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No.15556の一覧
[0] 【俺はすずかちゃんが好きだ!】(リリなの×オリ主)【第一部完】[[ysk]a](2012/04/23 07:36)
[1] 風鈴とダンディと流れ星[[ysk]a](2012/04/23 07:36)
[2] 星と金髪と落し物[[ysk]a](2012/04/23 07:36)
[3] 御嬢と病院と非常事態[[ysk]a](2012/04/23 07:36)
[4] 魔法と夜と裏話[[ysk]a](2012/04/23 07:37)
[5] プールとサボりとアクシデント[[ysk]a](2012/04/23 07:37)
[6] プールと意地と人外[[ysk]a](2012/04/23 07:37)
[7] 屋敷とアリサとネタバレ[[ysk]a](2012/04/23 07:37)
[8] 屋敷と魔法少女と後日談[[ysk]a](2012/04/23 07:42)
[9] 怪談と妖怪と二人っきり[[ysk]a](2012/04/23 07:42)
[10] 妖怪と金髪と瓜二つ[[ysk]a](2012/04/23 07:42)
[11] 閑話と休日と少女達[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[12] 金髪二号とハンバーガーと疑惑[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[13] 誤解と欠席と作戦会議[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[14] 月村邸とお見舞いとアクシデント[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[15] 月村邸と封印と現状維持[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[16] 意思と石と意地[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[17] 日常とご褒美と置き土産[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[18] 涙と心配と羞恥[[ysk]a](2012/04/23 07:41)
[19] 休日と女装とケーキ[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[20] 休日と友達と約束[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[21] 愛とフラグと哀[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[22] 日常と不注意と保健室[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[23] 再会とお見舞いと秘密[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[24] 城と訪問と対面 前篇[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[25] 城と訪問と対面 後篇[[ysk]a](2012/04/23 07:40)
[26] 疑念と決意と母心[[ysk]a](2013/10/21 04:07)
[27] 管理局と現状整理と双子姉妹[[ysk]a](2012/04/23 07:39)
[28] 作戦とドジと再会[[ysk]a](2012/04/23 07:39)
[29] 作戦と演技とヒロイン体質[[ysk]a](2012/04/23 07:39)
[30] 任務と先走りと覚悟[[ysk]a](2013/10/21 04:07)
[31] 魔女と僕と質疑応答[[ysk]a](2012/04/23 07:39)
[32] フェイトとシルフィとともだち[[ysk]a](2012/04/23 07:38)
[33] 後悔と終結と光[[ysk]a](2012/04/23 07:38)
[34] 事後と温泉旅行と告白[[ysk]a](2012/04/23 07:38)
[35] 後日談:クロノとエイミィの息抜き模様[[ysk]a](2012/04/23 07:38)
[36] 後日談:ジュエルシードの奇妙な奇跡。そして――――。[[ysk]a](2012/04/23 07:37)
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[15556] 意思と石と意地
Name: [ysk]a◆6b484afb ID:a9a6983b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/23 07:41



 応接間に戻り、ユーノと忍さんから受けた説明は、予想通りと言えば予想通りで、しかしどちらかと言えば想定外すぎる――――つまり、結果としては最悪な部類に入るものだった。



「封印したのに――――戻らない!?」
「ええ。ちょっと、厄介な事になったみたいなの」



 驚く俺の言葉に応えるのは、相変わらずすずかちゃんの体に納まったままの忍さん。
 腕を組み右手を顎に添えて何事かを考え込む姿は、さながら灰色の脳細胞を誇る名探偵の如く凛々しい。
 同時にそんなシリアスなポーズすらも可憐に決まるすずかちゃんのラブリーさに俺はメロメロです。
 ……って、そうじゃなくて。



「いったい、どういうことなんだってばよ」
「忍さんの使ったジュエルシードが、やけに安定してる、って最初に話したのは覚えてる?」
「……そう言えば、そんなことを言っていたな」
「どういうこと、ユーノ君?」



 テーブルの上で物知り顔で講釈を垂れるのは、最近高町家のペットとして定着しつつあるバナナ獣ことユーノだった。
 事件の当事者、というかジュエルシードがばらまかれた元凶とも言うべき存在なのだから、今この場で状況を正確に理解できるのこいつしかいない。
 だが、いくらユーノでも全てを知っているわけじゃない。今回のすずかちゃんと忍さんの入れ替わりについても、ユーノは全く想像できなかったと言っていたのだから、それは当然だろう。
 ましてや、封印したのにジュエルシードで巻き起こされた現象が元に戻らないなんて事態、このバナナが予想できるずがない。
 それでも、この短時間の間に仮説を立てて、事態の解決方法を見出したと高町が言っていたことから、その実相当の頭がキレる奴なんだな、と俺は認識を改めている。
 だからこそ、今この場にいるみんなは、こいつの推論というか仮説というか、つまりは現状を打破するための策に期待しているのだ。



「まずはこれを。左がなのはが封印したジュエルシードの内在魔力波形で、右が忍さんが確保したモノです。魔力波形の大きさは、それ自身がもつ魔力量を表しています――――どう、気がつくことがないかな?」
「どうもなにも、そっくり、だとおもうけど……」
「うん。ちょっと細部は違ってるけど、ブレもそんなにない」
「敢えて言うなら、全体的に月村の持っていたモノの方がグラフの数値は高めということか」



 またもやユーノが高町の杖を借りて空中に浮かべたSFちっくな映像に対して、高町三兄弟が揃って意見を出す。
 俺から見ても概ね同じ意見だ。忍さんのジュエルシードの方がややグラフがうえ気味だけど、波形パターンはほとんどぴったりだと思う。でも、それがなんだっていうんだろう。
 忍さんなら何かわかるかなと思って窺って見ると、変わらず難しい顔をしたままじーっとグラフを見つめていた。……凛々しいすずかちゃんとてもカッコイイです。



「恭也さんが今言ったように、忍さんの持っていたジュエルシードは、封印状態のジュエルシードと内在している魔力波形が一致しているのに、何故か活動準位だけが異なっているんです。今回の〝未解決〟は、それが原因だと思われます」
「……えーと、ごめん、ユーノ。私にもわかるように教えてくれない?」
「――――つまり、私が見つけたジュエルシードは、波形だけを見ると封印状態なのに、実は励起状態にあった、ってことかしら?」



 たはは、と苦笑いを浮かべてもっとわかりやすい説明を求める美由希さんの言葉に答えたのは、説明の当事者であるユーノではなく、それまで沈黙していた忍さんだった。
 みんなから一歩離れて思考を整理していた忍さんは、そのままユーノの近くまで寄って来ると、その机の上に置かれていたジュエルシードを手に取る。
 そして、指の間に盛ったソレをまじまじと見つめながら、苦々しそうな表情を浮かべた。



「だから、なのはちゃんが封印したのに、私達の体は元に戻らなかったのね」
「ええ。封印前と封印後の魔力波形が同じなら、〝変化はない〟からです」
「――――おい、ちょっと待て」



 ユーノの最後の言葉に、脳裏にティン!と来た。
 相変わらず美由希さんと高町は何が何だかわからないような表情をしているが、そんなこと気にしてなんていられない。
 それよりも、今の閃きから思い至った推論の恐ろしさに、俺は身震いが止まらない。
 前と後で変わりがない。つまり、封印しようが封印しまいがなんの変化もない――――その意味とは、



「つーことは、〝俺たちゃもとからこのまんまなんだから、なんも元に戻すことなんざないんだぜ!〟ってことか!?」
「わかりやすいかみ砕きありがとう時彦」
「そんな……っ」
「…………厄介な事になったな」



 その場にいたみんなが口を噤んでしまうほど、それは最悪の報せだった。
 ようは、〝ジュエルシードを封印する〟といういつもの方法では、すずかちゃんと忍さんの体を元に戻すことはできないということだ。現状、それ以外にジュエルシードの被害を正す方法を知らない俺達にとってみれば、それは唯一の対抗策を封じられるという最悪の報せに他ならない。
 ユーノの話によれば、そもそもジュエルシードが叶える願いは、その内部で魔力波形となって〝記録〟されているらしい。そして、封印というのはその魔力波形を〝不活性化状態〟に変化させることであり、そして変化させた状態を維持し続けることを指すのだと言う。
 ところが、今回のジュエルシードは自身は〝活性状態〟にあるにもかかわらず、その内在魔力波形が〝封印状態〟と酷似していたために、封印しても何の変化も起きなかった――――そういうことらしかった。
 早い話が、〝封印〟をしてもすでにジュエルシードが封印状態だったため、〝書き換えられた出来事がなかった〟ということである。
 俺達の間に、静かな絶望が漂い始めていた。 
 悪い方向に考えるならば、それはつまり〝すずかちゃんと忍さんがずっとこのまま〟ということであり、同時に今現在苦しんでいるすずかちゃんを助けられないことを意味する。
 
 脳裏ではない、目の前に、つい先ほどまで息を荒くして苦しんでいた忍さんの体に入ったすずかちゃんの姿が蘇る。そして、それが今後ずっと続くのだと、ユーノは言っているのだ。
 ……そんなの、絶対に許せるか。そんなご都合主義のごの字もないような結果、俺は絶対に認めない。
 魔法や怪獣や幽霊やらがありえるこの世界で、なんだってピンポイントでそんな不幸が訪れなきゃならないんだ。
 しかも、よりによってその犠牲者がすずかちゃん? ふざけるな。神の嫌がらせにしたって、さすがにこればっかりは冗談が過ぎるというものだろう。

 …………あるはずだ、きっと。何か、すずかちゃんを助けるための手段が! 
 
 みんなが黙り込んでしまったのは、きっと俺と同じように何か手段を考えているに違いなかった。
 忍さんに続いて、高町と美由希さんも腕を組んで頭を捻りながらウンウン唸り、恭也さんもどうしたものか、と嘆息しながらすずかちゃんの体のまま変わっていない忍さんを見つめている。
 俺だけじゃない。この場にいるみんなが、この状況をどうにかしようと努力していた。
 変わらない現状を変えるべく。大事な人を助けるために。理不尽な運命を書き換えるために。みんなが一緒に悩んで――――待てよ? 〝運命を、書き換える〟?



