さて、幻の秘宝ジュエルシードを追う為、私達は第97管理外世界にある『地球』という惑星にやってきました。
本日はいろいろな次元世界を股に掛け活躍している、考古学者のユーノ・スクライアさんにもお越しいただいております。
「それではユーノさん、この世界についての解説をお願いします」
「なにが『それでは』なのかわからないけど説明するよ。 まずこの地球っていう惑星は次元を渡る能力を持たないことから管理外世界に分類されている。 そしてこの管理外世界は他の次元世界からは不可侵とすることが管理局の法律で定められているんだ」
「そうなの? なんで?」
「それはこちらから変に干渉して高度な文明を与えるとその世界での大きな戦争の引き金になる可能性が高いことからできたんだ。 実際にそういったことは管理局ができる以前にも何度か起こっていたらしいしね」
なるほど。
それを考えれば納得だな。
「身の丈に合わない力を得た人間がとる行動の末路なんて大抵はそんなもんだよ」
ちなみにその管理局というのは次元世界の安全を守るために日夜努力している組織らしい。
詳しいことは興味がないので聞き流した。 お察しください。
しばらくしたら地球に来るだろうって言ってたからそんときにでもまた詳しく訊けばいいや。
「そういや艦長はジュエルシードが何処に落ちたって言ってたっけ?」
「ニホンのウミナリという街だって言ってたよ」
「日本? ああ、なんか昔そんなような名前の国に住んでた記憶があるわ」
「本当? じゃあもしかしたらサニーはこの世界出身なのかも知れないね。 ジュエルシードの回収が終わったらちょっと調べてみる?」
「それは別にいいや。 そんなことより目的のブツの回収をとっとと終わらせて遊びに行こうぜ」
確かに自分の過去にも興味が無いことはないが、今はそれよりも友達と遊びに行くことの方がよっぽど魅力的だ。
「うーん……。 サニーがそれでいいっていうんなら」
「それでいいのだ。 それにここには遊んだ後でまた来てもいいんだし」
「それもそうだね」
「さて、そうと決まれば『物事は 何をするにも 現状を 把握せずんば 成し遂げられず』という言葉もある。 だからまず現在地の確認をするとしよう」
「へえ、確かにそれは言えてる。 誰の言葉?」
「今適当に作った」
それから俺たちは現在地について知るため、とりあえず街中の看板を調べてみた。
すると今いるところは既に『海鳴』という街であることが分かった。
それがわかってしまえば後はその土地についての情報を文献から集めればいい。
本屋で立ち読みしてもいいけれど、より豊富な資料がそろっているのはやはり図書館だろう。
という訳で道行く人に『図書館は何処にありますか?』と訊きまくり、1時間ほど街をさまよいながらも無事に図書館に到着。
早速海鳴という街についての調査を始めた。
「サニー、『海鳴の産業史』と『月刊 海鳴ジャーナル デートスポット特集号』を持ってきたよ」
「おうサンキュー。 こっちは今地図で詳細な現在地を確認した。 ついでに図書館の人間に媚を売って地図をただでコピーさせてもらった」
いやー子供の姿ってのはやっぱり得だわ。
「でもわざわざ海鳴まで移動する手間を省いてくれてたとは、あの艦長も気がきいてるよな」
「本当だよ。 あの短い時間でよくここまでしてくれたと思う。 感謝してもしきれないね」
「全くだ」
それはさておき、俺達が図書館で資料を集めようと思ったのにはちゃんと理由がある。
人口、面積、産業、有名な建物、人が多く集まる人気スポット、イベント情報、自然、気候、etc...
これらは全てジュエルシードの暴走による危険をできる限り避けるために必要な情報となりうる。
世の中で起こる現象は必ずといっていいほど因果関係が存在する。
そしてその関連はとても複雑で一見ではわからないことが殆どだ。
しかし、完璧に因果を把握することはできなくても、情報があればそこからある程度の推測を立てることは可能になる。
特に今回のように大変な被害が出ると予測される事柄の場合、被害を抑える為にはジュエルシードの思念波に影響されやすいという特性上、探すときは人の多い場所から探すことが最優先だと考えた。
この“人が多く集まる場所”を正確に予測することは非常に難しいが、先にあげた情報を知っておけば多少は予想できる。
また実際に被害が出た場合、その規模によってはユーノや俺の魔法だけではどうにもならない状況も予測される。
そのような場合は安全な場所への一般市民の避難誘導等を速やかに行う必要がある。
他にも暴走した場所によっては自然災害に繋がることも考えられ、その場合も情報を多く持っていればより的確に対処ができることだろう。
そんなことを俺とユーノは考えてはいたものの、実際の調査風景はそれほど必死だったわけではない。
「おお、この街のはずれのほうでは熱水鉱床が多く見られるって書いてある。 結構きれいなカルサイトも採れるらしいぞ。 いつか機会があれば行ってみたいなぁ」
「カルサイトって何だっけ? 聞いたことあるはずなんだけど忘れたみたい」
「化学式CaCO3で表される非常に高い複屈折が見られることで有名な透明鉱物の一種だな。 物が二重にぼやけて見えるってやつ。 昔はその高い複屈折率を利用して偏光顕微鏡の偏光板に使われていたこともあるらしいぞ」
「ああ思い出した、方解石のことか。 確か大理石に多く含まれてるんだよね?」
「そうそう。 よく知ってんじゃん。 やっぱ遺跡とか調査に行くと大理石でできたものって多いの?」
「うん、凄く多いね。 仕上げ材として使われているのを良く見るよ。 あと盗掘等で破壊されている大理石でできた美術品とかを見ると殺意が湧く。 あいつら皆蛆にたかられて死ねばいいのに」
「お前なんてゴキブリにたかられたんだもんな。 あ、ごめん、トラウマスイッチ押しちゃった」
「うわぁあああああっ!!」
こんなもんである。
だって今から張り詰めていても疲れるだけじゃん。
『遊ぶ時は遊ぶ。 締めるときは締める』
これ大事。 テストに出るよ?
