<思考盗撮、、、フェイト·テスタロッサ。>
それは、まさに黄金の時代であった。
無限に広がる次元世界。その認識と裏腹に最果ては確かに存在し、そして有限の箱庭は秩序の下に美しく管理される。
箱庭の神の名は『時空管理局』。絶大な権力と権威によって全ての管理世界は意思を一つにまとめ『健やかな』発展を続け、一方で文明の黎明たる管理外世界に緩やかに干渉し野蛮さを徐々に排除していく。
調和に基づく統率された世界。そこに謂れの無い争いや悲劇は無い。生まれながらにして魔法の力を持つ者達が理想と大義を背負い、正義の力を以て悪を挫く。管理局に従わないものが即ち悪。正統な権力に反逆する者さえいなければ、人の世に憎しみも悲しみも振り撒かれはしない。だから『過たぬ者』たる管理局が全ての人の上に立ち導くのだ。そうすれば『こんな筈じゃなかった』なんて存在しない、栄建なる刻が悠久を保証されている。
そんな世界は――――、
「ジャスト一分。悪夢<ユメ>は見れたかよ?、なんちゃって。」
――――そう、悪夢だ。
理屈も立場も感性すらも関係ない。内なる母がそんな世界は許してはならないと否定した以上、フェイト·テスタロッサには一片の妥協の余地なく受け容れられない世界が、鏡が砕ける様に罅割れ崩れ落ちていく。己の傲慢を理想的に叶えた―――当たり前だ、あれが彼らの望んだ妄想なのだから―――幸せなマボロシが掻き消え、シリンダーの中で脳味噌だけになって存在している者達が狼狽えたのが判った。
『一体……っ。』
『な、何!?』
それを色の無い瞳で見下す己の親友。手には不可思議な光沢を放つ剣。量子観測と虚数界を内に宿し、認識と実在を歪み狂わせる『邪神の邪心<ギガロマニアックス>』、その力で彼らに『最期』の夢を見せてあげたのは餞か―――否、己が理想を叶えたと思ったらそれが全くの嘘だった現実に絶望させる為。
「まさか本当に脳味噌のホルマリン漬けがあるなんてね。現し世の柵を断ち切ったつもりならそのまま世界の勇者になる『現実』でも見続けてればいいものを―――第三者と共有する術を失った認識に正当性も不当性も存在し得ないのだから。欲を掻いて他者に干渉するから破滅するの。さよなら…………身体で感じるモノを捨て去ったゲーム脳さん達?」
遺言も残させずに、ディソードを薙ぎ払う。翻る刃の軌跡、シリンダーに傷一つ付けずに中身の脳だけを切り裂いた。
そんな奇術染みた光景を作ると、そのまま呆気なくなのはは踵を返した。
「あっ、なのは!」
「……何?」
「ありがとう。なのはのおかげでこんなに楽に行ったよ。」
何の感慨も無く歩いて行くなのはの後ろ姿に、フェイトは感謝の声を投げた。
管理局最高評議会の成れの果てを背に小走りになって、なのはの横に並ぶ。
ゼスト同様にレジアスの動きに不信感を持ち、独自の方面から調査を進めたフェイトはその強引さと果断さもあって深い真実まで辿り着いたのだった。背後の脳味噌三人が犯罪者と繋がって違法研究を行っていた事のみならず、彼らが目指した世界まで。フェイトの横暴捜査はいつもの事だから周囲も警戒しなかったのがその成因らしいが。
知ったフェイトは、まず母にどうするべきか相談した。彼女に『自分で考える』という言葉は無い―――絶対に間違いを犯さない母という存在が常に傍にいてその必要が無いから。
『殺すのがいいわ。馬鹿は死なないと治らないから。』
『うん!そうだね母さん、分かったよ。』
こうして現実時間僅か二秒で全次元世界で最も権力を持っている筈の者達の抹殺を決意したのだった。
彼女が従うのは法でも正義でもない。従うべき信念がそもそも存在しない。たとえなのはにおままごとと言われようが、母の言う事を忠実に守るだけだ。その意味では、彼らの目指した法と正義で管理された世界と最も相容れないのがフェイト·テスタロッサだったのだろう。
とはいえ、彼女にも容赦はなくとも思慮はあった。仮にも最高権力者の部屋には執務官と言えどおいそれと近付く事も出来ない。まして脳味噌の状態で殆ど誰にも姿を見せない彼らは管理局本局の最深部に構えている。行くにはどうすればいいか、思い当たったのは親友の顔だった。
ギガロマニアックス。視覚投影、思考盗撮、五感制御。その力で最高評議会と繋がった高官を操り、冒頭の場面に入った。用済みの高官はもう始末してある。
「でも、結果的に全てわたしがやった事になるね。他人任せっていうのはフェイトちゃんらしくないの。」