「そうだ! ユーノ、封印されたジュエルシードをもっかい使うのは!?」
「……そんな危険な事、させられるわけないよ。ただでさえ一度封印が解けて不安定になっていたのをようやく安定状態に持ち込めたのに、それをまた不安定な状態にするなんて無茶苦茶だ!」
「なんでだよ。一回封印解いてもっかい封印するだけじゃねーか」
「だから、事はそんな簡単な話じゃないんだってば! いいかい時彦。忍さんとすずかさんを元に戻すためには、〝ジュエルシードが活性状態〟でありつつ〝その内在魔力波形が封印状態と酷似〟していなきゃいけないんだ。でなきゃ、例えジュエルシードを使って二人を元に戻しても、ジュエルシードを封印した時点でまた二人は今の状態に戻るだけなんだよ」
「だけど、もう手段はジュエルシードを使うしかねーじゃねぇか! 解決手段がそれしかねーなら、四の五の言わずにやるしかねぇんじゃねぇのかよ!」



 ずだん!とテーブルに両手を叩きつけてユーノを睨みつける。
 当然、意外とオツムの良いユーノのことだ。この俺の意見だって真っ先に考えついたことだろう。そして、まさにユーノが今言った理由こそが、この案を使えない欠点でもあった。
 せっかく封印したジュエルシードの封印を解いて再び使う。そして、事態の収拾がついたら再び封印する。
 単純にいえばそんな作戦だ。だが、そこにはなんの安全性も保障されてはおらず、必ず成功すると言うわけでもない。ましてや、その結果に至るには、そもそもユーノの言った二つの条件を満たさなければならない。
 仮に今ユーノが言った条件をクリアできたとしても、ジュエルシードが願いを〝正しく叶えてくれるとは限らない〟んだ。
 ここ数日耳にたこができるほど聞かされたジュエルシードの特性を考えれば、それがほとんど限りなく不可能であることは容易に想像がつく。
 
 ジュエルシードは、願いを叶える魔法の石。だが、その願いがいつもまっすぐ、そのまんまに叶えられるとは限らない。いや、それどころか、祈願者の表層的な願いではなく、深層心理に存在する願いを叶える可能性の方が高いらしい。

 それこそがユーノの言う〝ジュエルシードの歪み〟であり、本人の意図しない〝結果〟を生み出す原因に違いないのだ。
 そんな不確実なものを頼りにすずかちゃんを救う?
 我ながらトチ狂ってるにも程がある考えだ。……だけど、今はそれしか思いつかない。そして、実際にそれ以上の解決策は、誰も思いつけずにいる。



「心配なのはわかるよ。でも、冷静になって時彦。〝もしかしたら〟や〝ひょっとして〟なんていう曖昧で不確実な方法を試すには、あまりにも危険な方法なんだよ」



 ユーノが人間だったなら、恐らくその顔は苦渋に満ちたものだっただろう。声音から容易にその心境が想像できる。
 そりゃ、悔しいだろう。自分がばらまいた種でこんな厄介な事が起こってる上に、それがどうしようもない状態にまで陥っているんだから、バナナの癖に責任感がやたら強いこいつにしてみれば、恐らく身を引き裂かれるような思いを感じているに違いない。
 ……だから、それがむかつく。


 
「おいおいバナナさん、なーにひよったこと言ってくれちゃってるんですかえぇおい?」
「と、時彦?」



 前世で俺が育った孤児院の院長は、こう言っていた。

――――覚悟が出来てる人間は、極限の状況になると何をしでかすかわからない。 
 
 その言葉が意味するのは、窮鼠猫を噛むということではなく、〝人間誰だって、やろうと思えばできるもんだ〟という意味だ。
 最初っから無理無茶無謀と諦めていたら、たった数%の成功の可能性させ100%不可能の目に変わってしまう。
 どうせ孤児院出なんていう不遇の身だと思うのならば、ひよって不可能に逃げるんじゃなく、敢えてどんな手を使ってでもその数%を取りに行く覚悟を決めろ。院長は、笑いながらそう言っていた。
 無論、当時の俺がそんな言葉の深い意味を理解できるはずもなく、単純に簡単にあきらめちゃいけないんだよ、と言ってるんだなーと能天気に捉えていた。だが、今ならその言葉の意味がよくわかる。
 たった数%でも構わない。そして、その数%を叶えるためにリスクが必要だと言うのなら、んなもん俺が賄ってやる。
 当然だろ?
 だって、俺は―――――!



「安全性の保証? んなもん最初っからねぇだろうに。ないもんを心配してどうすんだお前。悪いが、こっちにゃフェレットの皮算用なんて諺はないぞ」
「いや、だから!」
「んで? えーと、次は成功率だっけ? それこそ心配ご無用私にお任せ、ってな。悪いけど、今この部屋で一番純粋に願い事が出来るのは、高町と俺の二人だ。でも、高町には万が一に備えて待機してもらわないといけないし、そうなりゃ必然俺がやらなきゃいけないだろ?」
「人の話を聞け! だから、そんな危険な真似をさせられるわけがないって言ってるんじゃないか!」
「――――いつまでも眠てぇこと言ってんじゃねぇぞこのビチグソが!」



 わかってねぇ。〝この馬鹿〟はまるでわかってねぇ。
 好きな子が困ってて、そして自分がそれを解決できるとわかってるのに、〝成功するかわからないからやめておく〟?
 なんだそりゃ。初恋舐めてんのか。
 しかも、今現在進行形ですずかちゃんは困ってるんだぞ? 今すぐにでもどうにかしてあげたいのに、〝もっと成功率の高い方法を見つけて〟だ?
 成功率ン%だろうが失敗したらどうなるかわからなかろうが、そんなことはどうでもいい。重要なのは成功させるか否かであって、そこにあるリスクがどうのなんてのは二の次でしかない些事だ。
 俺が心配なのはただ一つ――――すずかちゃんを助けられるか、否かだ!



「方法がねぇなら今あるのを試すんだよ。あーでもないこーでもないって議論してるよか、今現在できることをやったほうが遥かに建設的だろうが!」
「ほんだくん……」



 息も荒く言い放った俺を、みんなが見つめる。
 興奮しているせいか、顔が熱い。いや、これはむしろ見られてることへの興奮……!? やだ、本田君恥ずかしい!
 そんな馬鹿なことを思考の片隅で考えてしまう余裕を残しながら、自分が今どんなことを言ってのけたのか反芻してみて、内心恥ずかしさで悶え苦しむ。
 あぁぁああ、また俺はやってしまった!
 またこんな外見に任せた、しかし中身からしたらもはや病気指定間違いなしの台詞をクソ真面目に……っ!
 しかし、以外にも今の啖呵は鬼ー様にウケタらしい。



「……ユーノ。可能性は、ゼロではないんだな?」
「それは、そうですけど……でも恭也さん、本当に成功するかどうかは、」
「いい。それは、時彦も覚悟しているんだろう。それに――――」



 鬼ー様は組んでいた腕を下して俺の近くまで来ると、ぽんぽんと俺の頭を撫でた。
 そしてニヤリと笑うと、さらに挑戦的な表情を浮かべてユーノを見やった。



「分の悪い賭けは、そんなに嫌いじゃない」
「高町君……」
「もう、恭ちゃんったら」



 どこかの杭打ち屋さんみたいなことを、実に楽しそうに言ってのける鬼ー様に、女性陣のみなさん、苦笑を禁じ得ません。
 まぁかくいう俺もひくひくと引きつったような笑い方になってるんですがね。いや、だってあまりにもまんまな台詞じゃんか。つーか鬼ー様が言うと、割と洒落にならないくらい真実味があるんですが。例えばこう、窮地でも腕一本代わりに相手のタマを取りに行く、みたいな。わかるよね?
 


「ま、そう言う事なら私も協力するよ。恭ちゃんと本田君だけじゃ心配だし」
「私も協力するわ。もともと、今回の原因は私にあるもの」
「はい! なのはもお手伝いしますっ!」
「みんな………」


 
 美由希さんと忍さんが手を上げ、さらに高町も両手を上げる勢いで「はい!はい!」と参加を表明する。
 こうなれば、ユーノも理屈をこねることもできなくなったようで、結局大きなため息をついて「まったく、どうしてこう……」とかぶちぶちと小声で愚痴っている。はっはっは。そもそも高町兄妹を巻き込んでる時点で無駄な足掻きだったと知るがいい。
  


「……だけど、そのためにはまず活性状態のジュエルシードが必要だ。ただでさえこの街に散らばってるのを探すのに難儀してるのに、そう簡単にぽんぽん見つけられるわけが――――」
≪Alert! Receiving incoming response from Jewelseed≫
「――――見つかったぜ?」
「………そんな馬鹿な」



 ご都合主義な展開ありがとう。
 にやりと笑う俺に、ユーノは心底愕然としたような顔で呆然とそんな言葉を漏らした。
 周囲を見回してみれば、俺と同じように「よしきた!」とばかりにみんなが笑っていた。
 再び視線をユーノに戻してやれば、あまりにもあんまりな展開に、もう考えるのが疲れたのだろう。ひときわ盛大な溜息をついてから「……わかったよ」と開き直ったように首を縦に振ったのだった。
 ふふん、今頃高町兄妹の影響力を理解したらしいな。
 それに、覚悟を決めた人間にとって、状況ってのは大抵が面白い方向に動いてくれるもんだ。
 それがプラスであれマイナスであれ、結果のために踏破しなければならないその過程は、どんなにしんどくて辛くて大変なことであっても〝面白い〟んだから。 
 そして今の俺には信念がある。目的がある。意地がある。
 そのために決めた覚悟は、生半可な障害で止まるほどヤワなもんじゃぁ、断じてないんだよ。









                           俺はすずかちゃんが好きだ!










