<思考盗撮、、、猫?>
我輩は猫である。まだ名はない。
そんな猫世界伝統のモノローグをしたかどうかは定かではないが、その猫はある場所を目指していた。町内の野良猫に大人気のスポット、午睡に丁度良い日だまり。狭いブロック塀の上を器用に渡り、軽やかに木の枝に跳び移る。枝が体重で折れない内に更に跳躍。二メートル近い落下の衝撃を四肢のバネで殺し、そこに辿り着いた。
他の何処を探してもなかなか見当たらない、道場付きの日本家屋。その南に接する縁側が目的地だった。
「にゃー。」
しかし、運がいい。自分と同じく日向ぼっこに来た先客は一匹もいなかった。一人ニンゲンのメスが自分達のマネだろうか奇声を上げていたが、寧ろ好都合だ。猫達がここに来る理由は彼女か彼女の兄で、そうでなければわさわざ場所を固定しなくともその日の気まぐれで昼寝場所を決めればいい話なのだから。
猫は感情に繊細な生き物だ。構い過ぎると機嫌を悪くし、しかし好奇心の湧くものには飛びついてじゃれたりもする。自由気ままでいたいが独りはつまらない、というややこしい性質なのである。
そして、そんな猫達は彼女らを気に入っていた。兄の黒いオスは静かでしかし優しく暖かい雰囲気が。妹の白いメスは手慰みにじゃれたりはするが基本他に無関心でこちらの領域を全く犯そうとしない辺りが。
まあ、その猫は後者の方が好みだが、ニンゲンに飼い慣らされた猫はメスの方は苦手だろう。現に山の方で大量に一ヶ所で飼われている猫共は、白いメスが来ると一斉に逃げ出すらしい。
「………違う、って?もっと甘く?えっと、こう……『にゃあ』?」
「にゃー。」
「それでいて………、って、もう拓巳ってば注文が多いなあ。こう?『にゃ~』。」
しかし何をしているのか。メスは猫を両手で脇を挟む様にして持ち上げ顔の正面で視線を合わせながらこくりと首を傾げている。面白いのは、回数を重ねるにつれてどんどん猫の鳴き方とは離れて行くところか。
だが、視線は合っていても基本的に聴覚に重きを置く猫は分かっている。たまに自分を見掛けた通りすがりがやる様に鳴き真似で自分に話し掛けてきている訳ではなく、ましてや猫の鳴き声に似せようとすら思っていない。
―――それでも、正しいのだろう。『発情したニンゲンのメス』の鳴き方としては。
「にゃ~ぁ。……ちょっとずれた。え?…………拓巳!?それはハードル高くない!?」
「みゃ?」
「うぅ………その、えっと。すぅ~。」
中断したかと思うと、素頓狂な声を上げてから深呼吸を始める。相変わらず見ていて面白い。自分を持ち変えて膝に乗せ、背中を撫でまでしながらよくもまあ猫に何の感情も懐かずに自分の世界に集中出来るものだ。まあ、だからこそ野良猫達はこのメスが気に入っているのだが。
一拍の間。そしてメスが口を開ける。
なのは、がんばる。
「ご主人様、大好きにゃん!」
「…………。」
「ご主人様、大好きにゃん♪」
「…………。」
「ご主人様、大好きにゃん☆」
「…………。」
「………ご主人様、大好きにゃんww」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「………にゃ~。」
痛い沈黙が降りていた。メスは器用にも自分を撫でながらも頭を抱えて震える。
「………イタいの。あいたたた、なの。確かに拓巳のお願いは何でも聞くけど、これはなんていうかそれ以前の問題じゃ………………、え?萌えた!?GJ!じゃあいいや。うん?…………えへへ、ありがと。」
しかし、立ち直るのもなんか早かった。
一段落したのか、それきり奇行は影を潜め緩やかに和んでいる。
「ねえ、拓巳……うん、あの年齢詐称ミドリの話ね、どうしよう?………そうだね、怪しいよね。電波だし、仮にあのミドリの言ってた話が全部本当だとしても、絶対裏がありそうだよねー。」
「にゃー?」
和んで、いる?