「最善がこれだってだけだったから。ダメなら別の手段を取ったし。」
「別の手段?」
「執務官<私の>権限で入れる一番深い所から、奴らの部屋まで真っ直ぐSランク砲撃を叩き込む。」
「………ふっ。」
歩きながら、なんでもない事の様な気安さで出した言葉になのはが失笑する。
「時空の海に浮かぶ要塞。いくら天下の管理局の本拠でも、その内部から発動した天災クラスの魔法に対処出来る手段は無い。九割方取れると見てたよ。」
「その余波で何百人もの巻き添えを出しながら、ね。運悪く魔力炉に『引火』して暴走でも始まれば、本局勤めの万単位の人員が全滅なんて事態もあり得るけど。」
「それは御愁傷様、不幸な犠牲者だ。遺憾には思うけど必要な犠牲だし、僅かでも最高評議会に協力していた彼らにも非が無い訳じゃない。」
「にゃはは、言ってる事もやってる事も完全無欠のテロリストだねー。………全次元世界を敵に回す、史上最悪の犯罪者になるの。」
別にそれでも構わなかったが。
管理局執務官なんてやっているのは、それが母が示す道に最も重なっているからだ。敵になったとしても、無視して邪魔になる場合は排除すればいいだけ。
ただ、横のなのはが本気で敵に回ると勝てる気がしないな、とは思った。
「………うん、だからなのはが協力してくれてよかったよ。」
その意味も込めて返事をしたが、なのはの反応は呆れた様な溜め息だけだった。
「でも意外だったな。」
「………何が?」
「なのはが協力してくれた事。最高評議会の事話しても、面白がりながら馬鹿にするだけで放っておくと思ったし。」
そう、元々はなのはをあまり当てに出来ないと思っていたから、研究所突入の時の様に月村すずかを駆り出す予定だったのだ。それも無理ならやはり本局ごと潰す作戦を取るまでだったが。
「嫌いなんだよ。おためごかしな強制を正義と勘違いして干渉してくる奴らが。」
「………、?」
吐き捨てる様に語るなのはにらしくないと感じた……その数瞬後、なのはもまた『まるで自分の発言に違和感を持ったかの様に』立ち止まった。
「―――違う。嫌ってるのはわたしじゃなくて拓巳。………でも何で?生まれてから今までの拓巳との会話は全て一言一句余さず覚えてる、そんな事拓巳は言った事が無い!なのに、なのになんでわたしは……っ!?」
そのままぶつぶつと焦った様に呟くなのはに、フェイトはいよいよもってらしくないな、と感じた。というか、なのはの動揺など初めて見る光景だ。
そうだ、らしくないと言えば。なのは全肯定の月村すずかは言わないだろうし他の連中はなのはと距離を取るから気付かないだろうが―――、
「なのは、最近一人言減ったよね。」
「――――ッ!!!」
決定的だった。何かが。フェイトがぽろりと溢した言葉に、なのはは目を見開きながら膝を衝く。
「…………にゃはは。ああ、そういう事なんだ。残念だなぁ……周囲共通認識が、それが無い事がどういう事なのか、誰よりも解っていた筈なのに。」
「なのは?」
「ジュエルシードでディソードのエラーは消せても、『高町なのは』のエラーは消せない。わたしが自分より拓巳を優先させる行動が、問題ないと認識される事が問題。誰に?型月厨っぽく言えば世界に、かな……。」
流石に心配になって呼び掛けるが、なのはは理解出来ない台詞を空に吐くだけだった。
「わたしも所詮は『高町なのは』という記号。中身がどう歪もうが何とも思われない、思われる事をわたしが拒絶してきた。………その結果が、これ。応報論なんて信じてないけど、そっか、結末はこれかぁ……。」
「………。」
―――本当に目の前の相手は高町なのはだろうか?
あまりにも唐突で目まぐるしい移り変わりに一瞬そんな考えすら浮かんだフェイトの腕が、いきなり強く掴まれる。
「っ!?」
「――――悪くない。」
顔を上げるなのは。視線はフェイトと合ってはいるが見てはいない。ただ微笑んでいる。
「――――なかなか、悪くない結末なの。」
只々、艶然と、陶然と、微笑んでいた。
プツッ―――――。
<接続終了。>
※魔王婦妻、本領発揮。
※最強モノの王道、『いきなりトップに干渉して無茶かつ不自然な理屈で問題をスパッと解決、でも何故か話は続く』。ナデシコやエヴァ逆行で何百と見たなぁ……。
※ブーイング覚悟なほど微妙過ぎた伏線の回収。指摘される前にやっときたかった……。