<思考盗撮、、、オーリス・ゲイズ。>
次元世界の中心、ミッドチルダの治安と平和を守る時空管理局地上部門、通称『陸』。次元世界のあちこちに艦艇で駆けつけロストロギアや次元震に立ち向かう管理局の花形部門である『海』に予算と人材を取られながらも、その中心で辣腕を振るい日々犯罪と戦う鉄の男、レジアス・ゲイズ。そんな父には最近名前を口にするのも忌々しい人物がいる。
高町なのは。
管理外世界から来て、何故かあちらからすれば他所の世界を専門に守らなければならない『陸』に志願してきた変わり種の少女。魔導師ランクは最近Sに届き、『陸』では首都防衛隊隊長ゼスト・グランガイツに並んで双角を成せる程の逸材。
実力には文句を付けようが無いし、仕事も早く正確。だが、問題は態度だった。
規律や命令の違反ギリギリの所を見極めて好き勝手するきらいがある。犯罪者相手に『最短スコア』だの『ノーミスクリア』だのとまるで遊びか何かの様に言い、書類は補佐官に任せっきりでどうしても自分のサインが必要なものをろくに見もせずに適当に名前を書くだけ。しかも最低限の義務以上の事を全くしようとしない。挙げ句にぶつぶつと独り言を繰り返す癖があり、他の陸士達とコミュニケーション不全かついらないトラブルをよく起こしている。
止めに彼女の補佐官をやっている月村すずかに聞き出した『陸』への志望理由が、
――――ほら、『海』ってなんか艦であちこち回るから休暇とか不定期になりそうじゃないですか。あと地球……ああ、第97管理外世界のゲームしたりアニメ見るのに規格合わせとか色々と改造出来るスペースが要る―――まあ実際にやったのは私ですけど―――からかな。艦の中だとそういうのやりにくそうですし。なのはちゃんはなんでも自分が楽しければそれでいい人ですから、人生全て『誰かを助ける』とか高尚な使命に懸けるなんてあり得ません。
なんとも楽そうな生き方だな、と半ば呆れながらもそれを伝えられた父の血管が切れた音は今でも耳に残っている。
高町なのはにとってこの仕事は魔法を使って敵を倒すゲームかつそれで給料を貰えるだけの仕事で、それだけに全てを懸けるつもりはなく自分の趣味にも邁進しているのだ。そんななのはの態度はそれこそミッドチルダの治安に人生全てを懸けている父には断じて許せないものがあるのだろう。
彼女が起こすトラブルの中には、彼女の考え方に反発した正義感溢れる陸士とのものも少なくはないと思われる。まあその悉くを高町なのはは時には口で、時にはSランクという事で最低限上げざるを得なかった立場(監視の意味も籠めてレジアス直属部隊)によって、あるいは問答無用の力ずくで叩き伏せて来たのだが。巧妙な事に相手に殆どの責任を負わせられる状況にしてから。
今ではすっかり彼女に真正面から何かを言える人間は少なくなり、陰口を叩かれる始末。主にその内容はと言えば、行き過ぎにも程がある捜査の強硬さと犯罪者への果断さで有名なフェイト・テスタロッサ本局執務官との交友関係をあげつらうもの。『海』のテスタロッサ『陸』の高町、管理局が抱える問題人物トップツーとか。魔王夫妻とか―――夫がテスタロッサ執務官な扱いの辺りもしかしたらあちらの方が酷いのかもしれない。直属の上司として高町なのはのトラブルの度に仕事が少しだが増える父の秘書としては、テスタロッサ執務官の周りにいる人達とは仲良くやれそうな気がする。
だが、そんな彼女でも『陸』には滅多に来ない高ランク魔導師である事には変わりない。彼女のおかげで命を落とさずに済んだ陸士も、何より犠牲になる事の無くなった市民だって多くいる筈だ。寧ろ、だからこそ、か。実力を持っていながら信念の無い心構えが何よりも父にとって許せないのだろう。
さて、そんな高町なのはの考察を何故今しているかと言うと。
「決闘状、ですか?」
「うむ。名目上では模擬戦だが、実質そうだ。」
「リミッターの全解除、郊外の屋外訓練所使用許可。それに三等空尉がわざわざ一等陸尉を指名して………。成る程。」
