなのだ。
「まあその話は置いといて、とにかく小説って人がたくさん出てきて、その登場人物同士の間で感情のやり取りってのが必ずと言っていいほどあるだろ?」
「当然よ。 だってそれが無いとそれこそお話にならないじゃない」
「ねえねえすずかちゃん、かんのー小説ってどんなお話なの?」
「ええっ!? わ、わたしに聞くの!? あ、その、わ、わたしもよく知らない、かなぁ……あはは」
「ふ~ん。 じゃあ今度ユーノ君に聞いてみよっと。 たしかユーノ君も読書が好きだって言ってたし――」
バーニング先生はもうあっちの話に加わる気はないようだ。
そしてユーノ先生、いつもいつもお疲れ様です。
あとなのは、ユーノがなんで人前でフェレットになっているのかよく考えような。
俺は未だ猫に追いかけまわされているユーノを目で追いながら余計な仕事を増やしたことを心の中で謝罪した。
「でな、俺って今まで友達とかいなかったからそういうものに感情移入がほとんどできないんだよ。 登場人物がどうしてそう思ったのか、理解はできても納得できねー。 だから人が出てこないものを好んで読んでいるうち、そういうのに嵌ったって感じ。 結晶成長とかも深く知ると結構面白いんだぜ?」
記憶が無いから確かなことは言えないけど、多分それであっているはず。
まあ孤高の戦士や不思議生物には普通に憧れたりするけどな。
「友達いないってあんた……そういえばなのはがそんなこと言ってたわね」
科学の話はスルーですかそうですか。
「なんで友達がいなかったの?」
だからなのはさん、そういった心にくる無自覚で強烈なストレートは勘弁してくださいってマジで。
俺は上を向いて、静かに涙を流した。
「ち、ちがうちがう、そういう意味じゃなくって、あの、えと、ご、ごめんなさい」
「……まあいいさ。 というかそもそも友達ってどうすりゃ出来るんだ?」
「なんか小難しいこと考えてるわね」
だってわかんねーもんはわかんねーんだもん。
「まずあんたは友情ってどういうものだと思ってんの? 少しぐらいはなんかあるでしょ?」
「そうだなぁ……友情とは見返りがあるもの、かなあ」
少なくとも記憶の中の人間は皆そんな感じだった気がする。
「身も蓋もないわね。 道理で友達ができないわけだ」
「ならお前らはどう考えてるんだ?」
俺は後学の為に聞いてみた。
「あたしは相手の為に心から怒ってあげられること、かな」
「私はその相手といて心が温かくなること、かなぁ」
「わたしは……うれしいときに一緒にいるとこっちもうれしくなって、悲しい時はその悲しみを分け合ったりできる、そういう風に感情を共有できること、だと思う」
「なるほど」
ちなみに1人だけセリフが長いのはなのはさんです。
『喜びも悲しみも分け合えること』でいいじゃん。
もしかしてこの子、国語苦手なの?
「でもそれ全部満たすとしたらそれはもう親友って言うんじゃね? いくらなんでもハードルが高すぎるだろ」
いずれにしろ俺にとってそれらは棒高跳びを棒なしで行うレベルである。
もしそれが本当に友達の条件だというなら、俺はユーノとも友達じゃないことになってしまう。
それは流石に認めたくない。
「そっか。 あたしたちの関係はあんたの参考にはならないか」
「そうだ、『一緒にいて楽しいこと』、これだけでいいんじゃないかな?」
「それいい! 採用!」
「うん! わたしもそれでいいと思う!」
「確かにそれはシンプルでいいな」
月村さん、なかなかいいこと言いますね。
そういえばこっちに来たとき初めに話した女の子は一緒にいて楽しかったな。 名前忘れたけど。
だったら彼女は友達なんだろうか?
