とりあえず脳味噌に沸いた変な疑問(すずかちゃんの眼の色がどうだったか)は隅に置いて、まずはすずかちゃんの荷物を回収すべく家庭科室へ着いた時。
ちょうどみんなが味噌汁を美味そうに啜っているのが見えたので、バターン!と勢いよく扉を開けて「俺、参上!」とかやったら、野郎のほとんどと一部の女子が味噌汁を噴き出して大惨事になった。そして、何故かその中にアリサと高町も紛れていたので、危うく二人にタコ殴りにされる寸前まで追い詰められかけるという、九死に一生の体験をするハメになった。
結局、先生に「月村さん早退です!」とだけ短く伝え、俺とすずかちゃんの荷物をひっつかむと大慌てで教室に逃げ帰り、残りの荷物を手早くまとめては保健室へと急いだのだった。
そうやってプチ命がけな短い旅を終えて戻って来ると、一体いつ連絡を受けていたのか、月村家筆頭メイド長のノエルさんと、その妹のドジっ子メイドという美味しい立ち位置を欲しいがままにしているファリンが、保健室の先生に深く御辞儀しているところだった。
校庭の方へと目を向ければ、校庭の一角に黒塗りの車――――ブルジョワジーの代名詞ともいえるメルセデス様が鎮座しており、そこでようやくこの学校が御金持ちの子息女が通う私立校だったことを思い出す。
やー、特待生でもなけりゃまずこないよなぁこんなとこ。つーか校庭にベンツって。
そんなことを考えつつ、さりげなーく空気になって風景に溶け込もうと、抜き足差し足で保健室の中へ入ると、目敏くもファリンのやつが気付きやがった。
「あ、本田くん。こんにちはー」
「ワタシ、ホンダチガウアル。フォンディー・トゥクィフィーコゥアル」
「むむっ、今度は中国人ですか。もう騙されませんよ。私こう見えても学習能力は高いんですから!」
「学習能力(笑)」
「うわひどっ! 今すっごい嘲笑されました!」
「ノエルさんちわーっす。まぁ、大凡想像はつきますけど、どうしたんすかこんなトコに」
「無視しないでくださいよー!」
〝ファリン=面白いヤツ〟という公式が俺の中で出来上がっているので、とりあえず会ったらからかうという反射的反応が出来上がっている。まだ出会って一週間も経ってないはずなんだけどね。
とりあえず涙目で自己主張するファリンを放置して、ノエルさんに挨拶。
「御健勝のようで何よりです、本田様。ファリン、ここは保健室です。騒いではいけません」
「うぅ……本田くん、出会い頭にメイドをイジメル気分はいかがですか? 私はとってもよくありません」
「ふはは俺はむしろ楽し過ぎて絶好調だぜ!」
ノエルさんと同じように、やや色素が薄いけれども銀に近いブロンドの髪を揺らしながら、ファリンがぶーたれる。髪の色がもっと濃かったら、すずかちゃんとしまいか何かと勘違いしそうなくらい、顔立ちはすずかちゃんとよく似ているんだよな、コイツ。
最初の頃はファリンにもノエルさんに対してするように慇懃丁寧な対応をしていたんだが、出会って初日―――つまりあのブルーデビル事件―――の時、明らかに小学生高学年か中学生くらいにしか見えないファリンに「本田様」等と呼ばれるのが嫌で、今のような関係に落ち着いた。つーか落ちた。
実際の年齢は知らんから何とも言えないが、まず俺よりも体は子供で頭脳は大人なことはないだろう、という意識があったからかもしれない。
それまでノエルさんに対するのと同じように、俺にしては殊勝にも分を弁えた緯度でファリンに敬語を使っていたのだが、気が付いたらお互いに同級生みたいなタメ語になっていた。一体なんの拍子だったかは忘れたが、ファリンに対してつい〝素〟で話し掛けてしまいそうになってた記憶がある。それこそ「おいそこのメイド」みたいなノリである。考えてみれば、すげぇ失礼な奴だな、俺。今さらだが。
とまれ、俺とファリンの関係とはそんなもんである。まるで長年付き合ってきた腐れ縁のような気安さが、俺達の間にはあった。
「それより、聞くまでもないでしょうけど、ノエルさん達は月村さんの迎えっすか?」
「はい。先程連絡を受けましたので、お迎えに上がった次第でございます」
「びっくりしましたよー。すずかちゃんがのぼせて倒れたって聞いたのは、本当に久しぶりでしたからー」
