かれこれ、前世と合わせれば俺は都合30余年は生きている化け物、ってことになる。
前世があまり良い思い出がなかったせいなのか、あるいは元よりそういう破天荒な性格であったのか(できるならば前者を信じたいが)、この二回目の人生が始まってからというもの、前世なんていわば数ある青春の一幕でしかなかったと断じれてしまうほど、今現在の俺はブラックコーヒーがいっそ豆から煮出している時点で薄いわ!的な勢いで濃すぎる人生を歩んでいる気がしないでもない。
いやまぁ、個人的に言えば、マイラバーとのいざこざも十分濃いモンだったと思うんだけどさ。
けどな?
いくらそんな人生経験が(多少)豊富な俺とはいえ。
―――――小学三年生にガチ惚れし、魔法少女の戦いなんつぅー胡散臭いモンに巻き込まれ、挙句の果てにそのライバルさんの母上にご招待を賜わるような人生なんて、はっきり言って想像すらできなかった。
その上、いつの間にかつるむようになった周りの人間がほとんどガチお嬢様とか喫茶店という表の顔をした暗殺家系(思い込み)の末っ子とかという廃スペックの塊で、しかもこれが滅茶苦茶重要なんだが、魔法なんてものがここ最近、購入した新しいパソコンのIEが使いにくすぎて新しくブラウザを投入してみたらそれがデフォルトになった、みたいなノリで当り前になりつつあるなんていう二回目の人生を歩いている人間なんて、果たしてこの世界で俺を除いて存在しているだろうか。…………きっと、俺はナニか想像もできないような悪意に振り回されてるに違いない。
ただまぁ、それが死ぬほどつまらない上にまったく碌でもないようなもんなら発狂するしかないんだが、生憎ご褒美ってやつが上手い事用意されてるわけで。
……〝小学三年生の少女にガチ惚れしてます〟とか、俺の前世知る人間が聞いたら裸足で日本から生み泳いでハワイまで逃げかねんな。
そんな意味のない仮定すら考えてしまうほど、つまりはこの状況にテンパっているわけでして。
たった一度しか言わねぇからよく聞いとけよ?
俺は、ユーノとフェイトと一緒にすずかちゃんの家にお見舞いに行った。
だが、気が付くと俺は、いつもの仲良し組と一緒に遠見市にやってきていた。
幻覚とか超展開だとか、そんなチャチなもんじゃぁ、断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を、俺は味わってる気分だぜ……ッ!
「ちょっと時彦、何ぼさっとしてんのよ!」
「ほんだくーん! 置いてっちゃうよー!」
「大丈夫だよなのは。いざとなったら僕がバインドで連行してくから」
「俺の扱いの酷さに、全俺が泣いた!」
前方を意気揚々と歩く、そんな見慣れた三人組+α二つ。
つまり、金髪一号こと無敵の肉体言語姫アリサ・バニングスと、〝魔法は暴力!〟を地で行く高町なのは、そして月村家が次女にして我が聖祥大付属小学校最高の女神/アイドルこと月村すずかちゃん。
別名高町ファミリーズと呼ばれる三人娘に加えて、高町の馬鹿が桃色の暴力を得るきっかけとなった、イタチモドキのユーノが高町の頭の上でまったりし、そんな三人組とはちょっと外れて俺の隣をおどおどと付いてきている、高町のライバルと言うべきなのか――――金髪二号の水着魔法少女ことフェイト・テスタロッサが歩く。そんな五人と一匹が、ちょっと迷惑な感じに歩道を制圧しながらずんずんと歩いていた。
ていうか、むしろ付いていくべきは俺達で、フェイトは案内人の立場のはずなんだが……。
とまぁ、気が付いたら、こんな人数に膨れ上がっていたわけですよ。
ちなみに、こんなことになった経緯をすごく簡単に説明すると、
①すずかちゃんの家にお見舞いに行くと、何故かそこには高町とアリサの姿があった。
②高町は家の手伝い、アリサの奴は習い事か何かがあったはずなのだが、二人とも先にすずかちゃんのお見舞いで後回しorキャンセルしたらしい。
③すずかちゃんの容体は既に回復しており、二人が待っている間お風呂タイムとのこと。
④すずかちゃんのお風呂風景を想像して俺の脳味噌がハァハァ……ッ!