「高町がどこで因縁を拾っていても何時もの事だが、これだからベルカは。無駄に手間を取らせるだけだと言うのに。」
高町なのはへの模擬戦の申し込みの書類を見て眉を潜める父。
「断るのですか?」
微妙に男の子な部分のある父には決闘という概念は好ましいものだと思うのだが、ベルカ教会嫌いの関係で『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』のだろう。そこは追求せずに話を進める事にした。
「いや。何故かハラオウンの方からもやれと要請が来ている。」
「『海』のリンディ・ハラオウン提督がですか?航空武装隊員と地上部隊員の模擬戦に口出しを?」
どう考えてもお門違いだろうに、と暗に込めた問いを流す父。
「ふん、『海』の雌狐の事情など一々把握しておらんわ。しかし、小さいが奴に貸し一つと思えば承認とスケジュール調整程度は安いものだろう。」
「………そうですね。しかし、だとすれば配慮して彼女には手加減する様に言っておくべきでしょうか?資料によると相手はランクAAとなっていますが。」
「お前は………。」
「?……あ。」
言って、父に呆れた眼で見られてから気付く。あの高町なのはが胡麻擂りをやってくれる可能性など一分も無いに決まっている。沈黙が非常に痛かった。
八つ当たりの様に高町なのはの対戦相手のプロフィールの顔写真を睨んだ。ミッドチルダでは中々見ないタイプの顔つき、可愛いとは言えるがどちらかと言えば高町なのはに似ている。………そういえば、彼女とて中身を完全に無視すれば可愛らしい女の子だな、と考えてしまった。
しかし、二ランク上の相手、それも『魔王の嫁』に正々堂々と挑むなど正気なのだろうかこの少女は。
この――――ハヤテ・Y・グレアムという少女は。
プツッ―――――。
<接続終了。>
<思考盗撮、、、リンディ・ハラオウン。>
嫌に晴れ渡った空の下。リンディは立ち上がった少女にため息を吐いた。
「……本当にやるのか、はやて?今からでも、リミッターを掛けてもらうくらいは――、」
「ええって。これ以上待てへんのや。どうしても、せなあかん。」
新しく出来た妹の様な少女に心配そうな声を掛ける息子にも耳を貸さず、強情な顔で向こうだけを見ている。自身にも頑固な所があると自覚しているクロノが、処置無しとすぐに引き下がった。ここに至るまで、散々繰り返したやり取りなのだから。
梃子でも動かないはやての態度を見ずとも、解ってはいるのだ。はやての焦りも、憤りも、遣る瀬なさも。この数年、ずっと見て来たから。見ずとも、境遇を聴いただけでさえ想像出来る筈のものだから。
――――見ていられないものだった。自傷・錯乱・虚脱・人間不信。僅か九歳だった少女が二度も家族を失ったのだ。しかも二度目は、他人に殺されるという形で。殺した人間は、今回の事件だけでも何人もの罪の無い人々に重傷を負わせてきた危険なロストロギアのプログラムに襲われたのを返り討ちにした緊急避難―――『正当防衛』ですらない、なにしろヴォルケンリッターに人格が認められていない以上彼女らは『器物<モノ>』なのだから―――でお咎め無し。第三者ならば確実にヴォルケンリッターが悪いと口を揃える状況で。
そうした声を聞かせない様にリンディらは気をつけていたし(もちろん例の惨殺映像など見せていない)忙しい仕事の合間を縫って出来る限りはやての事を気に掛けていた。だが、最初の半年は食事も喉を通らず誰の言葉にも耳を貸さない有り様で。全て夢だったらいいのに、と一言だけ呟いた痛々しい様子はよく覚えている。
正直、あれから立ち直れたのは奇跡に等しいと思っている。その過程を語れるとすればはやて自身だけであろうし、語るにしても一朝一夕で終わる様な単純な話では決して無いに違いない。現実を拒絶し生きる人形となる事も覚悟していただけに、今不器用でも前を向けているはやては強い娘だと思う。
(――――でも。)