そうやってユーノと雑談混じりで文献を漁っているとどこからか熱い視線を感じた。
視線のもとをたどってみるとそこには車いすに座ったショートヘアーの少女がいる。
少しうるさかったかな?
一応謝っておくか。
「騒いでしまってすいませんでした」
「え、あ、いや、そうゆう意味で見てたんとちゃうよ?」
なら俺は謝って損した訳か?
いや、別に何か減ったわけでもないし損はしてないか。
「じゃあなんでこっちを見てたんだ?」
「なんや、同い年ぐらいの子なんにえらい難しい話しとるなー思ってたんよ」
「なんだそんなことか。 それは俺らが人より長く生きているだけだって」
「僕は9歳でそのセリフを吐く人を初めて見たよ」
後ろからユーノが突っ込みを入れてきた。
でも俺は一回死んでるわけだしなぁ。
これで同年代の人間よりも知識がなかったら泣けるぜ。
うん、まあユーノはもうしゃあない。
こいつは別格だろ。
一体どんな生活をしてたらこの年でこれだけ賢くなれるんだ?
「ええっ!? 君らあたしと同い年なんか!? 絶対年上やと思とったわぁ」
「ほう、つまりお前は9歳なわけか。 でも別にさっきまでしてた話は難しくも何ともないと思うけど。 なあユーノ?」
「そうだね。 特に難しい単語とかもなかったし」
「だよな」
「いやいや、いろいろ突っ込み所はあるけど、まずはとりあえずそこら辺の走り回っとるような同い年の子に聞いてみって。 絶対知らへんよ?」
「よし、じゃあ試してみるとしよう」
確かユーノは発掘調査で走り回ってたはずだ。
誰かの廃棄物処理の杜撰さのせいでな。
全く、酷いことをする人間がいたものだ。
「おいユーノ、ATPって知ってるか?」
「それって『アデノシン三リン酸』のこと? それとも『アドバンスド・ターボ・プロップ』のこと?」
間髪いれずに答えが返ってきた。
「ほらみろ」
「いやいやいや、今のはどう考えてもあかんやろ。 というか直ぐに2つパッと出てきたけど、どっちもようわからへんし。 あたしにわかるのはPTAぐらいやな」
そう言って少女は少し恥ずかしそうに笑った。
俺も前者はともかく後者は何かわからなかったので余り偉そうなことは言えない。
「それでも充分でしょ。 『経皮的血管形成術』を知ってるだけでもかなり勉強してるほうだと思う」
「「えっ?」」
「えっ?」
「ま、まあわたしもなかなかやるやろ? あはは」
「そ、そうだな。 ははは」
少女は偶然手に入れたメッキがはがれる前に話を元に戻すことにしたようだ。
俺はユーノに本当のことを教えてやろうかとも思ったけれど、その場合俺のメッキも剥がされそうだったのでそれはやめた。
人を賢く見せるための一番の方法は『黙して語らず』だと思うんだ。
「でも、やっぱり君らえらい物知りやね」
「まあこれはあれだ、今までに読んできた本の量によって同じ年の人間でも知識の差が大分あったりするだろ? つまりはそういうことだ」
「わたしも今までそれなりに読んできたつもりやねんけど」
「読む本のジャンルが違えばこういうこともあるだろうね」
「まあ俺らが好んで読んでんのはどっちかっつうと技術誌とか科学誌とかそっち系やからな」
おっと関西訛りが微妙にうつってしまった。
うーん、言葉ってこうやって歪んでいくんだな。
フッ、また一つ賢くなってしまったぜ。
その後彼女も加え3人でだらだら話をしていたらいつの間にか閉館時間になってしまった。
そこで俺たちはいつかまた再開できる事を願いながら別れることに。
その少女も知識が豊富で話が弾んだため本当にいつかまた会ってみたいものだ。
でも俺のセリフにいちいち突っ込みを入れるのは勘弁してほしい。
俺が物を知らない馬鹿みたいじゃん。
その後、俺とユーノは寝床を確保する為にまずスーパーマーケットへ行き、良心的な店員さんからダンボールを大量に貰い、さらに近くの公園も紹介して貰った。
そして今はその公園でベンチに座りながら次元艦船から貰ってきた非常食を食べているところである。
「意外と時間食ったけど、特に問題はないよな?」