ん? あれ、ちょっと待て。
「でもそれってさ、こっちがそう思ってても相手がそう思ってるかどうかはわかんないだろ」
「あー、でも別に友情って一方通行でもいいんじゃない?」
「うん、そうだね。 変に馴れ馴れしくされると困るけど、適切な距離感を保っていればそれで問題ないと思うよ」
「マジか」
だけどそれは人との距離感を測るのが苦手な俺には難しいものがある。
でもいつの日か俺もこいつらみたいに親友と呼べる友人が欲しい。
そのためにはまず友達を作って経験を積むのがベストだろう。
俺がユーノと友達になれたのは向こうから俺を友達だと言ってくれたからだ。
……よし、覚悟はできた。
「なあバニングス、月村、なのは。 お願いがあるんだ」
「なによ? あんまり無茶なものじゃなかったら聞いてあげてもいいわ」
「無茶なものだったら?」
「殴る」
「ひでえ」
「いいから言いなさいよ」
「おう・・・・・・あの、おれとも、俺と友達になってくりゃ、ください」
俺は恥ずかしさのあまりその場から逃げだそうとした。
しかしバニングスに肩を掴まれ逃げだすことはできなかった。
「あんた、何言ってんの?」
そうか、大事なところで噛む奴はいやか。
そうだよな、俺も嫌だもん、こんな自分。
「あたしたちはもうとっくに友達よ。 ねえ?」
「うん!」
「もちろん!」
っかしいな、急に前が見えにくくなった。
「ちょっとちょっと、そんなことぐらいで泣かないでよ。 あんた男の子でしょ? なさけないわねえ」
「ちげーって、ちょっと目にゴミが入っただけだっての」
「でも私たちが今のような関係になった時、アリサちゃんもたしか泣いてなかった?」
「あ、そういえばそうだったかも」
月村が面白い情報をリークしてくれた。 いつかこのネタでいじってやろう。
「ちょっと! そんなこと今言う必要ないじゃない! あんたも泣きながら笑うな!」
「だから泣いてねえって。 おい月村、お前だって時々目からなんか汁が流れることぐらいあるだろ?」
「う、うん、でもそれは普通に涙だと思うよ?」
「ほら見なさいよ!」
「よしバニングス。 お前はいつか泣かす。 そして本当の涙の味を思い知らせてやる」
「あの!」
俺がバニングスと言い争っているとなのはが横から割り込んできた。
「なんだ?」
「もう私たちってお友達なんだよね?」
「ありがたいことにな」
「だったらサニー君も名前で呼び合おうよ。 わたし、お友達は名前で呼び合うべきだと思うの」
「それはいいアイデアだね、なのはちゃん」
「そうよ! さっきからなんか違和感があるって思ってたけど、それよそれ! じゃあサニー、早速あたしの事を名前で呼びなさい」
「ビチビチビッチ」
「また泣かすわよ」
「ッアー! 痛い! 脛を蹴るな!」
それからしばらくアリサいじりを続けていると突然なのはが立ち上がった。
「なのはちゃん、どうかしたの?」
「あ、うん、今気付いたんだけどユーノ君がちょっと見えないから……。 わたし、ちょっと探してくるね?」
「そういえばさっきからあのフェレットの姿が見えないわね。 案外猫に捕まってどこか連れていかれてたりして」
そういってアリサは笑った。
ひでえ女だ。
「家の猫はそんなことしないよ。 ……たぶん。 ……きっと。 ……しないと思うなぁ」
「どんどん自信が無くなっていくんだなぁ、おい」
まあ、あいつも元は人間らしいから大丈夫だろう。
あれ、そういやどっちが本当の姿なんだっけ?
「と、とにかく探してくる!」
今の話を聞いて不安になったのか、なのはは慌てて森の方へ駆けだして行った。
「私たちも行った方がいいのかな?」
「ああ、なら俺が行くからそっちはゆっくりしてろよ。 なのはのペットみたいになってるけど一応俺が飼い主ってことになってるからな」
「そういえばそうだっけ。 でももし見つからなかったら戻ってきなさいよ? 手伝ってあげるから」
「そう時間は掛かんないと思うけどな。 あいつは人の話す言葉が理解できるみたいだし」
なんたって人にもなれるフェレットもどきだからな。
あ、思い出した、そうだよ逆だよ。
なんたってフェレットにもなれる人もどきだからな。
あれ?
「あっ、そういえば確かにそんな感じだった!」
「すごく賢いんだね?」
「そうですね」
こいつらより絶対賢いだろうに。 不憫すぎる。
俺は人間扱いされてないユーノを哀れに思いながらなのはの後を追った。
「おい、見つかったか?」
「ハァ、ハァ、サニーくん? どうして、ここに?」
追いかけてから数分後。
俺はなのはに追いついたので後ろから声を掛けると、彼女は息を切らせながら聞き返してきた。
「そりゃ一応俺が飼い主ってことになってるんだから当然だろ。 ほら、とっとと見つけようぜ」
「あの! それなんだけど、本当は違うの!」
「違う? ……あ、もしかしてジュエルシードか?」
「多分そう! この近くで、魔力の波動を、ユーノ君が、感知したらしくて、そのあとを追ってきたの!」
ああそうか、急に立ち上がったのは例の念話って奴をユーノから受け取ったわけか。
なのはの呼吸はまだ乱れていて肩で息をしている。
やっぱり普段から運動はしておくべきだな。
俺は改めて日ごろの運動の重要性を認識した。
「じゃあ俺の助けは必要ないか?」