⑤隣にいたフェイトにみんな気付く。質問攻めタイムスタート。
⑥お風呂上がりのすずかちゃん登場。まだ乾ききっていない艶やかな髪に当てられて鼻血が出る。
⑦俺がフェイトの母上に会いに行くと言う事情を把握したみんなが、何故か付いてくることに。
⑧フェイトの住むマンションに向かう道中なう。
と、こんな感じになる。
……改めて振り返ってみてもわけわからんな。
そして無暗に連れて行く人数を増やしてしまったことで、フェイトに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……すまん、フェイト」
「え? う、ううん。大丈夫だよ。別に、母さんはトキヒコ以外連れてくるな、って言ってたわけじゃないし……ただ、来ても私の部屋で待っててもらう事になるけど、いいのかな?」
「構わんだろ。むしろおまけを連れていく羽目になってしまって申し訳ない。主にアリサと高町だけど」
「あはは……」
まぁ、問題ないようならいいんだけどさ。
ただ……フェイトの母上に会う以上に、今の俺には気になることがある。
「ねぇねぇ! フェイトちゃんの住んでるマンションって、アレなの!?」
「デカッ! すンごいデカいわよアレ!? ていうか、確かあのマンションって家賃ン十万じゃなかったっけ……?」
高町とアリサの奴が、ようやく見えてきたフェイトの住んでいるマンションを見ては、テンションの高い質問を繰り返している。
ちなみに、アリサの金銭感覚は既に修正済みだ。少なくとも、家賃がン十万するのは庶民からしたらアホみたいに高い、というレベルまでには。
……修正前は数百万でちょっと高いわね、というレベルだったことを鑑みれば、十分な成長と言えるだろう。
そして、二人の異様に高いテンションを困ったように受け止めながらも「うん、一応……」と答えているんだが、二人ともそんなフェイトに気を使う気ゼロだな。
一方で、意外と冷静なのがすずかちゃんだった。
太陽光をさえぎるように手を掲げ、遠くに見えるいかにも高級そうな小奇麗なマンションを見上げて感心しつつも、なんだかお嬢様らしい感想を口にしていた。
「確か、このあたりは地価が高いってお姉ちゃんが言ってたかな……それに駅も近いし、それにマンションの作りも有名なデザイナーの人が手掛けた、って聞いたことあるよ?」
「そうなの!? うわーうわー! フェイトちゃんすっごーい!」
「ふ、ふん。まぁ、確かに庶民には住めないマンションよね。一応、フェイトがすごいお金持ちだってことは認めてあげるわ!」
「あ、あのアリサちゃん? 別にそこは張り合わなくてもいいような……」
「う、うう、うっさい! とにかくフェイト! こんなことで勝ったなんて思わないでよね!」
「え、ええと……」
なんだか理不尽な怒りをアリサからぶつけられたせいで、フェイトはちょっと怯えながら戸惑っている。つーか何張り合ってんだあの馬鹿。
そんなアリサを宥める高町と――――すずかちゃん。
すずかちゃんは、ついさっきまでの学校での不調がウソのように、今ではその頬を若干薄いバラ色に染めて、普段通りの健康極まりない顔色になっていた。
笑う姿に無理している様子は微塵もないし、足取りもしっかりしている。学校で見た酔っ払いみたいな千鳥足なんて、まるで俺がいつもみたいに妄想した挙句の産物だったのでは、と疑いたくなるくらいだ。
……まぁ、健康ならそれに越したことはないんだけどさ。
――――――ううん、いいよ、ぜーんぜんへーき。あは♪
ただ、どうにもあの時の酔っぱらったような様子のすずかちゃんが気になって仕方がない。
いや、だってさ?