 
 既に、みんなは準備のために動いていた。
 忍さんはすずかちゃんの容体の確認に行き、美由希さんと鬼ー様は何やら持ち物の確認。ちらりと飛針みたいなのと刀の鞘と思しきものが見えたけど、俺は見なかったことにした。あーあーあーナニモミエナイヨー。
 そして、高町とユーノの二人が、杖の言ったジュエルシードの反応があった位置の絞り込みを完了し、後は、出発するだけだ。
 


「少年――――ううん、時彦君、ちょっといい?」
「はいな?」



 準備を終えた忍さん――七分丈の白いブラウスに、夜色のロングスカートというシックな格好だ――が、 玄関の前の柱に寄り掛かり、することもなくぼんやりと空を見上げて待っている俺に声をかけてきた。
 今回の捜索に俺が付いていく意味はないんだけど、まぁ一人でここに残るのも首が据わらないような落ち着かなさを覚えるし、それに自分だけ何もしないと言う無力感が嫌だったので、無理にでも着いていくことにしたのだ。
 みんなからしてみれば足手まといだろうけど、そもそもジュエルシードの回収で戦闘能力が必要とされるわけでもあるまい。まだ発動しきってるわけじゃないみたいだし、仮に、いつぞやみたいな化け物を相手に逃げ惑うハメになったら、俺はいの一番に逃げ出してもいいと言われているから問題ない。
 だからまぁ、こんなところで呑気に星なんか見上げているわけですが。
 そこへ突然かけられた声に、俺はぱちくりと瞬きしながら忍さんを振り返った。 



「変な事を聞いちゃうんだけど……どうして、ここまでしてくれるの?」
「どうしてって……」



 前に、どこかで聞いたような質問だ。
 その時はなんて答えたんだっけか、と思い返してみるが、具体的にどう答えたのかをどうしても思い出せない。まぁ、思い出せなくても今瞬時に応えられる質問なんだけどさ。
 俺を見つめる忍さんの目は、真剣そのものだった。無論、この質問に嘘をつく俺ではない。



「やっぱ、ほっとけないじゃないですか。それに、中途半端に諦めるの、俺大っ嫌いなんで」



 ……けど、まぁ素直に本音をゲロするのはとても恥ずかしいので、俺はとてもとても見苦しいことに、それっぽいことを言って誤魔化してしまうのでした。
 それで満足してくれたのかはわからないけれど、忍さんは「そう……」と微笑んで、それ以上聞いてくることはなかった。
 うーん、よかったのかな、これで。
 なんだかアリサその他悪友達の言葉を聞く限りでは、俺のすずかちゃんに対する態度はバレバレらしいのだが、まさか忍さん、わかってて聞いてきたのかしらん?
 だとしても、この俺に本音を言える程心臓に毛が生えてもなければ、好きな子のお姉さんの前でカミングアウトできるようなクソ度胸もないわけでして。
 しかしながら、今回の行動原理は、言うまでもなくたった一つの感情から来るものだ。
 俺がすずかちゃんを助けたいと思う理由。こんな、自分の身に何が起こるかもわからないような役回りを、進んで受け入れた理由。
 考える度に再確認する。思い返す度に嬉しくなる。少しでも彼女の役に立てることが。こうして自分から彼女を助けるために動けることが。
 今なら、かぐや姫に出てくる命知らずの野郎共の気持ちがよくわかる。みんな、こんな思いで無理難題に挑んでたんだな、って尊敬の念すら覚えるくらいだ。
 俺を突き動かすたった一つの感情。俺がこの世界でずっと強く胸に抱え続けている、誰もが患う一つの病。そして、今この瞬間もずっと俺を支え続けている、たった一つの譲れない想い。
 あぁ、もう。ホント、〝これ〟ばっかりどうしようもないよなぁ
 


 ――――――――〝俺は、すずかちゃんが大好きだ!〟って気持ちばっかりはよ!!












 月村邸から電話がかかってきたのは、既に夜の十一時近い時刻であった。
 夜の高町家。そのリビングとキッチンには、それぞれこの家の主である高町士郎とその妻、桃子がいた。
 リビングのテーブルの上には、今日の翠屋の売り上げや消費したと思われる食材、その日最も売れた商品のデータや、お客様から頂いた貴重な意見などの資料が広げられている。今現在士郎が手にしているのは、その中でも今後食べてみたいスイーツや、店に取り入れてほしいという意見が書かれたお客様の意見というやつだった。
 一方、キッチンでは桃子が翌日の朝食の仕込みを行っていた。
 明日は洋食で固めようと考えていただけに、クラムチャウダーから野菜スープの二つだけであったが、どちらにしても結構手間のかかるメニューであることに変わりはない。
 野菜スープの方は既に落ち着いているし、今はクラムチャウダーの仕上げで、細かい味の調整をしているところだった。
 そんな桃子の手を煩わせるわけにもいかず、士郎は一言「私が出るよ」と桃子に告げて、テレビの隣に設えてある電話の子機を取った。



「はい、高町です」
『あぁ、父さん? 俺、恭也だけど』
「おお、恭也か。どうした急に。忍さん達は大丈夫だったか?」



 士郎と桃子も、今現在恭也達が月村邸にいることを知っている。無論、その理由もだ。
 なのはが魔法少女となって今や街に散らばる危険な宝石を集め回っていることも、ユーノが別の次元世界からやってきた喋る魔法生物だということも承知済みである。
 そして、現在月村邸で起こっている〝事件〟についても、士郎だけでなく桃子も事前に話を聞いていた。
 士郎の言う〝大丈夫だったか?〟という言葉には、もちろん〝事件〟がどうなったのかという確認の意味が込められていることを、電話の向こうにいる恭也も理解している。



『少し厄介な事になった。それで、今から街の方に出かけるんだけど、できれば父さんもいつでも出れるようにしておいて欲しい』
「……なるほど。二人では難しいことになりそうか」
『今はまだ平気さ。ただ、相手によっては、どうなるかわからないから』
「そうか。なら、いっそのこと私も合流しよう。出かけるときになったら連絡しなさい」
『―――助かる』
「大事な息子達の為だぞ? このぐらい当然だろう」
『ありがとう。それじゃ、その時になったら連絡する』
「あぁ、気をつけてな。無理はするんじゃないぞ」
『わかってる』



 力強い言葉を最後に、電話が切れた。
 ツーツーという味気のない音を耳から話しながら、士郎はふっと薄く笑みを浮かべる。俺も歳をとったなぁ。思わずそんなことを考えてしまうのは、息子の成長が嬉しいからだろうか。……きっとそうなんだろう。



「あなた、電話はどなたから?」
「恭也だったよ。少し厄介な事になったらしく、街に出かけるらしい」
「こんな夜中に? 何かあったのかしら……」



 リビングからタオルで手を拭いながら現れた桃子は、その柳眉を曲げて子供達の心配をしている。
 そんな心優しく美しい自分の妻を心の中で誇りに思いつつ、士郎は桃子を安心させるべくそっと彼女を抱き寄せた。



「大丈夫さ。僕も出向くし、何より恭也も美由希も、まだ半人前とはいえ立派な剣士だ」
「あら、頼もしい。それじゃぁ、みんなが帰って来るまでまで私も起きていようかしら」



 茶目っ気たっぷりに、ウィンクを交えてそう言ってのける桃子。
 昔から変わらない、その芯の強い笑顔に士郎は惚れ込んだのだ。



「明日も早いだろう。子供達は僕に任せて、桃子は先に寝てくれ」
「ふふーん。そんなこと言って、本当は帰宅後の一杯をお願いしたいんでしょう?」
「……よくわかったね」
「ちっちっち。桃子さんを甘く見ちゃいけませんよー?」
「ははは……本当に、桃子には敵わないな」



 あまりにも簡単に自分の真意を見透かされてしまい、士郎は苦笑いするしかない。
 バレているのなら、隠す必要もないだろう。そう思い、士郎は桃子の言葉を否定せずにそっと身を離した。



「まぁ、恭也と美由希の二人だけでも大丈夫だとは思うが……万一のこともある。すぐに僕も出かけるよ」
「あらあら、お父さん、過保護が過ぎるんじゃありませんかしら?」



 再びからかうような桃子の言葉。しかし、その言葉の真意が自分の心配であることに気付いている士郎は「さてね?」と仕返しをしてみる。
 予想通り、そんな士郎の曖昧な返答に不満足な桃子は、「もう!」と唇を尖らせて、士郎の頬へとキスした。



「……気をつけてね。またあんなことになったりなんかしたら、離婚よ?」
「それは困る。僕はもう、桃子無しでは生きていけないんだから」



 おどけた口調の裏に、鋼のような真意を込めて士郎は言う。
 桃子の見つめる士郎の顔に、鋭い目つきが戻っていた。かつて初めて出会った頃、この体を駆け巡った紫電を思い起こさせるような、強い瞳が。
 彼は――――士郎は、とても強い人だ。その強さに惚れ、その強さに支えられ、そしてその強さに魅かれた。だからこそ、桃子はいつもいつも士郎のことが心配でたまらない。分かりやすく言えば、目を離せないのだ。
 士郎は今の喫茶店のマスターという仕事に落ち着く前は、世界を股にかけ、その業界で知らないものはいないとさえ言われてきた不撓不屈のボディーガードを営んでいた。だからこそ、無茶をして怪我をしてくることなんて数え切れないほどあった。中には、自分と子供達を置いて行きかねないほどの大怪我をしたこともある。そんな、気の休まる日というものと縁の遠い生活を送っていた桃子からしてみれば、士郎は子供達と同じくらい――――いや、子供達以上に手のかかる存在なのだ。
 最後の大怪我以降そういった危ない世界から引退したものの、しかし剣士として生きてきた性だろうか。彼の生き方には、未だに危険という名の螺旋の番が回っているように思える。
 それが、桃子には心配でたまらない。
 無論、そんな桃子の気遣いに気付かない士郎ではない。以前の大怪我のことは未だに申し訳なく思っているし、自分でも二度と〝あんなこと〟は御免だと思っている。さらに士郎からしてみれば、今桃子が言った〝離婚〟なんて、自分にとっては再起不能の一撃だ。そんなことにならないよう、細心の注意を払おう。



「あぁそうそう、恭也達が帰ったら、すぐになのはをお風呂に入れてくださいね?」
「勿論わかってるさ。なのはも明日学校だからね」
「そうなのよ! もう、なのはったら明日学校なのにこんな夜遅くまで! これはちょっと〝お話〟しないといけないかしら」
「はは、程ほどにな? 最近、どうにも桃子に似てきているせいか、なのはの言葉に逆らえないんだよなぁ」
「むむ、それはどーゆー意味かしら、あなた?」



 二人がお互いにお互いを思いやり、さらにそれを言葉少なに伝え合う。
 これでバックにジャズやしっとりとしたバラードが流れていれば、まるで何かの映画のワンシーンと言えるだろう。



「なに、心配いらないよ。なにせ僕達の子供達だからな」
「ふふ、とーぜんです♪」



 そんな、傍から見たらバカップルまっしぐら。子供達ですらその雰囲気に当てられてしまうほどラブラブっぷりが巷で有名な、高町夫妻、夜の一幕であった。







 
 

 結論からいえば、ジュエルシードはすぐに見つかった。
 ただし、できるならば外れてほしかったオマケも含めて。



「フェイトちゃん、お願い! 今回だけでいいの、そのジュエルシード、譲って!」
「代わりに封印状態のヤツ上げるからさ!」



 市内の十字路。アリサやすずかちゃんの通う塾からそう遠くない道路は、高町が張ったユーノ直伝の〝封時結界〟とやらの御蔭で人っ子一人、車一つ見当たらない。普段の外灯煌びやかな世界が、ちょっとだけ色合いをおかしくしたような不思議な空間が広がっている。
 なんでも、指定対象物以外を位相空間に閉じ込めてしまう系の魔法で、ここで起きたことは現実世界ではなかったことになるとかなんとか。改めて魔法すげー!と思った。俺も魔法使いたいよー。
 ちなみに、本来はユーノの専売特許らしき魔法なのだが、高町一人の時にジュエルシードの発動にはち合わせることが多いことから、ユーノが急遽教えてくれたらしい。まぁ、今回みたいなこともあるから、備えあれば憂いなし、ってやつなのかもな。
 そして、結界を張ったということは、ここにジュエルシードがあったということ。ついでに、既にそこには封印準備一歩手前のフェイトもいましたとさ。
 無論、即座に待ったをかけての交渉ですよ。