「えーっと、ならアリサちゃんとすずかちゃんが、心配しないように、なにか、言い訳を考えてくれる?」
俺は瞬時に一つのアイデアを思いついた。
「そういうのなら任せろ。 遅刻と欠席の言い訳は俺の得意分野だ」
「じゃあそっちは任せてもいい?」
「おう、だからお前も頑張ってこい。 あとユーノにも頑張れって伝えといてくれ」
「うん! いってくる!」
そうしてなのはを見送った後、俺は来た道をわざと木の根っこに足を引っ掛けて転んでから引き返した。
「わりい、なんか服貸してくんない?」
アリサ達は戻ってきた俺の姿を見て酷く驚いた表情を見せた。
「うわっ、汚なっ!? あんた一体何したのよ!」
「見りゃわかんじゃん。 こけた」
「怪我とかしなかった?」
この短いやり取りにもそれぞれの人間性が現れている。
アリサは感情に任せて物を言うタイプで、すずかの方は相手への心配が先行するタイプのようだ。
「それは大丈夫だった。 こけた場所には泥しかなかったからな」
「ところであのフェレットは見つかったの?」
「いや、まだ。 でもなのはの『きゃー! 子猫さんかわいーのー!』って声が聞こえたから心配する必要はないんじゃね?」
「大丈夫そうね」
「うん、そうだね」
一瞬『やべ、この言い訳はまずったか?』と思ったが、こいつらの中のなのは像はそれで正しかったようだ。
自分で言っといてなんだが、猫に追われていた小動物を探しに行っときながら子猫に心奪われる奴なんていねーよ。
「直ぐに着替えを用意してもらうからサニー君はお風呂に入ってきたら?」
「そうさせて貰うわ。 あ、じゃあ暇つぶしに1つ有名な問題を出しておこう」
「問題? 言ってみなさいよ」
「これはとある夫が友達と遊び歩いていて家に帰らなかったときの話だ。 二日間家を空けていた夫は日曜日にようやく家へと帰ってきた」
「とんでもない夫ね。 あたしなら絶対許さない」
こいつの夫になる男は将来大変そうだな。
「当然妻は夫を怒鳴りつけ説教をしたわけだ。 そして最後、夫に『もし何日も私の姿が見えなかったら、あなたは一体どう思うの?』と尋ねた」
「ここは大事だね。 上手く答えないと離婚の危機が訪れちゃうよ」
「ところが夫はこう答えた。 『そりゃあ最高にうれしいさ!』ってね」
「最悪の答えじゃない! 離婚よ離婚!」
「そしてそれから夫は妻の姿を見ることが出来なくなったんだ」
「きっと奥さんは家を出てしまったんだろうね」
まあ普通はそう思うだろうな。
「ところがそれから数日たった木曜日、夫は特別何もしていないにもかかわらず、妻の姿をちゃんと家で見ることができた」
「ええっ!?」
「本当に?」
「ああマジだ。 さてここで問題です。 夫はどうして妻の姿を見ることが出来るようになったのでしょうか?」
「うーん、難しいわね」
「じゃあ俺、風呂を借りてくるから上がってくるまでに答えを考えてみてくれ」
俺はそう言い残してその場を一旦後にした。
その後20分程だだっ広い風呂につかり、着替えて中庭に戻ってきたところ、彼女達はまだちゃんとそこにいた。
どうやら俺の足止めは成功したようだ。
「わかったか?」
「うん」
「答えは『妻は過去の夫との想い出を思い出し、もう一度だけやり直そうと考え直したから』よ。 というかそれ以外考えられない」
「いい奥さんだね」
うーん、やっぱり小学生には難しかったか?
「残念でした。 現実はいつも非情です」
「ええっ!?」
「他に何があるって言うのよ!?」
「正解は『妻が夫をぼこぼこにしたせいで瞼の腫れが引くのに数日かかったから』でした」
「ああっ、なるほど!」
「くやしいけど、確かに納得だわ」
「まあ俺も初めてこの問題を知った時は騙されたからな」
そんな感じで二人の気を逸らせて時間稼ぎをしていると、なのはが無事ジュエルシード探しから帰ってきた。
「なになに、みんな楽しそうだけど何のお話?」
「あ、お帰りなのは」
「ユーノ君見つかった?」
「う、うん。 待たせてごめんね?」
「キュウ」
そう言ってなのはは胸にユーノを抱えて見せ、俺たちを安心させるようにテーブルの上に乗せた。
しかしそう言ったなのはの表情にはどこか落ち込んでいるような感情が見え隠れしている。
「いや、気にするな」
「こっちも手伝おうと思ってたんだけど――」
「サニーの馬鹿が途中泥まみれで帰ってきたせいですっかり忘れてた。 なのは、ごめんね?」
「馬鹿言うな。 ぶっ殺すぞメスブタ、って耳を引っ張るな! 普通に痛いっ!」
「ううん、いいよ。 ちゃんと見つかったしそんなに大変じゃなかったから」
もしかしてジュエルシードは見つからなかった、それともまた鳥かなんかに持っていかれたとかか?
あとは暴走してまた黒い悪魔が……うおおお、想像しただけで背筋がゾクッとした!
なのはが戻ってきてからもしばらく談笑は続いた。
やがて空が茜色に染まり始めた頃、この楽しいお茶会はお開きとなり、俺たちはアリサの家の高級車で高町家に帰宅した。
性格や相性に問題がありそうでも新しく友達が出来たことは純粋に嬉しい。
この調子でどんどん増やせて行けたらいいなぁ。
俺は窓の外をぼんやりと眺めているなのはと、それを心配そうに見ているアリサを見ながらそう思った。