<思考盗撮、、、ゼスト·グランガイツ。>
ほの暗い緑が縁取る空間。コンクリートと精密機械で形作られた輪郭が、ぼやけているのは非常灯の輝度のせいばかりではあるまい。揺れる意識を奥歯を砕けんばかりに噛む事で繋いだ。
満身創痍。武装した違法生命研究を追って隊を率いて突入した施設で、待ち受けていたのはA.M.F.という魔法を封じる最悪の罠。ミッドチルダ首都防衛隊という地上のエリート魔導師の集まりが、ただの的となって無人機械の使う質量兵器の前に命を散らす光景は未だかつてある筈の無かった悪夢だった。魔力をあまり使わない、身体能力を強化したベルカ式の近接戦闘スタイル故に影響の少なかった自分が撤退を命じ隊長として殿になり、そうやって逃がせた人数も多くは無い。
「悔しいだろうが、一人でも……逃げ延びてくれ………っ!」
槍を小刻みに振るい、襲い掛かる鋼の人形をズタズタにする。捨てゴマとした己の命はとうに諦めた。自分に残された道は、際限なく涌いてくるロボットを相手に暴れ回り、少しでも部下達が逃げ易くなる様にする事だけだ。
空調などとうにいかれているのか、荒れた気管が傷んで軽く噎せる。A.M.F.に妨害された薄い障壁を破り弾丸が頬を掠める。足が思う様に動かず、無人機械のアームに脇腹を軽く裂かれる。
そうして傷と疲労を刻々と増やしながらも、一機でも多くと無人機械を破壊していく。修羅の境地すら見え始めた末の風景は―――、
「その健闘は称賛に値するが、ここまでだ。勝ち目は無い、大人しく――――散れ。」
「………っ!」
兵器の演習場か何かだろうか、屋内で妙に開けた空間に出て。まるで決闘の観衆の様に自分を中心として無人機械が輪を描いて、その中から場違いとも言える様な少女が歩み出る。華奢な体躯は―――しかし、戦闘用と思しきスーツと戦士としての鋭い眼光が哀れな戦場への闖入者である事を否定していた。
まだ子供、しかしそれがゼストらの追っている研究の産物―――ヒトに機械部品を埋め込み改造を施された戦闘機人ならば、見た目や実年齢すら戦闘能力と一致しないだろう。
眼前の少女がナイフを構える。周囲の無人機械達はA.M.F.を強化する役割を持っているらしく、もはやバリアジャケットすら消えそうだ。
(ここまでか―――っ。)
抵抗の意を依然見せながらも諦めかけたその時。
漆黒の隼が、翔け抜けた。
「「な――――っ!!?」」
空を躍る黒い影が、次々と無人機械達に体当たりしては真っ二つに切り割いていく。いや、時に鋭角的に、時に一直線に翔ぶそれは鳥ではなく………。
(………扇?)
ゼストの類稀な動体視力によって漸く視認出来る、幾つもの幅広の短刃を連ねたそれ。如何なる武装を使わせる事すらなく機械を鉄塊へと変えるその武器はひたすら蹂躙する凶鳥。
秒間に実に数十メートルを斬り抜きながら、自在に機動を変化させる様な存在に対しゼストも機人の少女も為す術なく周囲の殲滅を見守るだけだ。出来る事は、せいぜいその刃が自分に向かって来た時に防げるように構えておく事くらい。
こうなれば、無人機械が崩れる度にA.M.F.が弱まり魔法が再び使える様になっていくゼストは多少精神的に安定する。無論、見るに不吉な黒い影に対する警戒は怠らないが、それよりも半ば恐慌を来したのは目の前の少女だった。
「馬鹿な、何者だ?あのA.M.F.の中で此程の威力、まさか私達と同じIS………っ!?」
気持ちはよく分かる。あの速さと鋼鉄をバターの様に切断する殺傷能力、もし自分の隊で不意に接敵していれば先程以上の壊滅の危機に陥るだろう。それでがりがりと削られているのは自軍の戦力なのだ。
結局、全ての無人機械を斬り伏せ、扇は持ち主の元に戻る。地に転がる残骸の向こう、凛と佇む女性。大人に成り立ての様な瑞々しさを持ちながら、闇にも紛れる黒髪や紅く輝く瞳は魔性のもの。硝煙薫る戦場でまるで普段着の様なブラウスとロングスカート姿のちぐはぐさ。帰ってきた扇を受け取った手はひらひらと空を扇いでいる。
「「………。」」
果たして、敵か、味方か。緊張感を最大にする二人。