「フゥハハー! まどろっこしいのは嫌いだ! 最初っからクライマックスだぜ! さぁ高町、ブツの準備だ!」
「いえっさーぼす!」
「えーと……トキヒコ、だよね?」



 冷や汗を流して、なんとも不安げな様子で俺を呼ぶフェイト。いや、むしろ確認の意味合いが強いのかもしれない。
 そりゃそうだろう。こないだ会った時の印象そのままなら、ハイテンションになってはっちゃけている今の俺を見て同一人物だと思うには無理がある。
 後ろでは鬼ー様が呆れてるし、美由希さんと忍さんは俺のはっちゃけっぷりに唖然としていた。
 ちなみに高町はフェイトと再会できたことが嬉しいらしく、ノリが少し俺寄りである。



「無論のばっちこーい! そう、俺様が本田時彦九歳、聖祥大付属小等部三年のナスティボーイさ!」
「私、高町なのは! ほんだくんと同じクラスで、駆け出しの魔法少女やってます!」
「……止めなくていいのか、アレは」
「まぁ、ここは時彦君に任せてみましょう。どうやら、二人は知り合いみたいだし」
「ていうか、二人とも物凄いハイテンションだね」



 大人組に多大な期待を寄せられているようですが、残念なことにフェイトの方は事態の流れについていけずにしどろもどろと大慌てしているので、みんなが期待しているようなスムーズな流れにはならずにいる。あたふたと「えと、あの……アルフ、どうしよう!?」とか傍のねーちゃんに聞いてるあたり、よほどテンパってるらしい。
 ひとまず、即座に「貴様等に名乗る名は無い!」とか返してこなくて安心だな。一時はこの世界のマイラバーなんじゃないかと勘違いしていたが、この反応を見る限りそんなことは絶対にない。いやーよかったよかった。

 

「さぁ、返答はいかに!?」
「そうだねぇ……」



 相談がまとまった頃を見計らって声をかけると、フェイトの代わりに隣に立っていたバインバインのねーちゃんが前に進み出た。
 じんわりと空気に溶け込むような光に照らし出されたねーちゃんの髪は、燃えるようなオレンジ色で、おまけににやりと笑うその口元からは、滅茶苦茶おっかない犬歯が見え隠れしている。
 ……もしかしてこのねーちゃん、実は人狼だったりなんだったりするんじゃなかろうか。俺を見る目が捕食者のそれなんですがどういうことなの。
 間違いなく、喧嘩を売っちゃいけない相手に交渉を持ちこんだことに今更ながらに気付いて、ここは大人しく恭也さんか美由希さんあたりに交渉を任せた方が良かったかもと、内心がくがくぶるぶると震える俺である。
 そんな俺の内心を読み取ったのか、ねーちゃんは更に楽しそうに笑みを歪めると、俺を見ながら舌なめずりをした。


 
「――――アンタらをぶちのめして、ジュエルシードを全部頂くってことにしようかしらね!」
「残念、交渉決裂しましたー!」
「あの、今回だけ、どうしても見逃してもらえませんか!」
「アンタ達の事情なんて知ったことじゃないよ! こっちはジュエルシードが集まれば文句ないんだ!」
「あ、アルフだめだよそんな喧嘩腰じゃ」



 問答無用という雰囲気ばりばりである。犬歯をむき出しにしてストレートな喧嘩腰で怒鳴るねーちゃんの隣で、フェイトがおろおろしていた。あぁ、フェイトも事態についていけてないのね。まぁ、その戸惑いの大部分は俺のせいなんだろうけど。
 こないだ遊んだ時、あいつの根はとんでもなく良いヤツだっていうのはよくわかってる。きっと、本心では俺の願いを聞いてあげてもいいかも、なんてお人よしなことを考えているに違いない。
 ……うまくすれば、本当に物々交換で穏便に話が済んだに違いないのに、隣のねーちゃんのおかげでぶち壊しだ。フェイトとは違って、滅茶苦茶気性の荒いぼんきゅっぼんである。アレか、もしかして短気ってやつはおっぱいの大きさに比例するのだろーか。いや、普通は反比例だろ。貧乳ツンデレの短気こそが最強と前世で聞いたことがあるし。



「なんか不埒なこと考えてやしないかい、そこの坊主」
「いーえー! そんなまさか!」



 じろり、と怖いねーちゃんに睨まれる。……何故に女性方はこの手の事に関してはこんなにも勘が鋭いのでしょうか。ずるいと思います。



「……仕方ない。ならば、力尽くで奪わせてもらおう」
「やっぱりこうなるのね……。本田君ー、もうちょっと交渉がんばってよー」
「本田さん、ちょーがんばりましたっ! 俺、めっちゃがんばりましたけど無理なモンは無理です! あのねーちゃんマジ怖いっ!」
「失礼なガキだね。ガブッとしちゃおうかね?」
「ひぃっ!?」



 ガチン!と歯をかみ合わせて威嚇するねーちゃん。ついでに舌なめずりも忘れないあたり、人を脅すことに慣れが見えます。そしてその慣れっぷりがどことなく懐かしい。……なんでフェイトの周りってこー、俺のマイラバーを思い出させるような〝現象〟が多いんでしょうか?
 


「あ、あの!」
「なのは?」
「少しだけ、お話しさせてください! 」 



 一歩、俺達よりも前に出た高町が、声高らかにそう言った。
 両手で杖を握りしめ、煌びやかな街明かりに照らされた頬を少しだけ紅くして、俺のクラスメートは金髪の女の子を見つめている。
 そんな、本当にどこかの小学生の場違いな発言に、その場にいた全員が毒気を抜かれた。
 今まで敵意むき出しで俺達を睨みつけていたねーちゃんも、ぱちくりと瞬きしながら高町を見つめている。
 そして、フェイトも、突然大声を張り上げて前に進みでた高町を見て、呆気にとられているようだった。
 こちらからは見えないけど、間違いなく真剣な表情でフェイトを見つめているであろう高町に、なにがなんだかわからず戸惑うフェイト。このまま放っておいたら太陽が上りそうなので、仕方なく助け船を出してやることにする。



「……あー、フェイト。そいつ、俺が前言ってた友達の一人。通称、漢字は滅べばいいの」
「違うもん! わたし、高町なのは! そんな変な名前じゃありません!」
「なに、高町なのはみたいな変な名前じゃありません? そうかそうか自分の本名を否定するとはさすがだな漢字は滅べばいいの」
「うにゃー! 怒るよほんだくん!? レイジングハート、ディバインシュータースタンバイ!」
「ぎゃー!! ちょ、ちょっちょちょーっと待ちましょう高町のおじょーさん! すんませんでした! いやもうまじ生言ってごめんなさい高町なのはってすてきななまえだよねそうだよねって同意しろフェイト!!」
「ふぇ!? わ、わたし!?」
「ご、強引すぎる……っ」



 だまらっしゃい漢字は滅べばいいの。滅茶苦茶強引だと言うのは自覚してるのだよ。



「えと、うん。良い名前、だね?」
「ほんとに!? わたしも、フェイトちゃんの名前素敵だと思うよ!」
「あ、ありがとう」



 ぽっ、と。街灯に照らされていてもわかるくらいはっきりと、フェイトが頬を赤らめた。ぎゅぅとその手に持っていた斧を握りしめたのか、ちゃきり、と軽い金属音が耳朶を叩く。
 車一つない、喧騒一つない世界で、二人の少女の言葉が交わされる。
 いつから魔法を使い始めたのか。空を飛ぶことは好きか。この街で暮らしているのか。そして――――何故、ジュエルシードを集めているのか。



「フェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めるの? 理由があるなら、ちゃんと教えてほしいよ。理由が分かれば、わたしにも協力できることがあると思うから!」
「……そんなの、意味がない。言っても、きっとわかってもらないから」 
「やってみなくちゃわからないよ!」



 一際大きな、恐らく俺が知っている中で最上級の高町の怒鳴り声が、空気を一変させた。
 息をのむ声が聞こえたので少しだけ振り返ってみると、鬼ー様と美由希さんが驚いたように軽く目を見開いている。
 ……あぁ、そうか。高町の奴が怒鳴るなんて、珍しい姿だから仕方ないのかも。
 俺は一度、こいつと盛大にやらかしたことがあるから知ってたし、今までも結構な回数で怒られたりもしたから、何度か高町の怒鳴りを聞いている。けど、普段は良い子ちゃんの高町のことだ。家族の前では滅多に――――いや、下手をしたら一度も怒鳴ったことなんてないのかもしれない。
 そんな姿を知らない鬼ー様と美由希さんからすれば、今の高町の態度はまさに青天の霹靂だったのだろう。まさか、あの大人しい妹が、と思っているに違いない。
 けど、そんなのはただの勘違いだ。こいつは怒鳴るのが圧倒的に少ないだけで、怒るときはきっちり怒り、相手の間違いを指摘する時はむかつくくらいに正論を叩きつけてくる。その姿が、まさに今の状態である。



「無理だとか、できないからとか、最初から諦めて何もしないままでわかることなんてないよ! 誰だって言われなきゃわからないし、教えてくれなきゃ考えることもできない。だから相手とはしっかり〝お話し〟なさいって、わたしのおかーさんが言ってた」
「……そう」



 でも、フェイトは取り合おうとしない。いや、わざと差しのべられた手を見ないようにしてるんだ。
 脳裏に、あの日のフェイトの言葉が蘇る。

――――だから、言わない。トキヒコは優しいから、きっと困る。

 アイツは、フェイトは馬鹿みたいに優しい。そして、かなり頭が良い。
 きっと、自分が今やっていることは悪いことなんだって理解しているんだろう。だからこそ、それに巻き込むことになってしまうのを恐れて、高町の言葉や俺の誘いを断ってるんだと思う。
 それが、ただ自分達だけの力で物事を解決し、憎まれても嫌われても構わないと言う、同い年にしては異常すぎるフェイトの決意なんだと、俺は今更ながらに確信した。



「でも、ごめんなさい。やっぱり、あなたには関係がないから」
「フェイトちゃん……っ!」
「タイムアップだ、高町。今回はここまでにしておけ」
「でも!」
「今のアイツに何を言っても無駄だよ。どーにもあの野郎、俺の知り合いに似ててさ。あぁなったら、十中八九梃子でも自分の意思曲げねぇぞ」



 きつく口を引き結んで、胸元に斧を抱き寄せるフェイトの姿を見据えながら、俺は全く似たような仕草をしていたマイラバーのことを思い出した。
 あの時はたしか、なんだったっけ――――あぁそうそう。確か学校でイジメに遭ってて、それを問いただそうとした時だったか。まるで貝みたいに口を閉ざして黙秘権行使してきやがったんだった。
 そうなった場合、その場ではどうにもならない。何か心境の変化を起こさせるなりしなければ、天岩戸は開かないのだ。