普通、血を見たとか舐めたとかで、そんな可笑しくなるもんか?
確かに、血を見て失神するなんて話はよく聞くけど、血を見るor舐めて酔っぱらうなんて聞いたこともないぞ。
そりゃぁ個人差があるんだから、世の中にはそう言う人間もいるだろう、とは思わないでもないんだが……どーも、俺のシックスセンスだとかセブンセンシズだとかいう、そんな〝理屈にできない直感〟が〝それは違う〟って言ってる気がするんだよな……。
だいたい、人間って自分の苦手なものを見たら普通気分が悪くなるもんだろ。それなのに、あの時のすずかちゃんは気分が悪くなってたというより、どちらかというと―――そう、ハイテンションになってたんだ。普通とまるっきり逆。酒を飲んで気持ち悪くなってテンション下がる人間に対し、酒を飲むとアホみたいにテンションあがって手がつけられなくなるとか、そんな感じの!
……でも俺、どーっかで〝あの状態〟のすずかちゃんを見たことあるんだよね。
まんまそれじゃないんだけど、雰囲気が似てるって言うか、それに近い状態っていうか。うーーーん…………。
「本田君? 大丈夫、気分悪いの?」
「ふぉほわはぁっ!?!!」
「きゃっ!」
「ご、ごめん。いきなりでびっくりしたから」
「ううん、私の方こそ……本当に、大丈夫?」
突如視界に躍り出た御尊顔に、俺のすずかちゃんセンサーが過敏に反応してしまう。
思わずその場から三メートルは飛びあがりながら後退してしまうと共に、そんな俺の反応に驚いたすずかちゃんが体を仰け反らせた。
いつの間にか、高町とアリサに囲まれるように歩くフェイトの後ろを歩いていたらしく、ソレに気付いたすずかちゃんが気遣ってくれていたことをすぐに理解する。
ただ、同時に今まですずかちゃんのことを考えていたのがばれたのかな、と不安になった。別にすずかちゃんを変に疑ってるわけではないけど、自分が変に疑われてると知って良い気分になる人間はいないだろう。だから、さてどう誤魔化そうかとちょっと焦りながらも頭を捻ってみるが……妙案は浮かばない。
ので、とりあえず全力で誤魔化しにかかることにした。
「ずぇんじぇんへーきっす! それよか、月村さんこそ、今日あんな調子悪くなってたのに大丈夫なん?」
「うん。ほら、車酔いみたいなものだから。少し休めばすぐに良くなるの」
「そんなもんですか」
「そんなものなのです」
お互いに「えへへ」と笑いあう。なんというか、短いやり取りでいつもの雰囲気に戻れたのが嬉しいと同時に、そこはかとなくこそばゆかった。
とりあえず、元気になったようでなにより。特に不調の原因が俺のせいだったこともあって大分気をモミモミしたので、この安堵感マジぱねぇ。
「本田君は切ったところ大丈夫?」
「おうよ。バンドエイドでちょちょいのぱっぱでんがな」
「ふふ。今度から気をつけないとだめだよ? でも、本田君料理上手だね。みんなへの指示も上手だったし」
「いあいあ、別にそんなことないって! むしろ月村さんの才能のありっぷりに本田君軽く嫉妬団!」
「くすくす。もう、また変な事言って誤魔化すんだから」
……あぁ、やばいなんだろうこの癒し空間。
間違いない。今この瞬間俺はリア充してると断言できる。今まで爆発しろって呪ってごめんねリア充のみんな! でもやっぱり俺とすずかちゃん以外爆発すればいいよ!