そして、その緊張感もまた、
「えっと、こちら『メスブタ』。対象を捕捉、保護に移ります。おーばー?」
「「………、………………!?」」
なんとなく、斬り裂かれたのだった。
『こちら「ヴァサーゴ」了解。わたしはこのまま深部まで殲滅続けるから、そっちで適当にやっといて。』
『「アシュタロン」以下同文。ふふふ、母さんが今までにない程強く求めてるんだ。あの木偶達を壊し尽くせ、って!やるよぉっ、じえぇぇぇぇぇのすぁぁぁぃぃどっっ!!』
呆気に取られる二人に追い討ちを掛ける様にノイズ混じりの声が、いつの間にか女性が持っていた無線機から聴こえて来る。
「え、え、でも………命令はゼスト隊離脱の援護が最優先だよ?わたし買い物してるとこフェイトちゃんに拉致られて来ただけで、正規の戦闘員ですらないのに――――、」
『『そっちの方が手っ取り早い。』』
「ぅぅ………。もう、しょうがないなぁ、なのはちゃんは。」
いいのかそれで。『しょうがないなぁ』で済ますのか。
今のやり取り―――キーワードは『命令はゼスト隊離脱の援護』『黒き破壊<アシュタロン>』『なのは』『フェイト』辺り―――でなんとなく女性の正体に予想が付いた、というか朧気ながら面識があった事も思い出したゼストはつい内心でツッコむ。何故補佐官が前線に引っ張って来られているのかは考えない。あの高町なのはに常識を求めるのは徒労でしかないからだ。
「でも―――、」
『どうしたの「メスブタ」。』
「……それ。そのコードネーム、なんとかならない?なのはちゃん達はなんか本格的なの付けてるのに。」
『嬉しい癖に。』
「………………ぁぅ。」
そんなゼストを置いてまたはっちゃけたやり取りを少しだけ続けた後、首都防衛長官直属特殊編成部隊高町なのは一等陸尉補佐官·月村すずか一等陸士は無線を切る。
――――唐突に場の空気が変わった。
スカートの裾を軽く払う、その仕草だけでそれがまるで舞踏会用のドレスであるかの様な錯覚を与える。先程感じた魔性は決して気のせいではなかった。肌の凍りつく覇気が、本能に形振り構わぬ逃走を促す。曰く。
「まあ、そういう訳で。あなたを捕獲しろという命令も下っていない事ですし、排除してからそこのゼスト·グランガイツ二等陸佐を保護しますが、構いませんね?」
魔法や戦闘能力などという次元ではなく、ヒトとして存在の根本からアレには勝ち目が無いのだと。
扇剣を一度閉じ、また開いて少女に向ける。
「ああ、安心してください。生まれからして既に違法なあなたには人権すら保証されていません。ですから、きっちりと――――、」
ワラう。ちらりと見えた鋭い犬歯が、赤く染まった幻視。
「元がナニだったかも判らない程に塵殺してあげますよ戦闘機人<サイボーグ>!」
ああ、ゼストはつい先程まで自分を殺そうとしていた敵に心底同情した。解っているのかいないのか、報われる事の決して無い抵抗をしようと腰を落としてナイフを投げた少女。誘導出来るのか曲がるナイフは、しかしあの凶鳥とは速度もトリッキーさも比べモノにならない程劣る。爆弾の様にいきなり破裂したのも、ただの手品程度でしかなかった。
煙の中から獣よりも素早く突き抜けたすずか。予備動作『しか』見えない一閃と共に、少女の首が器用かつ残酷にも皮一枚を残して抉られる。シャワーの様に噴き出す血。ふと思いついたかの様に細い手をその飛沫の中に差し入れ、付着した紅を舐め……不快げにえずく。
「、うぇ………まさかこんなっ、人工血液より酷い味…!最悪!!」
第三者から見れば意味の判らない怒りのままに、もの言う事のなくなった少女にすずかは扇剣を叩き落とした。何度も、何度も。上位者の機嫌を損ねた者の末路。飛び散る機械部品と肉片と、それ以上の鮮血。グロテスクに躍る命の残滓。
その中を扇で舞う女という情景は。まさに文字通りの『血祭り』だった。
プツッ―――――。
<接続終了。>
※時系列とか気にしない。
※名前すら出ずに五番退場。
※話が飛びまくるのは何時もの事と言うことで………なんとか次話で繋げるよう頑張ってみます。