「とりあえず、この場は無理やりにでも奪おう。話し合いは次回に持ち越しだ」
「――――わかった。今はすずかちゃんを助けることが一番だもんね……」
「お前にしちゃものわかりがよくて助かるよ。申し訳ないが、フェイトとお友達作戦は一時中断だな」
「うん。でも、次は絶対に成功させるもん」
「その意気だぜ」



 高町も、今はすずかちゃんの事が心配なのは同じだ。ここで無理やりフェイトの説得を続けるよりも、一刻も早くすずかちゃんを助けることを優先するのは、多少心苦しいかもしれないが、仕方がない。
 ……で、今ちょっと気付いたんだけど、今のやり取りってまるっきり戦隊もんの悪役側だよね。そして今からやろうとしていることも、なんだか傍から見たら悪役のソレっぽいような――――おお、ひこちんなんだかドキドキしてきました。



「てわけで、ブツは頂いていく!」
「させるかっ!」



 俺が飛び出すのと、オレンジのねーちゃんが飛び出すのはほとんど同じだった。
 多分、俺の行動をしっかり予測してたのだろう。動きに迷いがなく、おまけに一直線にジュエルシードに向かって走っている。
 距離的にはあっちのほうが近い上、体格差が大きすぎる。ていうか、足の速さがおかしい。明らかにアレは鬼ー様レベルだ。俺の脚じゃ絶対に間に合わないぞこれ!?
 わかりきった未来を想像して、悔しさで臍を噛む。だが、それで諦めるようなら、最初っからこんな無謀な事をしようとは思わないんだよ!



「ふっ――――!」



 オレンジのねーちゃんが、ジュエルシードまであと数歩という時だった。
 対して俺はまだまだ10メートルは離れていて、絶対に間に合わない絶望的な距離だ。
 突然、後ろで風が唸ったかと思うと、俺の耳をかすめるようにして何かが一直線に飛んでいく。
 同時に、街灯に照らされたからなのか、空間の中にきらりと〝何か〟が煌めくのを見た。
 次の瞬間には、その〝何か〟はジュエルシードへと届き、


「なっ!?」
「悪いけど、手段を選んでる余裕がないからね」


 
 しゅるるっとその〝何か〟は、まるで生き物のようにジュエルシードを掻っ攫うと、再び俺の耳の傍を通って後ろへと帰っていく…………って、はぁ!?



「ジュエルシード、ゲットだぜ!――――ってね?」



 慌てて後ろを振り返れば、ぺろりと舌を出したお茶目な笑みを浮かべている美由希さんが、右手にきらりと光る青い石を握っていた。
 確かめるまでもない。アレは、ついさっきまで道端に落ちていた、まさに俺とオレンジのねーちゃんが取り合っていたジュエルシード!?
 見れば、反対の手にはカギ爪のような何かを握っている。どうやら、アレをスリングのように使って拾い上げたらしい。なんつー離れ業を……。さすが戦闘民族高町、やることのレベルがハンパねぇ。



「ほい、なのは」
「わ、わとと!」
「それを、渡せぇええええ!」



 迷わず手に持っていたジュエルシードを高町にパスする美由希さん。突然のパスに、高町は慌ててそれをキャッチする。
 その瞬間を狙って、それまで突然の事態に呆然としていたねーちゃんが、再び獣のように飛び出す。



「悪いが――――ここは通さん!」
「うわっ!?」



 だが、それもまた予想外の乱入者に阻まれた。
 わき目も振らずにジュエルシードへと突撃するねーちゃんの足に、またしても街灯に照らされてちらっとしか見えなかったが、とても細い糸のようなものが巻きつき、その足を文字通り掬い上げた。
 危なく顔面からずっこけそうになったねーちゃんは、しかし本来持つバカみたいな運動神経のおかげなのか、咄嗟に片腕を突いて転倒を免れると、空気を読まない不届きモノは誰かと後ろを振り返る。
 そこには、黒い革の手袋を嵌め、その手に糸と思しきものをを巻き付けて力の限り引っ張っている鬼ー様の姿があった。
  


「美由希、月村達を連れて先に帰れ。ここは俺が足止めする」
「足止めって、本気ですか!?」
「問題ない。この程度なら、俺一人で十分だ」



 ギロリと、鷹のような眼光でねーちゃんを睨み据える鬼ー様の姿に、俺はいつぞや感じた寒気を覚える。
 いつでも動けるぞと言う無言の圧力と、絶対にここを通さないと言う覚悟が伝わってくる。
 敵に回すと恐ろしいが、味方にすればこれ以上頼もしい味方はいないだろう。実際に鬼ー様の恐怖の片鱗を味わった俺からすれば、まさに地獄に仏の如き頼もしさだ。
 ならば迷う事はない。ジュエルシードを持った高町とそれまで事態の推移を無言のまま見守っていた忍さんの腕を取って、俺は一目散にその場を逃げ出す。
 この場は、下手な事をしないで、自分にできることをすべきだ。すなわち、一刻でも早く月村邸に戻って、すずかちゃんの様子を見てもらってるユーノに処置をしてもらった後、ジュエルシードを発動するのが俺の仕事。
 だったら、三十六計逃げるに如かずだろ!



「美由希、三人を頼むぞ!」
「おっけー恭ちゃん!」
「くっ! フェイト、ここはアタシに任せて、あいつらを追って!」



 こうなったら、こっちが逃げ切るかあいつらが追いつくかの鬼ごっこだ。
 鬼ー様が足止めをしてくれると言うのなら、これ以上のガード役はいないだろう。おまけに美由希さんが護衛をしてくれるのであれば、追手がフェイトであっても逃げ切れる算段は十二分に立つ。
 ねーちゃんの言葉に突き動かされて、フェイトの奴も慌てて動き出す。だが、初動が遅い。この勝負、もらっ――――「待って、私は残るわ」―――はい!?
 するりと、俺の手をすりぬけて立ち止まった忍さんは、突然そんな訳のわからないことを言いだして、鬼ー様の方へと向かおうとする。
 それを慌てて引きとめる俺達。しかし、忍さんはまったくもって言う事を聞いてくれそうになかった。



「ちょ、忍さん!?」
「私がここにいた方が、成功した時にわかりやすいでしょう?」
「でも、危険ですよ!」
「大丈夫よ。こう見えてすずか、すごく強いんだから」
「いやいやいや、小学校三年生ですよ何言ってんですか!?」



 確かにすずかちゃんの運動神経はやばい。このまま順調に成長すれば、間違いなく忍さんみたいな超高校生級になれるだろうけれど、それと今は別だ。
 あくまですずかちゃんは俺と同い年であり、魔法少女でもなければ筋肉超人でもましてやノスフェラトゥでもない、まだか弱い小学校三年生なんだから。例え元の忍さんが超人的であろうと、今の肉体がすずかちゃんのソレならば、あんな鬼ー様級のサーカス人間とタメなんて張れるはずがない!



「心配しなくても大丈夫よ。いざとなれば、高町君が守ってくれるもの」
「議論してる暇、ないよっ!」
「うわっ!?」



 いつものすずかちゃんのように忍さんがにっこり笑うのと、空から突然黄色い槍が降ってきて、それを美由希さんと高町が弾き飛ばすのはほとんど一緒だった。
 フェイトの野郎、容赦無しだなおい!?
 しかし、今さりげなく高町の奴、美由希さんとほとんど同じタイミングで防御してたような……? 
 まさか、ここ数日の高町式特訓の成果だというのかっ! げに恐ろしきは戦闘民族高町よ!



「フェイトちゃん!」
「絶対に、ジュエルシードは渡さない!」
「なんか俺達悪役っぽくないですかこの状況!?」
「走るよ、本田君!」
「ちょ、美由希さん! 忍さんは――――!」
「恭ちゃんを信じる! 今この場で時間を食う方がダメでしょ!」



 俺の手をひっつかんで、素早く反転して走り出す美由希さん。
 高町も、フェイトに向かって魔法の弾を牽制としてばら蒔きながら、俺達についてくる。
 結局、忍さんはその場に残ってしまった。
 美由希さんに手を引かれながら最後にちらりと背後を振り返ると、いかにも余裕そうな表情でこちらに手を振るすずかちゃん――――もとい、忍さんの姿が見えた。
 それがまるで、いつもの学校で別れる前のすずかちゃんに見えてしまい――――胸が、苦しくなった。
  
 
 
 







 時彦と美由希、そしてなのはがフェイトという追手を引きつれてこの場からいなくなってから数秒。
 十字路のど真ん中で、高町恭也と月村すずかの体に乗り移ってしまっている忍、そしてフェイトの使い魔である、燃えるようなオレンジ色の髪をした妙齢の女性――――アルフは、互いに中央で睨みあっていた。



「アンタら、いったいなんなのさ。あのちっこい魔導師の仲間なのはわかるけど、なんでそんなに肩入れするんだい?」



 酷く苛立たしげに、アルフは目の前に立ちふさがる男と少女を睨みつけた。
 しかし、そんなアルフの殺意にも似た圧力の込められた視線を受けても、男は眉ひとつ動かすことなく、柳のようにそこに立っている。傍でゆったりと立つ少女も、同じくらい余裕な表情だ。それがまた、アルフの神経を逆撫でしてならない。
 今にも髪付いてきそうなほど険悪な雰囲気をまき散らしているアルフの言葉を受けて、それまでじっとアルフを見据えていた恭也は、すっと身を低くして構えを取りつつ、答えた。



「――――高町恭也。なのはの、兄だ」



 外面を変えることなく、なるほど、とアルフは内心で得心する。兄妹か。それならば納得できる。
 となれば、隣の少女はあの魔導師の友人か何かか。それにしては、やたらと大人びた風な喋り方だったのが気になる。
 だが、どちらにしろもうこれ以上まどろっこしいことをする必要はない。この二人を蹴散らして、すぐにでもフェイトを追いかけなければならないのだから。
 アルフはそれまで隠していた耳と尻尾を露わにすると、恭也に対抗するようにして軽く構えを取った。
 構えといっても、格闘家が取るようなそれではなく、むしろ自然体に近い、狼が獲物にとびかかる寸前といった表現が一番しっくりくるような前傾姿勢である。
 


「ふふ」
「……あン?」



 癇に障る、笑い声が聞こえた。
 見れば、男の隣に立つ少女がくすくすと笑っている。むかつく笑い方だ。かすかにこちらをバカにしているような態度が見て取れる。
 素体が狼のアルフだからこそ感じ取れた、僅かな機微だ。同時に、その鼻につく笑い方が途方もなく頭にくる。