ファリンの口ぶりだと、以前にも何回かこういうことはあったらしい。
保険の先生の対応がどうりで手慣れているなと思ったら、こういうことか。
俺の記憶の限り――――とはいっても、親しく付き合うようになってから半年の間のことだが、すずかちゃんが血を見て保健室に行った、なんていう出来事はあまり記憶にない。
せいぜい、顔色を悪く……じゃないな。今回みたいに真っ赤にしてフラフラすることが何回かあったくらいだ。今回みたいに眼をグルグル回してぶっ倒れるほどのことはなかった、と思う。
それだけに、すずかちゃんを迎えに来たというノエルさんとファリンさんの組み合わせは、なんだか新鮮だ。
「お嬢様は既にお車の中にいらっしゃいます。御挨拶をされていきますか?」
「あ、そうなんすか。んー、いえ、やめときます。ただお大事に、って伝えてあげてください」
「……いいの、本田くん?」
「なんだその意味深な問いかけは。それよりホレ、月村さんの荷物」
と、手に持っていたすずかちゃんの荷物を、ファリンにぐいっと押しつけてやる。
正直を言うならば、今すぐにでもすずかちゃんに会って挨拶をしたいのだが、さすがに迷惑だろう、と思って自重した次第だ。
ただでさえ体調よくないのに、俺なんかのせいでこんなところに長居させるのは申し訳ない。俺だって、そのぐらいの空気は読めるつもりだからな。
荷物を受け取ったファリンは、なぜだか知らんが「素直じゃないんだから」とかいうわけのわからんことを呟いて俺を半眼で見据えた。
後ろでは、ノエルさんが保健の先生から預かった何かしらの書類を鞄につめており、2、3言葉を交わしている。
それも終わると、二人は再び深くお辞儀をして車の方へと去って行った。
若干――――いや、滅茶苦茶後ろ髪を引かれるような後悔を覚えつつ、ゆっくりと校庭を去っていく車を見送る俺と保健の先生。
すずかちゃんの体調が心底悪かったのは理解できているが、しかしだからこそ、せめて最後に一言くらいは挨拶しておくべきだったかな、と今さらどうしようもないことを考えてしまう。
……優柔不断は俺の常だ。バカは死んでも治らない、というのは本当らしい。
「さて、それじゃ時彦ちゃんは教室に戻りなさいな。患者さんがいない以上、貴方がここにいる理由はないでしょ?」
「くっくっく……そこらへんはぬかりないんだぜ。既に先生には俺も一緒に早退すると話を付けてある!」
「……まったく。それじゃ、さっさと帰りなさい。指の消毒はもうしたんだから、ここでサボってたらイケナイ子よ?」
「んにゃー、アリサと高町が終わるまで待つつもりっす。連絡はいれときましたしね」
「サボる気満々じゃない。んー……でも、ただ居座られるのはなんだか悔しいので、保健室の掃除でもしてもらいましょうか」
「っつかぇさまっしたー!」
「逃がさないわよ♪」
いざ保健室を後にせんと扉をくぐりかけたところで、首根っこ引っ掴まれて中に引き戻されてしまった。無念。
そのまま箒と塵取りを押しつけられ、なし崩し的に掃除をする羽目になってしまう。
ぶっちゃけ、面倒極まりない上に放り出して逃げてやろうかとも思っていたんだが、まぁ別にいいか、となんかよくわからない諦めの境地に達したので、大人しく掃除することにした。
「あ、そうだ。ちょっと聞きたかったんですけど、月村さんって前にも今回みたいに倒れたこと、あったんですか?」
「うん? そうねぇ……そんなに頻繁ではないけど、何回か。でも、今回のように悪酔いしたみたいに酷く体調を悪くしたのは初めてかしら」
「……そっすか」
「ええ。今までは、本当にのぼせた程度だったんだけどね。まぁ、今日一日栄養取ってしっかり寝れば、明日には元気に登校してくるわ。気にしないでいいわよ」
「ふむん……」
「なぁに、そんなに気になるなら、最後に挨拶しておけばよかったじゃない」
「子供の純情を弄ぶのはよくないと思います」
「はいはい。シャイな男の子ですもんねー♪」
「なんだろう、このそこはかとなくむかっ腹の立つ保健教師は」
そんな俺と保健の先生とのくだらないやり取りは、放課後のチャイムが鳴って、アリサと高町がやってくるまで続くのだった。
俺はすずかちゃんが好きだ!