気がつけばお互いの距離は隣同士に歩く程に縮まり、ともすれば肩と肩が触れ合いそうになる。
恐らく、俺の人生の中において、すずかちゃんと隣同士で歩いていて最も距離が縮まった瞬間だった。
「あ――――」
「ご、ごめっ!」
だから、これは仕方ないことだったんだ。
人間、歩く際にはどうしても反動を利用するために手を振ってしまう。体の関節を駆使し、なるべく負担がないよう最も効率の良い駆動によって歩行を行うと言う〝人体の構造〟的な意味で、手を振ってしまうというのはどうしても避けられない事態なのである。
そして当然のことながら、お互いの並ぶ距離が縮まれば縮まる程、振った手が相手に触れてしまうという確率は比例倍数的に上昇していく。
そう!
だからこそ、俺の左の手の甲とすずかちゃんの手の甲が触れてしまっても、決しておかしくはないのであるっ!
しかしそこはほら、ボクチキンで有名な時彦ちゃんですから。ひこちんマジチキンですから。
触れた瞬間、すずかちゃんが驚いたように俺を見ると同時に、俺は飛び上がらんばかりに驚いて左手を引いてしまった。
……何故だろう。少しだけ、俺を見るすずかちゃんの視線に非難がましい色が混じったのは。
「い、いや……えと、ごめん」
「う、ううん。私のほう、こそ」
一瞬にして、それまでのゆるゆる癒し空間が超絶気まずい空間へと変貌した。
もうやだこのチキンランっぷり。
いっそ、触れあった瞬間にその手を握りしめるくらいのことはやらかしてもよかったんじゃないか、と今さらながらに激しい後悔が俺を襲う。
もしかしたら、「手を握る→本田君男らしい→だいすきっ!」みたいな展開が有り得――――無い無い。そんなん無いから。俺妄想乙。
しかしながら、さっきまでとは打って変わって一気に躁から鬱へと急転直下してしまったすずかちゃんは、踝まであるロングスカートの前で指を絡めて俯いてしまっていた。
それとほとんど同時に、俺とすずかちゃんの奇妙なやり取りに気付いた三人が振り返る。
……後で冷静に考えてみると、今この瞬間の俺とすずかちゃんの構図って、間違いなく〝俺がすずかちゃんをいじめているor困らせている〟以外の何物でもないよな。
そして、そんな構図を認識した金髪一号が、眉を吊り上げ犬歯をむき出しにして怒鳴りつけてくるというのは、高いところから重さの違う鉄球を落としても落下速度が同じなのと同じぐらい、当り前のことだった。
「くぉらぁ時彦! アンタ何すずかいじめてんのよ!」
「するかボケぇ!? 俺がいじめるのはお前と高町、あと最近はフェイトだけだ!」
「あんですってぇ!?」
「ふぇ!? なんでいつの間に私も入ってるの!」
「え、あの、トキヒコ? 私の名前もあったよ……?」
「……時彦。時々気味の地雷踏破スキルには心底感心するよ」
「何言ってるんだユーノ。やつらは元々核地雷じゃないか」
アリサ達の理不尽な逆鱗に触れてしまったせいで、あっという間に袋だたきにされる俺。主にアリサに肉体言語でお話されたわけだが、地味に高町がぺしぺしとほっぺを叩いてきたうえに、その間じーっと恨めしそうな目でフェイトの奴が俺を睨みつけていた。
無論、すずかちゃんはそんな俺達を見て滅茶苦茶苦笑していたわけだけど。
まぁ、こんな馬鹿なやり取りで少しでもすずかちゃんの機嫌が良くなったなら万々歳だ。
しかしながら、問題の根本的な解決になったわけじゃない。依然としてすずかちゃんへの疑念は残っているし、そもそも〝心の喉〟に引っ掛かり続けているこのもどかしさがなんなのかは、結局わからずじまいだ。
だがしかし、いつまでもそれを気にしているわけにもいかない。一度に二つ以上のことを考えて行動すると碌な目に遭わないというのは、この二回の人生上、嫌と言うほど経験していますので。
すずかちゃんへの疑問は相変わらず解決することなく、心のしこりとなって残ってしまっていたが、今はフェイトの母上との面談が第一だ。非常に、非っ常~~に断腸の思いではあるのだけどなッ! あぁ、早く終わらせてすずかちゃんとくんずほぐれつの御話合いをしたいDEATHっ!