「さっきからナニうざったげに笑ってんのさ。まずはアンタから噛みちぎってやろうかい?」
「あら、気に障ったならごめんなさい? だって、あまりにも可愛いから、つい」
「……はぁ?」



 こいつは何を言ってるんだろうか、とアルフは本気で少女の頭を心配した。
 ともすれば殺気とそう変わらない気圧をぶつけられていると言うのに、その発信源である自分を可愛い?
 もしかしなくとも、頭のねじが少々緩い少女なのだろうか。
 腰まで届く、毛先が少しウェーブがかった夜色の髪に、育ちの良さそうなお嬢様然とした振る舞い。しかしながら、その所作の一つ一つに見た目の年齢にそぐわない〝大人っぽさ〟が垣間見える。それが不自然なアンバランスとなって、アルフからしてみればずっと喉の奥に魚の小骨が引っ掛かっているような違和感として感じられた。ホントにこいつ、あのちびっ子の友達かい……?
 得体のしれない不安が、アルフの本能をじわじわと突いてくる。
 油断の出来ない相手なのはもちろんだが、それ以上に、隣の男以上に感じるプレッシャーが大きい。



「自己紹介が遅れたわね。今は事情があって体が違うんだけれど、私は月村忍。隣の高町君の、その、えーと……い、許嫁」
「……月村、照れるなら無理に言わなくてもいいのでは」
「大事な事だから言わないとだめでしょ! もう、そういうところは鈍感なんだから!」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのです」
「そうか」



 ……本当になんなんだろう、この二人。
 しかし、どちらにせよこの二人を倒して先に進まねばならないのは事実だ。
 アルフは拳をきつく握り締めると、犬歯をむき出しにして再び威嚇した。



「ごちゃごちゃうるさい! そこをどかないっていうんなら、悪いけど怪我してでもどいてもらうよ!」
「……煩いのはそっちでしょ? 少し黙りなさい、犬っころ」



 踏み出した足を、アルフは反射的に止めた。
 少女から発せられる雰囲気が一変した。
 それまでの、どこかアンバランスだった雰囲気とは違い、今はまるであの鬼婆のような重く心臓を締め付けるような重圧を感じる。
 温和な笑みは、隣の男以上に鋭く怒りのこもったそれに代わり、フェイトと同い年くらいの外見とは遥かにかけ離れた人外の如き畏怖を、強制的にアルフの本能に叩きつけてきた。



「こっちにも妹を助けなきゃいけないっていう理由があるの。それを邪魔するっていうのなら――――」



 少女は、依然としてこちらを睨みつけたままだった。
 だが、アルフはそれ以上の足を踏み出せない。
 少女を狙えば男に狙われ、男を狙えば、少女に狙われる。
 具体的なヴィジョンは何一つ見えないが、しかし確実にそうなるだろうという未来が、本能で理解できる。
 そして、そんな風に本能と理性がせめぎ合うがために、一歩を踏み出せないでいるアルフを見つめながら、忍は薄く笑った。



「いいわ、少し遊んであげる。かかってらっしゃい――――――――子犬ちゃん?」



 アルフの本能の警告すら塗りつぶしたその言葉が、ゴングとなった。










 
 恭也さんと忍さんが残った方面から、なんだか物凄い怒声が聞こえてきた気がする。つーかなんか爆発しませんでしたか?



「ん……もうっ!」
≪Flash Impact≫
「くっ!」



 あぁ、俺の後ろの方でまさに爆発が起きてましたね。
 ちらりと振り返ってみると、あわく光る杖と死神の鎌のように変形した斧をぶつけあう少女二人の姿が見えました。
 俺が先頭を走りながら、その後ろを美由希さん、高町が並んでいる。あ、もちろん高町の奴は上を飛びながらフェイトの攻撃を迎撃したり、上から襲ってくるのを追っ払ったりと大忙しだ。危なそうなときは美由希さんが糸やら飛針やらで援護している。
 しかし、フェイトの攻撃も熾烈を極めてきていた。
 結界が張ってあるから良いものの、ユーノのそれと比べれば範囲、強度共に数ランクも下回るらしく、あまり派手な攻撃ができないのが、完全にフェイトを追っ払えないでいる遠因と言えた。
 再びフェイトが黄色い槍みたいなのを飛ばしてくるが、高町が俺達の上にくると丸い魔方陣みたいなのを広げて防御してくれる。
 ……今日初めて高町の魔法を使った戦闘を見たけど、こりゃアレだな。さながら軽量高機動型と重量高火力型の典型的なバトルだ。
 フェイトの奴はちょこまかと動き回って近接戦闘を決め手にしてるみたいだけど、高町の奴はその真逆。機動性はフェイトと比べると全然低いけど、一発一発の威力が見た目で分かるくらいにでかい。つーかこの間の学校で見た一撃といい、こやつもしかして月からマイクロウェーブでも受信してるんじゃなかろうか。



「お願いフェイトちゃん、どうしても今回だけ見逃してほしいの!」
「……っ!」
「私の大切な友達が大変なの! 助けるために封印してないジュエルシードが必要で、でも成功するかどうかもわからないから――――!」
「私には、関係ないっ!」
「フェイトちゃん!」
「私は、ただジュエルシードを集める! 邪魔をするなら、容赦はしない!」



 苛烈なフェイトの攻撃が、ついに高町の奴を抑え込み始めた。
 的確な単発の槍の射撃から、高速移動からのクロスレンジ攻撃のコンビネーション。無駄のない流れるような連携に、隙のない行動はそれだけで経験不足の高町にとっては大きすぎるハンデだろう。
 時折振り返って様子を見るけど、明らかに攻撃するよりも攻撃を受ける方の回数が多くなっている。このままじゃジリ貧なのは間違いないだろう。



「……本田君、君はこのまま先に行って。ここは私が食い止めるよ」
「なんでみんなしてどこかのヒーロー漫画みたいな展開始めるんですか! つーかあんな空中浮いてるヤツに対してなんも出来ないでしょうに!」
「ふっふっふ……甘いわね。例え相手が空を自由に飛び回る敵であっても、戦い方次第なの――――よっ!」
「うわっ!?」



 美由希さんが、走りながら唐突に背後を振り返りながら左手をふるった。
 その左手から延びるのは、つい先ほどみたあのスリングのようなもの。半ばやけくそのように投げられたように見えたソレは、しかし気味悪いほどぴったりとフェイトの右足に絡みついた。
 空中を激しく動き回る人間の、それも狙って足を絡め取るなんて、もはやただの人間がやれる技術の範疇を超えている。この世界における俺の人生の中で、今日は間違いなく人生最大規模の人間サーカスデイだ。美由希さんなら、将来間違いなくオリンピックで金メダルを総ナメできるに違いない。
 そのまま美由希さんはその手に巻きつけたワイヤーを引っ張ると、今まさに高町にきりかかろうとしていたフェイトの姿勢を思いっきり崩させた。
 空を飛ぶことにも意識しなければいけないのか、突然体を引っ張られ意識外の衝撃を与えられたフェイトは、そのまま浮力を失ったように地面へと落下する。
 あわや地面に激突というところで体勢を立て直し、結構激しい音を立てて着地したフェイトだったが、既にそれは美由希さんの術中にハマった後だった。



「くっ、こんな―――!?」
「よそ見してる暇、ないよ!」



 光の刃と、鋼の刃が鍔競り合う。
 恐らく本当に斬るつもりはないだろうけど、それでも腰に下げていた日本刀を抜き放った美由希さんは、俺ですらいつ動いたのかわからない程の速度でフェイトに迫ると、その動きを制限するように斬りかかっていた。
 無論、黙ってそれを受け止めるフェイトではないが、美由希さんが絡ませた脚のワイヤーがいつのまにか近くの電信柱に結わえられてしまっていて、思うように動けない。そのため、やむなくその手に持っていた黒い斧で美由希さんの攻撃を受け止めるしかなかった。
 ……マジで空中にいた人間を引きずり落としたよ、美由希さん。
 破天荒と言えば破天荒で、しかしそれを平然とやってのけるおねーさんの姿に痺れるっ、あーこがれるぅっ!



「ぼーっとしてないで! なのは、本田君連れて先に行って!」
「だ、だめだよお姉ちゃん! 魔導師相手に勝てるはずないじゃない!」
「……あーあ、普段の行いなのかなぁ、やっぱり」



 たははー、と珍しくメガネを取った姿で、美由希さんは苦笑いする。
 そのまま間断なくフェイトに攻撃をしかけ、またもやどこから取り出したのかわからないワイヤーでフェイトの足を縛り掬いあげる。意地でも空中に逃がさないと言う気構えが、その戦いから容易に見て取れた。
 


「今ジュエルシード持ってるの、なのはでしょ? そして、それを使うのは本田君。だったら、二人が戻らないと意味がないじゃない」
「でもっ!」
「いいから。たまにはさ、お姉ちゃんを頼りなさい。ね?」
「……お姉ちゃん」



 それは、普段の美由希さんからはあまり想像できないような、とても自信に満ち溢れた言葉だった。
 確かに美由希さんは剣術をやってるし、とんでもなく強いことは俺も知ってる。でも、普段はぽやぽやしてて、料理が壊滅的にダメで、しかも結構ドジな所があるお茶目なねーさんだ。
 そんなねーさんが、俺と高町の前に立って守ってくれている。
 それはとてもとても珍しい、意外にもかっこいい背中で――――だからこそ、美由希さんが本気なんだと思い知る。
 きっと、それは高町も感じているに違いない。
 俺の近くに飛んできた高町は、戦う姉の後姿を見つめるだけで、それ以上動けずにいた。
 このまま任せるべきか、それとも自分が介入するべきか。
 横顔を見れば、このポーカーやババ抜きが絶望的なまでに苦手なアホの子の考えていることなんてすぐわかる。
 同時に、この馬鹿がまたしても〝悪い癖〟を発揮しているのが明白過ぎて、思わず溜息をついてしまうほどだった。



「……はぁ。おい、馬鹿町」
「ば、ばか……っ!? ひどいよほんだくん! いくらなんでもそれはあんまりじゃないかな!?」
「うるせぇばーかばーか。あの喧嘩の時から何一つ変わってない馬鹿にはそんな名前でじゅーぶんです!」
「え……」
「自分で〝言わなきゃわからないことがだってある〟とか言っておきながら、肝心の自分が何にも言わないんじゃ、説得力皆無ですよねー」
「――――!」
「あーんなに未練たらたらで戦ってたら、そりゃー美由希さんも心配になるでしょーよ」
「うぅ……」
「まだ説得したいんだろ? ったく、だったら最初っからそう言えよ。無理やり切り上げさせた俺が罪悪感感じるだろ」
「……それはないと思うけど」
「あァン?」
「なんでもないですっ」
「……つーわけで、ジュエルシード寄こせ。別にお前の力なんてなくったって、俺一人で月村さんは助けられる――――いや、助けるんだ」
「ほんだくん……」



 ユーノと忍さんの話では〝ジュエルシードを活性状態でありながら封印状態であること〟が一番大事らしい。そして、その状態でジュエルシードが発動すれば、別に封印処置をしなくても安定したままとも言っていたので、その場に絶対に高町がいなければならない、というわではないはずだ。
 無論、失敗すれば何がどうなるかなんてわかったもんじゃない。最善策を取るならば、高町は俺と一緒に来るべきなんだろう。
 ……でもなぁ。こんな未練たらたらの奴連れてってもなぁ。むしろ、邪魔?