「でさー、俺ってば思うのよ。こらあかん、どーにかしてでも詫びを入れなあかんと」
「はぁ」
アリサにド突かれ、高町にまで「うわー、ほんだくんいけないんだー」という蔑みを受け、たかだか午後の授業をすずかちゃんの早退に便乗してサボったくらいで何を大げさな、と俺が世の理不尽を投げてから約二時間後。
俺は今、海鳴の臨海公園の海岸沿いにあるベンチに座って、隣にちょこんと座っているバナナビーストに話し掛けていた。
「だってさ、元はと言えば俺の不注意の所為だろ? それで気分悪くなって早退する羽目になったんだ。どう考えても俺の所為だよな?」
「いや、それはその、月村さんの捉え方次第じゃないのかな? 良かれと思ってやったことを、そう言う風に〝恩を押しつけられた〟みたいな感じに捉えられたら、あまり気分は良くないんじゃない?」
「……うがー。そういう可能性もあるかー」
ベンチにぐでーっと背中を預けて、全身コレ軟体動物、とばかりに体を弛緩させる。
ぽんぽんと俺の太ももを叩く細くて黄色いナニかことユーノは、そんな俺を元気づけようとしてくれているのか、「そんなもんだって。下手に考えないで、素直に感謝すればいいと思うよ」とわかったようなわからないような、そんなアドバイスをくれるユーノ。
……まぁ、頭では理解してるんですけどね。なんつーの? 心が納得しないというか。惚れた女の子があんな風になっちまって、しかもそれが、遠因とはいえ自分の所為だと考えるとこう、胸を引き裂くような罪悪感がじわじわと……。
「時彦って、意外とナイーブだよねぇ……普段の行動を見てると、神経図太い怖いもの知らずにしか見えないのに」
「うっせー。これでも俺様大人なのよ。そんじょそこらの小学生とは格が違うのです、格が」
「うわー……そしてこの無駄にデカイ根拠ですよ。一体その自信はどこから湧いてくるんだか」
「そりゃおめ、恋に恋する男の子ですから」
「はいはい。まったく、そんなに好きなら早く告白すればいいのに」
「せからしか。自分のこと棚に上げてんじゃねーよぃこの風呂覗き魔」
「ち、ちがっ!! それはだから、なのはが無理やり僕を捕まえて――――!」
「あーあーちくしょーうらやましーなー! 俺も好きな女の子と一緒にお風呂入りてーなー!!」
「違うって言ってるだろーーー!?」
これで歳があとプラス11歳くらいあったら間違いなく警察の御世話になるところだが、生憎と俺様、今小学校三年生なんで。見た目が。
なので、公園を歩く皆さま方から白い目で見られこそすれ、街の平和と安全を守る大義のもと、疑わしくも罪なき人々に職務質問という拷問を平然としかける悪魔の手先達に捕まることはない。
もちろん、ユーノの声は超小声だ。最後だけ危なかったけど、平日のこんな時間である。人通りはソレ程多くないし、多少不自然な声の一つや二つが聞こえても、人間ってのは対して気にも留めないもんだ。
灯台もと暗しとはよく言ったもんだよねー、なんて一人変な感心をする。
すずかちゃん抜きの三人という、非常に珍しい組み合わせで帰宅した俺達は、アリサが習い事があると言って先に別れ、高町も翠屋のお手伝いという罰ゲームがまだ持続中なので、途中で別れることになった。
その後、なんとはなしにこの海鳴海浜公園に向かっていたら、偶然にも道端でぱったりとこのラブコメ漫画の主人公みたいなラッキースケベことユーノに出会ってしまったわけである。
なんでも、普段から高町が学校に行った後、自主的に街に散らばった残りのジュエルシードを探しているんだと。てっきり毎日高町の部屋で惰眠を貪っているのかと思えば、意外にも責任感の強いその姿勢に密かに感心した。
ただ、やはり朝からずっと探しっぱなしだということもあって、どこかしら安全なところで休憩しよう、としていたところだったらしく、そこへ俺が偶然現れたので、せっかくだから一緒するかーみたいな、そんな軽いノリでの合流だった。
「それにしても、時彦」
「あによ」
「そんなに悩んでるなら、なんで告白しないのさ?」
「ぶッッ!!!」
なけなしの小遣いをはたいて買ったコーラが!!