そんな邪念のようで純水極まりない情熱を抱いたまま、俺達はフェイトの案内に従って、普通の人生を歩んでいたら間違いなく一歩も踏み込むことがなさそうな高級マンションのエレベーターへと乗り込んだのだった。
俺はすずかちゃんが好きだ!
「……つくづく私思うんだけど、魔法ってインチキも大概の技術よね」
「あぁ、珍しいな。俺も今まさにそう思っていたところだ」
アリサと二人並んで、互いに腕を組みながらうんうんと感慨深くうなずき合う俺達。
目の前に広がるのは青々とした緑匂う大草原。周囲一帯には色とりどりの花が咲き誇り、その向こうにはうっそうとした森林地帯が広がっている。
振り返れば、現代建築から退行しつつも、その芸術性を見るならば世界遺産に指定されても可笑しくないほど技巧の凝らされた奇岩城がそびえたつ。
早い話が、異世界だった。ファンタジーだった。日本じゃなかった。
「ていうかここどこだよっ!? 俺達さっきまでフェイトのマンションの屋上にいなかったっけ!?」
そう、俺達はフェイトに案内されるがままにエレベーターに乗り、気が付いたら屋上へと連れてこられていた。
無論みんなして首をかしげるばかりである。何故に部屋に入らずこんななんもない屋上へとやってきたのか。
下を見ればタマティンがヒュンッと恐怖で体の中に逃げ込みそうな程ヤバ高い高度。空を見れば憎たらしい青いあん畜生が無駄に無限に広がっている。
はて、何故こんなところに案内されたのだろうかと四人と一匹そろって首を傾げていたら、突然フェイトが魔法にお決まりの呪文を詠唱しだした。
驚く暇もない。
気がつけば足元に複雑怪奇な金色の魔方陣が浮かび上がり、ぐるぐるとゆっくり回転を始めると共に、俺達の体を包み込み始めた。
そしてフェイトの詠唱が終わると同時に、気が付くとご覧の有り様、というわけである。まったくもって魔法とは不思議な技術だね!
「えと一応、ここが私の家」
「なん……だと……っ!?」
「ウソっ!? アレが!?」
「すごい……」
「はにゃぁ………」
大草原から歩くことほんの少し。
案内されたのは、すずかちゃんの屋敷ですら小屋の何かに思えるような、あほみたいにスゲぇ―――――〝城〟だった。
大阪城なんて目じゃない。フランスのバッキンガム宮殿だって、装飾度でなら張り合えるだろうが、規模で言うならばこの〝城〟の方が圧倒的だ。
外から見た限り、それは黒い岩を削り出したかのような城塞に近く、目を疑うような細やかで細緻に富んだ装飾が随所にみられる。
幾つもの空を貫くように聳え立つ尖塔が、猛々しくその存在を誇示し、文字通りかつての中世ヨーロッパの時代に迷いこんだ気分を叩きつけてくる。
とにかくすげぇ。それ以外に言葉が出ない。
そして無論、そんな〝城〟を家だなんて言われた俺の反応と言えば。
「今までの数々の無礼、お許しを、姫殿下!」
「へ!? ひ、姫ッ!?」
ずざっ、と即座にフェイトの足元に膝をつき、頭を垂れる。
そんな俺の突然の奇行に、フェイトが後ずさりながら目を白くさせていた。
「あいやみなまで言わずともよろしゅうございます。その御身には深い御事情が御有りのご様子。しからば不肖この本田、その真意を汲み取り愚かな事を口走るこの口を噤むことを誓いましょう」
「あ、あのトキヒコ、違うから! 私別に御姫様とかそんなのじゃないの!」
「うん、知ってる。やってみたかっただけ」
「えぇー!?」
「はぁ……そんなこったろうと思ったわよ」
「にゃはは……」
「………」
俺の迫真の演技に見事に騙されたらしいフェイトは、若干涙目になりながら俺を睨みつけてきた。
長年の付き合いのアリサはそんな俺の演技を見抜いていたようで、腕を組んでさも呆れたとばかりに溜息をつき、高町とすずかちゃんは苦笑を浮かべている――――ん?