「管理局、か。名前からしてなんかの一部門が権力闘争で成り上がってそのまま組織の名前として呼ばれる様になっちゃった感じの…………え、最初からその名前だって言ってた?…………にゃはは、実は半分聞き流してました。」
「にゃ。」
「……でも、だとしたら何を管理するんだろ?ロストロギアとかいうの?けど警察行政と司法も統括してるらしいし…………うん、わたしもそれは無茶だと思う。…………もしかして『世界全てを管理するのだーっ、わはは』とか言ってる組織だったりして。………にゃはは、まさかだよねー、冗談だよ冗談。」
「にゃぅ?」
「でも怪しい事には変わりないよね。九歳の女の子に突然話し掛けて『貴女には魔法の素質があります』だもん…………うん、新手の誘拐犯かと思った。話の流れによってはディソードでばっさり殺ってたかも。」
猫の前脚を軽く掴んでわたわたさせたりしながら少女は話を続ける。
「そもそも素質って何、みたいな。ユーノくんにもすごいって言われたけど、ジュエルシードの時もこないだの通り魔もディソードの力で片付けちゃったし。…………なんかお話染みてて現実感無いよねー。ほら、わたしどこにでもいる女の子Aだし。こんないたいけな少女をつかまえて悪の犯罪者や危険な古代の遺物と戦えなんて、なんて鬼畜な……っ。」
「にゃっ!!」
メスの胸を猫がぺち、と叩く。どうしてもそうしなければならない気がした。
「…………うん、まあ受けるって決めてるんだけど。だって面白そうじゃない。………ふふっ、『事実は小説より奇なり』なんて言いたくないけど、わたし一人の妄想よりもよっぽど面白い現実や他人の妄想があるから、この世界は楽しいからね。………享楽主義?別に何も悪くない。嫌なら脳味噌だけになって培養液にずっと浸かってればいいの。」
「にゃ~。」
「………しかし、そうなるとディソードは暫く封印かぁ………いくらジュエルシードのおかげで向こう二百年は大丈夫とはいっても、寿命を削る力を日常的に使う訳にもいかないし。……………あ、本当だ。今の発言中二病っぽい。わーい。」
「にゃ……。」
猫がほどよく遊び疲れたのを何故か一瞬で察知し、膝に乗せたまま放っておく。メスの顔を見上げながらも、猫は眠気が襲って来るのを感じた。
「………うん。でも拓巳とのお話だけはやめられないの。ずっと一緒なんだからね。……………だって、なのはは拓巳の嫁、だもん。」
「に……。」
「くすっ。ずっと、ずっとだからね。…………ずぅっと、愛してるよ、拓巳―――。」
プツッ―――――。
<接続終了。>
<思考盗撮、、、高町桃子。>
高町家の食卓は基本賑やかである。テレビなど点けていなくともコミュニケーションを欠かさない彼女らに話題が途絶える事は無い。父士郎と母桃子は結婚から十年過ぎた今でさえ年がら年中いちゃついているし、兄恭也と姉美由希だって互いを気遣う理想的な兄妹関係を築いている。そんなやり取りの中で時折BGMの様になのはの一人言がぽつぽつと聞こえてくるのがミソだ。
なのはの一人言にいちいち反応していたらキリが無いという事を学習せざるを得なかった彼女らは、なのはが何か言っていても笑顔で聞かなかったふりをする特技を全員習得済みである。そう、たとえ一人言の中で2ちゃん用語をにやにや笑いと共に呟こうが華麗にスルー。F言葉を可愛らしく文節に織り交ぜようが見事にスルー。高らかに十八禁ワードを天に吼えようがあくまでもスルーなのだ。本来なら小学生の女の子に対して家族がしていい事である筈がなく子供がいつグレても文句は言えない対応なのだが、なのははグレるを通り越して生まれた時から変態なので仕方ない。
そんな高町一家の食卓だが、極稀に、そう、緊迫した沈黙に包まれる一瞬がある。それは―――、
「お茶。」
「はいなのはッ!」
お茶。醤油。スプーン。『~を取って。』を省略した、お前はオヤジかとツッコみたくなる様な名詞だけの要求なのだが、桃子はどこぞのアメフト高校生もかくやの反応でそれに応える。