コノヤロウ、人が飲み物を口に含むというタイミングでとんでもないことをサラリと聞きやがってからにッ!
「うわ、汚ッ!」
「ば、ばば、馬鹿な事をいうでねぇべさ!」
「……動揺しすぎだよ、時彦」
「う、ううう、うる、うるるるせえぇえい! 一言で告白しろっていうけどな、そんなおまっ、振られた後滅茶苦茶気まずいじゃねぇかバカヤロウ!」
「最初から負け犬思考なんだ……」
「いいだよそのぐらい臆病で。特に、一世一代の初恋なんてのはな、九割九分のケースが失恋に終わるんだ。そして俺は、この初恋をそんなケースに入れたくない」
「……気持ちはまぁ、わかるけどね」
「お前だって、脈なしってわかってる状態なのに高町に告ろうなんて思えないだろ」
「だっ……! だからそれは違うって!」
「はん。なんとも思ってない女の子に、自分のために毎晩危ない目に遭ってるのが申し訳なくて仕方がない、なんて思うかよ。特に、お前の〝心配〟のレベルの話なら、明らかに〝好きな子が危ない目に遭うのが嫌だ〟レベルだろ」
「うぐっ……」
「いくらお前が底抜けのお人よしでも、このひこちん様にゃぁ〝気になる相手か否か〟の違いはわかるんだぜぃ?」
「…………要求は何さ」
「すずかちゃんの御見舞行くんで付き合え」
「うわぁ……カッコいいこと言ったと思った瞬間これですよ」
心底呆れたような視線で俺を見るユーノ。まぁ今更その程度の蔑みじゃぁ、俺のSAN値は減りすらしないがな!
頭にユーノを乗せて、早速すずかちゃん家にお見舞いに行くことにした。
やっぱり、保健の先生に大丈夫と言われても、気になるものは気になる。ついでい忍さんにすずかちゃんの苦手なものを聞きだして、今後の対策を立てようと思う。
とりあえず移動するにあたって、以前ダンディなおっさんを案内した時のようにバスに乗る。
海浜公園からだとやや遠回りになってしまうが、ここからじゃどのルートを取ってもかかる時間は大差ないからな。
そして、歩きながらも時折ユーノと小声で雑談を交わしつつ、海浜公園の芝生を横切ろうとしていた――――その時だった。
「トキヒコ!」
「んお?」
振り向くと、フェイトがいた。
息を切らして肩を上下させ、火照った頬と額を流れる汗と、ぺったりと額やら頬に張り付いた金髪から、かなり走りまわっていたことが窺える。
ただでさえ武闘派系魔法少女というカテゴリ故に、同年代と比べるとアホみたいな体力を持っているフェイトが息切れしているなんて、半端な距離じゃないだろう。どんだけ走ってたんだこいつ。
「フェイトじゃん、どうしたよそんな息切らして」
「あ、あのっ……っ……」
「いいから落ち着け。深呼吸三回、そしてラマーズ法だ!」
「うん……っ!」
さすがにラマーズは知らないようなので、そのままスルーして深呼吸だけしてもらう。
そして幾分呼吸が落ち着いた頃。
俺達はそのまま芝生の上に座っていた。
「――――で、どーしたんだお前。そんな息切らして」
「えと……その」
指をあわせてもじもじするフェイト。あわせた指をせわしなくグルグルさせたり、または付けたり離したりと落ち着かないことこの上ない。
それほど言い難いことなのか、フェイトはなんとか俺を見はするものの、それ以上口を開く前に俯いてしまった。
思わず、頭上のユーノと視線を交わして首をかしげてしまう。
お互いに視線だけで「なんぞこれ」「知らんがな」と短い会話をしたところで意味はない。やはりここは、俺から話を切り出すしかないのだろうか。
頭上の再びユーノを見上げたら、なんか顎をしゃくられて「GOGO!」みたいな視線を投げられた。
「あー、フェイト? アレだ。なんかすげぇ言いにくそうなんだけど、もしかして、ジュエルシードの件?」
「え? あ、ううん、違うの。ジュエルシードは、もう集めなくていいって言われたから……」
「えぇ!? そんな、あれだけ必死に集めようとしてたのに!?」
「その子は……あの子の使い魔?」