てっきり高町と一緒に苦笑しているかと思われたすずかちゃんは、何故かその表情を崩すことなく、無表情にフェイトを眺めていた。
なんだろう……正確に言うなら、フェイトを、というよりその後ろにある城を、だろうか。
ひょっとして、対抗意識とか?
こう、自分の家よりも大きい家に住んでるフェイトすごい、みたいな。
…………いやいや、ないない。それこそ、すずかちゃんに限ってそんなガチの貴族みたいな対抗心なんてもの程、縁遠い心情もないし。
しかしまぁ、既に高町やアリサと一緒に談笑してるところを見るに、単に俺の勘違いだろう。
それよりも、俺には機嫌を損ねたフェイトを宥めるというかなり重要で見逃せないタスクが残っていた。
「もうっ。トキヒコだけ置いてくよ!」
「うえ!? いや、ただの冗談なんだしそんな怒らないでくださいっ」
「知らない。みんな、こっち。トキヒコだけあっち」
「ちょま、フェイトそーん。その指が指してるの、なんか鬱蒼と茂った森の中っぽいんですが気のせいッスカー」
「もういっそ森の人になっちゃおうよ、時彦」
「黙れバナナ」
「スパイク・チェーン」
「いでーっ!? いだ、ちょっ、馬っ鹿ユーノこのやろう!? 地味に痛いとげとげ鎖とか悪質にも程があでーーーっ!?」
そんな騒がしい集団御一行、フェイトに案内されていざ、自宅訪問ならぬ自城訪問へ!
☆
城の中にあるフェイトの自室へと案内された俺達は、いつぞや見たナイスバデーなねーちゃんにもてなされ(何故か俺の顔を見るなり嫌そうな顔をされた)、それからしばらく経ってフェイトの母上から呼び出しがかかり、ついに念願の御対面と相成ることになった。
ちなみに、俺がフェイトの母上と面談する間、高町達はフェイトの部屋で待っていてもらうことになり、その相手は狼ねーちゃんことアルフさんがしてくれるとのこと。
そしてついさっき知ったのだが、このアルフというねーちゃん、なんでもフェイトの従姉とかそんなんじゃなくて、もっと深いところで繋がった関係――――使い魔なのだという。
いきなり言われた時はなんのこっちゃいと思ったが、目の前でねーちゃん→立派な狼→犬耳尻尾ねーちゃんと変身する姿を見せられたら、なんかこう、信じざるを得なくなった。身近に似たようなのが一人いるしね。
聞いたところによれば、使い魔と言うのはまぁ、ざっくりと言ってしまえば、術者(この場合フェイトだな)の命、あるいはそれに類する何らかの力を貰う等、術者との間で何かしらの契約的行為の基になり立つ従者というもの、らしい。
よくファンタジーな話に出てくる魔女が従えているものとか、日本なら、某国民的なアニメでも出ていることもあって、その知名度は結構高いだろう。
まぁ、詳細な事なんていまいちよくわからんから、その程度の認識しかないとも言い換えられるが、当事者でもない限り、別にその程度の知識でも十分と言える。現に俺がそうだし。
ともあれ、アルフさんはそんな立場の、いわばフェイトのメイドさんみたいなもんなんだな、と俺は納得することにした。すずかちゃんのファリン、アリサの鮫島のおっさんといった感じだろう。あ、ついでに高町のユーノもそんなもんか。
そんな益体もないような事を、フェイトの母上がいらっしゃるという広間へ案内される間、俺はつらつらと考えていた。
外見を裏切らぬ豪奢な内装と白亜の廊下を案内された先にたどり着いたのは、成人男性の身長の3~4倍はありそうな、重厚な木製の扉の前だった。
大人二人がかりでも開けるのが難しそうな扉を、フェイトは取っ手に手のひらをかざすだけで呆気なく開けて見せる。