「何かありゃユーノがいるんだ。必ずしも、お前が俺の隣にいる必要はない」
「……」



 嘘だ。
 ユーノじゃ、ジュエルシードが暴走した時止められない。それは、アイツ自身がはっきりと明言していた。
 ソレを知らない高町じゃないし、ましてや忘れているはずなんてない。だから、今まで封印は高町がやってきて、ユーノはサポートに徹していたんだから。
 だから、本来なら高町は俺と一緒にすずかちゃんの所に行って、万一に備えるべきなんだ。何が起きてもいいように――――あるいは〝失敗してもいいように〟。
 でもさ、なんだかそれって、負け組みな思考じゃね?
 ようはそれって、俺が失敗すること前提、みたいな考えじゃん。ふざけんなよ。俺の初恋無礼んな。小学生のピュアでドキドキなハートバカにすんじゃねぇ。
 腹立つだろ。まるで俺の恋心否定されたみたいで。俺の器勝手に決め付けられたみたいで。俺の――――〝俺はすずかちゃんが好きだ!〟って気持ちは、その程度なんだって馬鹿にされたみたいでよっ!! 
 


「絶対に成功させる! お前がいなくても、ユーノがいなくても……俺が、絶対に成功させて見せる! だからっ!」



 それに、だ。
 俺は美由希さんと互角にやりあう金髪の少女をみやった。
 何回見ても、何回思い返しても、そっくりすぎるよ。そっくりすぎて、でも別人なのは間違いなくて……だからこそ、手を差し伸べてやれない自分が歯がゆくてならない。
 できるならば、俺がこの手でどうにかしてやりたい。マイラバーに似たあのお人よしのわからず屋を、ひっぱたいてやりたい。
 でも、無理なんだよな。それはどうやったって、無理なんだ。
 いくらフェイトがマイラバーにそっくりで、その今にも泣きそうな顔をどうにかしてやりたくても――――今の俺には、無理なんだ。
 俺は俺自身のことを俺なりによく理解しているつもりだ。
 俺はどこかの英雄でもなければ、なんでもできる天才でもない。ただ、二回目の人生をやっている、それ以外はどこにでもいるような小学校三年生で、でも自分の好きな誰かのために必死になれる、そんなありふれた弱いガキンチョだ。そして、その〝大切な誰か〟は、一度に一人までしか選ぶことが出来ないことも、知っている。
 だから、任せるんだ。
 一度本気で殴りあって、互いに腹の底を割って罵りあって、こいつなら大丈夫。こいつなら任せておける、って確信したこいつだから。 
 いつもはドジでアホで漢字が苦手で、でも最近妙に手が出るのが早くなってヒエラルキーが地味に俺より上回ってきてて、しかもクソ度胸まで座ってきたうえに高町式訓練法で運動音痴もほんのちょっぴり治ってきた〝親友の一人〟であるこいつを――――信頼してるから。

   

「だから、あのバカな〝ダチ〟を頼む」
「……ほぇ?」
「さっきはあきらめろなんて言ったが、ありゃ撤回だ! あのわからず屋で今にも泣きそうなさびしんぼを殴りつけて言ってやれ! 〝私とアンタは友達だ!〟って!!」
「――――うんっ!」



 高町が思いっきり頷き、その杖から先程しまったばかりのジュエルシードを取り出すと、俺に差し出した。
 俺はそれを無言のままに掴みとり、何も言わずに踵を返して走り出す。
 これ以上、言葉は必要ない。高町の奴は、一度決めたことは必ずやり通すし、そこに俺が心配するような要素など何一つないのだから。きっと、後で美由希さんに怒られるだろうけれど、そんときはそんときだ。素直に謝っちゃおう。
 それよりも、俺にはやらなければならないことがある。
 たった一人の好きな子のために。
 傍から見ればバカでアホで信じられないような愚策をやらかしているように見えても。
 俺は俺が最善だと思ったことをする。そして――――――必ずすずかちゃんを元に戻して見せる。
 そのためにも、俺は決して後ろを振り返ることなく、近くにあったママチャリを〝拝借〟して全力でペダルを漕ぎ出すのだった。









 時彦が結界外に飛び出して行ってすぐ、なのはは美由希とフェイトの間にディバインバスターを放った。
 突然の乱入者に、先に争っていた美由希とフェイトの二人は、お互いに距離を取りながら乱入者――――なのはの方へと振り向く。



「な、なのは!? 本田君と一緒に行ったんじゃなかったの!」
「私、どうしてもフェイトちゃんと話し合いたい! だって、お互いにわからないまま戦うなんて、そんなの嫌だよ!」



 杖を抱え、美由希の近くへと降りてくるなのは。
 本当ならば、先に逃げた時彦と一緒にいるはずの妹の姿に、美由希は面喰っていた。
 そして、先ほどは時彦の言葉で諦めていた本来の目的を、やっぱり諦めきれずにいたことを知って嘆息する。
 一度決めたら梃子でも動かない頑固さは、お母さん譲りかなぁ。母桃子の家庭内での地位を思い出しながら、美由希は隣のちっこい妹をみる。
 その横顔は、美由希ですら感心するほど真剣で、無論、その視線は向こう側にいる金髪の少女――――フェイトへと注がれていた。
 なのはの力強い言葉と視線を受けて、フェイトはちゃきりと相棒を握りしめつつ、それを真正面から受け止める。
 フェイトとて、できればなのはと戦いとは思っていなかった。
 先ほど戦ってわかったことだが、あの女の子は自分に対して間違いなく手加減をしている。そして、こっちを傷つけるつもりもなければ、もとより戦うつもりなんてないことが、胸が痛くなるほど伝わってきた。
 それに加えて、彼女達は時彦の友達らしい。時彦の友達を傷つけたら、きっと時彦は悲しむだろう。フェイトにとってそれは、理由がわからない苦しみを覚えるほど不快なことであった。
 だから、なのかもしれない。
 これは気紛れだ。あるいは、もう今回の〝争奪戦〟が自分たちの負けだとわかったからかもしれない。
 とにかく、さっきまでは全く聞く気になれなかった少女の言う〝話し合い〟とやらに付き合ってもいいか、という気分になった。



「…………それで。君は私と何を話し合いたいの?」
「ふぇ?! お、お話してくれるの!?」
「…………」



 こくり、とフェイトは小さくうなずく。
 相棒のデバイスであるバルディッシュは構えたままだが、すでにフェイトの中の戦意はなくなっていた。
 なのははそんなフェイトの返答に喜びながら杖――――レイジングハートを待機状態にするが、美由希は警戒を緩めることなく、いつでも動けるように武器を握ったままにしておいた。



「えと、さっきも聞いたけど、フェイトちゃんはなんでジュエルシードを集めるの?」
「……母さんが必要としてるから」
「お母さん? ひょっとしてユーノ君とお知り合い?」
「……知らない、と思う」



 なのははここで一つの疑問を持った。
 ユーノの知り合いでないなら、どうやってジュエルシードのことを知ったのだろう?
 ユーノの話によれば、この世界にジュエルシードがばらまかれてしまったのは、輸送中の事故によるものだ、と言っていた。救難信号は出したものの、特定までには時間がかかるだろうし、なによりも転移先がこの〝地球〟だとわかるにはかなりの時間がかかるかもしれない、とも。
 だとすれば、事故の当事者以外に、この〝地球〟にジュエルシードがばらまかれてしまったことを知っている人達はいないはずだ。だけど、現にそれを察知してこの〝地球〟にやってきたフェイトがいる。……ううん、違う。〝最初から知っていた〟?
 なのはの中で、恐ろしい勢いで説得力がありすぎる仮説が組み立てられていく。もし今自分が考えていることが本当なら、フェイトがジュエルシードを集める理由次第では、本当に取り返しのつかない事態になりかねない。
 だから、なのははその質問をすることに、激しいためらいを覚えた。そうであってほしくない。こんないやな考えなんて、外れてほしい。
 そう祈りながら、なのはは不安を押し殺しながら、フェイトへと尋ねた。 
 


「じゃぁ……フェイトちゃんがユーノ君を襲ったの? ジュエルシードを運んでたユーノ君を襲って、奪おうとしたの?」
「……違う。私は、母さんに言われてこの世界にジュエルシードを集めに来ただけ」
「そ、そっか! そうだよね! はにゃぁ……よかったぁ~」



 ほっ、と心底安堵したように溜め息をつくなのは。よかった。本当によかった。
 だが、それは翻って、今回の事件の黒幕がフェイトの背後にいるかもしれない、ということに他ならないことにも気づいてしまう。その黒幕はおそらく――――。
 なのはは、それ以上考えることをやめた。今考えても仕方がないことだし、何よりも、フェイトがユーノを狙ってジュエルシードを狙っていたわけではないことがわかっただけでも、なのはは満足だった。
 一方、勝手に納得して勝手に安堵しているなのはの態度に、フェイトは疑問を深めるばかりである。
 なにが良かったと言うのだろう?
 そもそも、この子と自分の接点なんてないはずだ。いくらトキヒコの友達とはいえ、先程から親しげに――――いや、いっそ慣れ慣れしく接してくるこの少女の態度が理解できない。
 あまりにも不可解すぎるなのはの態度に、フェイトは疑問を通り越して不安すら覚え始めていた。
 あるいは、自分に近づいて協力体勢を築き、最後の最後で裏切るつもりなのだろうか? しかし、目の前の少女がそんな腹黒いことを考えているとは思えない。どちらかと言えば、それはさっきの怖い顔の男の人とか、トキヒコがやりそうなことだ。
 目的がわからない。ジュエルシードを集める理由も、こうして自分と話し合おうとする意味も。一体、なんなんだろう、この子は。
 


「なんで…………」
「うん?」
「なんで、君はジュエルシードを集めるの?」
「私? 私はユーノ君のお手伝いだよ。ユーノ君が運んでいたジュエルシードが事故に遭って、偶然私達の世界に落ちてきたんだ。それを集めるのを手伝ってるの」
「……そう」