なのはは短い腕で届く範囲なら大抵無理してでも取るし、出来ないなら出来ないで諦めて生サラダをドレッシング無しでも食べたりする。どうしても飲み物が要る時などしかそれらを口に出さない為頻度は1ヶ月に一回あるか無いかなのだが、
『ちょっとオモテ出ようか?』
かつて家族全員が不幸にも一人言スルーフィルターを最大にしていた所為でなのはの飲み物の要求に気付かなかった時に、それに一番近かった恭也を謎のピンク色の光でガラスを突き破って庭まで吹き飛ばし言った台詞である。いや、あなたがオモテに叩き出したんでしょと思う暇もあらばこそ、いきなりの事態に何処からか取り出した二メートル強の両側にでも長すぎる剣で恭也に打ち掛かるなのはを抑える事も出来なかった。
後にこの時の事を恭也はこう語る。
『………九歳の妹が相手とは情けないが、あれが今まで俺が最も死を覚悟した瞬間だった。構えも雰囲気も素人そのものなのに勝てる気がしない。実際に対峙してさえ殆どの人間には分からないだろうが。』
それ以来なのは用フィルターは更に先鋭化し、なのはが何か外に向けて発信しようとする気配をも素早く反応出来る様になっていた。
………とある機会に遊びに来たアリサとすずかは寧ろそんななのはの家族に引いていたが。
『『『なのはは普段ずっと自分の世界で話してるから、気を付けてさえいれば外に発信する時の雰囲気の違いがはっきり判る。』』』
元々父母が十歳以上若作りで半分以上が暗殺剣術を嗜んでいる、どちらにも当てはまらないなのははと言えばご存知の通りな化け物家庭・高町家。こんな事を家族全員が断言出来る時点で更にいい感じになのはの汚染を受けていた。
さて、そんな彼女らであるから、その時も神速の反応を見せていた。実際に視界がモノクロかつスローモーションの状態で。
食事中、なのはが自分達に何かを言う気配。過去の悪夢を思い出さない為に全身の神経の末端まで意識を行き渡らせる。何が来ても即座に対応出来る様に。
だが。だからこそ。
「わたし、正義に目覚めたの!」
「「「…………は?」」」
なのはのいきなりの発言の意味を理解出来ずに、いや理解したくなくて全員が固まるしかなかった。
呆ける面々を置いて何故か演説が始まる。世界中で紛争に巻き込まれ故郷を追われた難民達や、災害に遭い今も苦しんでいる人々。いつの間に調べていたのかやけに詳細な数字も付けて、弱者の置かれた立場やらなんやらを切々と語っていた。
「今こそ、わたしは立ち上がらねばならないの!」
弱者に差し伸べられるべき救いの手。正義の名の下に悪を挫き平和を敷く行い。力あるもの、強者とは何か。
それはまるで聖人の様な語り口で、暇そうな爺さん婆さんやらが聴いていれば感涙に噎せた者もいただろう。だが聴いているのは人格的な意味では常識人の高町家であり、語るのがなのはでは胡散臭いにも程があるだけだった。
しかし、胡散臭いが故になのはの言いたい真意を図りかねて困惑する。
「と、いうわけでっ!!」
「「―――っ!?」」
何がどういう訳なのか。なのはの初めて見るかも知れない身振り手振りを交えた熱心な発言に気圧される。
気圧されたまま―――、
「………なんで私達、あんなの了承しちゃったのかしら。」
「何も言うな、桃子……。」
正義の活動的な感じで、スカウトされたらしい組織に参加する許可を出してしまった。
なのはの言う組織の名前は『国際連合平和福祉NGO法人管理局地上部』。調べるまでもなく、実在すら怪しい名前であるのは言うまでもないのだった………。
プツッ―――――。
<接続終了。>
※数年前はうるさいってだけで他人に斬りかかっていたのがディソード封印を考えたり、家族に向かっても何の躊躇いも無く電波を垂れ流していたのが学外活動の許可を求める様になったり。判りにくいけど成長はしてるらしいなのはさん。…………建前と詐惘と打算が混じりはじめてる辺り悪化と言えなくもないが。
※ていうかなのはが管理局に行くまでの話だけで一話分掛かってる……!?