やっぱりこういうのも魔法を使ってるんだなぁ、と妙な関心を覚えている間にも、年代を感じさせる巨大な門扉は、耳障りな甲高い音を響かせて黒い境界線を広げるように奥へと開いていった。
「母さん、トキヒコを連れてきました」
「そう。お入りなさい」
フェイトの静かな言葉に、まるでマイクで喋っているかのような、すさまじく反響音の利いた返事が返って来る。
扉の向こうに広がるのは、まるでどこかの大聖堂のような広大な空間。寒色で埋め尽くされた冷たい墓穴のような広間だった。
両脇には俺の胴の何倍もある支柱が立ち並び、その間の通路には、まるで玉座へ通じるレッドカーペットならぬブルーカーペットが敷き詰められている。
そして、その向こう側。広間の最奥――――異様なまでの威圧感と、この身を刺し貫くような視線を放つ、この城の主がいた。
フェイトに促され、その後ろに従うように俺はその主の元へと近づいていく。
最奥部に近づくにつれて、徐々にその玉座の主の容貌が明らかになって行った。
唇を彩る紫、生気の感じられない視線、艶やかな黒髪は神話の魔女の如く、ゆったりとしたローブを身にまとった妙齢の女性。
「……マジかよ」
フェイトですら聞き取れないくらい、それこそ呼吸の音に近いくらいのかすれ声で、そんな驚愕の声が漏れる。
俺はその女性の双眸に見覚えがあった。
その女性の眼差しを覚えていた。
そもそも、俺はその女性を〝知って〟いた。
――――プレシア・ベルリネッタ。
俺の記憶に残るその名前を、〝前世〟などと言うオカルトな現象をくっきりはっきりと覚えている俺が、忘れるわけがない。忘れられるはずがない。
フェイトという少女がマイラバーと瓜二つであったように。
その母親と言う人間が、瓜二つであっても何一つ、不思議ではないように。
〝前世〟においてマイラバーの母上と深くかかわり、そしてその因縁がこの世界でも再現されるのが運命だと言われても。
……今の俺なら、それを然りと納得し、受け入れることが出来てしまう。
「初めまして。私はプレシア・テスタロッサ。その子の生みの親よ」
傲然と、まるで遥かな頂きより虫けらを見下ろすような威圧感と共に、女性が低く、しかし高らかに名乗りを上げる。
そんな何気ないしぐさですらも、俺の記憶を想起させるほどにその所作が瓜二つすぎて――――思わず、〝いつものように〟軽口を叩きそうになってしまい、慌てて自制する。
ふと視線を感じて見れば、フェイトが心配そうに――無論決して態度に出さないものの――俺を見つめていた。
一応、安心させるためにもいつものようなヘラっとした笑みを浮かべたつもりだったんだが、緊張故に上手く出来たか自信がない。
だから、俺はほとんど逃げるようにしてフェイトから顔を見られないように前に進み出ると、なるべくいつも通りの声が出るように、腹に力を入れて挨拶を返した。
「ども、本田時彦っす。……で、俺になんか用と聞いたンすけど、なんざんしょ?」
「…………フェイト、下がりなさい」
「はい」
相変わらず、人の話を聞かないのはどこの世界でも一緒なんだろうかこの人は。ついでに、娘に対するソレも五十歩百歩といったところだ。
俺の返事なんか耳に入っていないかの如くシカトし、フェイトに一瞥をくれるプレシアさん。フェイトは恐縮そうに頭を下げると、そのまま広間を出て行こうと踵を返す。
「……ごめんなさい」
その時、短く、俺にだけ聞こえるようにフェイトが呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
思わず振り向いてなんのことだと聞きだしたい衝動に駆られたが、敢えて右手を振るだけに留めておく。