 どうやら、気にしすぎただけらしい。今の返答だけで、この子がそれ以上の理由を持っていないことがわかった。



「あ、フェイトちゃん!?」
「今日は、これで引く。でも、次は容赦しないから」



 フェイトは、バルディッシュを待機状態に移行させて踵を返した。なのはが驚いたように声をかけてくるが、応えることはしない。
 今日はとりあえず引くとしよう。ここで戦っても不利なだけだし、なにより目的であったジュエルシードはトキヒコが持って行ってしまった。
 それは、フェイトにしてはいやにあっさりとした決断だった。本来ならば、ここでなのはを倒してでもジュエルシードを奪い、そして逃げたトキヒコを追うべきなのだが……なんとなく、今のフェイトはそんな気分になれなかった。いや、そんなことをしたくなかった。なんでだろう、と考えても答えは出ない。それが不思議で、フェイトは自然と自分でもわからないまま薄い笑みを零した。
 できるならば、次出会った時も、この子とは戦いたくないな……。
 それは、間違いなく偽りのない、今のフェイトの本心であった。
 飛び上がる前に、自身の使い魔であるアルフに念話を飛ばし、撤退する旨を伝えた。
 少し渋った様子だったが、なにせフェイト至上主義のアルフだ。結局は渋々ながらも撤退を受け入れてくれた。今暮らしているアパートで合流することにして、フェイトもやっとここから離れることにする。
 だが――――ふと、フェイトは歩を止めた。気になることがあったからだ。
 


「ねぇ」
「ふにゃ? な、なにフェイトちゃん?」
「……」



 振り返って見た少女は、驚いた表紙にそのツインテールをぴこんと揺らして身を固くしていた。妙に緊張しているその表情を見て、フェイトは〝なんだかリスみたい〟と場違いな事を考えてしまう。



「なんで……君はそんなに私に構うの?」
「なんでって……」



 きょとん、と心底不思議そうに首をかしげるなのは。それを見て、フェイトはますますわからなくなる。
 いくら自分がトキヒコと多少の接点を持っていたとはいえ、この子の態度は理解不能すぎる。本来なら敵である自分と〝わかりあいたい〟とか〝話し合いたい〟とか、一体その行動の根幹にどんな理由があると言うのだろう。
 そして、なのははそんなフェイトの疑問に答えるべく、にっこりと満面の笑みを浮かべて、言った。



「――――お友達だからだよ♪」
「………とも、だち?」
「うん。フェイトちゃんはほんだくんのお友達でしょ? 私もほんだくんのお友達。そしたら、私とフェイトちゃんもお友達じゃない!」



 滅茶苦茶だ。
 向日葵が咲き誇るような、街頭でライトアップされたなのはの笑顔を見て、フェイトは正直にそう思った。
 同時に、あのトキヒコの友達なら、そうでもないのかな、なんてこれまた毒された思考が流れる。ソレに気付いたフェイトは、ふっと薄く笑みを浮かべて、今度こそなのは達に背を向けて夜空へと向かって溶けて行った。
 その後姿を、なのはと美由希は無言のまま見送る。
 これまで無言だった美由希は、フェイトが完全に去ったことを確認してようやく、その手に握っていた刀を鞘へと納めて溜息をついた。



「疲れたぁ~……」
「お姉ちゃん、ごめんね?」
「なーに言ってんの。妹を守るのはお姉ちゃんのお仕事だよ?」



 美由希が何も喋らなかったのは、単純に口をはさむ理由がなかったことと、いつでもなのはを守れるように全周囲を警戒していたからに他ならない。
 それをなんとなく肌で感じていた故のなのはの例だったが、美由希はメガネをかけながらからからと笑いながら可愛い妹の頭を撫でてあげた。



「でも、また仲良くなれなかった。今回はきっと仲良くなれるっておもったんだけど……」
「大丈夫だよ、なのは。きっと、あのフェイトって子もなのはのことを友達って思ってくれてる。もっと自信持ちなさい」
「お姉ちゃん……うん、そうだよね!」
「そうそう、その意気よ」



 根拠のない励ましであったが、なのはとしてはなによりも嬉しい励ましの言葉だった。
 少し落ち込みかけた気分も復活し、なのはは改めて満面の笑みを浮かべて大きく頷いて見せた。
 


「それじゃなのは、私は恭ちゃん達と合流するから、なのはは先に本田君を追いかけたら? 今からなら間に合うと思うよ」
「あ、そっか!」



 まだ時彦と別れて二十分も経っていない。いまから全力で空を飛んで追いかければ、なのはならギリギリ追い付けるはずだった。
 時彦はああ言ってた物の、実際はなのはが隣にいた方がはるかに安全である。追い付けるならそれに越したことはない。
 なのはは慌ててレイジングハートを起動状態に戻し、その靴に桃色の翼を生やして空へと浮かんだ。



「お姉ちゃん、なのはは先にほんだくんを追いかけます!」
「うん。気をつけてね」
「はーい!」



 そしてそのまま魔力でできた桃色の羽を散らしながら、濃い群青色の闇へと溶けていく。フェイトとは対照的に、黒い色が身の上に浮かぶ白い点が、徐々に小さくなっていくのが、なんだか面白かった。
 ほとんどなのはが見えなくなった頃、美由希は「さて」と一言呟いて伸びをすると、恭也達がいるだろうと思われる方へと足を向ける。
 恐らくフェイトと一緒に撤退しただろうから無事だとは思うが、しかし合流するまで油断はできなかった。
 再び唇を引き結び、美由希は駆けだす。
 その胸の内で、思う事は多々あった。だが、それでも妹のなのははよくやったものだと讃嘆の念を抱いているのもまた、事実だった。
 とりあえず、今夜は早いところ引き上げよう。そして、時彦の行動を見届けなければならない。それが、自分達〝大人組〟の義務だから。
 美由希の茶色がかった栗毛が、夜の街へと消えていく。せわしなく、揺ら揺らと夏のヒトダマのような動きのソレを、柱の陰から見送る人影がいることにも気付かずに。



「……ふむ。僕の出番はなかったか。成長したなぁ、二人とも」



 闇が人の形を取る。音もなく光の中に現れたその影は、ふっと青い月のような柔らかい笑みを浮かべると、再び闇の中へと消えていった。











 なんていうか、やっぱり魔法ってチートだ。
 屋敷にたどり着く数分前。ついぞ前にすずかちゃんのダンディなおっさんを連れてたどり着いた駅前当たりまで来た時、空から高町がやってきた。
 ソレを見た時は「つ、ついにこの短時間でフェイトをぶち殺すまでに強くなった……だとぅ……!?」「ちがうよっ!?」なんていう寸劇もあった。
 そのまま高町に抱きかかえられて空を飛び、まさに文字どおりに一足飛びですずかちゃん邸宅に到着する。
 転げ倒れる勢いで走り、すずかちゃんの部屋へと向かった俺達は、すぐさまユーノの指示の元〝作業〟を始めた。
 ユーノと高町の奴が、なにやら目の前で怪しげな儀式(?)みたいなのを行い、それまで淡く輝いていたジュエルシードが、より一層激しく発光を始める。
 


「さぁ、時彦」
「ほんだくん……」
「――――わ、わかってるっ」



 これから、一か八かの賭けが始まる。
 だが、失敗するとは思っていない。心臓が破裂しそうなほど脈打ち、頭がカッカする程の熱さを覚えていても、自分の〝やるべきこと〟は明瞭截然と思い描いている。不思議な感覚だった。
 ジュエルシードを握りしめ、目を瞑って祈るように思い描く。



――――すずかちゃんの日常。
――――すずかちゃんの仕草。
――――すずかちゃんの言葉。
――――すずかちゃんの、笑顔。



 全部、忘れることのできない鮮明な記憶の全てだ。
 この世界にやってきて、たった半年の間に起こった怒涛のような毎日だ。
 一体どうして、俺はこの少女にここまで惚れ込んだのだろうか。マイラバーにそっくりな少女すらも振り切る程に好きになってしまった原因は、どこにあったのだろう?
 単純に可愛いから? そうかもしれない。
 高町やアリサと一緒にいる姿が羨ましいと思ったから? なくはないな。
 あるいは、その大人びた雰囲気に魅かれたから? アリサもそうだが、すずかちゃんはもっと落ち着きがあって可愛いから当り前である。
 ……あぁ、そうだ。理由なんて、些細な事だよ。
 俺は、気がつけばすずかちゃんに惚れていて、あの風鈴を割ったその日から、俺の頭の中はすずかちゃんで一杯になった。
 たかだか小学校三年生のチビが、とんだ色狂いだって話だな。へへん。
 だから、もう一度見たい。絶対に、元に戻ってほしい。
 確かに忍さんの体は魅力的だ。まるですずかちゃんが大人になったかのようで、見る度にドキドキする。
 でも、すずかちゃんが大きくなった姿は、俺が同じ歳になった時に見たいんだ。こんなフライングで見ても、俺の体が釣り合わないんじゃ嬉しくもなんともない。
 


「返せよ……」



 それになによりも、俺は見足りないんですよ!
 小学生のすずかちゃんの可愛らしさを!
 小学生独特の純朴で可憐な愛い愛いしさを!
 小学生でありながらドキリとさせられる、あの純情たおやかな笑顔を! 



「俺の大好きなすずかちゃんの姿を――――――――返せっ!!!」



 ありったけの祈りを込めて、俺は叫んだ。
 途端、世界が白く染まる。
 すずかちゃんの部屋を突き抜ける程の光がジュエルシードからほとばしり、目も開けていられないほどの眩しさが、俺の絶叫と高町とユーノの悲鳴を飲み込んでいった。
 体の隅々から、力が抜けおちるような気がする。
 まるで穴という穴から血を吸い取られているかのような感覚だ。体重がなくなり、ふわふわと空中に漂うような頼りない感覚が体を覆い尽くし、光が弾けた。
 意識が、端から徐々に解れていくように、少しずつ薄れていく。
 それでも、必死に閉じかけた瞼を開いて、俺は白から色を取り戻した世界を見る。
 


――――へへ、やったぜざまーみろ。



 それは、誰への言葉だったのだろうか。
 すやすやと、ベッドの上で〝少女〟が眠っている。
 俺の見た、焦がれて止まない、この世界で一番大好きな少女の姿が、見えた。
 それが嬉しくて、ほっとして、俺は薄く笑っているのを自覚しながら、安心して目をつぶった。
 




















―――――――――――――――――
言い訳のようなあとがき。

今回は長くなってしまったのでかなりぐだぐだ。申し訳ございません。
でももとからそんなぐだぐだな話だったからいいよね! ……よくないです。
ともあれ、次からはまたのんびりとします。
あ、一つだけネタバレ。
題して、〝本田君はジュエルシードに呪いをかけられてしまったようです〟


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