もう少しでも、待って欲しかった。せめて相手との魔導師ランクの差が一つになるくらいまでは。
相手は『魔王の嫁』高町なのは。その奇怪な言動と逸脱した思考原理で周囲と激しい摩擦を起こしながらも、『陸』の主力として犯罪者達を震え上がらせるSランクの名は伊達ではない。まして彼女の持つレアスキル『ギガロマニアックス』の凶悪さ―――あれが上限でない可能性すらある―――は解っているつもりだ。非殺傷設定に出来ない以上登録もされていないレアスキルだが、裏を返せばその補正を受けず純粋な魔法の実力だけでSランクを勝ち得ているという事でもある。
はやての勝ち目は殆どゼロ。それだけならまだいい。非殺傷にはしているだろうが、模擬戦でもあの高町なのはがはやてに容赦するとはとても思えなかった。
補佐官を隣に到着した彼女を遠目に見る。はやてがきっと睨み付けているのと見比べながら、あるいは彼女を管理局にスカウトしなければ、と詮無いifが頭を掠めた。
リンディは、決して才能や実力だけで高町なのはをスカウトした訳ではない。人材収集癖と息子に呆れられる自分とて人格の考慮くらいする。考慮したからこそ、彼女を絶対に管理局に入れるべき、と判断したのだが。
あの映像でリンディが最も衝撃を受けたのは、年端もいかない少女が躊躇いなく人を斬り殺す光景そのものだった。あの時点で彼女は敵がプログラム体(はやての話では実は人格があったらしいが)である事を知らなかった筈だ。つまり、同族殺しに何の忌避感も持っていないという事で、何より一児の母としてそんな子供を放置する事が出来なかった。生憎何処で魔法を知りデバイスを得たのかいまいち判然としなかったが、彼女の力は管理外世界では絶対に持て余す。倫理観を矯正しその力に振り回されない事を願って管理局に入れたのだ。
――――それが何の意味も無いという事実に気付いたのは何時だっただろうか。
彼女は人の最低限の規律を守る事は出来る。かくあるべしという規範意識からではなく、他人に必要以上に煩わされない為に。高町なのはという人間はそこで完結してしまっている、決定的に違ってしまっている。何より恐ろしいのは、自分が高町なのはという単位で完結し自分以外の全ての人間と違っている事を自覚し、それでもなお社会の中での自らの位置を確かに出来るという事だ。
だからこそ自分が―――管理局が―――何をしようとも彼女に出来る干渉は無い。それでも無理矢理干渉しようとすれば?決まっている。あのヴォルケンリッターの様に、高町なのはというバケモノの闇に喰われて消えるだけだ。あくまで管理局の紹介という形を取ったから今自分は幸運にも無事なだけで、もし入局の強制など手段を間違えていたらと思うとぞっとする。
時間が迫った。長く考えにはまっていた様だ。あるいはその瞬間が来て欲しくないという願望か。
形ばかりの握手を交わし、所定の位置に付く二人。監督役の合図と共にデバイスを起動する。高町なのはは、デザインこそオリジナルだがミッド式ではありふれた杖型のデバイス。そしてはやては、
「頼むで。――――――レヴァンテインッ!!」
家族の形見の剣型デバイスを構える娘の様に想っている少女に、リンディは祈る事しか出来なかった。
<接続終了。>
※さりげに初めての前後編。
※番外編のすずかsideについて普通にアウト判定を出されまくったのでxxx板(http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=18&all=16746&n=0&count=1)にまるごと移動。まあすずかがなのはについていって補佐官やってる、とだけ理解しておけば十分かと。
※この話でのなのはの魔法への感情なんてこんなもの。
※リンディさんはギガロマニアックスの真骨頂『視覚投影・思考盗撮・五感制御』は知らず、あくまで物理的なレアスキルだと思っている。
※シリアスを決めようとはしているが、この世界ではまともな神経の人間から犠牲になるという法則が………。