フェイトが無駄な謝罪をするような子じゃないのは、この短い付き合いでもよくわかっているつもりだ。それはつまり、この〝招待〟にフェイトが謝罪をせねばならないなにがしかの事情があることを意味している。
……ま、この人が黒幕ってだけで、そんなのは考えるまでもないんだけどな。
だから謝られる必要なんて全然ないんだが、そんな俺の事情をフェイトが知るはずもない。
再び、耳を削るような耳障りな音が響き渡り、巨大な扉のしまる音が心臓を貫く。
反響音の消えた広間には、肌の泡立つような静寂が沈み、対照的に俺とプレシアさんとの間では、無言の牽制が始まっていた。
そして、ついに暗黒奇岩城の主が、俺を見下ろしながら静かに問いかけてきた。
「単刀直入に聞きましょう。貴方――――どうやってジュエルシードを制御したの?」
「えーと……忘れちゃったー♪」
おそらく、この場にアリサがいたならば問答無用で後頭部をド突きまわされること請け合いな、実にふざけた態度の返事を返してやる。
無論、俺のそんな態度は想像もしていなかったのだろう。俺の唐突な切り返しに、黒衣の魔女は目を瞬かせて絶句していた。
……ま、お急ぎのところ悪いが、まずは俺の目的が最優先である。世の中、タダ程都合のいいものは無いっていうじゃない?
この世界に来てから―――正確には、フェイトと出会ったときから抱いていた疑問の答えを得る、まさに千載一遇のチャンスなんだ。
それを聞きだすまで、小学生の身とはいえ一歩も引く気は無い。
「あ、でも俺のもやもやが晴れたら、思い出せるかもー」
「……あら、そうなの」
白々しい俺の台詞を受けたプレシアさんが、ジロリ、と玉座の上から睨みつけてくる。
ホント、あいっかわらずの女王様っぷりですね。あながち、〝今世〟が〝前世〟の平行世界だという説は間違いじゃないのかもしれん。今まではそういう前提で生きてきたんだけど、今後は確定的な事実として捉えたほうがよさそうだ。すなわち、〝前世〟であったことは〝今世〟でも起こり得る、みたいな。
ともあれ、今の短いやり取りで、この黒い魔女様は既に俺が何を考えているかくらい看破しているだろう。少なくとも、〝前世〟ではそのぐらい頭が回る人だったからな。
言い換えるならば「知りたいことあるんなら、俺の質問に答えてからにしろや」という宣戦布告だったりするのだ。我ながら非常に遠回りでチキンくせぇことこの上ないが、仕方ない。ぼくまだしょーがくせーだもん!
ようは、最終的にミッションコンプリートすればいいのですよ。そのための手段なんて選んでられません。特にこの人を相手にした場合は。
つーわけで、だ。
せっかくの御対面なんだ。久しぶりの腹の探り合いと洒落こもうじゃありませんの。
――――なぁ、お義母さんよ?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いいわけぷれーす
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回は前後で分けます。
ちょっと長くなっちゃった。
とまれ、クロノ登場まであと少し。
そして修羅場期待していたスズカスキーの皆さま申し訳ない。
すずかとフェイトのやり取りに関しては、幕間で書きたいと思います。
例によって誤字がたんまりあると思いますが、生温くご容赦くださいorz
修正は気が付き次第したいとおもいまつ。
p.s
>ファリンは高校生くらい
ヒントつ「明らかに小学生高学年か中学生くらいにしか見えないファリン」は時彦の主観……ッ!