あんまりにも突然過ぎる告白に、さすがに俺もびっくりしたんだが、それ以上にびっくりしたユーノの所為で驚くタイミングを奪われた。
フェイトも、ようやくここに来て俺の頭上にいる獣が〝何なのか〟気付いたのだろう。驚くユーノに向かって「その、ごめんなさい」とお人よしすぎる謝罪までしている。
「使い魔じゃなくてただの居候のエロイタチな。ホントは人間の男のくせに、魔力が云々とか言って女の子の部屋に獣モードで居候してるんだこいつさいてー!」
「う、ウソじゃないって言ってるだろ! ていうか仕方ないじゃないか! 僕だって今とかトイレとかお風呂とかでいいって言ったんだ!」
「やだ奥さん聞きまして? この獣お風呂ですって! お風呂で高町家の秘密をすっぱぬきしたいってまぁこのエロイタチ!」
「……スパイク・チェーン」
「ぎにゃーーー!!? いだっ、いだだだっ! すんませんユーノさんマジ調子に乗りましたホントごめんなさい許してーー!!」
一瞬にして、ユーノのドスの利いた声と共に、俺の指にバラの枝のように棘が生えた鎖が巻きついてくる。
しかも、巻きつくだけでなくおもいっきり締め付けてくると言うあくどさ。みちみちと指が締め付けられると共に、つっぷりと棘が指のあちこちに突き刺さって痛いのなんの。
涙目になりながら必死に謝罪することでなんとか許してもらったものの、学校の調理実習で指を切った時よりも精神的にデカイダメージをくらってちょっと本気で泣きそうになった。学習その1=ユーノ怒らせるとマジ怖い。
「だ、大丈夫トキヒコ?」
「平気だよ。せいぜいバラの棘が刺さった程度だから、見た目ほど酷い傷じゃないからね」
「代わりに精神的ダメージは凄まじいがな。ユーノ先生えげつないです」
「君が人の気にしてることをからかうからに決まってるじゃないか。まったく、僕だって申し訳なく思ってるし、かなり気にしてるんだからね?」
「うい、すんません」
「ぷっ……あはは」
俺とユーノのやり取りの何が面白かったのか、突然フェイトが笑いだす。
通算、何度目になるかもわからない俺とユーノの視線の会話。「なんぞこれ」「知らんがな」
その後、発作のように笑い上戸になってしまったフェイトが落ち着いた後、さて振り出しに戻ったぞどうしよう、という空気が俺達の間に流れ出す。
そうやって動こうにも動けない、実にもどかしい気持ちに悶々していたら、なんとフェイトから切り出してきた。
「あのね、トキヒコ。実は、お願いがあるの」
「お願い?」
さて、短い付き合いとはいえ、このフェイトという少女が遠慮という文字が服を着て歩いているような人間だと十分に理解している俺は、一体どんな無理難題が飛び出してくるのだろうかと身構える。
そして飛び出してきたお願いとは――――はっきり言って、俺の想像していた鋭角斜め48度よりも上のものだった。
「うん。母さんに、会ってくれないかな?」
「「……え゛?」」
野郎二人(内一匹イタチ)の、なんとも間抜けな声が、芝生と蒼穹へと消えていった。
しかしながら、そうやって呆けていたのも束の間。すぐさま我を取り戻した俺は、とりあえずいかなる事情故にそんな話がでてきたのかをフェイトから聞きだす。
ところどころ口ごもっていたものの、それでもなんとかフェイトの話をまとめると、どうやらフェイトのママンさんが俺に興味を持っているとのこと。
こないだの月村家事件(いつの間にかこの言い方が定着していた)の折、俺がジュエルシードを使ってすずかちゃんと忍さんの体を戻したことをフェイトがママンさんに話したらしく、それを聞いたママンさんが突然「連れてこい」とのたまったらしい。
まぁ、俺としちゃフェイトのママンさんには前から興味があったし(色んな意味で)、今回の御誘いは願ったりかなったりなんだが、一つ気になる点が。
意を決して誘ってきたフェイトだったが、次の瞬間にはえぐえぐ泣きじゃくりながらしきりに「ごめんっ……ごめんなさいっ……!」と謝ってきた。