「うん。 この後の予定はとりあえず『広域探索魔法』でジュエルシードの落ちた場所を絞り込んで、それから一つずつ地道に探していくって感じかな。 あとはもしジュエルシードが暴走していたら強い魔力の波動を感じるはずだから、その時はそこへ行って暴走を鎮めて封印っていう風に考えてる」
「やっぱ一個ずつ探すのか。 面倒くせーな」
「それは仕方ないよ」
「まあな」
ジュエルシードは船に積み込む際、専用のケースに全部纏めて移し替えられている。
そこで俺たちは地球についてから直ぐ、そのケースに付けられていた発信機の信号を調べてみた。
しかしどれだけ頑張ってもその発信器からの反応は得ることが出来なかったのだ。
このことやそのケースが多少の衝撃で壊れるような物ではないことから、『ケースは大気圏突入時に燃え尽きてしまい、中に入っていたジュエルシードは街中に散らばって落ちてしまった』と判断した。
この予想はジュエルシードは仮にも宝石なので高温には強く燃え尽きはしないだろうこと、そして落下の衝撃や何かで割れたり壊れたりした場合異常な魔力流や次元震が発生するはずだが、現在そんなことは起こっていないこと等から推測した。
「ところで箱のかわりはどうすんの?」
「僕が持ってるインテリジェントデバイスには物を中に収納しておく機能があるんだ。 そこに入れておこうと思ってる」
「そういやお前も何かインテリデバイスを持ってるって言ってたな。 昔発掘された奴だっけ?」
「うん。 そこの遺跡を使っていた当時の人のものらしいんだけど、調査が終わった後で特に危険なロストロギアでもなかったから記念に貰えたんだ。 それにいざというときは売れば高く買い取ってもらえるしね。 見る?」
やはり考えることは皆同じである。
「見せてくれるなら見る」
「うん、これなんだけど――」
「クワァ!!」
「うわあああっ!?」
「あっ」
それは一瞬の出来事であった。
ユーノが首にかけていた赤い球のついたネックレスを外し、それを俺に手渡そうとした瞬間、そのネックレスを横からカラスがかっさらっていったのだ。
そのあまりの出来事に俺達はしばし呆然とせざるを得なかった。
「…………」
「…………」
「……どうする?」
「……助けに行ったほうがいいと思う。 さっきから悲鳴のような念話が全帯域で発信されてるし」
「え、それ俺には全然聞こえないんだけど」
「念話は魔力資質がある人にしか聞こえないからね。 正直ちょっとうるさくもあるから今はサニーが少しだけうらやましいよ」
ユーノは疲れた声でそう言った。
俺なんかだとバールの悲鳴を聞ければその日は安眠間違いなしなんだけどな。
俺は手元で月の光を反射して鈍く輝く自分のデバイスを見ながらそう思った。
「でも今日はもう遅いから探しに行くのは明日にしようか」
「そうだな。 俺たちも今日はいろいろあって疲れてるし。 もうそれについては後に回して今日はもうとっとと寝ちまおう」
「うん」
この疲労感は船の中でやっていたトランプでの心理戦が原因だろう。
お互い無駄に読みあっていたことによる疲れが今も俺たちの思考能力をガリガリと削っている。
そして何よりもう眠いし遅いし周りは暗い。 まあ別に暗いのが怖いとかそういうことはないんだけどね。
でもほら、こんな時間に子供が一人歩きしてると補導とかされちゃうじゃん?
だから俺はユーノの発言に全力で同意したのだ。 だぁら違えっつってんだろファッキンデバイス。 お前なんて割れてしまえ。
「あー、でもこれでますます扱いづらくなりそうだよ」
「デバイスがか? なんでまたそんなことになるんだ?」
「僕とレイジングハートは余り相性が良くないからね。 たぶん僕の魔力量が彼女の理想値に届いてないからだろうけど」
そう言ってユーノは深いため息をついた。
確かに相性問題って何処にでもあるからなぁ。
お疲れ様です。
こうして俺たちの最初の捜索対象は『ジュエルシード』ではなく、『ジュエルシードを入れる容器用インテリジェントデバイス』に変更された。
この予想外の大ブレーキに俺はちょっとだけ先行きが不安になった。