理由がわからないうえ、たかだか母親に会いに行くだけのことが何故謝罪につながるのか、俺にもユーノにも全然理解が及ばない。それどころか、なぜフェイトのママンさんがフェイトの話を聞いて俺を呼ぼうとしているのかについても、まったく動機が想像できないのだ。
つまり、この〝招待〟には裏に何かある。それが、なんとはなしに心のしこりとなって残ってしまっている。
そして何よりも、俺はフェイトには話してはいないものの、フェイトのママンさんをこれっぽっちも信用していない。
会ったことがないんだから当然だし、フェイト一人をこんなところに来させている時点でもう色々とアレなんだが、理由はそこじゃない。
あくまで個人的で、かつ反則的にも程がある、八つ当たりに近いような理由だ。
そんな俺が、結局のところ出した結論はというと……。
「おっけ。ユーノも一緒に行って良いんなら、招待されませう」
「時彦!?」
「……いいの?」
二人してなんだその反応。特にユーノ、その「何考えてるのこのおバカさんは!?」みたいな非難がましい視線はやめてくれ。俺にだって色々考えがあるんですよ。
そりゃ、ユーノだけじゃなく、今回のジュエルシードの件に関わってたみんなの視点から考えれば、フェイトのママンさんに会いに行くっていうのが、それこそわざわざ敵の中に単身突撃するような無謀極まりない行為だってのは自覚してる。
けどまぁ、俺みたいな何処にでもいるような小僧一匹をどうこうするつもりなんてないだろ。高町みたいに魔法が使えりゃ別だろうけど、こちとらあくまで極々一般の範囲を逸脱しない、実に優等で清廉潔白、優秀極まりない一般庶民です。最近ちょっとばっかし一般常識から外れた事件に巻き込まれまくってるが、それだけだ。解剖やら洗脳やらされても、そもそも敵側に旨みがないし、するだけ無駄な事くらい誰でも考えりゃわかる。
……若干希望的観測が混じってるが、まぁそんなちょっとした打算もあっての承諾だ。そのことを話すつもりはさらさらないんだけど。
「……っと、そうだ忘れるところだった! フェイトすまん、あともういっこ。すず――――月村さんの御見舞に行ってからでもいい?」
「ツキムラ?」
「おう。俺のクラスメイトなんだけど、今日俺の所為で体調崩しちゃってさ。一応、お見舞いしとこうと思って」
危うく忘れるところだったが、しかしこの俺トキヒコ・ホンダ。すずかちゃんへの愛を忘れるなど決してありえない。
でもって、やっぱり優先順位はすずかちゃん第一位なんで、こればっかりは譲れないのだ。お見舞いって言っても、そんなに長い時間かけるつもりないしね。
ただ、フェイトの方もそれなりに急ぎの話らしいので、無理そうなら泣く泣く諦めるしかないかなぁ、とか頭の中で考えていたが、どうやら杞憂だったらしく、快諾してもらえた。
「私は全然平気。その、ただでさえ迷惑かけてるし……」
「迷惑じゃねーって言ってんべ? ま、そんならフェイトも一緒に来いよ。それまでお前さんを一人にしとくわけにもいかんしな」
「……時彦、いいの? どうなっても知らないよ?」
「なんだねユーノ君その意味深な台詞は」
「……わかんないならいいんだけどさ」
溜息を一つついて「どうなっても知らないからね」とかのたまうユーノ。一体何を心配しているのか知らんが、お見舞い一つに大げさすぎる。
ともあれ、フェイトの承諾も得たことだし、俺達は一路、月村邸へと向かうのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
あとがきのじかんぶらいすれす
―――――――――――――――――――――――――――――
終盤戦スタート。
それにしても、よくもまぁここまで続いたものだと感心することしきり。
正直風呂敷広げすぎた感があり過ぎますが、がんばります。
1008100332:ver1.01 誤字微修正。pop◆2cb962ac様、誤字指摘ありがとうございました。